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【論語】庄内論語と仮名論語の違いと共通点  


 義理の父母のお土産で、山形県鶴岡市に伝わる『親子で楽しむ 庄内論語』を頂きました。今回は、この本のご紹介と、本文を仮名論語と比べてみます。日本に伝わり各地で大きな実りを残してきた論語の一足がお伝えできれば幸いです。

庄内論語とは

 『庄内論語』を開いてみましょう。題字の次の頁にあるのは以下の文章です。

 ふるさと鶴岡につたわる心
 そして、ふるさと鶴岡でつたえ続けたい心
 「庄内論語」には
   その心がつまっています。
 みんなで
  声を合わせて読んでみましょう。

 ※一八〇五年(文化二年)に創設された藩校「致道館」は、鶴岡市の教育の原点です。学びの精神は、今もなお生き続けています。

 以上が原文です。「致道館」は「ちどうかん」と読みます。二百年を超えて現在でも鶴岡の心と論語が一体とする点が読み取れます。そして江戸時代の主な学習方法、音読を継続しているのが判ります。富士論語を楽しむ会も音読しますが、励まされた気が致します。音読によって口に残り、新しい気付きを頂いたことが思い起こされます。

 頁を捲(めく)ると、鶴岡市教育長の「発刊によせて」があり、続けて致道博物館理事が「庄内論語について」、統括文化財保護指導員が「藩校致道館について」を書いています。目次、本文、鶴岡子ども像と題する四行の文、最後に発刊の記載があります。
 表紙題字として「酒井家十八代当主」の名があり、この本の第一版が平成二十四年で、平成二十九年の第六刷なのが記されています。
 本の出版に際し、致道館を通して公的な立場の方々が関わっているのが読み取れます。酒井家は千六百二十二年の有名な「最上騒動」後、庄内藩を受け継ぎます。つまり、致道館を創設した藩主家が現在でも関与しており、現代の教育行政の長である教育長が文を寄せているのです。また、「致道博物館理事」、「統括文化財保護指導員」とありますから、財団があり、文化の継続が公的な形であることが判明します。江戸時代に論語が各地の藩校を中心に広がりを見せた一端が示されているのです。

庄内論語と仮名論語

 これに対して『仮名論語』は公的な形ではありませんでした。発刊する論語普及会は、昭和六十二年に創立された民間の団体です。ホームページには、学問の起源を大塩平八郎の「洗心洞」とし、安岡正篤先生、伊與田覺先生が中心であったことが記されています。安岡先生は、「終戦の詔勅(しょうちょく)」の文章を整えるなど国家の大事に関わりましたが、立場はあくまでも公的な立場ではありませんでした。『仮名論語』を記された伊與田先生も同様で、先生個人の学問態度の表明でした。
 加えて、対象者にも違いがあります。庄内論語は少年から青年を対象にしています。対して、『仮名論語』の誕生秘話に、

 「戦後日本の世相の混迷、道義の頽廃(たいはい)を憂(うれ)えた(伊與田:高木注)先生は、論語精神の普及によって、日本人本来の心を呼び覚ますことが急務であると『仮名論語』の浄書を決意されたのでした」

 と書かれています。仮名論語は広く社会人を中心として対象にしています。
 さらには、庄内論語の時代と現代の仮名論語の時代では、論語の普及の度合いが異なります。先の文章に「日本人本来の心を呼び覚ますこと」とありました。つまり、論語は日本人の伝統文化の一部となっている、というのを前提としています。私も現代日本人の思考や行動の原点の一つが論語であるのは度々実感しています。対して、庄内論語を普及させる時代は、論語が日本人の多くに普及しているわけではありませんでした。これまで述べてきたように、皇室を中心に論語が継承されてきて、江戸時代に伊藤仁斎先生、石田梅岩先生などの業績によって日本人に広がる形に変化していったのです。そうした変遷を経て、日本人の伝統文化となったのです。庄内論語が広く社会人一般に普及していない時代に書かれた論語なのです。ちなみに、致道博物館理事は「庄内論語について」で、

 「致道館の学問は、江戸時代の儒学者荻生徂徠(おぎゅうそらい 一六六六~一七二八年)の考え方を取り入れたものです。したがって、論語の読み方や内容のとらえ方にも、学校の教科書と違っている点も見受けられます。」

 と書かれています。詳しくは仮名論語との比較で述べますが、伊藤先生の業績を受け継ぐ荻生先生、そして致道館=庄内論語という系譜が判明します。
 以上のように、庄内論語と仮名論語では、公的と民間、対象者、普及の度合いが異なっていました。これらを踏(ふ)まえても、踏まえなくても、二つの論語の違いを楽しんでいただければと思います。

庄内論語と仮名論語の、違いと共通点 ―名著であること―

 庄内論語と仮名論語の違いを具体例で述べていきます。本文は論語の冒頭の一文、つまり、學而(がくじ)第一、第一章です。書き下し文はぜひ、声に出してお読みください。

庄内論語書き下し

 子曰(しのたまわ)く。
 学んで而(しこう)して之(これ)を時習(じしゅう)す。亦(また)説(よろこ)ばしからずや。
 朋(とも)遠方(えんぽう)より来たる。亦楽しからずや。
 人知らずして而(しこう)して慍(うん)せず。亦君子ならずや。

仮名論語書き下し

 子曰(しのたまわ)く、學(まな)びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方(ともえんぽう)より来たる有り、亦樂(たの)しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。

 書き下しの違い
 ①「而」を「しこう」と読むか読まないか。
「しこう」と読むのは明治時代までの読み方で、二葉亭四迷(西暦千八百六十四から千九百九年:明治四十二年)の文章などに出てきます。現代では聞きなれない単語になったので省いたのでしょう。また、意味は順接にも逆説にも使われます。

②「時習」を「じしゅう」と読むか、「ときにならう」と読むか。「じしゅう」は聞きなれない単語ですが、「大辞林 第三版」という辞書に「折にふれて復習すること」とあります。庄内論語のように少年から青年の学習は復習が大事ですから、「じしゅう」の方が合います。対して仮名論語が社会人ですから時に応じて、という意味が合います。

③「慍」を「うん」と読むか、「うらむ」と読むか。
 庄内論語は「うん」と音読みで読むこともあります。仮名論語は「うらむ」と訓読みで読みます。この違いは多く見受けられます。

④「學」を「学」とするか「學」で残すか。
 少年青年は漢字の難解さでつまずくことがあり、手助けをするために「学」と庄内論語はしています。ただし、書き下し文の横に白文があり、そこを参照すると「学」=「學」が判ります。仮名論語は社会人向けですから、「學」とそのままです。これは「樂」が「楽」か「樂」でも同じです。

 以上が書き下し文の違いです。続けて意味を比べます。

庄内論語の意味

 先生がおっしゃいました。「学んだことをいつもおさらいしていてみにつけていくことは、なんとうれしいことではないか。学問を志(こころざ)す友だちが、遠いところからやって来て、ともに学びあう。なんと楽しいことではないか。たとえほかの人が認(みと)めてくれなくても不満に思わないで、自分の信じる道を歩んでいく。なんとすぐれた人物ではないか。」
 (学問のよろこびと楽しみ、その心構(こころがま)え。)

 以上が文章の意味そのままです。フリガナもそのままです。

仮名論語の意味

 「聖賢の道を学んで、時に応じてこれを実践し、その真意を自ら会得することができるのは、なんと喜ばしいことではないか。共に道を学ぼうとして、思いがけなく遠方から同志がやってくるのは、なんと楽しいことではないか。だが人が自分の存在を認めてくれなくても、怨むことなく、自ら為すべきことを努めてやまない人は、なんと立派な人物ではないか」
 ※孔子、(西紀前五五一年~四七九年) 姓は孔、名は丘、字は仲尼。魯の襄公廿二年九月廿八日、昌平郷陬邑(すうゆう)に生れた。

 以上が文章の意味そのままです。フリガナもそのままです。
 
 二つの文章の意味を比べると以下が異なります。

 ㋑漢字がひらがなになっているのが庄内論語、意味を説明するための漢字、「聖賢」、「会得」など増やしているのが仮名論語。
 パッと上から見て、読みやすそうなのは庄内論語です。最初になにげなく学ぶ人を論語の世界に引き込むための工夫でしょう。対して仮名論語は、最初に論語の奥深さを提示しようとしています。これは社会人が「なにか自分の核になるものはないか?」や「このまま生きていていいのだろうか?」という疑問を持ち、論語を読もうと決意している人を前提としているように思われます。意味を書かれた伊與田先生は、論語の最初の意味の一文にどれだけ心を砕(くだ)かれ、何度、何十度、文章を直されたことでしょうか。

 ㋺振り仮名を常用漢字につける庄内論語と常用漢字以外でも振り仮名をつけない仮名論語

 「認(みと)めて」の「認」は常用漢字であり、小学校一年生から六年生で習う教育漢字でもあります。漢字の最も易しい漢字に分類されていますが、平成二十四年版には送り仮名がついています。対象者として小学校低学年を念頭に置いているのが、分ります。
 対して仮名論語では、「襄公」の「襄(じょう)」という常用漢字ではない漢字に振り仮名をつけていません。「廿(じゅう)」は「十の二倍のにじゅう」の意味で「ジュウ」と読みますが、同じく常用漢字外です。ただし、人名用漢字です。こちらにも振り仮名はありません。振り仮名をつけないわけではなく「陬邑(すうゆう)」にだけ付けられています。ちなみに「陬(すう)」は、「はし、すみっこ」、「入り組んだところ」、「いなかの村」、「陰暦の正月の別称」などの意味があります。ですから、仮名論語ではなるべく振り仮名をつけない態度を採っているのが判ります。つまり、仮名論語の対象者は、意味が解らない場合は、「自分で調べる習慣のある者」、つまり社会人でも意識の高い人になるのです。
 以上のように振り仮名を比較すると、庄内論語は小学校低学年を含めているのに対して、仮名論語は自学学習のできる者を含めており、両極端なのが読み取れます。なかなか興味深い点でした。

 ㋩文章の最後の補足が異なります。
 庄内論語では「(学問のよろこびと楽しみ、その心構(こころがま)え。)」とあります。まだ学問のよろこびや楽しみ、心構えさえ知らない少年や青年に向けて書かれているのが浮かび上がってきます。対して仮名論語では孔子の略歴が書いてあります。社会に出るとその人がどういう経歴なのか、が判断の一つの指針になります。名刺に肩書を書くのは典型です。その習慣を熟知しているので、最初に仮名論語では経歴を書いています。二つの論語は意味の文章は異なりますが、対象者に向けて適切な情報を記している点で一致していますし、見事です。比較してみると、両方の意味の文章の良さが見えてきます。

 以上の三点が読み比べて心に残りました。書き下し文や意味の一文で、真逆のように見えました。けれども、想定している読み手が異なるからであり、読者のための工夫が一貫している点が共通していました。共に名著と呼ばれるのに相応しいと感じました。
 最後に二つの文章を書き比べて終わりにしたいと思います。

庄内論語と仮名論語の比較

〇庄内論語 為政第二第六章抜粋

 子曰(しのたまわ)く。
 父母(ふぼ)唯(ただ)其(そ)の疾(やまい)を憂(うりょ)う。

 先生がおっしゃいました。「お父さんとお母さんは、ただ子どもの病気のことだけを心配するものだ。」

 (親は子どもにいつも元気で正しい道を歩んで欲しいと願っている。)

仮名論語 為政第二第六章

 孟武伯(もうぶはく)、孝(こう)を問う。子曰く、父母(ふぼ)は唯(ただ)其(そ)の疾(やまい)を之れ憂(うれ)う。

 孟武伯(孟懿子[もういし]の子)が孝行について尋ねた。
 先師が答えられた。
 「父母は唯子の疾(やまい)を心配するものであります。」

〇庄内論語 雍也第六 十八章抜粋

 子曰く。
 文質彬彬(ぶんしつひんぴん)として然(しこう)して後 君子なり。

 先生がおっしゃいました。「文(教養)と質(だれにでもある人としての資質[ししつ])がうまく調和してこそ、はじめてすぐれた人物である。」

 仮名論語 雍也第六 十八章

 子曰く、質、文に勝てば則(すなわ)ち野(や)。文、質に勝てば則ち史(し)。文質彬彬(ぶんしつひんぴん)として、然(しか)る後に君子なり。

 先師が言われた。
 「質が文(あや)に勝てば野人肌である。文が質に勝てば記録係のようだ。文と質とがうまく均整がとれてこそ君子と言える」


 如何でしたでしょうか。庄内論語と仮名論語の違いを感じ取られたでしょうか。私は二つの論語を通して伝統文化の豊かさと深さを見られました。『論語』の素晴らしさを伝えてこられた方々の御努力を感じました。学恩に感謝いたします。

参考図書
〇『親子で楽しむ 庄内論語』 「親子で楽しむ庄内論語」選定委員会編集 鶴岡市教育委員会監修 平成二十九年 第六刷

〇『現代訳 仮名論語 拡大版』 伊與田 覺著 平成二十四年 第三十八刷  
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