配布プリント「生 -ことばにおいて-」と解説


 静岡英和女学院中学校・高等学校様で、60分の授業で配布したプリントです。

 プリントの解答と授業内容の簡単な内容を、プリントの下に書いております。
 実際の授業は、高校生向けですので、わかりやすい言葉をつかいました。
 授業は、石上国語教室様の依頼です。

静岡英和女学院女子中学校・高等学校様HP
http://www.shizuoka-eiwa.ed.jp/

石上国語教室様
http://www.kokugokyoushitsu.com/

 以下レジュメです。WORDのA4で表裏1枚配布です。

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                                            氏名              
                                  平成29年4月25日
生 -ことばにおいて-

問1 「生(せい)」とは、何ですか?

問2 「生」とは、あなたにとって何ですか?(書ける所までで結構です)

問3 朝目覚めて学校に来るまで、ことばを利用しました。ことばを利用しているもの(道具やルールなど)を、なるべく多く挙げて下さい。


○江戸時代に日本の道徳を作った石田梅岩(いしだばいがん)先生の子供時代のお話です。

 梅岩さんは三人兄弟の二男(次男)で、京から数時間歩く山深い村に住んでいました。8歳になったある日、梅岩さんは、山へ遊びにいきました。隣の山と、自分の家の山の間に栗が落ちていました。梅岩さんは、5,6個拾って、お昼ご飯に出しました。父親に「この栗を山で拾ってきました」と何気なく言いました。すると、父の権右兵衛(ごんべえ)は、「栗はどこに落ちていたのだい?」と尋ねました。梅岩さんは、「隣の山と、うちの山のちょうど境に落ちていました」と答えたのです。父は、「うちの山の栗が生えている場所からは、境に落ちていかない。けれど、隣の家の山の栗林からは境に落ちる。その栗は、隣の家の栗である可能性が極めて高い。それなのにお前は何も考えずに拾ってきたのか!」と怒りました。そして、お昼ご飯を途中で止めさせて、「直ぐに山の境に栗を持って行きなさい」と言いました。梅岩さんは「申し訳ありませんでした。」と言って、すぐに山の境に栗を戻したのです。(梅岩先生の幼年期の唯一残っているお話です。そして梅岩先生の家庭環境が伝わってくるお話です。)

問4 最も強く心に残った印象を、単語一語で書いて下さい。「        」
問5 梅岩さんのお父さんはどういう性格でしょうか。  「         」な性格
問6 感想を書いて下さい。


○クラス内の全員で1泊の旅行に行くとします。どこが良いでしょうか? 場所と理由を書いて下さい。
問7
行先[       ]:理由[                           ]
行先[       ]:理由[                           ]

問8 話し合いをして相手の良かった所を3点挙げて下さい。





○ヨハネによる福音書の冒頭です。
「1:1初めに言(ことば:Word)があった。言は神と共にあった。言は神であった。 1:2この言は初めに神と共にあった。 1:3すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 1:4この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。 1:5光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。1:6ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。 」
英語で1:1「In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God.」

問9 ヨハネによる福音書冒頭を読んでの印象を書いて下さい。

問10 映画「千と千尋の神隠し」で湯婆婆(ゆばーば)が、千尋(ちひろ)の名前で相手をしばる、というシーンがあります。このことを単語一語でいうと何でしょうか?   
[      ](漢字は2文字、平仮名4文字)
理由:

問11 授業全体の感想を書いて下さい。

問12 質問があれば書いて下さい。


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 以上、配布プリントです。
 以下、プリントの解答と講演の簡単な内容です。また、加筆修正してあります。

 石上国語教室様よりのご紹介をいただきました。小論文の連続講座の初回です。

 自己紹介をし、「今日は皆さんにお会いできたこと大変嬉しく思っています。感謝で一杯です」と述べました。続いて授業開始ですので上記の内容のプリントを配布し、黒板の上に向かって一礼をしました。

 「今日は、生、生きることについて皆さんにお話をしながら一緒に考えていきたいと思います。」
 「まず、何もお話せずに、問1を書いて下さい。」

 と授業を始めました。受講生20名、高校の先生方4名(内広報担当1名)、国語教室の方1名です。

○― 問1 「生(せい)」とは、何ですか? -

解答:「ことばを使うことが生」

 私達が生きていくためには、その状況や対象を正確に捉える必要があります。情報化社会に入り、特に情報を的確に理解することが求められています。授業の開始時に学生の皆さんに与えられている情報は、配布プリントのみです。配布プリントのタイトル「生 ―ことばにおいて―」と日付、そして問1の文だけです。ですから、生は「ことばにおいて」考える、ということが示されています。口頭では何も情報が与えられていません。その状況で与えられている情報の正確な理解ができるかどうか、を求めました。
 社会人になれば、税金や福祉、町内会など色々な状況が生まれてきます。結婚すれば伴侶との関係、親戚付き合いや、仕事をすれば会社内外での人間関係も加わります。そういう状況を的確に読み取り、何を求められているか、を考えて答えを出す力が「生きる」ために必要なのです。
 また、小学校、中学校、高校などの学校でも同様です。テストで問題を解く際に、教科書を参考にします。教科書ではなくTVの娯楽番組などを参考しては解けないのです。授業でも必ず先生は解くための助言を口頭や教科書等で示して下さいます。それを正確に受け取る力が、社会のみならず学校でも求められているのです。(前回は「死」とは何?で問いました。)

 つまり、少ないヒント=タイトルから「生とはことばを使うこと」を書けるようになって欲しいのです。そして今回の講義の核心は、「生きることをことばから考える」ということです。

 また、「生きる」とは、色々な答えがあります。化学反応としての「生きる」は、栄養を体内に取り込む消化活動や呼吸活動です。「人間とは社会(ポリス)的動物である」とアリストテレスは述べました。人間の目的は、自らが善く生きることと同時に共同体(ポリス)を作ってより善き世界を作ることである、と述べたのです。2000年以上昔の古代ギリシャ人のアリストテレスは、人間の個人の道徳と社会活動に注目しました。このように「生きる」と言っても答えは多種多様です。その中で1つを選ぶためのヒントが、「ことばにおいて」だったのです。別の言い方をすれば、化学の時間ならば、「生きること」は化学変化を常に起こしてエネルギーを取り込むこと=消化活動と答えなければなりませんし、社会の時間ならば人は社会活動を通して「生きる」と答えなければなりません。多種多様な答えを導くもの(ヒント)を状況から正確に読み取れるようになってもらいたいのです。


○― 問2 「生」とは、あなたにとって何ですか?(書ける所までで結構です) -

解答:「知り、調べ、作ること」(高木個人の見解)

 「あなたに」とありますので、学生さんの個人の考えを書いてもらいます。多く見られたのは「他人とのつながり(コミュニケーション)」や「悩みや苦しみを共有すること」や「命あるもののこと」や「生活」です。どのような答えでも構いません。ですので、書き方のアイディアを助言しました。
「5W1H(ごーだぶりゅーいちえいち)」
という発想方法です。5Wは、「What=何、When=いつ、Why=なぜ、Where=どこ、Who=だれ」で
          1Hは、「How=どのようにして」です。
 生きることは何? と考える人は、「いつ生きているの?」と考えてみましょう。「なぜ、生きるの?」と目的を考えたり、「どこで生きるの?」と状況を考えたりします。状況も、単に地上というだけでなく家族関係や人間関係などで発想して書きます。すると、沢山「生きる」ことに解答できるようになります。

問1と問2は同じ「生きる」を問うていますが、まったく別の問です。この点を説明しました。問1は答えが1つ、問2は沢山の答えが認められています。そしてこの問1と問2の答えを分けて答えることが、「生きる」ことにつながります。別の言い方をします。人は社会活動の側面と個人の内面と両面のバランスが必要です。社会活動が強すぎる人は周りに振り回されたり、お金や地位に執着したりします。すると社会活動で失敗すると自らの人生を失敗である、と考えてしまいがちです。同じく、財産が豊かになれば私の人生は成功した、と考えてしまいがちなのです。反対に内面が強すぎると、正義に偏り過ぎたり、人を好き嫌いだけで判断したりしてしまいます。完全なる悪人もいませんし、完全なる善人もいないのですが、一部だけを見て「あの人は嫌い。」とか「あの人は絶対信頼できる」と判断してしまいます。人間は、社会活動の側面と個人の内面のバランスを取りながら、生きていっています。先ほど述べた、「生きる」ことにつながる、という意味です。
そしてこの「生きる」の両方の側面の根底に「ことば」があるのを考えてもらうために、問3に進みます。

○― 問3 朝目覚めて学校に来るまで、ことばを利用しました。ことばを利用しているもの(道具やルールなど)を、なるべく多く挙げて下さい。 -

解答例(学生の皆さん):自転車に乗る。車が優先してくれる。携帯、電車、バス、目覚まし時計、挨拶、炊飯器、テレビ、お店の看板、歌、手紙…。

 学生の皆さんの解答は的確でした。私が示したのは「信号機」でした。信号は一見、「ことば」では示されていません。けれども、「赤」は「進むな」、「黄」は「止まれ(但し、交差点を除く)」、「青」は「進んでよし」と道路交通法「第二条第三項」(信号の意味等)で定められています。法律は「ことば」によって規定されているのです。他にも学校の校舎は建築基準法という「ことば」を利用しています。学生の皆さんが挙げてくれた携帯、電車、バスなどもそうです。電気信号を「ことば」を利用して基準を作って遠くとやり取りをしているのが携帯電話です。校舎横に生えている樹木は一見すると、自然に生えているように思えますが、この樹木が似合うだろうということで、人がトラックなどを利用して植えたかもしれません。このように数々の物事の根底に「ことば」があるようになってきています。少し難しい言い方をしますと、「社会を言語化している」となります。
 何万年も前の狩猟社会を想像してみてください。人間の「ことば」を利用したものは、人間の肉体の周りに限られていました。数少ない道具や衣服や会話などだけでした。土は自然のままにあり、木々もそのままでした。けれども、現代社会では「ことば」を基にして数々の物(存在者)が規定されるようになっています。特に19世紀末からの工業化社会とその大量生産によって加速しました。さらに、情報化社会によって、「ことば」は新しい世界を作り出すことになりました。「情報」とは「ことば」そのものなのですから、現実に存在しないバーチャル空間と言われる仮想空間は、「ことば」の塊りなのです。
 ここで気が付いてほしいことは、私達の現実の生活の奥底に「ことば」がある、という点です。そしてその「ことば」を深く捉えることが「生きる」ことを深く捉えることになるという点です。ですから、次に問4として石田梅岩先生の思い出話で、「ことば」そのものを考えてもらいたいです。


○― 江戸時代に日本の道徳を作った石田梅岩(いしだばいがん)先生の子供時代のお話です。

 梅岩さんは三人兄弟の二男(次男)で、京から数時間歩く山深い村に住んでいました。8歳になったある日、梅岩さんは、山へ遊びにいきました。隣の山と、自分の家の山の間に栗が落ちていました。梅岩さんは、5,6個拾って、お昼ご飯に出しました。父親に「この栗を山で拾ってきました」と何気なく言いました。すると、父の権右兵衛(ごんべえ)は、「栗はどこに落ちていたのだい?」と尋ねました。梅岩さんは、「隣の山と、うちの山のちょうど境に落ちていました」と答えたのです。父は、「うちの山の栗が生えている場所からは、境に落ちていかない。けれど、隣の家の山の栗林からは境に落ちる。その栗は、隣の家の栗である可能性が極めて高い。それなのにお前は何も考えずに拾ってきたのか!」と怒りました。そして、お昼ご飯を途中で止めさせて、「直ぐに山の境に栗を持って行きなさい」と言いました。梅岩さんは「申し訳ありませんでした。」と言って、すぐに山の境に栗を戻したのです。(梅岩先生の幼年期の唯一残っているお話です。そして梅岩先生の家庭環境が伝わってくるお話です。)

○― 問4 最も強く心に残った印象を、単語一語で書いて下さい。「 愛情(印象なので各人自由)    」

 理由:梅岩さんは農家の次男です。梅岩さんが地元で生きていくためには、地元の規則を守らなければ生きていけません。ましてや次男だから結婚も難しいのです。あるいは丁稚奉公で京都や大阪の大都市に出て商人や僧侶になるしか道は残されていませんでした。ですから、8歳という幼い頃から地元の規則を身にしみこませるように教えたのです。厳しさは梅岩さんの将来を想うがゆえの愛情です。正確に読み解いてくれた学生さんが何人もいて希望を持ちました。

○― 問5 梅岩さんのお父さんはどういう性格でしょうか。  「 愛情深く質実剛健  」な性格

 理由:愛情深い理由は問1に書いた通りです。質実剛健とは「飾り気がなく中身が充実したさま」を言います。子供に理由を説明しない点は飾り気がありません。また、厳しさを子供に言い聞かせる強さがあります。それは農家の当主としての中身が充実したさまから生み出されるのでしょう。
 次に、規則について少し述べます。通常の規則では「境のものはどちらがとっても良い」となります。これは古来から「清規(せいき)」と言われてきました。現在ならば国会の議決を通った法律そのものです。文字で書かれています。対して、実態に即した現場現場で替わる規則を「陋規(ろうき)」と言います。これは文字に書かれることは少ないものです。「清規と陋記」を最初に取り上げたのは、孔子と言われています。『論語』に

「私の村にはとても正直な者がいます。彼の父親が羊を盗んだとき、自らの父親を訴えたのです。」
孔子はこれを聞いて答えます。
「私の村の正直者というのはそれとは違います。父は子のために罪を隠し、子は父のために罪を隠します。本当の正直とはその心の中にあるものです。」

という一節があります。孔子は、法律のような「盗みは訴えなければならない」という「清規」よりも、「親と子供は助け合わなければならない」という文字に書かれていない「陋記」を優先することが正直の根本にある、と云っているのです。現代でも同様の問題があります。銀行は法律に基づいて銀行の窓口作業等を財務省に提出しています。けれども、現場の支店では各支店ごとに違う作業が行われていると聞きます。銀行員は入れ替わるのですが、各支店ごとの「陋記」があるのです。その時に、「法律に書かれた方法ではないから改めましょう」と移ってきたばかりの銀行員が店長に進言したらどうでしょうか? 「空気を読まない」や「独善的だ」と判断されてしまうかもれいません。陋記」を守ることが村で生きていくために大切なのです。
 梅岩さんの父親は文字が読めたかは定かではないですが、それでも清規よりも陋記を優先することを梅岩さんに教えました。梅岩さんの村はずっと村人が入れ替わりません。ですから、農村社会で生きていくための知恵を教えたのです。現在日本でも、同様の話はたくさんあります。法律通りに運用しないことは、銀行以外にも、原発、警察、教師など枚挙に暇がありません。

○― 問6 感想を書いて下さい。-

 天才や偉人の話にありがちな、「小さい頃から優れていました」という話ではないことが心に残りました。梅岩先生は有名になった後も、小さい頃を美化しなかったのでしょう。(梅岩さんの思想の土台を父親が教えられたのが推察されます。)

 石田梅岩先生の他の思い出話をお聞きになりたい方は、「エッセイ「【石門心学】 石田梅岩の思い出話 -問題付記- 」」をご覧ください。
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-571.html

 ここで学生の皆さんに読みとってもらいたかったことは、「文字に書かれたことば」と「こころのことば」の違いです。思い出話の「文字に書かれたことば」を読むと「父親は厳しい」となります。そこから一歩踏み込んで、「なぜ父親は厳しくするのだろうか?」と考えて、父親の「こころのことば」に思いを馳せて欲しいのです。「こころのことば」を完全には知ることは出来ませんが、それを推測するための助言はあるのです。文章冒頭の「江戸時代」、「二男(次男)」、「山深い村」です。問1~3で必ず導くためのヒントがありますよ、と言っていました。どれがヒントかな?と考えて欲しかったのです。


○クラス内の全員で1泊の旅行に行くとします。どこが良いでしょうか? 場所と理由を書いて下さい。
○― 問7
行先[       ]:理由[                           ]
行先[       ]:理由[                           ]

 ことばを実際に使って体感してもらうのが目的です。最初に行先と理由を書いてもらい、2人1組で話し合い1か所に決めてもらいました。時間配分が上手にできずに全員の前で発表する時間がなくなってしまいましたが、会話が盛り上がりました。これまで水が滴る音が聞こえるほど静かであった教室が一転して、高校生らしい活気にあふれました。

 学生さんの解答例:一番多いのは京都でした。ディズニー、北海道、沖縄、大阪、東京、鎌倉、下田、箱根、静岡、アメリカ、キャンプ、温泉、熱海などでした。

 そして次に進みます。

問8 話し合いをして相手の良かった所を3点挙げて下さい。




 学生さんの解答例:問いかけてくれた。相づちをうったり、共感してくれた。笑ってくれた所。自分の方を向いてくれた。目を合わせて話してくれた。異なった意見が出たこと。実体験を話してくれた。意見を尊重してくれる。きらきら笑顔!!! ステキ!!!。まとめてくれた。ほっぺがステキ。などです。

 直ぐに3つ書いてくれました。人の良い点を普段から観ているからでしょう。素晴らしいです。時間が余った人は良い点を4つも5つも書いてくれました。そして、これを声に出して相手に伝えてもらいました。

「話し合いをしてくれて有り難う御座いました。
 私は、①(良かった点)と、②(良かった点)と、③(良かった点)が良かったです。
 有り難う御座いました」

 と声に出して相手に伝えてください、と言いました。実際に声に出す、と聞くと驚きの声とも照れの声ともとれる声が聞こえました。しっかりしてくれました。
 ここで、ことばの3番目の種類が出てきました。黒板にまとめて書きました。

「文字に書かれたことば」
「声に出されたことば(音あり)」
「心のなかのことば(音なし)」

 「ことば」を深く考えていくと、3つに分けられます。普段は意識していませんが、現代社会を「生きる」と考える時、この3つの区別は重要です。と言いますのも、「心のなかのことば」:コントロールできないからです。
 例えば、嫌いな同級生がいる、とします。教室に入って、その同級生の顔を見た瞬間に「うわ!」と思うのは、コントロールできないのです。このコントロールできないのを「心のなかのことば」で何とかしよう、とするのはほぼ不可能です。ですから、それをどうするか、というと、コントロールできる「声に出されたことば」を使うのです。「あ、あの人はあまり好きではないけれど、授業の時間を守る良いところがある」と言うのです。その声に出したことばが、自分の気持ちを、こころを安定させてくれるのです。図にしてみます。

「声に出されたことば」:コントロールできる:行動だから
「心のなかのことば」:コントロールできない:形がないから

 そしてコントロールできる「声に出されたことば」で良い →「心の中のことば」を良く というのを「言霊(ことだま)」と言います。これが問10の答えです。そして、行動や「声に出されたことば」で「心の中のことば」を美しくしましょう、と言われたのが、石田梅岩先生です。
 石田梅岩先生は、「一所懸命働くこと」、「他人に美しいことばを書けること」、「誠実に生きること」は、自分自身の「心を美しく」すること、と話されております。何よりも誠実に生きることが自分自身のためです、と言い切られました。諺で「情けは人のためならず」:人に情けをかけるのは他人のためにではなく自分のためです、があります。同じ意味です。では、次に文化で観てみましょう。

○― 問10 映画「千と千尋の神隠し」で湯婆婆(ゆばーば)が、千尋(ちひろ)の名前で相手をしばる、というシーンがあります。このことを単語一語でいうと何でしょうか?   
[言霊(ことだま)](漢字は2文字、平仮名4文字)
理由: 神道ではお参りに時に必ず音を出します。また、神様を地鎮祭などで呼ぶ時に、音を出します。音によってコントロールできない神様を呼び出すのです。「ことだま」は「声に出して現実化する」と説明されることがありますが、正確ではありません。「声に出して現実化する」ことが可能ならば、私が「空を飛びたい」と声に出せば空を飛べることになります。これは「現実化する」のではなくて「心の中のことば」に影響を与えて、その人の心の中で実在化するのです。「現実化」と「実在化」を混同してしまったからでしょう。「現実化」とは物質を伴うことで、「実在化」とは「実際に存在する」で「心の中に存在する」という意味があるのです。英語では共に「realization」ですが、英語圏ではプラトンの哲学の影響で、この世界に存在しないイデア(完全無欠の形)を存在する(実在する)、と言います。この辺りは授業では飛ばしましたが、欧米での「現実」と「実在」は一致しない、という点を知っておいて下さい。例えば「数学」は「現実」ではありませんが、「実在」するのです。詳しく知りたい方は、プラトンの哲学をどうぞ。

 元に戻ります。私達が現代社会を「生きる」ために、「声に出されたことば」を使い「心のなかのことば」に働きかけることが必要なのです。それでは、こうした考え方が日本だけでなく世界中で古くから共有されてきたことを、ヨハネの福音書で観てみましょう。


○- ヨハネによる福音書の冒頭です。
「1:1初めに言(ことば:Word)があった。言は神と共にあった。言は神であった。 1:2この言は初めに神と共にあった。 1:3すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 1:4この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。 1:5光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。1:6ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。 」
英語で1:1「In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God.」

○- 問9 ヨハネによる福音書冒頭を読んでの印象を書いて下さい。

学生さんの解答例 
:言がどんどんつながっていっていると思った。言にはいろいろな意味があると思った。
:こころの持ちよう1つで、人は生きることができたり、死んでしまったりするということなんだなと思います。
:すべてのものの根底に、ことばがある。短い文章だがとても深いと思った。
:最初にあったものは言葉であったことに驚きました。言葉は神と共にあるほど重要なものなのだと思いました。
:言葉は偉大だと感じました。言葉は何よりも強い力をもっているのではないかと思いました。

 学生の皆さんの理解力の高さに感心しました。ことばが、現代社会の多くを支えており、グループワークの体験を通して3つの種類に分けました。そうしたことばの偉大さは地域や宗教を超えて着目されてきたという、今日の授業を的確に理解してくれました。

○- 問11 授業全体の感想を書いて下さい。

 いろいろな感想をいただきました。反省すべき点もあり、希望を頂く感想もありました。「有り難うございました」と書いてくれた学生さんが何人もいました。ことばを大切にしてくれています。

○- 問12 質問があれば書いて下さい。

学生さんの問:思わずコントロールできない行動ができないときもあると思うのですが、どうすればいいのでしょう?

 10回声に出して読みました。
他の先生にもお聞きして、以下の意味だと推測します。違いましたら申し訳ありません。

「思わずコントロールできなくなってしまい、思い通りの行動がとれなくなってしまうことがあります。その時はどうすればいいのでしょう?」

解答です。

まず、深呼吸をしましょう。
相手が目の前にいるのでしたら、「少し待ってください」と断りをいれてから深呼吸をしましょう。

 思い通りの行動ができない時、「心の中のことば」ではなく、「声に出したことば」=行動でコントロールをしましょう。大切なのは行動によって自分をコントロールする、ということです。ですから、手を大きく広げるのもいいかもしれません。あるいは、時計(携帯)を見る、手で顎(あご)を触る、一旦、目をつむるなどでも良いでしょう。一流のスポーツ選手は、癖と言われる行動で自己コントロールをしています。
 私も2月の授業の最初にあがってしまいました。自分で顔が硬直するのが分かりました。ですので、皆さんの反対側の黒板を向いて軽く深呼吸をしました。気持ちが落ち着きました。

 また、試験のように前もって分かっている場合では、十分に準備をすることで、思い通りの行動が取れるようになります。一流のスポーツ選手は、1か月前くらいから練習の量や質をコントロールし、食事の栄養素などを1,2週間前から調整していきます。資格試験や入試試験などでは時間もありますから、準備を入念にしましょう。

 ただ、失敗した後ですが、準備不足の点を反省したら、くよくよしないようにしましょう。準備期間の4年間あるオリンピックで失敗する選手がいます。その失敗を何年もくよくよしません。くよくよしないからこそ、集中して練習し次によい結果が出てくるのです。結果は出来ごとに過ぎません。結果の意味や価値は、本人の気持ち次第です。

「よし、次は準備万端にするぞー! 自分の悪い点を教えてもらてよかったー!」

ぐらいの気持ちで行きましょう。

 以上です。

 英和女子学院中学校・高等学校の皆さま、学生の皆さん、石上国語教室の方々のお陰で授業を行うことができました。感謝申し上げます。

 帰宅して直ぐに目を2回通しました。学生の皆さんが静岡の、日本の希望だと感じました。
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