講義録14-1 「属人的組織風土 企業の社会的責任」

 14回分の講義のレポート用紙を返却します。そのために、今回の14回目に殆どのレポートを返却します。その時間が講義の最初に10分から20分を使用しました。早目に来て先にレポートを回収した人のために、問を出しました。

 問1 三菱自動車工業のリコール隠し(教科書78-9頁に説明あり)の事故原因を挙げなさい

 この事故の経緯は、教科書の中で簡潔に述べられています。クレーム情報の選別、事実隠しのためのマニュアル、運輸省の監査のすり抜け方などです。これは多くの事故隠しに共通しています。暴露されたのは2000年6月の内部告発です。この内部告発者は、社会的責任を守ったのに残念ながらヒーローとして取り上げられていないのが、特徴です。この内部告発者を公官庁がつぶしてしまう体質は、これまでの原発の体質で、この点において原発は根深いものがあります。それは日本国政府がアメリカ支配の下に入る、という強い政治的理由で推進してきたことなどが挙げられます。この点はこれまで述べてきましたので、三菱自動車工業のリコール隠しに見られる、事故予防と再発防止という技術者倫理を妨げる要因を抜き出します。それは

 属人的組織風土:「提案や発言の正邪・当否の判断が発言者が誰かということによって大きく変わる風土である」(教科書80頁)

 社長や部長など地位の高い人間が「白はクロだ」と言えば「クロになる」ということです。平社員や技術者が「いいえ、それは白です」と述べても、否定される、という意味です。私は

 属人的組織風土:「地位が判断の善悪を決める」

 と簡単に書きました。これは広く大学界で見られるようです。特に理系は分野にもよりますが膨大な研究費が必要です。その研究費の支出を決定するのは、東京大学の学説に従うもの、という要求が強くなっているそうです。後に述べますが、「地球温暖化はない」という研究と「地球温暖化はある」という研究では、後者の方が日本の大学界で認められているので研究費が出る(出やすい)ということだそうです。主流派ではない研究者武田邦彦氏は前々からこの点を批判してきました。リサイクル、バイオ、地球温暖化、原発について主流派から外れると実際にそうした憂き目を見てきたと本で書いています。
 アメリカの大学界がノーベル賞を連発するのは、白人だからというだけでなく、この研究費の配分が日本と極めて違うという指摘があります。日本では研究費は、(理系の場合)研究室単位で入ることが多いです。しかし、アメリカでは個人の研究者のアイディアに対して入る。つまり研究者単位で入ることになります。つまり、研究室の一番偉い教授に研究費の分配権があるのではなく、教授の下の非常勤講師や大学院生の個人に研究費が入るのです。ですから、教授よりも大学院生の方が研究費が多い、ということもありえる、ということです。優秀な人やアイディアには研究費が集まるシステムが出来上がっています。これは異分野ですがGoogleが急成長した組織風土でもあります。
 私の個人的な実感として中々、Google的な日本では難しいのではないか、と感じます。また、地方の三流と言われる大学の教授の意見と、旧帝大の大学の教授の意見が反対の場合、多くの日本人は旧帝大の先生の意見を信頼する傾向があるように思われます。福島原発事故でも東京大学の先生が出てきて、正直、原子力発電や放射線が詳しく分からない私、高校の物理を教えたことがありますが、その知識でも明らかに可笑しいことを言っていました。しかし、TVではそのことを取り上げず、「東京大学の先生だから」ということでTVに出ていました。さらに、その先生が「爆発しない」と言ったのに「爆発」という明らかな自然科学的ミスをしたのにも関わらず出演しました。
 これらの裏には、日本人が属人的組織風土を持っている、ということを指しています。これは思想、特に宗教に関わる根深い問題なので次回講義録15で取り扱う事にします。ここでは、この属人的組織風土が技術者倫理を妨げる大きな要因であることを指摘しておきます。同時に、属人的組織風土ではない組織風土を持っている会社もあります。思想や宗教によって染まりやすさ、染まりにくさはあるにせよ、個別の組織風土が決定しない、という意味です。最後に、

 属人的組織風土は、NASAのチャレンジャー号事故、その前のボイジャー号事故、ミートホープの食品偽装事件、三菱自動車工業のリコール隠し事件、高速増殖炉もんじゅを始めとする数々の原発事故隠し、で指摘されている

 ことを挙げておきます。

 次は「企業の社会的責任」についてです。

 「企業の社会的責任」は、西欧化と共に入ってきた考えではなく、元々日本にあった考え方です。日本では有名な近江商人の江戸時代の家訓に「三方よし」があります。「売り手よし、買い手よし、世間よし」が「三方よし」で、まるで大岡裁判の「三方一両損」の話の元ネタのようです。意味は「お店が良くなるように売りなさい。お客さんが良くなるように売りなさい。社会が良くなるように売りなさい」です。最後に一文が「企業の社会的責任」を指しています。具体的に言いましょう。お米が高く売れるとお店には利益が出るので良いことです。また、お米がない地方に売りるとお客さんにとっても良いことです。しかし、お米の価格が高騰すると、世間の多くの人々は困ってしまいます。お客さん以外の社会全体のことも考えましょう、ということでしょう。さらに、お店が地域のお祭りなどに寄付する行為は、目先のことだけ考えるとお金をタダで出すだけで損です。しかし、お祭りが出来ると社会的には良くなります。そしてそれがお客さんが喜んでくれ、もし陰ながら援助したことをしれば、「じゃあ、このお店で買うか」ということになって巡り巡ってお店にとっても良いことになります。あるいは、お金を貯め込まず消費していくことで乗数効果(経済学の用語です)が高くなり、経済全体が良くなる、という点からも「三方よし」を言っているのかもしれません。

 余談ですが、経済学の初歩で、このことはマルクス主義が資本主義に敗れた理由が理解できます。簡単に言うとお金が世間に回りだすと中流階級が出てくる、という点をマルクス主義は見落としていた、ということです。マルクス主義は資本家と労働者の区別だけがずっと続くと考えました。それが資本主義の欠点だ、と言った訳です。コントが指摘したように中流階級が出てきて、それが社会全体を決定するようになりました。日本では街を歩いていて、「あ、この人貧乏だ」とか「ああ、この人は金持ちか」ということが分かりません。しかし、アメリカやイギリスでは恰好でその人が貧乏、金持ちが分かります。そういう意味でも日本は不思議な国ですね。これも経済学を学ぶと日本の独自性が理解できます。技術者倫理も面白いですが経済学も面白いです。この点を応用すると、終身雇用と年功序列が日本の技術発展に大きく寄与したことも知ることが出来てきます。この点も少し説明しましたが、技術は技術だけで独立しているのではなく、社会と密接であり、切り離せない、ということです。
 もう1つ余談ですが、近江商人は元朝鮮系の人々が作った村が主体になっています。面白い教育制度をしていたのですが、実は、石田三成という日本の歴史上、極めて独創的な天才を排出しています。日清戦争、日露戦争、大東亜戦争などで「補給概念の欠如」は日本の救い難い欠点と言われました。しかし、朝鮮半島を破竹の勢いで攻め入った時にこのようなことは起こっていませんでした。後に李舜臣という海軍の天才が補給路を断ったことで補給が欠如しましたが、それまでは補給が足りていたのです。これは石田三成の天才に拠るものでした。ちなみに、李舜臣は司令官ではなくその部下で、成功を妬んで降格させられてしまい、最後には島津義弘に頭脳プレーで打ち取られてしまいます。

 「企業の社会的責任」を最近果たした代表的な企業は、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)です。
「タイレノール事件」(教科書85頁)は「液状鎮痛剤タイレノールにシアン化合物が混合し7名の死亡者が出ました。J&Jは衛星放送、新聞、TVなどを通して情報公開し、3100万個を回収する」という事件です。この事件対応によってJ&Jは「企業の社会的責任」を果たしたと称賛の声が寄せられました。

 筆者は以下のように考えます。
 「企業の社会的責任」を果たした理由として、「我が信条(Our Credo)」という企業方針を取り上げます。第2の責任:全社員に対する責任、第3の責任:地域社会や全世界の共同社会に対する責任、第4の責任:会社の株主に対する責任、よりも第1の責任:すべての顧客に対する責任、が1番目に挙げられている点を指摘します。つまり、企業倫理が正しくその原理原則に従ったのがJ&Jであり、それが結果を生み出した、と考える訳です。他方、日本企業は利益至上主義に陥っていているので参考になる、と主張します。「仏をつくって魂入れず」にならないように気をつけましょうという指摘までついています。

 教員は以下のように考えます。
 「企業の社会的責任」を果たした理由は、J&Jの経営陣が長期的信用や株価による経営の安定などの視点を持っていたからと考えます。現在の資本主義社会では「粗悪品を高く売りつける」という方法では長期的信用を獲得できず、また株価下落による損益がそれを上回ります。代表例はパナソニックの耐久年数を過ぎたストーブ回収ですが、J&Jもこの事件対応後、株価が上昇し、社会的信用度も増し、世界に進出していく資金力を獲得しました。現在は、日本の花王などのメーカーよりもJ&Jの商品がスーパーやドラッグストアで多く並んでいることも珍しくなくなりました。三菱自動車工業のリコール隠しも最終的には企業存続を危うくするまでにダメージを与えました。これは経営学から考えるとマイナスです。また、アメリカの会社よりも日本の会社の方が利益至上主義になっているという筆者の指摘は、どうも納得いかないものです。むしろアメリカの企業の方が利益至上主義であるので、J&Jが目立つのではないか、とも考えられないでしょうか。例えば、日本のメーカーの事故対応は世界の中でも素晴らしいと聞きますが(特に自動車業界)、それはアメリカの企業などと比較してです。
 まとめてみましょう。

 筆者:「利益を追求する企業に技術者倫理を守らせるためには、技術者が経営にも口を出すべきであり、そのため、技術者は経営陣と普段からコミュニケーションを取るべき 企業倫理を大切にする原理原則を大切にすべき」

 教員:「利益を追求する企業に技術者倫理を守らせるためには、技術者が経営にも口を出すべきではなく、技術者は経営陣と普段からコミュニケーションを取る必要もない。ただし、企業倫理を大切にする原理原則を大切にすべき それに説得力を与えるものとして、倫理を守り「企業の社会的責任」を守る行為が、長期的に信用を産み、最終的に企業を強くする」
 
 という違いがあります。筆者は「倫理絶対主義:倫理を第一に考える立場」であり、教員は「倫理相対主義:倫理と経営や経済などは同レベルに考える立場」であります。2つそれぞれ長所と短所があります。

 ここまで示した後

 問2 「企業の社会的責任」はどちらの立場で成り立ちますか?

 という問を出しました。
 
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