高木の哲学的立場Ⅲ 基本事実と全体


 私の哲学上の立場を「高木の哲学的立場Ⅱ 絶対的自己」引き続き簡略して書きます。

 絶対的自己、が現在のテーマです。
特に論文等にはしていませんが、20歳の頃から一貫して考え続けてきました。

 「私が書いている内容は私だけの考えである」というのが、高木の哲学的立場を支える基本事実です。
もし、「私(誰か)が書いている内容は全員に共通する考えである」というのならば、私の考えは誤りになります。議論に先だって私の立場と、基本となる事実(前提)を示し、潜在的な反証される事実を提示しておくことは重要です。これは、科学哲学者カール・ポパーに教えてもらいました。

 しかしながら、ポパーの科学論そのものは、私の論文では「循環論法」になっている、という限界があります。この限界を突破しよう、そして人間の知識の形式を考えたい、というのが哲学的立場の意図になっています。

 まず、ポパーの意図を洗練して、「私の書いている内容は私だけの内容である」という点を区別します。人文科学や社会科学のように知識獲得に方法的洗練がない知識と自然科学、特に物理学のように対象物の次元を限定し、近似値を用い、理論的事実に昇華した後で法則関係へと還元する知識とが区別できます。ただし、人文科学や社会科学でも方法的洗練によって知識の洗練度が異なります。例えば、アドラーやフロイトの心理学と統計的心理学では知識の洗練度が異なります。論の優劣ではなく。

 次に、「私(誰か)が書いている内容は全員に共通する考えである」というのを普遍とします。この普遍とは全員でつかみえない、というのは過去の宗教史、哲学史、歴史等で明らかです。これに対して、「宗教(集団的宗教という意味での宗門、個人の内省という意味での聖道を含む)、宗派を超えて共通のものがある」という反論が予測できます。この点についてポパーの『歴史主義の貧困』にあるように、歴史の一回性から立論出来るでしょう。さらに、プラトン批判を援用して、理想的な形式を前提して、全ての現象から目をそらすことへの批判も可能でしょう。不十分にシュリング、キルケゴールやニーチェなどから立論出来るでしょう。

 次に、「私(誰か)が書いている内容は全員に共通する考えである」ことを区別します。人間の発達段階から観てみます。コールバーグの道徳発達段階が大枠で3つあり、これに禅の2つの段階を加えます。ここに絶対的自我が出てきます。個別性ある肉体から離れて禅的段階になっていくと、全員に共通する考えに近づくように「錯覚」することが出来ます。この錯覚は、まだ研究段階ですが、孔子の「天命」に近い考えだと推測しています。君子という統覚的自我を超えた「天命」という段階を求めていたのでしょうし、「天」という万古不易の言葉を使ったことから推測できます。

 しかしながら、それは人文科学的な方法論的洗練のない、内省的でしかない、というのが私の考えです。その方法論的な洗練のない知識の束縛から抜け出すためには、絶対的自我から考える必要がある、と考えます。

 つまり、私の全体からすれば、私達の存在のしばり、というものがあるのです。それは方法論的洗練のない束縛を考慮しないことで、感覚的な、あるいはプラトン的なしばり、というものを相対化出来ていないからです。私達の存在の形式を考慮するために、人類最古からの感覚的な、理性的と言われるプラトン的な束縛を見つめることが必要です。その実際の具体的な例が、自然科学の発展と技術の進歩です。私達の存在のしばり、というものが工業化社会によって解放されたことに立脚して、見つめ直しこと重要だと考えます。

 そしてそれを見つめ直せば直すほど、私達の存在に絶対的自己が抱える絶対矛盾があること、が鈍く輝いてきます。

 その鈍い輝きを詩に書いています。

 
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