哲学1-1 哲学で何を考えるか 身近な問題を掘り起こす

 皆様、こんにちは。

 平成27年度の「哲学」の講義録を記していきます。
 受講する学生の皆さんを念頭にしていますが、幅広い方々にもお読みいただきたいと思います。文体が「ですます調」ではなく少々乱暴な言い方に、時に強い感情が入りますが、ご容赦頂ければ幸いです。また、文章を校正することはなく、誤字脱字、読みにくい箇所、意味不明の文章が沢山あると思います。この点もご容赦の程をお願致します。

 本年度は、特に「問題を掘り起こす」を主題にしたいです。昨年度までで講義そのものは固まっています。本年度はそれを深化させるため、「問題を掘り起こす」を学生の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

 また、講義録そのものは項目ごとの簡素な表記にしていきます。詳しい内容は、昨年度までの講義録を参照ください。当ブログですと、右側に「哲学(平成26年度)」とあります。念のため、昨年度の第1回の講義録のアドレスを貼っておきます。

「 哲学1-1 哲学で何を考えるか 人の本性と存在論的解答 」
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-386.html

 それでは本文に入ります。

 講義連絡

配布プリント・回覧本
:なし 

宿題
:なし

 --講義内容--

 「みなさん、こんにちは。(一礼) 高木健治郎です。哲学を担当します。半期間宜しくお願いします。」

 哲学の講義ですが、同じ時間に応用数学が選択として同じくありますが、こんなに多くの人が受講してくれるとは思いませんでした。嬉しいです。期待を感じますが、私も理系の大学卒業ですが、哲学に大いに期待していました。しかし、哲学の講義に翻弄(ほんろう)されもしました。
 そう、20年以上も前になりますが、哲学の講義を1年の前期だと記憶していますが、受講しました。しかし、どうもだめでした。おじいちゃん先生でした。まず、声が小さかったのです。ボソボソ。話す内容は古代ギリシャの哲学、この講義と同じです。プラトン、アリストテレス、ソクラテスくらいはいいでしょう。しかし、クセノフォンやタレスなど名前がなかなか覚えられませんでした。次に内容ですが、言っていることは判ります。「でも、それがどうしたの?」という疑問を持ち続けたままでした。つまり、古代ギリシャの哲学の内容を覚えて、・・・それでお仕舞(しま)い。私の行動と何1つ結びつかないのです。ではなんで哲学を勉強するのでしょう? 「よく生きるためには哲学が必要だ」と聞きましたが、何も変わりませんでした。むしろ、私は理系の勉強にも文系の勉強にも嫌気がさしてしまいました。大学1年生後期になった皆さんはどうですか? 大学の勉強、つまらなくなっていないですか? テストも過去問を見れば満点が取れるテストでした。出席も現在のようにちゃんととっていませんでした。適当にやっても成績が取れる、しかも意味が分からない。2500年前の人の考えを皮膚感覚として分からなかったのです。私は大学の講義全体に興味を失う1つのきっかけとなりました。その後、バスケとコンパとアニメにのめり込みました。そういう意味で苦い思い出があります。
 しかし、もう1度哲学が顔を出します。大学3年生後半になって真剣に将来の進路を考えた時、大学の勉強に自信がもてないままで、理系の会社に就職して一生を終える、というのはどうもしっくりきませんでした。ですから回りの人々に聞いてみると「先生が向いているよ」と言われて、教職科目を取り始めました。2年の留年をしている間にある哲学系の講義を受講して、「これは面白い」となったのです。その先生の講義にとにかく出席して先生とお話できるようになり、そこから現在の道に進むことになりました。
 ですから、この講義ではまず身の回りのことを取り上げながら考えて行ってもらうことにします。そこでまず、哲学の面白さを知ってもらいます。

 哲学の面白さ : 同じものを見ていても、観えているものが違う

 同じく担当する「技術者倫理」でも言いますが、教室に入ってくる時に、扉が2つあります。なぜ、2つあるのか? なぜ、扉を作れるのか? なぜ、扉が現在の形になったのか? と普通の人は思わないでしょうし、気が付きもしないでしょう。そこに気が付くと同じものを見ていても、観えているものが違う、になるのです。そして人は100歳でほぼ死にますから、考える時間は限られています。1人でじーっと数千年考えていれば想いつくかもしれないけれど、中々、そうは問屋が卸さないのです。ですから、以下のようにも言えます。

 哲学の面白さ : 独りで思いもつかなかった事実(見え方)や考え方が、知れる楽しさ

 この楽しさは人間らしさ、でもあります。
 別のものと比較して観ましょう。私はゲーム、アニメ、漫画が大好きです。ドラクエが大好きでした。一人で思いもつかなかった考え方がありました。しかし、2,3,4,5とやっていくと飽きてきます。アイディアは変わらないからです。また、哲学はこういう想いもつかなかった事実や考え方など面白くもない、という人には向いていません。例えば、「金が全てだ」という考え方以外を受け付けない人には不向きです。
 
ーアニメ、漫画と哲学の違う点

 ただし、こうした人々も実は哲学に関係しているのです。それがアニメ、漫画と異なる点です。アニメ、例えば「らきすた」ですが、知らなくても生きていけます。けれども、哲学は全てに関係してくるのです。それが以下の関係図からはっきりします。

 哲学→数学→物理→化学→生物→・・・・医療等
                  →・・・・・・・・・技術、建築
    →・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・文学、音楽

 つまり、哲学から出発してあらゆる学問が生まれているのです。この教室の中の電気の出発点に哲学があります。机やチョークなども同じです。タレスやソクラテスの名前は覚える必要はありませんが、このような関係性を知ってもらいたいのです。

 次に哲学を考える上で大切な点を示していきます。今年の主題が「身近な問題を考える(掘り起こす)」ですから、以下の問から出発します。

ー問1 日本で一番の問題はな何だと考えますか?

 年金、少子化、国の借金、安保法案等々、学生に板書してもらいました。

 そして板書の内容について正解としながらも、批判的な考えが持てるように、と敢えて私が立論しました。これで重要なのは、以下の事です。

ー学問で大切なこと

①なるべく多くの事実から出発すること
②反対意見と比較して公平さを大切にすること
③自分で自律的に考えること

 ー孔子の素読

 ③について1つの名文を紹介し、私が先唱し、学生全員に声を出してもらいました。『論語』からです。

「子曰(しのたまわ)く 君子は諸(これ)を己に求む 小人は諸を人に求む」

「孔子先生が仰られた。立派な人は原因や結果を自分自身にないだろうか、と考える。普通の人は原因や結果を他人に押し付ける」 高木訳

 自分が人と話下手なのは、親のせいだろう、小学校の時のいじめだろう、などと色々と考えるのが普通の人です。20歳前後の学生の皆さんはそれで充分です。けれども、そこから一歩踏み出して立派な人間になりたいと思うのなら、原因が自分にないだろうか?と考えてみましょう。高木はまだまだである、という話しを幾つか具体例を挙げて説明しました。

 さらに、身近な問題として2つを問いました。(出題は問1と同時)

ー問2 なぜお彼岸にお墓参りをするのですか?
ー問3 なぜ「働くこと」は大切なのですか?(なぜニートは悪いのですか?)

 ー(以下昨年の講義録より抜粋)-

なぜお墓参りをするか、ですが、ご先祖様に逢うため、という答えが出てきます。このご先祖様に逢うため、というのは当然ながら善なる判断に基づき、そしてそれが行動に結びついています。哲学から観ると、これは「人は先祖から生まれる」という真に結びつきます。人間のあり様の規定として「人は先祖から生まれる」という概念が正統である、とされているのです。ですから、お墓参りは善と判断され、そしてお墓参りという行動になるのです。ここには智慧(真)と行動の結びつきが見て取れます。哲学の根本部分は私達の日々の行動の基準になっていることが判りますし、同時にそれを支える真(人は先祖から生まれる)という人間観(世界観)が出発点なのも判ります。言われてみれば、そうか、という内容かもしれませんが、その部分を考えていくのが哲学(思想)なのです。そしてそこまで戻るからこそ、死や悩みや危機に陥った時に判断基準となり、行動を示してくれるのです。
 では、これを他の考えと比較してみましょう。つまり、「人は先祖から生まれる」というのを真としない考え方があるのです。それは人類の7割以上の人が真とする考え方です。

日本の思想:「人は先祖から生まれる」が真
世界の思想:「人は神から生まれる」が真

 両親の生殖行為によって産まれる、というのは物質の結果です。疑いようがありません。他方、生殖行為から受精、出産までを導く原理を作り出したのは誰でしょうか? それは宇宙を創造した神である、と考える人々がいるのです。世界の7割以上、つまり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の人々です。命を授かることを奇跡と考え、奇跡を起こすのは人間では無理で、神の業(わざ)がある、と考えるのです。実際に、人間は物質を混ぜ合わせることは出来ますが、物質そのものを作り出すことは出来ません。どうして物質から生命という有機的な活動体が生まれているのか、というのは人間には分からないのです。
 つまり、日本人(あるいは一部の東アジア)は、両親の生殖行為の結果に祖先からのつながりを見出し、多くの人々は神の業を見出すのです。
 日本の真は、お墓参りなどの善を生み出します。日本文化は恥の文化、と言われますが、恥はご先祖様に対して恥ずかしい、なのです。日本の文化の基底にあることが判ります。対して欧米の文化は罪の文化と言われますが、これは神にそむく罪を指します。どうように欧米の文化の基底にもあることが判ります。この辺りは古代ギリシャを比較するとさらに鮮明になりますので、今後考えてもらう予定です。
 また、日本の真と世界の真が丁度問われた問題があります。

皆さんは、家族や兄弟、愛しい人が地獄で苦しんでいる時に、自分だけが天国で楽しく苦しみがなく過ごしていて平気でしょうか?
 
 日本の思想では「人は先祖から生まれる」のですから、「私は先祖があったから存在する」と考えます。ですからお墓参りをする訳です。そうすると、そのつながり(真)を無視した行為は善ではなく不善となります。それゆえ、「地獄であっても家族と共にいたい」という行動が善とみなされるのです。
 対して世界の思想では「人は神から生まれる」のですから、「私は神があったから存在する」と考えます。神の前に人は独りなのです。親が地獄に行くのは神が決めたこと、私は天国に行くのは神が決めたこと、ですから親よりも神のつながり(真)を大切にする行為が善となります。それゆえ「家族であっても神の御意志に従う」という行動が善になる訳です。

 講義でお話しなかったことを先取りしてお話します。
そうすると問題になるのは、神の御意志を受け取っているか?という問題になります。だから、「神の御意志を受け取っている人、物、ことば」が最も重要な要素になるのです。ユダヤ教では、モーセ(人)、聖書(ことば)を非常に重視しますし、キリスト教ではイエス(人)、新約聖書(ことば)です。ちなみにイエス自身はユダヤ教徒でしたから、新約聖書はことばとして不十分さ、や矛盾などを抱えています。それがまた豊かさを生み出すのですから、面白い所です。イスラム教では「最後の預言者はムハンマドである」として人を重視しますし、コーラーン(ことば)はアラビア語以外のは認めない、としてことばを大切にしています。このように、「神の御意志は受け取っているのか?」という問題は、世界の思想では最も重要な問題の1つになります。
 他方、日本ではご先祖様は沢山いる訳ですから、1人1人、あるいは1つ1つのことばは薄まっています。「恥ずかしいことをしたらご先祖様に申し訳がない」とはよく言いますが、「では、どの行為、どのような考えが恥ずかしいのか?」というのを決めた人や規則集のようなことばもありません。神道(かんながらのみち)は、創始者も聖典もない宗教なのです。それでもやっていけるのは、真が異なるから導き出される結果なのです。日本にも正式な歴史書(国史)『日本書紀』があり、神武天皇が大和に建都されたのですから、創始者の資格があるのです。あるいは天照大御神でも良いでしょう。しかし、そのような歴史的変遷を重ねなかった理由を、私は真なるものに原因があると捉えているのです。

ー(抜粋中略)ー

「働くことは、なぜ大切?」でした。端的に述べると以下になります。

日本の思想:働くことはお役目、周りに認められること、お金が第一ではない
世界の思想:働くことは与えられた罰、罰は速く、早く開放されたい。お金の額が大切

 「映画「千と千尋の神隠し」はなぜ大ヒットしたか?」という論文を2本書きました。その中のメインテーマの1つです。要点は現存する最後の書物『古事記』と映画「千と千尋の神隠し」は共通している。『古事記』の世界を求めるのは、死や穢れなどを近代の技術が非日常に追いやってしまったから、です。論文はブログの右側の欄で探してみて下さい。

 日本の神様は天照大御神を始めお役目があります。しかし、世界の思想の神様はお役目がなく働きもしません。「千と千尋の神隠し」では神様のような魔法が使える湯婆婆(ぜにーば)は、自らの手を動かし愚痴りながらも働いていました。瓜二つの姉の銭婆婆(ぜにーば)も、千尋に髪留めを作るとき「魔法じゃ何もならないからね」と言っていました。このシーンをみて私達日本人は何も違和感を持ちませんでした。「手を動かす労働に価値がある」という価値判断(善)を持っているからです。つまり日本では「働かないことはお役目がないことであり、周りから認められないこと」を意味するのです。
 「働く」は日本でできた漢字です。「八(は)方(た)楽(ら)く」が語源にあると言われます。講義は一生懸命やってもやらなくても給料は変わりません。そこそこのレベルを維持すれば継続されます。お金のことだけを、効率だけを考えれば講義内容はそこそこで良いことになります。しかし、手目前味噌ながら講義のために20冊近く本に目を通しました(全て読んだわけではありません)。講義の構成を考え、ノートを作成しています。なぜなら、そうやって一生懸命やると「私(本人)が楽しくなる」からです。これで「一方楽く」になります。
 そしてその講義を聴いて、もしかしたら皆さんが「ああ、いい講義だ」と楽しくなるかもしれません。そうなれば「二方楽く」になります。そして皆さんが友人や親に「いい講義があったよ」といえば「そう、良かったね。大学行ってよかったね」となるかもしれません。

「三方楽く」になるのです。「八」は「多くの」の意味があります。まとめると、「八方楽く」とは「自分が一生懸命お役目を果たすことで周りを楽しくさせる」ということなのです。私はまだまだ不十分な講義をしていますが、気持ちだけはあります。
 ですから、「働く」とは「働くことはお役目、周りに認められること、お金が第一ではない」という意味なのです。
 日本では働かない無気力な青年を「ニート」という悪い意味合いで使いますが、元々はイギリスで人種差別や教育レベルが低い結果で、「働きたいけれど働けない階層の人々」をさす言葉でした。ロンドンオリンピックの時、彼らの住む地域には厳戒態勢がしかれました。また、ロンドン周辺には監視カメラが世界一ありますが、彼らはその監視カメラの下の路上で堂々と麻薬販売をしています。数があまりにも多いために取り締まることが出来ない現状があります。フランスではイスラム系の名前を持った少年は、高校に入学もできず、バイトにつくことも出来ず、就職は絶望的です。ですから、3年に1回程度、大規模な暴動が起こりますが、その平均年齢が14歳前後なのです。車に火をつけ、店を破壊するなどを繰り返しています。これらの意味をさす言葉が日本に来て「働かない無気力な青年」を指すことばに変化したのは、上記のような「働く=お役目で周りの人から認めてもらう」という価値観が日本にあるからでしょう。欧米では、あるいは私が訪れた南の島である「ミクロネシア連邦(日本とオーストラリアの間)」では「無気力に働かないことは単純に悪いこと」ではありませんでした。給料のいい仕事が見つかるまでちょっと休憩、やバナナや魚は直ぐに取れるから働くことに善を見出さないという社会もあるのです。

 世界の思想:働くことは与えられた罰、罰は速く、早く開放されたい。お金の額が大切、とは聖書にその源泉があります。聖書では神が世界を創造した、と書いてあります。男を作り、男のあばら骨から女を作った、とあります。ちなみに、日本の聖書には無い例が多いのですが、同時に「男と女は同時に作られた」との話も同時に載っています。西欧のキリスト教は前者を思想として採用したようです。男の名前はアダム、女の名前はエバ(イブ)と言います。
 神様はなぜか「りんごを食べてはいけない」として目の前においておきます。私は意地悪な神様だなぁ、と想いますしおいて置いた神様の責任もあると考えるのですが、そのりんごを蛇が食べてしまいます。蛇は女を誘い食べさせ、女は男を誘い食べさせます。そして神様にばれてしまうのです。その罰として蛇は、舌の先が分かれ「嘘つき」と周りに示すことになり、手足をとられ、常にみんなに土下座をして「ごめんなさい」と言い続けることになります。

 女の罰は、出産の苦しみです。月のもの(生理)を始め死亡率の高かった出産のリスクなどを負うことになります。
 男の罰は、天国の食べ放題飲み放題から追放され、働いて食料を得なければならないこと、女を支配することが与えられました。

 女を支配することが罰、というのは女性のヒステリックな面、感情に流される面などが蛇に誘われた原因と考えるからでしょう。これは現代科学でも「女性は男性よりもホルモンに人生を通して左右される」証明されています。他方、支配する、には守るの意味もあり、命がけで女性を守らなければならない、という義務の側面もあります。
 
 以上のように古典(物語)によって「働く」は、善と罰(悪)という正反対の価値観に分けられています。歴史や文化や技術発展を経て、それぞれの「働く」の意味づけが変わったり、多様化したりしています。

 具体例で見てみましょう。私はバスケットが好きですが、小学校高学年と中学校は野球部でしたので野球にも関心があります。楽天の田中選手が世界記録を成し遂げられるかどうか、にワクワクしましたし、達成できた時、心から祝福しました。さて、野球を見ていると「具体例だなぁ」と感じたことがありました。
アメリカなどの選手は「高い年俸の方に行くのが当然である」と考えています。選手だけでなく球団全体やファンもそのような判断をします。「今年はグッズなどが売れたからお金があっていい選手が取れた」とか「地方都市は収入が少ないから若手の選手を育てるんだ」などと考えています。バスケットではNBAのオクラホマシティーなどが後者の代表でしょう。
 日本でもほんの10年、20年前までは球団に入れば最後までその球団で終わる、というのは珍しくありませんでした。これは野球に限らず日本では「終身雇用制」が実態でありました。他方、アメリカでは「同じ仕事を続けるのは才能がないからである」という考え方があります。転職しないのはむしろマイナスなのです。ヨーロッパは約200年の宗教戦争でキリスト教の考えをそのまま日常生活に適応すると、悲惨なことになる、というのを経験していますが、アメリカは宗教心の強い人々が建国した国で、まだ150年(アメリカ連合国併合)の国ですから、キリスト教の宗教心がまだまだ残っている国なのです。
 以上から「働く」という日常生活の基本の部分でも古典(物語)が規定する真・善が関わっているのを知ってもらえたと思います。

 -(以上抜粋終了)-

 身近な問題を深めていくと哲学がある、ということを知ってもらいました。

 以上です。

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