エッセイ「【學問】技術者倫理と道徳」

 「富士論語を楽しむ会」の同人誌に投稿した校正前原稿です。
読みにくい箇所・誤字脱字あると思いますが、目を通して下されば幸いです。
以下本文です。


 「井戸に子供が落ちそうになったら、誰でもが、『あ!』っと想い、手を差し伸べる心がある」

 と道徳の始めが語られます。

「だから、誰にでも善の心がある」

それを行動に移しましょう、と語られます(『孟子』惻隠の心)。これがいわゆる「道徳」です。

「井戸に落ちる場面→個人の善なる行動」

が歴史的な道徳ですが、別の方法で道徳を達成しようというのが、技術者倫理です。子供の場面で説明します。

① 「【子供は愚かなことをするのだから】、前もって井戸に蓋(ふた)をしておこう」
② 「【物は壊れるから、壊れた際に備えて】、前もって井戸の囲いを高く二重にしておこう」

 という二つがあります。①の「人は愚かなことをするから予防しよう」は「フール・プルーフ(fool proof)」と、②の「物は壊れるから予防しよう」は「フェイル・セイフ(fail safe)」と言い表します。お気づきでしょうか、技術者倫理は井戸に注目して子供の落下事故を防ごうとしています。対して孔子を始め、イエス、ムハンマド、ブッダなどは人間の行動を善にしようと努力したのです。まとめてみましょう。

これまでの道徳:人間個人の行動を善に
技術者倫理 : 物を通して善に

約二十年の歴史
技術者倫理とは人が作った物を通して、よりよき社会を成し遂げよう、という学問です。もちろん、物を通して善を成し遂げよう、という考え方は古くからありました。ただ、製造物の発展が社会全体をも書き換えてしまう現代になって成立してきました。大学の科目になって、まだ二十年前後に過ぎません。日本では西暦千九百九十年前後の、新幹線トンネル落盤事故、雪印乳業の食品偽装と死亡事故、原発の東海村JOC臨界事故(日本最大の原子力災害)の三つが大きなきっかけとなりました。これに対して道徳は二千数百年の学問としての歴史を持っています。

これまでの道徳:二千数百年
技術者倫理:約二十年

電気ポット
具体例で説明します。最近、朝になると息子が布団の中に入ってきます。私の布団が暖かいそうですが、布団を掛けてあげると私の体が出てしまい、朝の六時過ぎには目が覚めてしまいます。寝ぼけた体と頭で階段を降り、台所に行って電気ポットで熱いお湯を入れます。まず、嗽(うがい)をし、口腔を漱(すす)ぎ、最後にお湯を飲みます。電気ポットでお湯を注ぐとき、どのポットでも、まず一回ボタンを押し、次のボタンを押すとお湯が出る仕組みになっています。これは①の「人は愚かなことをするから予防しよう(フール・プルーフ)」に基づいているからです。人は寝ぼけた頭で電気ポットを触ることがあります。お酒を飲んでいたり、興奮状態や落ち込む時も触ることがあります。その時に、一回のボタンで「熱いお湯が出る」と火傷をしてしまうのです。物を通して善を成し遂げようという考えで、ボタンを二重にしました。人が愚かなことをする、これは容易に想像できることですから、電気ポットを作る設計の段階で組み込んでしまうのです。熱いお湯を飲んで十分もすると、頭と体が起きてきてきます。戦国時代の西欧人の記録に「日本人は食後必ず少しだけ熱いお湯を飲む」とあります。お湯で胃腸の消化を助け、口腔内も清潔に保っていたのではないでしょうか。先人の知恵を思い出しました。

飛行機
 もう一つ、飛行機を例として挙げてみます。飛行機は高い空を飛び、事故を起こせば全員の命はありません。しかも、エンジンの上の尾翼(羽)にガソリンを貯蔵しますから、エンジンの高温の近くに揮発性の燃料があるのです。そうした危険を持っている飛行機は早くから事故対策が進んでいました。例えば、飛行機は二つのエンジンの内、どちらか一方だけでも安全に飛ぶことが可能です。急旋回や急激な落下をしないように安全装置がついています。パラシュートの装備など細かい点も気をつけられています。

身の回りの「フール・プルーフ」と「フェイル・セイフ」
 皆さんの身の回りの生活で①「人は愚かなことをするから予防する(フール・プルーフ)」と②「物は壊れるから予防する(フェイル・セイフ)」を探してみては如何でしょうか。
 「冷蔵庫が開きっぱなしになると音が鳴る」、「ガスコンロが高温になりすぎると停止する」などがあるでしょう。こうした機能は何年前くらいから付いているでしょうか。身の回りの電気製品などに「フール・プルーフ」と「フェイル・セイフ」が強く導入されるようになったのが、学問と同じ約二十年位以後のことと思います。そして現在では、こうした「フール・プルーフ」と「フェイル・セイフ」が導入されていない家電製品は売れなくなり、大型量販店の殆どは技術者倫理を踏まえた商品になりました。ただ、「安くて頑丈」という家電製品も少し残っています。
先月、我が家では炊飯器がボロボロになったので国道一号沿いのヤマダ電機に買いに行きました。なかなか面白かったです。新機能や形状には「フール・プルーフ」と「フェイル・セイフ」が満載です。炊飯器を開けた時に蒸気でやけどしないように、とか、ぽたぽた落ちる暑い水滴が奥に落ちるように、とか、何時間前に炊き上げたのかも教えてくれます。
 他にも椅子や机が丸くなり、軽い素材になっていくのもぶつかって怪我をしないように、誤ってぶつかって怪我をしないように、という心配りがされていました。また、子供用の玩具は喉に詰まる大きさは避けられていますし、バリアフリーの住宅も増えています(バリアフリーは老人に害を与えるという説もあります)。気が付きにくい所で①と②は製造物を変えていっています。

冗長性(じょうちょうせい)と肉体
 「フール・プルーフ」と「フェイル・セイフ」が導入され重要視される考え方が出てきました。「冗長性」と言います。
「同一機能を択一的に遂行しうる二つ以上のシステムを備えていること」と定義されます。先の例でいえば、飛ぶ、という機能を左右どちらでも良い方を選(択)べるエンジン(システム)を備えている、ことです。
 さて、この「冗長性」ですが、私達の身の回りにあふれています。製造物だけではなく、私達自身の肉体に向けてみましょう。右手にチョークをもって黒板に、ごにょごにょ、と書けます。左手にチョークをもってごにょごにょ、と書けます。書く、という機能をこなす二つ以上のシステムを身体は備えているのです。足も、眼も鼻も同じです。逆に一つしかないのは、「冗長性」がないのは脳や心臓や消化器系です。特に脳や心臓は再生されない細胞で作られます。今まで人を見るときに「あの人話しやすい」とか「背が高いなぁ」などで見ていたでしょう。これからは冗長性から見ても面白いと思います。
 私が教えている大学のトイレには、入口にドアがありません。それは地震でドアが壊れるのは「予見可能」だからです。兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)でドアが壊れて出られなくなった人がいたと言われています。入口をいくつも作れない場所のトイレは、ドアが最初からないのです。事故対策をプライバシーの保護よりも優先しているのです。ここには②「物は壊れるから予防する(フェイル・セイフ)」がはっきりと見て取れます。

許容可能なリスク
 常識では「物を壊れないことを前提」にしています。けれども、道徳を導入した技術者倫理では「物が壊れることを前提」にしています。他方、物が壊れ過ぎるのはよくありません。どのくらいの割合なら「物が壊れることを前提」として良いのでしょうか。それを表す言葉が「許容可能なリスク」です。この意味は
 「出来る限り最小限に抑え、かつ社会的に許容できるリスクであること」
 と考えられます。車が百㌔走ると半分の割合で壊れる、のは「許容可能なリスク」ではありません。車が百万㌔走って一割壊れるのならば、「許容可能なリスク」と現在の日本社会では許容していると思われます。
 もう少し具体化して見ていきましょう。リスクですが以下のように計算されます。

「許容可能なリスク = 最悪事故×その確率」

 飛行機のリスク = 最悪事故(ほぼ全員死亡) × 確率 十万分の一
 
 自動車のリスク = 最悪事故(死亡事故)   × 確率 二万分の一

 飛行機は昔は自動車よりもリスクが高かったですが、現在は世界平均が十万分の一と低下しました。ちなみに日本の航空会社だけとれば、十億分の一と驚くべき低さに至ります。日本の部品の製造技術と整備士の優秀さに驚くばかりです。

物を買うに当たって
 例えば、ヨーロッパ往復の航空券を購入するとします。海外の平均的な航空会社Aは六万円、日本の航空会社Bは十万円とします。普段の買い物は「同じサービスなら値段の安い方」という基準だと思います。ここに「許容可能なリスク」という基準を加えてみます。

航空会社A :六万円
 対
航空会社B :十万円 
但し事故確率はA社の一万分の一

どちらをお買いになるでしょうか。「うーん」と悩むのではないでしょうか。A社に毎日百年間乗っても事故に遭う確率は三分の一と小さいからです。他方、最悪事故で計算していますから事故に遭えば必ず死ぬのです。ここを重視すればB社がさらに一万分の一と低いのは注目に値します。
 私が書きたいのは「値段の安い高い」だけで物を買うのではなく、「許容可能なリスク」でも購入してほしいということです。中国産の食品の怖さは知られてきました。激安の居酒屋やファミレス、オリジナルブランドの商品に中国産が使われています。「値段の安い高い」だけではなく、「許容可能なリスク」からもご検討頂きたいのです。
 最近、静岡空港にも激安の飛行機会社が進出してきました。規制緩和など色々な要素もありますが、整備費用の軽減も関係しています。「許容可能なリスク」は数値化されていませんが(期間が短すぎるので)、上がっているのかもしれません。

まとめ
 「井戸に子供が落ちそうになったら、誰でもが、『あ!』っと想い、手を差し伸べる心がある」という道徳の心を、現代の私達は物の製造過程にも向けるようになりました。それによってより快適な生活を手に入れられるようになりました。さらに今後も技術者倫理は、製造物の発展に寄与していくことでしょう。
 人は己の行動を善なるものに添うようにと道徳を継承し育ててきました。現代ではリスクを少なくするという善もそれに加わり、「何がリスクか、どうすれば減らせるか」を考えられるようになりました。二千年を超える偉人たちの道徳がこのように発展しているのです。
 人類の道徳の発展を見られることに喜びを感じています。

参考ブログ 「高木健治郎のブログ」 平成二十六年度「科学技術者の倫理」講義録三―一 技術者倫理の基準 六つの安全
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-392.html

 
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