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エッセイ「【随筆】 道徳の復活を目指した昭和初期 ―林平馬著『大國民読本』― 」

 「富士論語を楽しむ会」の同人誌に投稿した校正前原稿です。
読みにくい箇所・誤字脱字あると思いますが、目を通して下されば幸いです。
以下本文です。


 富士論語を楽しむ会は、論語を楽しむことを目的としている。楽しむ、とは知ること、考えること、そして行動することも含んでいる。何か行動すること、に楽しいを使う。『仮名論語』の冒頭に「朋(とも)遠方より来る有り、亦(また)楽しからずや。」とある。「友人が遠くからやってくる(という行動)」に「楽しい」を使っている。私達の行動をより善くしよう、という意図も楽しむにはある。
 
 私達は、平成の世で「より善くしよう」としているのだが、昭和初期の世にも「より善くしよう」という人がいた。というのも、大正時代の世の中が乱れていたからである。平成の世に生きる私達は、現在の日本の道徳の低下を嘆くことが多い。平成二五年十一月に入ってから、有名デパートや大手ホテルなどのメニュー偽装、食品偽装が、ボトボトと出てきた。中国の毒入り餃子事件以来、日本の食品は安全、安心と思っていたのだが、残念である。道徳の退廃が一つの原因であるように思われる。あるいはこれが道徳の退廃そのものなのかもしれない。利己主義、効率優先主義など色々な言葉でまとめられるだろうが、実は大正時代にも同じような道徳の退廃を抱えていた。そこで、道徳を取り戻して「より善くしよう」という本が、出版された。文部省認定の林平馬著『大國民読本』である。初版は昭和二年、復刻版が平成十八年に出ている。この本の内容を見て、現在を考えてみたい。

 まず、本が問題とする大正時代をざっと振り返ってみたい。
世界ではワイマール共和国(ナチス・ドイツ前)など多民族主義や共和国が成立していた。他方、ソビエト連邦が大正六年に成立し、日本へのスパイが多数入り込む。大正八年にパリの講和会議があり、日本は世界で初めて「人種等差別撤廃提案」を行う(米国により否決)。同年国際連盟が設立。支那大陸は袁世凱政権が支配し、混沌を極める。
 日本では日清日露戦争が集結し、大正デモクラシーと呼ばれる退廃的な風潮が現れる。ソ連によるスパイ攻撃によって日ソ冷戦が勃発し、労働運動、女性解放運動が出てくる。この流れを受けて、利己主義、個人主義が出てくる。大正一二年の関東大震災、震災対策の失敗から金融恐慌が起こった。サラリーマン、百貨店、デパート、電気・上水道・ガス・扇風機・電気ストーブなどが普及し、都市化によって新宗教が盛んになった。
 大正時代をまとめてみると、戦争の時代から、日本国内だけは平和な時代になった。民の関心は内向きになり、個人主義、利己主義が出てきた、と言える。
 では次に、『大國民読本』の「第十章 結論」から引用したい。訳文は高木に責任がある。( )は補足である。

「 個人主義は善いとか悪いとか、また国家主義は善いとか悪いとか、色々と論議するが結局は無駄である。何ともなれば、その長所を採れば善になり、その短(所)を採れば悪になるからである。それゆえ、個人主義に生きようとしたり、または国家主義を礼賛使用することは、極めて愚かしい。想うに、個人を離れて国家はなく、国家を離れて個人もないからである。これを人体に例えるならば、あたかも細胞と全身の関係である。
 個人主義も国家主義も、等しく英国が本場である。そして英国民は決してどちらにも偏らない。個人主義は国家主義であり、国家主義は個人主義となっているのである。とはいえ利己主義はただたんに自分のことだけを考えている主義であるが、個人主義は国家や社会の一員として個人を完全にする主義である。だから、結局国家主義とは一致するのである。」

 この文章を読むと、先ほどの大正時代への問題提起が見て取れます。つまり、「個人を優先して、の考え方は不十分である」という問題提起です。大正デモクラシーを著者の林平馬氏は苦々しく思っていたのが伝わってきます。日本だけが平和だからといって、傲慢(ごうまん)になっている、道徳が退廃してきていると考えているのです。続きの文を見ていきましょう。

「 英国の家庭では、母親が子供に、立派な人間となって国の役に立ちなさい、と教えます。日本ではどうでしょうか、単に、偉くなれ、と教えます。英国人は個人の完成を国家や社会に貢献するために必要であるとしています。日本人は単に有名になればよい、高い地位につけばよい、そして有名になり、高い地位に就くためには、友人を裏切っても、出し抜いても、仲間を蹴落としても反省しない、というのです。一日でも早く有名になれれば良いのです。すなわち、最近の日本は個人主義の短所、いや本当は利己主義なのです。その結果、名前が売れて財産を作っても、社会や国家に貢献する人も殆どいませんし、ただ自分の家の安全、子孫繁栄だけを願っています。世間の風潮に逆らってでもあえて警告します。子供や子孫たちのために財産だけを残して、徳を教えない家が長く続いたことがあったでしょうか。」

 国家への貢献を大切にする国家主義と、個人の完成を目指す個人主義は、一緒である、という英国を例に出します。これと比較して現在の日本は個人の利益だけを考えている利己主義である、と言って警告しています。利己主義を個人主義と呼ぶのは現在の日本と共通しています。利己主義が、英国の個人主義とは違う点も同じです。有名デパートの偽装の問題の根本には、この利己主義があるのではないでしょうか。

「 そして、全身の一部の手を大切にしても良いし、足を大切にしても良い。鼻でも目でも良い。しかし、最終的には全身が一体となるように、個人主義も社会主義も、全ての主義が国家主義につながるべきである。」

 「手を大切にする」や「足を大切にする」は1人1人が自分の才能にあった仕事や役割をきちんと果たすことを意味しています。それぞれの個人がどんな場所でも良いから一生懸命頑張り、それが同時に国家に貢献することを忘れはならない、という主張をしています。
 大正時代に道徳の退廃から何とか日本を救おうとした林平馬氏、平成の時代の私達に大きなヒントを与えてくれているようです。
 お読み下さり有り難う御座いました。

参考書:『大國民読本』 林平馬著 初版昭和二年 復刻版平成十八年 復刻発行人 日本を考へる二十五日會 
   また、『大國民読本』は「遠州公開講座」の林英臣先生の御講演でご紹介頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。
 
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