【随想】 哲学とーちゃんの子育て 十五 まないの鴎(かもめ)とお船

[子育ての内容は少し前のものです。]


 (バシャバシャ、と顔を洗っていると。)

 「おとーちゃん、かもめ~。」

 「ん~ (バシャバシャ) 。」

 「こうくっ付けると、ふねだよ~。」

 「ん~~ 顔洗っているから後でね~。」

 「はーい。」

 (タッタッタ~、と奥の部屋に走っていく。)

 長女まない(四歳十カ月)が、朝食後に話しかけてきました。顔を洗っていたので、後としました。小さい声で、

 「・・・おかーちゃん、かもめー・・・こうすると、ふねー。」

 と聞こえてきました。洗い終わったので、

 「まな~ちゃ~~ん いいよ~みせて~。」

 「・・・はぁーいぃー。」

 と走ってきた。

 二つの切れ端を組み合わせて、鴎(かもめ)と船の形を見せてくれたのです。木の切れ端は、ナイフの形です。底辺が長く、上辺が短い四角形です。説治郎(とくじろう:六歳八カ月)が、小学校に入学したので、居間の長い木製の机に仕切り板を二枚付けました。そこに毎日、ランドセルや教科書を置くことにしました。その仕切り板の切れ端です。やすりをかけてスベスベにしました。会話の数分前に、

 「まなちゃん、この切れ端、チーズみたいじゃない? スベスベだし。」

 「そーだねー食べれそう~。」

 と言ったので渡しました。それから数分で自分で考え、鴎と船の形を見つけました。こういう時は、気をつけなければならない、と考えています。特に、四歳のまないでは、そう考えている所です。
 まないは、髪の毛を伸ばして結わえるようになってきました。これまでは、短い髪でもボサボサでも良かったのです。最近は、髪を二つで結わえるのではなく、後頭部で一か所で結びたい、と主張するようになっています。自らの身だしなみをきちんとしたい、という最初の時期になりました。今までは父(私)に結わえてもらえれば、どんな髪型でも嬉しい、時期でした。そういう時期に入ったまないだからこそ、自らの創意工夫を認めることが大切だと想うのです。

 「人は賢愚(けんぐ)にかかわらず、無欲の時には、みな善に向かい悪を捨てるべきだと承知している。平静な時には、みな禍福(かふく:不幸と幸福のこと)が何によって起こるかを承知している。好きな物を手に入れたいと思い、贅沢品に誘惑されて始めて心変わりし、混乱する。」
 『韓非子』 第六巻 解老 百十七頁

 韓非子の言葉です。老子を解説する章なので「解老」です。この巻には韓非子の示す人の生き方が書いてあります。
 
 韓非子は人の生き方において「人の知識の差によって賢い、愚かはあるけれども、善い悪いは全員に判別できる」としている点、「欲で誘惑されれば、どんな人でも悪くなる」としている点を挙げています。
 子育てに読み替えてみたいです。

 「人はどんな親でも、子供を愛する心で考えれば、善い教育ができるものです。けれども、子供を自分の好きなようにしたい、着飾って人様に子供を褒めてもらいたいという欲に誘惑されると、混乱してしまう。」

 韓非子の言うように、子供がどのような時期にあるのか、は無欲で子供を見ていれば、どんな親でも判ることでしょう。全員が子供時代があったからです。けれども、子供を親の気持ちに従わせたい、子供が褒められることを求めたい、という欲で混乱してしまうのです。私もそう言ってしまったことがありました。

 「まないさんは、二つに縛ったほうが似合うから、二つにしなさい。まなちゃんは二つに縛ったのが鏡で見えないでしょ。」

 言ってしまった後に、ハッとしました。まなちゃんの顔が暗くなってしまったからです。直感しました、私が善くないことを言ってしまったのです。私は、欲で混乱してしまったのです。
 
 混乱というのは、髪を二つに縛ってほしいのは私自身の願望なのに、似合う、という客観的な立場に言い換えたことを指します。子供時代、「大人はずるい」と想っていたのは、こういう言い換えです。

 「まなちゃんに似合うから、そうしなさい。」

 というのは、まないのためではないのです。なぜなら、似合わないで不利益をこうむるのは私ではなくまないだからです。それなのに、私は「子供のためだ」と言ってしまいました。
 今朝は、

 「まなちゃんは、二つの方が似合うと想うけれど、一つに結ぶのでいいんだね?」

 と聞きました。すると、

 「うん、いいよ。一つが好き。」

 と返してくれました。ちょっとした違いかもしれません。けれども、子供の立場からすれば、親の意見を反論しにくい客観的に見えるような意見を押し付けるのか、自分の意見を尊重してくれるのか、の大きな違いと受け止めます。
 今のまないは、自らの創意工夫を認めてもらいたい時期なのですから尚更です。
 ですから、顔を洗い終わってから丁寧に鴎の形を見ました。朝の一分は貴重な時間なのですが、それよりもまないの気持ちが貴重なのです。

 「これが鴎に見えるんだね。いいね~。よく気がついたね~。こうするとお船なんだね。そっか~気がつかなかったよ、おとーちゃんは。まなちゃんは、すごねぇ~。また教えてね~。」

 「うん(笑顔)。」

 「あ、そうだ、二つの切れ端をもう少し離すともっと鴎っぽくない?」

 「え~どうかなぁ~。」

 「じゃあ、夜に鴎の写真を見てみようね。」

 「う~ん!!」

 韓非子は引用箇所のまとめとして以下のように述べています。

 『人の子孫たる者が、この道を体して(大切にして)先祖の御霊屋(みたまや:霊廟やお墓のこと)を守れば、御霊屋は滅びない。これを「祭祀やまず」という。』
 同著 百十八頁

 続いての文章は、四書五経の『大学』と同じく、自らの肉体を正しくし(修め)、家、村、国、天下を治める順番を述べていきます。韓非子と儒家は互いに影響し合っているのです。
 冒頭からの流れに沿って、引用文を子育てに意訳してみます。

 「どんな人でも無欲の心で、子供の成長を見つめるのが大切です。そうすれば善い悪いを伝えられるますし、子供に伝えることば、その時期も判ります。結果として、親の愛と尊重を受け止められた子供はしっかりとした大人になります。すると、親と同じ立場に子供が立ち、先祖と親を敬ってくれるのです。」

 韓非子は続けて「こうして自らと家を正しく修めると、天下国家が治まる」と後述しています。

 韓非子は罰を与える法家として認識され、権力の扱い方を述べている思想家として有名です。本文を読んでみますと、孔子と見まがう程、道徳を守ることを説いています。今回は、韓非子に子育てを教えて頂きました。有り難う御座います。

引用書
○『韓非子』 本田濟(わたる)訳 筑摩書房 千九百八十二年 初版第十刷

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