講義録13-1 事実とデータ分析 福島原子力災害の希望

 皆様、こんにちは。

 明日から本年度初日講義が始まります。長めの風呂に入りパソコンの前に座りました。眠気に襲われないようにジャズを掛けています。20代の時は「ジジイ臭い」とパンクやメタルなどを聴いていましたが、音楽だけを聴く時間が減るにつれて、ジャズを流すことが多くなりました。昨日今日の週末に、アニメ「氷菓」とアニメ「憑物語」を見ました。ジャズのように流しながらですが、やっぱり素晴らしい作品は心に残ります。福島原子力災害は大きな災害でした。けれども、そこに素晴らしい活動が見えたのもの確かです。そして私は何とか未来への希望を見出したい、と想ってきました。今回のブログで何とかそれを提示したいと思います。

 それでは本文に入ります。

 配布プリントB4 4枚

当日用2枚
 『失敗百選 : 41の原因から未来の失敗を予測する』 中尾 政之著 森北出版 2011年(大学所蔵は2005年:講義参考図書) 
まえがき ⅷ,ⅸ
14,15頁:41の失敗の原因一覧表
38,39頁:失敗利益額と失敗損失額のグラフ
90-93頁:事例5.1スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発
338-341頁:原子力船「むつ」の放射線漏れ:失敗の原因39 企画変更の無作為

宿題用2枚
『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイアモンド著 68-83頁 
※宿題の内容は別記

 紹介した資料
 『自動車事故の科学 こうすれば事故をなくすことができる』 林 洋著 大河出版 1994年
 『~放射能と共に暮らすために~ 地域安心マップ』 静岡放射能汚染測定室・他環境資料測定 健やかな命を実現するスペース“プラムフィールド”・静岡放射能汚染測定室 代表:馬場利子 2013年6月 600円

 
 --講義内容--

 今回は前回の続きになります。事実と一次情報であるデータ分析を中心に深めます。対象は自動車と原発です。そのデータ分析から浮かび上がってくるのは、事故原因としての社会背景、それゆえの、「リスクや事故が起こっても隠した方が得」という公共事業や電車や電気などの公共サービスが持つ体質です。そしてその行き過ぎが、日本の原子力政策で現れたのが原子力船「むつ」であり、現在のウラン濃縮の「高速増殖炉もんじゅ」です。私は敗戦による社会背景を刷新して、「高速増殖炉もんじゅ」を軍事利用として法整備すべきである、と考えます。それは福島原子力災害のデータ分析から出てきます。
 福島原子力災害で明確になったのは、2点あります。

1) 株価の極端な低下です。
 公共サービスでは「事故はばれても隠した方がよい」という構造にあります。ですから、これまで原発でいくらデータ偽装、隠蔽があり内部告発で出てきても株価に影響がありませんでした。就職先のランキングもトップ50には入っていました。しかし、福島原子力災害でそれが変わりました。

2) 賠償金の拡大です。
 法律に基づけば電力会社の賠償金は数百億円でした。しかし、現在は1兆円を超える賠償金を払うかも知れなくなっています。法律無視の民主党政権のごり押しが、実は事故対策費を教え挙げる結果になってしまいました。今後、古くなった原発は採算性から廃炉になっていくでしょう。「事故が起きても電力会社は決して損をしない」という構造が壊れてきているのです。
 
 以上の2点から考えれば、高速増殖炉もんじゅは、2050年の商業ベースに乗せることを考えているのですから、不可能です。そこから軍事利用を考えなければならなくなります。そしてそれが現在も曖昧な高速増殖炉もんじゅを始めとする原子力関係の法律を包括する法律を作らなければならなくなるでしょう。事故対策を考える部門は一か所にまとまりました(部門の行動に関しては批判的ですが)。包括した法整備によって事故対策が進むことを期待できるようになるのです。これまでは、原発は「稼働しなくとも、稼働しても必ず儲かる」構造だったのです。その行き過ぎに大鉈を振るい、新しい構造になることを望みます。そのためにはしっかりとした、技術者倫理の専門家に検討部会に入ってもらいたいです。
 これが福島原子力災害の希望です。

 それでは昨年度の講義録を元にして、事実とデータ分析に入ります。

 ー自動車事故のデータに対する2つの考え方。

 同じ自動車死亡事故を用いて、技術者倫理の2人の専門家が全く別の結論を出していることを学んでもらいます。

 同時に、自動車業界と原発業界を比較しながら、官僚主義を述べていきます。この官僚主義は技術者倫理では「属人的組織風土」と共に事故対策を十分出来ない要因の1つです。また、今回のテーマは「技術が社会背景に依存する例」ですので、社会背景がこの官僚主義を指します。それでは昨年度の講義を引用しつつ書いていきます。

失敗学として有名な中尾政之先生の『失敗百選』を使います。その焦点は、これまで出てきたキーワード、リスクトレード・オフ、費用便益分析、許容可能、公衆の福利です。

 それでは『失敗百選』について軽く説明します。
この本は、この分野で大変素晴らしい本で、情報がまとまっているし、データベース化しています。失敗の類型が41に分けられていて判りやすいです。実は、教科書にしようか、と迷ったくらいの本でした。ただ、ネックは3500円+税、という高値、もう1点は、学生の自発性が倫理の出発点である、と考える高木とのズレでした。大学の講義で扱うには膨大な情報量と事故事例であり、学生の皆さんが、高校の教科書のようにして読むことを懸念しました。つまり、この講義をより深めるために是非読んで欲しい本なので、オススメしました。

 それでは、この本の「まえがき」に書いてある自動車事故について取り上げていきます。今回は、教科書VS高木の構図のように、中尾『失敗百選』VS 林洋『自動車事故の科学 こうすれば事故をなくすことができる』の構図にします。

 自動車事故によって年間1万人の死亡、100万人の負傷者の事故があります。

     事実                   →論拠
 
中尾先生 1970年から2000年までの交通事故のデータ  →1980年には下げ止まっている
                          →事故が増えているのは事件を隠さなくなったから
                          →事故を隠さなくなったからリコールが増えた
                          →医療過誤も同じ類型である

林洋先生 1960年頃から2000年までの交通事故のデータ →下げ止まっているが、その後の事故対策をしても減っていない
                          →だから、現在の事故対策は誤った事故対策である
                          →事故対策は自動車(メーカー)の対策であり、事故対策は自動車と歩行者の接点を減らすことである

 となっています。
 同じ客観的事実を見ても、そこから導き出される筆者の考え方(論拠)が全く異なってきます。ちなみに、データを探すと以下のようなものありました。
:http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6820.html
 2つの筆者の引用文にないのは、「高齢者65歳以上」が増加し「若者」が人口比よりも低下していくのは、平成5年前後という点です。また、「歩行中」の死亡率低下が殆どなく、「運転者」の低下が顕著であることが挙げられます。

 林洋先生は『自動車事故の科学 こうすれば事故をなくすことができる』で、事故対策は歩行者と自動車の接点を減らすことが大切であるのに、現在の自動車の安全対策は、日本国政府(運輸省)、企業、大学が「原子力ムラ」のように「自動車ムラ」を作っていて、本来すべき安全対策が取られていない、と警鐘を鳴らしています。

 高木が補足したのは、シートベルトの義務化は高速道路で昭和60年(1985年)、一般道で翌年の昭和61年(1986年)
です。先ほどの統計データを見ると、丁度その頃から2次ピークがやってくるのです。つまり、シートベルトの義務化は死亡者数、負傷者数を減らしていないのです。社会科学では相関関係が一義的に定まりませんが、増えています。さらに、エアバックやチャイルドシートなどの導入も極めて高い効果を挙げているとは言い難いものです。ただし、15歳以下の死者数は長期的に下がっており、さらに年間で300人を切っておりチャイルドシートの効果は明確になりません。10倍前後の極めて高い死者数となっている「高齢者」対策が遅れています。
 こうした数々の事故対策や法律による規制が、「高齢者」対策でない点は、林先生の主張に説得力を与えています。高木の個人的な体験からすると、自動車業界は確かに「自動車ムラ」という体質が感じられます。例えば、車検制度です。新車で3年後に車検を受けなければならないそうですが、「メイドインジャパン」の代名詞になるような自動車が果たして3年後に必要なのでしょうか? もちろん、チェックは必要でしょう。しかし、何時でも必要なのです。事故の統計学として3年後にすることがどれほどの事故予防につながっているのでしょうか。例えば、アメリカでは車検制度はありません。排気ガス検査はあるようですが6000円程度のようです。対して日本の車検は5万円以上かかるようです。その他、自動車に関わる数々の無駄が民主党政権になって明らかになったのもありました(その後が続きませんでしたが)。林先生の本によると事故対策を理論的に基礎づける大学の先生が、そうした外郭団体に入る実例が載っていました。
 こうした視点は、「国会 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」の報告書と共通するものがあります。
 7月5日に国会の両院議長に提出されたものが、ダウンロード出来ます。
:http://naiic.go.jp/

 対して、中尾先生は、事故が増えているような印象があるがマスコミの宣伝によってあるが、実際には下がっていると捉え、「インターネットのよって内部告発も簡単になったので「隠すと損する」と皆が感じるようになったのも確かである。その結果、事件は隠さないから急上昇した」(ⅸ)と述べている。

 ここで両者の主張を事故対策に絞ってみると

中尾先生:事故対策は十分である。事故が増えたのは隠さなくなったからだ
 VS
林洋先生:事故対策は不十分である。事故が減らないのは根本的な考え方が間違っているからだ

 となります。
 ポイントは、同じ統計データ(事実)を用いても、正反対の説が出る、ということです。自動車という正確で広い範囲に渡る事象であっても、このようなことが起こります。もし、さらに狭い範囲の事象、例えば宇宙ロケットやプリンターや配管など、であれば不正確なデータや長期的ではないデータなどの制約が出てくるでしょう。さて、こうした事故対策から、自動車そのものを技術者倫理で考えてみましょう。

 自動車をリスクトレード・オフで考えてみます。

 問1 自動車はリスクトレードオフ出来ますか? 

 全てのクラスで補足を行いました。講義録9-1から引用します。

①トレード・オフ :利益(ベネフィット)と損失(リスクや被害や費用)を比較して判断する

②リスクトレード・オフ :損失と損失を比較して判断する

③リスクヘッジ : どの場合でも出来るだけ損失を少なくなるように判断する

 この問題の場合は、「自動車があることによる損失」と「自動車が無いことの損失」の比較をして、ある損失の方が小さければ、リスクトレード・オフ出来る、となります。これは、自動車がある方が社会全体で損失が少ないことになります。ない場合の方が損失が小さければ、当然、自動車は無い方が良くなります。ただし、これまで述べてきたように、「損失」をどのようにまとめるか、どこまで損失とするか、は各判断でバラバラになります。この点が非常に難しく論争となる点であります。高木は自動車の利益と損益(リスク込み)を以下のようにしました。

利益:自動車は国内輸送の90%を担っている
   http://www.mlit.go.jp/k-toukei/16/handbook/004youran.2-2hyou.xls
   つまり、コンビニ、スーパー、電気、ガス、または遠隔地の介護等々が支えられている。

損益:死者5千人、負傷者100万人がほぼ確実に被害を受ける。石油消費や環境破壊(二酸化窒素など)。

 それでは、リスクトレード・オフで置き換えてみます。

 (高木の回答例)

自動車があることの損失は1万人、負傷者が100万人がほぼ確実に受ける損失である。他にも石油の消費や環境破壊などがある。
自動車がないことの損失は電気・ガス・水道・コンビニ・スーパーなどが完全に止まる損失がある。
私は止まると基本インフラが止まり、1万人以上の人が死亡すると考える。例えば、東日本大震災で復旧復興の中に、電気ガス水道やスーパーなどが基本インフラとして扱われた。
ゆえに、自動車がないことの損失が上回るのでリスクトレード・オフ出来る。

 次に、福島原発事故を整理してみます。
 『失敗百選 : 41の原因から未来の失敗を予測する』15Pの表Ⅰ.3 シナリオの共通要素、という中尾先生の整理した失敗の要素を使って整理してみましょう。高木が異なる点は、要素を最終的に1つにしない点です。

 (高木の回答例)

・1 脆性(ぜいせい)破壊 
 :福島原発は事故が起こる「前」、最も作業員の被爆量が多い原発でした。ということは、材料そのものが経年劣化などによって、あるいは基本構造の欠陥が疑われます。福島原発と同じ型「マーク1」である浜岡原発1号機2号機が経年劣化対策などの総工費が膨大になってしまい、再稼動できなったのです。しかし、福島原発は福島県の知事選挙で原発停止の知事候補(現役知事)をやぶって原発推進派の知事が圧倒的多数で勝ちました。敗れた現役知事は、「東京電力によるトラブル隠しが発覚した後、原発停止に立場を変えました」、とした後、怪しい贈収賄事件で追い詰められ、判決理由も不可解と高木が考える理由で有罪とされました。贈収賄事件と判決理由についてはおいておくも、東京電力のトラブル隠しによって反対に回った知事が落選し、福島原発の継続が決定したことを覚えておいて欲しいのです。
 本日(7月9日)も、「鹿児島県知事選で原発擁護の現職候補が勝利」しました。原発反対の候補と一騎打ちとなり、ほぼ40万票と倍を取りました。投票率は約44%です。
http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_474421
 この結果は、日本国民が原発再稼動を賛成している、という結果です。その結果を取るのは、もちろん、鹿児島県民であり、日本国民なのです。福島原発事故もその事故原因は東京電力や日本国にあるにせよ、選挙で原発推進の知事を選んだ福島県民、日本国民にもあるのです。高木は、一方的に東京電力や日本国政府、特に特定の政権や政治家だけを非難する態度には組み出来ません。話は長くなりましたが、このような理由から、脆性破壊があげられます。

・3 腐食
 :1と同じ理由から推測します。

・6 バランス不良
 :前に引用した「マーク1」の耐震不安の指摘がアメリカで80年代に問われてきた経緯からです。

・12 衝撃
 :津波か地震を指します。

・22 天災非難
 :この場合は、海水注入の遅れを指します。

・23 脆性構造
 :冷却系の不備、特に海水面に冷却系を置いたことです

・24 フィードバック系暴走
 :蒸気系の冷却装置の取り外しなどによる暴走を指します。

・28 フェイルセーフ不良
 :冷却系がやられた後の対策不備と原子炉外の予備電源の確保対策不備を指します。

・35 だまし運転
 :講義録14でやりますが、欠陥炉と判った後でも修正しなかったことです。アメリカと浜岡の例からです。

・36 コミュニケーション不足
 :根本的には原子力委員会や原子力安全委員会と原子力安全・保安院ですが、意思決定機関(官邸)や検査機関(電力会社)とのコミュニケーション不足を指します。

・37 安全装置解除
 :蒸気系の冷却装置などなどです。

・企画変更の不作為
 :「マーク1」が欠陥炉と分かってからも、企画変更が出来なかったのです。

 色々な回答がありました。次に、費用便益分析から観た「公共サービス」の特殊性です。


 -隠した方が得をする「公共サービス」の構造

ここで学んでもらうのは、「公共サービスや独占企業は失敗を隠した方が得をする」ということです。

 費用便益分析から観た「公共サービス」の特殊性を見てみましょう。費用便益分析とは、「ある対策をした場合の費用と便益を比較して分析すること」です。

 前に、フォード社のピントという車種の欠陥が分かって、リコールする場合の費用としない場合の便益(損益)を比較した例でした。ここで倫理絶対主義と倫理相対主義の違いについても触れました。

 こうした費用便益分析は、技術者倫理のみならず、民間企業では当たり前のビジネス思考なので是非とも、習得して欲しいものです。例えば、結婚した場合の費用便益分析のように。結婚をすると平均で10年の寿命が延びます。その分、家族にとられる時間や金銭がかかります。「幸せ」や「家族」などの心の問題を横において、このように、本当はもっと色々な要素がありますが、比較するのは長い人生を考える上で大切だと考えます。

 それでは中尾先生の『失敗百選』38,39Pを観てみます。

①不祥事で隠した場合、100倍以上の損失額になる :株価の損失額が大きい
②リコール事故の場合、10倍以上の損失額になる
③鉄道や電気などの場合、失敗しても損失額は少ない

 となります。①の事例として「日本ハム偽装」や「雪印食品偽装」、②として「三菱自工リコール」や「フォード・ピント事件」、③として「東京電力トラブル隠し」や「京福電車事故」などが挙げられています。ここで大切な結論は、

☆「 国や公共サービスは隠しても損をしない 」

 ということが費用便益分析で出てしまっている点です。株自体が無く社会的信用が費用便益分析に関わってこないからですが、同様に、鉄道や電気など独占企業で、さらに基本インフラに含まれる場合は、消費者の選択権が無く損失額がかなり押さえられることになります。これまで講義録で述べてきたように、東京電力や関西電力の組織的問題の根本は、この「国や公共サービスは隠しても損をしない」からなのです。

 さらに、電力会社は、鉄道などよりも強い独占と公共性を帯びています。これは、「講義録11-4 大飯原発再稼働の安全基準の構造的問題」
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-160.html
で述べたように、安全対策の計画、検査、データの取りまとめの独占とその公共性です。ですから、幾ら

☆「偽造データやトラブル隠しをしても電力会社は損をしない」

 のです。そのよう構造になっているのです。
このケースでは、「高木の説である株価を含めた長期信用による再発防止策、初期事故予防策が通じない」ことになります。そして、国であれば国会議員によるチェックや内閣による行政の方針転換などが起こります。他方、講義録の冒頭で述べた「自動車ムラ」が、それほど組織的問題を発生させないのは、日本の自動車業界全体でアメリカなどの自動車業界と競争し、国内でも各自動車メーカー同士の競争があるからです。私たち日本国民は、三菱自動車のリコール隠しの後、三菱自動車を買い控えたように、選ぶことが出来るのです。他方、

・「電力会社は地域独占と共に計画や検査などの独占により、国からも選択権を剥奪し、政治家の介入も防ぎ、情報公開や説明責任を果たさずに、偽造データを出しても損をしない」

 という構造になっているのです。高木は、こうした構造を変えない限り、現在の電力会社の組織的問題、特に「人災」の側面が根本的に修正されることはない、と考えています。そして福島原発事故から学びうる最も重要な点の1つであると考えています。

 このように費用便益分析から観た「公共サービス」の特殊性から福島原発事故を捉えると、報道一般や反原発や原発推進などから離れた視座が提供できます。これが技術者倫理の視座であり、今後の再発防止のための改革と、他の初期事故対策につながっていくと考えます。
 この視座がなかった原子力政策を原子力船「むつ」の事例で次に考えて見ましょう。


 -公共機関や公共サービスの行き過ぎた実例、原子力船「むつ」

 ここで学んで欲しいのは「官僚化した組織は、企画を中々止められないこと」です。

 「組織的原因と官僚制とその克服方法」を具体的に観るために、 原子力船「むつ」に見る未来への教訓-日本の原子力政策の根本問題-を見ていきましょう。
次は、原子力船「むつ」に見る日本の原子力政策の根本問題です。高速増殖炉もんじゅ、も同じ問題を持ちます。

 原子力船「むつ」については、 
 配布プリント 1枚目(裏) 『失敗百選 : 41の原因から未来の失敗を予測する』338,339Pを参照します。

 原子力船「むつ」は、63年の基本計画策定から92年の実験終了まで、29年と1200億円を投入しました。中尾先生は、以下のようにまとめています。

 「自分の信じた道を貫くことよりも、自分の信じた道を否定するほうが何倍も難しい。原子力船開発に費やした、29年の月日と1200億円の開発に値することを得られたのなら良いのだか」

 かなり厳しいまとめです。「良いのだが」というのは反語ですから、「何も得られなかった」と言っています。つまり、29年と1200億円は無駄だった、と。後半部分に具体的説明があります。

 「原子動力の貨物船は、開発当時は魅力的であったが、完成した頃は各国でも安全性が確保できず、研究意欲は下火になっていた。しかし、日本の開発は慣性力が働き、容易に止まらない。社会の制約条件が変化したのに企画が変更できない、という意味で、企画の失敗である。」

 つまり、日本は「1度決めたことを変えられない」というのです。「企画変更のの不作為」であり、で色々な損失を生んでいると述べています。

 この講義の「公平さ」から眺めてみましょう。つまり、原子力船「むつ」を出来るだけ肯定するのです。
 まず、得られたことは、(→(高木の意見)です)

・放射線漏れを防ぐことは船舶において難しい →原子力潜水艦はどのようにしているのでしょうか?
・放射線漏れの研究をすることで原子力潜水艦を潜在的に保有する技術が得られる。→原子力発電を国策にした意義と同じ
・1991年、4.2kgのウランで82000km航行 →一応の成果
・放射線漏れのデータは貴重な自然科学のデータであり、対策は技術的価値のあるデータ

 以上のように肯定してみました。
 
 高木は中尾先生と同じく、企画変更の不作為があると考えます。その根本原因として、

①講義録12-1 敗戦後の国際政治と原子力発電
②講義録12-2 アメリカ支配により固定化した日本組織

 を挙げてています。この線に沿って説明していくと、「高速増殖原型炉もんじゅ」が浮かび上がってきます。
日本原子力研究開発機構:http://www.jaea.go.jp/04/monju/index.html

 このHPによると、1967年(昭和42) 動力炉・核燃料開発事業団設立です。原子力船「むつ」が63年ですから、4年後です。「2次冷却系事故原因究明」と特設ページがあるので見てみます。
http://www.jaea.go.jp/04/monju/category05/mj_cause/cause.html

 特に興味がひかれるのは、3つの項目の一番下「ナトリウム漏えい事故時の写真」です。福島原発事故後、原子炉内の写真は殆ど公開されていませんが、「もんじゅ」は事故写真と対策を取った後の写真が、バッチリ公開されています。是非とも見てみて下さい。色々なことが思い浮かぶでしょう。

 91年に成功した原子力船「むつ」は翌92年に実験終了しました。対して、「もんじゅ」は95年「ナトリウム漏えい事故」を起こしましたが、それによって「事故への対応の遅れや動力炉・核燃料開発事業団(当時)による事故隠し」が明らかになりました。

 「むつ」も「もんじゅ」も、開発当時は魅力的でしたが、完成した頃は各国でも安全性が確保できずに、研究意欲が低下している状況、という点が共通しています。そして、もう1度中尾先生の言葉を「もんじゅ」に当てはめてみましょう。

 「しかし、日本の開発は慣性力が働き、容易に止まらない。社会の制約条件が変化したのに企画が変更できない、という意味で、企画の失敗である。」

 現在の状況は、「もんじゅ」は運転再開にこぎつけましたが、作業員のミスや情報隠しなどが指摘される中(指摘だけです)、継装置落下事故が起こり、再開の目処が経っていません。事故が無かった場合、原子力委員会(2006年)は、高速増殖炉の2050年からの商業ベースでの導入を目指す、としていました。

 よく考えてみて下さい。「もんじゅ」の導入計画が、1967年で商業ベースとなるのが、2050年です。
 
 その間に、どれだけの損が出ているのでしょうか? 

 吉岡斉先生が『原発と日本の未来』で述べているのを意訳しますと、「国策で採算を無視しないと出来ない日本の原子力政策と原発である。その内、原発は民間会社に任せるべきだ」となります。

 この点が、「むつ」と「もんじゅ」の根本原因で共通しているのです。

 つまり、「採算を無視してやっているのに、採算を取ろうと辻褄合わせをする」というウソを続けている。

 日本では軍事利用は許されません。
ただし註すべき点があります。平成24年6月22日の原子力基本法改正で「…我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」が入りました。第2条1項を読むと「原子力利用は、平和の目的に限り…」とあります。「安全保障」とは本来は、軍事に使用される言葉であります。組織改正が行われたので規則も変更されるという理由も加味して考えなければなりませんが、「軍事利用」の可能性が潜んでいることも確かです。

 さて、「もんじゅ」に戻りましょう。

 「もんじゅ」は、核兵器に利用可能なプルトニウムが生産されます。
 「もんじゅ」は、核保有国以外は日本だけが推進しています。
 
 これに先ほどの、

 「もんじゅ」は、開発期間80年で商業ベースに乗ります。

 を合わせて考えてみましょう。どのような民間会社が、開発期間80年かかる発電施設、しかも資金は何十兆円かかるか判るか分からない発電施設を作るでしょうか?

 これは明らかに、企画変更の不作為だと考えます。吉岡先生の言うように、アメリカ支配を受け入れてた日本は、戦闘機開発を破棄され、自主発電も放棄、数々の支配を受け入れてきました。敗戦前に核兵器を開発していた日本の技術はアメリカに奪われました。その中で、

 「もう1度核兵器開発をして、潜在的な核保有国になる」

 という開発は当初は魅力的でした。しかし、冷戦構造が崩壊しするなど社会の制約条件が変わっても、企画変更が出来ないでいるのです。

 高木は、中曽根康弘氏や正力松太郎氏のように原子力発電を導入してきた人々を非難したいのではありません。開発当時は米ソ冷戦構造の中で日本を豊かにするために必要な政策(代替案を考えろ、というのは当時の状況をもう少し考えなければならないと思います)であった、と考えます。その上で、原子力船「むつ」のように社会の制約上限が変化したのに企画が変更できない、という日本の組織の問題が、現在の原子力政策全体にあると考えます。原子力発電もその1つです。
 
 原子力船「むつ」は企画変更されました。高速増殖炉「もんじゅ」や原発全体を、トレード・オフやリスクトレード・オフ、リスクヘッジなどで見直すという議論が必要ではないでしょうか。

 同時に、日本の核兵器開発という軍事利用も検討すべきではないでしょうか。
 日本だけが20年前に終わった米ソ冷戦構造のゆがみを見直せないでいます。ゆがみは以下の通りです。

・核開発に平和利用と軍事利用は分けられない →分けたのはアメリカが日本の反米感情をやわらげるため

・非核三原則は現実を見ないようにする巧妙なウソ →「ソ連の核兵器は良い核兵器でアメリカの核兵器は悪い核兵器」などという自然科学に基づかない立場から非核三原則を守ろうとするのは、米ソ冷戦構造の残りである。

 ですから、以下のように提案します。

☆もし今後も続けるのならば、「もんじゅ」の核開発は潜在的な核保有のためであると法律を改正しましょう。

☆原子力発電も同じく、潜在的な核保有のためであるから資金が余分に掛かると、宣言しましょう。

 その上で、企画変更を経済、軍事、国民の選択、安全保障などの観点から検討していく、のが大切ではないでしょうか。原子力船「むつ」が教えてくれることは、もしかしたら、この教訓があるのかもしれません。確かに開発費1200億円と29年の歳月は得るものが少なかったかもしれませんが、このような未来に向けた教訓を引き出せる恰好の事例ではないでしょうか。

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