講義録13 「まとめ 学問の力」

(文意不明、文末の言い回しミス、誤字脱字は沢山あると思います。ご了承下さいませ。また、講義内容に大分加筆しています。)

 今回は福島原発事故の6回目で、最後です。

 やっと終わる、という気もしますし、もう終わってしまうのか、という気もします。
やっと終わる、というのは資料集めなどの大変さ、と同時に科学哲学に関わる社会的責任を少し果たせた気がするからです。もう終わってしまうのか、というのは学生の皆さんが徐々に感度が高くなっていき、知識量の増大、判断力の獲得などを見れて嬉しかったからです。また、もっと伝えたかった、こうすれば良かった、これを盛り込みたかった、という部分もあります。
 40にして惑わず、と言いますが、社会的責任を特に意識するようになりました。私なりの惑わず、からすると素晴らしい講義になったと感じられます。3月11日以後、無理を通して6回分の講義をさせて頂いたこと、参加して共に講義を作ってくれた学生の皆さんに、そして機会を下さった大学関係者の皆さま、そして支えてくれた方々に、感謝の言葉を述べたいです。有り難う御座いました。

 さて、それではチャートに行きましょう。
 
 「まとめ」
   ↓
 「学問の力」

 2つだけですが、まず、「まとめ」からです。

配ったプリント:なし
回した本:なし

 プリント、本を回したいと用意しましたが、「まとめ」なので新しい情報をなるべく加えないようにしました。「まとめ」は新しい情報(事実)を加えず、内容を深めるためにあるのですから。講義に入る前に「家庭の消費エネルギーがたった3%である」(講義録12にあります)というグラフを書き、照明33%、給湯30%より割合が低い事を指摘しました。熱中症の危険性を考えると、また家庭の割合が20%しかないことを重ね合わせると、冷房を切り過ぎるのも問題(「日中の消費電力」と「通年の消費エネルギー」の誤解があり、講義録12に追加訂正があります)ではないか、と指摘しました。

 論語の中に「考えながら学ばない人は狭くなってしまう。学びながら考えない人は浅くなってしまう」(私の意訳)という言葉があります。「まとめ」は浅さを深さに変えるのを目的としています。深めるために問を1~8出だしました。先に全て書きます。

問1 東日本大震災直後の印象

問2 今の東日本大震災の印象

問3 福島原発事故直後の印象

問4 (講義を5回聞き終えて)今の福島原発事故の印象

問5 講義で一番印象に残っている事

問6 原発全般で観えた
 国の長所
 国の短所
 電力会社の長所
 電力会社の短所
 国民の長所
 国民の短所
       
問7 原発は「公衆の福利」に適うか

問8 感想

     
 「まとめ」ですから、まとめ方も聞いてもらいました。
私の個人的な方法ですが、まず、この講義をするにあたって(基本的に全ての講義ですが)、事前にプランを作っておきます。今回の第6回目(講義録13)はまとめなので、5回目まで(講義録8~12)をプリントアウトし、A4で66枚(13万字)を2回目を通し、その中で述べていないものをピックアップして考えてもらう、というプランを作りました。それを朝の電車の中で、もう1回目を閉じて考え直します(考える、というより無心になる、の方が正確です)。そのことをメモ書きして、再構築します(実際にA4用紙にメモしたのを見てもらいました)。そこで今日は、「新しい情報よりもまとめ方」に中心をおこう、と置き換えました。ですから、「まとめ方」は目を閉じて心を整理する、から始まります。そこで、

 1分間、目を閉じてもらいました。

 東日本大震災の時に学生の皆さんはどこにいたのか? TVを見た時どんな印象であったか? そういうことをもう1回思いだしてもらいます。それが「まとめ」の出発点です。
 そしてその時に大切なのは、印象=自分の心の声です。問1~問4までは、自分の印象ですから「良いも悪い」もありません。素直に感じた事を書いてもらいました。後で私が良いな、と思ったのを載せていきます。まず、目を閉じて、心を整えて思いだし、その時の自分の心の声を聞く。次に現在の自分の声を聞く。そして福島原発に、現在の福島原発に向かいます。

 問5は一番心に残っている事ですから、心の整理を1つに向けていきます。今までは心に思い浮かんだ事を幾つでもどのようにでも書き記しました。その段階で何かしらが観えてきます。ひっかかってきます。それから広げていく作業です。この段階は論文を作る時、論旨を作る作業で、主張において最も大切な作業になります。この作業を助けてくれるのは、好きな映画、本、マンガ、山登り、音楽、美しい風景などなどです。『国家の品格』で有名な藤原正彦氏は、『天才の栄光と挫折―数学者列伝』で、「偉大な数学者(100年に1人)は美しい風景に生まれた人である」と述べています。それはこの、「何かしらが観えてきます。ひっかかってきます。」の段階のことを指していると思われます。

 次の段階は、論拠を充実させるために、賛成と反対(推進と停止)という両側から見る作業です。「国の長所と短所、電力会社の長所と短所、国民の長所と短所」はそれぞれ講義の中で、触れてきました。もちろん、さらりと触れただけで少なかった部分もあるのですが、全て触れてきました。その中で

 「どれかが思い出せない」、あるいは自分で考えて「どれかが見つからない」ということは自分が偏っている、という点に気が付くことです。

 この講義で大切にしている「公平さ」と言い直しても良いでしょう。全ての存在者は「善も悪もある」存在者です。私の考えでは「長所は短所であり、短所は長所である。私から捉えると長所になるだけである」となります。これは倫理相対主義的な考え方です。倫理絶対主義では比較的「善は善、長所は多くの人にとって長所になる」という立場です。
 3者の長所、短所を考えた後、結論を問7で「原発は「公衆の福利」に適うか」としてまとめます。「公衆の福利」とは日本国民の幸せのことです。日本国民の安全、安心、効率を促進するなどを指します。原発があることが日本国民を幸せにしているでしょうか?していないでしょうか? この問いは、「科学技術者の倫理」を考える際に最も大切な判断を下す問い、として提示しました。その曖昧さや不確実さは指摘しましたが、それもまた人間社会の条件でもあります。あるいは人間理性の限界でしょう。少し論点から外れますが、理性は矛盾した結論を出す、ということを哲学者カントは「二律背反」として指摘しました(例は、今から見ると空想的であり内容も至らないですが)。

 また、この問を書いてもらう前に、講義録12-2で書いていたように、公平さを保つために、電力会社側からの(弁護)の立論を述べました。以下に転用します。
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-50.html

「まず、電力会社は政治的な理由で原発を推進させられました。国際政治の中で反米を親米にし、アメリカの支配下にいるようにと、実現可能か不可能かも判らない原発をさせられたのです。しかも、それをさせるために、原子力関係の法律を整備したのは政治でした。原発を勧めていく中で、危険性が判ってきても、「絶対安全」というスローガンの下に推進させられました。日本以外の全ての国は「原発=軍事利用+平和利用」であるのにも関わらず「原発=平和利用」と言わせられました。しかも、原発の設計はアメリカ中心で、東芝、日立、三菱が独占しています。安全設計がされないものを何とか安全に運転する責任を負わされます。しかも、検査は自主検査となり、官僚は事なかれ主義で、適当なチェックしかしません。国民も「原発は安全だ」を信じて危険性を疑いもしません。原発は危険だ、という人々を国民は「左翼だ。危険だ」と空気読めない人々と無視しています。それでも「電力会社は大企業だから信じる」と国民は信じています。国民の代表であるはずの「原子力安全委員会」は何時の間にか「原子力安全・保安院」が出来て無責任になり、その「保安院」も原発推進の経済産業省にあります。
 それでも、電力会社は「独占してもよい」と「総括原価方式を認める」理由である「電力の安定供給」を支え続けてきたのです。電力を段階的に自由化したアメリカでは大規模停電が通常時にありましたが、日本では通常時に1回もありませんでした。社会的責務である「電力の安定供給」を支えてきたのです。さらには、政治で導入された欠陥炉「マーク1」も30数年安全に運転してきました。」

 電力会社の最大の責務である「電力の安定供給」を果たしてきた、という点で素晴らしい活動を行ってきたのです。以上のように電力会社を支持しました。これでバランスが取れたかと思いました。

 そして最後は問8の感想です。6回分の、あるいは今回の感想です。
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