分析「天竜舟下り転覆事件」


 「天竜舟下り事故」でお亡くなりになられた方々、傷害を被った方々に心よりお悔やみ申し上げます。

 元学生の方から要望がありましたので、「天竜舟下り転覆」の事件について、技術者倫理から分析してみます。ただし、情報源が日本の一般の新聞、日本経済新聞と朝日新聞、地方新聞、静岡新聞に限られている点を先にお断りしておきます。また、毎回のことですが、打ちっぱなしですので誤字脱字・意味不明の箇所があると思われます。御容赦下さい。

 事実確認
①法律「船舶職員法」では「12歳未満の乗客に救命胴衣の着用義務がある」
事実:救命胴衣の12歳未満の着用が行われなかった。

分析A) :法律違反である。この法律違反は、日本的慣行によって現場優先主義で法律通りにしない、という悪習に基づく。これは日本が「法治主義」と「人治主義」の中間にある場合の欠点である。同時に、この日本的慣行に基づく現場優先主義は、東海村JCO事故にも見られた。また、広く日本社会のビジネスルールの中に浸透している。

分析B):救命胴衣は、乗客の本質安全を担保するものである。工学的安全では、「本質安全」、「制御安全」、「注意安全」があり、その中で「本質安全」を最も優先させなければならない。救命胴衣着用が行われなかったのは、工学的安全の優先事項を逸脱した行為となる。

分析C):船舶の大破は物は壊れるという意味で起こりうる。その備えが「フェイル・セイフ」で「壊れる可能性のある製造物の使用責任、製造責任を果たす」ことになる。天竜舟下りでは救命胴衣が、使用責任を果たすはずであった。ただし、天竜舟下りコースの危険個所に対策を取るなどの方法も使用責任を果たすことになる。例えばコース上のとがった岩に厚いゴムを張り付ける、危険個所に人員や救命器具を配置するなどである。

分析D):船舶の操縦ミスは、人は誤りを犯すという意味で起こりうる。その備えが「フール・プルーフ」である。その備えが「フール・プルーフで」で「誤った操作をする可能性のある製造物の使用責任、製造責任を果たす」ことになる。天竜舟下りでは救命胴衣が、使用責任を果たすはずであった。現在、運送会社は「船乗りの操船ミス」と発表しているが、「操船ミスを犯すことを前提とした対策を取っていたかどうか」が重要なのである。この視点が無いと東海村JCO事故のように、現場の作業員、あるいは現場に近い人々だけ処罰されることになる。これでは事故の再発防止につながらない。

 日本経済新聞平成23年8月18日15面には「川下り船を巡っては、過去にも同様の転覆事故が発生。救命胴衣を身に着けず、死傷者を出したケースも目立つ」とある。事故の再発防止策が十分に取られなかったことが分かる。
 ここからは専門家の間で意見の分かる所だが、私は過去の事故に学ばず対策を十分に取らなかった運営会社経営陣に法的責任、特に罰金刑を含めた刑事罰を科す法律を制定すべきであると私は考えている。福島原発事故でも多大な被害を国家、国民に与えたのにも関わらず、経営陣の出処進退は、経営陣の「自主」判断に任されている。地域独占と専売で広く社会的責任を負う企業が、一般の企業と同じ立場であるのは公平ではないと考えるからである。舟下り事故でも遺族への補償などを義務付けるべきではないだろうか。以上は私見である。

②前後の2隻にエンジンの異常が無く、案内役の船頭は「原因不明」との証言

分析E):エンジンの異常がある、のは製造物である限り可能性が存在する。そのリスクを最小限に近付けているかどうかが争点となる。「運転中にエンジン停止、あるいはエンジントラブルが起こった場合の対策を取っていたかどうか」が工学的安全から考えなければならない。各新聞を読む限り、エンジントラブルに対する対策はとられていない様である。乗客に対する安全対策が救命胴衣であったようである。つまり、「フェイル・セイフ」対策が出来ていなかった、と推測される。

分析F):船頭の操作ミスがある、のは人間である限り可能性は存在する。そのリスクを最小限に近付ける対策をとっているかが争点になる。しかし、「「(操船方法などの)指導はせず、船頭にまかせていた」と説明」(同紙)とある。これは明らかな
安全管理が不十分であり、工学的安全からすると「フール・プルーフ」対策が出来ていなかった、という分析になる。また、操作ミスが起こった場合の対策が日頃から訓練されるなど、きちんと行き届いていたようには新聞の文面では読み取れなかった。(しかし実際には対策は十分に取られていた可能性はある)

 以上の分析から、「天竜舟下り事故」は、以下のように分析される。

ア) 「物は壊れる」という前提を受け入れた対策「フェイル・セイフ」をとっていなかった。

イ)「人は誤る」という前提を受け入れた対策「フール・プルーフ」をとってないかった。

ウ)救命胴衣着用という工学的安全を支える「本質的安全」無視が行われた。これは法律違反でもある。


 まとめ
 平成23年8月18日午後6時現在の新聞情報では、「天竜舟下り事故」は、運営会社の安全管理が、ア)~ウ)の点でずさんであったことが指摘できます。さらに安全管理違反については警察と検察の判断を待ちたいと思います。
 広く工学的安全からこの事故を見ると、3点が浮かび上がってきます。

エ)法律を現場優先主義でなおざりにする日本人の悪習
「暑いから」や「お客さんが面倒くさいだろうから」という相手を思いやる心を過剰の押しだして「空気」を作り、現場優先主義になってしまうのです。これは鉄道、教育、金融、建築、サービス業など広く見られます。短所だけでなく長所も持ち合わせていますが、しばしば事故原因の1つになることがあります。

オ)現場優先主義の現状を組織のトップが知らないこと
東海村JCO事故、福島原発事故などなど組織のトップが現場に入らずに、現場の現状を知らないことが良くあります。これは大東亜戦争当時から続く日本的組織の悪癖です。ただし、トップが現場を歩き現状を把握するケースでは組織が急成長する例が多々あります。日本の場合、特殊事情として組織のトップが現場に入ることが事故対策になるのではないか、と考えざるを得ないほどです。今回の「天竜舟下り」を運営していた社長さんは、現場に入りそれぞれの船頭さんと年に何回くらい言葉を交わしていたのでしょうか。酒とは言いませんが食事を何回くらい共にしていたのでしょうか。

カ)工学的安全という概念が社会に浸透していないこと
1999年の雪印偽装事件、東海村JCO事故、新幹線のトンネル落盤事件という3大事故をきっかけにして、工学的安全が製造物を作る側には浸透しました。製造物責任法が制定され、「不具合はメーカーの責任である」という概念も広がりました。しかし、未だ、その製造物を使った事故予防が不十分です。「物は壊れる」や「人は誤る」という概念で安全点検をすることが、工学的安全を確保する第一歩です。この一見すると当たり前の概念で、お客さんのこと、社会のためを考えて安全点検をしてもらいたい、と考えます。今回の事故は、これまでの事故原因と同じである、との新聞の指摘があったように、工学的安全という概念が社会に浸透していないことを浮き彫りにした、と考えます。

 以上が分析になります。
 提案を頂いて、頑張ってみました。今後の再発防止に役立てられれば、と願い、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
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感想

今回の事故にて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

先生の分析を読ませていただきました。
私(一庶民ですがw)なりの感想を言いたくなったので書かせていただきます。


特に気にかかった点

抜粋;
>エ)法律を現場優先主義でなおざりにする日本人の悪習
「暑いから」や「お客さんが面倒くさいだろうから」という相手を思いやる心を過剰の押しだして「空気」を作り、現場優先主義になってしまうのです。これは鉄道、教育、金融、建築、サービス業など広く見られます。短所だけでなく長所も持ち合わせていますが、しばしば事故原因の1つになることがあります。

「相手を思いやる心」とは一体何なのだろうか?と
「暑いから」「面倒くさいだろうから」

それはあくまで一時的な優しさ、思いやりでしかない。
本当にお客様のことを考えるのならば、安全を第一に考え、面倒くさがられようが時間がかかろうが、救命胴衣の着用をさせるのではないのだろうか。
本当に相手を思いやるなら、命を守るための準備(救命胴衣の着用)をさせるのが当然だったのに。
法律があろうがなかろうが、関係ない。
安全を第一に考えたなら救命胴衣をつけてもらう、という考えはいたって自然だと考えるものだと思う。

無論、先生もそれを踏まえたうえで分析されていると思います。
短所ばかりで、長所はない、と私は考えます。

相手の事(たとえそれがお客様であろうと家族、友達など)誰であろうとも「相手を思いやる気持ちは大事だよ」というのは皆言葉として知っている。

現実的に「思いやる気持ちを持って行動する」ことを本質的に考え、実行している人は一体どのくらいいるのだろうか?

生活の中でも、例えばこどもにシートベルトをさせない親をよく見かけます。
むしろ当たり前になりつつある。
「子どもが窮屈そうだから」はたまた親の都合で「イヤイヤいわれて面倒くさいから」
というのがその理由です。

人がいて、文明が発達していくごとにその弊害として事件事故が起きてしまう。
そして、過ちを繰り返さないように、人を守るために日々法改正や条例などが出来ていくというのに。

法律を変える、ということがゴールになってしまっている気がする。
結局現場で同じことを繰り返していては防げる事故も防ぎようがなくなってしまう。

親が、
「面倒くさいから」という理由で、こどもに十分なしつけをしなくなり、怒られることがないと我慢を覚えられないまま成人して、キレる大人になってしまう。

自身の楽しみや利益を優先させるためにこどもを好き放題にさせ、情緒不安定になり精神的に十分成長できず、うつ病など精神疾患を抱える。制御がきかなくなり自殺も増え、事件を起こしてしまう。

本文とかなり脱線してしまいましたが、私自身も、娘がいる親として、親同士の付き合いをしていると親なのに子どもみたいな発言をする人たちばかりが周りにかなりいて、納得いかない昨今だったものでついつい書いてしまいました。

あと、某ファーストフードでバイトしていると、ドライブスルーで、飼い犬を車の中に乗せて好き放題にさせているお客様が会計口に来たりすることが結構あります。
お会計しているときも窓を飛び越えてお店に入ろうとする飼い犬を必死に止めている運転手(飼い主)がほとんどで、こちらは食品を取り扱っていて目の前にあるんですけど!!衛生的に商品を提供できません!!従業員が怪我してしまう可能性もあるんですけど!!

あれは、本当にやめてほしい!
もちろんお客様にはその場で注意しますが。

これは店員の立場としての話。


個人として、思うこと。
犬がもし運転中に運転者にちょっかいを出してきて一瞬でも注意力が散漫になったら?
それが原因で交通事故になってしまったらどうするの?と言いたい。

自分だけでなく、相手にも危害をくわえてしまうことになり、犬を車に放し飼い?することほどとんでもないことだと思います。親バカの程度こえてる。

ささいに思えることの連続と偶然が、大きな事故を引き起こしてしまう。
防げることも防げなくなって結果、取り返しのつかない自体になってしまう。

これが一番悲しくてやりきれないことです。

私も、人として思いやりの心をもって共存できているか自信もないし未熟だけれども、毎日の生活の積み重ねの中で意識していこうと感じました。

かなり長くなってしまいましたw

分析ありがとうございました。

またの分析をお待ちしておりますw












コメント有り難う御座います

mahoro様

高木健治郎です。

コメントを頂きまして、誠に有り難う御座います。

私としましては、個人名を付けた初めてのブログです。そのブログにコメントを頂くこと、大変栄誉に感じております。私の拙い文章を読んで下さり、何かしら感じられることがおありになる、それを拝見しますと嬉しいと同時に身の引き締まる思いが致します。
また、私を「先生」とお書き下さり恐縮です。私自身としては「先生」という意識がなく少し戸惑いを感じますので、出来ましたら「高木」とお呼びください。あるいは「高木くん」や「高木さん」とお呼びくだされば幸いです。どうも「先生」と書かれると、「あ・・・あ、私か?!」と止まってしまいます。

事故の経緯とコメントを何度か拝見しましたので、お返事が遅くなり失礼致しました。

さて、御感想にお返事させて頂きます。

>本当に相手を思いやるなら、命を守るための準備(救命胴衣の着用)をさせるのが当然だったのに。 法律があろうがなかろうが、関係ない。
仰ることは正鵠(せいこく)を得ています。真っ当な御意見です。ただ、これは個人レベルではその通りですが、企業レベルになると当てはまるかどうか、は意見の分かれる所です。

企業レベルに当てはまる=企業も消費者の安全を第一にすべき、という善を最優先すべき
というのは講義録の中で「倫理絶対主義」と申してきました。対して私は、

企業べレルに当てはめにくい=企業は営利と消費者の安全、社会的責任などを合わせて考えるべき
というのを講義録の中で「倫理相対主義」として申してきました。

救命胴衣の購入費用、補習点検などの管理費用などが企業の営利を少なくさせます。私は個人レベルではmahoroさんの御意見は当てはまると思いますが、企業レベルでは中々難しいと考えています。ですから、企業自身の自助努力を促進するために、法律で取り締まるべき、という提案を致しております。

>短所ばかりで、長所はない、と私は考えます。
強いご意見ですね。何かしら体験がおありになるのかと推察致しました。その後を読み進めると、御自身の強い体験を書いて下さり、理解致しました。その上で、それを踏まえた上で、「長所」からもお考え頂きたいのです。もうなさっておられるかもしれませんが、私個人の考えとして、「長所と短所はある価値観の下で決まる」と考えています。「短所しかない」というのは特定の価値観しか持っていない、ことを反映しているとなります。そして、その特定の価値観から、あるいは個人の経験から飛び出せること、それが講義録の中にある「学問の力」だと考えております。

そしてその「学問の力」で物事を見た時に見えてくる広い世界は、大変楽しいものです。個人の意識を、また人類の可能性を広げてくれます。そこに「公平」の大切さ、があると思われます。

福島原発事故では「同じ日本国民を思いやる心」の良い面が出たと思っております。しかし、その心は、政府の対応のまずさやマスコミの偏向報道に声を上げない(昨日、戦後初のデモがありましたが)、自衛隊を便利に使っているなどなどの欠点もあります。また、日本のサービス業は世界一であると言われる理由もこの「相手を思いやる心」にあると思います。

ただ、mahoroさんの御意見を拝見致しますとこの点は御理解した上かもしれません。そうであれば蛇足となります。御無礼をお許しください。


>生活の中でも、例えばこどもにシートベルトをさせない親をよく見かけます。
この御意見は蛇足かもしれないな、と感じた一文でした。私自身、1歳の赤子がおりますが、毎回必ずチャイルドシートに乗せています。御存じかも知れませんが、チャイルドシートは20年前にはありませんでした。現在はチャイルドシートが義務付けられていますが(平成12年から)、まだ周知徹底していません。これは、そもそも存在しなかった行動が民衆に浸透していくのに、20年、30年単位で掛かることがあります。例えば、北欧各国の男性の育児休暇取得も2,30年掛かりました。現在日本では育児休暇が導入されましたが1%以下です。
 大人のシートベルトは導入から紆余曲折あり、数十年で周知徹底してきました。ですから、このように時の流れを見て頂きたいです。「頭で危険性を理解していてもねぇ・・・」というのは多くの人の特徴だと思います。

>法律を変える、ということがゴールになってしまっている気がする。
仰る通りです。ですから、周知徹底するまでに専門家や責任者や製造者は周知徹底をしていかなければならないと考えております。

>自身の楽しみや利益を優先させるためにこどもを好き放題にさせ、情緒不安定になり精神的に十分成長できず、うつ病など精神疾患を抱える。制御がきかなくなり自殺も増え、事件を起こしてしまう。
素晴らしい御意見を有り難う御座います。社会全体の動きを見ておられ、原因分析もされておられます。私も同感です。私はこの同感の想いから出発しまして、論文「なぜ映画「千と千尋の神隠し」は大ヒットしたか」を書きました。それは「自分の楽しみや利益優先を反省する材料であった死が、病院という非日常に押し込められたからだ」という論旨です。

「そんなことをしたら、死んだおじいちゃん(御先祖様)に恥ずかしいよ」

という言葉が聞かれなくなったのではないか、と考えております。もし御入用でしたがメールでもこのブログでも公開致します。お申し出下さいませ。


>これが一番悲しくてやりきれないことです。
某ファーストフードでの体験、犬の車中での動きに対するお考えを読みました。一番悲しくてやりきれないこと、というお考えも合わせて、大変お心の綺麗な方と拝見致しました。そこに希望を感じました。有り難う御座います。


>またの分析をお待ちしておりますw
有り難う御座います。実はこの日記は、冒頭にも書いたように別のSNS(Mixi)で希望を頂きUPしたものです。もし、事故が起き、分析の希望がありましたらコメント頂けましたら幸いです。私自身、大変怠け者で自分から中々書く気になりません。言って頂けると苦も無く書けるのです。

 コメントの返信になっているかどうか心配ですが、以上です。
もし、さらなる御質問、御意見、御批判などありましたら、コメント頂ければ幸いです。コメント本当に有り難う御座いました。嬉しくて長文となりました。お読み下さり有り難う御座います。
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    名前:高木健治郎

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