哲学15-1 私達の進むべき道を

 皆様、こんにちは。

 大寒に入り、昼までも肌寒くなり、外出を控えるようになりました。寒くなると魚が美味しくなり、鍋の季節でもあります。江戸時代は端午の節句、ひな祭り、七五三、七夕など生活文化が、皇室から庶民に降りて来た時期です。全国で同じ生活文化となり、駿河の人から日本人という意識へとゆっくりと移っていきます。それは日本全国に張り巡らされた航路、街道の整備、参勤交代などによるものです。そして国学や古義学など日本の独自性を問う思想、独自の思想が出てきます。雪の降らない静岡市内で、鮭や鱈、新鮮な鯖などが食べられることで、江戸時代の有り難さを実感します。
 物流や人の交流によって新しい思想が社会に受け入れられるようになったのは日本だけではありません。西欧社会もまた物流や人の交流の変化で新しい思想が結果として出て来ました。前回の近代哲学であり、その崩壊でもあります。新しい奴隷制や植民地支配という物流や人の交流によって近代哲学が出てきて、第一次世界大戦によって打ち砕かれます。

 それでは、現在の日本はどうでしょうか。
 米ソ冷戦構造が崩壊して25年、まだまだ混沌とした秩序に適応できる思想を社会が受け入れていません。適応できる思想家やその思想は幾つも出て来ていますが、私達が受け入れていないのです。
 その結果が、「ISIS(イスラム国)」による日本人拉致映像と身代金の要求に慌てふためくさまです。平成27年1月21日午後2時現在、日本国は適切な行動を選べていないようです。アメリカやイギリスなどは過去の同様の拉致と身代金要求がありました。特殊部隊を突入させ成功、あるいは失敗しています。そのことに疑問を抱く世論はありません。しかし、日本人は、日本のマスコミは「自衛隊を突入させろ」という当たり前の議論が出てこないのです。米ソ冷戦構造が崩壊して、混沌とした世界になり、テロや内戦が激増しています。それに対応する道を私達は、摸索中です。多分、日本だけが摸索中です。模索していればいつか問題はなくなる、というのは米ソ冷戦構造下では許されました。「平和と言えば平和になる」、「自衛隊がいなければ平和になる」、「ソ連、中国、北朝鮮は素晴らしい国だ」、「拉致事件は存在しない」などと言い続けてきて問題を流すことが出来ました。しかし、現在の世界はそういう現実にありません。
 私達の祖国日本は、これからどのような道を進むべきなのでしょうか。この講義録を通してお考えくだされば幸いです。

 講義連絡

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 --講義内容--

 哲学を基礎にして私達の進むべき道を考えるために、まず、現在残っている国家を哲学で考えてみましょう。哲学のノモス、ロゴス、イデアで区分けしてみます。

 -哲学と現在の国家

               国家の原理     現在の国家                                主義
A) ノモス的国家    権力や軍事力    フランス、中華人民共和国、ロシア、ブラジルなど多くの国家  独裁主義や多数決の民主主義(古代ギリシャの民主主義)

B) イデアの残る国家  理想と権力     アメリカやイギリスなど西欧諸国の多く               立憲主義など

C) ロゴス的国家     道徳         日本                                    道義主義

D) イデア的国家     理想のみ      バチカン公国やチベット                        理想主義

 それぞれの国家について説明します。

 -A)ノモス的国家について

 権力や軍事力を国家の原理として採用している国々です。フランスは「自由、平等、博愛」という理想を掲げていますが、その自由主義を根底で支えているのが、国家憲兵隊(ジャンダルムリ)です。彼らは超法規的存在で、「自由」と言いながら無責任に祖国フランスを破壊する敵対者を破壊してきました。フランスの自由とは根底で超法規的軍事力によって支えられているのです。この国家憲兵隊の存在を肯定している点でフランスは、ノモス的国家なのです。もう少し分かり易く言えば、世界の独裁者はフランスに亡命することが割とあります。北朝鮮の初代独裁者金日成(きんにっせい)が亡命先に考えたのもフランスです。それはフランスの国家憲兵隊の超法規性が認められているからなのです。中華人民共和国の中国共産党も超法規的存在です。漢民族は数百年その土地に住んできました。その土地は揺るぎないほどその人々のものなのです。しかし、中華人民共和国の全ての土地は中国共産党のものなのです。日本でも大政奉還で日本の全ての土地は皇室のものとなりました。しかし、明治大帝が「(五カ条の)御誓文」で「万機公論に決すべし」と日本の議会制民主主義を支持して土地の所有も継続しました。
 フランスと同じく、タイも何度も政治体制を替えている国の1つです。その根底を支えているのが軍事力です。タイでは政治闘争の結果、中心街が内乱状態になり、軍が政治をとっています。軍隊に対する信頼はフランスと同じくタイでは強いものです。

 -多数決の民主主義と独裁主義の近さ

 ノモス的国家の中にフランスを入れた理由のもう1つが、多数決の民主主義と独裁主義の近さがあります。多数決の民主主義がノモス的になって民族虐殺を肯定するようになるのです。現在の日本では不思議かもしれませんが、多数決の民主主義は独裁主義と非常に近く、自分たちの利益だけが中心となりがちです。プラトンが祖国を愛するために哲学を打ち立てた根本理由です。また、18世紀末のフランス革命後、50万人を殺害する結果になった歴史的事実が教えてくれます。以下に図にしてみます。

・多数決による民主主義 :多数のための利害で政治を決める
・独裁主義          :一人のための利害で政治を決める

 どうでしょうか、多数であるか一人であるか、の違いしかありません。そこに理想(イデア、真・善・美)が入らないと、多数決による民主主義は独裁主義と似た結果を生み出してしまうのです。古代アテナイの民主主義が最も輝いた時代は、ペリクレスという軍人によって生み出されました。彼の個人の理想が独裁主義から遠ざけたのです。

 -奴隷という下層の存在を必要とする民主主義と独裁主義

 また、独裁主義も多数決による民主主義(特に古代ギリシャの民主主義)は、奴隷という下層の存在を必要とします。北朝鮮や中華人民共和国では共産党や軍関係者の1割から2割の人間が多くの富を得て、半分以上の人間がそこに入ろうとして安定しています。そしてその下に貧しい下層の存在を作ることで恐怖によってはみ出すのを抑えているのです。古代ギリシャが自由民の2~5倍前後の奴隷がいたという説があります。彼らは労働によって自らを買い戻すという希望を持ち自由民や故郷への帰国を夢見たのです。決定に参加しえない人々がいることで、利害の増大が見込めます。ですから、多数、あるいは一人の利害で政治を決定するのならば、その社会的帰結として奴隷的な下層の存在が必要になってきます。奴隷的な下層の存在が、上層の人々の利益を増大させるからです。マルクスは、この点だけを注目して共産主義を打ち立てました。現在の企業が、労働者の稼ぎだした利益の7割を搾取ししているのもこれに似ているでしょう。アルバイトやパートなどはさらに搾取されているのです。企業からすればなるべく搾取して企業の利益を挙げたいのです。これは先ほど述べたように、多数の利益(株主)あるいは一人の利益を増大させたければ、奴隷という下層の存在を必要とする、というのと似ています。

 -B)イデアの残る国家について

 A)ノモス的国家は言うならば「弱肉強食」の論理です。しかし、それでは理想がありません。その理想を導入しようとしたのがプラトンです。プラトンの哲学はキリスト教と結び付けられ、政治的理想を設定する流れを生み出しました。その最初の成果が、ウェストファリア条約を起源とする国際法です。西欧特有の立憲主義(荀子とは異なる動機)などを生み出しました。そうした理想を多分に残している国家が西欧に多くあります。もう少し身近な例で行きましょう。
  「嘘はいけない」というのは誰にでも当てはまるでしょうか? 「当てはまる」と考えるのは、イデアが残っているからです。「731部隊」、「従軍慰安婦」、「南京大虐殺(中国国民党による南京事件ではなく)」など歴史的事実に基づかない嘘をついている国々があります。しかし、悪い、とは思って反省しない。それは「嘘はいけない」とは誰にでも当てはまらない、と考えているからです。「これまで通りに日本から金を引き出せるのなら自分だけは嘘をついてもいい」、「中国共産党が支那大陸を支配するために反日を続けるために嘘をついても良い」と考えているのです。日本人は「嘘をついてはいけない」と考えるから、中国や韓国を非難しますが、それはイデアの残る国家には通じます。しかし、ノモス的国家には通じないのです。そして残念ながらノモス的国家の方が圧倒的に多いのです。
 アメリカやイギリスはその二重性(ダブルスタンダード)を非難されますが、基準があるだけでもB)イデアの残る国家です。A)ノモス的国家は「お前より俺の方が力が強いから何でもいうことを聞け!」というだけで、基準がないのです。アメリカが原爆を2発落としたことを現在でも「しょうがなかった」と言い訳し続けているのも、その一例です。中国国民党や中国共産党が日本に対して行った残虐行為について、現在言い訳さえ続けていません。都合の悪いことは言わないだけで、ないことにしているのです。

 -B)イデアの残る国家とC)ロゴス的国家の違い

 さらに、アメリカやイギリスは、その理想を狭い範囲でも実現するために軍事力を強化します。プラトンもアリストテレスも軍事力がなければ平和にならない、との発言を行っています。しかし、日本は軍事力の裏付けなしに大東亜戦争に踏み切りました。特に日米開戦に踏み切りました。
 ワシントン海軍軍縮条約で、アメリカ5、イギリス5、日本3の割合でした。この数字は日本が道義を中心として判断したことを示しています。理想を追求するために現実では妥協する、ということがB)イデアの残る国家ではできるのです。しかし、C)ロゴス的国家で道義を最終判断とする日本は、現実では妥協することが上手に出来ませんでした。アメリカとイギリスを合わせれば10です。日本は3です。支那大陸で幾つもの軍閥(中国国民党、中国共産党など)と戦っている状況で、昭和天皇が明確に戦争反対をしている状況なのに、アジアを植民地から解放するという道義として正しい行為に舵を切ってしまったのです。この点は、私達日本国が現在も問われている問題です。

 「日本にしかない民主主義を世界に広めていって平和になるのだろうか?」

 という問題です。大東亜戦争、日米開戦への舵を切った根本理由に、日本がB)イデアの残る国家でなかった点があると私は考えています。

「戦争を始める理由に道徳を持ってきて善いのだろうか?」

 とも言いなおせます。B)イデアの残る国家ならば、明確にノーです。理想と権力の両方を持たなければならないと考えるからです。C)ロゴス的国家ならば、イエスになるかもしれません。反中、反韓、反米への識者、チャンネル桜、一般のマスコミ、フェイスブックの意見などを見ていると、道徳を判断基準に持ってきている議論が多いと感じています。この点について私は憂慮しています。

 -C)ロゴス的国家について

 日本のみで、皇室の道徳を中心とする国家です。政治体制として権威と権力の分離という特徴があります。また、具体的手法として、聖徳太子の十七条憲法が示されています。十七条憲法をよくよく読んでみると、道徳を実現するための理性的な議論の方法を提示している点も見えてきます。例えば有名な一条と七条、最後の十七条を現代語訳で挙げてみます。

第一条
「一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就(じょうじゅ)するものだ。」

第七条
「七にいう。人にはそれぞれの任務がある。それにあたっては職務内容を忠実に履行し、権限を乱用してはならない。賢明な人物が任にあるときはほめる声がおこる。よこしまな者がその任につけば、災いや戦乱が充満する。世の中には、生まれながらにすべてを知りつくしている人はまれで、よくよく心がけて聖人になっていくものだ。事柄の大小にかかわらず、適任の人を得られればかならずおさまる。時代の動きの緩急に関係なく、賢者が出れば豊かにのびやかな世の中になる。これによって国家は長く命脈をたもち、あやうくならない。だから、いにしえの聖王は官職に適した人をもとめるが、人のために官職をもうけたりはしなかった。」

第十七条
「十七にいう。ものごとはひとりで判断してはいけない。かならずみんなで論議して判断しなさい。ささいなことは、かならずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断をあやまることもあるかもしれない。そのときみんなで検討すれば、道理にかなう結論がえられよう。」

以下のHPより引用しました。有り難う御座います。
http://www.geocities.jp/tetchan_99_99/international/17_kenpou.htm

 以上のように聖徳太子の十七条憲法は、道徳を基準として素晴らしい国を実現するための議論の手法として読むことが出来ます。これによって私達は1つの明確な理想を設定せずに道徳を成し遂げようとしう足がかりを得ることが出来ました。そしてフランスやタイのように現在の政治体制が崩壊しかねない場合に軍事力を究極的に求めるがなくなったのです。そして全ての民の考えを認めながら国家を継続してこれました。

 -D)イデア的国家

 イデア的国家の代表例はバチカン公国とチベットです。現在のバチカン市国は最も小さな国家であり軍事力などはイタリアに依存しています。同じようにイタリアに依存している国家は幾つかあり、サンマリノ共和国は世界最古の共和国で1700年以上の歴史があります。イデアという理想を国家の原理に置く国家は軍事力を否定する傾向があります。チベットは独立国でしたが、アメリカを敵視するスパイ活動に騙され、中華人民共和国に取り込まれてしまいました。武器や軍事力を軽視したのが主な原因です。理想のみを国家の原理におけば、征服され解体されるのは世界史が示している通りです。日本でもソ連のスパイ工作、その手先の政党、マスコミによって「自衛隊反対」、「憲法改正反対」が叫ばれてきましたが、チベットを見れば結果がどうなるかは歴史が教えてくれます。ここから先は、日本に政治亡命したチベット人、ペマギャルポ氏の著書を参考にして下さい。特に以下の本は冒頭にチベット近代史が書いてあります。

ペマギャルポ著 『中国が隠し続けるチベットの真実 』

 -日本はC)ロゴス的国家になるべきなのか?

 以上がA)~D) です。では、私達は、C)になるべきなのでしょうか。A)、B)、D)になるべきなのでしょうか。C)になるべき、というのは不思議に思われるかもしれませんが、日本はC)ロゴス的国家ではないからです。現在の日本人は道徳とは何か?日本人が伝統的に大切にしてきた道徳とはどういうものか?のイメージがつかめていません。東日本大震災や阪神淡路大震災の時には、具体的行動として現れました。しかし、敗戦の影響で日本の道徳を知らない人が多いのです。つまり、道徳を基準とする国家にさえなれていないのです。C)ロゴス的国家に戻るべき、として日本の道徳を伝えている先生方がいらっしゃいます。しかし、私は一度、全体を見通したうえで考えてみる、のが大切だと思うのです。ですから、私は哲学の講義の最後に学生の皆さんに聴いてみました。このブログを読んでくださっている方も、以下の2つの話を読み考えてみて下さい。私達が進むべき道とはどういう道なのかを

 -日本の民主主義の物語

 日本の民主主義は先ほど述べたように「多数決による民主主義」ではありません。『古事記』で天照大神がお隠れになった時にみんなで話し合う民主主義なのです。つまり、「合議制による民主主義」です。そしてその手続きを具体的に示したのが聖徳太の十七条憲法です。ここでは「合議制による民主主義」を「多数の利害のための政治」にならず、「道徳を実行する政治」にする歴史を紹介します。

 -仁徳天皇

 第16代天皇である仁徳天皇は、日本で初めての大規模灌漑工事を行いました。堤防やため池を作り、民を水害や日照りから守ろうとされたのです。そのために税金を取られました。現在もその堤防は「茨田堤(まむたのつつみ)」として大阪に残っています。ただ、民のための政策で税金を取り、民は疲弊してしまったのです。神武天皇以来、民を「おおたから」と呼ぶ皇室の伝統を受け継がれた仁徳天皇は、民の疲弊に自ら気がつかれました。そこで「民のかまど」というお話が出てきます。

 - 「民のかまど」

 「かまど」とは火で食べ物を煮る装置です。昔は薪(まき)に火をつけてご飯やおかずを作りました。今はガスコンロで、パチンとひねれば料理できます。昔は料理をする時に薪を燃やしますから、当然、煙が出ます。ある時、当時の天皇陛下である仁徳天皇は(昭和天皇の「昭和」は亡くなられた後につく言葉なので、現在の天皇陛下は「今上(きんじょう)陛下」と呼びますが、これは近代以降の習慣です。補足しておきます)、民の家をみていました。夕飯の時間になっても、家から煙が出てきません。不思議に思った天皇陛下は

 「民が貧しいから食べるものが無いからだ」

と気がつかれました。

 「都でそうなのだから全国はもっと貧しいに違いない」

と3年間の税金を取らないことにしました。気候も順調で3年後に「民のかまど」から煙が出るようになりました。そこで、天皇陛下は、

 「私は豊かになった」

 と仰られました。皇后陛下は

 「住んでいる皇居の壁は崩れ、雨漏りもしている。着物もボロボロですし、食事のおかずも3品から1品に減りました。どうして豊かになったのですか?」

 と問われました。天皇陛下は、

 「民が豊かになったのだから、私が豊かになったのだ。」

 とお答えになりました。そこで3年間で豊かになった民が

 「皇居の修理などに税金を取って下さい」

 と申し出ましたが、天皇陛下は「まだです」と仰られ、さらに3年間、合わせて6年間の無税としました。大規模灌漑と豊作で豊かになった民は、誰の命令でもなく自分たちで皇居の壁の修理や、雨漏りの修理などを行いました。

 以上が「民のかまど」という物語です。

 ここに日本の道徳の確たる証拠があります。この「民のかまど」が出るためには、天照大御神が天岩戸に御隠れになった時に神々が集まられて知恵を出されたという「合議制による民主主義」がまず必要でした。次に、その民主主義を「多数決による民主主義」ではなく道徳「民が宝である」という基準が、初代の神武天皇によって宣言されることにつながりました。それを受け継がれた仁徳天皇が、具体的な政治政策として、民が宝である、民が豊かになれば嬉しい、という道徳を結実されたのです。紆余曲折ありながら、現在まで続いてきています。ここに日本人の道徳の出発点があります。

 -日本の民主主義

  「民のかまど」は『古事記』に乗っています。『古事記』は平成24年で編纂(へんさん)されて1300年が経ちました。編纂される前は、ギリシャ神話の『ホメロス』などと同じように口伝えで伝えられてきましたから、1000年、2000年くらい前からあったかもしれません。時代は特定できませんが、ずーっと伝えられてきた物語が「民のかまど」なのです。もちろん、他にも「いなばの黒うさぎ」や「山幸彦海幸彦(やまさちひことうみさちひこ)」や「ヤマタノオロチ」や「日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征」などがあります。ちなみに、静岡市近くにある「焼津」や「草薙(くさなぎ)」などは、『古事記』の神話から名づけられました。

 さて、「民のかまど」にみられる考え方を学生の皆さんに聞いてみました。中々答えが出ませんでした。まず、基本的な考え方を抜き出してみましょう。

 王様(おおきみ=天皇陛下)よりも民を大切にする、という考え方です。

 「民を、主人公として大切にする考え方」です。

 「民」を「主」人公として大切にする「考え方(=主義)」です。

 「民」「主」「主義」です。

 つまり、

 民主主義です。

 ー問1 世界で一番大きいお墓はどこの国にありますか?

 仁徳天皇のお墓=仁徳天皇陵が世界最大のお墓ですので、日本が正解です。なぜ、世界最大になったか。それは「民のかまど」に見られるように、民が仁徳天皇のために奉仕したからに違いありません。ピラミッドのように大きな石を切り出し運搬する技術はありませんでした。秦の始皇帝陵のように人間そっくりの像を大量に作ることも、水銀を集める富も技術もありませんでした。当時の日本はエジプト、秦(支那:China)のように人口が多く、進んだ技術を保持していませんでした。しかし、世界最大の墓になったこと、そこに道徳の強さを見ることが出来ると思います。詳しくは、ブログ内の別記をお読みください。

エッセイ「【歴史】仁徳天皇と始皇帝」
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-383.html

 -物語は物語として

 「仁徳天皇のお墓」=「仁徳天皇陵」です。しかし敗戦後に「学術的ではない」などの理由で「大仙陵古墳」などの名称がつけられ混乱を極めています。日本の道徳を破壊しようというアメリカの政策の一つです。詳しくは江藤淳氏をご参考下さい。
 大切なのは、物語は物語として大切、という学術的な視点なのです。ギリシャ神話の中にある「アポロン」という太陽の神様が実際にいたかどうか? が古代ギリシャ神話の値打ちを損ねるでしょうか? そんなことはありません。同じ神話である「処女マリアのイエス出産」の話は現在の自然科学の事実に反しています。モーセが神の奇蹟で海を割ったことは嘘でしょうか。物語は物語としての価値があります。その神話を信じて、「だから倫理を守ろう」という文化や民族の出発点になる所が大切なのです。アポロンの神殿は物語を基に建築されました。ラファエルッロの「小椅子の聖母」は処女マリアの神話です。そして何よりもユダヤ神話がユダヤ教、キリスト教、イスラム教の道徳の源泉になっているのです。

 -仁徳天皇陵の画像

 仁徳天皇陵は、以下のHPの写真を参考にして下さい、土を掘って盛っただけのお墓です。技術も何も要らないのです。多くの人々が感謝の思いで手伝ったのでしょう。現代風の言葉で言えばボランティアです。

堺市 仁徳天皇陵古墳百科:http://www.city.sakai.lg.jp/hakubutu/ninhya.html

 この写真を見ると先ほど述べた「土を盛っただけ」というのがよく理解できると思います。対して、秦の始皇帝のお墓は、民衆を軍事力で集めました。1日でも遅れると、1人でも足りないと連れてきた役人も含めて全員が死刑になりました。ですから、役人も逃げ出しました。逃げる人が沢山になって山賊になりました。秦の始皇帝が死ぬとその山賊の中から次の皇帝、劉邦(りゅうほう)が出てきます。当時は、日本より秦の方が技術が進んでいますし、人口も格段に多かったのです。けれども、お墓の面積は仁徳天皇の方が大きい。それは嫌々やらされるより、感謝の心でやる方が成果が大きい、という一例かもしれません。

 「高き屋にのぼりて見れば煙(けぶり)立つ民のかまどはにぎはひにけり」

 声を出すと意味が分かる、ので是非ともお詠(よ)み下さい。新古今集にある仁徳天皇の御製です。
 以上で「民のかまど」を終わります。

 -「民のかまど」を引き継がれた明治天皇

 1000年以上前の「民のかまど」の精神は歴代天皇陛下に引き継がれてきました。明治維新を起こされ「合議制による民主主義」を復活された明治天皇も同じです。世界最大のお墓でないですが、明治神宮が臣民の奉仕で作られた点で現代の「民のかまど」、現代の仁徳天皇陵と言えるでしょう。講義では割愛しました。

 明治維新を成し遂げられ日本を欧米の侵略の危機から救われた明治天皇は、その御遺徳を日本国民が想い、数十万人が参加して「明治神宮」を作りました。「明治神宮」は後数十年で、人間の手から離れて完全リサイクルが出来るようになるそうです。ですから、全ての落ち葉を土に返すそうです。お正月に日本人が最も参詣する神社である理由が分かるようです。
明治新宮-自然・見どころ:http://www.meijijingu.or.jp/midokoro/index.html

 -大東亜戦争の責任は誰にあったのか
 
 昭和天皇は乃木大将より軍事学を学ばれ、また、英米の民主主義を尊ばれ、日米開戦、日英開戦に明確に反対でした。また、軍部も支那事変拡大には消極的でした。しかし、臣民が選んだ政治家は開戦と支那事変拡大を進めていきます。歴史的事実は以下のようになっています。

 昭和天皇陛下 :日米、日英等の戦争反対
 国民とマスコミ :日米開戦は止められない
  
 ↓ 以下のようにすり替わりました。

 昭和天皇陛下 :日米、日英等の戦争責任がある(あるいは軍部の一部が暴走)
 国民とマスコミ :戦争の責任はない

 敗戦後に日本人はこのアメリカから強要された「国民は悪くない。天皇と軍部が悪かった。」という嘘に乗っかりました。あるいはそういう「ごっこ遊び(江藤淳氏)」に付き合ったのです。私達日本人の民主主義に理想がない、理念がない、という欠点が現れています。現在、敗戦の理由を見なおそうと言う機運が盛り上がっていますが、「国民(臣民)の責任」を問わなければ、真実には近づけないと考えています。こうした点は敗戦直後は日本人全員が表では言えなくとも共有していました。ですから、法律に基づかない極東国際軍事裁判(通称東京裁判)によって犯罪者とされたA級戦犯に対して全ての名誉は回復されました。名誉回復のための国民運動が盛り上がり、人口の約半分の4千万人の署名が集まったのです。この認識が薄れてきて再び、A級戦犯という嘘が言いふらされるようになった歴史があります。
 ここで重要なのは、国民が「戦争の責任は自分たちにある」というのを知っていた、という現在とは異なる状況です。それを踏まえて「昭和天皇巡幸」を読んで下さい。

 -日本の道徳としての「昭和天皇巡幸」

 敗戦後、昭和天皇はマッカーサーに会いに行かれました。国際法上はエンペラー(皇帝)が敗戦しただけで、ジェネラル(将軍)に逢いに行くのです。あろうことかマッカーサーは出迎えもせず、数万人の軍隊に守らせていました。昭和天皇は通訳者1人だけを連れて逢いにいかれたのです。

 昭和天皇は、マッカーサーに逢われた時、まず最初に

 「私がどのような責任も負いますし、どのような処分も受けます」
 
 と言われました。そして

 「罪なき8000万人の民をいたわりたい」

 と言われたのです。
 つまり、昭和天皇は「私は戦争に反対であったから助けてくれ」とか「国民にやらされた」などと言われなかった。私は殺されてもよい、そのために通訳1名だけできたのでしょう、しかし、罪なき国民を救って欲しい、と願われたのです。そこに「天皇が偉い」、「天皇が国民の代表だ」などの意識はありません。「自分の命は国民のためにある」という意識だけがあったのです。この意識は、『古事記』の中で国譲り神話で語られている意識です。講義の4回目までに述べてきた日本人の伝統的道徳です。国旗国歌に込められた伝統的道徳です。
 イタリアは連合国に降伏後、日本に宣戦布告しました。そして戦闘行為を行っていないのに「戦争責任で賠償しろ!(お金くれ)」と言ってきました。イタリアは負けた後に言い訳をしています。ヒトラー亡き後のナチスドイツの幹部も同様でした。現在のドイツは「ナチスが悪かった」という決着をつけています。第二次世界大戦の責任は現在のドイツに一切ない、という立場です。しかし、日本は全ての責任を引き受けて国を続けています。得をする損をする、というA)ノモス的国家ではないのは明らかです。そしてB)イデアの残る国家ならば、理想を置き換えることで現実世界に合わせる選択肢をとったでしょう、ドイツにように。しかし、日本は道徳を中心原理とする国家です。その真っ先に昭和天皇陛下が立たれたのです。昭和天皇巡幸とはそういうお話なのです。これは仁徳天皇の「民のかまど」の話と同じです。仁徳天皇も民のために税金を課しました。ですから、天皇が我慢をする必要は一切ありません。しかし、仁徳天皇は無税とし、建物の補修、食事等を節約されました。今上天皇皇后両陛下が東日本大震災の時に率先して停電をされていたのと同じです。

 -道徳を体現された昭和天皇陛下 

 もう一度戻りましょう。陛下御自身としては明確に反対であった戦争であったが責任は私にある、と言われたのです。それだけであれば、自分の命乞いを言い方を変えただけである、と解釈もできましょう。しかし、その後昭和天皇は、巡幸で国民に逢いに行かれました。アメリカ軍を始め多くのヨーロッパの国々は、天皇陛下の巡幸で、陛下が害されると予想していたようです。
 同じアメリカに負けたイラクのフセインはどうなったでしょうか? 地下室に隠れ、発見されたところを少年兵によって笑いながら殺されました。
 天皇陛下の罪なき8千万人の中には、現在の日本人のみならず、支那人(Chinese)、朝鮮人(韓国人)、満州人、台湾人、蒙古人などがいました。その中に天皇陛下は入って行かれたのです。静岡県にも少なくとも4回は巡幸されています。「お茶の出来栄えはどうですか?」などのお言葉を下されています。昭和天皇陛下は約10年、数万キロの巡幸の中で国民に「天皇陛下万歳!!天皇陛下万歳!!」で迎えられます。その中に支那人(Chinese)、朝鮮人(韓国人)、満州人、台湾人、蒙古人などがいたのは言うまでもありません。
 敗戦後直後です。それは日本国民(もちろん、その後、朝鮮国籍や台湾国籍などに戻ってしまった日本国民も含めて)が天皇陛下の御心を知っていたからでしょう。私達は(アメリカから押し付けられたが)天皇陛下の御名御璽を下された日本国憲法を元にして、天皇陛下の経済の発展を願う、というお言葉通りに経済発展を成し遂げました。空爆、原爆によって荒廃した国土でありながら、中華人民共和国に現在の価格で80兆円以上(大学生全員を100年以上無料に出来る金額)、大韓民国に20兆円以上を始め、多くの国々に支援をしてきました。ドイツのように道義的な継続を切らずにあるためです。それだけに日本は道徳的な国であり、その中心に伝統的道徳があるのが分かります。

 -東日本大震災と皇室

 現在の天皇陛下、今上天皇陛下は、「被災地に赴いて人々と気持ちを分かち合いたい。が復興の邪魔をしないようにもしたい」と大地震発生後、直ぐに言われていたそうです。さらに、被災者に御用邸を解放され、被災者へのプレゼントを御自身で考えられたこと(公式には表明されていません)などとも共通します。そしてビデオでのお見舞いをなさりました。また、やっと日程の調整などが付き、被災者と逢われた時、膝をつき1人1人とお話しされました。「私が偉くてお前は下なんだ」という心持ならば、被災者と同じ視線になることなどありません。残念ながら、菅首相を始めとして閣僚の人々は最初、自分は立ったまま被災者と話をしました。節電が必要になると、自ら進んで東京の皇居を始められました。「国民が苦しんでいる時に分かち合いたい」という「民のかまど」の精神が現在まで脈々と続いているのです。
 高木は大学院時代、ある別の大学院のゼミにご厚意で参加させてもらっていました。その先生は、科学哲学の第一人者で天皇陛下から表彰を受けるため東京の皇居に行きました。行く前は「服装が面倒くさい」とか何とか言っていましたが、陛下にお会いになった後、絶賛されていました。

 「今までそんなに気にしていなかったし、右翼とか左翼とかじゃなくて、凄いんだよ。というのも哲学の深い部分まで理解して質問された。もちろん、レクチャーする人がいるのだろうけれど、凄い勉強力だよ。しかも、他に数人別の哲学分野の先生にも同じだったよ」

 と言っていました。春の園遊会などでも同じようにどのような人が来られるのか、どのような顔なのかも覚えられるのでしょう。それも全員です。お逢いになる1人1人を分け隔てなく尊重され、そのために予習をされている。なんというご努力でしょうか。どれだけご努力されているのでしょうか。怠け者の高木には決してできませんし、通常の日本国民でもこれほどの努力を常に行い続けることは難しいのではないでしょうか。私はこの道に進んでいますが、科学哲学の第一人者の先生をうならせる質問が出来るとは思えません。それが1日に何人も、年間何十人も、お会いになる人は数百人、数千人になるのでしょうか。しかも、その中には、不勉強で「天皇は形だけ」とか「天皇は戦争につながる」などと言う人もいます。繰り返しますが、歴史的事実を踏まえないこのような発言に対して、怒りあらわにし、説教を垂れることなく笑顔で包み込んで来られたのです。何という広いお心でしょうか。それは民を主人公を考えるから出来るのではないでしょうか。

 昨年も、福島原発事故の後も避難所にどのような人がいるのかを事前に出来る限り勉強されていかれるそうです。そのような行為を誰にも誇らずに、70歳を優に越え、入院を繰り返す中でその努力を繰り返されてきました。もう言葉を続けられなくなると感じます。

 別の例に行きましょう。
 
 私は、ある時期、京都大学の哲学サークルに参加していました。その帰り、何気なく御所(京都御所)に行ってみたのです。実は、御所の北東の方角が欠けているのは本当かな?と思って行ってみたのです。本当に欠けていました。これは全てが満ちると後は落ちるだけなので、完璧の1歩手前が最も良い、という思想による、と教えてもらったからです。この御所について後から別の話を聞きました。

 「御所の壁が低いのは民衆に殺される心配が無いからである。日本の天皇は民衆のために生きているから殺される心配が無く、そして実際、歴史上民衆に殺された天皇はいない」

 これは動画でも紹介した青山繁晴氏の動画にあった話です。「ヨーロッパの王様や貴族が大きな城に住むのは民衆に殺される心配があるからだ」とも述べていました。確かに日本でも大名の住む城は堀や塀が高いです。しかし、御所は2人で肩車をすれば中に入れるほどの低さでした。そして貴族や同じ天皇家の中での殺し合いはありましたが、民衆に殺された天皇は歴史上いませんでした。貴族や天皇家の中の殺し合いも、権力を手放した鎌倉以降はなくなっていきます。

 以上が「民のかまど」が現在まで生きている事例です。

 -私達の進むべき道

 「民のかまど」と「昭和天皇巡幸」の話を大多数の大学生は知りません。ですから、日本はC)ロゴス的国家になることは出来ないのです。共通のロゴス(道徳)がないからです。では私達は、今後どのような国家を目指すべきでしょうか。私達はの進むべき道はどういう形なのでしょうか。

 -問2 日本はA)~D)のどの国家になるべきだと考えますか?

 -問3 あなたはA)’~D)’のどの基準で人生を生きていくべきと考えますか?

 A)’~D) ’はA)~D)に類比しています。

A)’ノモス的人生 
  :自分だけが良ければいい。金を沢山稼ぎたい。家族だけのことしか考えなくてよい。嫌な人とは付き合う必要なし

B)’イデアの残る人生
  :名誉を目指す人生。ノーベル賞受賞や各界の上の方にいくのを目指す人生。もちろんそのためには権力も必要である

C)’ロゴス的人生
  :人格の完成を目指す人生。人にやさしく出来ることがお金を稼ぐよりも大事という人生

D)’イデア的人生
  :世捨て人、あるいは宗教団体に全ての人生を預けて、心の清らかさを大切にする人生

 -問4 15回の講義で最も印象に残ったこと

 -哲学が示す私達の進むべき道

 A)ノモス的国家を批判したのがソクラテスでありプラトンの哲学です。「洞窟の例え話」にあるように、A) ノモス的国家は衆愚性ゆえに生まれる国家でもあります。民の愚かさは自分達が見ているのが虚構であると知らせるものを排除さえしてしまうのです。逆に言えば、ごく少数の指導者が優秀であれば、民衆は愚かであっても国は存続していくのです。現在の中華人民共和国は中国共産党に優秀な指導者がいます。ですから、国家の隆盛へと舵を切ることが出来ました。中国人民の賢さが国家の隆盛へとつながったのではありません。それは中国の企業の多くが国営企業であり、利益を独占している点、民間の技術レベルが極めて低い点から支持されます。日本とは異なるA) ノモス的国家が隆盛した理由です。
 しかし、プラトンの哲学はこの衆愚制を批判しました。そして真実を中心として国家を統治しようとしました。この点をC)ロゴス的国家である日本に当てはめてみましょう。日本は衆愚性という点を比較的早くに脱することができた国です。講義の最初に、「日本の識字率の高さ」、「教養の高さ」、「清潔さ」などを『万葉集』、『古今和歌集』、『源氏物語』から戦国時代のイエズス会の記録などを用いて示しました。講義冒頭の意味とは異なる意味で解釈してみましょう。つまり国家の成り立ちからです。すると以下のようになります。

A)ノモス的国家  民衆は愚かでも成り立つ

C)ロゴス的国家 民衆が愚かでは成り立たない

 ロゴスが「なりゆき任せ」、「曖昧さ」という欠点があり、国家の存亡を危うくするとしたプラトンの指摘は当たっています。つまり「多数決による民主主義」は多数者の利害のためだけの政治になってしまうからです。そうならないようにするためには、この多数者が愚か=利害だけを考えない、とならなければなりません。そのためには識字率の高さ、知的教養を持つ必要があり、かつ理性的態度による議論の手法が必要になるのです。幸いにしてか日本では神話が残り権力と権威の分離につながり、聖徳太子の十七条憲法を始めとする理性的態度による議論の手法が定着しました。しかし、これを壊すのは簡単なのです。民衆が愚かになれば、つまり、自分達の利害しか考えない人間が増えれば、日本の道徳を中心原理とする国家はA)ノモス的国家にせざるを得なくなります。その典型的な失敗例が、大東亜戦争の認識でしょう。ですから、問2は以下のように書き換えることも出来ます。

 問2 日本はこのままC)ロゴス的国家を継続できるのか

 これには日本人の伝統的な価値観を継承していけるのかどうかが掛っているのです。日本人の真・善・美を継承していくか否か、という思想的な問いが私達に突き付けられているのです。

 以上です。
 御拝読有り難う御座いました。
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