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【隨筆】孔子は軍人の影響を受けていたのか ―『「戦争」の心理学』の三つの面白い所― 


 先月の「富士論語を楽しむ会」でお話した『「戦争」の心理学』のさらに面白い所を、お伝えしたいと思います。タイトルの「孔子は軍人の影響を受けていたのか」は三番目の「凶悪事件を起こす学生の人格調査」からお読みください。
 先月は、ストレスがどれほど肉体の能力を低下させるか(一%以下に低下)、や、戦闘になると人間は小便を半数以上、大便を四人に一人以上もらしている(自己申告で)、などが驚かれたようです。今回は、ご説明しなかった面白い実験などを挙げていきます。三つとも、日常生活に関わる実験ですし、人間関係にすぐに活かせる内容だと思います。

①寝不足はアルコール中毒と同じ
 アメリカ陸軍が、睡眠不足がどれほど、運動能力(作業能力)を低下させるかの実験をしました。二十日間、睡眠を七時間、六時間、五時間、四時間として砲撃の正確さを競ったのです。

 七時間グループ 九十八パーセント
 六時間グループ 五十パーセント
 五時間グループ 二十八パーセント
 四時間グループ 十五パーセント

 砲撃ですから、一人ではなくグループで行います。結果は衝撃をうけるほどです。六時間と七時間が、約五十パーセントの差、なのですから。また、五時間以下になるとひどい結果でした。
 そして著者のグロスマンは加えます。

 「今日では、旅客機のパイロット、トラック運転手、原子力発電所のオペレーター、航空管制官などさまざまな職種について、仕事の前にはじゅうぶんな睡眠が必要と決められている。(医療従事者も)」

 「チェルノブイリ(原発事故)、スリーマイル島の(原発事故 チェルノブイリに匹敵する)事故にはひとつの共通点がある。すべて深夜に起こった産業事故であり、人員の睡眠管理に問題があったということだ。睡眠不足は、産業事故という形で何十億ドルもの被害をもたらしている。」

 「失った睡眠をあとから取り戻すことはできないと言われていたが、いまではそれが間違いであったことがわかっている。」

 「重度の栄養不良状態が長く続けば、おそらく寿命が何年も縮むだろう。同様に、重度の睡眠不足状態が長く続くと、やはり寿命が何年も縮むはずである。健康な人間がみずから進んで栄養不良の生活を送ることはまずないが、睡眠不足の生活を進んで送っている人はいくらでもいる。」

 さらに、原因を人類の歴史に求めます。

 「文明化される前の古い時代、人類はだいたいにおいてじゅうぶん睡眠をとっていた。日が沈んだらほかにやることがなかった。(中略) だから、人にじゅうぶんな睡眠をとたせるために、肉体はわざわざ強力な信号を発達させる必要はなかった。そこへ安価な人工照明が登場し、物理的に何日もぶっ通しで活動できるようになった。」

 安価な人工照明が開発されて約百年。人類の歴史の中できわめて新しいことです。ですから、私たちの肉体が睡眠不足にならないようになっていない、というのです。キャンプなどでは安価な照明が少なくなります。そうすると夜やることなくて手持ち無沙汰になる時間があります。そんな時間がここ百年で失われてしまったのでしょう。少子化の原因もこの辺りにあるのかもしれません。なにせ、日本の少子化は大東亜戦争前からで、八十年以上続く傾向なのです。
 皆様も睡眠不足、栄養不足と同じようにお気をつけ下さい。チェルノブイリ事故も睡眠不足が原因のひとつというのを、私は知りませんでした。         (六十から六十八頁)

②テレビが減れば暴力が減る実験
 二千一年アメリカのスタンフォード大学の画期的な実験結果です。二つの小学校で三、四年生の約二百人で行いました。一校はこれまで通りテレビを見続けます。もう一校は十日間テレビをつけない制限をかけ、その後、半数が百四十日間テレビを週七時間以下にするのです。
 百五十日後には、身体的な攻撃行動が四十パーセント減少、言葉による攻撃行動が五十パーセント減少しました。
 実験前に攻撃性の高かった子供ほど減少していました。加えて、肥満や過食の問題も大きく改善されました。

 アメリカでは検察に報告されているだけで学校内で年間三十五人が殺害され、二十五万人が「重大な怪我」を負っています。窃盗事件は百万件です。

 グロスマンは、学校の火災で亡くなる、あるいは重傷を負った子供がゼロなのに、火災警報機や避難訓練をしている。他方、暴力で死亡、重傷を負う子供がこれほど多いのに、その対策をしていない。その対策は暴力的なメディア(殺戮やヒーロー映画、殺人ゲームなど)を止めることである、と述べています。その根拠として千を超える医学論文を挙げています。また、昔のけんかに凶器はなかったが現在は凶器が使われていて、そのけんかは年間百五十万件が報告されている、と言います。いじめは千八百万件の報告です。

 アメリカと日本の実状が異なりますが、増加の原因は似ているかもしれません。二千十六年、日本のいじめの報告数は三十二万件、けんかは六万件です。アメリカの子供の総数を三倍と大目にとれば、日本のいじめの件数は約百万件となり十八分の一、けんかは約二十万件となり、五分の一となります。(単純な類推ですが、日本はいじめの件数がまだまだ顕在化していないのかもしれません。)
 グロスマンは、動画での暴力シーンは二歳から理解できると言います。文字での暴力シーンは八歳からなので、メディア(動画やゲーム)が文字とは影響力が決定的に違う、と根拠を挙げます。
 令和元年六月三日の朝だったでしょうか、ニュースを見ているときに、とっくん(八歳九ヶ月)と、まなちゃん(六歳十一ヶ月)が、ポロッといいました。

 「ニースは、こわいのばっかりだから、いやだ。」
 「うん、こわいょ。」
 「そうだね、ニュースはみんなに見てもらうために、怖いニュースを流すよね。いいニュースは沢山あるんだけどね。」

 『「戦争」の心理学』を読み終わった後でしたから、びっくりもし、そして納得もしました。すぐに、かみさんとおばあちゃんにこの二人の言葉を伝えてお願いをしました。

 「これからは、テレビはなるべく見せないようにしてください。ニュースは特に気をつけてください。見せるときは、録画している、ドラえもんや、くっくるん(子供が作る料理番組)、プリキュア(少女ヒーロー)などにしてください。」

 理由として『「戦争」の心理学』の箇所を挙げました。「とくに八歳まではお願いします」と。        (四百二から四百三十頁)

③凶悪事件を起こす学生の人格調査
 アメリカではほぼ毎「月」、学校で銃の乱射事件が起きています。有名なコロンバイン高校銃乱射事件が特別なのではありません。FBIの心理学顧問が、十七件の凶悪犯罪事件を起こした学生の人格調査を行いました。結果はアメリカのみならず、国際的な法執行機関(警察など)で広く利用されています。引用します。

 「〝教室の復讐者(凶悪犯罪を起こした学生)〟たちには共通点がある。規律の厳しい活動やスポーツに参加しようとせず、そしてメディアの暴力表現に夢中だったということだ。
以下の事実を考えてみてほしい。

 ・学校で銃乱射事件を起こした生徒には、スポーツのレギュラー選手はひとりもいない。
 ・規律の厳しい武道の訓練をみっちり受けた者はいない(ひとりは黄帯をもらっているが、これは数週間訓練を受ければもらえる最低の級であり、短期間やっただけですぐにやめている)。
 ・ジュニア予備役将校訓練部隊【中・高校生対象の軍事訓練制度】に所属していたものはひとりもいない。」    三百八十四から五頁

 続けて、競技射撃、狩猟免許取得者、サバイバルゲームが挙げられています。
 アメリカでは中学生、高校生から受けられる軍事訓練制度が、当たり前に普及していますが、日本では普及していません。同時に、アメリカはこうした訓練や体育などを本人が希望しなければ受けなくても良い、という形になっています。日本では高校までの体育の授業で本人の希望で休むことは基本的に許されませんので、集団訓練の場となっています。日本では学校内で銃乱射事件などを起こした学生は極めてまれですので、この結果は参考になると思います。
 続けて、グロスマンは、凶悪犯罪者の俗説として、

 「抗鬱剤(気持ちが落ち込むのをおさえる薬)の服用者が犯人である。」

 があるが、「実際にはひとりもいない(二人いるが事件の前に止めている)」と引用します。

 グロスマンは性格異常による戦場での殺戮マシーンを「狼」と呼んでいます。「狼」は、「人を殺すことに心理的な抵抗を感じず、むしろ人を殺すことを楽しむような人間」を指しています。そして、彼は戦闘の過酷さから「狼」にならないようにしつつ、深い心の傷を癒すのを職業としています。この観点から、FBIの心理顧問の先ほどの説が納得いくのでしょう。以下のように説明します。

 「規律は戦士の人生における安全装置だ。それが牧羊犬(公益のために働く人々)と狼との差である。軍は伊達や酔狂で若い兵士たちに制服を着せ、髪を切らせ、行進をさせているわけではない。服装や髪型といったつまらないことで、自分の意志をまげて権威に従うことができないようでは、重要なものごと ーどうしても必要なとき以外には、ひどい挑発を受けても武器を使わないというようなー についても、自分の意志をまげて権威に従うだろうと信用することができないからである。最低限、警察学校や軍の基礎訓練キャンプで訓練を受けているあいだは、規律に従い権威に服することが必要だ。それが安全装置なのである。」
               三百八十三頁

 心理学における戦闘の専門家と犯罪の専門家がピタリと一致するのは、「規律が犯罪防止になる」という点です。
 私の経験で振り返ってみますと、野球部で坊主でした。理不尽ささえ感じませんでしたが、その根拠が規律の重要さにあることを知りえたのは、人生の大きな収穫となりました。また、息子が坊主にしていることの意味をひとつ教えてもらいました。つまり、「権威に従う規律を学ぶ」ということです。

孔子は軍人の影響を受けていたのか
 以上が犯罪心理学と戦闘心理学の専門家が一致する点になります。この点を論語で考えていきます。
 論語全体を通して孔子は華美な衣装を好まず、礼節にあった儀式や服装を求めています。これまでも、君主の礼を臣下が行うことを非礼である、と本文で指摘していました。こうした規律(礼節)を求める態度は、論語全体にありますし、孔子の礼節に対する根本的な態度といえるでしょう。ですから、孔子は論語において、一方では仁愛を求めつつ、もう一つは規律を求めていると捉えられるのです。
 そういう順路で思索を進めていくと、その先には、これまでまったく見えなかった、孔子の父親が、突然現れてきます。なぜなら、孔子の父は、歴戦の勇者であり、軍人だったからです。母親は占い師であり、文字や儀式を習ったとされています。これまで、孔子の父の影響は不明瞭でありました。関わりの明確な箇所がなかったからです(私の勉強の範囲内では)。
 しかしながら、論語を読み進めてきて、論語全体で孔子が求めている礼節における態度、それはまさしく、軍人の持っている規律に近しい態度であると感じました。
 『「戦争」の心理学』によれば、昔から軍人は規律の大切さを知っていたそうです。だとすると、孔子の父もまた軍人の規律の大切さを保持していたと思われます。孔子が礼節を重視する根底には、父の軍人としての影響、つまり規律の重要さの理解がある、と想われるのです。

 『仮名論語』
 「子、 大廟に入りて、事ごとに問う。或るひと曰わく、孰(たれ)か鄹(すう)人の子を禮を知ると謂うや、大廟に入りて事ごとに問う。

 子、之を聞きて曰わく、是れ禮なり。」
 八佾第三   二十九頁七行目

 伊與田覺先生訳です。

 『○先師がはじめて君主の祖先の廟で祭りにたずさわった時、事毎(ことごと)に先輩に問われた。ある人が「誰が鄹(すう)の田舎役人の子をよく礼を弁(わきま)えていると言ったのか。大廟に入って事毎に問うているではないか」と軽蔑して言った。

 先師はこれを聞いて言われた。「これこそが礼だ」』

 孔子が「礼儀作法が判らない場合は素直に聞くのが礼である」と言われます。この言葉の裏にはグロスマンの言う「権威に従う規律を学ぶ」態度があります。
 誰でもが自己顕示欲があり、知らないことを知ったかぶりをしたい、と感じるものです。その自己顕示欲を「君主の祖先の廟」という権威に従い、尊重する態度を示すのです。そして孔子の特異なのは、その尊重する態度こそ礼なのである、と言い切る点にあります。通常は、頭の上げ下げや、服装の形や色など形式に適うことを礼儀作法というのです。
 少し広げて考えて見ます。
 通常、朝廷内では頭の上げ下げや、服装の形や色など形式に適うことを礼儀作法に適わないと非礼とされ、追放や左遷の憂き目にあいます。また、王や上司の命令が納得できなくとも、理解できなくとも、唯々諾々(いいだくだく 意味がわからなくても納得できなくても承知しました、ということ)としていれば、自らの生命が保証されます。この礼儀作法と孔子の主張する礼とは根本が異なります。
 反対に、軍人であれば命令が判らなければ聞きなおさなければなりません。そうしないと最悪、敗戦につながります。そして自らの生命を失うことになります。「権威に従いつつも、命令を遂行するために質問や意見を出すこと」は軍人の持つ礼そのものです。
 孔子でも「礼節の先生なのに礼節を他者に聞くことは恥ずかしい」ことだったでしょう。この恥ずかしい心を思い切る、その心理の根底に父親の影響、父が軍人で歴戦の勇士であったことへの誇りがあったように推論するのです。
 グロスマンが、軍人は「権威に従う規律を学ぶ」ことである、と述べました。この主張を論語に広げてみますと、これまで影さえ見えなかった孔子の父親が観えてきました。
 孔子先生は、心の中で父親を深く敬愛していたのではないでしょうか。幼いころに別れてしまった父でしたが、周りの方々から父の武勇、活躍に胸を躍らせ、そして軍人の持つ公益に尽くすという心を胸に灯して、人生を全うしたように感じます。
 
 このように考えると以下の二点も見えてきます。
 ①軍人上がりの子路(しろ)を深く愛したこと
 :孔子の熱い軍人のともし火と魂の共感をしたのが子路だったのでしょう

 ②殺されそうになったときの発奮(はっぷん)

 『仮名論語』
 「子、匡に畏(い)す。曰わく、文王既(すで)に没したれども、文茲(ここ)に在(あ)らずや。
 天の将に斯(こ)の文を喪(ほろ)ぼさんとするや、後死(こうし)の者、斯(こ)の文に與(あずか)るを得ざるなり。
 天の未だ斯の文を喪(ほろ)ぼさざるや、匡人其(そ)れ予(われ)を如何にせん。」
 子罕第九 百十二頁一行目

 伊與田覺先生訳です。
 『○先師が衛から陳へ行かれる途中の匡の町でおそろしい目にあわれたときに、先師が言われた。「聖人と仰がれる文王はすでに死んでこの世にはいないが、その道は現に私自身に伝わっているではないか。
 天がこの文(道)をほろぼそうとすると私(後死の者)はこの文(道)にあずかることができないはずだ。
 天がまたこの文(道)をほろぼさない限り、匡の人たちは、絶対に私をどうすることもできないだろう。」
 *匡に畏す かつてこの地で乱暴を働いた魯の陽虎に間違えられたのが原因。』

 ここには普段は表にでない孔子自身が胸に秘めている思いが、危機に陥って出てきています。この、

 「絶対に私をどうすることもできないだろう。」

 という言葉は、軍人や法執行官(警察や消防)が、戦闘に、犯罪現場に、火災現場に向かう時の胸の内、そのものである、と私は感じたのです。
 ですから、その胸の内を孔子は記憶のない父から影響を受けたのだろう、と推察しました。

終わりに
 己の人生と学問を深められるのが、名著だとしましたら、『「戦争」の心理学』は名著の名に相応しいと思います。

 参考書
 デーヴ・グロスマン ローレン・W・クリステンセン著 安原和見訳 『「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム』 二見書房 二千八年

【隨筆】哲学とーちゃんの子育て ─スマホ、テレビ、お小遣いの規則と考え方─


 「みんな、コインゲームをやりにいったよ。」
 「うん、そうだね。」
 「温泉にきて楽しそうでいいね。それより、ゲームしていいの? 」
 「ああ、いいよ。」
 「セフィー(甥っ子 中学一年生)なんかは、おじい(ちゃん)の家にきてゲームばっかりしてるんだよ。」
 「へーそうなんだ。」
 「困ったもんだよ。」
 「・・・」
 「・・・」

 「ああ、そういうことか」と判った。私の母(おばあちゃん)が、私の息子、娘達がゲームに溺(おぼ)れないかと心配してくれていると判った。心理学の大家、河合隼雄(はやお)先生が「溺れるとはまる」の違いをお書きくださっているので、その話をしようか、と思ったが、やめた。ここは温泉。温泉と食事をゆっくり楽しんだ後で、座敷にベタッとすわっている。小難しい話は耳にあわない。心にも合わない。

 「うちはね、」
 「うん(早く聞きたいらしい)。」
 「うちはね、子供のスマホ禁止なんだ。それに、テレビも親が許可しないと見れない。多分、平均一時間くらいで、普通のおうちよりも少ないと思う。」
 「確かにそうだねぇ・・・。」
 「あ、おばあちゃんといる時はおばあちゃんの判断で見せてもらっていいからね。」
 「はいはい。」
 「それにお小遣いも禁止。だから、うちはね、一般のご家庭よりも、ギュッと厳しいと思っているよ。」
 「へぇ~それが判っていたんだね~。」
 「判っているさ、だから、温泉に来た時くらい、息抜きのために、コインゲームをしていいよ~ってことにしている。やっぱり大変だもん、パーッと遊びたいときがあるよね。」
 「確かにね~。」
 「だから、子供たちは『大江戸温泉行きたい~』って言うんだよ。それでいいの、息抜きでいいの。」
 「そうなんだね、子供たちにとっては。」
 「親だって、お酒やウィンドウショッピングや甘いものなんかで息抜きするじゃない。」
 「おじーさんも、ビール大好きなのよ。」
 「うん、いいんじゃない、息抜きは人それぞれだから。」
 「そうなんだけど、飲みすぎじゃないかしら。」
 「でもさ、それって言っても変えられないでしょ?」
 「そうなのよね~。」

 コインゲームの話がおじいさんの話に替わっていった。静岡市の海岸線にある「大江戸温泉」は、我が家が月に一回程度行く温泉である。平日は大人七百円、小学生前は無料、と安く、ご飯もそこそこで、畳にねっころがったり、ぼ~っとできたりするのが魅力である。肩の荷が降りる感じがする。家から二、三十分、大人三人子供三人で二千六百円。帰宅後、「大満足」とおばあちゃんは言ってくれたし、親子は瞼(まぶた)の重さに耐え切れず、すぐに寝てしまった。

スマホ、テレビ、お小遣い 
 おばあちゃんからヒントをもらったので、ついでに書き残したいと思った。ここからは、うちのスマホ、テレビ、お小遣いを、どう考えているか、どうしてか、について書いていく。

スマホ:全く禁止
 時々、かみさんが写真を見せるくらいで、十分もしない内に見せなくなる。高校卒業時か、高校に入って自分でお金を稼いで持たせようかと考えている。
 「子供のスマホ」は現在の親を悩ませる問題、として新聞やテレビ、本などで取り上げられている。しかし悩みはしない。それは、東北大学川島隆太教授の研究成果が「スマホと成績の相関を示している」からである。スマホをすると成績がどうなるか、を仙台市の中学生二万二千人のデータで見てみたい。

 家の勉強時間三十分未満の平均点
 スマホを全くしない   六十三点
 スマホは一時間未満   六十三点
 スマホは一~二時間   六十点
 スマホは二~三時間   五十七点
 スマホは三~四時間   五十五点
 スマホは四時間以上   四十五点
 六十三点が四十五点に十八点減点

 家の勉強時間三十分~一時間の平均点
 スマホを全くしない   七十二点
 スマホは一時間未満   七十二点
 スマホは一~二時間   六十七点
 スマホは二~三時間   六十四点
 スマホは三~四時間   六十一点
 スマホは四時間以上   五十七点
 七十二点が五十七点に十五点減点

 家の勉強時間二時間以上の平均点
 スマホを全くしない   七十五点
 スマホは一時間未満   七十五点
 スマホは一~二時間   七十一点
 スマホは二~三時間   六十五点
 スマホは三~四時間   六十一点
 スマホは四時間以上   五十八点
 七十五点が五十八点に十七点減点

 グラフは左図の通り。(掲載省略します。リンクは一番下にあります。)


 この図からわかることは、以下の三点ある。

 一、「朝起きる時間」や「朝ご飯を食べる」に関係なくスマホをすると必ず成績が下がる。
 二、家で二時間以上勉強してもスマホを三時間以上すると勉強しないのと同じになってしまう。平均点が六十三点で同じ。=「図の赤線」
 三、スマホを四時間以上すると平均点が十五点以上減る。

 私は息子を特別に優秀な子供と思っていないので、このグラフが息子の参考になると考えた。だから、スマホは中学生までは禁止である。 
 ちなみに、川島教授のいうスマホの時間は、親や友達とのラインや電話、メールも含めての時間で、動画やゲームの時間も入っているそうである。
 教師として学生に接していると、授業中にスマホをしている学生は、案外といる。そしてそうした学生が「優秀な成績を修めた」という経験は、一度としてない。スマホ中毒に見えても、授業中だけは手放せる学生の成績が良かったことは多少あった。私の経験からしても、自分で自分の気持ちを制御する経験がまだまだ少ない小学生にスマホを与えないことにし、親としての方針とした。
 方針を決めても、迷いが生まれないこともない。小学校三年生に向けて、担任の先生たちの説明会でも、小学生のスマホの話題が出てきた。周りの父母と話しても、

 「そうなんだけどねぇ・・・。」

 と言って触らせている親もいる。他家は他家、うちはうち、と私の中で想い切る際に、以下の文章を思い出す。

 「子游(しゆう:弟子の名)、孝を問う。子曰(のたま)わく、今の孝は是れ能(よ)く養うを謂(い)う。犬馬に至るまで皆能く養うあり。敬せずんば何を以って別(わか)たんや。」
   為政第二 第七章 『仮名論語』十四頁

 伊與田覺先生訳
 「○子游が孝について尋ねた。
 先師が答えられた。
 「今では、親に衣食の不自由をさせないのを孝行というが、犬や馬に至るまで皆よく養っているではないか。敬わなければ、何によって犬や馬と区別しようか。」
 ※子游 姓は言(げん)、名は偃(えん)、字は子游。孔子より四十五歳若い。

 親子関係には、敬いが根本に必要である、と述べられている。
 私は自分の子供を犬や馬のように育てたいとは想わない。やはり、一人の個別性を持った人間として敬いたい。だから、息子、将来の娘たちにきちんと説明をしてスマホを禁止することにしている。子供に金銭を与えれば散財してしまい、その散財の快感で身を焦がしてしまう。敬うことは、相手の自由にさせることではなく、相手の状態を見て適切に接することだと想う。もちろん、その心根は、相手の成長を願うことがある。
 スマホを与えて良いかどうかに迷ったとき、統計データや自らの実体験に照らし合わせて方針を決める。それは、相手の状態を客観視するためである。親はどうしても我が子を特別扱いしてしまう。ペットを可愛がるように特別扱いをしてしまう。しかし、それは犬や馬を養うのと変わらない、そのことを『論語』は教えてくれる。
 こんな理由から、うちではスマホは中学生までは禁止にしている。有り難いことに、かみさんも賛同してくれている。

テレビ:親の許可による
 成績が高い人や偏差値の高い学校がテレビゲームをする時間が短い、というのは数々の統計データで出ている(文末にリンクを)。それゆえ、基本、テレビゲームはスマホと同じ扱いである。
 しかし、テレビはちょっと複雑である。文部科学省の統計データで、「テレビを全く見ない子供」は「テレビを長く見る子供」と同じで成績が低い、という結果が出ている(日本経済新聞西暦二千十三年十二月二十五日「テレビ、短時間なら有効」 文科省が学力テスト分析」)。
 二つが原因として指摘される。

 一、テレビから日常生活の知識を得られる。
 二、テレビを一時間で切れるので、元々、意志が強い子供。

 私は両方が正しいと考えている。だから、普段、子供がテレビを見るのは、朝起きての天気予報の時間帯と、午後四時過ぎに帰宅してご飯前の時間帯である。両方ともご飯の準備となれば強制でお終い。長男は炊飯器からご飯を分けるお手伝い、長女はお箸を配るお手伝い、二女は取り皿を分けるお手伝いが課されている。ちなみに、父はお茶を配るお手伝いである。ぼーっと見ていられるテレビを切ってお手伝いをするのは意志を鍛えられる、と考えている。また、朝のテレビはニュースや話題がぎゅっと詰まっている。日常生活の知識を得るのに丁度良い時間帯と考えている。
 ポイントは、「約束をしてきちんと守る」という行為を習慣にして、意志を強くする訓練である。
 うちの子供達はお腹が減ると機嫌が悪くなる。こういう生理現象を利用して意志を強くする訓練はしない。しかしながら、空腹に近い状態をテレビは作りだせると考える。テレビを視聴しているだらだらとした楽な状態は、意志の弱まっているマイナスな状態である。このマイナスな状態からお手伝いをするというプラスの状態にもっていきたい。なぜなら、「約束をきちんと守る」ことをの大切さを教えたいからである。
 もちろん、マイナスからプラスの状態にする際、親も多大なエネルギーを子供につぎ込まなければならない。それは親にとって心の負担である。

 「お手伝いしなさい!!」
 「ごはん食べないと、ずっと不機嫌なままだよ。」
 「みんなでご飯を食べよう!」
 「早くしなさい!!」
 「何回言わせるの!!」

 子供は親の心を見抜いている。親がこうした心の負担を嫌がっているとマイナスの心はマイナスの心のままである。

 「いっつも言わせる!!」
 「だから、とっくんはだめなの!!」
 「なんでしないの! 聞き分けの悪い子!!」

 と言ったことはない。しかし言いたくなるのも分かる。マイナスの心にとどまっているからである。
 親がしつけのための心の負担を子育ての喜び、つまり、プラスの心に親自身が染まっているかどうかを、子供は見抜くであろう。口には出さなくても、

 「お手伝いしなさい!!(一緒にご飯を食べられたら嬉しい。)」
 「何回言わせるの!!(言わなくてもできるように、成長して欲しいな。何時だろうな。)」

 子は親の鏡、子供が毎回グダグダと言うのならば、それは親の心がマイナスからプラスになっていないことを見抜いているのであろう。「吾日に吾が身を三省す」としたい。
 以上のような理由で、子育ての訓練のために、テレビは親の許可制としている。

お小遣い:なし
 「おこづかい、ないなんて、かわいそうよ。健治郎、子供におこづかい、あげて。子供はお金の扱いかたを知ったほうがいいにきまってる。おこづかい、あげたらどう? ね。だってね、みわ(私の妹)のところは、おこづかいあげているよ。それがまた、いいんだっていってたし。どう? おこづかい。」

 一気呵成(いっきかせい:いっぺん)にまくしたてられた。ゲームの翌日、土曜日のお昼ご飯の時だった。午前中にバスケの練習が終わった後、おばあちゃんが居て、息子と一緒にご飯を食べている時だった。口に食べ物が入っているので、何か言葉を返せなかったのと、どうしたらお小遣いをあげない理由を理解してくれるか、と考えてた。お尻に火がついたように、言葉が続く。

 「そーだよー。おとーちゃん、おこづかい、ちょうだい。とっくんお金ないよ。神棚にお年玉あるけど、あとはないよー。」

 「あーやっぱり、とっくん、おこづかい欲しかったんだね。そうだよねー。もう二年生だし、三年生になるし、買いたいものもあるよね。おとーちゃん、お小遣いあげたら? どう?」

 「うん、とっくん、おこづかい欲しい。」

 「(無言で・・・何かに困っている訳でも、何かをしたい訳でもないのに子供にお金をあげることは返って害悪となる、というのを・・・。)」

 と考えたが、言うのは止めた。また、もう一つ、河合隼雄先生の言葉も思い出したけれども、止めた。ここでは、無言で過ごした内容を書いておきたい。

 『心の処方箋』「二十五 善は微に入り細にわたって行わねばならない」という章がある。この中に、ボランティアに行って施設に嫌われるボランティアがたとえ話で出てくる。

 「老人ホームにやってくるボランティアの人が居る。やってくると、老人にやたら親切にする。老人の方もやはり誰かに甘えてみたいものだから、何やかや要求する。それに応じていると、老人も嬉しくなって、平素は出来ないことまでする。これは確かに素晴らしいことである。しかも、このような行為を、この人は無償でやっているのだから、ますますそれは「善行」と言うべきである。
 しかし、こんな人が時たま来てくれると、施設の人たちが後で苦労することになる。甘えることの味を覚えた老人は、次の日になると、今まで自分でしてきたことまでしなくなって、他人に頼ろうとする。施設にいる人たち(働いている人)は、それにいちいち応じて居られないし、やはり老人と言っても出来る限りは自立的に生きて欲しいものだ。
 時には、この老人が、ボランティアの誰それさんは優しい人だけれど、ここの施設の人は冷たい人ばかりだ、などと言い出すかもしれない。こうなると施設の人は面白くない。」
百七頁

 本人が「善行」をしているからと周りの状況を見ずに迷惑をかけていることの自覚が薄い人が一番困る、と河合先生は結んでいる。また、そういう人は「傲慢(ごうまん)である」と前後に間接話法で述べている。
 おじいちゃんやおばあちゃんが、子育てで我が子である両親とぶつかる、という話はよく聞く。その原因の一つとして私は、『「善行だから」と周りに迷惑を掛けていることに無自覚で、その傲慢さにある』と思っている。その傲慢さが、我が子の自立を妨げる、のである。日本だけに寝たきり老人がいること、母子の関係が近すぎることなども視野に入ってくる。
 が、今はこの話をする時ではない。そして喧嘩になる。だから切り口を換えたのである。

 「とっくん、じゃあ、おこづかいあげるね。月に百円。来年は二百円ね。それでどう?」

 「え? くれるの?! やった~!!」

 「じゃあ、そういうことでおばあちゃんもいいの?」

 「もちろ~ん! いいよ。よかったね、とっくん。」

 「ただね、とっくん。」

 「うん?」

 「今着ているアンダーアーマー(スポーツブランド名)の上着は六千円だよ。月に百円とすると、一年で千二百円、六千円貯めるのに五年かかるよ。今のようにお手伝いをしたらなんでも好きなもの買ってあげるなら、一週間で買えるけど。次にアンダーアーマーの下のジャージ買うの五年後だよ? おこづかいだと。それでもいいの?」

 「え? 五年? えーぃやーー。」

 「いやなの? お小遣い。」

 「うんー。アンダーアーマー、欲しい。帽子も欲しい。」

 「じゃあ、今のままでいいの?」

 「いいよ~。」

 「おばあちゃんも、おこづかいじゃなくていい?」

 「とっくんがいいならいいよ。」

 具体的にお金の金額を挙げて考えさせることにした。漠然とした話では子供は「だれだれが勧めてくれることは良いことだ」と思って、それを選択してしまう。子供は周りの状況や実態を把握する経験が少ないからである。それを手助けして考えさせてあげるのが親の役割だと思った。
 おばあちゃんは大人である。だから説得する時間を持つ必要もないだろう。自然と気が付いてくれるかもしれないからである。または、親とぶつかるからこそ貴重なのである。大切なのは親が子育てでぶれずに「約束をしてきちんと守る」ことを習慣にして教え込むことである。お小遣い制でも、お手伝い制でも、制度はどのようでも良い。それは枝葉の問題で、根幹問題は「約束をしてきちんと守る」ことなのである。
 もちろん、親も子供との約束を守らなければならない。三回のお手伝いをしたら、なるべく早く、欲しいものを買い与えなければならない。だらだらと引き延ばしては、「約束しても引き延ばししてもよい」と子供は学習してしまう。時間に関してはこれまでは出来ていると記憶している。

 「約束をしてきちんと守る」ことのこぼれ話がある。

 平成三十一年一月二十九日(火)は丸々一日、何も予定がなかった。専門学校、大学、塾の講師、ミニバスの監督、評議委員、図書館関係の理事や運営委員、その他の打ち合わせ等で丸々一日予定が入らない日は月に一日あるかないか、である。
 こんな現状だったので、この日はボーっとしたり、ゲームをしたり、昼寝をしたり、夜更かしをしたりした。翌日の朝、少し体調が悪かった。かみさんが話しかけてくれた。

 「どうしたの? お腹の調子悪いの?」
 「うん、ちょっと食欲ないなぁ・・・。」
 「原因は判る?」
 「たぶん・・・カップラーメンの食べすぎ?」
 「ああー(笑)。」

 かみさんは笑いで流してくれたが、その会話を聞いていたとっくんがいきなり、

 「じゃーおとーちゃん、カップラーメン禁止ね。一週間たべちゃだめだよ!」
 「はーい! たべないね、一週間がんばるよ~。」

 とっくんと即時、約束をした。今日は二月一日(金)である。約束は約束。来週の火曜日までまだまだ長い(その後守れた)。

まとめ
 「スマホ、テレビ、お小遣い」という子育てで話題となる問題について書いてきた。それぞれの家の方法があるが、我が家は以上のような理由と意図をもって、スマホなし、テレビは親の許可、お小遣いなしとなっている。
 その精神的支柱は『論語』で子遊が孔子先生に「孝を問うたこと」の一章にある。これを現代の統計データに照らし合わせた。
 書きまとめて気がついたのは、「親がその子供に心を配っていることの重要性」である。親は犬や馬を育てるように、何やかにやとしてあげる。行動としてその子供に尽くす。
 けれども、それは「その」子供に心を配っている行為であろうか。河合隼雄先生が善人の傲慢さとして近所迷惑についての自覚がない、と指摘された。これは「その」相手に心を配っていない行為を意味している。
 私は、子供ではなく、「その」息子、「その」娘、「その」娘を向いて子育てをしているだろうか。傲慢になっていないだろうか、まとめてみて、最後まで心に残ったのは、このことである。

 「吾日に吾が身を三省す。人の為に謀りて忠ならざるか、」

 私は子供のために真心(まごころ:忠)で接しているであろうか。毎日反省しているであろうか。
 曽先生の残された言葉は偉大である。


 参照サイト:ベネッセ教育総合研究所「第二回子ども生活実態基本調査報告書」 ─テレビゲームの時間は成績・高校偏差値によって差がある─
https://berd.benesse.jp/berd/center/open/report/kodomoseikatu_data/2009/hon2_1_07c.html

【隨筆】哲学とーちゃんの子育て ―まない、入学前の論語―


 「まなちゃん、この本で、どこが一番よかった?」
 「えーとね・・・(本をパラパラとめくる)
 ここかな、しのたまわく、まなびてときにこれをならう・・・」
 「そっか~何でよかったの?」
 「えーーとーー、長くって、できたからよかった。」

 「そっかぁ~。じゃあ他にはある?」
 「えーとね・・・(本をパラパラとめくる)
 ここかな、それじょ(恕)か、のじょの意味が思いやり、ってのが良かった」
 「うんうん。」
 「それじょか。おのれのほっせざるところ、人にほどこすことなかれ、って長くてよかった。」

 平成三十一年四月十日朝六時半過ぎ、朝ごはんの用意の合間の会話である。

 六歳九カ月のまなちゃんは、四月に小学一年生になる。我が家では、二つのことを彼女に課した。

 ①静岡の浅間神社から登って浅間山山頂にある救世観音様まで一人の足で上がること。
 ②『こども論語塾』を暗唱できること。

①浅間山の救世観音様
 救世観音様は大東亜戦争末期、アメリカの空襲によって亡くなった方々と、アメリカのパイロットの慰霊をする観音様です。家族五人で三月に登りました。よく晴れた春の日に少し汗ばむくらいの陽気で気持ちよかったです。まなちゃんと手をつなぎながら、静岡市の景色の美しさに時折、息をとめながらでした。
 とっくん(八歳七カ月)の時は五歳で苦労しましたが、まなちゃんはスーッと何事もなく登っておりました。驚いたのはおっちゃん(四歳九カ月)で、自分の足だけで登山できました。
 降りてくると、私の妹と姪っ子が偶然にも遊んでおりました。まなちゃんは姪っ子と思わず抱きあったのでした。その後、一緒におやつを食べるなど、楽しい時間となりました。まなちゃんは、誰とでも仲よくするという長所を再確認しました。保育園でも「嫌いな子」、「苦手な子」の話を聞いたことがないのです。「~の言葉づかいはいやだ」や「たたいてくることは好きじゃない」という言葉は聞いたことはあるのですが、その人の人柄が嫌いである、ということばを聞いたことはないのです。
 また、登山のように疲れることをすると、児童は不機嫌になったり、粗暴になったりします。しかし、まなちゃんはそういうことがないのです。夜お布団の上で歯磨きをしていると「ねむぃ~」と言います。放っておくと布団に自分で入り寝ているのです。まなちゃんは、乳児のころ、

 「なすがまなちゃん」

 と言われ、手のかからない(なされるがまな)というあだ名を付けられました。そのまま六歳になったようです。もちろん、喜怒哀楽がはっきりしてきましたので、強い言葉も吐きますが、とっくんやおとちゃんと比べると、「なすがまなちゃん」だと感じるのです。

②『こども論語塾』の暗唱
 安岡定子著 田部井文雄監修の『こども論語塾』の本を三月の頭から、朝ごはんの用意の前に暗唱することにしました。
 朝の六時に起きて、お互いに本を取ります。私が声を出し、まなちゃんが声を出します。最初は短く、そして最後に全文暗唱を三回できたら終了です。初日は、

 『子曰く、
 「故(ふる)きを温(たず)ねて
 新しきを知れば、
 以(も)って
 師(し)と為(なる)るべし」』

 です。
 最初に本文を短くして五回ずつよみ、次に田部井先生の解説を一緒に読みます。ここでまなちゃんに、

 「意味はわかる?」と聞きます。
 「う~ん、わからない」と答えます。

 分からないことを分からない、と言えること、これは親子関係でとても大切にしていることですし、気を配っていることです。いじめが小学校高学年から中学校になると出てきますが、子供が親に「できない」、「わからない」、「どうしようもない」と愚痴を言えないと、いじめはさらに悪化していきます。「わからない」と親に言える関係、特に父親に言える関係を小学校入学時に作っておきたいと思ったのです。
 わからない、を受けて私は、まなちゃんの身の回りのことなどで説明します。次に安岡先生の訳文も一緒に読みます。そして、

 「意味はわかる?」と聞きます。
 「う~ん、わからない」とだいたい答えました。

 ここでも、もう一回別の例を上げて説明します。

 「先生になるには、保育園の昔のことも知っていないといけないよね。そして今いるまなちゃんやおとちゃんのことも知らないといけないよね。昔のことと今のことを両方知っている人が先生になれる、ってことだよ」

 意味を説明したのちに、暗唱に戻ります。短い文を徐々に長くし、最後は全文になります。最も長いのは七行ですが、お風呂で暗唱していた文ですので、六行が最も長かったです。まなちゃんが自分で暗記できたと思ったら、本を閉じて全文暗唱に挑みます。忘れてしまった時は、チラッと本を開いて確認します。ひらがなが読めるので、読み方は分かるのです。

 こども論語の暗唱を初めてから、ピタリとまなちゃんは、六時に起きるようになりました。お手伝いを進んでするようになり、「お手伝いは好き」と言うようになりました。
 ある金曜日の夜に聞きました。

 「まなちゃん、明日はゆっくり寝ていられるけど六時に起きて論語する? それとも起きてからする?」
 「六時に起きるよ。だって論語好きだもん。」
 「そっか。」
 「だってね、思いやりの心が大事だって、論語を読んで分かったんだよ、まなちゃん」

 思い返してみれば、思いやりの心が大切である、と口では伝えてきたつもりでした。他方、それがまなちゃんの心の中にきちんと入っていなかったのが分かりました。本を通して、毎朝の習慣とし、暗唱することで心に入ったのが伝わってきました。

 四月一日、つまり小学校入学前に児童クラブに行きましたが、直ぐに友達ができました。翌々日、私は休みだったので、「まなちゃん、今日は児童クラブお休みしていいよ」というと、

 「まなちゃん児童クラブいきたい」
 というのです。クラブは朝八時からなので、

 「今はいかないよ。」
 と行って部屋に入ると、

 「まなちゃんは児童クラブにいきたいの!」
 と涙声で扉の前で言いました。きっと良いお友達ができたのでしょう。驚きました。

 「ごめんね、まなちゃん。児童クラブは八時からなんだよ。まだ八時前だよね。始まってないんだよ。始まったらいこうね。」

 「うん、わかった。まなちゃん、一番に行きたい。」

 「分かったよ。」

 穏やかだけれども自分の意見をはっきり言える面も出てきたことが嬉しかったです。それもこれも、論語のお陰だと思っています。なぜならこんなやり取りがあったからです。

 「おとーちゃん、なんで論語をおぼえるの?」
 「それはね、おとーちゃんが子育てをする時にどうしたら良いかと論語を勉強してね、とってもいいな、と思ったからだよ。」
 「おとーちゃんも、勉強するの?」
 「そうだよ、勉強するんだよ。勉強は楽しいよ。」
 「へーまなちゃんも小学校で勉強するんだよ。楽しいかな?」
 「おとーちゃんはちょっと大変だけど、楽しいよ。論語を覚えて楽しかった?」
 「うん、楽しかった。」

 論語に関わる学恩に、富士論語を楽しむ会の方々に感謝申し上げます。

 引用本 
 安岡定子著 田部井文雄監修の『こども論語塾』 明治書院 二千十一年 十七刷

【哲學】プラトンの男女観    

 日付を思い出せないから、いつもの朝ごはんの用意の時だったろう。

 「いま、プラトンの『国家』を読み返していて、なかなか面白いんだよ。」
 「へー、国家って名前の本があるの?」
 「あ、うん。アメリカのアイビーリーグ、えと、アイビーリーグはハーバード大学などの名門私立大学ね、その大学生が読むべき本として、ナンバーワンに挙げている本だよ。プラトンは知ってる?」
 「うん、名前は。」
 「ええとね、男女観とか、現代と同じようだったり、全然違ったりして、面白いよ。」
 「へー知りたいな。」
 「じゃあ、本を貸すよ。」
 「ううん、健治郎さんが書いた文章で読みたい。」

 という会話があった。平成三十一年二月中だったのは確かで、すぐに書くことにする。

プラトンについて
 少しプラトンの紹介をしたい。
 古代ギリシャの哲学者で「イデア論」を唱えた。『ソクラテスの弁明』が日本では有名。二千四百年前に民主制都市国家アテナイの貴族階級に生まれ、欧州哲学の基礎を築いた。師はソクラテス、弟子は学問の祖アリストテレスである。若いころレスラーとして活躍しそのリング名(体格が広い=プラトン)が残った。
 プラトンが唯一の哲学であり、その他の哲学はプラトン哲学の解釈に過ぎない、と言い切る人(ホワイトヘッド)までいるほどである。

プラトンの男女観
 今回は、プラトンで比較的注目されていない、プラトンの男女観、特に男女の関係について『国家』からまとめていきたい。まず、引用したい。

 『「(プラトンの代理ソクラテス)いったい番犬のうち女の犬たちは、男の犬たちが守るものと同じものをいっしょに守り、いっしょに獲物を追い、またそのほかの仕事も共通に分担しなければならないと、われわれは考えるだろうか? それとも、牝犬(めすいぬ)のほうは、子犬を産んで育てるためにそうした仕事はできないものとして、家の中にいるべきであり、牡犬が骨折り仕事や羊の群の世話いっさいを引き受けなければならない、と考えるだろうか。」
 「(プラトンの代理グラウコン)すべての仕事を同じように分担しなければなりません。」と彼は答えた、「両性の体力的な弱さ強さの差を考慮する点をのぞいてはね。」
 「ところでどんな動物でも」とぼくは言った、「共に同じ養育と教育を与えないでおいて、共に同じ目的のために使うことができるだろうか?」
 「いいえ、できません。」
 「そうすると、女子も男子も同じ目的のために使おうとするなら、女たちにも同じことを教えなければならないわけだ。」
 「ええ。」
 「しかるに、男子には音楽・文芸と体育とが課せられたのだった。」
 「ええ。」
 「してみると、女子にもこの二つの術を課するほか、戦争に関する事柄も習わせ、そして男子と同じように扱わなければならないことになる。」』
 『国家』 第五巻 三百四十四、五頁

 この後、プラトンは古代アテナイで男女の教育が同じに行われていないが、同じになるべきである、と結論付ける。ここに見られるのは、
 一、動物を根拠として人間を考えること。
 :キリスト教のように人間を支配者として考えない。
 二、男女の差は体力の強度の差でしかなく、本質は同じであること。
 :男女差は本質の差であるとするキリスト教や儒教とは異なる。
 三、本質が同じであるから教育も同じにしなければならないこと。
 :強弱の差が本質でないのだから、個性によって乗り越えられるので教育を平等にしなければならない。

 キリスト教から国家が独立した二十世紀に入ってもヨーロッパでは男女の差が本質であると考えられてきた歴史がある。チャイナ(支那大陸)では多くの支配民族が入れ替わったが、儒教の影響で男女差は決定的であった。日本では江戸時代に入り多少強くなったが、世界で最も男女差、特に教育格差のない歴史があった。これらの何れの地域でも、二十一世紀に入って男女ともに同レベルの教育が施されている。プラトンの先見性は二千年を優に超えている。それだけに、プラトンの男女観が本質をついているとも解釈できる。
 キリスト教や儒教のように男女の差が本質と考える思想の根拠として、出産が挙げられる。『聖書』ではエデンの園から追放されるアダムとエバへの罰として男女の差がつけられていて、女への罰は出産に関わるものである。ではプラトンはどのようにこの問題をとらえているのであろうか。

 『「もし女は子供を生み男は生ませるという、ただそのことだけが両性の相違点であるように見えるのならば、それだけではいっこうにまだ、われわれが問題としている点に関して女が男と異なっているということは、証明されたことにはならないと主張すべきだろう。そしてわれわれは依然として、われわれの国の守護者たちとその妻女たちとは、同じ仕事にたずさわらなければならないと考えつづけるだろう。」
 「ええ、それで正しいですとも」と彼は答えた。
 「そうすると、われわれの次の手順としては、反対論者に、いったい国を設営して行く上でのどのような技術、どのような仕事に関して、女と男との自然本来の素質は同じではなく異なっているのか、まさにその点を、われわれに正確に教えてくれとたのむことではないかね。」』
               三百五十三頁

 プラトンにとって出産に関わる違いは、男女の差の本質と見なしていないことが判明する。プラトンは肉体上の違いとして「体力差」や「出産の差」などは認めつつも、人間の本質としての知性の差を男女には認めていない。続けて引用したい。

 『「それでは君は、およそ人間が習いおぼえる仕事で、いま言ったすべての点で男性が女性よりもまさっていないようなものを、何か知っているかね。 ―それとも、着物を織ることや、菓子や料理を作ることなどを挙げて、長話をしなければならないだろうか?」
 (中略)
 「そうとすれば、友よ、国を治める上での仕事で女が女であるがゆえにとくに引き受けねばならず、また男が男であるがゆえにとくに引き受けなければならないような仕事は、何もないということになる。むしろ、どの種族にも同じように、自然本来の素質としてさまざまなものがばらまかれていて、したがって女は女、男は男で、どちらもそれぞれの自然的素質に応じてどのような仕事にもあずかれるわけであり、ただすべてにつけ女は男よりも弱いというだけなのだ。」
 「ええ、たしかに。」
 「それではわれわれは、男たちにすべての仕事を課し、女にも何も課さないでおくべだろうか?」
 (中略)
 「では、体育に向いた女、また戦争に向いた女もあり、他方には戦争に向かず体育好きでない女もいる、ということはありえないかね?」
 「あると思います。」
 「したがって、国家を守護する任務に必要な自然的素質そのものは、女のそれが男のそれも同じであるということになる。ただ一方は比較的弱く、他方は比較的強いという違いがあるだけだ。」
 「そのようです。」』
            三百五十四から六頁

 このようにプラトンは、男女の肉体の差ではなく教育を含めた知性の差に注目している。そして何よりも、男女の差よりも個人の差が大きいという点で現代と全く一致している。
 さらに現代と一致する点が再三繰り返される。男女の体力差の是認である。女性保護運動がニーチェのいうキリスト教的な弱者救済運動と結びつくフェミニズムは、女性の権利のみを主張して義務を説かない。さらに男女の体力差も認めようともしない。一方的に生理休暇を要求するだけであり、育児休暇が「女性に与えられてない」とだけ主張し、育児休暇が「男性に与えられていない」とは主張してこなかった。
 しかし、プラトンはこのような立場に立たない。「ただ一方は比較的弱く、他方は比較的強いという違いがあるだけだ」とだけ主張する。
 これは現代では、オリンピックが男女別に行われていることと一致する。フェミニズムの主張を進めていくと弱者は強者と同等の立場になる。すると同じレベルで競争しなければならない。しかし、権利主張では弱者の立場を捨てない、という自己矛盾に陥ってしまう。この自己矛盾を二千四百年前に考え抜いて、男女の差よりも個性の差が大きい、と捉え男女論の出発点と、プラトンはしたのである。
 こうした思想から導き出される最も善い状態を引用したい。

 『「ところで、一国にとって、その内の女たちも男たちもできるだけすぐれた人間となることよりも、さらに善いことが何かあるだろうか?」
 「いいえ、ありません。」』
               三百五十九頁

 プラトンは男女差に注目するのではなく、人間の観点から人間を考えた。この点がキリスト教やフェミニズムなどとは異なる点である。そしてそれぞれの自然的素質を鍛え上げ、個性の開花こそが国家にとって最善である、と述べている。理想すぎる国家論かもしれないが、現代の欧米や日本における教育の理想とピタリと一致するのは、大変に興味深い。プラトンはどうしてこのように本質を捉えることができたのであろうか。なぜならば、古代アテナイでは女性に参政権はなく、男女の教育格差はとても大きかったからである。そのような時代背景に縛られることのない、大きな翼をプラトンが持ち、二千年の大空を飛んだのである。
 
プラトンの恋愛観
 もう一つの足かせは、プラトン自身の考えの中にある。プラトンの恋愛観は実は今述べた人間を人間としてとらえるだけではなく、男性優位の側面もある。そしてそれはプラトン哲学の核心である「イデア論」と緊密に結びついている。
 プラトンの恋愛観で有名なのは、ホモセクシャリティ(男性同士の恋愛 日本では「衆道(しゅうどう)である。特に「少年愛(ペデラスティ)はイデア論と結びついている。講談社刊『人類の知的遺産 7 プラトン』で斎藤忍隨(にんずい)先生は以下のように書かれている。

 「・・・華やかな『饗宴(きょうえん:ブラトン著の書名)』の場面だが、酔漢アルキビアデースは昔を回想して、ソクラテスを自分のベッドまで誘い入れたことを告白している。
 ソクラテスが美少年に寄せるこうした関心がホモセクシャルなものであることは言うまでもないが、ギリシャでは周知のように「少年愛」は社会一般の風習であった。
 (中略)
 しかし(一般的であった同性愛的盟友関係について)、プラトンは、この両人が成し遂げた以上のものを同性愛に期待し、同性愛を極度に精神化した。」
              四十四から七頁
 
 プラトンは社会一般よりも同性愛に高い地位を与えたことが判る。続けて斎藤先生を引用する。

 「『パイドゥロス(プラトン著の書名)』はこのように不毛であるはずの地上の同性愛の局面転換をはかって、天外の風景を眺め知ろうとする知的な恋を促しているが、プラトンの著者の中に登場するソクラテスも美少年や美青年たちもその線に沿って知的な、哲学的な対話に耽溺(たんでき:深くおぼれること)する仕組みになっている。」
                  五十頁

 少し解説して判りやすくしたい。

 プラトンは同性愛の不毛さ、つまり子供が産まれないという同性愛の不毛さを受け止めていた。さらに、美少年は一時である。男性はひげが生えだし筋肉が出てくる。そうした一時の移り行く少年の中に、「美そのもの」を見出すことが知的な作業である、と考えている。そして移り行く美の中に「美そのもの」を見出す知的作業は、この現実に生活している世界の中に、理想の世界「イデアの世界(文中では「天外の風景」」を見出す知的作業に通じている、と考えるのである。
 少年愛を「イデア」の探求に類比させたことを、斎藤先生は「同性愛を極度に精神化した」と述べているのであろう。

まとめ
 このようにプラトン全体の思想を眺めてみると、プラトンは男女の差をはっきりと認めており、その男女の差から知的作業を切り出し、思想の核心である「イデア論」へと進めていく。
 つまり、プラトンの恋愛観において同性愛は異性愛よりも高い評価を受けており、『国家』における男女観だけではないことが示される。
 ではどのように二つの男女観を解釈すべきであるか。それは色々な解釈が述べられてきた。代表例としては「同性愛を極度に精神化した」のはプラトンの対機説法である、という解釈である。つまり、同性愛が社会一般で受け入れられていたから、同性愛で説いたのであって、本質は男女差よりも個性の差を認めていた、と解する立場である。他にプラトンの思想が年齢によって変化するので、その流れで解釈する立場もある。浅学の私にはこれらの解釈をまとめることはできないが、プラトンの男女観が一様でなかったことは示せたと考えたい。
 
 最後に一つ述べたい。『国家』の続きには家族観が示されている。こちらは現代とは全くかけ離れていて、それはそれで興味深い。一部引用したい。

 『「これらの女たちのすべては、これらの男たちのすべての共有であり、誰か一人の女が一人の男と私的に同棲することは、いかなる者もこれをしてはならないこと。さらに子供たちもまた共有されるべきであり、親が自分の子を知ることも、子が親を知ることも許されないこと、というのだ。」』
               三百六十一頁

 婦女子の共有という現代では全く見られなくなった主張が記されている。この点については次回に譲ることとしたい。

 参考書
 プラトン著 藤沢令夫訳 『国家 (上)』 岩波文庫 千九百九十九年 第三十七刷
 斎藤忍隨著 『人類の知的遺産 7 プラトン』 講談社 昭和五十七年 第一刷
 山田潤二訳 『国家 ―政治と教育―(プラトン)』 明治図書出版 千九百七十九年 九刷
 山本光雄訳者代表 『プラトン 国家 他』 河出書房新社 二千四年九月発行

【哲學】プラトンの男女観Ⅱ ―結婚観― 

 前号で「プラトンの男女観」について書きました。今号はその続きです。恋愛に続いて、今号は結婚についてを書いていきます。

前号のまとめ
 プラトンの恋愛では、ホモセクシャリティ(男性同士の恋愛 日本では「衆道(しゅうどう)」)が注目されてきました。それは「少年愛(ペデラスティ)」はプラトン哲学の核心であるイデア論と結びついているからです。
 これに触れつつ、プラトンの男女の恋愛について述べました。その要点を三点にまとめました。

 1 動物を根拠として人間を考えること。
 2 男女の差は体力の強度の差でしかなく、本質は同じであること。
 3 本質が同じであるから教育も同じにしなければならないこと。

 二千年を超えて欧米、日本など多くの国で男女は同じ教育を受けています。当時のギリシャでは男女が異なる教育を受けていました。プラトンの洞察力に驚くばかりです。時代や地域を飛び越える大きな翼が、哲学の面白いところです。

プラトンの結婚観
 それでは前号の最後の引用箇所から始まります。

 『「これらの女たちのすべては、これらの男たちのすべての共有であり、誰か一人の女が一人の男と私的に同棲することは、いかなる者もこれをしてはならないこと。さらに子供たちもまた共有されるべきであり、親が自分の子を知ることも、子が親を知ることも許されないこと、というのだ」』
               三百六十一頁

 婦女子の共有という現代では全く見られなくなった主張が記されています。広く一般社会ではどうであったかを見てみます。一夫多妻婚や一妻多夫婚などは複婚(ふくこん:ポリガミー polygamy)」と言い、人類史では通常の婚姻制度で、殆どの社会で広く認められてきました。有名なのはイスラム教の「妻を四人まで持てる」です。日本でも貴族階級や武士階級に一夫多妻婚が認められてきました。逆に少ないのは一妻多夫婚で、ネパールのある民族などにしかみられません。多様な複婚の形式が文化によってありました。
 ですから、歴史から観るとプラトンの主張はとんでもない思いつきではないのです。ただ、プラトン自身が以下のように書いています。

 『「妻女も子供も共有であることが、もし可能でさえあれば、最大の善であることを否定するような異論は起こらないだろう。しかし、それがはたして可能かどうかという点は、最も多くの議論の的となることだろうと思う。」』
               三百六十二頁

 つまり、プラトンも実現の困難さを知っていました。プラトンが貴族階級に属していた都市国家アテナイでは、議論が巻き起こるほど通常ではなかった、ことが推察されます。これを受け入れた上で議論を進めます。

 『「ひとまず可能であると仮定しておいて、そのことが行われる場合の、支配者たちがとるべき実際の措置はどのようなものとなるかを考察し、そしてそれが実行されたならば、国家にとっても守護者たちにとっても、何にもまして有益であろうということを示すようにしたい。」
               三百六十三頁

 プラトンの発想は、隣国のスパルタで実行されていた結婚(複婚)と似ています。スパルタ教育で有名な都市国家スパルタでは、男女共に青年期から長い軍役を課され、優秀な兵士だけが結婚で優遇されます。プラトンのように赤子の時代から両親と引き離すのではないですが、軍役時代は男性のみの集団、女性のみの集団で個人の財産を殆ど認めない点で、プラトンの主張する結婚観に似通っています。

国家が結婚に介入するプラトン
 スパルタのように国家が結婚に介入するのをプラトンが主張します。その具体案を引用します。

 「最もすぐれた男たち(後に優れた軍人と主張)は最もすぐれた女たちと、できるだけしばしば交わらなければならないし、最も劣った男たちと最も劣った女たちは、その逆でなければならない。(中略)
 結婚の数については、これをわれわれ支配者たちの裁量にまかせることになるだろう。(中略)
 そうなると、思うに、何か巧妙な籤(くじ)が作られなければならないだろう。そうすれば、それぞれの組合せが成立するときに、先述の劣ったほうの者は自分の運を責めて、支配者たちを責めないことになるだろうからね。」
         三百六十七から八頁

 動物を基準にして、優れた者とは軍人であり、彼らを増やすことが国家(集団)を強くすることと考えています。このような思想は文明国家であれば全ての国家で見られてきた、と言って差し支えないと思います。特に障害者や完治しがたい病気にかかっている者などはその対象でした。日本では人種でこのような政策を行った形跡はありませんが、ユーラシア大陸で広く見られてきました。
 むしろプラトンの思想は当時としては博愛に近い思想です。というのも、動物では結婚(生殖)のコントロールとして、去勢(きょせい)が一般的です。去勢とは生殖器の切除で完全に生殖能力を取り去ってしまいます。動物の去勢は現代日本では一般的で、私が北海道の農業体験のために二週間お邪魔した「三親(さんしん)牧場」で、

 「去勢は雄牛の肉を軟らかくするためにするんだよ。」

 と教えてくれました。私達は去勢された雄牛の肉を「黒毛和牛」として美味しく頂いています。加えて、人間の去勢は、宦官(かんがん)として国家の役職を担っていました。支那大陸の漢人王朝である「漢」、「宋」でも、女真人の王朝「金」、「清」などでも宦官が国の制度として採用されていました。また、トルコやヨーロッパでも受け入れられていました。文明国家をもった地域で宦官を国の制度として採用しなかったのは、日本国だけであると言えるほどです。ですから、現代日本人である私達からすると、

 「国家が結婚を管理するのはおかしい。」

 となりますが、広く見ますと、

 「国家が去勢をしないで結婚を管理して、民衆に知らせないように気を使うのは、人間のまごころに沿っている。」

 と考えられます。さらに付け加えるならば、プラトンは子供の教育として軍隊に仮入隊をさせ、優秀な者を軍人とします。そうでないものは以下のように後に述べます。

 「『配置された部署を放棄したり、武器を捨てたり、あるいは何かこれに類する卑怯な振舞いをした者は、これを何らかの職人なり農夫なりに、格下げしなければならないのではないか?』
 『ええ、たしかにそうしなければなりません。』」
               三百八十九頁

 つまり、プラトンは生まれた人間には生きる権利があることを認めているのです。
 他方、生まれるまでの胎児、赤子はどうでしょうか。

 「すぐれた人々の子供は、その役職の者たちがこれを受け取って囲い(保育所)へ運び、国の一隅に隔離されて住んでいる保母たちの手に委(ゆだ)ねるだろう。また他方の者たちの子で欠陥児が生まれた場合には、これをしかるべき仕方で秘密のうちにかくし去ってしまうだろう。」
               三百六十九頁

 身体障害以外は生きる権利が与えられるのです。そして、これもスパルタと同様です。スパルタでは生まれた子供が病弱や身体的欠損があるなどの弱者は殺すことが認められ、むしろ推奨されていました。
 また、驚かれるか知れませんが、現代のアメリカ合衆国でもこれを認めています。西暦二千二年の「嬰児保護法(Born-Alive Infants Protection Act)」では、出産後の嬰児殺しを一定の障害等によって認めています。もちろん、反対運動も起こっています。この点でもプラトンはスパルタに似通っており、同時に教育と同じく現代まで続く思想を打ち出していたのです。

孔子との違い
 また、ここには孔子と同じ点と異なる点が表れています。

 同じ点
 ④支配者(君子)が国家運営を担当すること。
 ⑤支配者(君子)が有益(最善)を引き出せること。

 異なる点
 家庭生活を国家が管理するプラトン、しない孔子。

 「投票による民主制度が最善である」と考えるのが古代アテナイの民主主義です。市民はそれを支える五倍から十倍以上の奴隷によって支えられていた点が現代の民主主義とは異なりますが、「投票による民主制度が最善である」という点は同じです。対して、プラトンはこれを否定し、⑤支配者(君子)が有益(最善)を引き出せること、としています。プラトンがこのように考える理由があります。
 『ソクラテスの弁明』という有名な本をプラトンは書きました。実際にソクラテスは民衆の代表である裁判員の判決によって死刑となりました。この経験でプラトンは「民衆の愚かさ、自分の利益しか考えない、理性ではなく感情で判断する、判決の後非難されると言い逃れをする」など、市民の実像に触れたのです。それを受けて書かれた『国家』は、

 「民衆の愚かさを受け止めつつ、どのようになれば良い国家となるか。」

 をテーマとしています。このテーマに沿って恋愛や家族が語られているのです。ですから、自由気ままな恋愛や市民に家庭生活を任せたら、ソクラテスの毒殺と同じ結果になる、と考えたことでしょう。家庭生活を国家の管理が最善である、と考えたのです。逆に孔子は、家庭生活と公の生活をきっちり区別して、家庭生活については特に厳しさを求めませんでした。
 
結婚観の根拠と動機
 それでは、プラトンが国家が結婚に関わるべき、という根拠を引用します。それは前号の男女の恋愛と同じ根拠(①動物を根拠として人間を考えること)です。

 『「では君は、全部(猟犬や血統のよい鳥)同じように子を生ませるかね、それともできるだけ、最も優秀なのから子をつくるように心がけるかね。」
 「最も優秀なのからです。」
 「ではさらに、いちばん若いのからかね、いちばん年取ったのからかね、それともできるだけ、壮年(そうねん:三十から五十歳ごろ)の盛りにあるものたちからかね。」
 「そのようにして子づくりをしないと、君の鳥たちも犬たちも、種族として、ずっと劣ったものになって行くと考えるわけだね。」
 (中略)
 「親しい友よ、そうするとわれわれの国の支配者たちたるや、何とも大変な腕利きでなければならないことになるね---もし人間の種族についても事情は同じだとしたら。」
 「むろん同じです。」』
            三百六十五から六頁

 このように、動物と人間が同じ、と書かれています。次に目的について短く引用します。

 「それでは、この年齢(男性三十から五十五歳、女性二十から四十歳)よりも年を取った者にせよ、若すぎる者にせよ、公共のための子づくりの禁をおかすようなことがあれば、その過ちは神の意にも人の正義にも反するものであると、われわれは言うべきであろう。」
                三百七十頁

 ゆえに、プラトンの結婚観の根拠が見えてきます。それは「公共のための結婚管理が必要」という視点です。
 プラトンの生まれる四年前から始まったペロポネソス戦争は約三十年続き都市国家アテナイの敗北で終わります。投票による民主主義で国家運営を続けるアテナイは、民衆の愚かさに翻弄され、戦争を継続して、祖国アテナイを滅亡の危機にさらしていたのです。こうした時代背景からか、プラトンは国家、よりよき国家を目指していました。そこには大きなテーマがあったのです。それは、祖国を滅亡の危機にさらし、尊敬すべきソクラテスに無関係の戦争責任を押し付けた民衆の愚かさです。
 ですから、プラトンが「公共のための結婚管理が必要」と考える動機がここにあります。また、同時に『国家』の中で理想の国家として、スパルタを真似ながら唯一真似なかった、哲学者による国家統治を言い出す動機もここにあります。

 「哲学者たちが国々において王となって統治するのではないかぎり」
                 四百五頁

 反語で書かれていますので、「哲学者たちが国々で王となって統治となることを理想とする」というのがプラトンの意味です。そして哲学者の意味として、「どんな知恵でもすべて要求する人(四百九頁)」や「真実を観ることを持つ人(四百十頁)」などと説明されています。
 
プラトンの結婚観
 少し入り組んできましたので、プラトンの結婚観をまとめてみます。

 ①相手を選ぶ権利は認める。
 ②しかし、国家は優れた軍人同士が結びつくように動く。
 ③結婚は公共のための側面が強いと考える。
 ④男女愛、男性同士、女性同士の恋愛も認める(三百七十二頁)。
 ⑤子供は生後すぐに保育所で親から離れて育てる。
 ⑥結婚後、男女共に労働すべきである。

 こうして箇条書きで書いてみると、②と③と⑤だけが現代日本と異なるように思われます。ただし、②は日本でも欧米でも言われることです。プラトンが生まれてから戦争時代であったことを思い起こせば当たり前でしょう。
 プラトンの結婚観の核心、あるいは特徴としての⑤について述べたいと思います。これは、この小論の最初の引用文に返ることにもなります。また、公共のための結婚の文脈で理解できるものです。

子供や女性の共有について
 目的は国家の維持です。そのために、プラトンは支配者と国民との苦楽の共有が必要である。なぜならば、苦楽の共有によって国民が一体となり、国が分裂しないから、と述べています。引用します。

 「『およそ国家にとって、国を分裂させ、一つの国でなく多くの国としてしまうようなものよりも大きな悪を、何か挙げることができるだろうか? (中略)』
 『できません。』
 『では、楽しみと苦しみが共にされて、できるかぎりすべての国民が得失に関して同じことを等しく喜び、同じことを等しく悲しむような場合、この苦楽の共有は、国を結合させるのではないからね?』
 『まったくその通りです。』と彼。
 『(中略)この苦楽の私有化は、国を分裂させるのではないかね?』
 (中略)
 「だから、一般に、最も多くの国民がこの【私のもの】や【私のではないもの】という言葉を同じものに向けて、同じように語るような国家が、最もよく治められている国家だということになるね。」
            三百七十三から四頁

 苦楽の共有を支配者と国民が成し遂げられる、とした後に、プラトンは子供や女性の共有に踏み込みます。

 「『そうすると、人々を助け護る人にある者たちの間での、子供と妻女の共有ということは、国家にとって最大の善をもたらす原因であると、われわれに明らかになったわけだ。』
 『ええ、間違いなく』と彼。」
               三百七十九頁

 加えて、以下のことも付け加えます。

 1)土地も家も財産も全ての持ち物は共有。
 2)全ての年長者が親かもしれないから道徳に沿った行動をするようになること。
 3)葬儀は国がとり行うこと。
 4)全国民が戦場へ赴くようになること。

 プラトンの結婚観のまとめは以上になります。プラトンが子供と妻女の共有を主張するのは、国家の統治という目標からというのが明らかになりました。

プラトンの結婚観に関する議論 
 プラトンの結婚観に対しては、直感として「妻女の共有などできない」が挙げられることでしょう。これは女性らしい指向(女性性)の強い人ならば特にそうでしょう。誰か全員に守ってもらうのではなく、誰か一人に守ってもらいたい、と言い換えられます。プラトンの政治改革が二回も大失敗に終わっていますが、その原因が、一般大衆の欲望の強さを推し量れていない点にあるように思われてなりません。つまり、プラトンは、頭の中で完璧な人間を作ったが、現実の人間とは全然違った、ということです。
 
 「プラトンは中二病。」

 と呼ぶのはこのためです。そもそも苦楽の共有などできるのでしょうか? 

 対してプラトンの議論で現在日本で価値がありそうな議論もあります。それは③「結婚とは公共のため」という議論です。
 現代日本では、老人へ国費(税金)を投入しすぎる、との反省から乳幼児から児童などに国費を投入するようになっています。
 平成三十一年現在、静岡市では病院に行って診察を受けると五百円で、薬は無料になっています。成人男性の私は診察料や薬代は通常です。子供に国費を投入する理由は、少子化対策であり、それは将来の税金を納めてもらうためでもあるのです。少子化も将来の納税者も「公共のため」という目的であるのには変わりありません。
 しかしながら、現代日本では結婚において「公共のため」という議論がほとんど行われていません。戦争時代には「産めよ増やせよ」という時の政権に都合のいい、一面的な公共性で結婚が語られてきました。結婚することは善いこと、子供を産むことは善いこと、という狭い公共性です。
 他方、「結婚をして社会的責任を実感した」という言葉を聞くように、結婚によって地域社会や互助会、保育園や幼稚園、小中学校等との公共性を帯びた組織との関わりが増えてきます。これは多くの場合、結婚と出産によって関わりが出てきたものです。
 こうした状況で、「公共のため」という視点で結婚を議論するのは、大切なことだと思います。一人の国民としても、公益性を考える行政としても、国史(日本の歴史)としても、伝統文化の位置づけとしてもです。
 全てに議論を展開することは、この小論の目的ではないので、一人の国民として結論だけにします。
 結婚することで公共性を帯びた組織に関わることで、結婚の「公共のため」を意識するようになります。それは実は、不安定な個人の精神を安定させることにもなるのです。
 離職、離婚、離散などは人生においてつきものです。そうした時、自分が「公共のため」として何かの関わりがあれば不審、苦悩、不安定になりにくいのです。私自身の体験にも沿っています。こうした「公共のため」と結婚を結びつける議論を起こしていく土台として、プラトンの結婚観をとらえられると想われてなりません。
 そしてこれは、「いかなる国家が最善の国家であろうか」を考えたプラトンの意図にかなうと考えます。
 以上が「プラトンの男女観Ⅱ ―結婚観―」です。

 参考文献 
 プラトン著  藤沢 令夫訳 『国家〈上〉』 岩波文庫 千九百七十九年
 斎藤忍隨著 『人類の知的遺産 7 プラトン』 講談社 昭和五十七年
 サイモン・ブラックバーン著 木田元訳 『プラトンの「国家」』 ポプラ社 二千七年
 山本光雄訳者代表 『プラトン 国家他』 河出書房新社 二千四年
 田中美知太郎訳者代表 『プラトン』 筑摩書房 昭和四十七年

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