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【隨筆】孔子は軍人の影響を受けていたのか ―『「戦争」の心理学』の三つの面白い所―

冒頭付記:孔子と軍人の影響を考察した文は高木の知る限りありません。独創ですので、引用等をされる場合にその点ご留意下さい。また、根拠づけも論文ほどではありません。アイディアとしてご参考下されば幸いです。

  ----------------- 本文 -----------------

 先月の「富士論語を楽しむ会」でお話した『「戦争」の心理学』のさらに面白い所を、お伝えしたいと思います。タイトルの「孔子は軍人の影響を受けていたのか」は三番目の「凶悪事件を起こす学生の人格調査」からお読みください。
 先月は、ストレスがどれほど肉体の能力を低下させるか(一%以下に低下)、や、戦闘になると人間は小便を半数以上、大便を四人に一人以上もらしている(自己申告で)、などが驚かれたようです。今回は、ご説明しなかった面白い実験などを挙げていきます。三つとも、日常生活に関わる実験ですし、人間関係にすぐに活かせる内容だと思います。

①寝不足はアルコール中毒と同じ
 アメリカ陸軍が、睡眠不足がどれほど、運動能力(作業能力)を低下させるかの実験をしました。二十日間、睡眠を七時間、六時間、五時間、四時間として砲撃の正確さを競ったのです。

 七時間グループ 九十八パーセント
 六時間グループ 五十パーセント
 五時間グループ 二十八パーセント
 四時間グループ 十五パーセント

 砲撃ですから、一人ではなくグループで行います。結果は衝撃をうけるほどです。六時間と七時間が、約五十パーセントの差、なのですから。また、五時間以下になるとひどい結果でした。
 そして著者のグロスマンは加えます。

 「今日では、旅客機のパイロット、トラック運転手、原子力発電所のオペレーター、航空管制官などさまざまな職種について、仕事の前にはじゅうぶんな睡眠が必要と決められている。(医療従事者も)」

 「チェルノブイリ(原発事故)、スリーマイル島の(原発事故 チェルノブイリに匹敵する)事故にはひとつの共通点がある。すべて深夜に起こった産業事故であり、人員の睡眠管理に問題があったということだ。睡眠不足は、産業事故という形で何十億ドルもの被害をもたらしている。」

 「失った睡眠をあとから取り戻すことはできないと言われていたが、いまではそれが間違いであったことがわかっている。」

 「重度の栄養不良状態が長く続けば、おそらく寿命が何年も縮むだろう。同様に、重度の睡眠不足状態が長く続くと、やはり寿命が何年も縮むはずである。健康な人間がみずから進んで栄養不良の生活を送ることはまずないが、睡眠不足の生活を進んで送っている人はいくらでもいる。」

 さらに、原因を人類の歴史に求めます。

 「文明化される前の古い時代、人類はだいたいにおいてじゅうぶん睡眠をとっていた。日が沈んだらほかにやることがなかった。(中略) だから、人にじゅうぶんな睡眠をとたせるために、肉体はわざわざ強力な信号を発達させる必要はなかった。そこへ安価な人工照明が登場し、物理的に何日もぶっ通しで活動できるようになった。」

 安価な人工照明が開発されて約百年。人類の歴史の中できわめて新しいことです。ですから、私たちの肉体が睡眠不足にならないようになっていない、というのです。キャンプなどでは安価な照明が少なくなります。そうすると夜やることなくて手持ち無沙汰になる時間があります。そんな時間がここ百年で失われてしまったのでしょう。少子化の原因もこの辺りにあるのかもしれません。なにせ、日本の少子化は大東亜戦争前からで、八十年以上続く傾向なのです。
 皆様も睡眠不足、栄養不足と同じようにお気をつけ下さい。チェルノブイリ事故も睡眠不足が原因のひとつというのを、私は知りませんでした。         (六十から六十八頁)

②テレビが減れば暴力が減る実験
 二千一年アメリカのスタンフォード大学の画期的な実験結果です。二つの小学校で三、四年生の約二百人で行いました。一校はこれまで通りテレビを見続けます。もう一校は十日間テレビをつけない制限をかけ、その後、半数が百四十日間テレビを週七時間以下にするのです。
 百五十日後には、身体的な攻撃行動が四十パーセント減少、言葉による攻撃行動が五十パーセント減少しました。
 実験前に攻撃性の高かった子供ほど減少していました。加えて、肥満や過食の問題も大きく改善されました。

 アメリカでは検察に報告されているだけで学校内で年間三十五人が殺害され、二十五万人が「重大な怪我」を負っています。窃盗事件は百万件です。

 グロスマンは、学校の火災で亡くなる、あるいは重傷を負った子供がゼロなのに、火災警報機や避難訓練をしている。他方、暴力で死亡、重傷を負う子供がこれほど多いのに、その対策をしていない。その対策は暴力的なメディア(殺戮やヒーロー映画、殺人ゲームなど)を止めることである、と述べています。その根拠として千を超える医学論文を挙げています。また、昔のけんかに凶器はなかったが現在は凶器が使われていて、そのけんかは年間百五十万件が報告されている、と言います。いじめは千八百万件の報告です。

 アメリカと日本の実状が異なりますが、増加の原因は似ているかもしれません。二千十六年、日本のいじめの報告数は三十二万件、けんかは六万件です。アメリカの子供の総数を三倍と大目にとれば、日本のいじめの件数は約百万件となり十八分の一、けんかは約二十万件となり、五分の一となります。(単純な類推ですが、日本はいじめの件数がまだまだ顕在化していないのかもしれません。)
 グロスマンは、動画での暴力シーンは二歳から理解できると言います。文字での暴力シーンは八歳からなので、メディア(動画やゲーム)が文字とは影響力が決定的に違う、と根拠を挙げます。
 令和元年六月三日の朝だったでしょうか、ニュースを見ているときに、とっくん(八歳九ヶ月)と、まなちゃん(六歳十一ヶ月)が、ポロッといいました。

 「ニースは、こわいのばっかりだから、いやだ。」
 「うん、こわいょ。」
 「そうだね、ニュースはみんなに見てもらうために、怖いニュースを流すよね。いいニュースは沢山あるんだけどね。」

 『「戦争」の心理学』を読み終わった後でしたから、びっくりもし、そして納得もしました。すぐに、かみさんとおばあちゃんにこの二人の言葉を伝えてお願いをしました。

 「これからは、テレビはなるべく見せないようにしてください。ニュースは特に気をつけてください。見せるときは、録画している、ドラえもんや、くっくるん(子供が作る料理番組)、プリキュア(少女ヒーロー)などにしてください。」

 理由として『「戦争」の心理学』の箇所を挙げました。「とくに八歳まではお願いします」と。        (四百二から四百三十頁)

③凶悪事件を起こす学生の人格調査
 アメリカではほぼ毎「月」、学校で銃の乱射事件が起きています。有名なコロンバイン高校銃乱射事件が特別なのではありません。FBIの心理学顧問が、十七件の凶悪犯罪事件を起こした学生の人格調査を行いました。結果はアメリカのみならず、国際的な法執行機関(警察など)で広く利用されています。引用します。

 「〝教室の復讐者(凶悪犯罪を起こした学生)〟たちには共通点がある。規律の厳しい活動やスポーツに参加しようとせず、そしてメディアの暴力表現に夢中だったということだ。
以下の事実を考えてみてほしい。

 ・学校で銃乱射事件を起こした生徒には、スポーツのレギュラー選手はひとりもいない。
 ・規律の厳しい武道の訓練をみっちり受けた者はいない(ひとりは黄帯をもらっているが、これは数週間訓練を受ければもらえる最低の級であり、短期間やっただけですぐにやめている)。
 ・ジュニア予備役将校訓練部隊【中・高校生対象の軍事訓練制度】に所属していたものはひとりもいない。」    三百八十四から五頁

 続けて、競技射撃、狩猟免許取得者、サバイバルゲームが挙げられています。
 アメリカでは中学生、高校生から受けられる軍事訓練制度が、当たり前に普及していますが、日本では普及していません。同時に、アメリカはこうした訓練や体育などを本人が希望しなければ受けなくても良い、という形になっています。日本では高校までの体育の授業で本人の希望で休むことは基本的に許されませんので、集団訓練の場となっています。日本では学校内で銃乱射事件などを起こした学生は極めてまれですので、この結果は参考になると思います。
 続けて、グロスマンは、凶悪犯罪者の俗説として、

 「抗鬱剤(気持ちが落ち込むのをおさえる薬)の服用者が犯人である。」

 があるが、「実際にはひとりもいない(二人いるが事件の前に止めている)」と引用します。

 グロスマンは性格異常による戦場での殺戮マシーンを「狼」と呼んでいます。「狼」は、「人を殺すことに心理的な抵抗を感じず、むしろ人を殺すことを楽しむような人間」を指しています。そして、彼は戦闘の過酷さから「狼」にならないようにしつつ、深い心の傷を癒すのを職業としています。この観点から、FBIの心理顧問の先ほどの説が納得いくのでしょう。以下のように説明します。

 「規律は戦士の人生における安全装置だ。それが牧羊犬(公益のために働く人々)と狼との差である。軍は伊達や酔狂で若い兵士たちに制服を着せ、髪を切らせ、行進をさせているわけではない。服装や髪型といったつまらないことで、自分の意志をまげて権威に従うことができないようでは、重要なものごと ーどうしても必要なとき以外には、ひどい挑発を受けても武器を使わないというようなー についても、自分の意志をまげて権威に従うだろうと信用することができないからである。最低限、警察学校や軍の基礎訓練キャンプで訓練を受けているあいだは、規律に従い権威に服することが必要だ。それが安全装置なのである。」
               三百八十三頁

 心理学における戦闘の専門家と犯罪の専門家がピタリと一致するのは、「規律が犯罪防止になる」という点です。
 私の経験で振り返ってみますと、野球部で坊主でした。理不尽ささえ感じませんでしたが、その根拠が規律の重要さにあることを知りえたのは、人生の大きな収穫となりました。また、息子が坊主にしていることの意味をひとつ教えてもらいました。つまり、「権威に従う規律を学ぶ」ということです。

孔子は軍人の影響を受けていたのか
 以上が犯罪心理学と戦闘心理学の専門家が一致する点になります。この点を論語で考えていきます。
 論語全体を通して孔子は華美な衣装を好まず、礼節にあった儀式や服装を求めています。これまでも、君主の礼を臣下が行うことを非礼である、と本文で指摘していました。こうした規律(礼節)を求める態度は、論語全体にありますし、孔子の礼節に対する根本的な態度といえるでしょう。ですから、孔子は論語において、一方では仁愛を求めつつ、もう一つは規律を求めていると捉えられるのです。
 そういう順路で思索を進めていくと、その先には、これまでまったく見えなかった、孔子の父親が、突然現れてきます。なぜなら、孔子の父は、歴戦の勇者であり、軍人だったからです。母親は占い師であり、文字や儀式を習ったとされています。これまで、孔子の父の影響は不明瞭でありました。関わりの明確な箇所がなかったからです(私の勉強の範囲内では)。
 しかしながら、論語を読み進めてきて、論語全体で孔子が求めている礼節における態度、それはまさしく、軍人の持っている規律に近しい態度であると感じました。
 『「戦争」の心理学』によれば、昔から軍人は規律の大切さを知っていたそうです。だとすると、孔子の父もまた軍人の規律の大切さを保持していたと思われます。孔子が礼節を重視する根底には、父の軍人としての影響、つまり規律の重要さの理解がある、と想われるのです。

 『仮名論語』
 「子、 大廟に入りて、事ごとに問う。或るひと曰わく、孰(たれ)か鄹(すう)人の子を禮を知ると謂うや、大廟に入りて事ごとに問う。

 子、之を聞きて曰わく、是れ禮なり。」
 八佾第三   二十九頁七行目

 伊與田覺先生訳です。

 『○先師がはじめて君主の祖先の廟で祭りにたずさわった時、事毎(ことごと)に先輩に問われた。ある人が「誰が鄹(すう)の田舎役人の子をよく礼を弁(わきま)えていると言ったのか。大廟に入って事毎に問うているではないか」と軽蔑して言った。

 先師はこれを聞いて言われた。「これこそが礼だ」』

 孔子が「礼儀作法が判らない場合は素直に聞くのが礼である」と言われます。この言葉の裏にはグロスマンの言う「権威に従う規律を学ぶ」態度があります。
 誰でもが自己顕示欲があり、知らないことを知ったかぶりをしたい、と感じるものです。その自己顕示欲を「君主の祖先の廟」という権威に従い、尊重する態度を示すのです。そして孔子の特異なのは、その尊重する態度こそ礼なのである、と言い切る点にあります。通常は、頭の上げ下げや、服装の形や色など形式に適うことを礼儀作法というのです。
 少し広げて考えて見ます。
 通常、朝廷内では頭の上げ下げや、服装の形や色など形式に適うことを礼儀作法に適わないと非礼とされ、追放や左遷の憂き目にあいます。また、王や上司の命令が納得できなくとも、理解できなくとも、唯々諾々(いいだくだく 意味がわからなくても納得できなくても承知しました、ということ)としていれば、自らの生命が保証されます。この礼儀作法と孔子の主張する礼とは根本が異なります。
 反対に、軍人であれば命令が判らなければ聞きなおさなければなりません。そうしないと最悪、敗戦につながります。そして自らの生命を失うことになります。「権威に従いつつも、命令を遂行するために質問や意見を出すこと」は軍人の持つ礼そのものです。
 孔子でも「礼節の先生なのに礼節を他者に聞くことは恥ずかしい」ことだったでしょう。この恥ずかしい心を思い切る、その心理の根底に父親の影響、父が軍人で歴戦の勇士であったことへの誇りがあったように推論するのです。
 グロスマンが、軍人は「権威に従う規律を学ぶ」ことである、と述べました。この主張を論語に広げてみますと、これまで影さえ見えなかった孔子の父親が観えてきました。
 孔子先生は、心の中で父親を深く敬愛していたのではないでしょうか。幼いころに別れてしまった父でしたが、周りの方々から父の武勇、活躍に胸を躍らせ、そして軍人の持つ公益に尽くすという心を胸に灯して、人生を全うしたように感じます。
 
 このように考えると以下の二点も見えてきます。
 ①軍人上がりの子路(しろ)を深く愛したこと
 :孔子の熱い軍人のともし火と魂の共感をしたのが子路だったのでしょう

 ②殺されそうになったときの発奮(はっぷん)

 『仮名論語』
 「子、匡に畏(い)す。曰わく、文王既(すで)に没したれども、文茲(ここ)に在(あ)らずや。
 天の将に斯(こ)の文を喪(ほろ)ぼさんとするや、後死(こうし)の者、斯(こ)の文に與(あずか)るを得ざるなり。
 天の未だ斯の文を喪(ほろ)ぼさざるや、匡人其(そ)れ予(われ)を如何にせん。」
 子罕第九 百十二頁一行目

 伊與田覺先生訳です。
 『○先師が衛から陳へ行かれる途中の匡の町でおそろしい目にあわれたときに、先師が言われた。「聖人と仰がれる文王はすでに死んでこの世にはいないが、その道は現に私自身に伝わっているではないか。
 天がこの文(道)をほろぼそうとすると私(後死の者)はこの文(道)にあずかることができないはずだ。
 天がまたこの文(道)をほろぼさない限り、匡の人たちは、絶対に私をどうすることもできないだろう。」
 *匡に畏す かつてこの地で乱暴を働いた魯の陽虎に間違えられたのが原因。』

 ここには普段は表にでない孔子自身が胸に秘めている思いが、危機に陥って出てきています。この、

 「絶対に私をどうすることもできないだろう。」

 という言葉は、軍人や法執行官(警察や消防)が、戦闘に、犯罪現場に、火災現場に向かう時の胸の内、そのものである、と私は感じたのです。
 ですから、その胸の内を孔子は記憶のない父から影響を受けたのだろう、と推察しました。

終わりに
 己の人生と学問を深められるのが、名著だとしましたら、『「戦争」の心理学』は名著の名に相応しいと思います。

 参考書
 デーヴ・グロスマン ローレン・W・クリステンセン著 安原和見訳 『「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム』 二見書房 二千八年
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