【随想】哲学とーちゃんの子育て 十八 -宰予晝寢(ひるい)ぬ- 



 「ふ~ん。」

 「え? ふ~ん、てどういうこと?」

 「知ってるってこと。」

 「・・・(怒り)・・・」

 朝の通学路での会話です。少々、頭に来てしまいました。
 ことの起こりは、毎朝の会話にあります。「今日の楽しみなことは?」と「今日のがんばることは?」を毎朝聞いています。そののち、私が切り出しました。

 「とっくんは、上手くなるよ。」

 「なんで?」

 「とっくんが尊敬する人(バスケットのコーチ)に教えてもらっているから。」

 「それだと上手くなるの?」

 「そうだよ。」

 と言いました。私の頭の中には、ご逝去された渡部昇一先生の、恩師佐藤順太(じゅんた)先生との想い出話がありました。
 渡部先生がご卒業の時、佐藤先生のご自宅に遊びに行かれ、その蔵書の数と読み込みに感動して、「私も、このように年を取りたい」と感動されたお話です。(このお話は、渡部昇一著『知的生活の方法』などに掲載されています。)

 「とーちゃんの尊敬する人が、素晴らしい生き方をしている、って思ってね。」

 「どんな生き方?」

 「お、いいね、本をたくさん読む生き方だよ。いい?」

 「うん。」

 「それである人のように本をたくさん読みたいな、って思ったんだって。」

 「うん。」

 「でも、一緒にいた三人の人は思わなかったんだって。だから、自分の尊敬する人を見つけて頑張るのが大切ってことだよ。」

 「ふ~ん。」

 「え? ふ~ん、てどういうこと?」

 「知ってるってこと。」

 「・・・(怒り)・・・」

 と冒頭に返ります。

 心の中で少し怒りました。けれども、何かがその怒りを言葉や行動に移すことを、止めてくれたのです。ハッとなりました。

 それはなんだろうか? と。

 朝の通学路は混んでいます。歩道の左側は、前からは一列になって高校生が自転車で十台ぐらい向かってきます。その内側に歩行者が数人います。右側は小学生が、七、八人が思い思いに進んでいます。ここで足を止めて、とっくんを叱りつけると、交通の邪魔になります。
 そうした混雑状況が、止めてくれたのでしょうか。それもあるかもしれません。スタスタと考える私の前に出で歩いていくとっくんの後ろ姿を見つつ、自転車を押していきました。

 「・・・(確かに、この状況では叱れないけれど。)・・・」

 大通りの赤信号で止まると、とっくんは同じ一年生の水色帽子をかぶった友達を見つけ、話し出しました。その後ろ姿についていき校門前で校長先生に「おはようございます。お願いします」とご挨拶をし、振り返って自転車に乗りました。下り坂で、駿府城公園の緑鮮やかな木々の姿が目に入って、頭がカラッポになりました。
 カラッポ、にある言葉が浮かんできました。

 「さいよ、ひるいぬ・・・」

 あ!! そうか!!

 とっくんが、とっくんの理解をすること、そのことに怒りを思ってしまってはいけない、という点を覚(さと)りました。

 「宰予(さいよ)、書寝(ひるい)ぬ。子曰(のたまわ)く、朽木(きゅうぼく)は雕(ほ)るべがらず、糞土(ふんど)の牆(しょう)は杇(ね)るべからず。予に於(おい)てか何ぞ誅(せ)めん。」
 公冶長第五 第十章 『仮名論語』 五十三、四頁

 伊與田覺先生訳

 「宰予がだらしなく昼寝をしていた。
 先師が言われた。
 『腐った木には彫刻することはできない。ぼろ土の垣根にはうわぬりをしても駄目だ。そのようなお前をどうして責めようか、責めても仕方のないことだ。』」

 カラッポの心に浮かんできたのは、昨年の平成二十八年三月のふじの友に書いた孔子の言葉でした。第三十七号の「【論語】 三つの翻訳を比べてみよう ―公冶長第五―」で、伊與田先生訳、五十沢先生訳、吉田先生訳の三つを比べています。私の結論を抜き出してみますと、

 「「朽木(きゅうぼく) 」とされた、宰予(さいよ:孔子の十哲:弁舌) 側の事情から、孔子の心の態度に視点を移します。「孔子は、優れた者からも劣った者からも学んだ」という態度です。とすると、孔子の強い口調で皮肉を述べるのは、孔子の十哲の宰予の成長を期待した言葉になります。つまり、突き放した言葉ではなく、どこまでも実利的な宰予を仁へと導こうとする言葉になります。」
 ふじの友 第三十七号 十二頁

 つまり、私は宰予のダメさ加減に注目するのではなく、ダメな態度ととる人をどのように導くか?という孔子に注目して読みました。言い換えれば、ダメな人ではなく、ダメな人を導く人に注目したのです。

 とっくんとのやり取りと同じです。
 とっくんの態度は、ダメな態度でした。そこで、導き手の求める態度を強制することは出来ます。けれども、それでは私の前だけで、私の求める態度をする人間になるでしょう。そして、私が見ていない時は、一切私の求める態度を投げ出す人間になるのです。
 それは宰予そのものです。孔子は宰予が、孔子がいる前では、立派な態度をしていて、裏では怠けているのを見抜いていたのでしょう。だからこそ、昼寝程度を大きく取り上げたのです。
 孔子の前での宰予はよほど、立派だったのでしょう。孔子の十哲に数えられる程なのですから。しかし、孔子の見ていない処では、怠け者だったと推測します。
 私が教えている学生でも同様です。テスト前だけ勉強を一生懸命して良い成績をとる学生がいます。けれども、本来勉強は、コツコツと地道に続けるものであります。学校の成績をよくするためのものでもなく、学校の成績を良くして、良い就職するためのものでもありません。自分の利益で考えるから、テスト前だけの勉強になるのです。まさに宰予の実利的態度そのものです。昼寝した宰予の態度は、二千年後の日本でも見られる態度なのです。
 その時、教師は、「学生がダメだからしょうがない」と諦めることもできます。けれども、孔子は導き手の責任として受け止めた、と私は解釈しました。

 「学生が、先生の望む態度を採らないのは、先生が悪い。」

 ということですし、

 「子供が、親の望む態度を採らないのは、親が悪い。」

 ということです。どうしても親は子供が親の望む態度を採らないと怒ってしまいます。そしてそれを子供のせいにして、怒りをぶつけてしまうのです。

 「どうして、あなたは言うことを聞かないの!!」
 「いっつも言っているでしょう! ダメ! 言うことを聞きなさい!」

 勤務先の自転車置き場に止める頃には、すっかり、怒りが収まっていました。怒りが反省に換わっていました。

〇「子供が腐った木だから怒るのでなく、腐った木であることを受け止めることから、導きを開始する。」

〇「朝の混雑時にするのは適切でなかった。」

〇「知っている、という本人の言葉を素直に私が受け止めること。」

〇「私の目の前だけの良い子を目指すのではなく、自分で考えて良い方向に進める子を目指すこと。」

 以上です。

 玄関の自動ドアを入りながら、もう一つ思い出しました。この勤務先の学生に授業をする指針を立てていました。その一つが、

 「卒業して五年後、十年後に『ああ、これを言っていたのか!』と気が付く内容を授業する。」

 です。

 二千年前に書かれた『論語』が、私の仕事と子育ての指針を明確にし、導いて下さいます。なんと味わい深いことでしょうか。また、ふじの友に書く機会を与えられたことが幸せに感じました。学恩と富士論語と楽しむ会に、感謝申し上げます。
 今後も考えながら、子育てをしていきたいです。
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