講義録3-1 技術者倫理の基準 6つの工学的安全

 皆様、こんにちは。

 寒露に入りすっかり秋らしくなってまいりました。年中で一番好きな季節でもあります。昨年度の講義録を見ますと、台風で苦労していたのが判りました。今年度はそう考えると台風の直撃は少ないのかもしれません。そんなことを思いながら、今回も講義できる喜びを感じながら、列車に乗り込みました。

 それでは本文に入ります。

講義連絡

配布プリント :B4 2枚
:藤本温編著『技術者倫理の世界 第3版』 6-7,16-17頁
:高山正之著『変見自在 習近平よ、「反日」は朝日を見倣え』 「JR福知山線事故の真犯人は労組だ」 181-185頁

回覧本
:高山正之著『変見自在 習近平よ、「反日」は朝日を見倣え』 

宿題
:なし


 --講義内容--

 前回は、技術者倫理で大切な「多様な視点と加点方式の思考」を述べました。今回は、それを受け継いで、多様な視点と安全を具体例で述べていきます。
 まず、最初に高山正之著『変見自在 習近平よ、「反日」は朝日を見倣え』 181-184頁を読み上げて、労働組合という組織によって不適格な運転士が運転して事故に結びつく、という組織的問題を見てもらいました。これはJR北海道でも同様の例があり、また、列車以外にも多方面で見られる問題です。これを本年度は含めて、チャレンジャー事故の多様な視点を以下のようにまとめました。

 チャレンジャー事故原因

①コミュニケーションの問題(個人:教科書)
②逸脱の日常化(組織:教員)-経営陣と労働組合など
③材料(特に有機材料:参考書に挙げている『失敗百選』)
④設計:今回述べる、「フール・プルーフ」と「フェイル・セイフ」

 以上4点が主なものとして挙げられます。大切なのは1つだけの事故原因分析になるのではなく、多様な視点、を持ち、総合的な対策を行うことです。なぜならば、

-人間の可知範囲の問題

 人間は、事故原因を原理上理解することが出来ないからです。もう少し正確に言えば、「この道具が壊れないと保証できない」のです。「この道具が壊れた時の保証」は人間には出来ますが、道具が何時壊れるのか、あるいは道具が壊れないで使い続けるために何が必要なのかが判らないのです。ゲーデルの「完全性定理」と「不完全定理」を引くまでもなく、コンピュータプログラムでは「バクがないことを証明できない」のです。それは人間の可知範囲にないからです。これに材料と設計という2要素が加わった製造物では「危険がないことを証明できない」のです。それゆえ、それを如何に小さくするか、が問題になります。ゆえに、

 「多様な視点を持ち、総合的な対策を行うことが必須」

 になるのです。

 設計の目標である「冗長性(じょうちょうせい)」、それを不完全な形で成し遂げる「フール・プルーフ」と「フェイル・セイフ」が出てきます。この視点で日常世界を、そして色々なものを考えていくと面白いのです。世界の見え方が変わってきます。例えば、同大学では1階の教室を出ると上は2階の廊下部分になっています。廊下が屋根になっています。地震の時、人は部屋を急に出ようとしますが、上から窓ガラスが割れて怪我をすることが「予見可能」です。それゆえ、同大学のように教室を出ると廊下が屋根になっている設計では、地震で驚いた人が窓ガラスで怪我をしないようになっているのです。それでは昨年度の講義録から引用しましょう。

 --(昨年度の講義録より抜粋)--

 次に、④設計で3つ重要な視点を提示しました。「フール・プルーフ」と「フェイル・セイフ」と「「冗長(じょうちょう)性」です。昨年の講義録の引用から始めます。「技術倫理を達成するための手段」として、設計段階、実行段階、法律による規制段階があります。今回は製造物を作る際の設計段階です。

  設計段階で2つのことに留意が必要です。

①「フール・プルーフ(fool proof)」:人は愚かな行為をするから防止する設計

②「フェイル・セイフ(fail safe)」:物は壊れるからその際に被害を防止する設計

 です。ポイントは、「人の愚かな行為」や「物が壊れること」が予見可能かどうか、です。

 ポットは「ロック解除ボタン」→「出るボタン」でお湯が出ます。これは、人が寝ボケたり誤ってボタンを押すことが予見可能だから、2重にすることで被害を防止する設計なのです。同じことは、パソコンのゴミ箱、「ごみ箱を空にしていいですか?」などとメッセージが出ます。これも同じ「フール・プルーフ」です。
 「フェイル・セイフ」で有名な例は、ジャンボジェット機が片方のエンジンだけで飛べる、という例です。ジェットエンジンは可燃性の燃料を使い、かつ非常に高温です。高い空を飛ぶなど過酷な条件なので、ものが壊れるのは前提として設計してあります。この視点で見ると、原子力発電所の「安全神話」=絶対事故を起こさない、という神話が如何に事故予防の考え方に反していたかが理解できると思います。また、全電源喪失を「想定外」として考えなかったことも同様です。さらには、原子力発電所への核テロも同様です。

問1「フール・プルーフ」を3つ挙げなさい
問2「フェイル・セイフ」を3つ挙げなさい。
問3冗長性を3つ挙げなさい。教室の中から

学生の解答例 
問1 コンロの温度センサー、各ヒューズ、レンジがドアが開いたまま加熱しないなど
問2 パンク修理チューブ、電車の非常ドア、エレベータの中の電話など
問3 多数の机、エアコン、蛍光灯、椅子

ー「原子力安全神話」と技術者倫理

 「技術者倫理」の基準とは、「人が愚かなことをする」や「物が壊れること」を受け入れて、事故防止できるかどうかです。予見可能な事象についてきちんと対策していることが最低限必要になります。しかし、「原子力安全神話」とは「絶対の事故を起こしません」というものです。「フール・プルーフ」や「フェイル・セイフ」は書き込まれているものの、住民の避難訓練や避難経路、避難地など実際に事故が原子炉建屋の外に出た場合の想定を一切していなかったのです。こうした「原子力安全神話」を私は批判していました。その意味で原子力発電に危機感を持っていました。賛成反対で切り分ければ(本来はそこにそぐいませんが)反対派でした。

ー「原子力非安全神話」と技術者倫理

 他方、反対派の議論も批判していました。というのも、反対派の議論は「原発は絶対に危険である」というものです。ですから「原発の即時停止」を謳っていました。しかし、原発は40年前の原子炉と同時に最新鋭の原子炉もあります。安全対策に天と地程の違いがあります。40年前の自動車と現在の自動車の安全対策が異なるのをイメージして下さい。それなのに、それらを全てひっくるめて「原発は絶対停止」というのです。技術者倫理の考え方、つまり事故防止は全ての製造物に当てはまります。つまり、全ての製造物は事故を起こす危険があるのです。原発反対派の意見「原発は危険である(非安全)だから、即時停止」を受け入れれば、自動車、飛行機、ガス、ビル、蛍光灯、病院など全てが即時停止しなければなりません。なぜなら「事故を起こす危険があるから」が根拠だからです。技術者倫理が問うのは「予見可能な事故対策は十分か?」という点です。この点で、私は原発反対派でもありませんでした。後だしになりますが、「原発非安全神話」と次の「原発平和神話」は私の造語です。

ーフクシマ後の原発と技術者倫理

 では福島原子力災害後の日本の状況はどうでしょうか。

原発推進派:エネルギー不足、原油高騰、設備利用など 
原発反対派:放射線は絶対危険、事故はまた起こる

 どちらも技術者倫理に基づく議論がなされていません。原子力規制委員会の対応を見ても「地層があればダメ」など、全く技術者倫理の知見が生かされていません。どうして民主党政権では、技術者倫理の知見を生かせる人事をしなかったのでしょうか。「地層があればダメ」ではなく、「地層が動くのは予見可能だから対策をしていなければダメ」なのです。また、前回挙げたように事故対策も減点方式であり、現場の技術者のアイディアを事故対策に生かす加点方式が全くとられていません。これは全く私の予断ですが、原子力規制委員会に原子炉の専門家などもいないのではないでしょうか。自動車の安全対策を考える際に、エンジンの専門家が居なくて十分とは思えません。エンジンが最も危険なのですから。事故当時の原子力安全委員会の斑目委員長が原子炉が分からない人であった、という自民党政権下の悪しき慣習をそのまま受け継いでいるのではないでしょうか。
 まとめますと、現在の原発再稼働には技術者倫理の根本的知見が生かされていない、ということです。

ー「原子力安全神話」と技術者倫理

 少し目を広げてみましょう。「予見可能」という視点からです。原発の利用は軍事利用と平和利用に「分けられない」というのが当然です。原発はテロの標的になり、スパイや核爆弾の重要な標的です。中華人民共和国の核弾頭が日本の各原発に向けられているのは有名な話です。また、採算性の全く立たない「もんじゅ」を続けているのは、将来、日本が核兵器を持つためです。核兵器を持たない国でウラン濃縮をやっているのは日本だけです。このように軍事利用と平和利用などと分けることは出来ません。それを分けたのは原発を導入して日本の原爆の恐怖を和らげようとしたアメリカの政策に基づき、日本国内では読売テレビを始めとして各新聞が協力したのです。これによって日本では「平和利用」という言葉が独り歩きするようになりました。これも冷戦構造時代の遺物がまだ残っているのです。さて、この「神話」を、原発は平和利用だけ考えていれば良いのだ、という「原発平和神話」としましょう。

原発推進派:原発はエネルギーのために必要である→ 核攻撃やテロの対象となるリスクを考えなくてよい
原発反対派:原発のエネルギーは火力で代替できる→ 核技術の開発が安全保障に貢献するのを考えなくてよい

 両派とも現在の議論では、軍事利用、つまり、安全保障上の原発という観点から検討していません。この「原発平和神話」は、フクシマ後でも殆ど変らないのです。原発を問い直すならば、日本の核武装と中華人民共和国の核弾頭、北朝鮮のスパイ、アメリカが日本に核武装防止の画策などを検討しなければならないと考えています。詳しくお考えになりたいかたは、

吉岡斉著『原子力の社会史』

をまずお奨め致します。


ー「冗長性」

 さて、ジェット機のように同じ機能を備えて事故に備える性質を、特に

「冗長性(redundancy):同一機能を択一的に遂行しうる2つ以上のシステムを備えていること」

 です。先の例でいえば、飛ぶ、という機能を左右どちらでも良い方を選(択)べるエンジン(システム)を備えている、ことです。この視点は、現在の大飯原発の再稼働を考える時も有効です。

 冷却水関連の装置が停止した場合、冷却水を川や海から取る、というのは一見、冗長性のように見えます。しかし、事故の場合の補完的なシステムなので冗長性、ということは出来ません。あくまでもう1つ同じ機能ではないのです。スイスの原発の安全対策は大分進んでいて、冗長性があるように見受けられました。今後講義で取り上げるかもしれません。

 また、さらに、福島原発事故で私たちに分かったのは、海水や川の水は濁りや瓦礫(がれき)などが入り混じる、ということです。大津波の際は、必ずそれらをろ過する装置が必要である、ということです。これは予見可能な事象です。これらのろ過装置が付いているのかどうか?を見て安全性を判断する必要があります。現在の安全基準に私が反対する理由の1つは、福島原発事故のこうした教訓がきちっと生かされていない(発表されていない)点にあります。
 
 次に同じ点について公平性を担保するために、正反対から論じてみましょう。
 福島原発事故前に、原子力安全白書等を見ますと、「フール・プルーフ」や「フェイル・セイフ」はきちっと歌われていました。5重の防護システム等々がしっかり挙げられていました。日本全国の原発では事故が沢山起こっていましたが、もちろんある時期までは「原発に事故はありません」という無茶苦茶な主張をしデータを改ざんしつづけていました、それでも過酷事故になったのは1回だけでした。実験炉などを含めて40年、現在50基の過酷事故が1回というのは、「フール・プルーフ」や「フェイル・セイフ」が通常時では有効であった証拠と考えられます。もちろん、過酷事故を「想定外」などにしましたが、それは比較的最近です。今後の再発防止策に福島原発事故で予見可能になった事象は取り込まなければなりませんが、通常運転時の「フール・プルーフ」や「フェイル・セイフ」が不十分であった、と論じることは出来ません。

 2センテンス前から補足です。講義の最後に、

 「この教室の中に、冗長性があふれています。さてなんでしょう?」

 と質問しました。挙手をお願いして何人かあげてくれました。まっ先に上がったのは「電灯」でした。「ドア」や「机」も出してくれました。

 私が上げたのは、「筆記用具」と「身体」です。

 「筆記用具」の中に書くためのシャープペンやペンなどが2本以上入っているでしょう。特に大切な試験の時などは。それは「ものが壊れる」というのを暗黙のうちに知っているからです。そして「冗長性」、つまり、書く、という機能をこなす2つ以上のシステム(ペン)を備えさせるのです。

 もう1つは「身体」です。右手にチョークをもって黒板に、ごにょごにょ、と書きました。左手にチョークをもってごにょごにょ、と書きました。書く、という機能をこなす2つ以上のシステムを身体は備えているのです。足も、眼も鼻も同じです。そして1つしかない脳や心臓や消化器系があります。特に脳や心臓は再生されない細胞で作られます。今まで人を見るときに「あの人話しやすい」とか「背が高いなぁ」などで見ていたでしょうか、冗長性から見ても面白いですね。
  
 また、帰りに大学のトイレに行ってみてください。入口にドアがありません。それは地震でドアが壊れるのは「予見可能」だからです。兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)でドアが壊れて出れなくなった人がいたからでしょうか。入口をいくつも作れないトイレは、ドアが最初っからない。さすが理工系の大学ですね。ちなみに女子トイレはどうなっているのか分りません。

ーこれから売れる商品と技術者倫理の基準

 新しい冷蔵庫、レンジ、コンロには、「フール・プルーフ」、「フェイル・セイフ」が溢れています。冷蔵庫をあけっぱなしにすれば「ピピッ!」と音が鳴ります。レンジは温めたものを取り忘れ防止のために「ピーッピー!」、コンロは何秒か押さないと電源が入らないようになっています。そしてその気遣いがものすごく素晴らしいものが売れています。技術者倫理の基準で見ていかないと、なかなか気が付かないものです。そして区分けできないものでもあります。これらを細かく分けて、そしてより便利に安全に使い心地よくしていくことが、物が飽和し成熟した生活環境にある日本で売れる商品になっています。この視点で自然の中に入っていくと、いかに自然が人間に不便か、も分ります。ですから、キャンプ場に車でチャーッと行き、レトルトを温め、簡易のテーブルセットに座るのも良いのですが、敢えて不便さを体験してみるのも良いと思います。さて、では次に安全について述べていきます。

ー六本ヒルズ回転ドア事故

 次に教科書の16-17頁を読んでもらいました。まず、昨年度の講義の引用から入ります。

「2004年3月26日に「六本木ヒルズ」の2階正面入り口で、6歳の男の子が回転ドアに挟まれて死亡する事故が発生しました。(図を描く。図を指しながら) この部分が回転してきた羽根の部分です。そして方立(ほうだて)と呼ばれる固定部分との間に挟まれました。約2時間後、頭蓋骨圧迫による脳内損傷のため死亡しました。回転ドアは2.7トンありました。
 ヨーロッパやアメリカに安全規格がありましたが、日本にはなく、建築基準法も特に規制がありませんでした。メーカー独自でした。実は、開業から1年弱(2003年4月)で手動ドアも含めて32件があり、自動ドアは13件、16件は子供の事故で10件は救急車で病院に運ばれる事故でした。つまり、1か月に1回はドアで子供が救急車で運ばれていました。
 ドアの回転速度は最高速度、3.2回毎分で、天井からのセンサは80センチから120センチになっていました。男の子は117センチです。これは風でゴミや枯れ葉のようなものが飛んでくるなどで誤動作が続いため、とありました。
 しかし、問題は、センサ検知後にドアが停止するまで35センチ、さらに挟まれてもドアを逆向きにする安全装置がなかったことです。例えば、この大学のエレベーターは、ドアが閉まって来た時、手を入れて挟めば反対側に動きます。考えてみて下さい、あのエレベーターのドアが挟まれたと分かっても35センチも動くのです。さらに反対側に動かない。誰でも挟まれたらそれで終わりになってしまいます。だから、センサが機能しても事故が避けられないという構造的問題があった、と書いてあります。
 6月29日、わずか3カ月後に対策防止のガイドラインが出来、今の原発は「安全だ」と言っていますが、そのガイドラインが出来ていませんね。大飯原発再稼働でも関西電力は「何が原因なのか?」の分析を放棄しています。2005年8月にはJISで工業規格「自動回転ドアー安全性」を制定しました。
 さて、ここからが重要です、警視庁は、事故は「予見可能」だったと判断、森ビル責任者2名とメーカの元担当取締役を業務上過失致死罪で起訴し、執行猶予のついた禁固刑が言い渡されました」

 以上が六本木ヒルズの回転ドアの安全対策でした。次にこの事例を用いて「許容可能なリスク」を見ていきましょう。

 さて、六本木ヒルズ回転ドア事故を、もう少し踏み込んでいきましょう。

 どんな製造物でも必ずリスクがあります。リスクは「許容可能なリスク」である場合に製造物は作れます。このリスクですが以下のように計算されます。

      リスク = 最悪事故 ×  その確率

具体的に行きましょう

 原発事故のリスク = チェルノブイリ事故(最悪事故) × ??(0)

 日本の原発実行側は、チェルノブイリの事故は日本では起こり得ないとして、確率を0としました。もちろん、福島原発事故は最悪事故ではありません。チェルノブイリ事故よりも放出された放射性物質の種類が少ないですし、放射性物質の総量も半分以下です。その他、事故後の予測も軽度です。
 しかしながら、『福島原発事故独立調査委員会 調査・検証報告書』の北澤先生は、

 「安全神話はもともと立地地域住民の納得を得るために作られていったとされますが、『いつの間にか』原子力推進側の人々自身が安全神話に縛られる状態となり、・・・」6P

 と述べています。『』は高木がつけたものです。私は『いつの間にか』ではなく、スリーマイル島の事故、チェルノブイリ事故が最悪事故となり、その確率を下げなければならなくなった、から安全神話に縛られた、と考えています。つまり、最悪事故が大きすぎるので、どうしてもその確率を「ゼロ(0)」ですよ、と言わなければならなくなったのです。しかも、原発は当初から現在まで、火力発電や水力発電など代替が可能です。地熱発電は原材料が要らない発電で、現在分かっているだけで、原発30基分の潜在的発電量が見込めます。地熱発電への投資を留めたのも、地熱発電が有効になると原発が全て要らなくなる、という代替が可能な発電なのです。その上、原発のリスクが高い、となると中止せざるを得ません。それゆえ、確率をゼロ、と言わなければならなくなったと考えます。
 原発ばかり問題にしていますが、リスクは基本的に自動車が基準になっています。飛行機と自動車を見てみましょう。

 飛行機のリスク = 最悪事故(ほぼ全員死亡) × 確率 10万分の1
 
 自動車のリスク = 最悪事故(死亡事故)   × 確率 1万分の1

(飛行機のリスクは、National Transportation Safety Board(NTSB)です。ちなみに日本の航空会社は10億分の1。自動車のリスクは日本人1億3千万人で1年間に1万人の死亡事故から導き出します。アメリカは7000分の1くらいです)

 こう見ていくと、最悪事故ばかりに目が行きますが、実はリスクが問題なのです。確率だけ見ると飛行機の方が「安全」ということになります。

 ポイントは2つです。(本年度はまとめました)

A) 「人の命を奪うのは許せない」や「事故は絶対だめ」という発想ではない、ことを認識してもらうことです。もし、この2つの発想なら毎年確実に死者を生み出す、自動車は無くさなければなりません。また、シートベルトなどの発達によっても死者数は下げ止まっています。しかし、自動車は無くならないのは、こうした発想に基づくからです。

B) 最悪事故だけに注目しない、という認識を持ってもらうことです。
 原発事故は最悪事故が、他のものと比べても最も最悪の部類に入ります。これ以上の被害は戦争や内乱になるほどです。しかし、日本の原発は、大きな事故を2回しか起こしていません。1999年の東海村JCO事故と福島原発事故です(原発内作業者が白血病やガンで死亡していますが、事故ではありません)。実験炉導入から50年が過ぎて、現在50機(福島を含めて54機)を運転して2回、というのは確率的にかなり低いと考えられます。フランスなどは最悪の事故を1回も起こしていません。

c)原理上リスクを提示できず、統計データに基づいた提示しかできない。 
 リスクの確率が出てこない分野もある、ということを認識してもらうことです。
 日本の技術の誇りである「はやぶさ」は、技術実証機です。つまり、1発勝負でリスクの確率が出て来ません。最初なのですから。川口さんはマイナス思考では新しいことが出来ない、と言いますが、製造物ではリスクの確率ばかりに目がいくと、どうしても革新が出来ません。革新の分野に、リスクの確率ばかりで計ってはならないと考えます。
 他の分野では、例えば、新薬があります。人体実験が出来ないのでモルモットを使いますが、限界があります。それを踏まえた上で投与側に説明をする必要がありますが、どのような効果、副作用があるか、のリスクは確率で示されません。カオス理論など複雑な構成要素が入り混じる場合を原理上示そうという動きもありますが、これまでの自然科学の範囲では、「許容可能なリスク」を原理上示すことが出来ないでいるのが現状です。私は現在の自然科学の方法論の本質として無理だと考えています。
 
 ー6つの工学的安全

 次に安全を分けました。

安全は、6つに分けられ、それぞれで対策が取られるべきである、と考えます。教科書では3つの安全ですが、私はそれでは不十分で6つ必要と考えます。

 6つとは、フール・プルーフの本質安全     フェイル・セイフの本質安全
             の制御安全             の制御安全
             の注意安全             の注意安全

 ちなみに、教科書などでは、本質安全、制御安全、注意安全の区別で3つです。
 具体例を六本木ヒルズ回転ドア事故で挙げましょう。フール・プルーフは「人は愚かなことをするからそれを防ぐ」です。電車で駆け込み乗車はおやめ下さい、と言っても絶えないので、フール・プルーフが必要になります。

フール・プルーフの本質安全 ⇒ ドアを軽くする
                ドアが2.7トンありました。実際に8500N(ニュートン)掛かったそうです。ドアを0.27トンと10分の1の重さにすると、850Nとなり(F=maから)、子供の頭が破壊される力1000N以下になります。大人の頭が2000Nですから最低限の安全が担保されます。電車のドアを考えてみて下さい。軽く作られています。挟まれ場合でも安全を確保するように軽くしてあるのです。このように本質で確保される安全を本質安全と言います。

フール・プルーフの制御安全 ⇒ ドアの回転速度を遅くする 挟んだ場合に反対の動きをするようにする
                ドアが挟まれた場合に制御(動き)で確保する安全を制御安全と言います。他の自動ドアなどについている制御安全を回転ドアにもつける必要があります。あるいは、停止ボタンなどの動きによって安全を確保する方法もあります(備え付けられていました)。

フール・プルーフの注意安全 ⇒ 貼り紙やガードマンや柵を立てるなどで注意を喚起する
                視覚や聴覚などで使用者に注意の喚起で確保される安全が注意安全です。この対策は取られていたようです。

 3つの安全の内、最も大切なのは本質安全、次に制御安全、最後に注意安全です。六本木ヒルズ回転ドアでは、本質安全、制御安全が不十分でした。また、事前に何度も重大事故(救急車による搬送、打撲や内出血など)が発生していたのに対策を取らず、経済・効率を優先したことが法的責任ありと判断されました。

 --(以上、昨年度の講義録抜粋終了)--


 6つの安全にした理由をもう少し補足します。

 飲料入れは、現在ペットボトルのペットとスチール缶の鉄があります。これはペットボトルは変形が容易、けれど多少高価、スチール缶は変形が高価、けれど多少安価などの特徴があります。それゆえ、2つとも飲料入れとして正解なのです。これは講義録1回で述べた、「技術はある範囲で正解多数」に該当します。6つの安全が、「技術はある範囲で正解多数」の根拠の1つとなるのです。
ー問4 材料で「ある範囲で正解多数の例」を挙げなさい。

 例えば、六本木ヒルズの回転ドアでは、頑丈さ→重さ、と軽量→軽さが矛盾する。
 例えば、鉄の薄い板のブラインド、鉄だと怪我をしやすいが、プラスティックだと火事の際にやけどの原因になり矛盾する。

ー問5 感想


 
 以上です。
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