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【隨筆】思想的基準が必要な現代日本 ―『「戦争」の心理学』で心の涙がでた箇所―

はじめに

 これまで、ふじの友に『「戦争」の心理学』で二本の記事を書きました。先々月号の「哲学とーちゃんの子育て ―戦士になったとっくん―」と先月号「孔子は軍人の影響を受けていたのか」です。
 今月は、どうしても書きたかった、書くのに苦しんだ記事を書きます。先月号で書けなかったのは、気持ちの整理ができなかったからです。先月の富士論語を楽しむ会での皆様の笑顔を想い出し、何とか一筆目を走らせること(実際にはパソコンのキーボードを打ち始めること)ができます。

最も心を打った一文
 『「戦争」の心理学』には、①睡眠不足がアルコール中毒と同じ位運動能力を奪う砲撃実験、②ストレスがどれほど肉体の能力を奪うのかというネズミの実験、③どうしたら子供の暴力を減らせるのかという小学生の実験、④規律がどれほど犯罪予防に役に立つのかという銃乱射事件の分析、⑤戦闘になれば大小便を垂れ流すのは本能であり多くの人がするという実例など、興味深い文が山のようにありました。
 こうした興味深く知識やアイディアを吸収するにまさる、心に最も残った一文があります。

 「(ベトナム戦争の帰還兵)ティムはりっぱなアメリカ人であり、よき父であり、祖国の呼びかけに応えた高潔な男だった。私の友人だった。敵を殺し、多くの同胞の命を救った。それなのに社会は彼を指弾(非難して排斥すること)し、おまえのしたことは恥ずかしいことだと決めつけた。ティムだけではない。その後何年間も、祖国(アメリカ)の市民はベトナムから帰還した兵士を攻撃し、非難しつづけた。膿(う)みただれたPTSD(心的外傷後ストレス障害)に塩をすり込んだのだ。」     五百十五頁

 大東亜戦争の敗戦後に帰還した日本兵のことを想って心から涙が流れるようでした。私達日本国民が戦争を始めたのです。選挙を通して国民(臣民)は戦争を選択し、推進しました。そして敗戦すると自分たちの国民で戦争に行った帰還兵と最後まで戦争反対を示されていた天皇陛下を、一方的に非難し排斥しつづけてきました。先ほどの文を判りやすく書き直してみましょう。

 「大東亜戦争の帰還兵であるあなたは、りっぱな日本人であり、よき親であり、祖国の呼びかけに応えた高潔な人だった。私の友人だった。敵を殺し、多くの同胞の命を救った。それなのに日本はあなたを指弾(非難して排斥すること)し、おまえのしたことは恥ずかしいことだと決めつけた。あなただけではない。その後何年間も、祖国(日本)の国民は戦争から帰還した兵士を攻撃し、非難しつづけた。膿(う)みただれたPTSD(心的外傷後ストレス障害)に塩をすり込んだのだ。」

 この置き換えがあり、ティムの一文が『「戦争」の心理学』で最も心に残ったのです。
 
 戦争に負けて色々なことが変わりました。独立を取り戻してからも、負けて変わったことを戻そうとしません。放送禁止用語も法律に基づかないマスコミが勝手に決めているだけのルールです。例えば、祖国という言葉さえ自分たちで使わないようにしてきたのです。敗戦後五十年以上、こうした文章を書くことさえ、右翼だ、偏っていると非難し続けてきました。
 私のご先祖様たちを、戦争の加害者と被害者に分けて、一方だけを非難しつづけてきたのです。そのことで、どれほど帰還兵の方々を苦しめてきたのでしょうか。グロスマンは教えてくれました。

 「歯止めのない過度のストレスは心身を食い荒らす。(中略) それはかれらの仕事の能率を落とし、人間関係はもちろん、最後には健康さえ損なう。第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして朝鮮戦争のさいには、戦闘中に命を落とした兵士より、精神を病んで戦線から脱落した兵士の数が多かったのである。」  三十二頁

 勝ち戦でさえ、戦死者よりPTSDによる戦闘不能者の方が多いのです。引用元であるリチャード・ゲイブリエルは「第二次世界大戦で五十万四千の兵を失った(四十四頁)」と数字を示しています。
 日本社会はどれほど、負けて帰ってきた復員兵(帰還兵)の膿みに塩を塗りこんだのでしょうか。勝ち戦、負け戦に関係なく戦闘に巻き込まれるアメリカの警察官の自殺率があります。

 「全米警察官自殺防止財団によれば、警察官の自殺者数は、職務中の死亡数の二倍から三倍にのぼる。」         五百八十三頁

 広田純先生は「太平洋戦争におけるわが国の戦争被害 ―戦争被害調査の戦後史―」の中で以下のように戦没者数を述べています。

 「以上を合わせ考えると、軍人軍属の戦没者数は二百二十万人近いといってよいでしょう。この報告のはじめに、戦没者数三百十万人余、そのうち軍人軍属が二百三十万人というのがよく引用される数字と申しましたが、二百三十万という数字は、調査洩れを考慮しても、少し多すぎるのではないかと想います。」  十二頁

 以上の二つの数値を合わせてみましょう。帰還兵の心的外傷後ストレス障害者(PTSD)数の推計です。

 二百二十万人×二倍=四百四十万人
 あるいは、
 二百二十万人×三倍=六百六十万人

 四百万人超から六百万人超の方々が、心的外傷後ストレス障害を抱えたことになります。また、先ほどは警察官のデータですから、勝ち戦、負け戦に関係なく戦闘行為だけでこれだけの自殺者が出るのが通常であるというのです。軍人軍属と民間を含む日本への帰還(復員)を果たされた方々は、五百万以上とされています。全ての方々が心的外傷後ストレス障害を抱えていてもおかしくない状況でした。

 その状況で、「膿(う)みただれたPTSD(心的外傷後ストレス障害)に塩をすり込んだ」行為を行ってきたのです。七十年以上。
 祖国の安全のために命を捧げた国民を分断し、国民と新聞テレビはこぞって非難し続けます。現在も八月十五日前後になると、NHKと筆頭に民放は「戦争は悪かった」とだけ、一方的な断罪の放送を続けています。それがどれほど、の自殺を誘っているのか気がつかないほどに。
 マスコミだけではありません。国民もまた、この片棒を担いでいます。自衛隊を軍隊にするという憲法改正でさえ、この一方的な断罪意識が邪魔をしています。国際社会の中で日本だけが、

 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」

 という憲法前文を受け入れています。その自分たちの無意識を疑いもせず、軍人をもつ家族の深い心をどれほど傷つけてきたのかも知らずに、七十年がたっています。
 その同じ国民の一人として私はここに立っています。私は日本国民なのです。私が最も心を打たれたのは最初の引用文だったのは、以上の理由からです。

未来に向けて
 以上の文章で留まってしまえば、江藤淳氏がアメリカ公文書館で見つけてきた「敗戦国日本に罪の意識を植え付け二度とアメリカに逆らわないように仕組むプログラム」の批判となります。
 けれども、この志向は他国非難でしかなく、自国の改善、自己の改善とはなりません。日本国の無意識の傷、私の心の傷を向き合うために、今一度、グロスマンの声に耳を傾けることにします。

 「第一次世界大戦の初期、若き陸軍新兵アルヴィン・ヨークは、基礎訓練期間中の上官のもとへ行き、自分はクェーカー教徒だと説明した。そして、子供のころから「なんじ殺すなかれ」と教わってきたから、いまやれと言われていることは自分にはできないと思うと言った。すると将校のひとりが彼をわきに引っぱっていき、その話の裏側を説明してやって、あとは自分で考えるようにいった。もちろん、その後ヨークは赫々(かくかく:立派で目立つさま)たる武勲(ぶくん:戦争での功績)を立て、数多くの敵兵を殺して名誉勲章を授与された。」

 「子供のころから人を殺してはいけない」と言われてきたから戦闘訓練はできない」とヨークはいい、ある将校はその意味を説明しました。そしてヨークは「なんじ殺すなかれ」の宗教的意味、日本では思想的意味、あるいは哲学的意味を理解し祖国を守ったのです。
 現代日本では、

 「人を殺したくないから、自衛隊反対。」
 「人を殺すのは悪いから、戦争反対。」
 「人は仲良くしないといけないから、武器を捨てよう。」

 という言葉があふれています。こうした言葉の意味をヨーク氏のように理解したいですし、未来の日本を向くことになると考えます。先ほどの「人を殺したくないから、自衛隊反対」というのは七十年以上前に敗れた大東亜戦争、そして自衛隊反対運動は、二十年前に終わった冷戦期の共産主義運動だからです。こうした過去を見て現在を決定するのではなく、未来を見たいと思います。

 『「なんじ殺すなかれ」という戒律は聞いたことがあると思う。しかし、数少ない例外はあるものの、現代のおもな翻訳、およびヘブライ語原典からのイディッシュ語(ドイツ語系ヘブライ語)のすべての翻訳は、この戒律は「謀殺(ぼうさつ:計画殺害のこと 〔但し「だまして殺す」の方が近い解釈か:高木〕)」と解釈されている(「出エジプト記」二〇章十三節)。ユダヤ教・キリスト教諸派の聖職者たちはみな、兵士を戦争に送り出してきたこの五千年間、ずっと偽善者だったのだろうか。今日は「なんじ殺すなかれ」と教え、明日は信者を戦争に送り出していたのだろうか。この第六戒「殺すなかれ」について、いまでも文字通りの厳しい解釈を信じているのは、安息日再臨派、メノー派、シェーカー教徒、クェーカー教徒だけである。かれらのほうが正しかったとわかる日が、いつかは来るのかもしれない。しかし、ユダヤ教・キリスト教諸派の圧倒的多数は、これは「なんじ謀殺を犯すなかれ」という意味だと理解している。』        五百六十六から七頁

 ここに書かれていることは、現代日本で極めて重要な視点だと思います。宗教界が戦争をどのように位置づけているのか、という問題を指摘しているからです。つまり、宗教上の「善」と人を殺すことの関係です。そして現代日本で、という意味は、現代の宗教関係は、人を殺すことをどのように考えるのか、を論じていない点を気づかせてくれるからです。
 神道界も仏教界も敗戦前の戦争協力からでしょうか、「殺すことすべてが悪い」のか、「集団を守るための防衛行為としての殺すことは許される」のかなどを論じていません。ひたすらに、お墓の問題、死後の世界の話ばかりしています。憲法九条改正について、神主や坊主が発言しているのを聞いたことがないのです。グロスマンの文章を読むまで、私自身この論点に気がつきませんでした。こうして書いてみて直感するのは、憲法九条が改正できない、あるいは改正の議論が盛り上がらないのは、宗教界が道徳問題として「人を殺すこと」を論じていないからではないか、という点です。現代では世界中で憲法議論は多くの国では宗教指導者も巻き込んだ大きな議論となっています。
 現代日本では、私達の生き方を規定するものの一つとして憲法があります。同時にそれは文化や歴史に基づいた道徳に沿わなければ実行力を持ちません。現代の憲法議論がバランスを欠いていることをグロスマンは教えてくれました。
 彼はこの後、パスカルの神学を採用して、「神が存在すると仮定しよう。」と「そしてそれは、ユダヤ教・キリスト教の伝えるような神であったとする。」と議論を二十一世紀に沿う形に展開します。
 つまり、ユダヤ教・キリスト教の神が存在する、という神学論争に巻き込まれるのを避けつつ、道徳的「善」と「人を殺すこと」の議論を続けます。

「謀殺」とは何か
 グロスマンは「謀殺」を以下のように述べています。

 「自分自身や他者を守るため、職務上の合法的な行為として人を殺さなくてはならなかった場合、それは謀殺になるだろうか。そんなことはない。聖書によれば、ダビデ王は神の心にかなう人だった(「使徒行伝」十三章二二節)。「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」ともある(「サムエル記第一」十八章七節)。ダビデは戦闘において一万人を殺し、そのために称えられているのだ。ダビデに不幸が訪れたのは、美女バテシバを得るためにその夫ウリアを謀殺したからである(「サムエル記第二」十一章)。
 正当な戦闘で一万人殺すことと、妻を奪うために男を謀殺することとのちがいがわかるだろうか。あなたにわかるなら、神にもわかるだろう。」         五百六十七から八頁

 ユダヤの王ダビデを引用し、「謀殺」は己の欲望のみで人を殺すこととしています。国家や民族を守るための戦闘での人を殺すことは神がお認めになる、とグロスマンは伝統的な宗教道徳を用いて示しています。この違いを「箴言」を用いて繰り返します。

 『「箴言」六章十六節には、「主の憎むものが六つある。いや、主ご自身の忌み嫌うものが七つある」とある。(中略) そのリストのいちばん上近くにきているのが、「罪のない者の血を流す手」である。そして罪のない者の命をまもるために戦う者は、ユダヤ・キリスト教思想の五千年間に最高の栄誉を受けてきた。これはまぎれもない事実である。』
               五百六十八頁 

 神の次はイエスです。

 『百人隊長(ローマ帝国兵の役職)がそばへやって来たとき、イエスは「これほどの信仰は見たことがない」と言っている(「ルカの福音書」七章九節)。百人隊長に剣を捨てるように言わなかっただけでなく(金持ちの若者には持ち物を売れと言っているのに)、逮捕されて処刑される少し前に、イエスは弟子たちにこう言っている。「剣のない者は上着を売って剣を買いなさい」(「ルカの福音書」二二章三十六節)
 また、ペテロは剣を持っていたことがわかる。というのも、役人がイエスを逮捕しに来たとき、ペテロは剣を抜いているからだ。イエスはそれを制止し、この人々は法を守る役人だからと言っている。」      五百六十九頁 

 まとめますと以下のようになります。

 一、剣を帯びること自体、勧めるべきこと。
(金を持つこと自体、勧めないこと。)
 二、平和な時に剣を帯びることは認められること。
 三、法の下の武装は尊重されるべきこと。

 グロスマンの引用から導き出されるのは、先ほどのダビデ王と同じく、法の下の戦闘や「人を殺すこと」、武装等は宗教上、認められていることです。
 さらにグロスマンは、「ローマ人への手紙」を引用し、現代の武装について引用します。

 『(中略) これをさらに補強するのが、「ローマ人への手紙」十三章四節である。おそらくこれは、戦士にとって最も重要な章、最も重要な節だろう。「彼はあなたに益を与えるための神のしもべなのである。しかし、もしあなたが悪をおこなうなら、恐れなければならない。彼はいたずらに剣を帯びているのではない。彼は神のしもべであって、悪を行う者に対しては、怒りをもって報いるからである」。遠い外国で国際法のもとにある平和維持部隊員であっても、国内の法執行官でも、剣を帯びる者は法の権威の下にいて、「いたずらに剣を帯びているのではない」のである。』
               五百六十九頁

 グロスマンは聖書の文章を引用して以下のことを述べます。

 一、聖書は現代の武装の考えに適合していること。
 二、そして、法の下に、あるいは神の名のもとに人を殺すこと、武装すること、戦闘を行うことは宗教によって認められていること。

 神、イエス、「ローマ人への手紙」と何重にも引用を重ねて、「人を殺すこと」と「謀殺を犯すこと」の線引きをしめます。

グロスマンの限界と有効性
 グロスマンはユダヤ教徒の『聖書』とキリスト教徒の『新約聖書』を同列に、そして同質に扱っています。この点はキリスト教側の立場ですので、留意が必要となります。
 他方、二十一世紀を生きる日本人を考える上での有効さもあります。まず、ユダヤ教、キリスト教の誕生した多民族、異民族の混合する地域において、戦闘は不可避であり、どの宗教によっても位置づけることは、必須であったことが観えてきます。むしろ、多民族地域で戦闘に関する規定がない宗教は、戦争の持つ暴力を後押しする形になり、無制限の殺戮、「謀殺」でさえも肯定してしまってきました。
 世界が貿易でつながり、飛行機や列車などの交通手段の発達によって世界がより近しい関係になっています。それは、他民族、異民族の混合する地域に近づいていると言えます。ですから、日本でもグロスマンのように「人を殺すこと」と「謀殺」を区別するための思想的基準を定めて、他民族や異民族とのトラブルを回避する必要性が生じていると考えます。日本とユーラシア大陸の物理的距離は変わらなくても、船で十日以上かかった時代から、飛行機で半日もかからずに着いてしまう時代になっています。
 このように狭くなった世界の実情が、日本に新しい多民族地域における思想的基準の構築を求めることとなりました。この意味において、グロスマンの示した神とイエスを基準にした思想的基準は現代日本において大いに有効ですし、参考となりうるでしょう。
 具体例でさらに考えてみます。メノー教徒は先ほど引用したように「なんじ殺すなかれ」を文字の通りに解釈している人々です。つまり、「殺すこと」と「謀殺」を同義として考えている人々です。

 「あるとき、メノー教徒の大学で教授たちと話をしていたとき、あなたがたは本気で平和主義を奉じているのかと質問したことがある。もちろんだと答えが返ってきたので、大学の保安のために武装した警備員が門の前にたっていることを指摘して、あの警備員のことをどう正当化するのかと尋ねてみた。たしかにそれについてはかなり議論になった、と教授たちは言った。しかし、「ローマ人への手紙」十三章にあるように、警察官などの法の番人については認めざるをえなかった。メノー教徒はわかっているのだ。あなたはどうですか?」

 「警備員を正当化するか」というグロスマンの問題は、「自衛隊を正当化するか」という問題に、現代日本では置き換えられるでしょう。「自衛隊を正当化するか」は憲法改正の議論につながるでしょう。もちろん、池田内閣のように現行憲法でも「核武装も可能である」という憲法を改正しないという結論などもありえます。しかし、現代日本では「自衛隊を正当化するか」の議論、メノー教徒のようにかなりの議論には至っていません。それは、改正側も据え置き側も、新解釈側も、思想的基準が示されていないからではないでしょうか。グロスマンは、「人を殺すこと」と「謀殺を犯すこと」に境界線を引きます。その境界線を『新約聖書』から引用し、この議論を完遂します。

 『最後にもうひとつ、イエスの力強い言葉のなかに、日々身体を張って仕事をするプロの戦士たちに当てはまる言葉がある。「人がその友のために自分の命をすてること、これよりも大きな愛はない(「ヨハネの福音書」十五章十三節)。言うまでもなく、わが家をあとにしてこの国の不穏な街角を歩き、また異国の危険な土地を行く男女、会ったことすらない人々のためにその命を投げ出すかれらは、五千年の歴史を持つユダヤ・キリスト教会から最高の栄誉を受けるに値する。』

 彼の言いたいことは、「他者を守るために合法的に人を殺すことと、自分の感情を満たすために人を殺すこととは異なる」ことです。この結論を根拠にして、グロスマンは戦争で精神に傷を負った戦士の心のケアをする職業に務めています。

現代日本で自衛のための思想的基準を探して
 グロスマンは『聖書』、『新約聖書』等の古典を引用して現代に通じる思想的基準を示しました。大学の警備員とメノー教徒の例えは判りやすいものでした。彼の議論を元にして、現代日本に通じる思想的基準を探してみたいです。
 
 まず、初めに思いつくのは現存する最古の古典『古事記』である。その中の神話とすれば、イザナキが妹(いも)イザナミを黄泉の国に追っていく話、アマテラスとスサノオのウケヒの話、オオクニヌシの数多くの話などがあります。
 ただ、グロスマンは神と人間イエスを基準にしています。人間イエスについてはキリスト教内で割れていますが、グロスマンのあげたイエスは、肉体を持ち百人隊長を法執行官として敬意を払うという側面を見て人間と考えます。この側面と戦闘が登場する話として探すならば、カムヤマトイハレビコ(神武天皇)が日向(ひむか)の高千穂の宮から、畝火(うねび)の白檮原(かしはら)の宮にいまされた話が最適と考えられます。大東亜戦争時代の解釈ではなく、「人を殺すこと」と「謀殺を犯すこと」の基準を探すために解釈をしていきます。

 ここから地名等は、三浦佑之著『口語訳 古事記』などを参考にして現代に改めます。また、カムヤマトイハレビコも耳なじみのある神武天皇とします。

 『神武天皇は、宮崎県の高千穂から大分県宇佐市に、そして西から広島県に入り七年、岡山県では八年住まわれた。兵庫県の明石海峡では船乗りに出会い海の道を尋ね、「お伴に仕えないか」と問うて、「お仕えいたそう」と答えたので、名前を与えた。
 さらに進んで大阪まで来ると、トミビコが待ち構えていて戦となって、神武天皇の兄イツセは矢を受けてお隠れになった。兄イツセは「太陽の子孫である私達が太陽に向かって戦うから負けてしまった。太陽を背中にして戦おう」と言い残された。
 そこで大阪から南側の和歌山県に向かい、熊野に入った。大きな熊に襲われた神武天皇は、熊野の神官に助けられ、太刀の献上を受けた。続けてヤタガラスの案内を受けて難所を越えて奈良県の吉野に入られた。
 川で魚を取る人、毛皮を着た人などにあった。そして、力自慢のイハオシワクノコが出迎えた。さらに奈良県の宇陀に入られた。宇陀では二人の兄弟がおり、「あなたたちは仕える気がありますか?」と聴いた。兄エウカシは音のなる矢(鏑)を飛ばして追い返した。次に神武天皇を殺そうと戦士を集めたが集まらなかったので、「お仕えします」と嘘をついた。嘘をつき、大きな社殿を建て、その中に落石で殺す仕掛けを作った。
 弟オトウカシは神武天皇を出迎えて兄の悪巧(わるだく)みを報告した。神武天皇に仕える二人が兄エウカシを呼び出し、「まずは自分が社殿の中に入ってみなさい」と言い、エウカシはその通りにして死んでしまった。
 次に奈良県桜井市に入ると、土雲(つちぐも)と呼ばれる人々がご馳走をすると嘘をついて殺そうとしてきた。そこでご馳走を食べるそぶりをしたが、歌を合図に逆に殺してしまった。その後、数々の戦いをし、使える人々を増やしていった。
 つまり、まずは言葉で相手を和らげようとし、従わない人々を追い払って、奈良県橿原神宮に住まわれて天下を治めることとしました。
 その後、お嫁さんをお迎えになられた。』

 日本国が作られるまでの経緯です。では「人を殺すこと」と「謀殺を犯すこと」に着目していきます。
 橿原神宮に住まわれるまでの神武天皇の行動は一貫しています。

 一、相手に先制攻撃をしかけない。
 二、相手と交渉することを第一にする。
 三、先に相手をだまさない、嘘をつかない。
 四、相手がだましてきたら容赦しない。
 五、相手の兄弟であっても個人で判断する。

 最後の⑤が意味するところは、兄エウカシと弟オトウシカの区別からです。

現代日本における有用性
 ここで現代日本にどのように当てはめるかを考えてみたいです。引用元である『口語訳 古事記』著者三浦佑之先生は、以下のように注をつけられます。

 「兄弟譚(たん)の場合、悪い兄とやさしい弟という伝承形式が強固に存在する。この場合も、その構造のなかで語られ、兄を裏切って天つ神に忠誠を誓う弟をよい者として語っている。いうまでもないが、古事記では天皇や朝廷に従順な者のみが正しいのである。これは本書の語り部の立場とは微妙にずれている。」
                  一二八

 本書の語り部は三浦先生のお考えを代表しています。三浦先生は「あとがき」で「日本書紀」と「古事記」を比べて、「語り継がれてきた主人公は、かならずしも国家の意志を体現する存在とはならず、時として国家に背を向ける人々になった。」と書きます。『古事記』を国家の意志を通して(正反いずれであっても)解釈するという立場をとられています。さらに続けて、

 「こうした古事記観を私が持つのは、古事記を初めて読んだのが、一九六七年、卒業論文を書いていたのが六九年だったという時代性を無視できない。学生たちの多くが国家とか大学とかの権力に向き合っていた。」

 と心情を述べられています。権力に反抗する兄を悪と言い切らず、権力にすり寄る弟を善としない立場は、三浦先生の告白の通り「時代性を無視できない」という立場なのです。
 この立場を超えて現代日本に有用な思想基準を探さなければならなりません。それゆえに別の基準として神武天皇が橿原神宮に住まわれるまでの経緯を追いました。すると、「謀殺を犯す」悪い兄と「相手をだまさない」良い弟の別の側面が浮かび上がります。さらに、兄は報いをうけ、弟は御咎めなしですから、「謀殺を犯すもの」には容赦しないこと、同時にそれは個人によって判断する、が観えてきます。

神武天皇の現代性
 「⑤相手の兄弟であっても個人で判断する」のは国内法のみならず、国際法の立場と合致しており、現代世界に合います。例えばある国の国内で紛争があった場合です。「謀略やテロを用いて攻撃をしてきた集団」と「平和裡に友好的な集団」を同民族であるから両方攻撃してよい、とは考えません。しかしながら、民族や宗教、血縁等で同民族を両方攻撃してきた例は、過去の歴史に幾らでもあります。
 また、国や集団に対して、無条件の先制攻撃を日本国憲法では認めていませんし、国際法の立場からも認められません。多くの国で同様です。
 以上の点から考察しますと神武天皇の東征は現代日本を取り巻く環境に沿う基準となりえると考えます。
 加えて、相手国や集団からの謀略やテロなどの攻撃を受けた場合、「人を殺すこと」と「謀略を犯すこと」を明確に区別する基準にもなりえます。サイバー空間、宇宙空間に戦線が広がっている現代日本において、その重要性はさらに増すことでしょう。

神武天皇の東征とグロスマンの共通点
 今一度グロスマンに立ち戻ってみます。「①相手に先制攻撃をしかけない」、「②相手と交渉することを第一にする」、「③先に相手をだまさない、嘘をつかない」、「④相手がだましてきたら容赦しない」、「⑤相手の兄弟であっても個人で判断する」は、兄エウカシと弟オトウシカの話と土雲の話として二回繰り返されています。この話を言い換えると以下のようになるのではないでしょうか。

 「彼は神のしもべであって、悪を行う者に対しては、怒りをもって報いるからである。」

 「ローマ人への手紙」の一節が『古事記』の要約①~⑤にピタリとなる処に人間の不思議さを感じますが、同時に普遍性を帯びていると考えられます。
 現代日本は運輸交通手段によって狭い世界に取り囲まれるようになりました。それだけに、普遍的な価値観を模索していく時代になってきています。『聖書』や『新約聖書』を引用するグロスマンを基にして、模索した結果が以上です。
 私達は「人を殺すこと」と「謀殺を犯すこと」を区別して、現代日本の国内法と国際法に沿う思想的基準を求めていくべきでしょう。その手助けとなれば幸いです。
 加えて、この思想的基準によって、敗戦後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しまれた方々、家族の方々、さらには法執行官、平和維持活動で心的外傷後ストレス障害になる方々のお役に立てればと願います。
 
 参考書
 デーヴ・グロスマン ローレン・W・クリステンセン著 安原和見訳 『「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム』 二見書房 二千八年

 三浦佑之著 『口語訳 古事記 [完全版]』 文藝春秋 二〇〇二年十二月 第十五刷

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