講義録14-2 「倫理を成し遂げる2つの手段 倫理を行うために」

 (本文は平成23年9月8日に書きます。講義終了から1カ月以上が経ち内容が不十分かもしれません。)

 「企業の社会的責任」について、2つの立場から検討してもらいました。

 繰り返しになりますが、2つの立場とは「倫理絶対主義」と「倫理相対主義」です。
この2つの立場からすると「企業の社会的責任」を果たす理由が変わってきます。
「倫理絶対主義」からすると、「倫理は企業にとって最も大切な規範であり、最優先されるべき」と考えます。

「倫理相対主義」からすると、「倫理は企業にとって大切な物であると同時に、長期的信用という経営的判断からも大切な物となり、優先されるべき」と考えます。

 原子力発電を例に取りますと、「倫理絶対主義」からすると原発は「作業者の被曝がないければ成立しないので悪」だから止めるべきである、となります。「倫理絶対主義」の長所は、明快な結論、明確な方向性を示せることです。欠点は、日本の原発の歴史で判るように政治的に利用されやすい、つまり、イデオロギー化しやすい点です。
 対して「倫理相対主義」からすると原発は、吉岡氏の意見のように「原発は儲からない」から止めるべきである、となります。「倫理相対主義」の長所は、長期的な視野、総合的な判断を示せることです。欠点は、日本の原発の歴史で判るように、政治的な主張「原発は潜在的な核武装だから幾ら損をしても構わない」に弱い点にあります。また、昨年度の講義では「総括原価方式のように利益率が法律で保証されている産業では長期的信用が考慮されない点」を欠点として挙げました。

 2つのどちらの立場も、それぞれに長所短所があります。大切なのは、この2つの立場から「企業の社会的責任」を求めていくことが出来ます。それによって倫理を成し遂げる2つの手段が出てきます。

 具体的な手段について説明しましょう(教科書91頁を参考に加筆してあります)。

何か問題を発見した時に、

1)何もしない
2)早期に低コストで実現可能な案を考える
3)会社の友人に相談
4)会社の上司に相談
5)代案を会社の会議に提出
6)弁護士に相談
7)会社の社長に相談
8)各分野の専門家に相談
9)社外の友人に相談
10)社外の人々に相談
11)匿名で投稿する
12)匿名で新聞その他のメディアにリークする
13)実名で新聞そのたのメディアにリークする(内部告発)
14)会社を相手に裁判を起こす

 1)~14)が具体的な行動となりますが、ポイントは①ビジネスルール(相談、報告は近しい上司という決まり)、②弁護士には守秘義務があるので漏洩の恐れが少ない、です。番号の順番はこれが正解、という訳ではありません。ただ、大体このような全体像です。「ミートホープ事件の赤羽氏」の例を考えると、3)→6)→9)→11)→12)→13)となりました。赤羽氏は内部告発をした理由として、

A)実名にしたのは自分が訴えられたくないという保身のためである
B)引退する年齢だったので経済的な心配がなかったからである
C)仕事の知らない社長の息子に仕事人生の誇りを傷つけられたという個人的怨恨である、と述べている。

 著書を読む限り、謙遜の美徳を知る人で文意をそのまま受け取るには注意が必要であるが、幾つもの示唆に富んでいる。ここで問題にしたいのは、倫理的行動をとった理由である。もちろん、A)~C)は理由ではあるが、その底ににある心の判断である。この心の判断は、技術者倫理において大切な、事故予防と再発防止を目指す上で必要な判断である。
この「科学技術者の倫理」は、JABEE(日本技術者教育認定機構)によって認定された技術者教育プログラムを担っています。JABEEとは「技術者の質的同質性を国境を超えて相互承認する協定」に正式加入しています。つまり、「1国だけではなく、国を超えて技術者の質を保証するねらいで出来たプログラム」がJABEEなのです(教科書102頁)。この中で「地球的視野」の必要性が書かれています。地球的視野とは、「自分自身や自国など自分たちの文化や価値観、利益だけではなく、他者・他国の立場から物事を考えられる能力」を含むとあります。この部分は倫理に関係する箇所です。この

 「自分自身や自国など自分たちの文化や価値観、利益だけではなく、他者・他国の立場から物事を考えられる能力」

 はどのようにしたら身につくのでしょうか。方法は大体3つになります。

①自分の国と相手の国に共通する部分だけを勉強する
②世界の中心の国から持って来て勉強する
③自分の国をよく勉強した後、相手の国に共通点が無いか探る。

 詳しくは、講義録15で述べていきますが、私は③だと考えています。
日本の大学の設立目的は「西欧の優れた技術の導入」にありました。ですから外国語は必須になりましたし、文献読解が大切な要素として考えられています。これは②になります。私の個人的な体験ですが、ある旧帝国大学の大学院を受験した時に、②がまるまる出ていて実感したことがあります。「英語の単語が20くらい書いてあり、その意味を書け」という入学試験問題でした。大学院では個人の資質、思考能力が問われる、と考えていたのですが全くそうではありませんでした。私の実力不足で不合格でした。話を基に戻し、具体的に述べていきましょう。

 講義ではこれまで、「自分の利益」<「公衆の利益」 =「公衆の福利」として説明してきました(講義録10-3)。
 「私心(わたくしごころ)」<「公共心」と表現することもできます。

 この考え方は、この後述べていくように日本の伝統的な精神の中にはっきりとあります。それをまず知ることが大切だと考えるのが③です。さらに、解釈は色々ありますが、共通の考え方がキリスト教、イスラム教の中にもあります。倫理を行うために、私は今住んでいる日本の環境のあった、文化や宗教にあった倫理をつかまえておく必要があると考えます。他方、①や②のように頭の中での理解、知識として知っているだけでは、いざ、自分の人生を賭けなければならなくなるほどの、8)~14)の行動に結びつかないのではないか、とも考えています。これは最後に述べます。

 それでは③を具体的に述べていきます。

 福島原発事故後に見えた最大の希望は、普通の日本人がこの「私心」<「公共心」を示したことでした(講義録10-3)。ごく普通の日本人が「武士道」の「武士道とは死ぬことと見つけたり」を実践した例として、中国人留学生を助けるためにわざわざ戻って亡くなった方など多くの例があります。その中で、南三陸町の遠藤未希さんと上司の三浦毅さんは、「津波が来ています。高台に避難して下さい」と防災放送を最後まで続けられました。最後、というのは自分の身を顧みなかったからです。後に遠藤さんは沖合で発見され、婚約者と家族と対面されました。

 余談になりますが、このお話がどうしても書けませんでした。8月末に南三陸町の防災庁舎にお参りをして、辺りで一番信仰されている八幡神社にお参りをしてきました。このブログに「南三陸町旅行記 自然と心の問題」
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-76.html
として掲載してあります。
 お参りしてくるまで、このブログに文字として打つことに心理的な抵抗を感じていました。今も感じていますがやっと打つことが出来ました。余話を終わります。

 このように普通の日本人が「武士道」という伝統的な精神を受け継いでいます。日本の戦後教育はアメリカ支配という冷戦構造から、この伝統的な精神を学校で教えていません。現在でもこのような精神に対する反発があります。そしてこの反発は政治的な問題と化しています。私は戦後60年以上が過ぎ、政治的な問題が徐々に解消されている流れにあると感じています。これは例えば古代の天皇の絶対王政が定着するのに6,70年掛かり、鎌倉政権や徳川政権が定着するのにも6,70年掛かったことを考えると、自然な流れだと考えています。
 そうした政治的な紆余曲折の中でも、「武士道」に見られる伝統的な精神が失われなかった点を重視して考えてみます。その精神は、仁徳天皇の「民のかまど」の話の本質と重なってきます。

 学生の皆さんに伝えるために一工夫して、

「世界で一番大きなお墓(面積)はどこの国にあるか分かりますか?」

 というクイズにしました。
直ぐに「日本」という正解が出ませんでした。「エジプト(ピラミッド)」や「中国(秦の始皇帝の墓)」や「わかりません」などが多かったです。

 航空写真をプリントアウトしてきたので、その写真を持ち「良く見て下さい。単に土を掘って盛っただけです」と言ってクラスの中に回しました。
 ピラミッドは遠くから大きな石を船に吊るして(縛って水中に石を沈めながら船で運びました)持ってきました。綺麗に正方形な石を積み上げるには大変な技術がいる。始皇帝の墓も、人間そっくりの人形があったりと素晴らしい技術がつかわれている。古代は日本よりもエジプトや支那(昔の中国の呼び名)の方が10倍も100倍も人口いたはずです。対して日本の仁徳天皇のお墓は単に土を掘って盛っただけの技術の要らないお墓です。ここに仁徳天皇の「民のかまど」の本質があります。
 「民のかまど」に行きます。「かまど」とは火で食べ物を煮る装置です。昔は薪(まき)に火をつけてご飯やおかずを作りました。今はガスコンロで、パチンとひねれば料理できます。昔のガスコンロですね。昔のガスコンロは木である薪を燃やしますから、当然、煙が出ます。ある時、当時の天皇陛下である仁徳天皇は(昭和天皇の「昭和」は亡くなられた後につく言葉なので、現在の天皇陛下は「今上(きんじょう)陛下」と呼びますが、これは近代以降の習慣です。補足しておきます)、壁越しに民の家をみていました。夕飯の時間になっても、家から煙が出てきません。不思議に思った天皇陛下は

 「どうして煙が上がらないのか?」
と部下に問いました。すると
 「民が貧しいから食べるものが無いのです。」
と答えました。そこで
 「都でそうなのだから全国はもっと貧しいに違いない」
と3年間の税金を取らないことにしました。3年後に煙が上がるようになって部下が
 「税金を元に戻しましょう」
と進言すると、皇后陛下は
 「民の服に穴が開き屋根が破れています」
と言われ、さらに3年間無税にしました。
無税にして、天皇陛下の住まいは、屋根が破れて雨漏りがし、服を3年間新しくしていなかったのです。食べ物もおかずを三品から一品に減らしておられたのです。それでもさらに3年間無税としました。
 6年間の無税の後に、やっと天皇陛下のお住まいを修理しました。

 ですから、仁徳天皇は多くの民衆に慕(した)われました。
ここで仁徳天皇のお墓を思い出して下さい。土を掘って盛っただけのお墓です。技術も何も要らない。多くの人々が感謝の思いで手伝ったのでしょう。現代風の言葉で言えばボランティアです。
 対して、秦の始皇帝は、民衆を軍事力で集めました。1日でも遅れると、1人でも足りないと連れてきた役人も含めて全員が死刑になりました。ですから、役人も逃げ出しました。逃げる人が沢山になって山賊になりました。秦の始皇帝が死ぬとその山賊の中から次の皇帝、劉邦(りゅうほう)が出てきます。当時は、日本より秦の方が技術が進んでいますし、人口も格段に多かったのです。けれども、お墓の面積は仁徳天皇の方が大きい。それは嫌々やらされるより、感謝の心でやる方が成果が大きい、という一例かもしれません。

 仁徳天皇が「民のかまど」の話にあるように、民を大切にしたからです。

 ここで学生の皆さんにクイズを出しました。

 「さて、「民のかまど」の話は、現代風の言葉で言えば、なんというでしょうか?」

 1クラスで10人くらいに聞いて行きました。1人「民主主義」と正解を言ってくれました。
「民のかまど」の話は、権力者を中心にして考える考え方(専制主義)ではなく「民衆をまず大切にして中心にする考え方」です。「民を主(あるじ)とする主義」ですから「民主主義」です。
 ヨーロッパの民主主義は、フランス革命にあると言われていますが、これは18世紀末です。世界中に民主主義が広がっていきましたが、直ぐに移行できた数少ない国(唯一の国)は日本です。それは、1000年以上前に元々日本に独自の「民主主義」があったからでした(他には孟子等の思想の影響も考えられますが)。日本は明治維新で西欧の帝国主義の中で支配をまぬがれましたが、明治維新を支えた人々の手紙には「この国を守る」や「民衆を大切にする」という考えが残っています。
 現在も専制主義は世界各国の半分以上の国で採用されています。エジプトのムバラク大統領は1日4億円以上のお金を貯めていました。彼は民衆によって倒されました。しかし、その後、軍事政権が独裁を続けています(平成23年9月8日現在)。「インターネットによる民主化デモ」が世界中で起こりましたが(一部日本でも)、民を主とする主義という意味での民主主義はどの国にも成立していません。政治体制として国民が投票する民主制はあったとしても、実質は専制主義である国が世界の国々の半分以上を占めています。

 この日本の「民主主義」の精神は、福島原発事故当時の今上陛下(現在の天皇陛下)が「被災地に赴いて人々と気持ちを分かち合いたい。が復興の邪魔をしないようにもしたい」と言われていたこと、被災者に御用邸を解放され、被災者へのプレゼントを御自身で考えられたこと(公式には表明されていません)などとも共通します。そして戦後初のビデオでのお見舞い、被災者と逢われる時、膝をつき1人1人とお話しされる姿勢にも共通しています。
 また、日本一の参詣者がある明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社ですが、この神社は民衆の寄付とボランティア(当時の言葉では勤労奉仕)で作られました。私はここにも「民のかまど」を見る思いがします。ちなみに、後100年くらいすると明治神宮内で完全な自然のリサイクルが行われるようになるそうです。
 昭和天皇も同じ話があります。大東亜戦争に反対であった昭和天皇は、原爆を落とされた後、強く戦勝終結を示されました。日本の天皇制は実際の権力は部下が握りますが、この時、「民をこれ以上傷つけられない」と決断されました。そしてアメリカ軍司令官マッカーサーとの初会見で「私はどのようになっても良いからこれ以上民を傷つけない欲しい」と述べました。その後、戦争で傷ついた日本人を気持ちを分かち合うために、「天皇行幸」として日本全国を回りました。今回の福島原発事故後と同じです。「天皇行幸」は足掛け8年半、全行程3万キロ以上です。

 私は、ある時期、京都大学の哲学サークルに参加していました。その帰り、何気なく御所(京都御所)に行ってみたのです。実は、御所の北東の方角が欠けているのは本当かな?と思って行ってみたのです。本当に欠けていたのです。後から別の話を聞きました。

 「御所の壁が低いのは民衆に殺される心配が無いからである。日本の天皇は民衆のために生きているから殺される心配が無く、そして実際、歴史上民衆に殺された天皇はいない」

 これは動画でも紹介した青山繁晴氏の動画にあった話です。「ヨーロッパの王様や貴族が大きな城に住むのは民衆に殺される心配があるからだ」とも述べていました。確かに日本でも大名の住む城は堀や塀が高いです。しかし、御所は2人で肩車をすれば中に入れるほどの低さでした。そして貴族や同じ天皇家の中での殺し合いはありましたが、民衆に殺された天皇は歴史上いませんでした。貴族や天皇家の中の殺し合いも、権力を手放した鎌倉以降はなくなっていきます。

 私は「だから日本人は素晴らしい」と主張しません(青山氏の主張ではありません、念のため)。
ヨーロッパはオリエント(大陸の中央)から異民族が常に侵攻してくる場所だったのです。今イギリスを支配しているアングロ・サクソン人も後から来た支配民族です。そのように地政学的要件が違うだけなのです。
 しかし、私は「だから日本人の伝統を大切にしたい」と主張します。
 同時に、「各国にはそれぞれ大切な伝統がある」から尊重しよう、と主張します。

 やっと技術者倫理に繋がりました。

 「自分の利益」<「公衆の利益」 =「公衆の福利」は、日本の伝統的な精神の中にあるのです。

 ですから、技術者倫理で大切な、事故予防や再発防止を目指す時、この日本の伝統的な精神を踏まえることが大切だと考えます。

 倫理は、空理空論で行えるものではないと私は考えます。
 ヨーロッパの倫理をそのまま日本に持ってくることは出来ない、と考えます。倫理はそもそも宗教に根源を持つからです。「人間はどうして存在するか(宗教)」を説明できなくて、「人間はどのように行動すべきか(倫理)」を説明できないと考えるからです。

 ですから、日本人の持っている情緒や無意識の中にある「人間はどうして存在するか」の答えと繋がった「人間はどのように行動すべきか(倫理)」が大切だと考えます。そうでなければ実際には個人的利益の殆どない内部告発などを行えないのです。ヨーロッパの人々はキリスト教的精神があります。日本にも伝統的精神があります。それぞれ尊く、それぞれ素晴らしい点があると考えます。

 現在、伝統的精神が学校教育の中で伝えられていません。しかし、日本人が受け継いでいることを福島原発事故、その後の対応で見ることが出来ました。私はそこを「最大の希望」と表現しました。

 以上、2つの倫理の立場、14つの具体的な倫理的行動の手段、倫理を行うために、でした。 


(講義終了から1カ月以上も経ち、内容が不十分かもしれません。思い出せる範囲で書きました。また、講義録14の最初に書いているように加筆、修正してあります。ご了承ください。タイトルの「倫理を行うために」は後で加筆しました。)
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