哲学11-1 アリストテレスとは

 皆様、こんにちは。

 明日は最高気温7度という寒波が来ています。同時期の平均最高気温が13.4度です。二酸化炭素による地球温暖化のシュミレーションでは「日本は寒冷化する」という結果も1つとして入っていますから、この寒波も地球温暖化の影響かもしれません。しかし、そうした報道が見られないのが不思議です。「異常気象」を「地球温暖化」による、などという意味不明の報道がされるだけです。二酸化炭素による地球温暖化は私は自然科学の知見に基づいていない、という指摘を過去にしてきました。しかし、自然科学的知見だとしましょう。それでも、なぜ「異常気象」が「地球温暖化」と結びつくのか、全くわかりません。異常気象は例外事項であり、地球温暖化は均一化された事項なのです。例外事項と均一化された事項を混同すること、日本のマスコミのすさまじいまでも自然科学的知見の欠如には開いた口がふさがりません。マスコミは読売新聞や朝日新聞などの平均給与は1000万円を超え、入社希望も人気の上位にあります。偏差値の高い大学から入学しているのに、どうしてでしょうか。 
 こうした例外事項と平均化された事項を分けなければならない、学問の出発点である、と述べたのが今回取り上げるアリストテレスです。そういう意味でも、アリストテレスの知見が現代でも必要とされている、と、ふとこの肌寒さの中で想いました。それにしても、お茶が美味しいです。

  講義連絡

特になし


 --講義内容--

 今回は2点取り上げます。1点目はアリストテレス自身の経歴、2点目はアリストテレスが行ったプラトンのイデア論の欠点の修正点、です。プラトンのイデア論を欠点から述べていきますが、その際に、どうしてプラトンが政治改革に失敗したのか、という私論を付け加え、現代の日本の政治への視点を示したいと思います。それは古代ギリシャの民主主義が途絶えるという結果をもたらしたからです。民主主義は万能ではないのです。絶対でもないのです。日本はたまたま2674年の独自の民主主義を保ち続けてきましたが、それは民主主義の形を変えながら生き残ってきただけに過ぎません。何度も滅亡の危機がありました。ですから、私達も古代ギリシャの民主主義の滅亡を鏡として、今後の日本の民主主義の新しい形、あるいはどのように刷新すべきかを考えて欲しいです。今回の講義、あるいは哲学の講義全てのテーマは、ここにつきます。

 -アリストテレスの経歴

 それではアリストテレスの経歴をざっと述べていきます。この際に重要なのは、ソクラテスとプラトンが全身全霊を掛けて守ろうとした古代アテナイを滅ぼした(属国となった)フィリッポス2世の側近であったことです。時代は民主主義の都市国家から専制主義の王国へと移り変わっていく端境期だったのです。

  ソクラテスは嫌味おじさん、プラトンは、好き嫌いの激しい完璧主義者と前に言いました。アリストテレスは真面目な人です。また、哲学をまとめた人でもあります。3人の哲学者のタイプを聞いて、自分はどのタイプなのかな?と考えても良いと思います。私が働いているある学校のトップの人は、完全にソクラテス型です。これまでの教育や教授法をぶち壊そうと奮闘しています。周りの職員からは、半ばあきらめ気味で見られますが、それもソクラテスならでは、と思います。そのトップの人は「なんとか日本を良くしたい」という熱い気持ちがあり、この点でもソクラテスと同じです。そして結果を出してきています。一般常識からすれば、アウトサイダー(外れ者、流れ者)ですが、国を愛する心とその人なりのやり方=「ソクラテス型」で結果を残してきています。そういう生き方もあるのです。その学校には、プラトン型の人もいて、アリストテレス型の人もいます。そうでないと中々社会的成功に結びつくのは難しいのです。こんな風に見ていくのも一興です。
 
―アリストテレスの経歴

マケドニアの首都スタゲロイ出身、父は王の侍医(じい)
西暦紀元前384年誕生、
17歳からプラトンの学園に入る。プラトンとは46歳差。
37歳近く、プラトンの死まで残る。プラトンの正統になれず放浪。
数年、旅行をした後、アレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)の教育係。
アレキサンダーが王になった後、アテナイで学園を作る。約900年続く。
舌がもつれる。脚はもやしのように細く眼は小さい。短髪、派手な衣、という異国風の金持ちのおぼっちゃんの外見であった、と後年の本に書かれている。
プラトンと同じく対話形式の本を書くが残らず、講義ノートだけが残った。
「残るべき本は残り、失われる本は失われるだけの価値しかない」という例えによく使われる。「本の運命」と言われる。

-侍と武士の違い

 アリストテレスの父はマケドニア王の侍医でした。少し脱線します。「侍」とは「じ」と読みますが、日本の読み方、訓読みでは何と読むか?と聴きました。2クラスとも正解「さむらい」です。「さむらい」とは「さぶらう」の変化で「そばにいる」を意味します。「侍」が「寺」の横に「人」偏がついているのでも推測できるでしょう。寺、とは王や貴族のことで、侍はその人のいる人。現在なら、ガードマン、あるいはSPです。安倍自民党総裁の演説を聞きに行きましたが、側にSPの人がいました。現代ならそんなイメージでしょう。侍は、貴人からお給料をもらう人なのです。
 対して、武士は農場主です。関東武士や鎌倉武士、という言葉がありますが、それは関東の広い原野を開拓して畑を作った人々です。一族でまとまり、農業をして生計を立てました。ですから、現在でいえば、家族経営の自営業者です。「関東侍」という言葉はありません。なぜなら、関東には貴人がいなかったからです。そして関東は原野であったので土地の境界がはっきりしません。そこでどうしても農場主よりも権力の強い人に仲裁してもらう必要が出てきたのです。ですから、関東の鎌倉に武士政権が出来たのです。社会構造から見れば、それだけ関東の生産性が高くなっていた、ということです。鎌倉政権が源氏三代から平氏政権(執権北条氏)に変わった後も安定した運営が続いたのは、この農場主同士の、武士の仲裁をしたからです。
 また、日本の全ての土地は本来皇室のものでした。続いて貴族などが支配するようになりましたが、不十分な支配であり、現地で耕している農場主たちが支配権を持ち出した、という点もあげられます。土地の支配権が曖昧になった時代は、鎌倉幕府のように争いを仲裁する強い権力が求められたのです。
 農場主で最も大切なのは周りとの関係です。社会的信用です。その信用によって土地の確保や収穫物のやり取り、安全保障が確立するのです。ですから、武士は社会的信用を最も大切にします。それをまとめたものが、「武士道」になります。
 対して侍は、サラリーマンですから、社会的信用よりも給料をもらっている人の意向が大切になります。そこにはノモスがあり、ロゴスやイデアのような真の持つ普遍性を求めるのは難しくなります。護衛をしている貴族が背信行為や犯罪行為をしている時に、警察権を持つ組織に訴えたら、その人は訴えが受け入れられても、入れられなくとも首になってしまいます。ですから、「侍道」はないのです。「鎌倉武士」はいるけれど「鎌倉侍」はいないのです。
 面白いことにアメリカは、アメリカ連合国を併合して150年ですが武士集団に匹敵する社会集団が長く根付きませんでした。ですから、武士と侍の違いが根本的に判らないのでしょう。「ラストサムライ」という映画がヒットしたそうですが、「武士」と「侍」がごちゃごちゃになっています。私は映画館で一人、笑ってしまってしょうがなかったのを覚えています。もちろん、日本では映画館で声を出すことはあまり好ましくないので失礼をしてしまいました。これも、講義当初に行った各国の「来歴」の違いの1例になるでしょう。
「切腹(せっぷく)」は社会的信用を取り戻すために行う行為で、積極的な善なる行為です。しかし、アメリカ人は「クレイジー!!」な行為になるのです。もしかしたら、日本人でも「切腹」を「ハラキリ」と理解している人が多いのかもしれません。これも是非とも道徳の時間で、小中学校で教えて欲しいものです。1週間前にミャンマー(ビルマ)の留学生に「ハラキリ」について聞かれ答えました。すると、続けて日本では

「宗教と愛国を教える時間がないけれど、どうして?」

と聞かれたのです。「切腹」の道徳を持ってきたのに教えないのが不思議だそうです。ミャンマーでは小学校1年生から「宗教と愛国を教える授業」があるそうです。では、貴族中心から武士中心に移る際に、丁度中間のつなぎ役をした平家を見ていきましょう。

―学問の祖 アリストテレス

学問の祖と言われています。個と種の区別などの理由があります。例えば、恋愛と言えば、男性と女性の恋愛を指します。この時、「私」は男性ですが男性が好きです、という反論は成立しません。なぜなら、恋愛、という時の対象は「種」であり、「私」という個の対象とは異なる次元だからです。この区別をしないと、「種」の例外事項を延々と取り扱わなければならなくなり、学問として成立しなくなるからです。生物の多様性を求める方向性からでしょうか、全ての高等生物の顔や肉体条件などが微妙に異なっています。その微妙さを全て扱うとしたら、つまり「個」と「種」を混合したら、1つの学説なり説明なりが出来なくなる、ということです。あるいは、生物学を生み出した人とも言われています。鯨は海で泳いでいるので魚だ、と考えられて来ましたが、アリストテレスは猟師の知らせで鯨を実際に見に行き、胎生(たいせい:哺乳類が1億年前獲得)や母乳を飲むことなどから、魚ではなく牛に近い、と結論付けます。この学説は、アリストテレスの分類生物学から依然しに基づく分子生物学になっても変わりありませんでした。このような側面のあるアリストテレスですが、最も影響力が大きいのが哲学の側面です。

―プラトンを真似るアリストテレス

アリストテレスは真面目な人ですから、先生であるプラトンを真似ようとしました。先に違いを軽くあげます。アテナイ人とマケドニア人、政権に関われない人と政権の中枢にいた人、滅び行く都市国家所属、隆盛を極めようとする王国所属、です。このような違いがあると先生の言うことを聴かずに、社会的地位と学問の本質を混同してしまう若者が多い中、アリストテレスはプラトンを真似していきました。そこにアリストテレスの真面目さが現れています。
真似したのは先ほど経歴に挙げたように、①学園をアテナイに創ったこと、②対話形式の本、③数年の各地への旅行、で、学問の本質として④二世界説の継承、⑤イデア論の継承、です。アリストテレスは、その後も支配的であり続けた古代ギリシャの自然的存在論(フュシス)に沿うように、プラトンの④と⑤を上手に調和させたのです。極めて豊かな内容から哲学(科学哲学)に関係する箇所だけを抜き取ると以上のようになります。

―アレキサンダーの教育係

 アレキサンダーはヨーロッパからすれば、大ヒーローです。ヨーロッパはアジア(現在の中央アジア)側から常に攻め込まれ続けました。アジア側に攻め込んで成功したの数少ない例がアレキサンダーなのです。特に西ヨーロッパは、ローマ帝国から見捨てられてから、アジア側からゲルマン人やバイキングなどに蹂躙(じゅうりん)され続けました。結局19世紀になるまで、ローマの文化の香りや建築技術などは取り戻せませんでした。西ヨーロッパはキリスト教に改宗して直ぐに捨てられ、その後1500年以上、文化や建築などを回復できなかったのです。その劣等感が集まるのが、アレキサンダーなのです。ヨーロッパ、特に西ヨーロッパの複雑さは、この辺りにも起因します。そしてこの複雑さが哲学に微妙な影響を与えていると考えているという私の考えは前に述べた通りです。

―愛国を持たないアリストテレス (都市国家を終わらせたマケドニア王フィリポス2世)

 アレキサンダーの教育係は、父であるマケドニア王フィリポス2世によって依頼されました。フィリポスは、都市国家で構成される古代ギリシャを終わらせた王でもあります。ソクラテスとプラトンが何とか都市国家アテナイの復活を目指したのにも関わらず、終焉(しゅうえん)となりました。ソクラテスとプラトンの目的は全く果たされなかった、と言えるのです。プラトンの名著『国家』は、政治上は全く無駄に終わったのです。都市国家アテナイを中心とする同盟軍をカイロネイアの戦い(西暦紀元前338年)で打ち破られて以降、古代ギリシャはマケドニアやローマの属領として数百年の時を過ごしますし、結局地中海の覇権を握ることは、現在までありません。その後の地中海はベネチア、オスマン帝国、英国などへと移っていきます。
 対してアリストテレスは、覇権国家マケドニア側の、しかも王権に最も近い人間でした。彼はギリギリと命を削る想いで愛国を行う必要はなかったのです。フィリポスは創意工夫を取り入れる先進性があり、ファンクラス(歩兵隊形)や攻城兵器の改良に熱心で、アレキサンダーの時代に花開くのです。ですから、国力が充実しておりアリストテレスは、学問的関心に熱中できる環境にもありました。この状況で、滅びゆくアテナイに学校を作る、というのですから、真面目でありプラトンの意志を都合と考えていたのでしょう。学問の面でも、プラトンが理論面だけのイデア論批判をしましたが、アリストテレスもこれに倣(なら)っています。晩年のプラトンの考え方を見事に継承しました。

―『本の運命』 講義ノートだけ残ったアリストテレス

 アリストテレスはプラトンを真似して対話編や書簡体の本を沢山だしたそうですが、全く残っていません。対して講義ノートだけが残っています。プラトンには芸術的才能があり、アリストテレスにはなったのだ、と言われています。ここから「残るべき本は残り、失われる本は失われるだけの価値しかない」という「本の運命」と言葉が出来ました。反論も予測できますが、事実として置いておきましょう。アリストテレスは本の書き方でさえ、プラトンを真似したのだ、という事実だけを。
 ほぼ同じ時代の孔子の『論語』も2000年以上残っている本です。現在、富士山の麓(ふもと)で、『論語』を声に出して読む(素読)勉強会をしていますが(主催の1人)、声に出してみると、やっぱり素晴らしい内容です。
「しのたまわく、まなびでときにこれをならう。またよろこばしからずや。ともえんぽうよりきたるあり。またたのしからずや。ともえんぽうよりきたるあり。またくんしならずや。ゆうしいわく・・・」
 意訳「学べる気持が高まった時に学べる、のは喜ばしいことですね。友達が訪ねてきてくれてた、のは楽しいことですね。他人が自分を理解しないからといって不平不満を抱かないのは、立派なことですね。」
 という内容は、現代の私達が「う~ん、なるほど」と納得する内容です。講義では日本最古の『古事記』、『聖書』の話をしました。これもまた古い本は、残るべき価値がある、という「本の運命」の言葉を表しています。学生の皆さんも是非、古くから残っている本を読んでみて下さい。この講義も、古くから残っている本は素晴らしい内容だよ、という前提に基づいているのです。
 
― 3人の哲学者の役割

 ソクラテスは全てをぶち壊す人
プラトンは壊した後で創り出す人
アリストテレスは現実と合わせる人(まとめる人)

という役割が見えてきます。新しい運動や思想が出てくる時に、よくこの3つの役割が求められます。私の浅はかな知識からルネサンス期の絵画を考えてみると、ぶち壊す人がミケランジェロ、創り出す人はレオナルド(・ダ・ビンチ)、まとめる人がラファエッロになると考えます。
私の勤めているある学校でも、3つの役を担当する人が大体決まっているように感じています。学生の皆さんがサークルや部活、あるいはバイト先や将来の就職先を考える場合に、この3人の哲学者の役割を参考にしてみるのはどうでしょうか。そして自分の一番向いている役割、というのも考えてみてはどうでしょうか。ソクラテスがプラトンになれないように、皆さんにも向いている役割があると思います。

―問1 イデア的存在論の欠点を挙げて下さい

 プラトンのイデア論はギリシャでは全く受け入れられませんでした。しかし、それを真面目に受け継いだアリストテレスは、「どこがプラトンの欠点なのだろうか?」と考えて現実に合わせようとしました。そうやって哲学を作っていきました。アリストテレスになったと思って考えてみて下さい。学生さんの答え(まとめてあります)

・現実に起こすことは殆ど不可能である。欠点を許容できていない。
・完璧を目指すが、そもそも完璧が私達には理解不可能である。
・個別性を認めなくなってしまう。

 -高木の考え

①対象分野の規定
②生成の概念を否定したこと。つまり、存在の原理を特定領域に限定してしまったこと

 ①対象分野の規定とは

「数学的真=1つの正解」を根拠に「政治的真=1つの正解」にしたことです。

 宿題の『メノン』で見てもらったように、数学の証明で想起やイデア論の証明とします。この証明を対象分野の異なる政治の分野に応用したのです。これと同じような心もは2000年以上を経てから論理実証主義(ウィーン学団)が行っています。数学などの言語や形式で日常言語などをきちっと定義していこう、という試みです。プラトンの影響の大きさを物語るものですが、当時の哲学の世界を席巻する勢いを持っていました。

 ②生成の概念を否定したこと。つまり、存在の原理を特定領域に限定してしまったこと

 生成の概念とは「なる、うむ」です。これは存在の原理の1つです。確かにイデア論の「つくる」も存在の原理の1つです。しかし、これだけにしてしまい、他の「なる、うむ」を無視する結果となりました。それゆえ、日常世界との乖離が起こってしまったのです。もちろんこれはその後、キリスト教神学の基礎を提示することになりますが、生成の概念の否定をしたことが欠点であったことは変わりありません。この点はアリストテレスの指摘に因っていますので、アリストテレスの概念を見ていきましょう。

 ー アリストテレスの答え

・自然物(植物や動物)などに当てはめられない。変化するもの、に当てはめられない。
 イデアは作られたもの、であり「変化」が捕えられない。哲学的に言うとイデア論は「静的」である、という。アリストテレスは「変化」を入れようとした。これには、アリストテレスが生物をよく観察していた点、また、父の医者という職業が、理想を目指すだけでは十分ではなく個別性が重要な職業であった点が考えられる。もう少し簡単に言うと医者は患者を治さないといけないのである。目の前の1人1人違う患者の患部に現実的に向かい合わなければならない職業なのである。
 教室の外を見てみましょう。
丁度、駐車場の横に気が並んでいて、紅葉してきています。プラトンのイデア論では、木が紅葉する、という変化を捕えられません。イデア論では作られてお終いだからです。緑が完全に近いのか、紅葉が完全に近いのか、が判別出来ないのです。皆さんが生まれた時が完璧? 少年の時が完璧? 中年でしょうか老年でしょうか? 人間は(魂の不滅があるとして死の世界から)生の世界に変化して誕生します。赤子から少年への変化、青年中年老年へと変化し、生と死の変化を再び経験するのです。生物にはこのような変化があります。あるいは、患者の患部でも同様の「変化」が起こります。

―プラトンのイデア論における存在性

 今から3つの机のイデア(形)を挙げていきます。「机であるか」が高いが=存在性が最も高いか、を考えて観て下さい。

問2 どの机が最も机であるか、プラトンになって、日本人の常識で順番を付けて下さい。それぞれの基準を挙げて下さい。

  机のイデア           プラトン       日本人

(4)  頭の中に想像としてある机
(5)  職人によって作られた机
(6)  画家によって描かれた机

 よく日本人は、キリスト教を理解せずにキリスト教風の日本人である(山本七平氏など)と言われますが、この辺のプラトンのイデアの理解を指しています。「頭の中にある机が最も机だ」というのならば、プラトンのイデアということになります。どれが最も机なのでしょうか? 

答え
  机のイデア           プラトン       日本人

(4)  頭の中に想像としてある机    No.1         No.3
(5)  職人によって作られた机     No.2         No.1
(6)  画家によって描かれた机     No.3         No.2
   基準              形          有用性

 プラトンは日本人、あるいは古代のギリシャ人と全く違うことを言いました。ですから、プラトンがアテナイの人々に全く相手にされなかったのも理解できるでしょう。私達日本人からすれば、目の前にある木で作られた机こそが「机である」のです。なぜならば、机は物を置くために作られた道具だからです。物が置けなければ机の役割を果たしていないのです。ですから、作られた机こそが机である、のです。常識です。そこをプラトンは、いやいや頭の中にあるアイディア(想像)の机こそが机なんだよ、というのです。現在の私達に言っても「え?何言ってんの?」と思われるのではないでしょうか。しかし、プラトンは想像の机が最も机なのだ、と主張します。プラトンからすれば、机の形(イデア)が大切なのであって、完璧な形は魂のある世界にしかない、というのです。死後の世界について考えないようになっている現在の日本人にはさらに、「え?もっと何言ってんの?」でしょう。
 日本人は次に絵の机を選ぶでしょう。それは観ることが出来るからです。相手に机の形をきちんと伝える役割を果たせるからです。いくら頭の中に想像していてもそれを他人に伝えること、役に立てること、金を稼ぐことは出来ません。ですから、上のような順番になります。
 対してプラトンは、そのような順番は、有用性が基準だとして批判します。有用性とはこの世だけの基準でしかない。さらに、有用性とは人によって変わる曖昧な成り行き任せのものだ、というのです。プラトンの基準は「形」であり、完璧な形は天国にしかない、というのです。
 実は学生の皆さんに板書してもらったのですが、ここまでは半分近くの人が正解でした。驚きであると共にイデアと日本人の常識を理解していてくれていて嬉しかったです。では最後です。職人が作った机と絵に描かれた机です。プラトンは職人が作った机は、前から観ると1つの形が見える、右横から観ると1つの形が見える、後ろから見えも1つの形が見える、という形に注目しました。しかし、絵画には机の形が1つしかありません。

「この世の形が不完全ならば、形が多い方がよい」

というのです。そこで、No.2が(2)職人の作った机、No.3が(3)絵に描いた机となります。
これらが意味するのは、イデアの言う存在性は、イデア界が最も高く、材料と結び付いた存在者が次に高い、ということです。さらにアリストテレスと比較すると以下のようなことが出てきます。それぞれ言い方を変えただけです。

 イデア  +   質料    ⇒   自然界の存在者
完全な形 +   材料    ⇒   机、人間、動植物 
本質存在 +   形相    ⇒   現実存在(事実存在)

質料とは哲学の用語です。原子や材料と考えて良いと思います(現代の科学哲学からすれば)。こうした考え方は、現実離れしていると思われるかもしれません。具体的な例を挙げてみます。教室の外を見てみましょう。駐車場に自動車が止まっています。自動車は毎年のように新しい形が出てきています。それらは、「どういう自動車が良いのか?」と考えた結果です。「どういう自動車が良いのか?」を考える時に、「究極の形」を目指している、と考えるのが、プラトンのイデア論です。「どういう自動車が良いのか?」を最初にしっかり形として考えるのが大切だよ、と言い換えても良いでしょう。
対してプラトンからすれば日本人の有用性の考え方は、成り行き任せです。「どういう自動車が良いのか?」を考える時に、「売れる自動車がよい自動車だ」となるのです。「売れればよい」のでしょうが、それは移り気な消費者の心理に依存することになり、結局は成り行き任せに過ぎなくなるのです。また、自動車が新しい形が出るにしても、何も基準がなくなってしまうのです。「売れる」が「使える」になっても同じです。「何が使えるのか?」では結局、消費者の心理に依存することになる、基準の設定がないのと同じなのです。

―技術と自然科学の差がイデア

 自然科学とはこの世の世界に依存しない原理を設定する学問です。物が落ちる時は「V=aT」:「速さ=定数×時間」という原理がある、と設定する学問です。この原理の設定が、イデア論でいうイデア=完璧な形なのです。現実世界に「V=aT」が成り立つことは決してありません。空気抵抗があるからです。現実世界だけを見つめるだけでは出てこないイデアを設定しているのが自然科学なのです。対して技術とは現実世界の中の有用性を判断基準としています。トラックと乗用車はどちらが優れているでしょうか?という時、「どういう用途に使うかによる」という有用性の基準を出したとしても、その有用性は地域性や文化などのよって、曖昧になっていきます。何かしらの範囲を限定して、有用性だけで判断するのが技術なのです。まとめてみます。

自然科学:完全な形(原理)の設定=イデアの設定
技術  :この世の有用性が基準。しかし曖昧。

 日本では「科学技術」と呼び、同一のものとして扱うことが多いですが、根本が異なります。科学哲学からすれば科学と技術は全く別なのです。この混同は、福島原子力災害への国民や専門家の過剰反応でも観られました。混同によって技術への反発が科学へと結びつけられたのです。イデア論は福島原子力災害を考える場合にも大きなヒントを与えてくれることでしょう(出来れば論文なり本にしたいと思っています)。

―プラトンとアリストテレスの異なる点

色々な本を読んで以下の図にしてみました。高校物理の教師時代の癖で直ぐに一覧表にしてしまいます。

         プラトン             アリストテレス           自然的存在論(フュシス:日本、古代ギリシャ人)
世界の数       2つ            2つ                  1つ
世界の図式    形相―質料        可能態―現実態         (なし)
図式の結合     偶然           多少の必然            (なし)
原理        作る             変わる                うむ、なる
物質的存在者    質料           質料+少しの形相        (なし)
 例            机           植物の成長             四季の運行(ロゴス)、金銭(ノモス)

 世界の数や世界の図式が2つである点は共通しています。「形相―質料」が「可能態―現実態」に替わりました。アリストテレスが修正したのが、この点です。では、可能態と現実態を説明していきましょう。目的は生物の「変わる」をイデア論に取り入れる点をお忘れなく。

―可能態と現実態

 木の種子は「可能態」です。なぜなら、芽を出して、巨木になる「可能」を持った状「態」だからです。ですから、木の種子は可能態であり、現実化されると巨木(現実態)になります。あるいは発芽せずに腐る(現実態)こともありえます。つまり、木の種子は幾つもの状態(巨木、腐る、小木など)になる可能性を秘めている「可能態」なのです。
 次に、巨木(現実態)は実は「可能態」でもあるのです。巨木は削られて木材になれるからです。巨木は種子の「現実態」であり、同時に木材の「可能態」であります。木材にならず、枯れることもあります。1つの現実態は幾つもの状態の可能性を秘めた「可能態」なのです。さらに、木材は机、椅子、食器などになれる可能性を秘めた「可能態」でもあります。
 つまり、アリストテレスは、「可能態」は「現実態」である、という考え方を導入して生物の「変わる」を連続して説明できるようにしたのです。少し難しく言うと、巨木か木材かの立場によって「可能態」と「現実態」が変わるのですから、相対的な観方をプラトンにイデア論に導入したと言えるでしょう。


―形相を含んだ質料という「可能態」

 もう1点、アリストテレスが「可能態」から「現実態」への変化に目的を付けました。結論を先取りして言えば、プラトンのイデアに近づけるためでした。アリストテレスの導入した目的を説明します。木の種子には巨木になる可能性の高いものと、可能性の低い種子とを区別しました。確かに植物は同じ親から種子になってほぼ同じ条件で育成しても大いに成長する種と、成長しない種があります。そこをアリストテレスは、プラトンの「形相―質料」の構図を使い、種(質料)の中に大きくなる可能性を説明します。つまり大きくなる可能性の高いものは、形相(イデア)を多く含んでいるのです。プラトンのイデアでは、大きく育つかどうかは全くの偶然でしたが、アリストテレスでは大きく育つかどうかの前提条件を説明の中に取り込むことが出来たのです。
 少し別の例で説明しましょう。
 日本でも「偏差値が高いのはよく勉強したからだ。勉強すれば全ての子供が東大やハーバードに入れるだけの学力が付く」というイデア論的な観方があります。これは学生の努力目標としてあるいは教師の態度としては有効です。他方、「その子供に向いた職業に就くのが最も良いことだ」という考え方がありますが、これは育ちの前提条件を受け入れている点でアリストテレス的な観方です。上のイデア論に比べて現実に即した意見であるのは言うまでもありません。

―目的論的変化

 さらに、アリストテレスは「可能態」が「現実態」に連続的に変化していく方向性を設定しました。「変わる」ことが最後に終わる状態を設定したのです。それを「純粋形相」と言います。全ての可能性が現実化したその状態は、他に変化しない状態であると言うのです。そうした存在者を目的として変化していくものである、というのです。これを目的論的変化と言います。人生の究極の形が決まっている、とでも言いなおせるでしょうか。その状態は他に変化しようがないのですから、この世の世界に存在しえないものです。その意味でプラトンのイデアと同じです。変化してきた者(動者)が、変化を止める(不動)ので「不動の動者」と言われます。

ーアリストテレスの哲学はイデア論の修正

 以上を図式化してみます。

「純粋形相」=「不動の動者」=「この世の存在者ではない」=「イデア」

 ということになります。数々解釈はありますが、アリストテレスは目的論的変化を導入することで、変化の先をイデアに結び付けたのでした。この点でアリストテレスはプラトンの思想を修正した、と考えられます。同時に当時の生物学の限界だったのかもしれません。それでは身近な例に落してみましょう。人間は数々の可能性があります。しかしながら、全ての可能性を発現させることは寿命の関係で出来ません。サッカー選手になり、バスケット選手になり、世界中を放浪して、深海に潜り、多くの友人を得て、子供を作り、家を建て、全ての職業に就き・・・・などは出来ません。しかし、それら全てを成し遂げたものが「不動の動者」なのです。これはイデアに他なりません。最後に具体的なイデアの考え方を身近な例で見て終わりましょう。

―美人コンテスト  イデアと日本

「英国の最も自然の美しい顔」コンテストがありました。フローレンス・コルゲート氏が優勝したそうですが、その判断基準が今回の講義に関係があります。判断基準は「科学的に最も美しい顔」だそうです。具体的判断要素は

1)左右の瞳の距離が耳から耳までの顔幅のうち50%~46%であること(コルゲートさんは44%)
2)目から口までの距離が、額の髪の生え際から顎先までの距離の3分の1であること(コルゲートさんは32.8%)
3)顔が左右対称(コルゲートさんの顔はほぼ左右対称)

だそうです。これはイデアを意味します。つまり、先に完全な顔を設定しておいて、それに合う人を選別していくのです。完全な女優の形を決めておいて、女優A、女優B、女優Cを当てはめて最も近い女優を優勝とするのです。イデア←質料(物質、存在者)という訳です。この方向がプラトンの2世界説そのものです。
 対して日本の美人コンテストのやり方は以下のようなものでしょう。
 審査員が何人かいて、女優A、女優B、女優Cにそれぞれ点数をつけて投票して合計点を競う。最高点とするか、最後に話し合いをするかで決める、という方法です。イデアの美人コンテストとどこが異なるか、というのと、日本のやり方では、最初の審査員で女優Aが優勝であったとしても、審査員が変われば女優Bの優勝があり得る、ことを意味しています。これはプラトンが批判した「成り行き任せ」そのものです。対して、先に最も美しい女優の形を決めておけば、審査員が変わろうとも(誰になろうと)結論は1つです。変わりません。
 同じことが、大学の推薦入試、公募入試、AO入試であるのではないでしょうか。あるいは、女子フィギュアスケートの採点問題で国際的に騒がれたことがありました。こうした問題が現代でもあるのですから、プラトンの自然的存在論批判が有効なことが判ります。

 以上です。






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石上国語教室で行われた講演のレジュメです。哲学が足りなかったのが、福島原発事故の原因の1つではないか、と考えています。

「哲学のススメ2」レジュメ

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