国語ゼミ「『修身教授録』を読もう」講演記録

 静岡市内にある国語教室で、「『修身教授録』を読もう」の講演を行いました。

 配布プリントと講演の記録を残しておきます。

日時 平成27年6月22日 午後8時から午後9時30分
場所:国語教室2階
参加人数 :11名 +見学者5名
予習義務 :『修身教授録』 第1部第1講-学年始めの挨拶 11-15頁 
       :『修身教授録』 第1部第2講-人間と生まれて 16-22頁  を書き写すこと
配布プリント :1枚表裏(下記する)
配布資料 :『修身教授録』 第2部第7講-大志を抱け 326‐329頁 (2枚分)
       :雑誌『致知六月号』通巻479号 「特集一天地を開く」 9頁 (1枚分) 
        尚、『修身教授録』著者森信三先生の来歴解説


形式:プリント書き込み、2人1組グループワーク、発表、解説

 配布プリントの提示、高木の解答、次に講義の進行に合わせて解説と考察を書いていきます。

 ○配布プリント 

平成27年6月22日
『修身教授録』を読もう
氏名

①「書き終わって」の最初の感想を書いてみましょう
[                   ]

②第1講で最も印象に残った一文を全文書きましょう。その理由も
[                   ]
理由
[                   ]

③第2講で最も印象に残った一文を全文書きましょう。その理由も
[                   ]
理由(プリントに記入できず)
[                   ]

④第1講で森先生が最も伝えたいことを一文で書きましょう。
[                   ]

⑤第2講で森先生が最も伝えたいことを一文で書きましょう。
[                   ]
 
 さらに深く内容を捉えていきましょう。
⑥著者の森信三先生は、いつの時代のどの辺りに住み、どのような生活をしていたと予想しますか? 予想ですから、恐れずに書いてみて下さい。
[                   ]
⑦森先生はどんなお人柄と感じましたか?
[                   ]
⑧開始(第1講冒頭、第2講冒頭)と終了(第2講終了時)に森先生は、なぜ丁寧に礼をされるのでしょうか。
[                   ]

⑨森先生が丁寧に礼をされるのは、「何」に対してでしょうか。
[                   ]

⑩第1講終了後、「ただネ、そう信じられる人と、信じられない人との人生の生き方が、将来どう違ってくるかということだけは考えてみて下さい」とあります。どう違ってくるでしょうか。
[                   ]

⑪第2講、なぜ、若い内は、自分の真の出発点を見つめられないと考えますか。
[                   ]

⑫第2講最終盤にあるように「われわれ現代人は、今日日々の生活に追われて」とあります。自身や家族、友人などの生活で思い当たることを書いて下さい。
[                   ]

⑬第2講 最後「下学雑話」の3つの話の中で最も感銘を受けたのはどれで何故ですか?
[   ]番目
[                   ]

⑭周りの人と話し合ってみたい主題を3つ書いて下さい。
[                   ]
[                   ]
[                   ]

高木健治郎記


 ○配布プリント高木記入

平成27年6月22日
『修身教授録』を読もう
氏名 高木健治郎

①「書き終わって」の最初の感想を書いてみましょう
[ ただただ、感服。この本に出逢えたことに感謝。続きを読み自分自身に取り込みたい。                   ]

②第1講で最も印象に残った一文を全文書きましょう。その理由も
[ 15頁最後から5行目から終わりまで。学生の記入の箇所 
 すると先生はニコリとせられて「それはそうでしょうよ。諸君らは若くてまだ人生の苦労というものをしていないんですからネ。私がああ言ったのは、主として私自身の気持ちを申したのですから、若い諸君たちにそう信じられなくたってかまわんんおですよ。ただネ。そう信じられる人と、信じられない人との人生の生き方が、将来どう違ってくるかということだけは考えてみて下さい」と言われて、先生微笑のまま礼をして、静かに教室から出ていかれた。 ]
理由
[ 私は、私に関わりを持った学生にこのようなことを伝えられてきただろうか、と身に詰まされた。学生達は私が教えたことで不十分ではなかったのだろうか、と反省した。森先生のように静かな振る舞いと微笑みを大切にしてきただろうか。学生に敬意を払ってきただろうか、とドキリとした。だからである。 ]

③第2講で最も印象に残った一文を全文書きましょう。その理由も
[ 17頁後ろから4行目から3行目
 そしてお互いに、真に生き甲斐があり生まれ甲斐がある日々を送る以外にはないと思うからです。 ]
理由
[ これまでの私の人生は死を怖れ慄(おのの)く人生であった。慄き、そして怒り、彷徨(さまよ)うだけであった。だから、この言葉を聴き入れ、過去の半生を受け入れながらも、森先生のお言葉をも取り込んでいきたいと感じたから。]

④第1講で森先生が最も伝えたいことを一文で書きましょう。
[ 14頁2‐3行目
 われわれはすべてわが身に連なるもろもろの因縁を辱(かたじけな)く思って、これをおろそかにしてはならぬということです。]

⑤第2講で森先生が最も伝えたいことを一文で書きましょう。
[ 22頁1行目、この言葉⇒「人身うけがたし」
 「人身うけがたし」のもつ深遠な意義に対し敬虔な態度にたち還って、人生の真の大道を歩み直さなければならぬと思うのです。]
 
 さらに深く内容を捉えていきましょう。
⑥著者の森信三先生は、いつの時代のどの辺りに住み、どのような生活をしていたと予想しますか? 予想ですから、恐れずに書いてみて下さい。
[ 40歳(文中より)、昭和元年~20年(文中の人口8,9千万人から)、大都市(文中の師範学校から)、清廉な生活と予想します。]

⑦森先生はどんなお人柄と感じましたか?
[ 親切、達観、果断なお人柄と感じました。 ]

⑧開始(第1講冒頭、第2講冒頭)と終了(第2講終了時)に森先生は、なぜ丁寧に礼をされるのでしょうか。
[ 「天の命」と学校組織、机職人など、授業が出来ることになった全てへの敬意。
 11頁4行目「ていねいにわれわれ(学生)に礼をされた。」とあるが、これは学生自身が授業前に記していることである。 森先生の授業内容を聴きとれば、「学生に対して丁寧に礼をする」のではないことが理解できる。]

⑨森先生が丁寧に礼をされるのは、「何」に対してでしょうか。
[ 「天の命」 誰に、と問われれば、「関わった全ての人に」である。運動場を作って下さった人なども含む。]

⑩第1講終了後、「ただネ、そう信じられる人と、信じられない人との人生の生き方が、将来どう違ってくるかということだけは考えてみて下さい」とあります。どう違ってくるでしょうか。
[ 人間の深さに対する学びの蓄積が違ってくる。それによって人生が自分自身によるものであるかどうかの確信が異なり、確信が周りとの関係等々が違ってくる。]

⑪第2講、なぜ、若い内は、自分の真の出発点を見つめられないと考えますか。
[ 「今日ここに人間として生を与えられていること」に対して、感謝の念が起こる経験がしにくいので見つめられない。]

⑫第2講最終盤にあるように「われわれ現代人は、今日日々の生活に追われて」とあります。自身や家族、友人などの生活で思い当たることを書いて下さい。
[ 働くことは家族を養い、社会に貢献することなのに、仕事だけ、仕事の成果だけ、金銭の追及などに明け暮れてしまうことがある。私で言えば、子供の健やかな健康のために食事をさせるのに、保育園の時間が迫ってくると、間に合わせるために口の中に食べ物を詰め込み過ぎて、はかせてしまうことがあった。]

⑬第2講 最後「下学雑話」の3つの話の中で最も感銘を受けたのはどれで何故ですか?
[ 3 ]番目
[ 私がみじめであることを根本から受け入れられず、そして私自身を深き傷つけ苦しんでいるから。さらに仕事に専念しているのかと反省したから。]

⑭周りの人と話し合ってみたい主題を3つ書いて下さい。
[ 死はどのくらい怖いと思っているのか。普段の生活の中で意識することはあるのか。  ]
[ 『修身教授録』で最も感動したのはどういう所か                        ]
[ 『修身教授録』で最も納得いかない箇所は何所か                       ]

 以上である。


 ○講義の進行と解説

 8名の参加者と見学者3名、合わせて11名の高校生の参加がありました。その他、他の塾や学童関係者の大人の方が5名見学されました。

 8時10分から開始。
 8時から講義の全体の説明と、簡単に『修身教授録』の説明、さらに、前日に袋井市で行われている『修身教授録』の勉強会の話をしました。毎月1回で130回を超える「しんせい読書会」の会の雰囲気やその意義です。

 講義では上記の配布プリントを配り、記入を求めました。
 一心不乱に記入しており、その姿を見て、幾つかの講義案の中から議論中心の講義にすることを選びました。学生の意識に合わせて講義の質を落とすこともあります。それは悪いことではなく、聴講者に最も合う話をすることが大切だからです。聴講者に最も合う話をして、次までに吸収していれば、さらに質を上げた話をします。仏陀も孔子もイエスもこの相手に合わせて話を替える、という対機説法を行っています。

 8時25分まで時間をきってプリント記入を求めました(1題1分として)。見学者には第1講と第2講のプリントを配布しました。

 8時25分、全員記入できず。8分延長。

 8時33分、途中であっても、最後の問題「⑭周りの人と話し合ってみたい主題を3つ書いて下さい。」の記入を求めました。

 8時40分、以下の解説をしました。

A)配布プリントを時間をきって速く書くことを求めた理由  ⇒ 予習段階で本の核心をつかんでいるか、を確認するため

B)配布プリントで沢山の問題を書くことを求めた理由   ⇒ 核心をつかんで自分の言葉に直せるかどうか、を確認するため

C)配布プリントで直筆で問題を書くことを求めた理由   ⇒ 自身の核心の理解が正確に深く出来ているかどうか、を確認するため

 以上3点です。
 こうして、配布プリントを速く、沢山、直筆で書くことで『修身教授録』の本の構成や重要な点を整理して核心をつかんでもらうことにしました。それは第1講にもあるように、同じ人生を生きていながらも真の出発点に立っている人と立ってない人がいるのです。同じ本を読んでも核心をつかんでいる人とつかんでいない人がるのです。全員になるべく共通の認識に基づく核心を共有したかったのです。以上が配布プリントを書いてもらった理由です。

 なぜ、核心を共有したかったのか? という解説

 核心を共有しない議論は全く時間の無駄です。国会での議論で醜態をさらしている場合がありますが、それは核心を共有していないからです。核心の共有が出来ないのは、アメリカ、中華人民共和国、国内の既得権益団体等々の圧力で核心がずれてしまうからです。そうなると政策の内容を問う議論のはずが、政局ゲームになってしまうのです。政局ゲームにして自分の党の議席、権益等の拡大を目指すのが核心になってしまうからです。
 例えば、憲法9条の議論が有名です。

 憲法9条は第1項は自衛権(集団も個別も)を認めています。第2項は自衛権を認めていません。
 
 ですから、憲法を守って自衛権(集団、個別どちらか一方でも)を認めない、というのは憲法を「守る」ことではないのです。逆もまた同様です。

 しかし、こうした合理的な議論にはなっていません。議論はかみ合っていません。

 それは核心が共通していないからです。

 そうして議論は、言葉の定義論(集団とは何か、自衛権とは何か、憲法とは何かなど)やイデオロギー闘争(平和には軍隊がいらない、という夢想)、政局闘争(9条を議論すると議席が減るからしない)などになってしまうのです。

  こうならないように講義では、核心の共有をしてグループワークに進みました。


 ○2人1組のグループワーク

 適当に番号を振り、席を示して番号を言いました。
 女性同士3組、男性同士1組になりました。以下のような手順で行いました。

①互いに自己紹介
 ↓
②互いの記入プリントを相手に渡して交換
 ↓
③、設問「⑭周りの人と話し合ってみたい主題を3つ書いて下さい。」を見て、その内1つだけ2人で話し合いたいものを選ぶ。相談しない。
  (自分の3つ書いた主題を相手に見てもらい1つ選ぶ)
 ↓
④相手が選んだ1つの主題をなぜ選んだかを説明する。お互いに説明する。
 ↓
⑤2つ出てきた主題のどちらかを選ぶか話し合い決める
 ↓
⑥話し合う主題の答えを2人で一文にまとめる (どちらが発表しても良いように意見の共有を求める)
 ↓
⑦私がどちらかを指名し、主題と一文にまとめた答えを発表する

 話し合いの途中で、進行具合をみて適時助言を行いました。

 4つの主題はそれぞれ異なり、かつ内容の深いものでした。プリント内の設問もあり、文中の一文の意味を探る主題もありました。早く話し合いが終わった組は、話し合わなかったもう1つの主題も話し合うように求めました。相互の意志疎通を図りながらの会話の得手不得手が出て、時間の前後はありました。多少補足は入れました。
 議論を実際にやってみると高校生の皆さんが本の内容を的確に理解し深い地点まで届いているのが伝わってきました。
 例えば、私が設問をした以下の問題を選んだ組がありました。

⑧開始(第1講冒頭、第2講冒頭)と終了(第2講終了時)に森先生は、なぜ丁寧に礼をされるのでしょうか。
[ 「天の命」と学校組織、机職人など、授業が出来ることになった全てへの敬意。
 11頁4行目「ていねいにわれわれ(学生)に礼をされた。」とあるが、これは学生自身が授業前に記していることである。 森先生の授業内容を聴きとれば、「学生に対して丁寧に礼をする」のではないことが理解できる。]

 正確に「天の命」と答えてくれ、講義後のこの話を深く聞いてきてくれました。
 全体を通して、この様であったのです。先生と学生の気持ちが一致した講義になりました。


 ○解説

 配布資料を配りました。
 雑誌『致知六月号』通巻479号 「特集一天地を開く」 9頁 (1枚分) 、『修身教授録』著者森信三先生の来歴と解説です。ほぼ全て読み上げ聴いてもらいました。なぜ、予習義務として書くことを求めたのか、といえば、森先生が口頭で説明されたのを学生が筆記していたからです。

 森先生の2回の逆境を知ってもらい、森先生が逆境でいかなることを考えたのか、という視点を持ってもらいたかったのです。その視点から高校生自身の人生を見つめてもらいたい、と言いました。
 それは、私がこうして皆さんに今日お逢いできたことの尊さ、その尊さに感謝することが、真の人生の始まりであることを意味します。そしてこの視点があるからこそ、60歳、70歳になって引退した方々を中心にして森信三先生の『修身教授録』を読む勉強会が全国で約100もあるのです。

 皆さんの勉強は、学歴をつけること、将来待遇のよい、あるいは希望の職に就くためという面が強いのでしょう。私自身そうでした。しかし、この視点では60歳を過ぎて、学歴も得られない、待遇も良くならない勉強を実際にしている方々を説明できないのです。そういう人生を通した勉強という視点を身につけて欲しいのです。
 同時に日本国は森先生の仰られるような人間学(人生の勉強)を積み重ねている人々が社会のトップに就く国でもあります。雑誌「致知」は社会的に成功したり尊敬されたりする人々が出てきます。パナソニックの基礎を作り「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助氏などはその代表です。技術や能力が高い、あるいは金銭を稼ぐ人が社会的に成功、と言われたり、尊敬されたりする訳ではないのです。この視点も高校生の皆さんに伝えました。

 最後に2つ質問をしました。

・「文章が難しいと思った人」  ⇒ 全員の挙手

・「本を読んで素晴らしいと思った人」 ⇒ 全員の挙手

 嬉しい、正直な挙手と感じました。


 以上が講義録になります。
 
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