哲学6-1 「哲学」とは

 皆様、こんにちは。

 立冬で冬に入り、空に、木々に、大地に冬の香りが漂うようになってきました。冬の空気に誘われるように感覚が鋭くなります。私は、私の死後に残るのものは、「詩」のみ、と想っています。このブログも幾つか書いてきた論文も、あまり価値があるとは思えません。ただ、命を削って書いてきた「詩」のみが残るべき価値があると思っています。そういうものを書くのに適した季節になってきて、何やら嬉しい季節なのです。現在、長谷川三千子著『からごころ』と池間哲郎著『日本はなぜアジアの国々から愛されるのか』を読んでいますが、素晴らしい本です。季節が研ぎ澄ませてくれる感覚と共に、深い志向と快活な指向を与えてくれます。本当に有り難いです。感謝です。学生の皆さんにも、このブログの読者にも、出来れば持っていただきたいと願っています。それでは哲学の第6回、そして古代ギリシャの哲学に踏み込んでいきます。

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:なし


 --講義内容--

 日本の真・善・美について4回扱ってきました。まだまだ述べるべき内容はありますが、種はしっかりと蒔いたつもりです。いつか皆さんの中で花開くことを願っております。これから8回分、(古代ギリシャの)哲学を扱います。十文に回数がありますので、今回は哲学の社会背景と全体像、それから哲学の目的や誤解をざっと述べていきます。細かいことは大胆に捨てて、理系の教養学科としての、という目的に沿う形で述べていきます。詳しく細かい点を少し踏まえたい方は参考書にしている、木田元著『反哲学史』をどうぞ。さらに詳しく細かい点も知りたい方は、ラッセル著『西洋哲学史』をどうぞ。

 今回の流れは人類の歴史から古代ギリシャまで一気に行きます。そして3人の哲学者を一言で言い表します。最後に「哲学」の用語の誤訳と真の目的についてです。

 -人類の歴史から古代ギリシャまで

 人類はアフリカから約4万年前後で世界中に散らばりました。アメリカ大陸にはもっと遅く、最も遅いのはオーストラリア大陸と南アメリカです。ユーラシア大陸には馬があり、アメリカ大陸やオーストラリア大陸には馬がありませんでした。馬によって広いユーラシア大陸の数々の技術や商品は交流を重ね進歩のスピードが速くなりました。対してオーストラリア大陸やアメリカ大陸では技術のスピードがそのままだったのです。ですから、ヨーロッパ人はアメリカ大陸やオーストラリア大陸を技術で支配できたのです。ジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄』という本にさらに詳しく書いてあります。
:ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

 また、この本によると技術として、銃や病原菌(病気への耐性として)や鉄が主に挙げられています。ここで重要なのは馬という動物の存在です。ユーラシア大陸の中央部は草原が多く騎馬民族が強い力を持ちました。その騎馬民族が、東は支那やベトナムへ、インドを始めヨーロッパへと数千年間、何度も何度も侵攻しました。そしてその侵攻の仕方は、平和的服従を許される場合もありましたが、多くの場合はその土地に住む人々の全滅となりました。現在イングランドに住んでいるアングロ・サクソン人は、元はアングロ人とサクソン人でした。ポーランド北部に住んでいたと言われますが、騎馬民族の侵攻によって遠くグレートブリテン島に民族全体で避難したのです。そしてアングロ人とサクソン人は現地に住んでいた民族を滅ぼして土地を手に入れたのです。もちろんその滅ぼされた人々も前に住んでいた人々を全滅させたのです。馬によってユーラシア大陸の中央部から常に騎馬民族が押し出していく、というのが16世紀までの世界史です。もちろん、支那でも同様です。周王室は異民族の秦(しん)によって滅ぼされ、その後、庶民の出である劉邦が漢という国を作りましたが、漢も騎馬民族に平和的従属によって約300年続きました。その後、騎馬民族は何度何度も支那を支配し、蹂躙(じゅうりん)続けました。現在の中華民国、中華人民共和国の主な支配民族である漢人は、宋などの国以外は、ずーっと騎馬民族に支配され続けてきました。日清戦争の相手である清国は満州人の国で、1636年から約300年間、20世紀に入っても支配し続けたのです。つまり、江戸時代は全て満州人に漢人は支配されていたのです。ヨーロッパもオスマン帝国(トルコ人)が地中海を支配されるなど、圧迫を受け続けました。ヨーロッパ人が地中海ではなく危険なアフリカの西回りの航路に出て行ったのも騎馬民族であるオスマン帝国に圧迫されたからである、という考え方さえあるほどです。オスマン帝国は清と同じく20世紀まで続きました。騎馬民族の強勢は、自動車によって機械化部隊が出てくるまで続きました。
 古代ギリシャも同じように、ギリシャの北部から押し出されて、アテナイやスパルタの方に移り住みました。当時は北側にスキタイ人という騎馬民族がいました。そして古代ギリシャ人は、アテナイやスパルタから船で現在のトルコ(イオニア地方)や南イタリアとシラクサ(マグナ・グレキア)に移っていったのです。日本では満州帝国に植民をしましたが、東京大学や京都大学など日本のトップエリートや首脳などの中心機能が移ることはありませんでした。しかし、古代ギリシャ人は、アテナイやスパルタよりも、船で渡ったイオニア地方やマグナ・グレキアの方が文化や学問が進んでいたのです。自分たちの土地があるのにも関わらず船で渡った場所へと移りすむ、という土地に執着しなかったのです。日本がハワイやブラジルへ植民した時も、日本文化が進む、ということはありませんでした。ただ、現在のブラジルでは明治時代の日本人の心が脈々と受け継がれているという話は聞いたことがあります。それは倫理の話であり、学問や文化ではありません。古代ギリシャ人は土地に執着しなかったのです。馬と、それが生み出す騎馬民族が周辺地域へ圧迫する、という流れをきちんと押さえておいて欲しいです。

―ことばの歴史

 ことばの歴史ですが、ことば自体は5万年以上前に生まれた、とされています。それ以上のことは確定できないようです。人類は、私達ホモ・サピエンス以外にも10種類以上のヒト属がいました。ジャワ原人や北京原人、ネアンデルタール人などです。彼らは同じヒト属でありながら、喉の声帯が異なり、ことばを正確に話すことが出来ませんでした。彼らの多くは、ことばによる知識の蓄積が出来ず、道具の活用も高度化せずに、私達ホモ・サピエンスによって滅ぼされてしまったと考えられています。ホモ・フローレシエンシスは10万年前から1万2千年前まで現存していました。彼らと私達を分けたのはことばでした。
 例えば、私が何かの実を食べようとした時、ことばがあれば「それは毒だよ」と「あなたは嫌いだよ」を聴き分けられます。しかし、ことばがチンパンジーのように使えないとキー!!と叫んだ時、「それは毒だよ」と「あなたは嫌いだよ」の区別がつきません。毒入りの果実を食べてしまって私が死亡した場合、私の人生の中で蓄えてきた知恵がなくなってしまうことを意味します。つまり、ことばが使えないと、「何が食べれるか」「何が危険か」がほぼリセットされてしまうのです。しかし、ことばが使えればその知恵は次世代に受け継いでいけるのです。私達は電気がどのようにすれば使用できるのか?という知恵をしりません。電気とはプラスとマイナスである、という原理は知っていますが、どのようにすれば生み出せて使えるのか?というのを知っていて道具を作り出すことは出来ません(大学は理系なのでいるかもしれませんが)。しかし、私達は電気を使わない日がないほどです。チンパンジーは誕生してから電気を発見し原理を見つけ、使用方法を発見するまでに1代では到達しえないのです。ですから、チンパンジーは電気を生み出せないのです。この私達とチンパンジーの差が、私達ホモ・サピエンスと他の人類に起こったのです。ことばとは知恵を伝える道具であり、生存競争に勝ち残るための道具として使われてきた歴史があるのです。

―文字の歴史

 文字の歴史は、日本の教科書と少々異なります。文字を発見した、と認められるのは、2つだけです。中央アジア(西アジア)のシュメール文字と南米の文字だけです。日本の教科書では漢字が文字の発明として扱われていますが、シュメール文字が1千年前後古いとされ、「文字があるよ」というアイディアの模倣であったのかどうか疑問符が付けられています。同じくエジプトの文字もシュメール文字と近く時代が新しいため疑問符が付けられています。現在文字は世界中の数百を超えて存在し、それらは「アイディアの模倣」や「形態の模倣」などによって産まれてきたと考えられています。日本には文字である漢字は西暦の紀元後に入りましたが、平仮名や片仮名が生み出され、しかも独自の使用方法に変わるなど面白い発展を遂げました。これもまた世界の言語の中では特異なことです。「君が代」で述べたように千年前のことばが読める、というのは世界の言語の中でも極めて珍しいことです。漢字という文字が変わらないのです。支那では漢字そのものが変わったり、発音が変わったりするのです。ヨーロッパではアルファベットが変わらなくとも、各言語によって発音が変わります。「Julius Caesar」は古典ラテン語で ユーリウス・カエサル、英語でジュリアス・シーザーと発音が変わるのです。イタリア語は「ジュリオ・チェーザレ」だとか。文字そのものは変わらなくとも発音が変わるのがヨーロッパの言語です。その他多くの説明や補足が必要ですが、簡略化するために終わります。興味のある人は是非とも調べてみてください。前に紹介した『世界言語の中の日本語』をどうぞ。

 -問1 古代ギリシャで知っていることを挙げなさい

 古代ローマと古代ギリシャの違いがあまりついていないことや、オリンピックのことを知っている人が多いことなどが分かりました。全体としては、ほぼ知らない人、という状態なのが解りました。そこで古代ギリシャの幾つかについて説明します。

 -オリンピック、星座占い、都市国家、哲学者

オリンピックですが、陸上競技は左回りに走ります。どうしてか、というと諸説ありますが、オリンピックは神に捧げる祭りでした。戦争中でもオリンピックになると戦争を中断してお祭りをした、という話も残っています。その神様の住む世界が天空の世界でした。天空の世界は北極星を中心として左回りです。ですから、神様に捧げる祭りなので、神様と同じ動きをするのです。第1回の近代オリンピックでは右回りでしたが、左回りになりました。しかし、神様に捧げることが善い、と考えるならば、陸上競技は左回りでなければならないのです。現在は全て左回りになっています。この善い悪いの問題は思想の問題です。
 これに対して、右足が強いのでタイムが伸びる、あるいは心臓が左にあるから、などの捉え方は即物的な物質の問題です。問題の捉え方は、即物だけでなく思想の問題という段階もあるのです。
星座占いは、現在では全く科学的根拠がないことが判っています。即物、つまり物質の問題としてはありえません。そもそも古代ギリシャ人が考えていたように天空は地上から等距離にないのです。しかし、神様が私達の生活を支配している、誰が結婚するか、誰と恋に落ちるか、などをコントロールしている、という思想の問題は残っているのです。血液型占いも自然科学的な根拠は一切なく100年以上前に否定されています。思考や感情の元となる脳内に血液は流れていないのです。しかも、南米にはB型が98%の国があります。しかし、全員の正確は違うのです。これは社会的なコミュニケーションの道具として血液型が日本で有効であるから使われているのです。思想とは違う問題の捉え方です。
都市国家は日本には馴染みのない感覚です。静岡市、浜松市は中心に城はありますが、その城の中に生活するのは、大名くらいなものです。みな、城下町に住んでいました。しかし、支那でもギリシャでも大きな壁の中に全員が住んでいたのです。これは異民族からの戦争が日常的にあったからです。特に、チンギス・ハーンが中東から攻城兵器を学ぶまでは、大きな壁は騎馬民族に対して有効な防御兵器でした。騎馬民族からの戦争を常に仕掛けられていなかった日本には都市国家は発達しなかったのです。ちなみに、騎馬民族は20世紀に入っても戦闘の有効な兵器でした。日露戦争でもコサック騎兵は日本の皇軍を苦しめました。
哲学者については、今後述べていきましょう。哲学者としてソクラテス、プラトン、アリストテレスの名前は覚えて下さい。

 ー人類の歴史から古代ギリシャまでのまとめ

①世界の歴史は20世紀のトラックが登場するまで騎馬中心であった。
②古代ギリシャ人も騎馬民族に押し出されてギリシャ本土に南下し、さらに海を通じで本土から知識人が逃げ出した
③その知識人たちが古代アテナイに戻ってきて大きな顔をしていた
④騎馬民族の侵略を止めるために高い城壁で囲われた都市国家の形態をとっていた
⑤オリンピック、星座占いなどは神話に基づいている
 
 になります。

 -古代ギリシャから哲学者へ

 古代ギリシャの社会では戦争続きでした。同じ文化を持ち、同じ言葉を話す(訛りあり)ギリシャ人が主導権争いで戦争を続けていました。民主制にして強力な国家となったアテナイはその傲慢さが出てきます。ソクラテスは、どうしてこのようになったのか?と考えたでしょう。3人を分かりやすく色分けしてい見ます。
                                           現代用語でいうと
○ソクラテス:狂人:嫌味ばっかりいうおじさん  :破壊者      「コミュショ」=コミュニケーション障碍(しょうがいしゃ)者

○プラトン:夢想家:善いか悪いかだけで判断するヒト :創造者  「中二病」

○アリストテレス:真面目な人 :現実が見えている人 :調停者  「リア充」

 哲学は以上の3人で作られ、そして完結します。この後、キリスト教に利用され神様が入ってきて複雑化しますが、根本はこの3人です。もう少し説明します。

ソクラテスは誰にでも嫌味を言い続ける人でした。小泉氏が総理なら「小泉はだめだ!」と言います。鳩山氏に替われば「あいつは知ったかぶりで空っぽだ!」と言い、安倍氏に替われば「安倍は根性がひんまがっている!」と言います。街の大通りなど人目に着く場所で言うのですから、嫌味おじさんです。全員の批判、否定を言うのです。そして誰も指示しませんでした。というのも、ソフィスト(知識人)たちが知ったかぶりをするので、「俺は自分が知らないことを知っている。けれどもお前たち(ソフィスト)は自分が未熟なのさえ知らないじゃないか」という嫌味も言うのです。それでは、とソクラテスに聞くと「俺は知らない。知識がないからね」というのです。「無知の知」と言います。つまり、ソクラテスは「相手にばっかり答えさせて矛盾をついて、相手に嫌味をいう。けれども、自分は知らないよ~」と答えない人なのです。嫌味以外何者でもありません。現代で言えば「コミュショ」。他人と上手にコミュニケーションが取れない人のことです。相手の嫌味ばかりを言う。これでは友達になれるはずがありません。会話は一方通行になります。
 たた、ユーリウス・カエサルの言葉「人は、ほっとすることを喜んで信じる」の通り、人を否定ばかりしていては内心ほっと出来ないものです。ソクラテスは強硬症(カタレプシー)の発作を起こしていました。長い時は24時間、ずーっと体が固まった姿勢でいるのです。キルケゴールという哲学者「否定し続けるのは辛いから、そうやって休んでいた」と解釈しました。破壊者は、こういう苦しみを引き受ける必要があるのでしょうか。

 プラトンは、善か悪かで人をズバッと切ってしまう人です。そしてどこかに理想の世界はないのか?と夢想する人です。現代で言えば中二病が酷い人です。「現在の世界はダメな世界だから自分が王様になってこの世を変えてやる!」という意気込みですから、後期2673年(西暦2013年)の日本の少し前のアニメには多かったタイプの主人公と一緒です。プラトンは哲学者(つまり自分のように立派な人)が支配者になれば、アテナイは善くなる!と考えました。アテナイは居づらくなったので、シラクサに行って2回政治改革を行いますが、2回とも大失敗します。人間を善か悪かだけで切り分けるのですから、成功するはずがありません。人間にはそもそも善も悪も両方あるのです。現代で言えば「中二病」です。「アンパンマンのようにバイキンマンを倒せばいい! 俺はそのアンパンマンになるんだぉ!」というのです。あるいは「ダークフレイムマスターだ!」というのでしょうか。しかし、現実にバイキンマンは居ません。倒すべき悪を倒して、全員幸福!とはならないのです。また悪が出てきますし、善がいつの間にか悪になっていたりします。これを見ぬけない、認められないのがプラトンです。ですから、名門に生まれても自国のアテナイでは結局政治の実権を握れません。他国のシラクサで餓死者も出すほどの大失敗を繰り返します。

 アリストテレスは、実証的な学問の祖とも言われています。クジラが赤ちゃんを胎内で育てることなどを実際に身に行きました。ですから、プラトンの過激な、夢想的な主張を現実に合うように置き換えました。このアリストテレスの考え方とプラトンの考え方が哲学の大きな2つの流れになります。アリストテレスは2人に比べると事実を見ようとする真面目さがありますが、他方、大胆な動きがないのが特徴と言えば特徴です。その分、バランスが取れていて人間の幸福にも恵まれました。教え子のアレキサンダー大王(アレクサンドロス大王)は、アジアから攻め込まれてばかりだった西欧が初めてアジアに攻め込んだ大王を生み出したのです。バランスのとれた考えで「學門の祖」とまで言われるようになりました。現代で言えば「リア充」です。幸せな一生を歩みました。

 以上が3人の哲学者をズバッと簡略化しました。もちろん、補足は今後していきますが、現在の日本には3人の内、誰が必要でしょうか? こうした哲学の講義を聴いて、「へーそうなんだ。ソクラテスは嫌味おじさんか」で終わらないで欲しいのです。現在の日本は民主主義の国であり、選挙を行う民主制を持っています。しかし、現在の日本が世界の中から期待されながらも、実力を発揮できないばかりか、自己イメージも善くなく、いまだに自衛隊を国民軍に置き換えられない国です。民主主義が歪な形となっており、日本はさらに改善していく必要があります。つまり、日本をどうしたら良いのか?というヒントを、是非とも講義から受け取ってほしいのです。その答えは言うまでもなく全員違うヒントであることが望ましいです。さらには、では、私はどう生きようか?という問いにまで結び付けば最高です。ソクラテスやプラトンは一種の変人でしたが、変人になった理由は、「祖国アテナイをどうしたら良くなるのか?」や「自分はどう生きるべきか?」を考えたからです。祖国日本や自分自身の人生のヒントとして哲学の講義を聴いてほしいと願っています。次回講義はソクラテスをもう少し深めていきます。

 ―多民族地域での、3つの生き残り方

 講義では少しだけ触れましたが、少し脱線気味の話しに入っていきます。「祖国日本をどうしていけば良いのか?」の答えを歴史から3つ選び出してみましょう。古代ギリシャ、漢人(一般的な民族)、古代日本の3つのタイプに分けられます。

① 古代ギリシャ人の生き残り方 :多民族の現状をそのまま受け入れる
 :専門に特化する生き残り方

 古代ギリシャ人は、多民族の現状をそのまま受け入れました。常に北から騎馬民族、東からアジア系の帝国が押し寄せてくるという現状もありました。ですから、その中で自ら帝国を作ろうとせず、ギリシャ人の得意な弁論術や教育などに特化して民族の生き残りを果たしました。都市国家アテナイとスパルタの戦争の後、ギリシャはローマによって支配されます。するとギリシャ人はローマ人の教育者や商売人として生き残っていく道を選んだのです。古代ローマではラテン語と共にギリシャ語が共通語となり、特にギリシャより東のエジプトやエルサレム(現在のイスラエル)などではギリシャ語が主となりました。
  
―正統なローマ帝国と正統なキリスト教から見放された西欧

 ローマ帝国はコンスタンティヌス帝(西暦306年―337年)によってコンスタンティノポリス(現在のイスタンブール)に首都を移しました。正統なローマ帝国は東に移ったのです。キリスト教を公認化した(2代に渡りますが)皇帝でした。その後、都市ローマは西ローマ皇帝の居住地になりますが、蛮族に滅ぼされてしまいました。つまり、西欧の中心であるローマは帝国として消滅し、正統なローマ帝国は東に移ってしまったのです。皇帝の順位も東ローマ帝国の皇帝が1位、西ローマ帝国の皇帝が2位、東ローマ帝国の副帝が3位という順番だったのです。日本では西欧から世界史を学んでいますから、正統なローマ帝国を東ローマ帝国やビザンティン帝国と呼びますが、法理学上正統なローマ帝国です。1453年まで続きますが、ローマ帝国から西欧の地域は蛮族の侵入する地域、あるいは蛮族の支配する地域として見捨てられることが多かったのです。そして西欧諸国も結局、ローマ帝国を超える帝国を持つことが、現在までも出来ませんでした。さらに、都市ローマを築いた古代ローマ人は日本と同じ多神教の国家でした。多神教の人々が建てた建物を上回る建物を1500年以上建てることが出来なかったのですし、多神教の建物を現在も利用しているのです。多神教を認めず、唯一の神の存在しか認めないキリスト教の教義と、この歴史は矛盾したものです。それだけ古代ローマの建築技術が優れていたとも言えるでしょう。
 さらには、正統なキリスト教は「オーソドックス(正統)」と言います。この正統なキリスト教からローマ・カトリックは「キリスト教ではない」と破門されてしまうのです。つまり、異端のキリスト教がローマ・カトリックなのです。西欧の世界史から学ぶので「正統なキリスト教」は「ギリシャ正教」という名前で日本では呼ばれています。しかし、破門されるのは神学上の根拠があります。まず、神様は唯一である、としているのに、イエスも神様である、というのです。さらに、どこからか「精霊も神様である」ということを言いだしました。これは「ペルソナ(三位一体)」と呼ばれますが、こうしたことは神学上無理がある、と解釈されました。さらに、モーセの十戒では「偶像を崇めてはならない」とあります。しかし、ローマ・カトリックでは「キリストの十字架に張り付けられた像」を教会に飾っています。中世西欧の教会建築であるゴチック建築には、植物などの偶像も掲げられています。これはキリスト教の教理として許されないと、正統なキリスト教は解釈したのです。ですから、ローマ・カトリックは神学上も見捨てられてしまったのです。
 もちろん、ローマ・カトリックの事情もあります。蛮族であるフランク人(フランス人の祖)やゲルマン人(ドイツ人の祖)は、なかなか日本人と同じ自然信仰を捨てません。自然信仰を取り込まなければローマ・カトリックが滅んでしまうのです。背に腹は代えられないと異端である偶像崇拝や精霊などを取り入れたのです。自然信仰で拝んでいるのは実はキリスト教にあるんだよ、と上手い嘘をついて、キリスト教にしていくのです。もう1点キリスト教に入れば、「戦争を起こす大義が手に入る」という利点がありました。「キリスト教でない人々は殺してもよい」という大義をローマ・カトリックは、沢山の地域の王様に宣伝しました。十字軍は「キリスト教でない人々を殺してよい」という戦争です。現在のイスラエルへの十字軍は5回以上で、北欧を侵略してもよい、という北方十字軍などもありました。イングランドとデンマークの旗の由来になったのがこの十字軍であったのは前に触れました。古代や中世では名目なく戦争を起こせば、部下や民の反乱を招くので大義がなく戦争が、なかなか出来ませんでした。戦争で国外に出て国を息子や他人に乗っ取られることもあったのです。その点大義があれば、息子や他人を犯罪人として処罰できます。この名目をローマ・カトリックは与えたのです。こうした政治的な理由を元にしてローマ・カトリックは西欧地域に浸透していきました。
 ローマ帝国は2千年以上続いた大国で、日本に次ぐほどの国家です。西欧は国家や宗教において見捨てられた地域だったのです。
 ギリシャ人に戻ります。やっと戻ります。そのローマ帝国、特にコンスタンティノポリスに移ってからのローマ帝国では支配層に入り込んだのがギリシャ人でした。ギリシャ語が主に話されていたのです。商業活動でもギリシャ人は2大商人集団の1つであり続けました。他はユダヤ人やヴェネチア人などです。自らの民族の特徴に特化して、土地や純血や軍隊などに拘らずに生き残ってきたのです。そしてそれは他民族地域をそのまま受け入れたからこそ出来たことでもあったのです。

② 漢人(一般の民族):上下の支配層を作る
:文化を中心として国家に拘らない

 古代ギリシャ人は特殊な生き残り方をしてきました。似た民族としてはユダヤ人があります。他方、多くの民族は、上下の支配層を作ることで多民族地域で生き残ってきました。その最たる例が支那です。支那とは北は満州から西はチベットや東トルキスタン共和国(現在は中華人民共和国が支配)、南は長江からベトナムまでを指します。この地域には周辺から騎馬民族を中心として、民族の流入が続きました。そこで漢人が創りだしたのが、上下の支配層の確立です。自分たちが強ければ国家を樹立させますが、騎馬民族が流入してくれば直ぐに降伏して上下の支配層の下に入ります。そして文化を中心として民族の生き残りをかけるのです。下手に王様を中心として民族が団結すれば、その民族ごと全滅させられてしまうからです。漢字や食文化などの数々の文化や技術を中心として生き残りました。実際に、支那では帝国の入れ替わりが激しいのですが、技術史で観ると西暦の15世紀付近までは2千年近く世界最高峰の技術を保持した地域でありつづけました。火薬や紙などの発明も支那で行われたのです。
 漢人のように優れた技術や文化でなくとも、支配層を作り出し、相手を上に乗せることで民族の生き残りを掛けた民族は沢山あります。

③ 古代日本:多民族の解消を目指す
:皇室が権力放棄をして一体化した

 古代日本も特殊な事例と言えるでしょう。そもそも王族が権力を放棄することで永続してきた歴史を持つ国は他にないのです。古代日本は『日本書記』が示すように他民族地域でした。鉄の文化を持つ地域や色々な食文化を持つ集団、渡来人と言われる支那などから流入する集団がありました。前に述べたように日本では王族(皇室)が権力を放棄して権威と分離することで、日本国全体が一体化していきました。その実例が、皇室による仏教への帰依であり、藤原氏の摂関政治です。海を隔てている、という地理的条件と、聖徳太子を始めとする国際政治を読む目を持つ指導者の輩出により日本国は一体となっていきました。視点をさかさまにしてみると、皇室が権力を放棄したからこそ日本が生き残ることが出来たのです。
 皇室の血統で支配者を出すと、たまたま、支那から戦争を仕掛けられそうになった時、支配者が有能でないことが起こりえます。そうすると日本という国は戦争を受けざるを得なくなり、滅ぼされていた確立が高いのです。皇室が初めての摂政として聖徳太子を置いたのは、当時支那に世界最強の帝国、隋(ずい)があったからです。各方面に戦争を仕掛けていた隋から世界で初めて独立を確保した聖徳太子は、隋が対外戦争で敗れるなどの好機を見逃しませんでした。「日出所(ひいずるところ)の天子・・・」という一文に隋の皇帝は激怒しましたが、日本に戦争を仕掛けられないタイミングを見計らったのです。その後、支那で帝国が入れ替わり立ち替わりしますが、日本では時の権力者がよくよく関係を見計らっていきました。皇室の下に日本人が一体化して民族の生き残りを図ってきたのが日本の歴史なのです。「君が代」に込められた日本の来歴とぴったりと一致します。

―3つの生き残り方とそれぞれの「善」

○善=正義
 以上の地政学の基づく歴史を見てきました。この歴史が来歴となって、それぞれの「善」が生じることになります。古代ギリシャ人は、土地や純血などに拘らず特化することで生き残りました。その際に民族の基準となったものは、端的に言うと「正義」でした。論理において妥当であるか否か、という二元論的な区分は、論理を成り立たせるために必須の概念になります。現在も数学の論理において、真か偽かという判断基準が成り立っています。論理や教育に特化したギリシャ人においては、論理の持つ普遍性を軸にして、正義を捉えるという考え方が大切になるのです。この点は説明不足ですが、今後、「自然(フュシス)」について述べる際に詳解します。

○善=力(暴力のみならず宣伝なども含む)
 古代支那では正統性は周王室が滅ぼされることで途切れてしまいました。そして生き残るために階層化によって自らを位置づけることとなります。その際に重要なのが多民族との力の関係です。この関係を見誤れば、民族の全滅の憂き目にあうのですから、力は重要となります。前に北京オリンピックの際に金持ちや権力者が列の横入りされても文句を言わない、という話をしましたが、これも力関係を正確に見抜いているからでしょう。現在の中国共産党支配下にあっても、正義を押し逃走とする人々は、罪がなくとも刑務所に放り込まれたり、精神病院に監禁されたりしています。「医学的な根拠に基づく」という正義が基準ではなく、相手の力が強い場合は放り込まれるのです。

-尖閣諸島問題における力の考え方
尖閣諸島で日中がぶつかっていますが、日本国民は「これまで実効支配してきており、国際法上も日本の領土である」から、中国が悪い、あるいはおかしい、と考えます。しかし、この判断基準に力が入っていません。先ほど述べたように、力を基準とすれば、「中国共産党の支配する中国は、GDPでも日本を抜き、軍事力も増強していて「力が上」なのだから、日本は言うことを聴け!」と考えるのです。この論理で漢人は2000年以上の歴史と来歴を重ねてきているのです。ですから、日本人の基準で相手を非難する、というのは国際社会では通用しないのです。日本は自衛隊をきちんと国民軍にして、日本以外の国と同じようにすれば良いのです。現在の兵力であっても自衛隊は人民解放軍など数日で撃破できる「力」持っています。そうしないから、現在の「力」では人民解放軍の方が上なのです。尖閣諸島問題は、日本も日本の基準を相手に押し付け、中国も中国の基準を押し付けているだけなのです。相手を引っ込ませるためには「力」の基準で相手に示さなければなりません。日本では殆ど報道されていませんが、パラオという軍事力が極めて小さい国家が、中国の漁船(漁政)を沈めました。けれども、何も反撃を受けませんでした。

○善=正統性

 では日本の基準とは何でしょうか。正統性、という言葉が当てはまります。正統性とは単純に言うと現状維持です。国と国の境界があれば現状を維持することが望ましい、という考え方です。尖閣諸島でも「これまで日本の領土であるから現状維持が望ましい」という正統性に基づく判断を下しています。しかし、領土の現状維持は世界史を観れば判るように、過去にその事例が殆どありません。日本は皇室の下に一体化して、国が神話の時代から2673年も続いている国家です。ですから、現状維持を続ければ日本人が生き残れる、のです。そういう中で日本人は現状維持を善、とするようになりました。
 私が講義で学生に発言や疑問を聴いても、多くの学生は答えません。それは先生が一方的に話す、という現状維持を壊すことを好まないからです。「空気を読め」という言葉も、現状維持として解釈できます。先生が話している時に喋ると「空気を読め」となりますが、先生と学生がワイワイと楽しく話している時に発言をしても「空気を読め」にはなりません。現状が既に騒がしいからです。日本の大学では発言や質問をしない人が英会話教室や留学先で積極的に発言するのも、別に人が変わったのではなく、そういう現状に合わせているからにすぎません。古代ギリシャ人の「正義」からすると学費を払っていて、しかも私が判らないことがある場合、教員は教える義務があります。ですから、質問するのは「正義」である、となり講義中に質問するのに何ら問題はありません。問題があるとしたら長い質問となり他の学生の権利を侵害する場合です。この際も問われるのは他の学生の権利を侵害するか否かという「正義」の問題です。
「空気」を場で説明する立場もありますが、高木は正統性から説明する方がよりよくできると考えています。「郷に入れば郷に従え」という言葉も、郷という現状があるのだから、それに従うのが善いという思想である、と解釈もできます。私がある銀行員から聞いた話では、静岡市内の同じ銀行の幾つかの支店で窓口業務などの方法が違うそうです。ですから、支店が変わるとその支店の方法を最初から覚える必要があるそうです。財務省にはきちんと窓口業務のマニュアルがあるのですが、それ通りではないのです。窓口業務マニュアル通りではないから駄目である、というのは古代ギリシャの善=正義という考え方につながります。支店の現状を壊すのが善くない、と考えると正統性の問題になるのです。この正統性が生み出す現状維持に固執する癖は、大東亜戦争でも敗戦の大きな原因となりましたし、福島原子力事故災害を生み出す原因にもなりえました。日本人の未来を考える時、高木はこの正統性の問題は大きなヒントになるのではないか、と考えています。

 -「哲学」の用語

 以上が少し脱線気味の話しでした。では本題の戻します。「哲学」の用語についてです。「哲学」は明治初年、西周助(後の西周(あまね))が使いました。ちなみに学は「學」という字でした。それ以前に、ソフィスト(知識人)を「賢哲(けんてつ)」、ソクラテスを「賢哲を愛する人」と訳していました。「賢哲」は宋代の儒家周敦頤(とんい)が『通書』の中で「士希賢」とありました。そのため「賢」は儒家の用語として避け、「賢」とほぼ同じ「哲」を使いました。そこで「知を愛する」=「賢(哲)さを希(のぞ)む」」=「希哲」としました。その後、何故か『百学連環』で「哲学」となりました。
 この流れを観ますと、「哲学」は「ソフィスト」の「賢哲=哲」の意味になってしまいます。ソクラテスの「賢哲を愛する人=希哲」ではなくなってしまいます。ソクラテスはソフィストを否定しようとしたのですから、何とも皮肉な結果です。そして現在の日本の哲学のみならず、西欧の哲学が神学になり知識だけの学問になってしまった現状ともすっぽりと重なるかのようです。このように誤訳が判っていながら訂正されていない単語は、色々あると思いますが、「アメリカ合衆国」もその代表例です。USAは「United States of America」で「State」は州や国、政府の意味です。本来の訳語としては「アメリカ合州国」が正しいのです。つまり、

 哲学:本来の希哲学者の敵、ソフィストのこと :知識を利益のために使う人々
希哲学:本来の希哲学者のこと ソクラテス、プラトン、アリストテレスのこと :知識を祖国のために使う人々

 です。

 講義の科目も本来は「希哲学」とすべきです。しかし、誤訳がまかり通っている、という訳です。

-「宗教」の用語

 同じく幕末、明治初期に出来た言葉で、哲学のような単語としては「宗教」があります。先ほど述べたように哲学は誤解の含まれた単語ですし、また難解なイメージがあります。「宗教」も同じく難解なイメージがあり、誤解の含まれた単語です。さらには両方とも西欧の特殊性が含まれた単語でもあります。
 「宗教」は幕末に出来ました。英語で「Religion(レリジョン)」で、ラテン語の「Religio(レリジオ)」から来ました。「Re」は再び、「ligio」は結びつくことです。つまり、「再び結びつくこと」の意味です。何と再び結びつくか、という点に西欧の特殊性があります。それはこの世界を作った唯一神との結びつきです。
「アダムとエバが天国から追放され、神との結びつきが失われてしまったのが現在の人間である」
という前提があるのです。この前提があるから「再び結びつく」という言葉が出てきます。キリスト教の規律で生活を営む修道会も「Religio」と呼ばれます。この言葉の訳語として「宗教」という単語が使われました。当初は、「西欧の特殊性を含む単語」だったのです。しかし、現在は誤訳され、宗門や宗旨、聖道(倫理)を含む一般の単語として使われています。日本人はアダムとエバによる原罪神話や楽園追放などを正確に理解している人は少なく、しかもキリスト教ではありません。「宗教」は誤解の含まれた単語なのです。それゆえ「宗教」を毛嫌いする人が多いのかもしれません。単語だけ嫌いながらお正月に家族で集まり、お盆にお墓参りに行くという宗教行為をするのです。「人は神によって作られた」という西欧の特殊性が、「人は先祖から産まれる」という日本の思想と合わないのです。この真・善・美の違いと私達の生活のサイクルを大切にするなら、「宗教」よりも「宗門」の方が適切な語になるでしょう。こうした単語を1つ1つ大切にするのは、大きく考えを広げる際に重要です。
「宗」、「教」の意味にいきましょう。
「宗」とは「祖先を祭る場所、一族の本家、氏族の中心、主な考え方」
 「教」とは「先生と弟子のやり取り、神や仏の教え、導くこと」
 です。「神との再結合」の意味はなく日本伝統の「ご先祖様を大切にするのを教えること」の意味です。
 「宗教」が明治期に作られたのですが、それまでは「宗門」、「宗旨」、「聖道」、「教門」などと言っていました。宗門の「門」で判るように宗教とは「家全体」で入るものでした。お葬式の形式はどうするか、などの意味合いが強かったのです。聖道は道徳や倫理の意味合いが強い単語もありました。現在の日本と同じく、家全体でどうするか、という視点で宗教が語られていたように思います。現在でも「私は神を信仰していないけれども、葬式は仏教でやってくれ、お墓にも入る」という人が多いのではないでしょうか。これは「宗教」というよりも「宗門」に近い考え方です。
 また、このように哲学と宗教は言葉の意味を深めていくと「人は先祖から生まれる」という点で一緒になるのです。この点は面白いですね。

―「哲学(Philosophy)」の特殊な使われ方

 それでは、「哲学」が最初に特殊な使われ方をしていたので説明していきます。哲学=「Philosophia(フィロソフィア)」は、ソクラテスが特殊な意味を込めて使い出した言葉です。約2500年前の造語が現在まで残っているのですから、驚きます。

ギリシャ語で「Philosophia(フィロソフィア)」は
英語で「Philosophy(フィロソフィー)」、フランス語「Philosophie」、ドイツ語「Philosophie(eの上に(’)コンマ)」でほぼ同じです。

「Philo」=「Philein(フィレイン)」=愛する、欲する、希む
「Sophia」           =知識、智恵

の意味です。本来の意味では「愛知」になります。愛知県の愛知ではありません。後で述べます。名詞である「Philosophia」はソクラテスが使い出しました。また、お金を愛する、として「Philarguros(フィラルギュロス)」や、名誉欲の強い(軍の意味)、として「Philotimos(フィロテイモス)」がありました。また、「ho(ほ)」を付けると「人」の意味になるので、「Ho philarguros(ホ フィラルギュロス)」=お金に貪欲な人、「Ho philotimos(ホ フィロテイモス)」=名誉に貪欲な人=軍人の意味でした。ヘロトドスという歴史家はソクラテスより11歳若いのですが(紀元前485年頃-420年)、「Philosophein」と動詞で使っています。ソクラテスはこうした言語の使われ方の中で「Philosophia(フィロソフィア)」という言葉を使いだしました。
 動詞の名詞化の使用による特殊な使い方は、現在の日本でもあります。「いやし」です。「いやし」という名詞は元々、「いやす」という動詞でした。上田紀行氏が集団から孤立している人を迎え入れる儀式によって集団に戻る行為を「いやし」と呼びました。現代日本で言えば、ニートや貧困層で孤立している人々を盆踊りや廃品回収などの町内行事に参加してもらい、町内の人から声を掛けてもらって、再び社会に戻っていくことになるのでしょう。
しかし、現在では、自分1人で体をほぐす、心をリラックスさせるなどの行為にも「いやし」と使われています。人数を見れば全く反対の意味で使われています。ソクラテスの「希哲学」がキリスト教によって神学になり、「哲学」になってしまったのと全く同じ道を進んでいます。

―「愛知県」の「愛知」の由来
 ちょっと寄り道になりそうですが、「愛知県」の「愛知」の由来を述べておきましょう。愛知県の愛知の語源は「あゆち」と言われています。「あゆち」は「吾湯市」、「年魚市」と書きます。前にも述べたように日本語(大和言葉)は、音に意味があります。ですから、「あゆち」はどちらの漢字でも音を表現してくれれば良かったのでしょう。
「あ」とは、あふれでる、の意味です。「あ」を発音する時に一番口が大きくなることからも、何かが湧き出す、という意味です。
「ゆ」とは、水やお湯などの意味です。
ですから、「あゆ」とは、水やお湯のあふれ出る、の意味で「ち」とは「土地」の意味です。つまり、「あゆち」とは水が豊富にあふれ出る土地の意味です。そういえば、愛知は沢山の川の流れこむ水の豊かな土地です。「あゆち」は古代からの郡名に見られました。
 もう1説あります。「あゆ」=「あしをゆわえる」=「足を結ぶ」という意味で、東国(遠国)へ向かう土地という説です。こちらは有力とは見なされていないようです。

 上記のように「哲学」とは、誤訳であり、かつ本来の意味とは遠い意味で使われていることを指摘しておきたいと思います。

 -問2 なぜ、女性は化粧をするか

少し時間が余ったので少しつけたしました。哲学が出てきた時代にはなかった視点です。
日本猿はボスが手下に発する音が「お」であり、手下がボスに発する音が「あ」である。「お、○○くんこんにちは」、「あ!○○先生、こんにちは」と言いませんか? これを利用すると相手が無意識に自分についてどう考えているか、が判るかもしれません。動物行動学という学問の考え方です。手に取りやすい本としては以下の本がお奨めです。

 日高敏隆著『人間はどこまで動物か』 新潮文庫 420円
 アラン ピーズ (著), バーバラ ピーズ (著)『話を聞かない男、地図が読めない女』 主婦の友社 700円

他にも日本猿の研究関係の本や、リチャード・ドーキンス著『利己的な遺伝子』(私は大筋に批判的です。「遺伝子」がDNAではなく社会的な意味で使っているので)などがお奨めです。

同じく動物行動学では、女性がおしゃべりな理由、女性が服や化粧に金を書ける理由が二本足で歩いているからである、などがあります。また、全ての人間が母の胎内で3か月目まで女性であることから、色々な人間の行動に影響を与えていると説明します。講義での内容は割愛しますが、古代ギリシャにはなかった考え方があります。

 -問3 では、哲学を漢字一字で書くと?

 高木の解答は「天」です。
 哲学者は、「真・善・美を求めている人」という意味でした。人から見ていきましょう。漢字では「人」に関係する文字が多くあります。
「人が立っている姿」⇒「人」
「同じく大きく手を広げている姿」⇒「大」
「大きく広げていても余っているものがある」⇒「太」
「人が2人いて仲が良い姿」⇒「仁」
です。同じく天は

「人が頭を上げて空を見上げている姿」⇒「天」

となっています。つまり、天空を見上げて何かを求めている、考えている姿が「天」なのです。「大」の上に一本の棒「一」がついて「天」です。一本の棒「一」があたまを指しています。あたまは、天、つまり真・善・美という現実世界だけを見ていないで、変わらない天を探しているという意味に解されます。私達は現実世界で人の目を気にして、それだけで人生が終わってしまうのではなく、現実世界で人の目を気にしないで生きていける人になれるのかもしれません。それを指してわざわざ「人」と「天」を違う文字にし、真・善・美を強調するために一本の棒「一」を付けたのでしょう。この点で「哲学」=「真・善・美」=「天」となります。
 日本語から観てみます。「天」は「テン」と「あま」と読み、日本語では「あま」と読みます。「あ」とは広がることを指すのは「愛知県の愛知」でやりました。「ま」とは時間や空間のことを指します。つまり、「あま」とは時間空間が、ぷわーーーっという広がりをさします。『古事記』の冒頭に「あまのみなかぬしのかみ」が最初の神として出てきます。つまり、最初は時間空間が、ぷわーっと広がったんだよ、という意味です。次に生成の神である「たかみむすびのかみ」と「かみむすびのかみ」が出てきます。これは後に説明します。他に「アメ(雨)」は「あまからうごくもの(メ)」、「アイ(愛)」は「イノチがぷわーっと広がっていくもの」の意味でしょう。愛するもの、愛する人によって自分が、あるいは自分の感情が大きく広がっていく感覚をさしたものでしょう。講義は「アキ(秋)」に行っています。「キ(気)」は「水分や湿気や見えない力」などを指し、夏はそのキ(気)が充満していました。日本の夏の暑さは湿気や水分が充満した暑さです。この暑さ、つまり暑気(ショキ)が払われて広がっていく=「アキ」なのです。暑気払い、という言葉は「アキ(秋)」と全く同じ意味なのです。確かに秋になると空気から水分が消えて、穏やかになってきて広がりを感じさせてくれます。もちろん、この感覚は、フィリピンやインドやアフリカなどでは感じられない日本特有の感覚です。
 学生の皆さんの解答は素晴らしいものがいくつかありました。やはり、学生の皆さんと共に講義が出来て良かったです。
 
-ソクラテスの愛知

 ソクラテスは、知識を愛する=欲求の愛としました。後にキリスト教の愛=神の愛とは別に使いました。つまり、愛知は「この世の対象」なのです。お酒を愛する、や異性を愛する、と同じ意味でソクラテスは知識を愛する、としました。ちなみにプラトンでは「あの世の対象」となりました。現在、二次元(アニメのキャラや漫画の登場人物)への愛がありますが、これはどちらになるのでしょうか? 面白い問題です。仮想世界への愛はどちらかという問題です。
 ソフィストが知識人を指し、ソクラテスが「無知の知」で対抗しました。古代ギリシャでは高い舞台の上で2人が交互に話して、周りの人々が聴く、というスタイルでした。ソクラテスは相手に「はい」か「いいえ」で答えられるように聴きます。ソクラテスは相手に聞かれると「無知の知」で「私は無知ですから答えられません」と言い、相手にだけ話させて、最後には矛盾を突く、ということをやりました。これがソクラテスの愛知(哲学)だったのです。だから、嫌われていました。嫌味おじさん、と前回言った通りです。現在でも周りにいたら友達になりたくないタイプの人です。この立場を「アイロネイヤー(Irony:アイロニー 皮肉)」と言います。
 私達が持つ哲学のイメージと大分違うのではないでしょうか? 私の大学の時のイメージは「一人で難しいことを、うーん、うーん、と考えている人」でした。そもそも哲学は2人で行うスタイルでした。最初の哲学の本は殆どが会話(「対話編」)です。講義も本来は、1人でするのではなく2人で話しながら進めていくのです。私も何とかそうしたい、と考えて、学生の皆さんから質問を受け付けてブログで返信する方法をとっています。
 さて、以上の説明から他に何が判るか、を書き出してみます。

対象:ソフィスト
対象:聴いている人
目的:知ったかぶりを攻撃
方法:対話
(真の対象:世界観:後の講義で説明します)

 現在でいうと安倍総理を攻撃するために、「フィロソフィア」という言葉を作った、ということです。この言葉が2500年経っても使われているのです。
 対象に「聴いている人」が入っていますが、ソクラテスは聴いている人、つまり聴衆をも攻撃対象としたのです。攻撃対象というのは少し強い言い方かもしれませんが、聴衆に気が付いてほしいからこそ、嫌味を言ったのです。「良薬は口に苦し」の諺通り、「真実をついてためになる助言、というのは耳に痛い言葉」であり、「嫌われる言葉」であるのです。
 ソクラテスは、ソフィスト(知識人)が高度な知識を使って「こうすればアテナイは得をしますよ(周りは損をする)」や「こうやれば簡単になって便利ですよ(周りに迷惑をかける)」と言うのも攻撃しましたが、もう1つ、民主制の中で聴衆がそれを支持して実行するのも攻撃したのです。民衆が日常生活で自分が得をすることしか考えていない、というのは、いつの時代でも同じです。そうした人々がソフィストの政治を支えていたのです。何も自分で調べようともせず、ソフィストの宣伝に乗ってしまうのです。

―民主主義の欠点と「無知の知」

 つまり、民主主義は、宣伝によって、あるいはカリスマ性のある人物によって民衆がひっぱられてしまい、悪いことをしてしまう、という欠点があるのです。そして民衆は失敗しても反省せずに、誰かに責任を押し付けて、次もまた自分たちのことだけしか考えないのです。民主党が失敗したら、民主党が悪いんだ、鳩山元総理が悪いんだ、菅直人は最悪の首相だ、野田総理は売国奴だ、と批判して相手に責任を押し付けてお終いとします。しかし、民主党は民主主義によって私達国民が選んだ政党なのです。選んだ私達の責任はどこかに行ってしまったのでしょうか? ある講演で講演者が「民主党の3年間はひどかった」という話をしました。しかし、私達国民が悪かった、とか、講演者自身が反省して行動を改めなければならない、とか、講演者自身が何となしなくては、と民主党時代に新しい行動をした、という話は聞きませんでした。皆さんの周りの人にもいるのではないでしょうか。つまり、自らを省みないで他人ばかり批判する人々です。全て悪いのは政治家だ、政治家は汚い、犯罪があれば犯罪実行者が全て悪い、という人々です。さらに現在はインターネットでマスコミの嘘が判りますから、ちょっと調べない私達は古代ギリシャの民衆よりも悪いのかもしれません。
民衆は、平和が良い、と口で言いながら常に刺激を求めます。ソフィスト達の口車に乗せられて戦争へと向かったのです。そういう態度をソクラテスが攻撃しようとしたのです。
 第2次ペルシャ戦争が引き分けに終わったのに、アテナイの利益だけを考えた行動をして、同じ都市国家のスパルタとの戦争へと導く民主政治をしてしまったのです。
ソクラテスが以上の主張だけであれば単なる政治家の域を出ません。ソクラテスは民主主義に潜む、あるいは人間に潜む世界観までも攻撃したのです。この点でソクラテスが哲学者と呼ばれる理由ですが、この点は後の講義で説明します。今回はソクラテスが何を対象とし、「無知の知」はどういう風に使われていたかの説明をしました。

―哲学の対象と現在の日本

 そういう訳で哲学は民主主義を対象としています。ソフィストと言われる宣伝する人、それに従いながら反省しない民衆という組み合わせです。もし、対象が民衆ではなく個人であれば、どうなるか、と言えば、

言うことを聴かない。ルールを守らない。暴力をふるう個人 ⇒暴力で対抗。殺害

しかし、集団ではそういう訳には行きません。被害が大きいからです。

言うことを聴かない。ルールを守らない。暴力をふるう「社会集団」⇒考え方を変える。政治を変える。

 皆さんの身の回りに、言うことを聴かない、ルールを守らない、暴力をふるう個人はいないでしょうか? 私は大学院時代に丁度インターネットのチャットルームが大流行していました。私もチャットに入り日本全国に友達が出来ました。現在では数少ない人だけがつながっていますが。そのチャットルームでは、当時は個人が特定できないという幻想があり、好き放題する人が出てきました。また、日常生活では表に出てこない面が出る人、日常生活で他人と交流するのが苦手ない人もいました。するとチャットルームは、そういう混乱させる人を軸にして、懲(こ)らしめようとする人、何とかしようとする人、などを中心に一致団結します。解決するとダラダラっとなっていまいました。第2次ペルシャ戦争の後のアテナイに似ているなぁ、と想っていました。そんな風に民主主義、つまり全ての人が平等な発言権と自由な発言が出来る場になると混乱し、先導する人に多くの人がついていくというのは変わらないのが実感できました。しかし、その混乱させる人が実は、真・善・美というもので全員の考え方が悪い、このままでは駄目だ、と言ったらどうでしょうか。その言葉が真実をついているのだとしたら、嫌味をいうおじさんとして嫌われるでしょう。それがソクラテスです。民主主義であるからこそ、真・善・美が通らない、という結果が良くあることなのです。政治学の用語では「多数者の専制」と言います。

-哲学者と民衆の違い

 では民衆とソクラテスはどこが違うのでしょうか? 

民衆 :自分のことを反省しない 日常生活のことだけ考えている 
哲学者:自分のことを反省している=「無知の知」 真・善・美(普遍)を見ている 

 私の講義中に喋る人がいます。そういう時に「なんだ、俺の講義を聴かないで、あんな奴らは退席処分、あるいは成績を不可にすればいい」という自分のことを反省しない態度があります。他方、「そうか、喋るのは私の伝え方が、講義の方法が不十分だからじゃないのか?」という反省する態度もあります。私達は生きていく中でどちらの態度を大切にすべきでしょうか? 
 もう1点は、日常生活のことだけを考えているか、それともいつの時代でも変わらない普遍を考えているか、です。日常生活は欲や感情が中心です。あの人に良く想われたい、お金が欲しい、いい家に住みたい、人を私の考えるように動かしたい、と。しかし、それらは時代が、社会が変われば変化するものです。感情も常に揺れ動くものです。好きという感情は4年も経てば弱くなるものです。民衆が感情にまかせて政治をすることを何とかしたい、と考えて、ソクラテスは時代や社会に関係のない、真・善・美を求めました。
その意味ではソクラテスはあくまで目の前の、つまりこの世にあるアテナイを何とかしたい、と欲したのです。哲学を特殊な使い方をした、と前に説明しましたが、この点を強調したかったからでしょう。そして深めていきました。哲学者と民衆の違いは、自省と普遍です。私達は自分の成績や職の良し悪しだけを考えていないでしょうか?

-真・善・美とは

 古代ギリシャで真・善・美とは当然、神のことです。神がいる世界が天空の世界です。天空までは一定の距離にあると考えられていましたから、あとは角度が判れば天空の世界の動きが判る、と考えられていました。古代ギリシャではsinθ cosθ tanθなどの考え方が出てきました。これは地上から天空まで一定の距離なので後は角度が大切である、という考え方です。他にも角速度などもあります。
 他には四季の移り変わり、太陽が昇り沈むなどもそうです。考えてみれば「毎日日が昇る」、「途中で停止しないで沈む」というのは不思議なことです。現在は中学校の理科できちんと天体の動きを習いますが、そうでなければ、あるいはそうであっても「太陽の運行」や「四季の移り変わり」は不思議なものです。そしてそれに合わせて花や木々、動物までもが活動できるのですから、不思議です。そういうものを決めている存在者があるに違いない、それが神様だ、というのです。キリスト教の神様とは全く異なる神です。古代ギリシャの星占いが人間の運命を決めている、というのも、神様が私達の世界の動きを決めているからだ、と考えられていたからです。神が世界全体、宇宙全体をコントロールしているのは何時までも変わらない、つまり普遍(どの場所、いつの時代でも同じ)性を持っていると考えたのです。
 人間の日常生活という変化するものに依存しない、普遍性を持った神様を意識したのです。そうやって、民主主義で悪くなったアテナイを立て直したかったのです。その意味で、真・善・美はこの世を何とかいい方向に導こうという関心に基づいたものでした。少し難しくいうと実践的関心です。この実践的関心はプラトンに引き継がれますが、プラトンの弟子たちは、抽象的関心へと移っていきます。晩年のプラトンはプラトン自身のイデアの考え方から、実践的関心を切り離して、抽象的関心へと向かうのを批判しています。そしてこの抽象的関心が、後年、キリスト教の神と結びつく一因になるのです。
 日本でも皇室の神様、日本人の皇祖皇宗(こうそこうそう)は天照大御神(アマテラスオオミカミ)です。先ほど述べたように最初に登場される神の名前は「アマノミナカヌシノカミ」です。両柱(神様は柱で数えます)とも「アマ」が入っているのです。アマとは時間空間の広がりを指します。つまり、世界全体、宇宙全体を指すのです。古代ギリシャの世界全体、宇宙全体を統べる神様達ととても似ています。そして「問「哲学者」を漢字一字で書くと?」の解答ともつながります。つまり、世界全体、宇宙全体を統べる存在者=神であり、四季の移り変わりや太陽の運行という普遍性を持つものを真・善・美と呼び大切にするのです。そしてそれによって人間世界を、日々の生活を何とか善くしよう、と考えるのです。それが哲学であり、日本の神道ということです。この点ではぴたりと一致します。一致しない点は今後述べていきます。

 真・善・美に触れている人=哲学者
 真・美・美に触れられる人=天子
 真・善・美に触れられる人=天皇

 真・善・美に触れていない人=民

 例えば小説家で、「登場人物が勝手に動いて話を作っていく」ということを言う人がいます。何やら天の方からアイディア(プラトンのイデア)が降りてきたという感覚だったのでしょう。私も少しだけ小説を書いていたのですが、突然書くようになりました。同じような感覚がありました。
 他の例として、講義中に眠たくなったとしましょう。その時、「先生が真・善・美の話をしていないから知識だけで退屈だなぁ」というとその学生さんは哲学者です。対して「私はさぼりたいなぁ」という自分の欲だけで判断しているのは民、になります。自分のことや周りの世界しか考えていない人が民です。ソクラテスの考え方は現在の日本でも通じているのです。

 以上です。
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