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講義録15-1 希望ある倫理

 皆様、こんにちは。

 大分寒くなってまいりました。静岡市は10度を下回る寒さになり、最も寒い時期を迎えようとしています。私は寒くなるとおでこがキーン!となるのが好きです。寒いのは苦手ですが、この感覚は大好きです。何か新しい発想や事柄を想いつく時の、少しだけ前の感覚に似ている、からです。
 さて、何のかんのと忙しくしていました。世間さまから見れば大分暇な家業なのですが、不思議なもので歳を重ねると共に、色々なことがやってきます。若い時は、暇な時はとにかく暇でした。どのくらい暇か、というと、まるまる1か月も暇で、飯を食い、寝て、糞をたれる以外は何をしてもいい、という感じで暇でした。特に大学院時代は勉強とバスケをしなければ、年に2回は、こんな感じでした。しかし、現在は、丸1日暇である、ということが殆どありません。こうやって、外から色々なことがやってきます。そうした時に、どのように受け止めるか、というのは大問題です。
 
 「ちぇー、また、暇な時間が取れないなぁ、あー休みたい。温泉でもいいし、ゲームをしても良いし、リラックスしたいなぁー。」
 「私などにお役目を与えて下さり有り難いなぁー。少しでも誠心誠意尽くして対応したいなぁー。」
 「人生、ぼちぼち。無理せず、さりとて休まず、行きましょう。」

 一番上がこれまでの私、真ん中が手短に目指そうとしている私、一番下が理想の私、です。一番下は、もう1つの授業「哲学」でロゴス(自然の秩序)」と言われる内容です。四季の移り変わりは、無理せず、さりとて休まず、です。世界の本質に従う生き方が尊い、という考えは洋の東西を問わず、昔からあるのです。
 さて、上と真ん中です。仕事の出来が全然違ってくるだけではなく、私の心の中も全く変わってきます。人間は習慣によって人格を作り上げる面もありますから、私自身が変わっていきます。

 以上の話は私だけの話ではありません。今回の「希望ある倫理」の話です。これまでは、技術者倫理の事例やデータ分析や評価など、社会の話をしてきました。最後にまとめつつ、皆さんの心の中の倫理の話をしていきます。私達はどのように物事をとらえたら良いのか、という過去の物語を読んで、皆さんに、社会をどのように受け止めたら善いのか、を一緒に考えていってもらいたいのです。真面目な入りになりました。

 それでは本文に入ります。

配布プリント
:なし


 --講義内容--

 講義14回を振り返ると、技術者倫理の基礎概念、用語等に続けて、2つの法律、各事例で基礎概念や用語の検証を行い、その構造を社会全体から指摘しました。今回は、それらのまとめつつ、倫理の内的規範を示します。内的規範が敗戦の影響で忘れ去られているのは、これまでも述べてきましたが、では、どういう人を、行為を素晴らしいと考えるか、という物語を示しませんでした。「尊敬する人は誰ですか?」と聴かれ、「親」と答えるのを先生でさえ疑わないようになってきました。「親」は自分の身内です。身内を尊敬する、というのは「自分を尊敬する」に近くなってしまいます。尊敬とは自分とは遠い偉大な存在への想いです。ですから、意味内容として誤っているのです。このような見方をしている人を非難しているのではありません。このような見方になってしまうのは、内的規範の物語が知られていないからである、という点を指摘したいのです。立派な人を知らなければ、身近な親に目が行くのは自然な事です。

 その自然な事から目を広げるのが大学教育の責務であると私は考えています。そしてそこに最高学府としての自負と、学問の喜びが詰まっていると考えています。同時に、日本は少子高齢化にあります。1人1人の個性を高めていくことこそが重要です。立法(政治家を選ぶ選挙)だけでなく、行政への積極的な提言が改革を生んでいる実例が1例や2例ではなく、全国で出てきました。これも、1人1人の個性を高められている結果です。大学教育も、先生の教える内容を覚えるだけ、先生が正解を1つだけ提示するのではない講義が求められています。ちなみに、私の好きなバスケットボールの世界でも、日本でもアメリカのNBAでもコーチと選手の関係が、上下関係から責任分担型に変わってきています。世界的な潮流なのかもしれません。話を戻します。

 学生の皆さんのアンケートでは、「ミート・ホープの赤羽さんのその後に衝撃を受けた」という解答が最も多かったです。同時に「社会に尽くしてくれた赤羽さんを尊敬する」 ともありました。文意と同時に、「尊敬する人物の話を聞いてきていないのではないか?」と疑問を持ちました。そういう訳で、15回目のまとめの回は、「法治主義と人治主義」などの過去の講義録の内容とは異なります。

-14回分のまとめ

大目標「公衆の福利」

 公衆の福利:公衆の安全、安心、経済、幸福などを意味する。
 
 ↓技術者倫理では
 
 「許容可能なリスク」=最小限のリスクにすること です。「最小限の」を判断するのが社会であり、ここに技術と社会の相補性の発端があります。

具体的目標「事故防止」

 「事故防止」:初回事故や再発事故防止のために倫理で防ぐ。法律は事故後に成立するので、初回事故は特に倫理が重要
         :フール・プルーフ、フェイル・セイフ、冗長性など
  
 ↓ 事故を取り巻く環境の違いを見なければならない

一般企業 :食品加工 :ミート・ホープ  →事故防止していないと倒産と失業
やや特殊 :自動車  :事故対策が専門家で真っ二つ  →事故防止はリコールなど。ただし、車検制度など「自動車ムラ」が見られる
特殊   :原子力発電 :失敗を隠した方が利益になる環境   →事故防止していても全く損をしないし、倒産がない
               :絶対に損をしない法律、国家の強い関与など

そして特殊な場合で、評価が1つになる場合は、リスクが高い。かつ、「戦略的なウソ」が強く疑い得る。手段はモデル計算など。

 結論:企業環境の違いを捉えなければ十分な事故対策が出来ない。食品加工企業と原発を同列に論じられない。

 原発ばかりを取り上げましたが、他にも製薬会社や軍需企業なども上記の「特殊」に分類されます。

 大結論:技術と社会は相補的関係である。この視点をもって公衆の福利を目指すべきである。

 以上が14回のまとめです。

ー内的規範

 人間の外的(社会の)規範「公衆の福利」を示しました。では、最後に人間の内的(心の)規範についてです。結論を先に書きます。

 「私心(わたくしごころ)」 <= 「公共心(おおやけとともにあるここと)」

 人間は生まれた時「私心」だけです。赤子は腹が減れば泣きます。相手(親)の事情を考えず。そこから少しずつ「公共心」を育てていくのです。その大切さを洋の東西を問わず説かれてきました。

イエスのことば:「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」『ヨハネ伝』の第12章24節
         意訳(高木):自分の命を自分だけのものとして考えずに、未来への多くの人のために使いましょう

『葉隠』のことば:「武士道とは死ぬことと見つけたり」
         意訳(高木):人の活きる道を探してきましたが、自分だけを考えていては見つかりませんでした。周りのために生きまそう。

 「公共心」の大切さは、二宮尊徳や歴代天皇陛下などの物語で語られてきました。

 例えば、大学で降りる駅には二宮尊徳像があります。静岡県西部では特に尊徳を大切にしています。有名な話「初夏のなすが秋なすの味がして大飢饉が来る」と見抜いて、天保の大飢饉で餓死者を出しませんでした。また、「分度」という会計方法を導入して600もの村々を救いました。さらに詳しいエピソードは以下をどうぞ。

「語彙辞典」ネットHP
http://www.kokin.rr-livelife.net/goi/goi_ni/goi_ni_2.html

但し、史実については画期的伝記があります。
『二宮金次郎正伝』 二宮康裕著 モラロジー研究所
 
 二宮尊徳の教えを大切にする報徳社が掛川駅前にありますが、その教えが結実したのが、日本で初めて新幹線の駅を民間のお金で作ったことです。新幹線掛川駅は、「公共心」の塊りで出来たのです。

掛川市HP 「第426回 新幹線掛川駅誕生以降のまちづくりは「報徳の教え」により実現!」
http://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/sunkan/sunkan426.html

 私が掛川市民3人からは「1戸で10万円はみんな出していましたよ」や「大変だったけど、9割以上は出していたんじゃないかなぁ」というお話が聞けました。HPにもあるように掛川城の修復、インターの料金所、大規模緑化なども行われ続けています。私達の身の回りに、素晴らしい人々がいるのです。

 また、私は日本が綺麗な理由も挙げたいと思います。毎朝神社に子供とお参りに行くと(子供が朝食を食べないで駄々をこねるために始めました)、道路をおばあちゃんやおじいちゃんが掃除してくれています。「道路は市のものだから綺麗にしない」ではなく、「家の前を通る時に気持ちよくなってもらいたいから」とお清めしてくれているのです。しかも、それを周りに「私はいいことしているのよ~!!」と自慢もしません。ですから、何気なく通っていた道路がきれいである、ということは、そこに「公共心」を持った誰かがいて下さっている、ということなのです。学生の皆さんのおじいちゃん、おばあちゃんかもしれませんし、これをお読み下さっている方自身かもしれません。そういう人が自己主張せずに、無数にいらっしゃる、これが何と尊いことなのでしょうか。

 さて、それでは昨年度の講義録から、視点を日本人が手本にしてきたお話に行きましょう。

 --(昨年度の講義録より抜粋)--

  「民のかまど」

 「かまど」とは火で食べ物を煮る装置です。昔は薪(まき)に火をつけてご飯やおかずを作りました。今はガスコンロで、パチンとひねれば料理できます。昔は料理をする時に薪を燃やしますから、当然、煙が出ます。ある時、当時の天皇陛下である仁徳天皇は(昭和天皇の「昭和」は亡くなられた後につく言葉なので、現在の天皇陛下は「今上(きんじょう)陛下」と呼びますが、これは近代以降の習慣です。補足しておきます)、民の家をみていました。夕飯の時間になっても、家から煙が出てきません。不思議に思った天皇陛下は

 「民が貧しいから食べるものが無いからだ」

と気がつかれました。

 「都でそうなのだから全国はもっと貧しいに違いない」

と3年間の税金を取らないことにしました。気候も順調で3年後に「民のかまど」から煙が出るようになりました。そこで、天皇陛下は、

 「私は豊かになった」

 と仰られました。皇后陛下は

 「住んでいる皇居の壁は崩れ、雨漏りもしている。着物もボロボロですし、食事のおかずも3品から1品に減りました。どうして豊かになったのですか?」

 と問われました。天皇陛下は、

 「民が豊かになったのだから、私が豊かになったのだ。」

 とお答えになりました。そこで3年間で豊かになった民が

 「皇居の修理などに税金を取って下さい」

 と申し出ましたが、天皇陛下は「まだです」と仰られ、さらに3年間、合わせて6年間の無税としました。そしてやっと税を戻されたのです。また、民は誰に命令された訳でもないのに皇居の壁の修理や、雨漏りの修理などを行いました。

 以上が「民のかまど」という物語です。

 さらに、仁徳天皇は16代目の天皇陛下ですが、初代の神武天皇から、民のことを「おおみたから」と呼んできたそうです(出典は下に)。ですから、民が宝である、民が豊かになれば嬉しい、という考え方が日本の出発からあったのです。そして現在まで続いてきています。ここに日本人の倫理の出発点があります。

 「民のかまど」は『古事記』に乗っています。『古事記』は平成24年で編纂(へんさん)されて1300年が経ちました。編纂される前は、ギリシャ神話の『ホメロス』などと同じように口伝えで伝えられてきましたから、1000年、2000年くらい前からあったかもしれません。時代は特定できませんが、ずーっと伝えられてきた物語が「民のかまど」なのです。もちろん、他にも「いなばの黒うさぎ」や「山幸彦海幸彦(やまさちひことうみさちひこ)」や「ヤマタノオロチ」や「日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征」などがあります。ちなみに、静岡市近くにある「焼津」や「草薙(くさなぎ)」などは、『古事記』の神話から名づけられました。

 さて、「民のかまど」にみられる考え方を学生の皆さんに聞いてみました。中々答えが出ませんでした。まず、基本的な考え方を抜き出してみましょう。

 王様(おおきみ=天皇陛下)よりも民を大切にする、という考え方です。

 「民を、主人公として大切にする考え方」です。

 「民」を「主」人公として大切にする「考え方(=主義)」です。

 「民」「主」「主義」です。

 つまり、

 民主主義です。

 技術者倫理に引き寄せてみましょう。

 「私心」<「公共心」 =「公衆の福利」:社会全体の幸福、安全、安心、経済性を大切にする

 というのがはっきり判ります。つまり、

○「公衆の福利」=国民全員の幸福や経済性を大切にする=日本の民主主義の出発点=「民のかまど」

 ということが分かります。

 さて、ここで問いを出しました。 

パターン①
 問2 世界で一番大きいお墓はどこの国にありますか?

パターン②
 問2 日本人の倫理の根本は何ですか?

 パターン①の正解は日本です。先ほど出てきた「仁徳天皇のお墓」=「仁徳天皇陵」です。しかし敗戦後に「学術的ではない」などの理由で「大仙陵古墳」などの名称がつけられ混乱を極めています。物語は物語として大切なのです。ギリシャ神話の中にある「アポロン」という太陽の神様が実際にいたかどうか?などが古代ギリシャ神話の値打ちを損ねるでしょうか? そんなことはありません。その神話を信じて、「だから倫理を守ろう」という文化や民族の出発点になる所が大切なのです。

 仁徳天皇陵は、以下のHPの写真を参考にして下さい、土を掘って盛っただけのお墓です。技術も何も要らないのです。多くの人々が感謝の思いで手伝ったのでしょう。現代風の言葉で言えばボランティアです。

堺市 仁徳天皇陵古墳百科:http://www.city.sakai.lg.jp/hakubutu/ninhya.html

 対して、秦の始皇帝のお墓は、民衆を軍事力で集めました。1日でも遅れると、1人でも足りないと連れてきた役人も含めて全員が死刑になりました。ですから、役人も逃げ出しました。逃げる人が沢山になって山賊になりました。秦の始皇帝が死ぬとその山賊の中から次の皇帝、劉邦(りゅうほう)が出てきます。当時は、日本より秦の方が技術が進んでいますし、人口も格段に多かったのです。けれども、お墓の面積は仁徳天皇の方が大きい。それは嫌々やらされるより、感謝の心でやる方が成果が大きい、という一例かもしれません。

 「高き屋にのぼりて見れば煙(けぶり)立つ民のかまどはにぎはひにけり」

 声を出すと意味が分かる、ので是非ともお詠(よ)み下さい。新古今集にある仁徳天皇の御製です。


 以上で「民のかまど」を終わります。

 次に、現在日本にある「民のかまど」の精神を紹介します。

 明治維新を成し遂げられ日本を欧米の侵略の危機から救われた明治天皇は、その御遺徳を日本国民が想い、数十万人が参加して「明治神宮」を作りました。「明治神宮」は後数十年で、人間の手から離れて完全リサイクルが出来るようになるそうです。ですから、全ての落ち葉を土に返すそうです。お正月に日本人が最も参詣する神社である理由が分かるようです。
明治新宮-自然・見どころ:http://www.meijijingu.or.jp/midokoro/index.html
 
 昭和天皇は、敗戦後、アメリカ代表のマッカーサーと会談した時、「私の命よりも苦しんでいる民をいたわって欲しい」と述べられました。そしてその後、昭和天皇は、悲しいことに沖縄県は返還されていなかったので行けませんでしたが、日本全国を御自身で回られて「民の苦しみ」をいたわられたのです。「昭和天皇の御巡幸」は数年に及び、数万キロ、数十万人に逢われました。昭和天皇は、マッカーサーに逢われた時、まず最初に

 「私がどのような責任も負いますし、どのような処分も受けます」
 
 と言われました。そして

 「罪なき8000万人の民をいたわりたい」

 と言われたのです。つまり、陛下御自身としては明確に反対であった戦争であったが責任は私にある、と言われたのです。アメリカ軍を始め多くのヨーロッパの国々は、天皇陛下の御巡幸で、陛下が害されると予想していたようです。しかし、日本国民は全くそのようなことがありませんでした。民衆のデモで倒れたエジプトのムバラク元大統領は、1日4億円以上のお金を貯めて、10兆円以上の私腹を肥やしました。ムバラクがエジプトを回っていたらどうでしょうか? しかも敗戦後です。それは日本国民(もちろん、その後、朝鮮国籍や台湾国籍などに戻ってしまった日本国民も含めて)が「私心」で戦争を始めたことがないことを知っていたからでしょう。

 現在の天皇陛下、今上天皇陛下は、「被災地に赴いて人々と気持ちを分かち合いたい。が復興の邪魔をしないようにもしたい」と大地震発生後、直ぐに言われていたそうです。さらに、被災者に御用邸を解放され、被災者へのプレゼントを御自身で考えられたこと(公式には表明されていません)などとも共通します。そしてビデオでのお見舞いをなさりました。また、やっと日程の調整などが付き、被災者と逢われた時、膝をつき1人1人とお話しされました。「私が偉くてお前は下なんだ」という心持ならば、被災者と同じ視線になることなどありません。残念ながら、菅首相を始めとして閣僚の人々は最初、自分は立ったまま被災者と話をしました。節電が必要になると、自ら進んで東京の皇居を始められました。「国民が苦しんでいる時に分かち合いたい」という「民のかまど」の精神が現在まで脈々と続いているのです。
 高木は大学院時代、ある別の大学院のゼミにご厚意で参加させてもらっていました。その先生は、科学哲学の第一人者で天皇陛下から表彰を受けるため東京の皇居に行きました。行く前は「服装が面倒くさい」とか何とか言っていましたが、陛下にお会いになった後、絶賛されていました。

 「今までそんなに気にしていなかったし、右翼とか左翼とかじゃなくて、凄いんだよ。というのも哲学の深い部分まで理解して質問された。もちろん、レクチャーする人がいるのだろうけれど、凄い勉強力だよ。しかも、他に数人別の哲学分野の先生にも同じだったよ」

 と言っていました。春の園遊会などでも同じようにどのような人が来られるのか、どのような顔なのかも覚えられるのでしょう。それも全員です。お逢いになる1人1人を分け隔てなく尊重され、そのために予習をされている。なんというご努力でしょうか。どれだけご努力されているのでしょうか。怠け者の高木には決してできませんし、通常の日本国民でもこれほどの努力を常に行い続けることは難しいのではないでしょうか。私はこの道に進んでいますが、科学哲学の第一人者の先生をうならせる質問が出来るとは思えません。それが1日に何人も、年間何十人も、お会いになる人は数百人、数千人になるのでしょうか。しかも、その中には、不勉強で「天皇は形だけ」とか「天皇は戦争につながる」などと言う人もいます。繰り返しますが、歴史的事実を踏まえないこのような発言に対して、怒りあらわにし、説教を垂れることなく笑顔で包み込んで来られたのです。何という広いお心でしょうか。それは民を主人公を考えるから出来るのではないでしょうか。

 昨年も、福島原発事故の後も避難所にどのような人がいるのかを事前に出来る限り勉強されていかれるそうです。そのような行為を誰にも誇らずに、70歳を優に越え、入院を繰り返す中でその努力を繰り返されてきました。もう言葉を続けられなくなると感じます。

 別の例に行きましょう。
 
 私は、ある時期、京都大学の哲学サークルに参加していました。その帰り、何気なく御所(京都御所)に行ってみたのです。実は、御所の北東の方角が欠けているのは本当かな?と思って行ってみたのです。本当に欠けていました。これは全てが満ちると後は落ちるだけなので、完璧の1歩手前が最も良い、という思想による、と教えてもらったからです。この御所について後から別の話を聞きました。

 「御所の壁が低いのは民衆に殺される心配が無いからである。日本の天皇は民衆のために生きているから殺される心配が無く、そして実際、歴史上民衆に殺された天皇はいない」

 これは動画でも紹介した青山繁晴氏の動画にあった話です。「ヨーロッパの王様や貴族が大きな城に住むのは民衆に殺される心配があるからだ」とも述べていました。確かに日本でも大名の住む城は堀や塀が高いです。しかし、御所は2人で肩車をすれば中に入れるほどの低さでした。そして貴族や同じ天皇家の中での殺し合いはありましたが、民衆に殺された天皇は歴史上いませんでした。貴族や天皇家の中の殺し合いも、権力を手放した鎌倉以降はなくなっていきます。

 以上が「民のかまど」が現在まで生きている事例です。

 さて、技術者倫理に立ちかえり、講義録を締めたいと思います。

  「自分の利益」<「公衆の利益」 =「公衆の福利」は、日本の伝統的な精神の中にあるのです。

 ですから、技術者倫理で大切な、事故予防や再発防止を目指す時、この日本の伝統的な精神を踏まえることが大切だと考えます。

 倫理は、空理空論で行えるものではないと私は考えます。
 ヨーロッパの倫理をそのまま日本に持ってくることは出来ない、と考えます。倫理はそもそも宗教に根源を持つからです。「人間はどうして存在するか(宗教)」を説明できなくて、「人間はどのように行動すべきか(倫理)」を説明できないと考えるからです。

 ですから、日本人の持っている情緒や無意識の中にある「人間はどうして存在するか」の答えと繋がった「人間はどのように行動すべきか(倫理)」が大切だと考えます。そうでなければ実際には個人的利益の殆どない内部告発などを行えないのです。ヨーロッパの人々はキリスト教的精神があります。日本にも伝統的精神があります。それぞれ尊く、それぞれ素晴らしい点があると考えます。

 現在、伝統的精神が学校教育の中で伝えられていません。しかし、日本人が受け継いでいることを福島原発事故、その後の対応で見ることが出来ました。私はそこを「最大の希望」と表現しました。

 福島原発事故後に見えた最大の希望は、普通の日本人がこの「私心」<「公共心」を示したことでした。ごく普通の日本人が「武士道」の「武士道とは死ぬことと見つけたり」を実践した例として、中国人留学生を助けるためにわざわざ戻って亡くなった方など多くの例があります。その中で、南三陸町の遠藤未希さんと上司の三浦毅さんは、「津波が来ています。高台に避難して下さい」と防災放送を最後まで続けられました。最後、というのは自分の身を顧みなかったからです。後に遠藤さんは沖合で発見され、婚約者と家族と対面されました。

 余談になりますが、このお話をブログにどうしても書けませんでした。昨年8月末に南三陸町の防災庁舎にお参りをして、辺りで一番信仰されている八幡神社にお参りをしてきました。このブログに「南三陸町旅行記 自然と心の問題」
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-76.html
として掲載してあります。お参りしてくるまで、このブログに文字として打つことに心理的な抵抗を感じていました。今も感じていますが手を合わせて書くことにしています。余話を終わります。

 このように普通の日本人が「武士道」という伝統的な精神を受け継いでいます。日本の戦後教育はアメリカ支配という冷戦構造から、この伝統的な精神を学校で教えていません。現在でもこのような精神に対する反発があります。そしてこの反発は政治的な問題と化しています。私は敗戦後60年以上が過ぎ、政治的な問題が徐々に解消されている流れにあると感じています。これは例えば古代の天皇の絶対王政が定着するのに6,70年掛かり、鎌倉政権や徳川政権が定着するのにも6,70年掛かったことを考えると、自然な流れだと考えています。
 そうした政治的な紆余曲折の中でも、「武士道」に見られる伝統的な精神が失われなかった点を重視して考えてみます。その精神は、仁徳天皇の「民のかまど」の話の本質と重なってきます。ですから、技術者倫理を考える時、その出発点として、日本人が伝統的に大切にしてきた考え方を、良く知って今後も大切にしていきましょう、と考えます。

 具体例は、占部賢志著『歴史の「いのち」』の「「ショパンの国ポーランドと大正日本 ●名もなき日本人たちによる孤児救出の物語」 158-169頁を引用します。占部先生の名文を是非ともお読み下さい。拙い本講義録では伝えきれない感動があります。
 ここでのポイントは、「公共心>私心」です。大正時代の日本人が、まさにその具体例となれた高潔さを知って欲しいのです。私達の身の回りにいる普通の日本人が、普段はぐちゃぐちゃしているのにも関わらず、公共心を発揮したことに驚きを覚えると共に、誇りを感じます。そして、これは東日本大震災でも起こりました。私達の身の回りンいいる普通の日本人が高潔な行動を起こしたのです。
 技術者倫理の目的である初期事故予防と再発防止に届くためには、組織的要因や技術的要因を勘案しながら、同時に日本人の伝統的な心を知ることが大切である、と高木は考えています。

 「ショパンの国ポーランドと大正日本 ●名もなき日本人たちによる孤児救出の物語」を要約します。

 阪神・淡路大震災で傷ついた子供達をポーランドの方々は招いてくれました。東日本大震災の時も招いてくれました。それは75年(90年)前の思い出を忘れなかったからです。

 75年前の思い出とは、ポーランドが国土を失い独立運動を続けた人々がシベリアに流刑されていた時に起こりました。ヴェルサイユ条約で独立を回復した後、シベリアの人々はソ連との戦争で母国に帰国出来ませんでした。シベリアからシベリア鉄道を使用して戻れず、食料なく手助け無くバタバタと死んでいく中、国家として独立してないポーランド人を助ける国、人々はありませんでした。なぜなら、国家間の援助ではなく、またポーランド人が弱く手助けをしても見返りが求められないからです。つまり、ポーランド人を助けることは、当時の国益に沿わない行動だったのです。
 しかし、大正日本だけがポーランド人の孤児たちを救います。救済決定から2週間で56名を東京に届け、3年間で計765名を救いました。当時新設されたばかりの看護施設を開放するなど、孤児達に手を差し伸べます。腸チフスは当時も死病で、現在でも年間20万~60万人が亡くなっています。その腸チフスで衰弱した子供の看護に当たった看護婦がついに感染し殉職しています。
 その看護婦は、「今日は労働時間分、働いたから疲れたから帰る」と考えませんでした。目の前で苦しんでいる、見ず知らずの子供に憐れみを感じ、就業時間後、その死病に取りつかれた子供を抱きかかえて一緒にベッドの上で寝たのです。そうやって全身全霊を掛けて苦しむ子供をいつくしみました。朝から晩まで子供のことを考えたのです。

 「給料分働いたから」、「辛く大変な仕事」、「苦しい」という思いは誰にでもあります。しかし、この名もなき看護婦は、「憐れみ」から一切を投げ捨てたのです。「公共心(みなと共にある心)>私心(わたくしごころ)」を示したのです。

 これは1人の行為だけではありませんでした。国益に反する行為であっても高潔な行動をした日本赤十字社と帝国陸軍、他の一般の臣民(国民)が沢山慰問に訪れました。無料で理髪、歯科治療、音楽会、寄贈金申し出などなどです。さらに、子供達は自分の身につけている最も大切なものを孤児達に分け与えたのです。これらは1人2人ではなかった、と書きしるしてあります。

 さらに、日本を代表して皇后陛下(貞名(ていめい)皇后)が日本赤十字社に行啓(ぎょうけい)され、奉迎(ほうげい)する児童と親しく接見し、お言葉をたまわり、いくども頭を愛撫されました。

 天皇皇后両陛下は日本人の正統性を司る御存在ですから、日本人全員の気持ちを代表されています。そしてこの行為は、殉職した看護婦と同様の行為でした。つまり、腸チフスなど死病に掛かる可能性を考慮されずに、孤児の頭をなでられたのです。それは「私の肉体の安全や安心だけを考えていては決してできない行為」なのです。ですから、技術者倫理の高潔さを体現されており、そしてそれは日本人全員の気持ちである、という意味があるのです。

 孤児達は、父となり母となった大正日本と離れがたく祖国への船に乗るのを嫌がったそうです。見送る日本人に孤児達は、国家「君が代」を斉唱しました。君が代の意味を真に理解してくれたのでしょう。君が代の意味に行く前に皇室について書いておきます。

 日本国は、皇室の治(し)らす国です。

治(し)らす:権力者ではなく正統性を現すこと=摂関政治、鎌倉幕府、江戸幕府、明治政府が権力者、その権力機構に正統性を与える存在を意味する。また、知らす=民のことを知る=想いやるの意味もあります。

 ですから、君が代の「君が代は」は、この皇室を戴いている日本の時代は、の意味になります。誤解の非常に多い語句です。皇后陛下がポーランドの孤児達を想いやられ、日本人を体現して慈愛の心を現されたこと、そのものです。

「千代に八千代に」は末永く、

「さざれ石の巌(いわお)となりて」は、1つ1つバラバラの石が石灰分で1つになった石をさざれ石と言いますから、1人1人、あるいは集団によって違うけれども、その違うままで一緒になって=和、堅く一体となり=巌、という意味です。
つまり、女も男も違うのは当たり前、あなたも私も違うのは当たり前、けれども一緒に仲良くしましょう、という意味です。

「苔のむすまで」は、新しい生命がでてくるまで。つまり、バラバラの人々が仲良くすると新しいものが出てくるよ。

 この歌は、1000年以上前の古今和歌集の歌で、誰が詠んだか判らない歌です。明治まで結婚式などお祝いの時に民が歌ってきたので、国歌としたのです。歌詞をもう1回見てみてください。

 結婚して男女は違うけれど仲良くして新しい命を授かりましょう。という意味が込められているのが解るでしょう。

 今日は新しい出発である。前を向いて歩いて行こう!というお祝いの歌だったのです。もちろん、残念ながら敗戦後には学者を始めとして歪曲してしまいました。60年以上続いています。政治的な意図は社会に置いておいて学問としてはきちんとした事実を伝えていく必要があると思います。

 この歌をポーランドの孤児達が、祖国へ出発する船の中で歌ってくれたのです。

 彼らの新しい出発に相応しい歌です。
 75年を経ても高尚なポーランド人は、大正日本人を忘れずに阪神・淡路大震災の時、東日本大震災の時に傷ついた子供達を招いてくれたのです。私達日本人も、このポーランド人の高尚な想いを忘れないようにしたいものです。

「君が代は」: 皇室を戴く国に生きる私達の時代が
「千代に八千代に」:末永く続きますように。

「さざれ石の巌(いわお)となりて」:女も男も違うのは当たり前、あなたも私も違うのは当たり前、けれども一緒に仲良くしましょう
「苔のむすまで」:そして新しい生命がでてくるまで。

 意味を高木が訳します。

「1人1人違うけれど皆で仲良く、今日は新しい出発としましょう。」

 この歌は、1000年以上前の古今和歌集の歌で、誰が詠んだか判らない歌です。明治まで結婚式などお祝いの時に民が歌ってきたので、国歌としたのです。歌詞をもう1回見てみてください。

 結婚して男女は違うけれど仲良くして新しい命を授かりましょう。という意味が込められているのが解るでしょう。

 --(以上昨年度の講義録より抜粋終了)--

 東日本大震災での天皇皇后両陛下の行幸、自衛隊の行い、無名の方が中国人留学生を救った話などは昨年度の講義録をご覧ください。
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-450.html

 心の中の物語として何を置くのか、というのを考えて頂きたいです。

 以上で「科学技術者の倫理」の講義録を終わります。

 ご拝読に感謝いたします。
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講義録「科学技術者の倫理」(平成23年度)
石上国語教室で行われた講演のレジュメです。哲学が足りなかったのが、福島原発事故の原因の1つではないか、と考えています。

「哲学のススメ2」レジュメ

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