2つが私の心を痛める。東日本大震災について


東日本大震災の復興が進まない、現状を知って心が痛い。

①南三陸町で高台に住む「集団移転」事業がある。

 日本国の負担:600億円
 宮城県の負担:1100億円
南三陸町の負担:1000億円

 南三陸町の自由になるお金は年間3億円である。1000億円は300年以上かかる。日本国政府からの説明は一切ない。全て国が負担する、と言ってきたのに。

 同じことが、「漁船の修理ドック」建設でも起こっている。
水産庁と国交省が「調整します」だけで現場も見ずに動き出さないので、民間団体の資金で作られようとしている。

 新エネルギー法案などの事故が終わった後の話をしている。
同じ日本国民が苦しんでいる。私は何も出来ない。胸が痛い。

②福島原発事故以後、全ての原発が止まらず、また、再稼働しようとしている。そしてその基準が暫定基準値などで示されずに行われている。

 つまり、原発再稼働は、技術的な安全ではなく政治的な決断によって行われている。

 原発導入時は政治的な理由で行われた。技術的な安全や経済性などは一切なかった。現在は当時とは状況が異なるのに、同じく政治的な決断で続けられる。

 原発は巨大な技術の粋を集めた存在なのに、どうして政治的な決断で安全から危険へ、経済性があるのに不経済へと移行するのだろうか。これは原発推進派の大ダメージだと思うのにその人々も口を閉ざしている。

 「政治が「安全ですよ」と言えば、技術的に安全になる」

 という論理を日本国民は信じるのだろうか。

 福島の子供たち「全員」からセシウムが出た。国民の代表として原子力の安全をチェックする斑目原子力安全委員会委員長は「安全です。問題ないです」と自分で調べないで言う。本当は安全委員会が行わなければならない業務である。しかも、本当に安全か、という内部被曝の子供用の数値基準を示さなければならない。示していない。「安全ですよ」と言えば、安全になるのだろうか?

 ①と②が私の心を痛める。私は何もできない、という想いに浸っていまう。
けれども、私には原発を取り扱う講義を任されている。向かい合ってくれる学生の皆さんがいる。一生懸命講義をするしかない。私自身のためではなく、同じ日本国民が少しでも和なる心を持てるように。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

    名前:高木健治郎

書いたもの(平成29年度)
哲学(平成28年度)
科学技術者の倫理(平成28年度)
書いたもの(平成28年)
科学技術者の倫理(平成27年度)
哲学(平成27年度)
書いたもの(平成27年)
哲学(平成26年度)
「科学技術者の倫理(平成26年度)
講義録「哲学」
書いたもの(平成26年)
書いたもの(平成25年)
論文(高木健治郎の)
講義録「科学技術者の倫理」(平成25年度)
高木ゼミ『銃・病原菌・鉄』
高木ゼミ全6回『ぼくらの祖国』
教養講座6回分(平成24年度)   講義録21~
講義録「科学技術者の倫理」(平成24年度)     講義録1~15
最新記事
講義録「科学技術者の倫理」(平成23年度)
石上国語教室で行われた講演のレジュメです。哲学が足りなかったのが、福島原発事故の原因の1つではないか、と考えています。

「哲学のススメ2」レジュメ

最新コメント
カテゴリ