【随想】「勉強するために朝を活用  -韓非子のある一節-」 

 昨日(平成二十九年四月十二日)は、気温二十度となり、桜の花弁がのびのびと開いてきました。一昨日の十一日が満月で、桜が誘っているような夜でした。
 ですから、とっくん(六歳八カ月)が入学した葵小学校は、駿府城公園内にあり、校庭でもお堀でも桜が美しく咲いていました。

 「とっくんは、これから勉強を始めるのだなぁ。」

 と朝日で輝く葉桜を見ながら、自転車に乗っていました。すると、フッと何かのスイッチが入ったのか、先週のご質問を思い出しました。

 「先生、勉強時間を確保するのが大変なのですが、どうしたらいいでしょうか。」

 というご質問です。
 私は静岡市の国語教室で小論文指導を請け負っています。その方は社会人で福祉関係の仕事に就きながら、大学で学んでいます。論文の書き方を教わりに来ています。人の心と向かい合う難しい仕事に就きながら、笑顔を絶やさず、勉学に励む姿に心打たれるものがあります。真摯(しんし)なご質問だけに、三、四秒考えてお答えしました(私としてはじっくり考えたつもりです)。

 「朝に勉強時間を確保することをお勧めします。私は高校時代、毎日ハンドボール部で練習が大変でした。どうしてもしなければならない宿題や英単語の暗記などは、早朝五時に起きてやっていました。夜の二時間と朝の三十分と同じくらいかもしれません。」

 「朝ですか、なかなか朝は起きれないんですよね。」

 「そうですよね、私もそうでした。ただ、今朝もそうですが、朝六時前に起きて神社に参拝しています。徒歩三分くらいの距離ですが、外の空気を吸うと頭がすっきりします。その後、本を読んだりされると良いかもしれませんよ。」

 「外に出るのは確かに、好いかも知れません。寝ちゃいますから。」

 「例えてみれば、水の入ったコップです。朝は何も入っていない透明のお水です。夜は一日中の感情や想いが色々と入った濁ったお水のようなものです。ですから、夜勉強していると、
 『今日はあの人にこんなことを言われた。』
 とか、
 『あ、あの人にこんなことをしたい。』
 など色々な想いが出てきて勉強に集中できないものです。純粋に肉体の疲労もあります。そういう訳で、効率が悪くなってしまいます。お時間が限られているからこそ、効率を大切にしてください。
 質問しますね。夜に読んだ本を一週間後に覚えている割合と、朝に読んだ本を同じ時間で一週間後に覚えている割合はどちらが多いと思いますか?」

 「ああ、朝の方が覚えている気がします。」

 「そう想われるなら朝の方が向いていると思いますよ。」

 「そうですね、ではやってみます。」

 私は「ではやってみます」と直ぐに即答する姿勢を尊敬します。他人に言われて、即答するのは案外難しいものです。ご本人が「勉強できるようになりたい」という決意が伝わってきます。

 また、別の意味で朝の勉強をお勧めしたことがありました。勉強の量を確保したいならば、夕食後をお勧めしますが、効率ならば朝であると考えています。
 昨年度、さる県立大学に入学したある学生さんは、課題で私が出した本を毎回きちんと読んできましたし、積極性があり色々なことに取り組んでいました。半年を超える頃、彼は疲れてしまいました。

 「先生、勉強をやっても集中できなくなってしまって、どうしたら良いでしょうか。」

 「そうですよね、半年間良く頑張りました。最初は久しぶりの日本で漢字のミスがありました。大分書けるようになり、小論も形を覚えてきました。本も二十冊以上、読んでくれました。実力がついたのは実感していますか?」

 「そう言われてみれば漢字のミスが多かったです。勉強の不安もなくなってきました。でも、集中ができなくて、不安です。」

 「では、こうしましょう。朝五時に起きてください。できそうですか?」

 「はい、起きるのは大変ですが。」

 「そして、朝ご飯まで二時間集中して勉強しましょう。そうしたら朝ご飯からは勉強しなくてもいいです。好きなものをしてください。ゲームをしても良いですし、本や漫画でも、サッカーをしていましたから、サッカーをしても良いでしょう。勉強をしたければしても良いですが、全くしなくて良いです。」

 「え? 朝の二時間だけで良いんですか?」

 彼は本当に驚いたようです。けれども、曇っていた表情が明るくなったように感じられました。

 「ええ、朝の二時間だけで良いです。半年間頑張りました。実力がつきました。ですから、好きなことを大分我慢したでしょう。不安かも知れませんが、その不安をコントロールするのも一つの勉強だと思って、後の時間は好きに過ごして見てください。」

 「はい、そうします。」

 効率を考えれば朝の勉強はお勧めです。彼の場合は、別の効率を考えて朝の勉強を勧めました。半年間一所懸命に勉強に打ち込んでいたのです。疲れが出るはずです。その疲れた状態のまま、勉強時間だけを気にすると勉強の質が落ちます。結果として勉強が嫌いになるでしょう。彼の一生を見渡せば、今は十分休憩を取ることが必要です。嫌々勉強をしても知識の定着が悪いので効率が悪いのです。彼は無事合格しました。

 勉強では効率を考えることも大切です。実感するのは、論語の素読です。声を出すことで、心を文字に向けることができます。無心で文章を読むことで効率よく覚えられるのです。今号の別の記事で以下の文章を引用しました。

 「人は賢愚(けんぐ)にかかわらず、無欲の時には、みな善に向かい悪を捨てるべきだと承知している。平静な時には、みな禍福(かふく:不幸と幸福のこと)が何によって起こるかを承知している。好きな物を手に入れたいと思い、贅沢品に誘惑されて始めて心変わりし、混乱する。」

 『韓非子』 第六巻 解老 百十七頁

 読み替えてみましょう。

 「人は知識がある人もない人も、無心で取り組むならば、勉強の善さを感じられるものである。けれども、好きなことや欲望に誘惑されると混乱してしまい、勉強ができなくなってしまう。」

 私の書いた前文と似ていると想いつきました。

 「例えてみれば、水の入ったコップです。朝は何も入っていない透明のお水です。夜は一日中の感情や想いが色々と入った濁ったお水のようなものです。ですから、夜勉強していると、
 『今日はあの人にこんなことを言われた。』
 とか、
 『あ、あの人にこんなことをしたい。』
 など色々な想いが出てきて勉強に集中できないものです。純粋に肉体の疲労もあります。そういう訳で、効率が悪くなってしまいます。お時間が限られているからこそ、効率を大切にしてください。・・・」

 好きなことや感情や欲望に惑わされると勉強が出来なくなりやすいので、惑わされにくい朝が勉強に向いている、という解釈です。
 別の記事では子育てに読み替えましたが、この記事では勉強に読み替えました。韓非子の言葉の奥深さを実感致しました。
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