講義録12-1「省エネではなく節電の理由」

 さて、次は「省エネではなく節電の理由」です。

理由は「電力会社が発電と配給を独占し続けたいから」です。

現在のマスコミは「電力供給不足」→「節電」を疑いませんが、実は「電力供給不足」→「新規参入」という方策も考えられます。現在は「新規参入」→「太陽光発電」となっていますが、「新規参入」→「石油・石炭発電」があって当然なのです。しかし、これが検討されていません。あるいはこの講義で最初から取り上げてきた「メタンハイドレート」にも焦点が当たりません。2006年に日本海側で生産ラインにのるメタンハイドレートを発見してから(存在は知られていましたが)、まだ、5年ですが中東やアメリカなどの依存から脱却するチャンスです。

 さて、「電力会社が発電と配給を独占し続けたいから」は結論ですから、まず、1つ1つ積み上げていきましょう。

 配布したプリント①は『アメリカ原子力産業の展開』 R・ルドルフ他 543.5 R82 1991 と書いてあります。私自身の綺麗ではない見難い字です。「543.5 R82」とは図書館の分類番号です。⑲と⑳以外は全て講義を行う大学の図書館にあるので、学生の皆さんが気になればチェックできるように書いてあります。その後ろの「1991」は出版年度です。以後は分類番号と出版年後は省略します。

 この本では、アメリカが40年ほど原子力発電を止めている=原子力産業の展開について述べてある本です。諸説ありますが、スリーマイル島の事故以降止めている→スリーマイル島事故が原子力の失敗を証明した、と解釈されがちですが、他の解釈もあります。本文を読んでいくと、「原子力政策は儲からない」ということが見て取れます。本ではあるアメリカの原子炉建設工事の不正が暴露してあります。そこに力点を置いて

 「1970年代後半を通じて建設費は急騰して、まだ発電所現場での無秩序状態もあずかって、プロジェクトの見積額は40億ドルから150億ドル以上へと押しあげられた。1982年までには、発電所5基を完成するための費用見積り額は240億ドルまで上昇したのであった」(7P)

 とあります。私はこの文の前が労働者の賃金不正受給の話が書いてありますが、賃金だけで8000億円(1ドル=200円として40億ドル)から、4兆8000億円に増えないと考えます。つまり、原子炉を作ってみたら余分に色々と対策が必要になってくるのが分かった、ということでしょう。ただ、大切なのは、その後です。原発を実際に導入すると

 「電気料金はまず倍増し、ついで4倍にまで上昇した」

 これはアメリカが電力の部分的な自由化が起こったからでしょう。1978年公益事業規制政策法により発電事情兵の新規参入が認められました。これだけでは十分ではなかったのでその後、配電網の開放、卸・小売託送制度の整備、系統運用の分離、会計分離などの多様な競争政策が行われました。引用元:http://www5.cao.go.jp/keizai3/discussion-paper/dp034-2.pdf
 完全なる電力自由化は現在でも成し遂げられていませんし欠点(大規模停電)もありますが、掛かった費用を電気料金に乗せていく方法は日本よりも成し遂げられています。そうすると電気料金は4倍になったのです。さらに、グレイ・ハーバー郡(という特定の地域)では、電気料金は6倍に、さらに原発建設とりやめのニュースと同時に9倍になる発表がされ、その後上昇する予定も発表されました。
 これを見ると、発電配電の独占を認め、特殊な法律で保護しないと「原発の電気料金は高くなる」ということがアメリカの例で見てとれいます。もちろん、だからアメリカのようにして欲しい、という訳ではありません。

 ②:『原発事故学』 桜井淳 30-31P
この本からは、特別に守られている原発は実は全く必要がなかったことを読み取れます。

 「2000年の夏は例年になく暑い日が続いた。この夏に、東京電力が保有する17基の原発のうち7基が。事故や定期検査のために運転することが出来なかった。しかし、停電はもちろん起こっていない(この部分は原発の稼働率水増しデータの所で使います)。・・・真夏のピーク時に原発を止めてもまだ1000万キロワット(原発10基分)以上の余裕を持つことになり、原子力発電の全てが過剰設備になる」

 つまり、10年前は原子力発電は全て過剰設備であったのです。ここで常識を働かすと「過剰設備は必要ない」だから「原発を止めよう」となります。しかし、企業の考え方は

 「過剰設備は必要ない」だから「原発を推進しよう」

 になるのです。この点は「総括原価方式」で説明します。続いて

 「97年12月の電気事業審議会(経済産業省の審議会で原発推進側です)の方向によれば、その潜在的な新規参入電気事業の規模は3800万ないし5200万キロワットに達する見込みであると述べている。」

 とあります。その後、日本では電力会社の発電と配電の実質的な独占が続いていて新規参入の目をつぶしてきています。2011年現在、3800万~5200万キロワットの新規参入は全く起こっていません。次のリンク先は資料元です。http://www.meti.go.jp/press/olddate/energy/t71216d1.html
 このリンク先には、電力ピーク時の対策の強化や、電気料金の充実なども書いてあり、サイゾーに指摘されていたことが載っています。1997年ですから14年も前の指摘でした。さらに、新規参入の規模は、実際に原子力発電の発電規模と殆ど変りません。つまり、原子力発電は新規参入を行っていれば、全く必要なかったのです。以下のようになります。

 1) 「原子力発電の全てが過剰設備」
 2) 「揚水水力などを含めると原子力発電がなくても1000万キロワットが余る」
 3) 「新規参入を認めれば原子力発電分はまかなえた」
 4) 「ピーク時の対策が不十分であった」

 特に3)は14年前に原発推進側の経済産業省の審議会で指摘されていたことです。
 私は反原発の意見に時々、苛立ちを覚えることがあります。それは非常に空想的な、つまり現実には起こり得ない設定を持ちだして、批判するだけの批判を繰り返すからです。全ての反原発運動がそういう訳ではありません。例えば「ウランが10gあるとここに居る人は全員死にます」などは、ウランを切り分けて飲料させたり、注射する(アメリカの人体実験ではプルトニウム)などことが不可能に近い行為です。極端な問題設定が見られるのは原発が政治によって推進されてきたからかもしれません。そのような極端な問題設定が見られるのですから、なるべく「原発推進」の経済産業省や電力会社の資料から「原発停止」の論拠を導いている意見を参考にします。あるいは立論します。もちろん、この逆もあります。

 ③は先ほどの続きです。3)は33Pの上図にあります。原発は4000万強~6000万キロワット強を95年~97年で行き来しています。

 「火力は原子力の3倍程度もの発電能力を持ちながら、稼働率が43%程度であるため、発電量は全体の6割程度に過ぎない。このように発電設備を運用した結果が、「日本の電力の3分の1が原子力」であるということになるが、それはあくまで運用の方法によるものである。原子力の電力を全て火力でまかのうとすれば、火力の稼働率を70%程度(に)上げれば事足りる。それでもまだ火力には余力がある」

 97年の設備容量と発電電力量が33pの下図にある。運用の方法というのは、タクシーが13台あり、自宅に自動車を持っている人が4人居るとする。自宅に自動車がある4人の内3人は自分の自家用車を使う。残りの1人と自家用車車の無い5人がタクシーを使う。すると、8人の内自家用車を使う人が3人なので、38%になる。これが原発の割合になる。
 しかし、自家用車を持っている4人全員がタクシーを使い、無い5人もタクシーを使うと、9人が13台のタクシーを使う事になる。すると、原発(自家用車)は0%、タクシー(火力)は70%(9/13)になる。それでも、タクシーはまだ4台(30%)も余っている。

 このデータから推測されるのは先ほど述べた、
 
 「過剰設備(多くのタクシーと自家用車)は必要ない」だから「原発(自家用車)を推進しよう」

 です。常識の

 「過剰設備(多くのタクシーと自家用車)は必要ない」だから「原発(自家用車)を止めよう」

 ではないのです。どうしてそのようになるか、について④『原子力発電で本当に私たちが知りたい120の基礎知識』広瀬 隆、 藤田 祐幸 156Pでは、「原発がお金が儲かるからする」と述べてあります。

 「第一にあげられるのは巨額のカネが長期にわたって独占的に確実に動くことであろう。原発を建設するのに3500億円、保守に年間当たり建設費の1割が確実に40年間注ぎ込まれ、廃炉に建設費の1割、廃棄物管理にも巨費が長期にわたって費やされることになる。燃料供給も企業にとっては保証される。桁外れの巨費が原発産業に流れることになる。このように"旨み"のある技術に企業が手が出さないはずがない」

 太陽エネルギーは旨みがないからやらない、と次に付け加えている。この文章で注目する点は、「巨費」である。「巨利」ではない。巨大な費用=巨費がかかるから利益=旨みが出る、というは常識とは異なる。この点を保護するのが「総括原価方式」である。常識では、一般の企業では、仕入れた商品をなるべく高く売る。その差が粗利(あらり)である。コンビニで150円するペットボトルは大体78円で仕入れる。であるから粗利は
 売上ー仕入=粗利
 150円ー78円=72円

 となる。仕入れが78円だから105円ショップは17円が粗利になる。これが常識である。しかし、これが電気会社では通じない。

 次は、巨費を計算してみよう。
 3500億円×(建設100%+保守10%×40年間+廃炉10%)+廃棄物管理α=約2兆円(1兆7850億円)+α

 つまり、原発1基が出来ると2兆円の経費が掛かるのである。「経費が掛かれば儲かる」ならば経費が掛かった方が良い、ことになる。「総括原価方式」では、経費に対して8%が利益として保証される。

 同じプリントの後半には、「二酸化炭素による地球温暖化」の話が書いてある。この論説は、原発と同じ構図がある。それは米ソ冷戦のプロパガンダに利用され、冷戦後も生き残っているという点である。また、論説は自然科学に基づく、と見せかけられている点も共通している。この点には後の講義で触れるとして、最初に「二酸化炭素による地球温暖化」を言い出したのが、ソ連のゴルバチョフ書記長(最高責任者)であり、それを仕掛けたのが、懐刀だったシュワルナゼ外相である。プリント中の言葉だけを引用して終わりたい。

 「環境中の炭酸ガスの”ふるまい”や温暖化の程度などは、まだ精度よく定量化されていない。温暖化の評価はスーパー・コンピュータを利用してなされているが、最初の計算条件によって結果が一桁も変ってしまう。」

 都合のいいデータを求めるために、最初の計算条件を都合よく改変するのは、原発でも行われる。

講義と順番を変えて⑦に行く。反原発運動全国連絡会編『知ればなっとく脱原発』230頁

 「資源エネルギー庁による電源別コスト試算値」の図がある。次に本文を読む。

 「とこどが、その後LNG火力(天然ガス発電)のコストがどんどん下がってきたため、90年から試算を中断(つまり、原発に都合が悪いデータが出てくると資源エネルギー庁が試算を中断した、ということ)。しかし94年には、LNGと原子力のコストを並ぶと公表せざるをえなかった。そこで再び中断。とはいえいつまでも中断もならず、今度はグラフ中に示したように条件を変更して原子力が安いという結論を導き出した、ということになる」

 図中にある試算条件の変更
 耐用年数 原子力16年→40年 設備利用率70%→80% 原発燃料燃焼度4万MWD/t→4.5万MWD/t 原発熱効率33%→34.5%

 この中で大切なのは、「耐用年数を16年から40年に延ばしたこと」です。福島原発事故が起こった時、GM社には既に原発の「マーク1」という原子炉を知る技術者はいませんでした。それは耐用年数がとっくに過ぎていることを示しています。また、福島原発1号機は1971年に営業運転を開始していますから(初めて燃料を入れるのは(核燃料装荷)1970年)、2011年は丁度40年だった訳です。
 ①設計したアメリカに判る技術者がいなかったこと、そして
 ②「安くするためにコンピュータシュミレーションの最初の初期条件をいじったこと」
を考えると、福島原発はとっくに停止しているはずだったのです。これは非常にセンシティブな意見ですが、しかし、言わなければなりません。①と②を満たしていないと言う意味で工学的安全ではない福島原発を運転させたのは、福島県民の総意なのです。福島県民の選挙で「原発推進」と「原発停止」を掲げた選挙で(不正疑惑がとりだ出されていますが)、「原発推進」の知事を選択しました。その知事が停止中の福島原発再開を認め、プルサーマル発電も認めていったのです。
 逆に原発推進派の国や電力会社は、

 「原発は推進しなければならない」
   ↓
 「理由を見つけるために原発=安い、としなければならない」
   ↓
 「コンピュータシュミレーションでデータをいじればよい」
   ↓
 「いじったデータを元にして(停止したい)原発を運転しなければならなくなった」

 という流れになってしまったのです。
この試算値について、原発推進である東京電力の池亀亮技術最高顧問(もと副社長)は、疑問を呈しています。これは大変な勇気だったことでしょう。また、「原発ではバックエンドコスト(原発後の廃棄物処理)上の不確定性があり、その分、火力よりもリスクが大きい」と231pで述べています。この試算の計算方法について否定的な見解を原発推進派の最高技術顧問が述べているのです。99年のことでした。

 プリントを戻して⑤に行きます。『本当は怖いだけじゃない放射線の話』 194頁
まず、この本には「電気事業連合会氏寄贈」のハンコが押してあります。反原発の本の中にある原発推進派の意見を聞いてきましたが、今回は原発推進派の本の中に意見を聞いてみましょう。

 「(原発周辺環境の)測定結果は、電力会社が勝手に測定して発表しているわけではなく、自治体などのダブルチェックによる結果ということなのである。」

 何気ない一文、あるいは原発周辺はダブルチェックで安全である、と思われるかもしれませんが、2つのことが読み取れます。
 1)測定は、電力会社が測定している、ということ
 2)ダブルチェックがダブルチェックになっているのか?ということ

 1)は、原発関係のデータ改竄(かいざん)、データ隠し、事故隠しを生み出してきました。電力会社の出したデータを原子力安全委員会はただただチェックするだけなのです。バスの運転手が自分でチェックをして「OK」というデータを出す、ということです。皆さんは自動車を持っているでしょうか? 自動車には車検があるそうですね(私は免許を取らないので)。その車検を皆さん自身がチェックして、車検の工場に持っていくのです。そしてそのデータを見て車検の工場の人が「OK」と言う訳です。これをダブルチェックと言います。
 2)は、学生の皆さんが公務員になったと想像してみてください。皆さんは理系出身ですからデータは文系の人より判る、と思われるでしょう。その中にベクレルやガルや色々な単位で色々なことが書いてあります。しかも、公務員は3~5年で配置転換です。どうでしょうか?しっかりデータを調べるでしょうか?判るでしょうか?それがダブルチェックと言えるでしょうか?

 その次の1文に行きましょう。

 「原子力発電所を設計するときの安全確保に関する基準のひとつとして、年間0.05ミリシーベルト以下、しかし実際には0.001ミリシーベルトまで下げる措置を取っている」(中略しました)195P

 この基準は概(おおむ)ね守られてきました。ですから、196P

 「ふつうの状態で原子力発電所が運転されているケースでは、リスクとして問題となるようなものは存在しないことがわかる。実際問題として、原子力発電所のリスクを考えるときのポイントは、放射性物質が放出されるような事故である」

 と言えます。公平に観て、50年間で公衆の被爆は1回でした。地震対策や津波対策のない原子炉を、政治的な理由で導入して1回であり、しかも通常運転時の事故ではない点で、日本の技術者の意識の高さが見えてくるようです。これは前回、希望としてしてきしました。また、一昨年の講義で私は

 「原発内の作業者の被爆を抜けば、大災害の時以外はほぼ危険がないと言って言いと思います。」

と述べています。しかし、政治的な理由が原発をリスクあるものにし、現在でも周辺住民を危険にしつづけています。今年の記事になりますが、文部科学省は子供たちに「年間1~20ミリシーベルトは大丈夫です。ただ、3.8ミリシーベルト以上は外で遊ばないように」と述べています。毎日新聞6月15日

 事故前 :  0.001ミリシーベルト以下ですからOKです。
 事故後 : 20.000ミリシーベルトまで大丈夫です。

 先ほどの④のプリントの続きには以下のことが書いてあります。

 「行政側は国民が原発の現状を正確に把握できるだけの資料を何も出していない。これまでの資料は原発の必要性の訴えであり、また安全の一方的な押し売りでしかない。これらの資料は私が読んでも(桜井淳:原発事故の専門家)原発の現状などは何も理解できず、ただ一方的に「信じて下さい」と訴えているにすぎない。」

 これは政治的な理由で原発を導入したからである点は前回に指摘した通りである。1行半後、続いて

 「行政側は三菱総研などのシンクタンクを利用して、もっと国民の意識を的確に把握し、政策に反映させる努力を払うべきではないか」

 これに対して私は懐疑的である。というのは、三菱総研は原発を設計している三菱重工業などに資金を出してもらう研究所であるので「公平」な意見が出てくるのは難しいと思われるからである。前々回の福島原発を専門員として初めて動画に撮影した青山繁晴氏は、元三菱総研に所属していたが、資金出資者などからの社会的圧力があったこと、そもそも多くの仕事は「結論が決まっている」ということを指摘している。だからこそ、資金提供者から独立な研究所と、政策提言型の研究所を作ったと述べている。これも原発事故で見えてきた大きな問題点と言える。

 「日本には国や大企業から独立している研究所、財団、研究機関が極めて少ない」

ということである。それゆえ、原発問題を「公平」に論じ、今回の事故でも「公平な情報」を出す研究所がなかったのである。国民から支持されたのは、特定の「個人」の専門家でしかない。続けて、

 「私も原発の安全解析をしていた時に、国民向けのパンフレットの原稿を作ったことがある。通産省の移行ですべてキャンセルにされ、他の担当者が意味不明のものを作成したが、すべて役人が状況を悪くしている。」

 これが「独立した研究所、財団、研究機関が極めて少ない」ことの構造的弊害である。続けて、

 「私などはもうばかばかしくなり、「勝手にしろ」と捨てぜりふを吐いたものである。具体的な数字は全てふせて説明しているので、それだけ読んでも何もわからない。「こんなことをしているので、信じてください」と訴えているに過ぎないのだ。」

 先ほどの0.001ミリシーベルトもどうして0.001ミリシーベルトなのか。なぜ、法律では1ミリシーベルト以下なのか? をきちんと説明しないのである。1ミリシーベルトは日本国民がガンで年間5000人死ぬ確率なのである。現在荒茶の暫定規制値が500ミリシーベルトなのか? でも「科学的説明なく」とあった。事故前から事故後に共通する問題点である。

 「数字で根拠は示さない→安全です(大丈夫です」から信じてください。

 福島原発後、ずっと続いている。玄界灘原発も

 「国が安全を保証します(海江田経済産業大臣)」→「安全は保証された(佐賀県知事)」から信じてください。
 
 続いて⑧、⑨『原子力の安全性』 141頁の上図に

 原子炉の安全について、システム的エラーと突発的エラー防止策について書いてある。その中に「フェィルセイフ性の確保」との言葉がある。工学的安全の概念は実際の原子炉を考える際に重要視されているの。また、その中に数字を用いた安全性は示しておらず、「停止機能」のように性質の議論だけで終わっている。142頁の上図に「原子炉安全確保の機能」から3つに枝分かれしている。

 一番上 -停止機能 これは○ 直ぐに停止した
     -熱除去機能-冷却材喪失事故時 最初○で後で×
           -その他の事故時 ×冷却材の流入が出来なかった。
     -格納機能-熱除去機能 ×結局炉心融解となった
          -可燃性制御機能 ×水素爆発した
          -放射性物質除去機能 ×現在でも一番の大問題 フィルターもない
          -格納系隔離機能 △ヒビは入っているが格納容器は無事

 昨年度までの講義ではこのように色々と機能がありますが、実は問題も指摘されています。ただ、このように必要な機能を分析をして、対策を盛り込むことはされています。こうした行為をして初めて「許容可能なリスク」に対応できるようになります。

 
 大分長くなりました。次はやっと核心「総括原価方式」に行きます。
 書きながら、女子ワールドカップサッカー(開催国ドイツ)、準々決勝日本VSドイツのドイツ語の解説を流しながら書きました。素晴らしいですね、女子サッカー。

 
 

 
 
 
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