エッセイ「【解説】『からごころ ―日本精神の逆説―』」

  「富士論語を楽しむ会」の同人誌に投稿した校正前原稿です。
読みにくい箇所・誤字脱字あると思いますが、目を通して下されば幸いです。以下本文です。


 「富士市 第三回 憲法講演会・誇りある日本を築くために」で長谷川三千子先生が御講演される予定です。長谷川先生の主著である『からごころ ―日本精神の逆説―』を読み下してみたいと思います。

「からごころ」である理由

 著書『からごころ』の題名になっている評論「からごころ」は全五十六頁と短い評論です。その最後の二頁の書き出しは、(旧仮名遣いをそのまま引用します。ルビは括弧に置き換えます。)

 「たとへば今、「日本国憲法」の内にあるおぞましさなどといふのは、人の目に露はになつてはゐない。いはゆる憲法論議と言はれてゐるものは、まだ本当の憲法論議ではない。・・・(中略)・・・
 けれども、いづれ何時かは、この憲法全体を貫く精神のおぞましさ、或はむしろ、全体を貫く精神の無いことのおぞましさが、人の心を蝕み始める時が来る。その時に如何(どう)したらよいのか、その時我々は如何(どう)生きたらよいのか――我々にはまだ全くその備へが出来てゐない。」

 です。つまり、「からごころ」の想定する対象が日本国憲法論議なのです。それゆえ、長谷川先生の御著書の中で「からごころ」を取り上げます。

「からごころ」の要約

 「漢意(からごころ)」は、本居宣長が『古事記』研究の中で探し当てました。『古事記』の中にある日本の伝統の心を探っていくと、ある逆説を見つけたのです。それは日本人が日本文化を大切にせず、漢字文化を「普遍的なもの」とし、善悪是非という心の判断までも漢字文化に染まっている、同時に、そのことを無視している、という機構です。同時にそのことを無視している、というのは、漢字の数々の無視です。①訓読みは、「中国語の音声と文法の無視」で成立し、②仮名は、「表意文字の無視と音の利用」によって成立しました。
 つまり、漢字文化を「普遍的なもの」としながら、漢字文化を「無視すること」で新しい訓読みや仮名などを生み出したのです。「普遍的なもの」への憧れと無視、という逆説が「漢意」にはあるのです。
 さらに、『古事記』の中にある「古意(いにしえごころ)」にも、同じ「無視の構造」があるのです。そこをおぞましいと言い、その具体例として日本国憲法を挙げています。以上が「からごころ」の要約です。

「からごころ」の出発点

 「からごころ」本文の詳しい解読に入ります。「漢意」は本居宣長が『古事記』を解読し、意味や用法、補助説明を入れた『古事記伝』(西暦千七百九十八年)の研究で探り当てたものです。
 『古事記』とは、口伝えで伝えられてきた神話など数々の話を、漢字を使って文字に残した本です。伝えられてきた大和言葉の音と意味を、外来語である漢字の形を利用して残すことが「漢意」の出発点です。
 江戸時代の経済の安定によって文化が成熟期に入ります。宣長は改めて、古(いにしえ)の日本の心、「古意(いにしへごころ)」、「やまとだましひ」、「やまとごころ」を『古事記』研究で探ろうとします。
 そこで驚くのです。

 「なぜ、日本人が『やまとごころ』を探らなければならないのか?」

 と。自分たちのあるべき心を、苦心して探らなければならないのか、と愕然(がくぜん)とします。つまり、私達日本人は私達自身の伝統的な心を失っていることに気が付くのです。このように私達日本人が、私達自身を失っていく機構を「漢意」と呼ぶのです。つまり、日本人の本質を探ろうとすれば、知らぬ間に「日本人であること」から逸脱してしまうのです。この複雑怪奇な機構を、宣長、小林秀雄氏を引き、長谷川先生は解読します。
 「漢意」は、宣長の『古事記』の格闘に出発しました。そこで浮かび上がったのは、中国から来た漢字文化を「無視して」日本人の文化として取り入れた経緯でした。日本語が日本人の文化の根本にあり、日本人の文化を規定している、ならば、その日本語を生み出した漢字文化に私達の文化が規定されていると考えたのです。日本文化を言語学の視点で切り取ったのが「漢意」なのです。
 
日本語の特徴

 宣長の見抜いた日本語の特徴二つを述べます。

 訓読み:漢字を中国語として読まない(音声の無視と書き下し文)
 仮名:漢字を日本人の道具として使う(表意文字の無視と音の利用)
 それぞれについて解説します。

―①訓読み:漢字を中国語として読まない
 漢字は漢人が使用する言語として日本に入ってきました。便宜上、中国語と呼びますが、当時は唯一使用可能な文字でした。そして巨大帝国と先進技術(建築、国制、度量衡等)を理解するのに欠かせない文字でした。周辺民族はこの文化的苦境に立たされました。漢字を導入すれば自国文化の継続が危ぶまれる。他方、漢字を拒絶すれば技術後進国となり、他国による占領や民族抹殺の可能性が高くなるのです。
 しぶしぶと漢字を受け入れながら自分たちの文化を守らなければならない、文化的苦境が生じていました。漢帝国北方の契丹(きったん)や西方の西夏(せいか)等は、漢字を元に多少変更した新しい文字を作る工夫をしました。ただ、漢字が中国語のものである、という認識を拭い去るには不十分でした。それゆえか、それらの文化は滅びました。
 他方、ヴェトナムは漢字に「口」や「く」をつけるなどして漢字と自国の文化の中和を図りました。ただ、現在まで残ってはいません。ヴェトナムの漢字は、十七世紀にフランス人によるローマ字表記になっています。これらは漢字が中国語である、ことに格闘した歴史なのです。
 漢字と格闘するのは、漢字によって自国の文化が脅かされるからです。漢字を知る人間集団だけが権力や軍事力をもつと、自国が中国の支配下となってしまいます。

 「漢字は入れたい。しかし、自国は守りたい」

 の苦境の中で、日本は漢字を中国語として読まない、という珍しい選択をとりました。それが書き下し文であり、漢字に日本語の読みをつける、という訓読みです。漢字が中国語であることを無視して、無視していることさえ忘れてしまって、意味だけ取り出してきて、訓読みをつけたのです。大発明です。
 
 英語を例にしてみます。
 「This is a pen.」
 は英語です。「This」を例にします。「T」に「ヒ」、「h」に「ト」、「i」に「アイ」、「s」に「スル」と訓読みをつけてみましょう。
 「This(ディス)」=「ヒトアイスル」
 とするのが訓読みなのです。何とも面白い発想です。「This」というローマ字を英語として読まないのです。訓読みは「ディス」という漢字を中国語として読まず、「ヒトアイスル」という日本語の意味をつけて呼んでしまう点で大発明なのです。ここに「音声の無視」があります。
 ただし、表意文字と表音文字、つまり漢字一字に意味がある、とローマ字には意味がないことに違いがあります。
 
 さらに、書き下し文では、中国語の語法の無視があります。
 「This is a pen.」
 を書き下してみましょう。
 「This ハ is レ a penト」
 となるでしょうか。これでは英語の語法を無視しています。語法を無視して日本語の語法に書き換えるのが書き下し文なのです。これもまた、大発明です。
 朝鮮半島で訓読み「吏読(イドウ)」が現れては衰えた理由を長谷川先生は、『日本よりもはるかに直接に「中国語」の侵入にさらされてゐた朝鮮半島では、訓読の確立は、どうしても「悪戦苦闘」のたたかひとならざるを得なかった。』と消滅の理由を記しています。継続もまた、日本語の特徴を作り出したのです。

―②かな:漢字を日本人の道具として使う
 大和言葉には大和言葉なりの音がありました。それは中国語とは発声も母音も異なる音でした。中国語の発音を表わす漢字に、日本語の母音を含めた音を付け足したのが、平仮名と片仮名である「仮名」です。漢字を簡単にしたり、変化させたりは、他国でもありました。先ほど述べたようにヴェトナム語は、漢字の意味と発音をそのままにして、漢字に「く」の旁(つくり)や「口」偏を付けるなどしています。しかし、文字が漢字由来なことは一目瞭然です。対して片仮名を見ていきましょう。

 中国語の「伊」の音を最も近い日本語にする(「い」)
  ↓
 日本語の(「い」)音に合うように漢字の「イ」の部分を選び出す
  ↓
 「イ」という片仮名ができる
  ↓
 「イ」を全員で利用する

 このように漢字の一部を取り出した片仮名「イ」、そして漢字を早く簡単に書くとできる形を抜き出した平仮名「い」が出来たのです。「伊」にはない簡単明瞭さが、片仮名と平仮名にあります。漢字を基にしながら、漢字そのものを全く無視して出来たのが「仮名」なのです。ここにあるのは、中国語の文字の表意の無視であり、音の無視です。その結果、何千、何万という漢字から四十七字という使いやすい仮名を生み出したのです。
 私達は「富士論語を楽しむ会」で『仮名論語』を使い、中国語の『論語』を読み、意味を理解しています。書き下し文と仮名によって『論語』の中国語に縛られずに理解しています。中国語を知らずに読むことができるようになったのです。
 先ほどのヴェトナムや朝鮮半島の新羅の「郷礼(ヒャンチャル)」などは滅びてしまいました。これらの理由を長谷川先生は、

 「ともかくも一応は表記の体をなすことのできた郷札が、歴史の流れの中に捨て去られてしまつたのは、そこに、本来中国語を表はすべき文字が朝鮮語の音を表はしてゐる、といふ「不自然」が見えてしまつたからであろう。」と記しています。

 日本語は中国語の音を音読みとして残しつつ、仮名によって大和言葉を「自然」に書き残しました。大和言葉で伝えられた文化を「大和心の言霊」と云うならば、仮名は「中国語の言霊」を自然に消し去ったと言えるでしょう。大和心を残すために「中国語を道具として利用」した結果です。そこには、中国語が持つ表意文字と音を無視することがあるのです。
 以上から、日本語の特徴は、「漢字を数々の点で無視すること」なのです。

「日本語」の逆説

 本居宣長は、漢字の音を利用して大和言葉に移し替えて文字にした『古事記』を研究して、「漢意(からごころ)」に思いが至りました。日本語の読み書きが出来るそれ自体に、「漢字を数々の点で無視すること」に支えられていることに気がついたのです。
 しかしながら、私達日本人は、宣長の時代から「漢字(からのもじ)を用いながら、日本語で読み書きしている、と思っていて疑いもしない」のです。
 この漢字の由来を無視する心持を「漢意」と呼んだのです。少し説明します。
 私達は普段、日本語を使っていると思っています。しかし、漢字も仮名さえも元は漢字から来たものです。中国語が入ってくれば、疑いもせずにその度に書き下し文にして自分たちのものにしてしまうのです。中国語を中国語とさえ気がつかずに無視をして、日本語として取り扱う、という逆説が「漢意」にあるのです。
 現代では、「アパート」を日本語として使っていて、英語なのかアメリカの英語(米語)なのか、ドイツ語なのかなど完全に無視している、という例が挙げられます。アパートは外来語の米語でありながら立派な日本語表記になっています。もう、「何々荘」の「荘」に戻すことなど、実際には不可能でしょう。日本古来の「やまとごころ」を探っていくと、外来語でありながら日本語にしてしまう、という逆説があるのです。

「漢意」と国史

 他方、「漢意」は国史、つまり私達の文化を結果的に救いました。宣長の死後約五十年後に西欧列強が圧倒的な軍事力と先進技術を持って押し寄せてきます。まるで、漢字が日本にもたらされた時代と同じようにです。
 蒸気機関、黒船、最新の大砲や物理化学を、これまでの南蛮夷狄(なんばんいてき)と軽蔑せずに、吸収に走ります。漢字が「普遍的なもの」と考え、まず吸収した後に仮名に改良したようにです。
 当時の日本の技術は世界で最も高度な文明の一つであり、数学や文学、環境等において優れていました。しかしそれらを捨て去って、西欧を「普遍的なもの」と考えたのです。「西欧化政策」ではなく「文明開化」であると信じ込みました。「日本の西欧化」ではなく「日本の近代化」としました。その主論者が福沢諭吉で、「東洋のものは全て駄目。西欧のものこそ唯一素晴らしい」と言い切りました(『文明論之概略』)。
 蛇足を高木が加えれば、哲学界でも西欧の哲学は「普遍的なもの」と考え、ひたすらに日本語訳に努めており、そうした学徒が高い地位を占めています。敗戦後の日本はひたすらに米国化を目指し、そして現在は国連中心主義をとっています。しかし国連(United Nations)とは「連合国(United Nations)」であり、敗戦国日本やドイツを永久に押さえつける組織です。それらを「無視の構造」によって綺麗さっぱり忘れ、ただ一心に信じているのです。余談から戻ります。
 「欧化政策」を「文明開化」と呼ぶ根底には「南蛮夷狄(なんばんいてき)」というこれまでの中国文明の思想を「無視の構造」によって綺麗さっぱり忘れ、ただ一心に信じたのです。そして西欧の技術を驚異的な速さで吸収し、西欧列強の植民地にならずに済んだ歴史があります。対して支那や朝鮮は「南蛮夷狄」と軽蔑し技術導入を拒みました。

「漢意という逆説」

 「漢意」に戻り、長谷川先生の文を引用します。

 「『漢国のふりを好み、かの国をたふとぶ(尊ぶ)』といつた、意識的な中国びいきは、まだしも救いがある。その人自身、自分の中国びいきであることを心得ているからである。
 しかし、問題となるのは、直接に直接四書五経を読むでもなく、漢詩をたしなむでもない多くの人々の、自らはそれと気がつかず「中国流」になつてしまつてゐることである。それも「善悪是非」の判断といつた、人間としてもつとも(最も)基本的な心の働かせ方をするときに、すでに「中国流」になつてしまつてゐることである。」

 こうした心持で漢字を始めとする漢文化を受け入れたのです。そして日本人は漢文化を、西欧文化を「普遍的なもの」とさえ思ってしまう。自分たちの文化など置き去りにして、心の働かせ方まで真似てしまうのです。
 こうした心持が先ほど述べたように漢文化の伝達と西欧文化の伝達の二回、日本文化の危機を救ったのです。 
 続けて、「普遍的なもの」とする心持への反論を聴いてみます。

 「確かに、人間としては当然こんな風に考えるべき問題なのだ、とはもっともらしく聞こえる。しかし、誰にも目が二つ、鼻が一つ、口が一つ付いていると言っても同じ顔立ちではない。つまり、人間として当然だ、というのも心は同じでも、当然、とする心の働かせ方は違うのだ。当然、とか、善悪、とか理性とかは文化によって異なる」

 日本人の伝統的な心を『古事記』で描き出そうとした宣長の問題意識がよく伝わってきます。
 しかしながら、自分たちの当然あるべきことを探ろうとすると、そこにぽっかりと「無視の構造」が潜んでいるのです。日本人である当り前のことを探ろうとすると、日本ではないものから始まり、それらを無視していることにぶち当たるのです。これらが「漢意という逆説」なのです。
 長谷川先生は、以下のように説明します。

 「漢意それ自体が、或は日本文化それ自体が、さういふ逆説をなして出来上つてゐるのである。」

 そしてそれゆえに、

 「『自分は日本人である』といふ自覚の上に立つて、日本人として、正統的に生きようとすると、他ならぬその決意そのものによつて、「日本人であること」の核心をなすものが壊されてしまふ。」

 と記します。なぜなら、「日本人であること」の根底に「無視の構造」が含まれているからです。日本人が「日本人は善い」、「日本人は悪い」という文の中の「日本人」には「無視の構造」が含まれてないのです。これらを指して、「『日本人であること』」の核心をなすものが壊されてしまふ。」というのです。
 そしてこの構造を「おぞましさ」と長谷川先生は言い、

 「それは、自らでないものを自らと取り違へて生きることの醜さ、とでも言ふべきものであり、ひとたびそれに気付いてしまつたらば、二度とその中で息をするに耐へない類の醜さなのである。」

 とします。つまり、私達日本人は、自分達が本当は何者であるかを見ないことによって、隠し続けることによって生きていると言うのです。
 「からごころ」の評論は、冒頭の日本国憲法の問題で本文を結びます。以上が「からごころ」です。

解読に代えて
 ここからは私論を書いていきます。
まず、「からごころ」で問うている内容は、「日本国憲法を自主憲法に」や「改憲反対」のような単純な内容ではない、ということです。問題にしているのは、「日本人とは何か」と真剣に考えなければならない、点です。では、「日本人とは何か」と考えると、  
 「日本人が日本文化自身を無視して、『アメリカは普遍的なもの』、『中国は普遍的なもの』という『漢意の逆説』を持っている」
 という構造が出てくるのです。
 これに対する思想は『葉隠(はがくれ)』にあります。

 「釈迦も孔子も楠木も信玄も鍋島家に仕えたことはなく、わがお家の流儀に合いはしないのである。」

 鍋島藩の武士に武士の心得を説く『葉隠』は、当然、鍋島藩の歴史、土地、文化を育てていくものでなければなりません。それゆえ、この文章は当然と結果です。しかし、日本人は本居宣長や長谷川先生の言うように、文章に何となくの違和感を持つでしょう。
 好例は、鍋島藩出身の大隈重信で『葉隠』を「奇怪な書」と評しています。日本人には、大隈重信のように、釈迦や孔子や、伝説として語られる楠木正成、武田信玄などに「普遍的なもの」があるという構造が、「当然である」、「自然」と感じられるのです。対して、先程の一文は、「普遍的なもの」に相対する「偏狭的なもの」に感じるでしょう。日本人が「漢意」を持つからです。
 同じ例は、日本国憲法の自主制定派、改憲派にも当てはまります。自主制定派、改憲派ともに、どこかしら「不自然さ」、「偏狭的なもの」を感じ、人前で議論の対象にしにくいのです。自分達の憲法でありながら、長谷川先生の言うように、
 「日本人である当り前のことを探ろうとすると、日本ではないものから始まり、それらを無視していることにぶち当たるのです。」
 これらの感覚の根源に、「漢意」があるのです。つまり、日本国憲法は外来のものでありながら、「普遍的なもの」としつつ、日本国憲法そのものを無視している、という構造にあります。江藤淳氏が指摘するように日本国憲法第一条と第二条には根本的な矛盾がありますが、それらは完全に忘れ去られているのです。忘れていること、さえ忘れ去られているのです。
 別の例に移りましょう。私達が『仮名論語』を読んで知る孔子の主張があります。この孔子の主張が現代の日本人に通じる、と考えるためには、時代や地域差、言語の差などを無視していること、その無視の機構にさえ気がつかないこと、が必要です。しかし、そのことを忘れている、忘れていることさえ忘れ去っています。『葉隠』の一文を真似て「偏狭的なもの」の説明を書いてみましょう。

 「『論語』なんて、孔子という政治失敗者の言葉に過ぎない。学ぶ必要は一切なし。」
 「孔子は所詮、漢人(中国人)だから日本人には合わないし、意味がない。」
 
 この二つの文は当然という意味で合理的説明ですが、論理的反論は検討されません。ただ単に孔子は「普遍的なもの」と扱われてお終いになります。むしろ、「偏狭的なもの」を感じさせるのです。その理由が「漢意」なのです。

「からごころ」への二つの批判

 最後に、長谷川先生の「からごころ」に対して批判的検討を加えます。

 一、「漢意」とは日本だけのものであろうか
 二、「漢意」の使用範囲は正しいのであろうか

 二つの点をそれぞれ述べていきます。

一、「漢意」とは日本だけのものであろうか
 技術者倫理から考えてみます。自国以外を「普遍的なもの」として技術を吸収するのは、ごく一般的な技術史の実例です。むしろ、自国以外の進んだ文化文明の吸収は、どこの国家や民族でも起こっています。自国だけで文化文明を全て賄った国など存在していません。シュメールと南米の二つの文字の発明をした民族は滅んでいます。文字を使用している民族の全てが、自国以外を「普遍的なもの」としたのです。ちなみに、漢字は現在の学説では、「文字の発明」とは言い難くなっています。
 もう少し踏み込んだ具体例を挙げれば、当の西欧社会は、中世のイスラム社会を「普遍的なもの」と見なし、ネクタイや町中の噴水などの日常生活から、思想に至るまで幅広く吸収してきました。
 さらに遡れば、西欧社会が古代ギリシャとヘブライという西欧社会外の二つの要素で構成されています。古代ギリシャ文化もキリスト教を含むヘブライ文化も、ゲルマン人やフランク人、アングロ人やサクソン人の元来の文化とは全く異なるのです。彼らの古代ローマへの敬慕を観れば、他国の文化を「普遍的なもの」として自国の文化を無視してきたのは明らかです。それでありながら西欧人は「ローマの継承者である」と主張します。自国文化以外を「普遍的なもの」とし、ローマ文化を無視しながらも継承しているのです。ヘブライ文化では、例えば「キリストは白人である」と信じて疑わないのです。アジア人であることを無視していることさえ忘れ去っているのです。
 
 さらにシュメール文字から発する西欧から中東の文字文化も同様です。文字の拝借、改変、音の発音の無視などによって現在の多様な文字が西欧に、世界中にあります。
 漢字から仮名への変換と同様に、シュメール文字から他の多くの文字への変換の結果です。ラテン語を現在の西欧各国が「音の無視」によって各国で異なる発音をしているのは周知の通りです。
 以上の三点から、漢意を「おぞましい」と表現するのならば、世界の多くの文化がその「おぞましさ」を共有していることになるでしょう。それゆえ、この「おぞましさ」は世界全体に共有されている自明の心性であり、「おぞましい」と感じるのは、個人の内的反省にのみ出現することになるのです。
 さりとて、日本が西欧文明の自然科学の技術や議会等の社会技術を素早く吸収できた点を無視することは出来ません。しかしながら、現在に視点を移してみると、つまり時間の単位を百年単位にすると、現代の印度、中国、インドネシア等々の国々が同じ技術を吸収している歴史的事実が浮かび上がってきます。それゆえ、「漢意」を近代史に使用することは出来ないのではないでしょうか。つまり、契丹や西夏なども百年単位で国家が永続し、経済の安定があれば訓読みや書き下し文などを、「アイディアの模倣」をして導入していたと考えるとの主張です。
 確かに日本は漢字導入時、明治期には大いに吸収しました。しかし、技術史に照らしてみれば、技術吸収は同一文化で常に一定ではありません。「漢意」なる性質は、日本特有のあり方ではなく、多くの文化に共通する志向となります。なぜなら、文字を始めとする技術吸収の強弱が時代や社会によって変化するからです。当の「漢意」を生み出すほど隆盛を極めた支那大陸の文明が、西暦十五世紀を境に没落しました。
 以上の説明から導き出される結論は、今後の日本のためには、「漢意」を過信せずにありたい、ということです。私達は常に謙虚に、他国の文化や技術を吸収し続けたい、ということです。「漢意」が日本人の根本に潜むから、と言って傲慢になってはならない、ということです。もちろん、これは長谷川先生の結論ではありません。

二、「漢意」の使用範囲は正しいのであろうか
 本居宣長の言語学的手法によって切り出された「漢意」は、その使用範囲を限定せずに使用できるのでしょうか。言い換えれば「漢意」で説明される事象が、言語学、社会学、文化人類学、技術史など幅広いのです。使用範囲が広すぎるのです。
 例えば、「漢意」の実例として「黒船」が含まれていました。「黒船」は物質的実体を備えていますが、「漢意」とは言語学の結果であり、物理的実体を備えていません。社会学についても同様に物質的実体を備えています。これらについて本文での論考はないので、長谷川先生の論考を待ちたいと思います。
 次に、「からごころ」の出発点において、言語が文化を規定する、という前提に立っています。しかしながら、言語は文化を規定するとは必ずしも言えません。ヒュームの因果律批判がこれに該当します。これは本文中の実例でも明らかになっているのです。
 『古事記』に書かれた言語が文化を規定するのならば、『古事記』の時代の文化と、電気、ガス、水道や道路などがなければ成立しない現代日本の文化と同質でなければならなくなります。しかしながら、社会学や技術を含む文化は同質ではありません。
 同質である場合は、個人の内的反省において共通しうるものです。言語がさらに塊となり固形化し整えられた形でのみ可能なのです。それはいわゆる、思想や神話、物語です。あるいは歴史的経緯を加えた来歴なのです。
 例えば、仁徳天皇の民のかまどや国旗国歌に込められた物語は、『古事記』の時代と、現代でも共通しうるものなのです。「漢意」の使用範囲は、言語学的分析にのみ、あるいは個人の内的反省においてのみ使用可能ではないでしょうか。

 以上の二点を批判的検討として付けくわえて、解説『からごころ ―日本精神の逆説―』とします。
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