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【随筆】朝の小旅行と絵本 ―哲学とーちゃんの子育て― 


 梅雨入りの、シトシトとした雨があがる。
朝の六時五十分、朝食が始まる。

 テーブル横のガラス戸を全開にして、五人で

 「いただきます。」
 「今日は二十度らしいよ。寒いね。」
 「そうなんだ、さむいね。」

 と、かみさんが返してくれる。

 「おとーちゃん、ちょっとあたまが痛いよ。」

 と、まなちゃん(五歳十一カ月)が眉をひそめるので、コップを持ってお茶入りのお水を飲ませる。

 ごく。

 何気なく朝食を食べていると、ガラス戸の外から・・・。

 「ゲコ ゲコ・・・ゲコ。」

 と聞こえてきた。

 「おちょーちゃん、なにぃ・・・」

 と、まなちゃんは、ちょっとおびえた声を出した。

 「鳥だよ、まなちゃん!」

 と、とっくん(七歳九カ月)が言う。

 「かえぅちゃんだよ! かえぅちゃん!」

 と、おとちゃん(三歳十一カ月)が続ける。

 「おかーちゃん、なにー?」ととっくんが聞く。

 私は黙っている。こういう時に黙るようになった。というのも、子供が自分たちで課題を見つけ、答えを探そうとする力を育てたいと思うからである。そしてそれができる年齢になってきた、と感じるから。

 「とりかなぁ? とりっぽいね。」

 と、おかーちゃんが答える。すぐに、

 「おとーちゃん、とり?かえる?」

 と、とっくんが聞いてくる。最近多いパターン。
 おかーちゃんに聞いて答えた後に、おとーちゃんに同じ質問をする。「じゃあ、おかーちゃんに聞く意味がないんじゃない?」と、とっくんに言うと、「聞きたいんだよ」と返してくる。二人の答えを聞くことが、真実を聞くことよりも大切なのかもしれない。

 「・・・。」

 私は答えないでいる。

 「おとーちゃん、おちぇてー。」

 と、おっちゃん。まなちゃんはまだ、私の左腕を両手で抱えている。声の主が不明で怖いのだろう。

 「まなちゃん、怖いかな?」
 「・・・うん。」
 「まなちゃんは、声は何だと想う?」
 「んん・・・とり?」
 「なんで?とりなの?」
 「とりさんは可愛いから。」
 「かえるさんは怖いの?」
 「うん、怖い。だからとりさん。」

 この恐怖で判断を歪ませてしまうのは、まないの特性なのできちんと受け止めたいと思った。私は最近、こうした疑問を投げかけられた時、疑問で返すようにしている。

 「まなちゃん、何だか分からないよね?」
 「うん。」
 「じゃあ、ご飯を早く食べ終わったら、お家の外に見に行ってみよう。」
 「(顔を明るくして)うん!」

 とっくんも、おっちゃんもうなずいていた。

 「じゃあ、七時までに食べ終えたら外に行こうね。今日の準備も終わらせよう。できるかな?」
 「うん!食べる。」

 急いで食べだした。

 「じゃあ、優子さん、お弁当セットお願いします。」
 「まなちゃん、やるよ。お弁当セット。」
 「おお、じゃあまなちゃんお願いします。」
 「とっくんは今日の体操着を用意してね。」
 「はーい。」
 「おっちゃんはーおっちゃんはー。」
 「おっちゃんは、ご飯を頑張って食べて下さい。」
 「はぁーぃ。」

 結局、七時十五分まで用意は掛ったけれども、小学校、保育園に出る七時三十分まで時間がある。玄関を開けた。雨上がりでも草が濡れている家の横の道に出た。
 朝に、外に出るのは珍しいからだろう、楽しくそうに顔を輝かせている。

 「たんぽぽだねー。もうフワフワついてないねー。」
 と、おっちゃん。
 「とりさん、とりさん」
とまなちゃん。
 「・・・(小石を蹴っている。)」
 とっくん。

 うれしくてたまらなそうである。

 怖がっていたまなちゃんが、水たまりに入って、靴がビショビショになった。怒ろうかと思ったけれど、やめた。無粋(ぶすい)なのである。

 「おとーちゃん、いないよー。」
 「そうだねぇ~じゃあ、神社のほうも行ってみようか?」
 「うん。」

 子供三人と神社への道に歩みを向けた。
 水たまりに入りながらのまなちゃん。小石を蹴りながらのとっくん。おっちゃんの両手がいつの間にか、私の手にひっついていた。

 三十メートルも来ただろうか、

 「おとーちゃん、とりさんは神社にいるんじゃないかな。神社いきたぃー。」
 「うーん、まなちゃん、神社からはとりさんの声、家まで聞こえないね。じゃあ、帰ろうっか。」
 「はーい。」

 聞き分けがよく、三人で水たまりに入りながら、飛び越えながら帰った。
 朝の小旅行は終了となった。

 喜びや楽しさは成長の種になるのは知られている。同時に、怒りや哀しみ、不安や恐怖も実は成長の種になると思うようになった。そのためには、最初の手助けをし、その後に一人一人の発育を観察するのが必要だと思うようになった。一つのきっかけが、『仮名論語』八十八頁にある。

 「子曰わく、我は生まれながらにして之を知る者に非(あら)ず。古(いにしえ)を好み、敏(びん)にして之を求めたる者なり。」
            述而第七 第十九章

 伊與田覺先生訳
 「○先師が言われた。
 私は、生まれながらに道を知る者ではない。古聖の教を好み進んで道を求めた者である。」

 「好み進んで」の語が心に残っている。子供に「好み進んで」取り組める態度を教えるにはどのようにしたらよいのか、と悩んだ。私は「正解を与え続けること」が適しているとは思えなかった。私は「疑問には疑問で返して、一緒に答えを探すこと」だと思った。
 また、「古聖の教」の語も心に残っている。子供に「古聖の教」を伝えるにはどのようにしたらよいのか、と疑問を持った。私は「まずは、リラックスして読む時間、環境を整えること」だと思われた。「親も気合を入れた時間を増やすこと」だけだとは思えなかった。それは年齢が上がってきたからだと思う。

 その日(平成三十年六月六日)の夜、八時四十五分ごろ。寝る前、歯磨きが終わった。歯磨きは父と母が三人交互で行っている。歯磨きが終わった子供は自由にしてよい。終わると絵本をそれぞれが読んだり、寝転んだりしている。我が家の就寝目標は九時、まだ十五分あった。

 絵本の読み聞かせは、かみさんが子供たちに繰り返してきた。かみさんの母親は絵本作家であり、実家には絵本があふれている。そして、寝る部屋には絵本棚しかない。だから、自然と寝る前に絵本を読むようになってくれた。最初の手助けを、親の方が仕掛けている。
 子供が本を読むようになるためには、読み聞かせも大切、そして手軽に読む環境も必要、そしてそうした時間も必要だと感じた。その時間とは、

 「さあ、二時間あります。絵本を読みましょう」

 と、気合を入れる時間ではなく、

 「寝る前のちょっとブラブラとした時間。じゃあ、絵本でも読むかなぁ・・・。」

 という気の抜けた時間である。気の抜けた時間に、ちょっと手に取れる、というのが習慣になりやすいと感じたのである。

 とっくんは『ゲゲゲの鬼太郎の妖怪図鑑』を読んでいる。怖い絵である。

 「怖い絵だから止めなさい。」

 というのは朝の散歩で水たまりに入るのを止めなさいと強く叱るのと同じで、無粋である。子供が読みたいものを、そしてブラブラと気の抜けた時間で読めるようにしてあげるのが大切だと思う。

 まなちゃんは『きょだいな きょだいな』という本、書いてあるひらがなを声に出している。

 「あったとさ あったとさ
 ひろい のっぱら どまんなか
 きょだいな ピアノが あったとさ

 こどもが 100にん やってきて
 ピアノの うえで おにごっこ
 ・・・なんだっけ?おとーちゃん。」

 カタカナが読めないので、その続きの

 「キラリラ グヮーン
 コキーン ゴガーン」

 が読めないのである。「きらきら ぐわーん こきーん ごがーん」だよ。というと、なんとか音をまねようとする。

 「こきーん、こがーん ごごーん
 ・・・あれ?なんだっけ。」

 できないよね、とは言わない。無粋である。

 「まなちゃんは、ひらがな習ってないのに読めてすごいね~。カタカナはお風呂に表がはってあるからね。すごいよ~。」

 と、ほめる。寝る前はみんな、いい気分でいたいものである。

 おとちゃんは、読んでもらった絵本をもちながら、読んでいる。ひらがなは読めないので、思いだした文を声にしている。内容がかなり簡単になっているけれど、話の筋はあっている。

 「かえるさんがげこげこ
 いけがありました。
 ぴょんぴょんうたいました。」

 頑張って思いだしている風ではなく楽しそうにしている。

 「おとーちゃん、きいてー。おっちゃん、よむょー。
 かえるさんが、ごこごこ。
 いけがあります。
 ぴんぴょこぴんぴょこうたいます。」

 さっきとは違っても楽しそうである。

 「おっちゃん、すごいね~ありがとね~。」
 「うん、おっちゃん、よめるんだぉ。」

 同じ絵本でも発育段階で楽しみ方が違うのである。今後も手軽に読める時間の中で、一人一人が楽しめる環境を提供したいと思った。
 個別の直接体験の大切さは、仏教でよく説かれる。

「水が冷たい。というのは文字では伝わらない。分からない。冷たい水を飲んでみて真に冷たいの意味がわかる。」

 冷暖自知(れいだんじち)と言い、禅の臨済宗で特に取り上げられる。子供一人一人が直接体験して本の楽しさを知って欲しいと思っている。

 「さー、九時になりました。寝ますよ~。」
 「はーい。」
 「あ、まなちゃんだけお返事した。とっくんと、おっちゃんは?」
 「はい。」
 「ぁーい。」

 部屋の電気を消して(小さな電球はつけておく)、兄弟三人だけで寝る。

 「おやすみなさい。」
 「おやすみーおかーちゃん、早く寝てねー。」
 「おやすみー。」
 「おやちゅみーおかーちゃん、はやくねぇー。」

 寝る時はおかあちゃんと一緒にいたい、と毎夜くりかえしている。


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