講義録4-1 技術の基本要件の2つの矛盾 三段論法

 皆様、こんにちは。

 前回、道徳の根源についてお話をしたので、もう少し深めるためにクラス全員で3回声を出しました。

 「子曰く 性相近し、習相遠し」

「孔子先生が仰った。人は生まれた時は似たり寄ったりで近い。しかし、習慣によって性格が遠く離れるように違ってくる。」

 『論語』からのことばです。福沢諭吉が『学問のススメ』を書き、森信三が『修身教授録』を、古くは孔子が『論語』に掲載される言葉を残しています。学生の皆さんにかけらでもお伝えしたい、そんなことを考えて帰宅しました。

 それでは本文に入ります。

 講義連絡

配布プリント なし

 --講義内容--

 前回は、「冗長性」、「フール・プルーフ」、「フェイル・セイフ」と本質安全、制御安全、注意安全を説明しました。そこで出てきたのは、「フール・プルーフ」の本質安全と「フェイル・セイフ」の本質安全の矛盾でした。これは技術の基本要件の矛盾です。これにもう1つ矛盾があります。社会と技術との矛盾です。今回、丁寧に説明します。
 また、文章の書き方として、アリストテレスの三段論法を簡略化したものを提示します。単語のつながりと文章の広げ方などへと説明を広げていき、コミュニケーションの苦手な人の傾向も説明します。

 前回、意外にも高山正之著『変見自在 習近平よ、「反日」は朝日を見倣え』 「JR福知山線事故の真犯人は労組だ」 が好評価でしたので、今回の内容に沿うものを探しました。同著に「英語を話す人たちの程度を知ろう」があり、これを読み上げました。要点は以下の通りです。

1) 技術者が間違いのない製品を作っていても社会が罰金を科すことがある。トヨタへ1200億円
2) 技術者が欠陥品を作り死者が19人出ていても、社会が35億円で済ますことがある。GM社
3) 人の命の値段が国際政治によって7200億円にもなり、同時に99.5%も減って30億円に減額されることがある。TPPと武田薬品

 以上のように社会と技術の相克が現実世界なのです。事実を知ることが学問の第一歩ですから、出発点としておいて欲しいです。

 -技術の基本要件の2つの矛盾

①技術内の矛盾 : 「フール・プルーフ」の本質安全と「フェイル・セイフ」の本質安全 :効率上の矛盾 :如何に燃料が少ないか
②技術外の矛盾 : 社会と技術の矛盾                             :経済上の矛盾 :如何に安いか、如何に儲かるか
③思想上の矛盾 : 心理と技術の矛盾                                        :幸福とは何か

 と2つの矛盾があります。この場合、社会を排除することを想いつくかもしれませんが、社会を排除することは出来ません。なぜなら、「予見可能な事象」が社会によって決定されるからです。この場合の社会とは、地域、文化、歴史などであり、これらが変化することで「予見可能な事象」も引っ張られて変化するのです。

 --(昨年度の講義録より抜粋)--

-技術の基本要件の矛盾-

 私が3つではなく、6つに分けた理由があります。それは製造物の特性を安全対策に活かすためです。
例えば、回転ドアのドアですが、フール・プルーフの本質安全からすると、当然「軽い方が良い」ことになります。しかし、フェイル・セイフの本質からすると、「当然、強い方が良い」ことになります。
 結論として、軽いと強いは相矛盾します。軽い素材ならプラスティックを、しかし強度が弱くなります。他方、強い素材なら合金なら重くなります。このように、「フール・プルーフとフェイル・セイフは時として相矛盾します」。この材質選びの問題は、製造物を製造する場合に欠かせない問題であり、かつ、相矛盾する要素を取り込んで製造する製造物の相矛盾がぶつかり合う問題です。さらに、材料の価格などなど多くの要素が絡み合ってきます。つまり、技術の基本要件は、「フール・プルーフ」と「フェイル・セイフ」で根本的に矛盾しているのです。安全を6つに分け、それぞれ丁寧に要素を抜き出して検討する、というのが技術者倫理の価値ある議論ですし、最も重要な点の1つです。

-技術の基本要件と効率(経済)との相反

 もう1つ見逃せないのは、技術の目的「人類の繁栄への寄与(ベーコン)」があります。簡単に言うと、効率や経済のことです。電車の開閉ドアはアルミになりました。アルミは高い素材です。しかし、「フール・プルーフ」の軽い、と「フェイル・セイフ」の強いを多少兼ね備えている素材です。ですから、工学的安全を満たすためによく使われる材料です。しかし、高いので効率・経済とは相反します。この指摘は他の識者や議論に取り上げられます。ただし、技術者倫理からすればそれは本質の議論ではないこと、上の議論で述べました。
 
 -自然科学の基本要件は矛盾しない

 もう少し補足します。自然科学は基本要件が1つに絞られています。逆に言えば、基本要件が1つに絞られていないものは、自然科学の対象とはなりません。例えば心です。例えば1回性の事象です。しかし、事故予防を考える場合、事故は1回1回であり、さらに人間の心が大きな要素であるのは間違いありません。それは前の記事で述べたように、製造物には社会の関わりが不可欠だからです。そして社会の判断が人間の心に依存している以上、技術の基本要件に心が入りこむのです。ですから、自然科学とは異なり、基本要件に矛盾があるのです。もちろん、心理学や経済学などの方法論的要件が緩やかさよりは厳しいものですが(この点にはさらに説明が必要です)。

ー科学哲学における1回性の事象と理論

 科学哲学では、自然科学の扱う事実と普通に存在者としてある人とを分けます。というのも1回性の事象というのは、事実ですが、自然科学の対象ではないからです(認めない科学哲学者もいますが)。1回性の事象を理論的事実に置き換えて、その上で数学的関係を求め、法則化します。それを実験で確認するのです。これが自然科学です。別の言い方をすれば、1回性の事象から「時間」なり、「長さ」なり、「重さ」なりを切り取るのが理論的事実です。これを次元の限定と言います。これが方法的には近似値や誤差によって支えられています。高校以上の理科実験をやったことがある人なら理解できるでしょう。高校の物理では、物を押すときに長さを考えませんでした。しかし、実際のものには長さがあります。物から「長さ」ではなく「重さ(質量)」だけを切り取ったのです(次元の限定)。長さがあれば回転偶力(モーメント)が生まれます。これらを合わせなければ実際の動きを考えることは出来ません。さらに、材料の性質(弾性、展性など)も考えなければならないのです。それゆえに、自然科学の扱う理論的事実とは1回性の事象を理論化することで生まれる、実際には存在していない理想的事実を対象としているのです。それゆえに、自然科学の基本要件では矛盾がないのです。具体的に言えば、自然科学の実験は、まず実験の意図(理論)があって始めて成立するものです。めったやたらに実験することなど不可能です。というのも次元の限定が出来ないからです。
 速足の説明になりました。詳しく知りたい方は、科学哲学のサーチ理論とバケツ理論を調べてみて下さい。

 -マクドナルドのドライブスルー

 話しは元に戻ります。有名な話があってマクドナルドのドライブスルーでコーヒーを買った人が熱くてこぼして太ももにこぼれてしまった。それで熱さ対策をしていなかったとしてマックを訴えた。それで結局1億円(実際は64万㌦の判決後、60万ドル以下の和解金)を払うことになった。
 マックのホットコーヒーを紙コップにそのまま入れると、人は愚かな行為をする、つまり、自分で注文しておいて、さらに熱いと解っていてもこぼす。さらにそれは「予見可能」なのである。だから裁判でお金を払うことになった。アメリカの行きすぎた裁判の現状もあるが、判断基準は日本でも同じく「予見可能」である。そしてその中に「人は愚かなことをする」と「物は壊れる」は入れなければならない。これから、マックなどは熱い飲み物を入れる紙コップにプラスティックのコーティングをするようになった。また、アメリカの電子レンジには「猫を入れないでください」などの注意書きもある。説明書が異様に分厚くなり、むしろ消費者のためになっていない、と考えて、アメリカの行きすぎた裁判の現状と述べた。
 身の回りを見渡してみると、例えば、静岡県にあるハンバーグ屋チェーン店「さわやか」では、ハンバーグに紙が巻かれ出てきて「鉄板がお熱いのでお気をつけ下さい」と言ってくれる。あれは親切でいうのではなく、言わないと訴えられるなどの問題があった時に困るからである。同じようにペットボトルにも色々と注意書きが書いてある。それも、ここ10年前後のことで、「予見可能」という技術者倫理の考え方が社会の中に具体的に浸透していっている一例と考えられる。同じような例が身の回りに沢山あるので探してみて下さい。

 --(昨年度の講義録より抜粋終了)--

 以上から、技術の基本要件の2つの矛盾が示せたと思います。他の例として挙げたのは、洗濯機へ子供が指を突っ込んで怪我をした場合です。昔ならば、大人の不注意が原因とされましたが、子供が指を洗濯機に突っ込むのは「予見可能な事象」である、と社会が変化すると、製造者は対策を講じなければならなくなるのです。

 それでは次に、三段論法に行きましょう。

 --(昨年度の講義録より抜粋)--

  3段論法は、アリストテレスによって整備されました。これを高木が松本道弘先生のディベート教室で学んだ経験や本等を参考にして以下のようにしました。

① 3段  = 事実、論拠、結論の3つが論理的文章には必要であること

② 論理性 = 事実と論拠と結論をそれぞれ結ぶ単語が必要であること

③ 方法  = 結論は、問いに対する回答、と考えて、結論⇒論拠⇒事実という順で探していく

 アリストテレス等が示した細かい要件がありますが、例えば格や型、時間の関係上、また実用上から省略しました。詳しく知りたい方は是非とも調べてみて下さい。

 それでは具体的に行きましょう。

 就職活動で必ず聞かれるのは「なぜ、わが社に入りたいのですか?」という問いです。

 この問いに、「給料が高いから」と述べてしまっては、ミスです。何故なら、論理的な説明がされていないからです。まず、聞かれていることに答えていません。答えていると回答者は考えるかもしれませんが、私はコミュニケーションが苦手な人は、自分の考えや事実だけを述べて回答している気になっている人が少なからずいると考えています。
 聞かれたことは、「なぜ? 入りたいのですか?」ですから「~だから、入りたいのです」という文が必要です。
 
 そして私は①結論から逆に発想していきます。

結論 :だから、社員を大切にするので御社に入りたいのです

 次に、②論理性は、単語がつながっていることですから、

論拠 :私は、給料が高いのは「社員を大切にすること」だと考えます。

 次に、②論理性は、単語がつながっていることですから、

事実 :御社は「給料が高い」です。

 結論と事実をひっくり返して並べてみましょう。

事実:御社は給料が高いです。
論拠:私は給料が高いのは社員を大切にすることだと考えます。
結論:だから、社員を大切にする御社に入社したいです。

 日本語は省略の多い言語の1つですが、きちんと順を追って説明すると少々言葉が多いですがこのようになります。
 次に1つ1つ解説します。

 事実は、「客観的事実」や「万人共通」を探します。 新聞や官報や本を引用したり、実験系がデータを出すのは事実を探すためと考えます。

 論拠は、私の考えを持ってきます。私の考えですから特殊なものですし、他の意見も併存する可能性があります。理論系は実験系の出したデータを元にしてアイディア勝負をしますが、この論拠の争いになります。また理系の論文が多くの研究者が連名で提出しますが、実験系と理論系を大勢で担うからです。現在の論文提出はスピード勝負になっていて大勢で担うことで1秒でも早く出せるのです。

 結論は、聞かれたこと、を意識するのが良いのではないか、と最近考えるようになってきました。聞かれたことは、誰か、もありますが、現在の日本の状況や専門分野の現状などから、導き出される聞かれたことがあると思っています。現在、私はポパー哲学研究会という科学哲学者ポパーの日本の専門家たちの集まりに論文を提出して、審査を受けています。1人目の方には「現在の状況にあっている」とコメントを頂きました。それは福島原発の事故対策に何とかポパーの考え方を生かせないか、と考えたからでしょう。そうしたものが現在の日本の状況で聞かれていると考えています。

 少し踏み込みましょう。論拠は私個人の考え方になりますから、以下のようにもなります。

事実:御社は給料が高いです。
論拠:私は給料が高いと大変やる気が出ます。
結論:だから、やる気が持てる御社に入社したいです。

 「やる気」以外にも「両親を安心させたい」や「家族を養える」などでもOKです。事実は万人共通ですが、論拠は私個人の考えを書く。それによって自分の気持ちを表現できます。そこに主張者の個別性が出て来ます。また、就職の面接官なら、「じゃあ、他にやる気が持てるケース(事実)はありますか?」などと広げていくことが出来ます。

 先ほどコミュニケーションのことを素人考えで書きましたが、それは私自身のオタク仲間との会話を振り返った方です。

 「このアニメ、モー最高なんだよ!」
 「めっちゃ、このキャラ可愛いよなぁ~!!」

 という言葉は、私の感想であり論拠です。しかし、万人共通の事実がなければ説得性にかけますし、何より感情の投げかけで共感できない場合は、コミュニケーションが成立しません。「このアニメの、あのシーンのあのセリフは、例えば文学でいえば、誰誰の本と共通しているよね」という万人共通の事実を上げていくと会話も広がりやすいのではないでしょうか。
 また、結論が無いことも指摘できます。つまり、「聞かれたこと」になっていない。相手が聞いてもいないのに、聞かれたこと、を言ってしまうとコミュニケーションが成立しないのです。相手との会話の中で聞かれていることは変化しますが、大体の方向性は決まっています。その方向性から聞かれたことが出てくるのに、自分の思いつき(論拠)をバッ!!と出してしまう。結論を意識していないからこそ、起こってしまうコミュニケーションの不成立。流行っている音楽の話をしているのに、「アニメの音楽はすっごく良いのがあってみんな聞かない。どうしてなんだろう」という風に音楽の話から連想した、社会的問題=みんな聞かないという理由に置き換えてしまうのです。
 以上が素人考えですが、3段論法から考えてみました。

さて、3段論法②単語のつながりを記号にしてみましょう。
事実:論拠:結論:。


事実: A = B : 「御社(A)」は「給料が高い(B)」です。

論拠: B = C : 私は「給料が高い(B)」と大変「やる気(C)」が出ます。

結論: C = A : だから、「やる気(C)」が持てる「御社(A)」に入社したいです

 この説明をした後で問題を出しました。

 問3 結論を書きなさい。

事実: 人は死ぬ     
論拠: 私は人である  
結論: 

 回答:人は死ぬ

事実: A = B : 人は死ぬ     人(B)=死ぬ(A)

論拠: B = C : 私は人である   私(C)=人(B)である

結論: C = A : 私は死ぬ     私(C)=死ぬ(A)

 となります。次に何でも良いので3段論法で書いてもらいました。

 問4 3段論法で文章を書きなさい。

 ヒントとして出したのは、以下の文章です。

あなたは、ツインテールである。

私はツインテールが好きである。

だから、私はあなたが好きである。

 少し笑いが起きました。先ほども書きましたが私はアニメ「らきすた」では「かがみん(キャラ名)」が大好きなので、ツインテールの話をしました。自己紹介をしていないのですが、高木は漫画やアニメやゲームが大好きです。この点から強引に学問につなげてみましょう。


 -論理の問題と意味の問題-

 私が「らきすた」の「かがみん」が好き! 「ツインテールが好き!」

 と言うと教室がざわつきました。ざわつくのは当たり前だと思います。しかし、それは意味の観点から文章を読み、説明を聞いているからです。冒頭に述べたように論理=言葉のつながり、として観れば、「ツインテール」を「優しい」に置き替えても何ら問題はありません。論理とは文章同士の単語のつながりを意味します。ですから、単語の意味内容、単語の持つ社会的内容には関わりがないのです。

 現在の日本では、「ツインテールが好き」というとヲタクに分類されます。ヲタクとはサブカルチャーであり、あまり一般的ではなく社会にそのまま受け入れられていない文化、という社会的内容を含んでいます。また、社会現象になり神社の参拝客が増える、キャラグッズが神社で売られるなどを引き起こしたアニメである「らきすた」は社会の主流の文化とアニメ文化との懸け橋となる存在でもあるのです。
 いくら論理の問題を説明しているとはいえ、社会的内容を考慮してしまうのは社会に適応する上では重要なことです。しかし、だからこそ、誤解を生じやすいのです。それゆえ、敢えてヲタクのキーワードを出しました。講義に関係ないことである、と私の趣味を隠しても良いのですが、教育的効果があると考えたのです。
 もちろん、私はアニメや漫画が大好きで、個人ブログでそうした趣味について色々と書いています。今期は「波打際のむろみさん」というアニメが好きで、毎週土曜日深夜が待ち遠しいです。

 また、補足を2点入れました。

ーヲタクのコミュニケーションの不味さ

 ヲタク、と言われている人々は、私もそうでしたが、自分の考えだけを語る人が多い。3段論法の「論拠」だけを語るのです。「かがみんは可愛いよなぁ。最高だよね。あの性格が大好き」と。しかし、それを万人共通の事実を付け加えないのです。そもそもアニメを観ていない人には「らきすた」? 「かがみん」?と言われて、「可愛い」と言われても会話にならないでしょう。例えば、「源氏物語の紫の上とこの場面に現れる性格とよく似ていて可愛い」と言えば、「源氏物語」を知っている人と会話が広がるのです。私は「源氏物語」は後半の自立した女性が描かれているのが最も素晴らしいと思いますが、それを現在の男女対等(平等ではなく)に結び付ければ、面白い会話が出来るのではないか、と考えています。ヲタクの人のコミュニケーションの下手さの原因の1つは、論拠=私の考えだけを主張し、万人共通の事実で話の広がりを持たせない点にあるのではないか、と言いました。

ー人は外見を大いに気にするのでコミュニケーションを大切にするのなら、まず外見を

 私は髪の毛の色を赤、青、白、黄、緑、ピンク、紫としました。日本全都道府県を旅行していた時に、緑の髪の毛で緑っぽい全身の服のことがありましたが、驚かれて話しかけられたことがありました。静岡では真っ赤な頭でありました。東京では、スーッと流されるか写真を撮られるくらいです。地域性があるのですが、やっぱり外見が重要なことを体験を通して知りました。ちなみに、日本人に一番似合うのは緑色だと思います。色々な人に写真を見せて見比べてもらいましたが、同意してくれる人が多いです。
 心の中を他人は決して見えないものです。他人が見えるのは行動だけ。ですから、外見は大切な第一歩ということで、コミュニケーションを大切にするなた、外見もきちんと整えて、計算して言って欲しい、と言いました。

 三段論法は初回でした。学生に板書してもらったものを、直して説明しました。多くの学生が興味を持ってくれたことが、感想で判りました。今後も続けていきたいです。

 以上です。
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