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【随筆】哲学とーちゃんの子育て ―猛練習のバスケと莫大な遺産― 


 ガッ、ヅー

 和室の戸が開いた音がした。
 八月十六日、午前二時。

 眠気に襲われていた頭が、シャキン、とした。
 まなちゃん(六歳二カ月)が、吐き気がする、と言い出したそうで、早く寝ていたからである。
 私はとっくん(八歳零カ月)とバスケット練習に行き、午後九時過ぎに帰り、母親に伝えられた。その場に立ち会っていなかったのと、明日だけは久しぶりにとっくんのバスケット練習がないので、ダラダラと夜更かしをしていた。

 ガチャ、ツー

 私は自部屋の扉を開けた。
 すると、真っ暗な廊下にいたのは、まなちゃんではなく、とっくんだった。

 「どうした? 暑い? お水のむ?」
 「ん・・・といれ。」
 「そっか・・・。」

 なんともなしにとっくんのトイレについていき、とっくんが小便をする音を聞いていた。

 ジャアーーーージャアーー

 勢いがある。
 私も小便をすると、

 ジャジャジャジャー

 もっと勢いがあった。

 トイレから出てきて手を洗っていると、和室に戻ろうしたとっくんが、振り返っていった。

 「おとーちゃん、バスケって楽しいね。」
 「そうだね、楽しいね。頑張ったよね。」
 「おやすみぃ~。」
 「おやすみ。」

 まなちゃんがゲロを吐かないか、大丈夫だろうか、などとまんじりともしなかった私は、心が広くなり、一気に眠気が襲ってきた。

 とっくんはバスケットを頑張っている。その経過を書き残し、また、最近読み直した本の一部を引用したい。

 平成三十年七月末に、「しずミニ」という初心者や四年生以下へのバスケットの普及を目指す大会があった。その中で二年生以下の五分間の試合も行われた。
 とっくんの試合結果は以下の通りである。

 一試合目五対二で勝利 得点三点
 二試合目二十六対零で勝利 得点二十二点

 五分で二十二点。コートの誰よりも早く走り、相手のドリブルやパスをカットして自らシュートをした。得点だけでなく、アシストも記録している。小学校の正式な試合は総計二十四分であり、五分で二十二点なら、単純計算で百五点を入れることとなる。二試合目はこれまでにない大活躍であった。弱点も露呈した。相手から体を強く当てられ、その後の三本のシュートを全て外しているし、遠くから無理なシュートも打った。
 幸運なことに、二試合とも動画撮影をしてくださっていて、YOUTUBEで動画が上げてくださった。八月のお盆で、父方も母方の親類に披露でき、大分褒められたのである。また、大好きなコーチにも「それはすごいじゃん!」とお褒めの言葉を頂けた。幸せなことである。
 また、試合中私はベンチで監督をしていたが、オフィシャル(得点や時間を表示する方々)をまとめている他チームのコーチに、大分褒められた。

 「前から上手かったけど、急に上手くなりましたね。」
 「あ、ありがとう御座います。」
 「急に上手くなったのはどうしたんです?」
 「え、えーと、一年の最初からやっていましたから。」
 「そうそう、前から上手いとは思っていたけど、急に上手くなったですよね~驚きました。あ、また入れた。何本連続?」

 実際試合の動画では、ミドルシュート二本を含む八本連続でゴールに入れた。名前も記憶にないコーチが、とっくんを上手い、と記憶してくださっていることが有り難いことである。多くの方に覚えておいてもらえるという幸運に恵まれた。

 しずミニが終わってチーム全体のことを考え終わった後、とっくんのことを考えた。実際しずミニで過去最高の結果を出した。しかし、三年生四年生の試合ではそれほど活躍できないでいる。この夏休みは、猛特訓をする時期なのだろう、という直感が下りてきた。
 縁があって古い倉庫にバスケットゴールを立てることを許され、従兄弟二人と私ととっくんでゴールを立てた。そして目標も、できなさそうな無茶苦茶な目標とした。

 「夏休みシュート三千本を入れること。」
  
 最高の結果に満足してそこで止まってしまってはならない。静岡市の二年生で最優秀であり続けるために、最も練習をしなければならない、と感じたのである。

 倉庫に朝八時から九時に行って、シュート三百本を入れる。実際に打つシュートは六百本前後だろう。打ち終わるのに三時間半かかる。八月十五日は三百八十五本を三時間で打ち切った。二千本達成した。
 今年は特に猛暑と言われている。その猛暑で蒸し暑い倉庫は、立っているだけで汗がダラダラと落ちる。私は毎回、床を箒(ほうき)で掃くのだが、五分で額が汗いっぱいになって落ちてくる。その中で三時間。給水は頻繁にする。休憩もしてもいいよ、と言われ座る。代わりに私がシュートを打ちだすと、

 「へい! へい!」

 と声が近付いてきて、シュートを打ちたがる。結局、休憩は一、二分しかない。バスケットが好きなのである。その気持ちが私にも伝わるから、私は床を掃くとき以外は、ズーッととっくんを見ている。シュートフォームの細かい修正を行う。足首の向きが十度違う。手を回転させる前に腕を上げる、などなど。私もシュートを打ちたいが、とっくんの気持ちに答えるために、三時間ズーッと声をかけ続ける。
 チームの練習では私は監督とコーチをしている。だから、六年生をズーッとみている。とっくんを見るのは、三時間の練習で五分、十分程度でしかない。初めての二人だけの猛練習でとっくんの心の奥底を見た気がした。

 昨夜の安東中学の夜の練習は、私が現役時代に参加していた練習である。八年ぶり、九年ぶりのチームメイトに逢えて懐かしい。七時から八時四十五分まで、ここではフットワークやドリブル練習をしている。八時を過ぎて、六年生から三年生の試合形式のゲームに参加した。昨夜は初めて、大人と混ざって試合をした。
 よく走り、勇気を持ってシュートを打ち、強いパスも取り、相手ボールを二回もカットした。パスミスも細かいミスも良くしたが上出来であった。私はあえて指示をぜず、初めての大人の中でどれだけのことが出来るのかを見ることにした。

 結果は、最も上手な大人が寄ってきて下さって、

 「ナイス!ガッツ!!」

 と手を差し出された。とっくんは手をポンと叩いて小さく、

 「どうも。」

 と言った。

 「よく頑張ったじゃん。」

 と言ってもらえた。私が現役選手の時、この人はゴリラのように力強く、並みいる外国人でも止められない、静岡市のナンバーワンの選手であった。

 体育館から出て自転車に乗ろうとすると、

 「すげーなこの子。いやーすげーわ。」
 「あ、ありがとう御座います。」
 「二年生だって? うちの息子も同じだけど全然違うね。」
 「一年生からやってましたから。」
 「根性あるなぁ。あーおまえ、みならえよ!」

 と話しかけて下さった。横にいるとっくんと同じ二年生の息子を見ながら。その後、ナンバーワン選手が裸で息子さんに近付いてきて、

 「おばけがきたぞ~。」
 「うお!!」

 と話がそれたので先に帰ってきた。自転車に乗ると秋の肌だけが涼しくなる風が吹いてきた。夜道は中学時代に塾に通った道である。懐かしくもあり、息子と自転車で帰ることになるとは思わなかった道でもある。

 「とっくん。楽しかった?」
 「うん、楽しかったよ。」

 私はしずミニ結果の後に、気を緩めずに猛練習をして良かったと実感した。とっくんも少し遅れて感じたのだろう、夜中の二時の「楽しいね」となった。

莫大な遺産のお陰様
 猛練習をする倉庫へは自動車で三十分弱掛かる。その間、いろいろな話をする。十六日の朝の練習に向かう車中での会話である。

 「おとーちゃん。ありがたいねぇ~。」
 「うん?」
 「だってさ、日本は平和でバスケが出来てありがたいねぇ~。」
 「そうだねぇ~。中東やアフリカだったら、バスケットできないよね。」
 「ブラジルは子供を誘拐しちゃうんでしょ。」
 「ブラジルは子供を外で一人で遊ばせないってテレビで言ってたね。」
 「コンビニで卵やお水が買えて、ありがたいねぇ~。」
 「うん、そうだね。」

 この三十分弱の時間も案外貴重な親子の会話の時間となった。このことを福沢諭吉が『学問のススメ』で書いている。

 「親から譲りうける財産を遺産と呼ぶ。だが、遺産はせいぜい土地や家財にとどまり、ひとたびこれを失えば跡形もない。しかし、文明はそうではない。祖先全体を一人の人間とみなせば、その人がわれわれ人間すべてに譲ってくれた遺産なのだ。この遺産は莫大で、土地や家財とは比べものにならない。しかし、いまわれわれがその恩恵を感謝しようとしても、その相手はみあたらないのである。」
       百二十一、百二十二頁

 まさに、バスケットが安心してできる環境、コンビニで飲み物や熱中症対策の飴を買うことができる、などは、福沢諭吉の言う莫大な遺産なのである。私はとっくんが出した成果を、とっくん自身の努力と親の指導のみならず、縁ある方々のみならず、この文明の遺産にまで感謝したいと考えていた。そのことがとっくんに少しだけ伝わったことが嬉しく感じられた。

 残り、千本。
 残り、十日。

 心したい。

 まなちゃんは、今朝、吐いたのでお休みにして、家でおばあちゃんとお昼寝をしている。まなちゃんにも何時か、伝えていきたい。


 引用書
 福沢諭吉著 檜谷昭彦訳 『現代語訳 学問のすすめ』 三笠書房 二千十五年八月十五日 改定新刷第四刷
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