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講義録3「6つの工学的安全 三段論法」

(文意不明、文末の言い回しミス、誤字脱字は沢山あると思います。ご了承下さいませ。)

 引き続き某大学での講義録を残しておきたい。
 
 今日の講義の流れは、

 「6つある工学的安全(具体的なイメージをつかむ)」
     ↓
 「優れた技術が社会に捨てられることもある
  劣った技術が社会に定着することもある 」
     ↓
 「論理的な文章の書き方 三段論法(就職活動にも使えるように)」

 である。
 詳細に行く前に、今回の講義は終わった後、疲れなかった。靴下は相変わらず臭いけれど体に疲労が残らなかった。それと学生の感想で「今日は楽しかった」というのが数名いてくれた。私自身も学生がノッテきてくれたな~と感じた。

 最初は、「おはよう~」や「こんにちわ~」から始まった。そして「今日はいい天気ですね。」と天候の話。
 
 今日と同じようにいい天気の日曜日(2日前)に静岡市であった「菜の花パレード」に参加したことから入った。「私は革命家です。みなさんも革命しましょう。」という左翼の発言が可笑しい、とは思ったけれど、来ていた人は脱原発であつまっていた。しかし、これまで日本では「反原発は左翼」という空気がありました。皆さんも原発の話を親や周りに人にすると「いや~原発は・・・」とか「原発を止めると電気が止まるから・・・」という事実に反する言葉が出てきませんでしたか? と問いかけた。ここでバッと目を上げてくれる学生が何人か各クラスにいて、体験してくれていると感じた。実は妙齢の誠実な先生が同じ言葉を言われて、驚いたところだったのだ。その女性を責めるのではなく、どうして原発だけが特別視されるか、どうして原発には政治色がつくかである。
 原発という技術の話なのに、何故か右翼、左翼の政治の話になる。可笑しいと思いませんか? この問題を掘り下げていくと、実は私たちの身の回りにある社会の大きな問題に突き当たると思います。これが分ってくると、大学生活やバイト先、社会のしきたりに共通するというのが見えてきます。そうなると楽しいですよ。是非、考えながらプリントを作ってください。また、5月中旬にNHKの動画をUPする予定ですから、そこで知れると思います、とも。

 先週のプリントを拝見して2つ気になったのを紹介します。毎回終わるとザッと目を通します。そして皆さんにお返しする前にもう1回見ます。
 1つは、マナーと気遣いの違いについて素晴らしい意見がありました。「どちらも曖昧だけれど、マナーは相互に理解する必要がある。気遣いは片方だけですむ。だからマナーの方が広い(言葉は変えてあります)」。これは素晴らしい着眼点です。

 同時にこの人は「(チャレンジャー事故について)技術者に責任ありますか?」という問いに、「全く責任がないとはいえない。危険を指摘していたからないというのは無責任すぎる」と書いてありました。誠実な意見です。この「私は言ったから責任ない」という態度は、原発で「国に電力会社に任せればいい。私たちは自分のふるさとを失うかもしれないのに、人が安全、というから勉強もしないし、感心も持たない」というのに共通しませんか、と。

 もう1枚は、前回の講義の時に書いた「(少し言葉は変えてある) 責任の押し付けあいの気がした。人間の醜い心の部分の講義だったから、もっと明るい、こうしたら良くなるという内容がいいな、と思った。」を、この文の前に書いてある文章も入れて全文朗読した。こういう素晴らしい指摘をしてもらって、私は反省しましたし、ズキュンときました。皆さんも何か気がついたことがあったら、最後の感想に書いてください、といって最初のプリント紹介を終わった。

 やれやれ、大分長くなった。この分だと、どのくらいつづくものやら。
  
 内容に移る。

工学的安全-「許容可能なリスクがあること」
       -「予見可能な誤用が防がれていること」

 以上の2つによって支えられている。

 「許容可能なリスクが存在すること」とは、つまり、リスク(危険)があるのが工学的安全。一般的な「安全の反対は危険」」や「安全なら危険はない」ではない。

 例えば、みんなの上にある蛍光灯は壊れる危険が常にある。それは製造物である限り必ずあります。だから、そのリスクが許容可能であるか、どうかが問題です。

 許容可能とは? 「リスク=最悪の被害×確率」で計算され、それが受け入れられるということ。例えば飛行機事故の最悪の被害は全員死亡です。しかし、確率が10万分の1レベルなので許容可能です。しかし、確率が2分の1になれば許容不可能になります。

 どこから許容可能か? これは「判りません」。実際どのくらいが許容可能といえるのか、数字で出せるかどうかも判りません。今回の福島原発事故は許容可能なリスクでしょうか? 浜岡原子力発電所の運転は許容可能でしょうか? 「判りません」というのが正直なところです。
  
 例えば、自動車は年間1万人死にます。100万件の事故があります。「人の命は何ものよりも大切だ」と言えば自動車は許容できなくなります。他方、自動車がなければ、コンビのもスーパーもなくなり物流が止まります。多分、電気もガスも水道も止まるでしょう。ですから、この許容可能は利益の部分と比較して考えなければならなくなります。それは「公衆の福利」と言いますが、これは覚えてください、後でまた詳しく述べます。

 次は「予見可能な誤用を防いでいること」です。
 
 有名な話があってマクドナルドのドライブスルーでコーヒーを買った人が熱くてこぼして太ももにこぼれてしまった。それで熱さ対策をしていなかったとしてマックを訴えた。それで結局3000万円(実際は64万㌦の判決後、60万ドル以下の和解金)を払うことになった。 
 何故なら、「熱いコーヒーをこぼすことは予見可能」だからである。これから、マックなどは熱い飲み物を入れる紙コップにプラスティックのコーティングをするようになった。(静岡県にあるハンバーグ屋チェーン店)「さわやか」では、ハンバーグに紙が巻かれ出てきて「鉄板がお熱いのでお気をつけ下さい」と言ってくれる。あれは親切でいうのではなく、言わないと訴えられるなどの問題があった時に困るからである。同じようにペットボトルにも色々と注意書きが書いてある。

 こんな風になったのは、「製造物がないと日常生活を過ごせなくなった」からであり、「予見可能な誤用を防ぐ」というのが大切になっているから。

 次に、工学的安全を6段階に分けてみよう(教科書の筆者は3段階です)。

 先週、電車に乗り込むおばさんの話が出てきたので、電車のドアの開閉で具体的にしながら

工学的安全ー「フール・プルーフ(人は愚かな行為をする、を前提)」-本質安全:ドアを軽くする
                                       -制御安全:何かをはさんだら自動で開く
                                       -注意安全:アナウンスで「駆け込み乗車はおやめください」という

人は愚かな行為をする。駆け込み乗車をするというのは「予見可能な誤用」だから、これを防ぐ手段を、それぞれ3つの安全で確保する。駆け込んできた人がドアに挟まれた場合を想定して、安全対策を。本質的に、ドアを軽くすると怪我をしにくくなる。動作としてはさんだら開けば怪我をしにくくなる。大学にあるエレベーターのドアは、挟んでも自動で開く。そして注意を促す。

 次の3つ

工学的安全ー「フェィル・セイフ(物は壊れる、を前提)」ー本質安全:壊れにくい、あるいは危険な飛散をしない材質にする
                                -制御安全:手動装置を補助で入れておく
                                ー注意安全:手動装置の場所を示す張り紙をしておく。

 制御安全と注意安全は、問1、として学生に考えてもらった。
手動装置が多く書いてくれ、他に「雷が落ちた時に電源が切れないようアースをつけておく」や「一部を壊れやすくしておき、手でも動かせるようにする」などのアイディアも出た。もちろん黒板に書いてもらった。他にも回っていても見落としてしまったが素晴らしい意見があった。

 さて、こうしてみていくと、教科書にある六本木ヒルズ森ビルタワーの回転ドアで子供が挟まれて死亡した事件を見てみましょう。警視庁(検察の誤り?)が裁判にもちこんだのは「予見可能」であったからである。そして執行猶予付きではあるがビル側と製造会社に有罪判決が下った。報告が16件もあり、10件は救急車で運ばれており、充分に事件は予見可能であった、と判断したからである。

 ポイントになったのは「予見可能な誤用を防ぐこと」にある。

 そして教科書にあるように、「本質安全」が大切、「制御安全」はその補足、「注意安全」はさらにその補足でしかいないこと。最優先は「本質安全」であることに注意。赤ペンがあれば是非引いてください。

 六本木ヒルズの回転ドアは、2.7トンあり8500Nの力がかかる。大人の頭蓋骨は2000N、子供は1000Nで壊れる。ヨーロッパでは1トンを超えるドアは作られないそうで、もしこれが10分の1の重さ、270キロでドアを作っていれば子供は助かったかもしれない。これが本質安全。しかし、回転ドアは「センサーで停止する」という制御安全であった。「制御安全」は「本質安全」の補足でしかない、という視点が必要だった。

 そして、この6個の工学的安全、という視点から今回の福島原発事故を眺めると、色んな情報が整理されます。例えば、原発1基を1年間稼動させると、広島原爆1000個以上の放射性物質が出ます。原爆1発で15万人が死にましたから(私の遠い親戚も含まれます)、1億5千万人が死ぬ放射性物質が原発1基、1年間で出る。これが54基あります。これは「本質安全」に反している?という視点。

 他には、今回の事故は人災だ、と言っている人がいます。つまり、「津波や地震で此処まで酷くなったのではない」と。そうすると「物が壊れる」という前提であった安全は確保されていて、「人は愚かな行為をする」という前提を問わなければならない、という風に観れます。つまり、「原発は案外安全であった」と捉えられるのです。

 こんな風に、色々と整理できますから、是非、プリントにこの6個の工学的安全を元にして自分で整理してみてください。

 長いなぁ・・・ちょっと休憩します。
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