講義録特別回 テストコメント集

 皆様、こんにちは。

 テストで学生から疑問を貰いました。今回は特別回として返信します。
 テスト問題の最後に「(時間が余れば、以下に講義に対する感想、疑問、意見、質問などを書いてください。)」という欄を作り、多くの意見を貰いました。講義の不十分な点、学生自身が活用してくれたこと、感想などが書いてありました。疑問が2つ書いてあり、真剣な気持ちをぶつけてくれました。疑問を貰い1ヶ月間、毎日毎日、どう答えれば良いのだろうか、と悩み続けました。学生の疑問であると同時に、私自身に深く入り込む疑問だったからです。毎日答え方を考えながら、少し本を読み、周りに聴くなどしてみました。1か月程返信がずれ込んでいるのが気にかかるようになってきました。不十分ではありますが、返信することとしました。

学生からの質問内容

○私は自分自身が一番疑問に思っていることを質問したいと思います。
 先生にとって「生きる」とはどういうことだと思いますか。私は愛する人や他の人のために自分が犠牲になってもその物事をやりきれること、また、誰かと一緒にこの人生を過ごすことだと思っています。しかし、友人に聞いても、みんな、答えが返ってきません。
 そこで人生経験が豊富な先生に、ぜひ聞いてみたいと思いました。先生の考えを自分の考えの1つとして参考にさせていただきたいです。つまらない質問ですがお願いします。

高木の返信

▲真剣なご質問、ありがとう御座います。私自身に深く結び付く質問でした。20歳前後から心の中で「生きることはどういうことだろうか?」と考えてきましたが、いまだに確定した答えになりません。42歳の私の暫定的な答えとして聞いてください。

 「生きる」こととは、「苦しみの先をみること」である、が私の答えです。
ある人に聞くと「人とのつながり」、さる人に聞くと「善いことをすること」と答えてくれました。「善いことをすること」とは、人間は善いことをすると心の深い喜びが出てくる。だから、善いことをしないと生きているとは言えない、という理由でした。

  「苦しみの先をみること」とは私自身の体験に基づいています。仏教では「四苦八苦(しくはっく)」の「四苦」を「生きること、死ぬこと、病にかかること、老いること」を挙げて、人間の苦しみを説いています。私が生きることが苦しいと感じたのは、幼少の頃の2つの体験からです。私は体が弱く、月に1回は39度を超える熱を出していました。当時、大学に入学して学生であった母親、弱小通信社で記者をしていたけれど、つぶれて途方に暮れていた父親、1歳下の妹と六畳一間(畳のワンルーム)に住んでいて日当たりも悪かったです。友達と仲良く話すこともできないでいる、という自覚にも苦しめられていました。もう1つは、東京に住んでいたので核戦争で一瞬で自分が死ぬかもしれないという恐怖を感じていたことです。6歳の私は、自分の無価値さに絶望していました。当時は、この「苦しみの先をみること」など全くできませんでした。この2つの要素は、42歳の私の深いところに沈んではいますが、変わらずにあり続けています。私の息子が5歳を過ぎて、日本や世界のことに興味を持つようになってきました。いつかこの話をする時が来るでしょう。以上に述べた、自身の肉体の弱さ、存在価値の無さ、が私の言う「生きることの苦しみ」です。

 死ぬこと、を強く自覚したのは、2つの時期があります。1つは中学校の頃、「死んだらどうなるのだろうか」という漠然とした不安を抱えました。振り返れば誰でもが感じる時期だったのが判りました。もう1つは19歳の時、東京で大学に通う時に自転車で、南武線の矢野口駅の踏切(現在は高架化しています)で待っている時でした。第一志望の大学の入れなかった私は大学に通いながら授業に出席しない落ちこぼれの大学生でした。バスケの練習とゲームなどばかりしていました。それでいながら「どうやって生きていけばいいのだろうか」と思い悩んでいたのです。踏切で突然、全身を強く打たれたような感覚になりました。「私は生きていない。阿弥陀様か神様かわからないけれど、私自身の考えや生き方を決定しているのだ。だから、私には意志がなく、誰かが決めた意志を、自分の意志と思い込んでいるだけだ」という思いを持ちました。後に同じような感覚を持っている過去の人々がいることを知り、少し安心しました。仏教では「回心(えしん)」、同じ漢字でキリスト教では「回心(かいしん)」と言います。講義で述べたように特定の宗教教団に所属することはありませんでしたが、この体験は「死ぬこと」=肉体の消滅、という見方と別の見方を教えてくれました。同時に「生きること」とは、肉体の継続だけではない、という考えが広く社会一般にあることを知りました。では、「死ぬこと」とは何でしょうか? 肉体の継続だけでない「死ぬこと」とは。私はあての無い悩みを苦しみ出しました。私が特定の哲学者にだけ特化しないのはこうした理由からです。

 「老い」は28歳と34歳で感じました。バスケットを大学から続けていた私は、ジャンプ力や筋肉の付き方の変化に敏感でした。はっきりと自覚させられました。同時に、これまでは「何をしようか」という考えから、「私の人生の残り40年で何ができるか」という考えに変わっていきました。これまでは、大学の専任教員になりたい、世界的な活躍がしたい、科学哲学を極めたい、という「何をしようか」に注目していました。現在の私は、多分、私が生きた証として残せるのは、「詩」だけである、という自覚で動いています。「生きること」や「死ぬこと」に苦しんでいる人々、あるいは思い悩む人々の支えになるかもしれない詩を書いています。決して誰かを励まさず、自分自身の心の声と誠実に向き合う詩です。
 42歳の私にとって「生きる」とは、自分自身の心の声と誠実に向かい合うこと、になっています。それは「生きること」が苦しく、その苦しみの先を何とかして見ようとするからです。その意味で、「生きること」は「苦しみの先をみること」と最初に述べた次第です。

 以上に加えてここ6年で加わってきたのは、感謝です。36歳での結婚を機に3人の子供に恵まれ、親類も増えました。誰かがいるから自分の人生が変わっていくことが増えたのです。私1人であれば、どこかで野たれ死んでも良いし、葬式なども一切いらないと思っていました。20歳の頃に読んだ司馬遼太郎著『竜馬がゆく』の影響です。その覚悟で36歳まできました。けれども、伴侶ができ子供ができたので、きちんと正しさを伝えなければならない責任が与えられました。そこで『論語』を勉強しだしました。森信三先生の『修身教授録』や雑誌『致知』を読むようになりました。きちんとした正しさを知る喜びと、それに従う楽しさを知れました。私が講義の最初に一礼をしてから始めるのは、森先生の御本のお陰様です。

 以上が、『先生にとって「生きる」とはどういうことだと思いますか』への返信です。

 次に、『私は愛する人や他の人のために自分が犠牲になってもその物事をやりきれること、また、誰かと一緒にこの人生を過ごすことだと思っています。しかし、友人に聞いても、みんな、答えが返ってきません』への返信をしたいと思います。

 「生きる」には2つしかありません。1つは「自分のために生きる」と「他のために生きる」です。あなたが「愛する人や他人のために」というのは後者そのものです。それは中々出来ない素晴らしい生き方です。若くして、この考えをきちんと書けること、尊敬します。将来の日本を考えると、あなたの書いてくれたコメントは、未来を明るくしてくれます。ありがとう御座います。ただただ、感謝です。

 私は2つの点を加えたいと思います。
 1つは「みんな、答えが返ってきません」という点についてです。日本人は普段ははっきりと「他の人のために生きる」とは言わないのです。それが世界で最も古い国家である日本の特徴です。どうしてか、と言えば古い国家だけにいろいろな意見があるので、自己主張は他人の主張にぶつかることが多いからです。英国なども同様です。しかし、いったん危機になると、「他の人のために生きる」ことを実行します。不幸な災害ではありましたが、阪神淡路大震災、東日本大震災や御嶽山の噴火などで「他の人のために生きる」を実行した例が見られました。アメリカのように大災害の時に、略奪、強姦、殺人などが大量に発生しませんでした。ですから、普段、あなたの周りの人がはっきりと言わないこと、はそんなに気にかけなくてもよいのではないだろうか、と想うのです。

 もう1つは講義になってしまいますが、哲学の愛他主義(プラトンの愛国心を始め)、武士道の「武士道とは死ぬこととみつけたり」、孔子の仁など、「他の人のために生きること」を人類は、尊い考え方としてきたという点です。周りでは同意を得られにくいかもしれませんが、時間を千年、二千年と永くし、場所を身の回りだけではなく、日本全国、世界全体に広げれば、同意を得られるでしょう。最も身近なのは、二千年前に書かれた『聖書』(特にヨブ記)、『論語』、『墨子』などです。私は少々変わり者のようで、周りから浮く人間でしたし、空気を読まない発言を繰り返していました。友人は注意してくれることもあり、罵倒されることもありました。振られることもあり、苦しみました。その時、胸に思い描いたのは、「目先だけではなく、歴史を通して自分が正しいかを考えよう」でした。ですから、周りに同意を得られなくても、そんなに気にかけなくてもよいのではないだろうか、と想うのです。

 ただし、河合隼雄先生の「うそは常備薬、真実は劇薬」のプリントのように、真実を常に出すことの危険性を知っておいてください。
 他方、『論語』にきちんと書いてあるのに、20歳の時の私には心に残りませんでした。年齢によって周りから求められるようになったからこそ、心に残るようになったかもしれません。ですから、あなたには、現在は必要ないのかもしれません。自分の考えを周りの人にどんどんぶつけるのが最適な時代なのかもしれませんね。もちろん、大学では真実をどしどし語って下さい。

 以上が高木の質問の返信になります。質問ありがとう御座いました。次の質問で終わります。


―――もう1つの学生からの疑問―――

○昔から思っていたのですが、テストでカンニングする人ってどうやってやるのですかね? 私はやるという事も、やりかたも思いつきませんでした。

 高木の返信

▲そうですね、それで良いのだと思いますよ。ただ、質問がありましたので、カンニングの具体的方法を回答します。
①まず、古典的なのは、要点を紙に書いてこっそりとテスト中に見ることです。数学なら公式を書いておく、とか、漢字ならテストに出ると言われた漢字を全部書いておく、とかです。
②次は、他人の回答をまる写しする、です。古典的ですね。また、最近はトイレに入っている間にスマホで問題を撮影して送信。頭の良い人に解いてもらって、その回答を書き写す、という手法も出てきています。

 他にもいくつもありますが、以上にしておきます。私が問題量を多くし、ほぼ全問記述にするのは、①と②の防止の意味もあります。
 また、原発問題でずっと繰り返されているのは、試験を課される側の電力会社が、問題を作成する、というカンニングとも言えないようなカンニングもありました。これには色々な要素があるのですが、試験を受ける学生がテスト問題を作成するって何だか面白いというか何というかですね。社会に出ると思いもよらない問題が飛び込んできます。その時に、ある程度の想定をしておくことが大切だと思います。カンニングは悪いことですが、想定して対策をすることは善いことです。参考になれば幸いです。

 以上です。
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