エッセイ「【哲学】カントの面白さ」


以下の名前をどこかで聞いたことがあるかもしれませんが、どうも良く分からない、あるいは難し
いから敬遠する人も多いでしょう。

カント
イギリス経験論(ヒューム)
ヘーゲル
シュリング
キルケゴール
マルクス
ニーチェ

哲学の講義で一人十分程度の説明をしましたが、意外や意外、カントとニーチェが学生の印象に残
ったようです。今回はカントを面白さに注目して説明したいと思います。

 カントの問

カントの出した問題から見ていきましょう。
問 宇宙の果てはあるのか
皆さん、一度はお考えになったことがあるのではないでしょうか。宇宙の果てはあるのかないのか
? けれども、その答えは出ずにモヤモヤしたもので終わっていることでしょう。現在の自然科学に
基づく観測結果を用いた宇宙論でも、「宇宙の果てはあるのか」に決着がついていません、幾つもの
説が同時に存在しています。

 カントの答え

 カントは西暦十八世紀の独逸人です。彼の手に入れられた観測結果は現在から観れば稚拙なもので
した。しかし、カントは現在の自然科学を利用した宇宙論の現状を見事に言い当てています。

答え

宇宙の果てはある
同時に
宇宙の果てはない

が答えになります。カントは人間の理性では、「宇宙の果てがあるか」の問には、矛盾した状態の
答えしか出てこない、というのです。ここで注意しなければならないのは、 答え 宇宙の果ては判らない
「ではない」点です。
また、
答え 宇宙の果てはあるかどうか判る
「ではない」のです。

カントの答えには、人間の理性の限界がある、という点を含んでいます。以下の図式にします。

「神の理性は完全な理性である

一つの正しい答が判る
人間の理性は限界がある

一つの正しい答が判らない

二つ以上の理性が矛盾する」

カントの優れている点は、一つの答えが判らない、で止まるのではなく、二つ以上の理性が同時に
正しくて、かつ矛盾する、と指摘した点です。

宇宙の果てはあるのか
具体的に見ていきましょう。

限定された理性の答え①
宇宙の果てはある。なぜなら物質には限界があるから。
限定された理性の答え②
宇宙の果てはない。果てまで行って手を伸ばせは空間が広がるからである。それは永久に続けら
れる。

 限定された理性の答え①も②も理性としては正しいものです。しかし、その正しさは人間の正しさ
に過ぎず、たった一つの答えを決めることは出来ません。ただし、決められるものもあります。宇宙論や自然法則や神のようなものはたった一つに答えを決められない、というのです。

 デカルトとカントの違い

 世界は全て数学で記述できる、と考えたデカルトは「われ想う故にわれ在り」という有名な言葉を
言いました。この言葉の結論は、

「神が世界を創造した

神の理性が人間に与えられている

だから世界は数学で全て理解できる

ゆえに物は重さや長さで定義できる」

 というものでした。これはニュートン力学の基礎となり、現在の自動車や携帯電話などの開発につ
ながりました。しかし、欠点もあったのです。

「神の理性が人間に与えられている」

 という一文です。神の限定されていない理性を人間は持つことが出来ないのです。いくら理性的な
議論を重ねても結論が一つにならない、というのはよくあることです。例えば裁判で、「犯人は必ず
判る」とか「私はやっていないから有罪になるのはおかしい」というのは、
「正しい答が理性的な議論を重ねれば結論が出る、という幻想」
なのです。

 また、イギリスの経験論は、「見たものしか信じない。存在しない」という立場です。デカルトの
主張だと、神の理性によって生み出された天使や悪魔などが存在することになってしまいます。両者
の調停をしたのがカントなのです。

 私達の身の回りで

 私達の身の回りでも、カントの考えは役に立つのではないでしょうか。どんなに一生懸命話をして
も通じない人、どんなに話し合ってもお互いに一つの答えに行きつかないこと、がないでしょうか。
カントの考えを援用すれば、 「人間同士の理性は、賛成と反対が同時に存在していて当たり前である」
となります。私達は

「本心から話し合えば分かり合える」

 と思いがちです。それは本当なのでしょうか。例えば親と子で話し合う時、親は強い立場にありま
す。その親が「本心から話し合えば分かり合える」と言った時、それは親の意見の押し付けになって
しまう可能性が強い、ということです。カントはそれを教えてくれます。

 また、私達は理性的な議論を重ねることが上手ではない場合があります。学校でも家庭でも理性と
は何か、正しい議論の手続きとは何か、の合意がありません。そういう状況の中で「本心から話し合
えば分かり合える」というのは、余程、力の強い立場の人間が気を付けなければならないのだと思い
ます。

 私もかみさんや子供達と話す時に気を付けなければ、と本文を書いていて思いました。カントの面
白さは、限定された理性しか持てない人間をありありと教えてくれる点にあるでしょう。

参考図書
イマヌエル カント著『純粋理性批判〈一〉-〈七〉』 光文社古典新訳文庫
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