エッセイ「 【石門心学】石田梅岩の要点 」


 前回、石田梅岩先生の思い出話で、先生の人となりを描きました。五月号では、梅岩先生の思想が現代日本でも活き活きとしている場面を、私の教え子の就職体験で説明しました。
 今回は、先生の思想を簡単にまとめたいと思います。

石田梅岩の思想は「つぎはぎ」

 梅岩先生の思想の特徴は、分野ごとに色々な思想を持ってきている、という点です。つまり、つぎはぎの着物のようなのです。
 各分野とは、世界論、宗教論、道徳論、社会論です。そしてそれらを整合する視点が、「心を美しく」になります。「心を美しく」が着物のもとの生地で、つぎはぎする当て布が世界論などの各論になります。
 このつぎはぎには梅岩先生の苦労がにじみ出ています。先生は『論語』などの素読さえ十分に出来ず、奉公の合間に独学で勉強していました。ですから、基本的な本を読みこなせなかったでしょう。御自身で「私は無学で文字を間違えずに手紙(書簡)を書けない」と言っております。謙遜ばかりではないでしょう。
 とはいえ、多くの聴講者に説明するために、各分野で色々な思想を使いました。一見無批判に各論を取り入れているようでありながら、「心を美しく」の観点で全体の整合性を持たせているのです。つぎはぎを生地に合うように切り抜いて当て布にしたのです。
 以上の意味で石田梅岩の思想は、実用に耐えうる思想となりました。つぎはぎだらけの着物のように、温かく使いやすいのです。文章も分りやすく具体的で、相手に苦労を掛けさせないのが大切(仁)である、と言います。それが個人の日常生活から仕事や社会道徳にまで及びます。「心を美しく」を「相手に苦労を掛けさせない」という言い換えは、多くの人に判りやすいものです。孔子や朱子学、仏教などのつぎはぎと知らなくとも、梅岩先生の着物を着れば温かいのです。つぎはぎの良さが梅岩先生の思想の特徴です。
 比べてみますと、伊藤仁斎先生は、孔子の思想に別の解釈を施しております。仕立て直した着物は見た目が美しく、着る人にぴったりしています。仁斎先生は孔子の思想を日本人にぴったりとするように解釈し直しました。他方、伊藤仁斎先生の思想を理解するためには、どうしても孔子の思想を知らなければなりません。
 梅岩先生の思想は、孔子を知らなくとも「心を美しく」、「相手に苦労を掛けさせない」を知ればよいのです。

各論の構図

 ここから、四つの各論を挙げて、それぞれ簡単な説明をします。続けて「心を美しく」で梅岩先生がどのようにまとめたか、を書いていきます。かなり削除しております、ご注意下さい。

○世界論:朱子学そのまま(性理論)
 
 「人の本性は理であり善である。が、気質の清濁で聖人と凡人に分れる。しかし、世界のことを勉強して理となり、敬いと孝行で善となれる。」

 世界の複雑な現象を、理と気の単純な二つの要素で説明するのが、朱子学です。当時の一般の学問でしたし、明瞭でした。梅岩の世界論は朱子学そのもので、易の朱子学的解釈にあたる大極図説を使っています。また、『論語』を含む四書も朱子学の解釈のついた本を、朱子学の『近思録』などを教える際のテキストとして使っています。また、朱子学と異なる伊藤仁斎先生の古学が庶民に広く浸透していましたが、朱子学を元に反駁しています。
 梅岩先生は大極図説などを理論的根拠にし、世界全体の構成が理と気であるから、理に向かうようにしましょう、と日常生活の道徳を教えました。

 梅岩先生:「だから、誰であっても、敬いと孝行を大切にしましょう。」

 と仰られました。

○宗教論:古来日本(全ての宗教は役に立つ)
 
 「神道、仏教、儒教など教えの内容は異なる。けれども、到達地点は一つである。全ての教えが到達するために役に立つ。また、そのためには、教えの内容ではなく自分の心が大切である。」

 名医があらゆる薬を用いるように、自分の心さえしっかりしていれば、神道、仏教、儒教のみならず、老荘思想なども全ての教えが役に立つ、と梅岩先生は仰られます。神道の説明が聞き易い人には神道を使い、仏教がすっと心に入る人には仏教を使う、という具合です。古来の物語「国譲り神話」では信仰の自由が認められましたが、その後、宗教戦争が飛鳥時代を始め鎌倉時代まで続いていきます。神仏習合が定着していく中で、無理のない豊かな教えが梅岩先生によって説かれました。現代日本の「あなたの宗教・宗派は問わないが、私は自分の心を大切にしたい」という日本独自の宗教態度に大きな役割を果たしています。梅岩先生は、宗教・宗派にこだわってお互いに非難し合うのは、それぞれの宗教の教えに反すると言います。そのために、我がままで自分勝手な一人の息子を設定して、その言葉一つ一つに反論して、判りやすく親孝行の大切さを『都鄙問答(とひもんどう)』で教えて下さいます。

 梅岩先生:「だから、どんな教えも自分の心を美しくするのに役に立つ。」

 と仰られました。

○道徳論:ほぼ陽明学(行いが大切)

 「知ることは、すなわち行うことである(知行合一)。真に知るならば、実践を伴うので、親孝行を実際にしましょう。」

 江戸時代は元禄のバブルがあり商人が主役に躍り出ました。先物や証券などが流通し、歌舞伎や浮世絵など豊かな文化が誕生しました。その反面、商人がお金儲けだけに走るようになりました。梅岩先生は、金を儲けることとお金をケチることの段階ではなく、物を大切にすること、道徳に適った信用を形成することを「倹約」と呼び、商人道を説いたのです。つまり、武士や農民など社会の主役であった階層の道徳と同じく、主役に躍り出た商人に道徳を判りやすく、具体的に説いたのです。それは、武士と農民と商人(工人を含む)の全ての職業がそれぞれの役割をこなすべきである、という職業平等です。同時に、商人に社会的意義を与える誇りに満ちた主張でもありました。
 日本独自の商人意識は、他のアジア諸国と異なり、武士中心の封建社会から商人中心の近代資本主義国に発展した一因と、欧米では分析されています。現代日本でも、商取引を内的規範として行わなければならない、という道徳を持っているのは、梅岩先生の影響力の大きさでしょう。

 梅岩先生:「だから、自分の心のために、自分の利益や安心だけを考えてはいけませんよ。」

 と仰られました。

○社会論:当時の京都の学問意識
 
 「与えられた職業で全力を尽くすことが大切である。職業による上下ではなく、全力を尽くすかどうかの方が大切である。」

 西暦千九百九十年以降、江戸時代の実態が明らかになってきました。すると、「士農工商」は実際ではないことが判明し、現在では教科書から削除されました。実際は以下の通りです。この文でも商人と書いて来ましたが、町人の意味でも使用しています。

 武士などの上層階級:移動なし
 商人と工人と農民:移動は自由
  ↓
 武士:政治家、官僚、先生など
 町人:街に住んでいる人(商人、工人、大工等)
 百姓:村に住んでいる人(商人、農民、漁民等)

 梅岩先生は、正確には「町人」道徳を説きました。「町人」は数々の職業があります。そして、「どの職業でも良い。その違いは、社会的役割の違いでしかない。」という認識でした。この認識は、伊藤仁斎先生が、権力を持つと江戸幕府に対して、「社会的役割の違いでしかない。その役割を与えているのは天皇である」と観た点と一致します。権力、財力、影響力共に史上最大の政権になっていた江戸幕府に多くの人々は引き寄せられ、畏れていました。その中で「社会的役割の違いでしかない」と言い切ったのが仁斎先生なのです。梅岩先生は、その「社会的役割」を町人にも与えたのです。いや、全ての職業に社会的役割を与え、道徳を説いたのです。

 梅岩先生:「どんな職業でも、誇りを持って誠実に励みましょう。」

 と仰られました。

安藤昌益とは

 各論で色々な立場を採られた梅岩先生です。特徴を際立たせるために、○社会論で同じ前提に立つ安東昌益(しょうえき)先生と比べてみましょう。
 
 安藤昌益先生略歴
 :秋田県大館市の農家出身、三十歳から京都で医師を目指す。四十二歳青森県八戸市で医師開業、五十一歳『自然真営道』発刊、六十歳死去。

 石田梅岩先生の十八歳年下で共に京都で学びました。青森県特有の冷たい東風「やませ」で凶作と飢饉でバタバタと人が倒れる時代でした。また、冷害に強いとされる大豆を連作し、多くの餓死を招きました。とはいえ、武士には大きな被害がありませんでした。そこで昌益先生は、自然の循環に従う農耕を全員で行うことを目指しました。自然循環を目指す思想は、後に「世界初のエコロジスト」、共有財産を目指す姿勢は「日本初の理論的共産主義」と呼ばれています。また、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の江戸時代で、唯一江戸幕府を否定した思想家でした。

石田梅岩と安藤昌益の違い

 梅岩先生と昌益先生が共に受け入れたのはお考えの前提にあります。


 正しいこと:人が生まれる時、皆平等である。
  ↓
 実際の社会:人は職業や貧富の差がある。
                    」

 この前提を元にして、以下のようにお考えになりました。

 安藤昌益:実際の社会が間違いである。だから、職業の差をなくすために、全員お百姓さんになり、財産の共有をすべきである。

 石田梅岩:実際の社会が問題なのではなく、自分の心が問題なのである。財産は心を磨く道具に過ぎない。

 両先生の解決方法をさらに簡素にします。

 目の前に問題がある
  ↓
 現実の改革を!:安東昌益
 心の改革を!:石田梅岩
               」

 両先生は、人間の生れと社会の現実で共通認識を持たれていました。しかし、その解決方法は全く異なります。それは、目の前の社会が異なったからかもしれません。
 冷たい東風「やませ」でバタバタと亡くなる厳しい現実を突き付けられた昌益先生、自らの町人がおごり高ぶる現実に苦闘した梅岩先生です。
 しかしながら、両先生の目指している社会は共通しています。誰もが安心して暮らせる平和な世の中です。本を読み、両先生の志の高さが浮かび上がってきて胸を打たれました。

まとめ

 石田梅岩先生の思想は、各論がつぎはぎです。けれども、「心の美しさ」という糸を通して使いやすい思想になっていました。また、その思想の目指す処は、誰もが安心して暮らせる平和な世の中でありました。最後部にイラスト入りでまとめます。ご参考下さいませ。

 このようにまとめることが出来、幸せです。有り難う御座います。また、本論の多くは以下の本に拠っています。学恩に感謝いたします。

参考書:
『近世思想家文集 日本古典文学大系97』 家永三郎他校注者 岩波書店 第四刷
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