エッセイ「【解説】「からごころ」と「子供の遊び」」


「からごころ」と「子供の遊び」

 先月号で『からごころ ―日本精神の逆説―』を書きました。今回は長谷川三千子先生の「からごころ」は、「おぞましい」ものなのであろうか?と考えていきます。

「からごころ」について
 冒頭に「からごころ」についてまとめておきます。「からごころ」は、本居宣長が『古事記』研究で探し当てた日本人の精神の特質です。「漢意(からごころ)」は、漢字文化を「普遍てきなもの」としながら、同時に、全く漢字文化を無視するという逆説の構造にあります。漢字文化への憧れと無視は、日本人全体が持つものであり、具体的事例が、漢字の形を無視して片仮名、平仮名を作り、音や文法を無視して訓読みや書き下し文を作ったことです。でありながら、孔子は日本人全体に通じる素晴らしい、つまり「普遍的なもの」である、と憧れているのです。
 この「からごころ」によって日本は仏教建築や律令制などの幅広い漢字文化を取り入れて国を強化し、支那大陸の数々の王朝から独立し続けました。同時に、同じ精神の特質は、明治期の近代化にも発揮されます。西欧化を「近代化」という言葉に見られるように西欧を「普遍的なもの」として憧れ、幅広く導入しました。他方、キリスト教の本質などは全く無視しています。
 以上が要約になります。
 私は批判の立場から二点指摘しました。一点目は、優れた文化を「普遍てきなもの」として憧れて導入してきた歴史は全ての地域、国家が持ち、日本だけが特別ではない、という点です。漢字文化の中心である漢字でさえ、現在の学説では支那の独創ではないとされています。
 二点目は、「からごころ」が本居宣長の言語分析だけに留まらす、社会学、文化人類学、さらには技術史にまで広がっていることです。このように広い範囲に使用する論拠が示されていません。さらに、言語が文化を規定するという前提は、この広い範囲では受け入れられないものです。使用範囲は言語分析のみ、あるいは個人の内的反省においてのみ可能であろう、と結びました。

「からごころ」と「子供の遊び」
 「からごころ」に示されるような逆説は、確かに日本人の特質と言えるでしょう。現代でも和製漢字や和製英語などが増えています。私達の身の回りに欧米語を訳した片仮名が、日々増えていっています。しかし、欧米の単語とは違う意味や用法で使われる場合も多くあります。アパートやマンションなどです。これは欧米の無視と言えます。同時にアメリカへの憧れ、国連中心主義なども併存しています。その他、確かに「からごころ」に示されるような現象が身の回りにあふれています。
 しかしながら、この同じ現象を反対の立場から見ている人がいます。江藤淳です。
 著書『からごころ ―日本精神の逆説―』は本居宣長に出発して、小林秀雄を経由して長谷川先生の「からごころ」に行きつきます。その間に折口信夫の敗戦前の発言を引用するなどしています。結びに最大の問題として日本国憲法を挙げています。
 江藤淳も同じ対象から出発しています。主著『小林秀雄』が新潮社文学賞を、『天皇とその時代』と『閉された言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』では、本居宣長、小林秀雄、折口信夫に触れ、日本国憲法について検討しています。

「からごころ」の否定的側面と本質論
 「からごころ」は「日本精神の逆説」を「おぞましい」として表現します。原文は旧仮名遣いです。

 「自らではないものを自らと取り違へて生きることの醜さ、とでも言ふべきものであり、ひとたびそれに気が付いてしまつたらば、二度とその中で息をするに耐へない類の醜さなのである。」(六十七、六十八頁)

 そしてこの醜さが隠しきれなくなった時について以下のように書いています。

 「或る日突然そのおぞましい顔をあらはした時、我々がすつかり不意をうたれてしまふ、といふことなのである。」(六十八頁)

 この文に続いて「日本国憲法」を取り上げます。以上の意味を読み解けば、「からごころ」なる現象は日本人であることを忘れながら、それが日本人であるというおぞましさがあり、そして気が付いてしまったならば、到底日本社会では息も出来ないような醜さに襲われてしまう、ということです。
 ここにあるのは、私達の生活の本質を検討しないという態度であり、同時に本質論を検討し始める時の躓(つまづ)きが書いてあります。「おぞましい」や「醜さ」や「不意」などの単語が描き出すのは、「からごころ」の否定的側面です。そしてそれがより本質に根ざす、という側面も描き出されています。

「からごころ」の肯定的側面と便宜論
 同じ「からごころ」の自らではないものを自らのものと取り違えて生きていながらも、「醜い」と表現しないのが江藤淳です。『天皇とその時代』で、昭和天皇崩御に際し、八百万人の国民が記帳に訪れたこと、自粛の機運の高まりを挙げて、「戦後民主主義」や「象徴天皇制」の遊園地の中から飛び出そうとしている様子を、以下のように述べています。傍点は原文のままです。

 「遊園地の囲いのなかで、温順に遊んでいた十二歳の子供だったはずの日本人が、にわかに毛ずねを露わにして大人の正体を顕わし、こんな子供の遊びには飽き飽きした、ところで、実家の親が重い病気なので、取敢えずそっちに行かせてくれ、といい出した。」
 
 「戦後民主主義」や「象徴天皇制」は日本の伝統的な文化ではありません。しかし、それを「普遍的なもの」として自らではないものを自らのものと取り違えて扱ってきたのが敗戦後の日本の政治であり、報道であり、教育でありました。
 この「漢意」的行動を、しかしながら、江藤氏は「子供の遊び」と表現したのです。日本人の本質は変わってない、という意味も込めてでしょう。「象徴天皇制」などいうものに、心の奥底まで染まってはいない、無意識に近い箇所で日本人全体が、天皇陛下の伝統的尊さを知っている、と言うのです。それが昭和天皇崩御に際する国民全体の行動であった、と事実に即して述べています。同時に、アメリカ占領軍(GHQ)によって特権的な地位を与えられ服従した日本の報道機関の長患いに悲憤(ひふん)しています。
 別の言い方をしてみます。日本国民はどうして、「戦後民主主義」や「象徴天皇制」を「普遍的なもの」としなかったのでしょうか。アメリカに従属した報道機関が連日のように報道し、学校教育で教科書に載せて連呼したのにも関わらず、どうして意識の上だけに留めることが出来たのでしょうか。「普遍的なもの」ではなく「普遍的として便宜的に扱うもの」としたのでしょうか。
 その根源を日本国憲法に江藤氏は求めます。
 少し日本国憲法の解説に入ります。まず、「象徴天皇制」の破れ目が、アメリカによって書かれ押し付けられた国際法違反の日本国憲法にある、とします。
 第一条の「共和制=主権在民」と第二条「君主制=世襲の天皇」が超論理的に分裂している、と指摘します。
 次に、第一条を「国民の総意」とすれば、第二条は「世襲」となります。ここから日本国憲法を考えます。もし、「国民の総意」を「世襲」の上位に置けば共和制となります。この場合、天皇の世襲は「国民投票」あるいは、「国民の投票」で選ばれ国会の過半数によって認められなければならなくなります。しかし、こうした歴史は国史にはありません。
 逆に、「国民の総意」を「世襲」の下に置けば君主制になります。この場合、天皇は国家権力の全責任と決定権を握ることになります。しかし、こうした歴史は敗戦後の日本ではありません。
 この二つはそれぞれが「共和制」が「君主制」かの根本的な違いです。では、現在の日本国憲法はどちらであるでしょうか。どちらでもなく、それぞれ併存しているに過ぎないのです。それが日本国憲法の第一条と第二条の割れ目である、というのです。さらにこの点について、江藤氏は以下のように述べます。

 「このように奇妙きてれつな構造が生じたのは、もとより現行憲法の第一条と第二条とのあいだに、論理的整合性がまったく欠如しているからにほかならない。それではそこにいったい何があったのかといえば、おそらく便宜的な必要性以外のものは何一つなかった。何故なら、「象徴天皇制」なるものをつくり出したのは、「日本国民の総意」でもなんでもなかったからである。」

 「象徴天皇制」も「戦後民主主義」でさえも、その根拠は日本国憲法です。これは明らかにアメリカ製であり、その出自を議論されることは殆どありませんでした。そしてそれらは「普遍的なもの」とさえ報道され、教育されてきました。しかし、「普遍的として便宜的に扱うもの」でしかなかったのです。
 もし私達がアメリカの検閲によって生じた敗戦後の日本を、つまり自らではないものを自らであると取り違えて生きてきたのならば、昭和天皇崩御の時のような社会現象は起きなかったに違いないでしょう。
 自らではないものを自らと取り違えたかのように振る舞っていたのは、遊園地の中の「子供の遊び」に過ぎないのです。なぜ、そのような「子供の遊び」をするのでしょうか。それは日本国憲法の根本矛盾を指摘して、憲法改正に向かうこと、つまり論理的整合性を憲法典に求めようとする、大人の道理を取らなかったのであろうか、という問いとも言いなおせます。
 問いに対して、江藤氏は先程、「便宜的な必要性以外のものは何一つなかった」という解答を与えています。敗戦後の冷戦構造の中で、「子供の遊び」に興じることが、便宜的必要性によって生じていただけである、と言うのです。ここに長谷川氏と江藤氏の決定的な差が浮かび上がってきます。長谷川氏のいう「漢意」なる現象が「おぞましい」とするか、江藤氏いう「子供の遊び」とするかの差です。
 江藤氏の文脈で捉えると、敗戦後の「日本精神の逆説」の肯定的側面が現れてきます。
 つまり、アメリカ製の憲法を保持しつづけるというのは便宜的なこと、の意味する肯定的側面なのです。便宜的なことを具体例として挙げます。アメリカを安心させること、大東亜戦争の敗戦理由である経済封鎖の回避、国力増強による民の安寧と世界平和の希求、そして最後に国家の継続という点が挙げられます。そしてこれらの便宜的理由が、「子供遊び」に興じさせている、というのです
 自らではないものを自らであると取り違えることによって、敗戦後七十年の歴史は、民の安寧と世界平和の希求と国家の継続が保たれてきたのです。

日本国憲法議論と「日本精神の逆説」
 「名を棄てて実を取る」の諺の態度は、名を求める、つまり論理的整合性を憲法典に求める大人の態度よりも一歩踏み込んだ態度です。
 私達は敗戦後の報道の中で、あるいは国民的議論として、憲法解釈の論理的整合性や、アメリカ製であることの国際法上の論理的整合性を問題にしています。その議論に汲々とし、毎年のように憲法記念日には、「第九条問題」と自衛隊の存在を考えます。賛成反対はあるにしても、改憲護憲はあるにしても。
 しかしながら、そうした大人の道理は、日本の伝統的な価値観に沿うものなのでしょうか。そういう「老人の道理」で考えてみるのは如何でしょうか。
 皇紀二千六百七十五年(西暦二千十五年)現在、大人の道理で考えれば自衛隊は改憲護憲に関わらず、存在を危ぶまれます。
 しかしながら、「老人の道理」で考えれば別の視点が現れてきます。自衛隊は最新鋭の護衛艦「出雲」を有し、大規模戦争ではなく地域紛争やテロ対策、災害派遣という現在の有事に対応可能な軍事力を持つに至っています。他方、アメリカや中華人民共和国などは、現在でも大規模戦争に対応する軍事力の増強に努めています。しかし、大規模戦争用の軍事力は時代遅れになりつつあります。これは、二十五年前の昭和天皇崩御後のイラク戦争(湾岸戦争)から、大規模戦争に対応したアメリカ軍が対応できない事態が出現し、現在のテロ戦争まで続いています。パキスタン統治、九・一一、三・一一、シリア紛争、エジプト動乱などでは、大規模戦争用の軍事力ではなく、地域紛争やテロ対策、災害派遣等の軍事力が必要な事例です。
 敗戦後の日本は「日本精神の逆説」をさらに一段押し深めることによって、「老人の道理」を獲得したのではないでしょうか。そこには、表面上の欧米かぶれや、論理的整合性を検討するだけでは見えてこない、あやふやなしたたかさがあるように想われてなりません。
 飄々踉踉(ひょうひょうろうろう:ふらふらよろけめくように歩くさま)と見られながらも、洒脱した老成を隠しているようです。
 この解釈を江藤氏の文面から引用します。江藤氏と二十世紀のフランス哲学者ガタリ氏との対談の言葉です。ガタリ氏は昭和天皇崩御の際に日本人が自由に皇居前に集う姿に深い意味を見出して言います。括弧は高木です。

 「私たちフランス人は、神を殺し、王を殺しました。・・・(中略)・・・そして皇帝を追放し、もう一人の皇帝をも倒しました。更には人民戦線の神を殺し、共産主義の神を殺し、実存主義の神をも殺してしまいました。その結果、私たちの国は、御覧の通り解体の一途をたどっているではありませんか。」(九十、九十一頁)

 江藤氏はガタリ氏を見つめて言います。

 「かつて王を殺し、皇帝を倒し、その結果をになわされているフランスの知識人の言葉でもあった。私はガタリ氏の誠実さを疑わなかった。」(九十一頁)

 私達日本人は、大人の論理、つまり、知的「誠実さ」で、憲法解釈の論理的整合性が憲法そのものの国際的合法性、あるいは押し付けられた違法性について検討しています。けれども、その知的「誠実さ」の先には、フランスのように国家の解体があるのではないでしょうか。この老獪な視点から日本国憲法を見直すと、知的「誠実さ」に求めつつも、結果として憲法を殺してはない、という逆説が現れてきます。それゆえ、留保しつつ憲法の根源的な目的を老人の道理によって洞察する必要性を感じます。
 知識人がその「誠実さ」に心を奪われてはならないことを、ガタリ氏と江藤氏の対談が教えてくれます。「日本精神の逆説」に支配されつつ、その逆説に、あたかも神を殺さない労わりの心が潜めるからでしょう。そこに「日本精神の逆説」の肯定的側面があります。日本国憲法を「老人の道理」で検討してみては如何でしょうか。
 以上が、「からごころ」と「子供の遊び」です。思わぬ結末になり、驚きつつ、御二人の学恩をしみじみと感じ入っています。


参考図書
・長谷川三千子著 『からごころ ―日本精神の逆説―』
・江藤淳著 『天皇とその時代』
・江藤淳著 『閉された言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』
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