講義録10-3 「公平な捉え方と見えてくる事実 最大の希望 」

 青山氏の動画を基にした「公平な捉え方と見えてくる事実」が以上で終了です。

 次は、武田氏の動画を元にした「サラリーマンと覚悟のある人の違い」に行きましょう。
 これは論拠の問題ですので、皆さんがどのように考えるかは取捨選択して下さい。

 さて、武田氏の動画の事実を書きだしたプリントを見て下さい。
最後に「巨大技術の所長は覚悟がある人ではないと出来ない。それは「万機公論に決すべし」のような人が必要である」と述べています。武田氏が最終的な事故原因として挙げています。その分かりやすい言い方として「サラリーマンでは無責任体制が出来る。巨大技術をやるには責任を取る覚悟のある人が必要」と言っています。原子力安全委員会、原子力委員会、原子力安全・保安院などの無責任体制はサラリーマンだから駄目である、という捉え方です。

 今回の福島原発事故では、誰が悪い、彼が悪い、と色々な形で色々な場所を色々な人が述べています。
 ここをはっきりさせるために、今回の事故を私の論拠で捉えてみましょう(黒板をノートに書き写す例をあげましたが分かりやすいバスの事故の方でお話します)。

 ある時、バスが壁にぶつかる事故を起こしてしまいました。
燃料も漏れ出して一帯が火事になり、重油などが畑にばらまかれてしまい、農作物が収穫できなくなり、空気が火事で汚染されてしまいました。

 さて、この際、責任は誰にあるでしょうか?と言う事です。
まず、①欠陥があるバスの設計図をバス会社に売ったアメリカさんでしょうか?

   ②欠陥があるけれどそれでバスを作った日立、東芝、三菱の三人さんでしょうか?

   ③国民の代表として欠陥を整備士としてチェックしていた原子力安全委員会さんでしょうか?

   ④途中から通常の欠陥の車検のようなチェックをするようになった原子力安全・保安院さんでしょうか?

   ⑤原子力安全委員会さんと原子力安全・保安院さんのまとめ役の首相さんでしょうか?

   ⑥それともまとめ役の首相さんを選んだ国民でしょうか? 

   ⑦いやいや、やっぱり運転していたバスの運転手である東京電力さんでしょうか?

 今、新聞は東京電力さんが悪いようになっています。けれども私は①~⑦の全てに責任があると思います。その上で最も責任があるのは、原子力安全委員会さんだと思うのです。何故なら、バス全体の安全を考える整備士さんだからです。国民の負託を受けた首相の業務を行う場所だからです。東京電力さんは、民間会社ですから当然、自分の利益を考えます。ですから時には不正や、嘘もつく可能性もあります。原子力安全委員会さんは国民からお金をもらっている立場ですから、きちんとチェックしないといけません。武田氏は動画②で「原子力安全・保安院がいるから」と述べていましたが、私は「それは言い逃れ」だと考えます。さらに、新聞記事で明らかになったのは、現在も点検は保安院がデータを取って検査するのではなく、あくまで「中部電力の「自主検査」のデータをチェックするだけ」なのです。そしてこの「自主検査」のデータが改竄(かいざん)されてきた、というのは数々の内部告発で明らかです。多くの内部告発者の証言が「確かであった」というのが福島原発事故です。であるのを認めるならば、

 「「自主検査」のデータ改竄も行われてきた」のも「確かであった」

 となる訳ですから、原子力安全委員会、そして原子力安全・保安院は「国が主体の検査」を行わなければならない、と私は考えます。しかし、そうなると失敗した場合「東京電力のせいだ」と出来なくなります。ここに武田氏の言う「サラリーマン(根性)」がある訳です。

 また、壁にぶつかって重油や火事になっている時に首相さんが現場に行きました。運転手さんは火を消したり重油を回収したりしないといけないのに、首相さんが来るので接待する時間が余分に掛かったそうです。青山氏は、他にも色々と指示のミスをして運転手さんが事故後の対応を邪魔し、結果的に放射性物質が飛び散ってしまった、と言っています。

 しかし、首相さんは、「調査中ですから分かりません」と言っています。
 そして調査する人を私が指名して私が監督しますから大丈夫です、と言っています。これは酷いですね。首相が調査委員会を作って自分の下において、その調査委員会が首相を調べるのです。独立した調査委員会ではないのです。アメリカでは講義で出てきたクリントン大統領のセクハラ事件の時、独立した調査委員会が出来ました。最終的に「クロ」と出て大統領は、「無実です」から「すいません、やりました」に変わりました。

 これは東海村JCO事故の時にもありました。例えば、殺人事件がありました。犯人と思われる人が4人います。この4人の内の1人が刑事役になって、取り調べをしたり証拠を探したりしました。当然、上層部には責任が及ばなかったのです。こうした体制を皮肉って「原子力村」と言ったりします。本来は、最初の事実の箇所で説明していましたが、流れが良かったので此処で紹介しました。

 さて、以上を見てきますと、武田氏の言う「サラリーマン(根性)と覚悟のある人」の違いがイメージ出来るでしょうか? 他にも動画②の11~19を参考にして下さい。

 問2 武田氏の言うサラリーマンと覚悟のある人の違いは?

 これは数名黒板に出てきてもらう板書をしてもらいました。大変素晴らしいものが沢山あり、嬉しくなりました。一例を

・自分・会社の保身が国民よりも優先されるのがサラリーマン
 国民のことを第一に考え、立場を考えずに行動できる人が覚悟のある人

他に、定年退職後も福島に来ている人が覚悟のある人、責任を負うことを嫌うのがサラリーマンなどなど素晴らしい意見が出ました。私の考えは、

 自分の利益>公衆の福利 :サラリーマン
 自分の利益<公衆の福利 :覚悟のある人

 です。公衆の福利はこれまでの講義で述べてきたように「国民の安全、安心、利便、効率」などの概念です。これは講義の専門用語ですので覚えておいてもらいたいです。
 さて、実は宗教が世界中で信じられているのは、この「覚悟のある人になりなさいよ」というためなのです。大昔から色んな地域で宗教という形にとらわれずに大切にされてきた考え方です。技術者の倫理でも「自分の利益<公衆の福利」という形で提示されています。特別な人だけが出来ることだったり、特別な人だけに求められるものでもありません。これを伝えるテキストが、ユダヤ教の聖書、キリスト教の新約聖書、ムスリムのコーラーン、孔子の論語などです。今でもキリスト教の聖書は世界のNo.1ベストセラーです。もちろん、日本にもそうしたテキストがありました。しかし、日本ではテキストがGHQによって禁止されたのです。教育勅語(正式には「教育ニ関スル勅語」)は、「万機公論に決すべし:天下の政治は世論に従って決定すべきである」と言った明治天皇が述べたものです。内容は大変短く簡潔です。

「私(明治天皇)が思うに我が皇室の御先祖様が国をお始めになったのは、遥か昔のことであり、その恩徳は深く厚いものです。
我が臣民(当時の国民)は忠と孝を守り、万人が心を一つにしてこれまでその美をなしてきましたが、これこそ我が国の最も優れたところであり、教育の根本も実にこの点にあります。
あなたたち臣民は父母に孝行し、兄弟は仲良くし、夫婦は協力し合い、友人は信じ合い、人には恭しく、自分は慎ましくして、広く人々を愛し、学問を修め、仕事を習い、知能を伸ばし、徳行・能力を磨き、進んで公共の利益に奉仕し、世の中のために尽くし、常に憲法を重んじ、法律を守り、もし国家に危険が迫れば忠義と勇気をもって国家のために働き、天下に比類なき皇国の運命を助けるようにしなければなりません。
このようなことは、ただあなたたちが私の忠実で良い臣民であるだけではなく、あなたたちの祖先の昔から伝わる伝統を表すものでもあります。
このような道は実に我が皇室の御先祖様がおのこしになった教訓であり、子孫臣民が共に守らなければならないもので、今も昔も変わらず、国内だけではなく外国においても理に逆らうことはありません。
私はあなたたち臣民と共に心に銘記して忘れず守りますし、皆一致してその徳の道を歩んでいくことを切に願っています。」

 これを禁止しました。
けれども内容が素晴らしい、ということでアメリカでは「第二のバイブル(聖書)」と言われるくらい読まれた時期もありました。どうしてこのようにしたか、というと日本とアメリカは戦争をしました。実は、日本は他に、イギリス、オランダ、中国とも戦争していました。にも関わらず日本は最初アメリカに勝ちまくりました。ですからアメリカは日本が強くなっては困った訳です。日本の強い理由を幾つか探して禁止して行きました。その1つが自分の利益<公衆の福利を述べるテキストの禁止でした。良いか悪いか、結果として良かったか悪かったかは別の問題です。続けましょう。他にもありました。武士道という考え方です。武士道は『葉隠』に以下のような言葉があります。

 「武士道とは死ぬことと見つけたり」

 この意味は「武士道は死ぬことだ」=「はらきりすることだ」ではありません。そういう風に残念ながら誤解された時期もありましたが、原文を読むと逆の意味だと分かります。「死ぬ」=「自分の利益を捨てること」です。生きていると、欲が出てきます。「今日は疲れたから学校に行きたくない。さぼりたい」や「まあ誰も見ていないからゴミを捨ててもいいじゃないか。今、この汚いの持っていたくないし」や「ウソをついても人をだましても自分が損をしなければいい」や「国民の安全なんてどうでもいい。自分の出世が脅かされなければ」というのが生きていれば誰でも思う事でしょう。私もこういう思いを持ちます。その中で「死ぬこと=自分の利益を捨てること」を説くのが武士道なのです。
 当時は大名に仕えるのが武士の役目でした。ですから適当に大名にお世辞をいう人がいました。それはお殿様に気に入られて「出世する=自分の利益」を目指す人が平和になったら出てきたのです。それを何とかしたい、という人が老人に聞きながら『葉隠』を書きました。この老人は山本常朝さんは一生懸命命がけでお殿様に仕える大切さを教えてくれます。それは

 「お殿様が正しい時は一生懸命仕えなさい。そしてお殿様も人間だから間違える時がある。その時も命をかけて間違いを指摘しなさい。」

 と言うのです。この書物も読んではいけません、という時代がありました。
ただ、原文を読むと、「あくびをばれないようにする方法」とか「恋愛で悩んだらどうしたらいいか」なども載っている楽しい本だという事が分かります。これも日本を弱くさせて支配したいというアメリカの意図が分からないと、どうして読んではいけません、となったか理解できないでしょう。

 さて、ここに実は今回の福島原発事故の最大の希望があります。

 福島原発事故の後、日本国民が自主的に募金運動や被災地に行ったりと色々な活動をしました。政府の対応は遅くて批判はされましたが、日本国民の多くは、自分の利益<公衆の福利という行動を行った訳です。テキストが禁止されてきたのにも関わらず、しっかりと伝わっていました。しかも、日本の小学校、中学校、高校では道徳、という時間が殆ど実行されていないのではないでしょうか。私の個人的な体験として道徳教育として、教育勅語や武士道を使って、自分の利益<公衆の福利、を教えてもらいませんでした。道徳の時間はあるのに、他の時間に使ったりつぶれたり、ロングホームルーム(LHR)と変わらない時間でした。アメリカも、フランスも、日本以外の先進国はきちんと教えられるのに、日本だけが教えられない。ですからある教育関係の人は

 「もう日本人はどんどん駄目になる。ゆとり教育などしているから日本人は劣化してしまって二流国から三流国に低下する。それが日本の運命だ」

 と道徳が全員にきちんと教えられないことを(私に言わせれば極端に)嘆(なげ)いておられました。
しかし、今回の福島原発以降の日本人の行動は「学校で教えられなくても日本人の心は生きていた」というのを証明しました。現在は「節電」が大きなテーマですが、これは被災地を救いたい、という願いから出発しました。吉村明著『三陸海岸大津波』にあるように震災後は現在よりもひどい有様でした。死体が野犬に食われ、被災地での窃盗で大きな家を建てた人がいたり、暴利をむさぼった商売をした人がいたり、一生狂ったままの人が放置されたりしていました。現在はこの状態よりも格段によい状態です(もちろん人が生活するには十分な環境ではありません)。

 原発の作業員の方々が20代から引退後の60代の人までが士気高くいられたこともその実例です。そしてどうしてか日本のTVや新聞では殆ど流れず、海外のメディアでは流れる自衛隊の人々の姿もその実例です。
 自衛隊の方々は、死体が埋まっている場所はブルドーザーなどの大型重機ではなく、軍手やスコップなどで掘り起こすそうです。それは自衛隊の方々は法律的には死んだら「物」になる死体ではなく、人の心が宿っている「遺体」として扱うからです。ご遺族と対面する時に「なるべく傷のない状態で面会して頂きたい」という心配りから、自らの手が傷ついたり疲れたりするのを引き受けて、軍手やスコップなどで遺体捜索をされるのです。私はこの自衛隊の方々、さらには福島原発事故発生時に最初に現場に入った自衛隊の方々の行動に、「自分の利益<公衆の福利」を観ます。そして広く日本国民が共有していることが最大の希望だと考えています。
 
 さて、時間が少しのこったクラスは、

問3 50年前にアメリカが原発を日本に導入させた理由

を書いてもらいました。ないクラスは次に飛びました。

問4 感想

 問3は動画③の内容です。来週は、原発導入時と現在の状況の違いをトレードオフ、リスクトレードオフなどを使って検討していきたいと思っています。問3はちょっとした予習です。


 さて、最後に今回の講義で出てきた希望をまとめましょう。

1)個人の利益<公衆の福利 の行動を日本国民が示した。
2)「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」が実測値とほぼ同じ結果を導き出せた
3)新潟柏崎刈谷原発事故を受けて免震重要棟が建てられていたこと
4)アメリカ製の欠陥炉を使用して約50年間で1回の広域災害となったこと
(本来は1回も許されるべきではないが、これは製造物の性質上不可能である。これは講義で「工学的安全」=「許容可能なリスクであること」を挙げた)
5)多重防御とされた原子炉建屋は震度6と大津波に耐えた
6)原子炉周辺の建物も幾つか倒壊しなかった
7)現場の作業員の作業手順の正確さと士気の高さ

 他にも沢山あると考えますが、講義では7つとしました。
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