高木メモ「なぜ、合理主義は拡大しないだろうか?」

 高木がふと思い浮かんだ内容をメモします。


 「なぜ、中華人民共和国が台頭したのだろうか?」

 という問いは、経済や経営、国際政治、国際金融、リアリズム、軍事、歴史から語られてきた。しかし、その問いは、中華人民共和国の経済的凋落で問われることは少なくなるだろう。しかしながら、問われ続ける問いがある。それは哲学からの問いである。「なぜ、中華人民共和国が台頭したのだろうか?」という問いに「合理主義を採用したからである」と哲学的に答えることは出来ない。彼ら中国人(漢人)は、哲学の浸透によって、あるいは合理主義によって変化したわけではないからである。

 別の視点で見てみたい。

 「なぜ、EUは移民問題で苦しむのだろうか?」

 同じ問い、と言える。哲学とは普遍、全ての事象を考える学問である。数学や物理学は哲学の基礎がないと成立しない。しかし、その基礎に馴染んでいる欧米人の共同体EUが、なぜ、哲学の馴染みの薄いアジア人などに圧倒されるのであろうか。欧米人の哲学に基づく合理主義には普遍性がないのであろうか? それともそもそも普遍性は脆弱なのであろうか?
 ヘーゲルの不完全な弁証法では、正と反が合一し、高い次元に移る、という。とするならば、高い次元の方が脆弱なのであろうか?

 普遍性を持つと欧米人が主張する合理主義(哲学)がない、中華人民共和国、イスラム教国などの、人口が爆発し、エネルギー消費を拡大させ、食糧を食べまくっている。欧米人は、環境問題などと言って節約、節約でしかない。

 「なぜ、欧米人では人口爆発がせず、エネルギー消費を拡大せず、食糧を消費しないのであろうか?」

 この問いは、孔子の言う、小人(普通の人)を君子(立派な人、政治家)にする道徳的な合理主義ではない。もう少し各国の文化や共同意識の深層に潜むものである。そういうものを合理主義、あるいは普遍性で開墾できない(文明化できない、到達しえない)のであろうか?という問いである。

 私が、東アジアからの留学生に接していると、彼らの合理化されてない素振りに驚く。欧米人の言う哲学では決して説得されない、決して生き方を変えられない、そういう深層にぶち当たる。教員の立場であるから、学校内ではしっかり合理主義に基づくことが出来る。しかし、卒業後はそういうことはない。あるいは、そういう深層の強い学生は自ら合理主義から離れていく。しかし、彼らが社会の中で不適合者になるか、といえば、そうではない。主に自国の仲間内で固まり、何がしかの生活の手段を得て社会適合者として過ごしていくのである。むしろ成功者さえ出てきている。

 「なぜ、合理主義は拡大しないのだろうか?」

 国際政治などの世界の推移を哲学で考えるならば、欧米人の合理主義がなぜ拡大しないのか?という視点が重要になってくる。

 そしてこの問いは、日本の生き方を考える時にも大切であろう。
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