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【隨筆】池波正太郎氏を子育てと読む 



 『「あ……横川先生……」
 (横川)彦五郎老人の顔は、蒼白(そうはく)となっていた。
 「先生。どうなされました?」
 「いや、なに……」
 「先生……」
 「こやつ……」
 あごで、死に倒れている浪人をしゃくって見せながら、
 「わしの、せがれよ、こやつは……」
 つぶやくように、いったのである。」』

 池波正太郎氏の『剣客商売 四』「箱根細工」の一節で、読みながら背筋がゾクゾクとした。

 冷や汗をかいたのは、横川老人が未来の私の姿と重なったからである。横川老人は、剣一筋に打ち込み、息子をほったらかしにした。息子は父を激しく憎みながら、父と同じ剣の道に進む。
 そして、十九歳で父に挑み敗れ、二十一歳で家が没落し行方知れずとなり、四年後の二十五歳、金で人を殺そうとするまでに、落ちてしまった。
 私も、横川老人の気質を持っている。家族など面倒くさいだけで好きなことを一筋にしたい、と毎日のように心に浮かび上がってきた。

 「もう、かみさんに息子の教育は任せるから……」

 と独身と同じように生活したい、と想っていた。
 そして、横川老人は死病に取りつかれていた。

 『我が子が死んだ、ということよりも、自分の無責任な所業が、あのように我が子を成長させ、おそらく、これまでに罪もない人の血を何人もおのれの刀身に吸わせていたにちがいない我が子のことを、おもうにつけ、
 「わしの一生は、まことに、ひどい。ひどすぎる。」
 慙愧(ざんき)のおもいに、気も狂わんばかりとなり、(中略)

 微笑をうかべ、
 「大治郎さん、お前さんに、わたしたち父子の片(かた)をつけてもろうたことが、いまこのとき、無惨(むざん)に世を去るわしにとって、何よりのなぐさめじゃ。小兵衛(こへい)によろしゅう、な……」』

 と横川老人は息を終えていく。
 小兵衛と大治郎は親子で健康で立派な剣客親子、横川老人と息子彦蔵は親子で不健康な剣客親子という合わせの構図となっている。小兵衛と横川老人は修行時代をともにし、息子の大治郎が横川老人を見舞いに行くなかで、彦蔵と剣を交えることなる。

 「この小兵衛親子と横川親子を分けたものは何であろうか?」

 私は、二つの親子が出てくる「箱根細工」を読み終わって、考えてしまった。池波正太郎氏は言わずと知れた人気作家で、文章がすらすらと読めてしまう。楽しいので、いくつもの作品を読みすすめている。が、その中で足を止めて考えるものは少ない。

 死にぎわに、自分の死を客観視して、

 「無惨(むざん)に世を去るわしにとって、何よりのなぐさめじゃ。」

 などと言うことができるであろうか、と胸に聞いてみると、「できるかもしれない」という答えが返ってきた。なるほど、できるかもしれない。えばりん坊で見栄っぱりだからである。横川老人自身は息子に関わっている、育てている、親子である、という意識があった。だから息子が金で無実の人を殺すことに衝撃を受ける。けれども、行動としては、四年の行方知れずでも放っておけるのである。多分、言い訳はこうだ。

 「あいつも、もう大人だから……」

 私はこのセリフを何度も何度も聞いてきた。だから、よくよく胸にこびりついている。それでも、私は小兵衛親子になりたいと想うのである。
 小兵衛親子と横川老人親子を分けたものはなんであろうか。

親の道徳心
 子供が生まれて『論語』を本腰を入れて学びだした。親が道徳を身に付けたい一心からである。富士論語を楽しむ会、そして皆様への感謝が、わきあがってきた。

 逆に言ってみたい。大衆人気作家の池波正太郎氏の作品は、読みやすい。だから、足を止めて考えることはないことが多い。けれども、この「箱根細工」で私が足をとめたのは、論語を学んだお陰様なのだろう。親の道徳が子育てにどのように影響を与えるか、を二つの親子の例として示したからである。小兵衛親子は理想の親子として、横川老人の親子は、親が道徳を持たない(しかし、社会性や礼節はある)親子として示してくれた。
 私はやはり小兵衛親子にあこがれる。
 これからも、あこがれながら子育てをしていきたい。

 階下では、息子がドリブル千回の自主練習をしている。
 ドリブル練習の動機を道徳にもとづくようにしたい。なぜなら、小兵衛の息子大治郎も、横川老人の息子彦蔵も、一所懸命に剣の修行をしたからである。
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