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哲学1-1 哲学で何を考えるか 人の本性と存在論的解答

皆さま、初めまして。

 平成26年度の「哲学」の講義を記していきます。2年目となり、少し全体像が見えて講義が出来るようになってきました。中心軸はしっかりと、雑談はざっくりと、講義は煌々(こうこう)としていきたいです。
 「哲学」の講義を担当してから、数々の講演や本を読む中で、「これは講義に入れたい」などと想うようになりました。それが祖国日本の前進につながることを意識しています。祖国の前進に、地元静岡県の貢献に、大学の品位につながるかどうか、が採用基準です。この基準を胸に、学生の皆さん、あるいはこのブログをご覧になられる方からのご意見、ご批判、ご質問を積極的に求めていきたいです。

 それでは第1回の講義録に入ります。

 講義連絡

配布プリント・回覧本
:なし 

紹介本
:なし

宿題
:なし

 --講義内容--

 「みなさん、こんにちは。(一礼) 高木健治郎です。哲学を担当します。半期間宜しくお願いします。」

 哲学の講義ですが、同じ時間に応用数学が選択として同じくありますが、こんなに多くの人が受講してくれるとは思いませんでした。嬉しいです。期待を感じますが、私も理系の大学卒業ですが、哲学に大いに期待していました。しかし、哲学の講義に翻弄(ほんろう)されもしました。
 そう、20年以上も前になりますが、哲学の講義を1年の前期だと記憶していますが、受講しました。しかし、どうもだめでした。おじいちゃん先生でした。まず、声が小さかったのです。ボソボソ。話す内容は古代ギリシャの哲学、この講義と同じです。プラトン、アリストテレス、ソクラテスくらいはいいでしょう。しかし、クセノフォンやタレスなど名前がなかなか覚えられませんでした。次に内容ですが、言っていることは判ります。「でも、それがどうしたの?」という疑問を持ち続けたままでした。つまり、古代ギリシャの哲学の内容を覚えて、・・・それでお仕舞(しま)い。私の行動と何1つ結びつかないのです。ではなんで哲学を勉強するのでしょう? 「よく生きるためには哲学が必要だ」と聞きましたが、何も変わりませんでした。むしろ、私は理系の勉強にも文系の勉強にも嫌気がさしてしまいました。大学1年生後期になった皆さんはどうですか? 大学の勉強、つまらなくなっていないですか? テストも過去問を見れば満点が取れるテストでした。出席も現在のようにちゃんととっていませんでした。適当にやっても成績が取れる、しかも意味が分からない。2500年前の人の考えを皮膚感覚として分からなかったのです。私は大学の講義全体に興味を失う1つのきっかけとなりました。その後、バスケとコンパとアニメにのめり込みました。そういう意味で苦い思い出があります。
 しかし、もう1度哲学が顔を出します。大学3年生後半になって真剣に将来の進路を考えた時、大学の勉強に自信がもてないままで、理系の会社に就職して一生を終える、というのはどうもしっくりきませんでした。ですから回りの人々に聞いてみると「先生が向いているよ」と言われて、教職科目を取り始めました。2年の留年をしている間にある哲学系の講義を受講して、「これは面白い」となったのです。その先生の講義にとにかく出席して先生とお話できるようになり、そこから現在の道に進むことになりました。
 ですから、この講義ではまず身の回りのことを取り上げながら考えて行ってもらうことにします。そこでまず、哲学で何を考えるかを3つにまとめます。そして毎年のテーマを挙げていきます。

 ―哲学で何を考えるか―

①善い政治とは何か

②哲学が理系を生み出したのは何故か

③私とは何か

① 哲学は難しい、というイメージですが、主題は「善い政治とはなにか?」です。現在の日本の安倍首相の政治は善いでしょうか? 古代ギリシャを引き合いに出しながら考えて行って下さい。安倍首相の政治を考えるのには、小川榮太郎著『約束の日』、『国家の命運』がお奨めです。現在、朝日新聞の30年以上の誤報の問題や、ヘイストスピーチなども現在の善い政治とは何か?を考える上で重要な示唆を与えてくれますから、そちらの補足もしつつ一緒に考えて行きましょう。

②意外かもしれませんが、哲学がなければ数学がなく、数学がなければ物理なく、物理なければ化学なく、化学なければ生物学がありません。そのため哲学は諸学の王と言われます。この辺りの流れを科学史の知識を使いながら説明していきます。そしてこの流れがつかめていると、理系の本質が見えてくると思います。その時に、単に教科書を暗記するだけの高校までの勉強ではなく、研究、特に新しい視点からの研究の1つの足掛かりになるのではないか、と思っています。そういえば、NHKで「神の数学」というビデオが出ました。現代の数学の最先端で「数学とは神が創ったものだから、シンプルで美しさがなければならない」という信念で数々の大発見が生まれています。この根本は2500年前のプラトンの信念と一緒です。「神の数学」、お奨めです。ノーベル賞受賞の南部陽一郎先生が大活躍します。

③ ①と②を考える途中で、では「私自身」とは何か?を考えていってもらいたいです。「私自身」とは何か?という問いは、この後講義しますが、どうしても人間に避けて通れない問です。というのも、人間はいつか必ず死にます。死ななければ「私自身」のことを問う必要はありません。ゲーム世界と一緒です。失敗すれば、死んでしまえば、やり直せばいいだけです。しかし「私自身」はやり直せない。死んだ人間は決して帰ってこない。親や恋人、ペットなどが死んだ時、この問が現れてきます。答えはあるのでしょうか? 答えの整理の仕方は解っています。それを提示していきますので、出来れば考えてもらいたいのです。

 今年のテーマ : このままで善いのか?

 日本はアベノミクスで強国への道を進みだしました。世界平和の実現と自主独立という明確な理想を持っています。日本国に前向きな気持ちが溢れてきました。ではこのままエネルギーに任せて突き進めばいいのでしょうか? このままで果たして善いのでしょうか? 学生の皆さんは大学に入り半年がたちました。国公立を落ちてきた学生、第一志望で来た学生、親に勧められて単に来た学生、数々あれども半年で学生生活に慣れたと思います。では、このまま後3年半を過ごして善いのでしょうか? そういうことをなるべく講義に入れていきたいです。
 以上が、哲学で何を考えるか、と今年のテーマです。

 ー成績の付け方とレポートの書き方、復習についてー

 成績の付け方です。
 「哲学」は毎回配布するレポート用紙を毎回出してもらいます。15回ありますが、これを40%の評価対象とします。宿題のレポートは3回出す予定で30%、期末テストで30%を付けます。もちろん、カードリーダーで6回以上欠席の場合は自動で不可になります。
 レポートの書き方です。
レポート用紙には何を書いてもOKです。前期の講義で原発を4回分くらいしましたが、「原発したくない」とか「原発もういいよ」と書いた人がいました。「では、どういうのをしたいのですか?」や「原発だけの問題ではなく技術全体の問題と考えてください」と返答したけれど、最後でも「原発にこだわりすぎ」と書いた学生がいました。しかし、彼は成績は「優(最も高い評価)」でした。なぜなら何を書いてもOKだからです。何も書かない場合だけマイナスとします。
 大学の勉強は自分で考えることを主とします。覚えることが主要な目的である高校までの勉強とは違うのです。そして自分で考える場合、通常は相手の否定として現れます。「守・破・離」と言います。男性は思春期になると父親が大嫌いになりますね。私も高校時代父親と一言か二言しか話した記憶がありません。大嫌いだったからです。ですから、まず先生の、教科書の意見の否定から入るのが通常なのです。ですから何を書いてもOKとしています。問はクラスによって異なる場合があります。
 
 最後に、講義の復習についてです。この「高木健治郎のブログ」は実名なのでちょっと恥ずかしいですが覚えやすいのでこの名前にしました。前期の科学技術者の倫理の講義内容もあります。原発について興味がある人は是非どうぞ。この「哲学」の講義内容も、翌週までにブログに掲載する予定です。是非とも復習に役立てて下さい。講義中に紹介した本や文献などの詳しい内容やさらに踏み込んだ考察なども載せていくつもりです。さらに、皆さん、質問があれば、プリントに書いておいて下さい。ブログで返信する予定です。

 -身の回りにおける哲学-

 まず、問から入りましょう。

問1 現在の日本で一番の問題は何ですか?
問2 問1の解決のためには何が必要ですか?
問3 問2のためにあなたは何をしていますか?

 ここでは個人の考えを聞いています。また、情報をどの程度取っているか(問1)、客観視しているか(問2)、理解して自己内在化しているか(問3)です。

 皆さんに気がついてもらいたいのは、マスコミやTVなどで報道している日本の一番の問題は、実は最も重要、あるいは最も大切な問題ではない、ことが多い、ということです。マスコミは、常にニュースや刺激を民衆に与えなければ生き残れません。そういう要件があるのですから、常に騒いでいなければならないのです。そして、民衆にとって最も耳の痛いニュースを報じることは、時として、あるいは半分以上は売れるためには邪魔となるのです。ですから、最も重要なニュースは2,3割、どうでも良いけれど騒ぐニュースが5割以上なことが往々にしてあります。私が想定していたニュースとして、少子化、反日国家中国、韓国との関係、地球温暖化、国民の借金などがありました。これらは、最も大切な問題ではないのです。
 この問についてはこのような切り口もありますが、ここで最も問いたいのは、「智慧と行動が分かれていること」です。日本で一番の問題、という時に自分が何をしているか?という行動の問題です。現在の日本は新聞の発行部数は世界で断トツです。書籍や雑誌の発刊部数も世界一です。ですから、情報や知識は溢れています。しかし、それが行動に結びついていない、どこまでも他人事なのです。哲学の講義もこの「どこまでも他人事。自分の行動に結びつかない」のであれば、それは単なる知識を吸収するだけの講義になってしまいます。最初に説明したように、私はそこから一歩踏み出したいと思っています。

-学生の解答

 少子化、高齢化が4名、エネルギー問題が2名、拉致問題が1名、その他が1名でした。

ー高木の解答

 あくまで解答例に過ぎません。これと反する答えでも減点等はありませんし、反する答えがきちっと事実に基づいていれば加点対象になります。

問1 皇室典範 
 日本の倫理の源泉は皇室であり、日本が日本である根幹に皇室があります。吉田松陰(先生)が繰り返し語り尽くしたのものこの一語に尽きます。その皇室を民衆が改正できる、という状態にあることが日本の根本問題だと考えます。ここには日本の唯一性や世界史の知識なども必要になりますから、説明は後半にしたいと思います。私は安倍首相を断固支持しますが、アベノミクスが失敗しても消費税が100%になろうとも日本の根幹は揺るがないと考えています。根幹を揺るがす皇室典範が最も大きな問題、だと思っています。
 次に、北朝鮮による拉致事件です。9百名以上の日本人が拉致されています。静岡県に関係する拉致被害者が先月静岡新聞に載りましたが、12名もいる。日本は中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国など世界の半分程度の独裁国家ではありません。国民が政治の代表を決める民主国家です。その国民が拉致されて取り返しにいけない。国の根幹に関わる問題です。私は特殊部隊を投入して即時取り返してほしい、と願っています。もちろん、敗戦後の数々の問題で取り返しにいけないという先進国では唯一の恥ずかしい国家であることも認識しています。そこを何とかしたいと悶々(もんもん)としています。20歳の頃に知りましたから、もう20年も悶々としています。学生の皆さんに

「このバッジを知っていますか?」

とスーツの上着についているブルーリボンバッジを見てもらいました。残念ながら挙手は見当たりませんでしたが、そこは日本人。恥ずかしがってあげていない人が居るだろうと思っています。そして「拉致被害者を取り返したい」というバッジがあること知ってもらえたと思っています。私はもう、何年になりますか、常にスーツの上着にはブルーリボンがついています。今回は講義の初回でしたので、ブルーリボンのネクタイもつけていきました。気になった人は下の「渡文」様のHPでどうぞ。1万5千円と高いですが、私もエイヤッ!という気持ちで買いましたが、本当に物が良いです。シルバーを2本買い、1本は敬愛する人に進呈しました。

http://www.watabun.co.jp/blueribbon/index.html

問2 自衛隊を国軍と改編し、特殊部隊の突入と同時に、日本国が強国になること

 二度とアメリカに逆らわないようにと武装外所の項目=憲法9条を押しつけられた日本国憲法です。その間違いに気がつきアメリカの大統領の訪問を、ソ連の手先であった当時の大学生達が邪魔をしました。それ以後、日本人は自分たちの国の誤りを見ないようにして、自衛隊といういびつな形と続けてきました。これは靖国問題、従軍慰安婦問題、南京大虐殺という客観的事実に基づかない形として吹き出しました。これは現代の日本が「経済発展さえすれば、自分たちのために命を投げ捨ててくれた人々を見なくてもも良い」としてきた結果です。北朝鮮による拉致問題もこれらの問題と根本が繋がっています。何十年かかるでしょうか。後30年生きられるとして私の生きている間には変わらないでしょう。しかし、これらを変えていかなければならないと思います。ですから、講義でお話しします。

問3 講義や講演で取り上げる。ブルーリボンバッジをつける

 安倍総理になり日本が強国への一歩を踏み出しました。それは、問2の根本問題を解決する一歩にもなっています。朝日新聞の謝罪もその流れにあります。今後もそれが継続していくことを願っています。そして私は、これまで通り北朝鮮による拉致問題を広めていきたいと考えています。それは日本の民主主義の源泉に関わる問題=哲学の「真・善・美」の問題だからだと思います。哲学の講義で取り上げられたことは幸せなことでした。皆様、有り難う御座います。
 夏はスーツにブルーリボンバッジをつけられないので、特定失踪者(認定されていない拉致被害者)を支援する「特定失踪者問題調査会」の3色ボールペンを胸に付けるようにしています。ボールペンに、ブルーリボンがぷらぷらとしています。

「 特定失踪者問題調査会」とは、北朝鮮へ向けて短波放送をしています。良ければ聴いてください。

http://www.chosa-kai.jp/shiokaze.html

-日本の伝統的な世界観、存在論的解答

 では次に、日本全体ではどのように考えてきたか、を聞いてみます。問1から問3では学生の個人の情報や判断を聞きましたので、特に正解というのはありませんでしたが、日本人の多くはどのように考えてきたか、には正解があります。ここでは知識量と存在論的解答という視点を出します。

問4 なぜ、お墓参りをするの?
問5 なぜ、おせちを正月に食べるの?
問6 働くことは、なぜ大切?

 この問は、真・善・美という智慧と実際の私達の行動が結びついているか、あるいは自覚しているかを考えてもらうために出しました。それぞれのクラスで3人、前に出てきてもらい板書してもらいました。私が教室を回って問を書き終わっている人、3人でした。特に内容を吟味せずにお願いしました。とはいえ、きちんとした内容で驚きました。また、講義終了後に全ての人の回答に目を通しましたが、同様にきちんとした内容でした。黒板に描いてくれた6人が特別ではなかったのです。
 この大学の学生の皆さんはきちんとした人が多いです。私は駅から大学までスクールバスに乗りますが、よく一番前の運転手さんの反対側の席に座り、最後におります。そうすると乗車している皆さんがバスのチケットを入れる時にどのような行動を取るのがみえるのです。講義当日は17名中14名が、頭を軽く下げる、有り難う御座いましたやどうもーなどと言うという行動を取っていました。頭を下げる幅はちょっとでも近くなら見えるものです。ちなみに、何もしないと私には見えた3名のうち1名は老齢の方で他の方と話していました。このような行動は運転手さんが1人1人のお礼を言うときも言わないときも同じような行動をとっています。乗客はお金を払いながらお礼も言う、という高潔な行動は静岡県ではよく見られることです。私はこのような高潔な行動を取れる皆さんにお話が出来る機会を頂いたこと、身の引きしまる思いです。しっかりやりたいです。

―問4~6の解説
 問4から問6は板書をしながら解答していきました。
問4、なぜお墓参りをするか、ですが、ご先祖様に逢うため、という答えが出てきます。このご先祖様に逢うため、というのは当然ながら善なる判断に基づき、そしてそれが行動に結びついています。哲学から観ると、これは「人は先祖から生まれる」という真に結びつきます。人間のあり様の規定として「人は先祖から生まれる」という概念が正統である、とされているのです。ですから、お墓参りは善と判断され、そしてお墓参りという行動になるのです。ここには智慧(真)と行動の結びつきが見て取れます。哲学の根本部分は私達の日々の行動の基準になっていることが判りますし、同時にそれを支える真(人は先祖から生まれる)という人間観(世界観)が出発点なのも判ります。言われてみれば、そうか、という内容かもしれませんが、その部分を考えていくのが哲学(思想)なのです。そしてそこまで戻るからこそ、死や悩みや危機に陥った時に判断基準となり、行動を示してくれるのです。
 では、これを他の考えと比較してみましょう。つまり、「人は先祖から生まれる」というのを真としない考え方があるのです。それは人類の7割以上の人が真とする考え方です。

日本の思想:「人は先祖から生まれる」が真
世界の思想:「人は神から生まれる」が真

 両親の生殖行為によって産まれる、というのは物質の結果です。疑いようがありません。他方、生殖行為から受精、出産までを導く原理を作り出したのは誰でしょうか? それは宇宙を創造した神である、と考える人々がいるのです。世界の7割以上、つまり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の人々です。命を授かることを奇跡と考え、奇跡を起こすのは人間では無理で、神の業(わざ)がある、と考えるのです。実際に、人間は物質を混ぜ合わせることは出来ますが、物質そのものを作り出すことは出来ません。どうして物質から生命という有機的な活動体が生まれているのか、というのは人間には分からないのです。
 つまり、日本人(あるいは一部の東アジア)は、両親の生殖行為の結果に祖先からのつながりを見出し、多くの人々は神の業を見出すのです。
 日本の真は、お墓参りなどの善を生み出します。日本文化は恥の文化、と言われますが、恥はご先祖様に対して恥ずかしい、なのです。日本の文化の基底にあることが判ります。対して欧米の文化は罪の文化と言われますが、これは神にそむく罪を指します。どうように欧米の文化の基底にもあることが判ります。この辺りは古代ギリシャを比較するとさらに鮮明になりますので、今後考えてもらう予定です。
 また、日本の真と世界の真が丁度問われた問題があります。

皆さんは、家族や兄弟、愛しい人が地獄で苦しんでいる時に、自分だけが天国で楽しく苦しみがなく過ごしていて平気でしょうか?
 
 日本の思想では「人は先祖から生まれる」のですから、「私は先祖があったから存在する」と考えます。ですからお墓参りをする訳です。そうすると、そのつながり(真)を無視した行為は善ではなく不善となります。それゆえ、「地獄であっても家族と共にいたい」という行動が善とみなされるのです。
 対して世界の思想では「人は神から生まれる」のですから、「私は神があったから存在する」と考えます。神の前に人は独りなのです。親が地獄に行くのは神が決めたこと、私は天国に行くのは神が決めたこと、ですから親よりも神のつながり(真)を大切にする行為が善となります。それゆえ「家族であっても神の御意志に従う」という行動が善になる訳です。

 講義でお話しなかったことを先取りしてお話します。
そうすると問題になるのは、神の御意志を受け取っているか?という問題になります。だから、「神の御意志を受け取っている人、物、ことば」が最も重要な要素になるのです。ユダヤ教では、モーセ(人)、聖書(ことば)を非常に重視しますし、キリスト教ではイエス(人)、新約聖書(ことば)です。ちなみにイエス自身はユダヤ教徒でしたから、新約聖書はことばとして不十分さ、や矛盾などを抱えています。それがまた豊かさを生み出すのですから、面白い所です。イスラム教では「最後の預言者はムハンマドである」として人を重視しますし、コーラーン(ことば)はアラビア語以外のは認めない、としてことばを大切にしています。このように、「神の御意志は受け取っているのか?」という問題は、世界の思想では最も重要な問題の1つになります。
 他方、日本ではご先祖様は沢山いる訳ですから、1人1人、あるいは1つ1つのことばは薄まっています。「恥ずかしいことをしたらご先祖様に申し訳がない」とはよく言いますが、「では、どの行為、どのような考えが恥ずかしいのか?」というのを決めた人や規則集のようなことばもありません。神道(かんながらのみち)は、創始者も聖典もない宗教なのです。それでもやっていけるのは、真が異なるから導き出される結果なのです。日本にも正式な歴史書(国史)『日本書紀』があり、神武天皇が大和に建都されたのですから、創始者の資格があるのです。あるいは天照大御神でも良いでしょう。しかし、そのような歴史的変遷を重ねなかった理由を、私は真なるものに原因があると捉えているのです。

―問5の解説
  問5は「なぜ、おせちを正月に食べるの?」でした。答えは、ご先祖様と一緒であるのを祝うため、となります。おせちは元々「おせち供(そな)え」と言い、ご先祖様へのお供えものでした。また、現在はお正月だけですが、3月3日など年間7回ほど食べられていました(地域差は大きいですが)。お客さんからのお土産を頂くと、最初にお仏壇にお供えするのと同じように、頂いたものはまずご先祖様に差し上げて、その後で私達が頂く、という意味があります。ではなぜお正月なのでしょうか。ここで質問をしました。

「ご先祖様(死者)は年に何回帰(還)ってくるでしょうか?」

正解は4回です。以下にまとめます。

正月:歳神様(死後2年と1日以上過ぎたご先祖様全員)が帰ってくる。
春の彼岸:お墓参りの習慣
お盆:死後2年と1日以下の個人が帰ってくる。
秋の彼岸:お墓参りの習慣
 
 お正月はご先祖様の全員が帰ってくるので1年間で最も大きなお祝い事なのです。人は親しい人の死を2年前後は強い痛み苦しみを抱えるものです。お正月はそれに適当ではないのでお盆の習慣となったのでしょう。お盆の夕暮れの頃は時折、すーっと暑さが遠のきます。ふっと死んだ親しい人を思いだしたのではないでしょうか。高木の推察です。
 お彼岸ですが、原始仏教にお彼岸はありません。死者は生まれ変わるか、仏となってこの世との関わりがなくなるのです。日本の仏教は神道などに影響され、お彼岸の習慣を定着させました。ちなみに、日本に伝わった仏教はお墓もありませんでした。修学旅行のなどで京都や奈良に行かれた時、お寺を見渡して下さい。お墓がありませんから。戒名も一般の人が付けるようになったのは江戸時代からなのです。
 お正月とお盆と同じようにお彼岸を作りだし、お寺に行くような習慣が出来ました。これが定着して死者が帰ってくる回数が2回から4回となりました。
 戻りましょう。おせちはご先祖様にお供えする料理なのです。ですから、この行動の奥深くには「人は先祖から生まれる」という真が観えてきます。もちろん、世界の7割の人が信じている唯一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)では、死者がこの世に帰ってくることはありません。お彼岸もお正月もお盆もないのです。ですから、おせちもないのです。理解して欲しいのは、真が善を生み出しながら、私達の日々の生活を規定している、ということです。逆から観れば、私達の生活の奥底には真=世界観、人間観がある、ということです。真は観なくても生活はできます。しかし、生活が危機に陥った時、迷った時、その姿を現すのではないでしょうか。
 1例だけ具体化してみましょう。
9月の23日前後は秋のお彼岸です。この季節に「彼岸花」が咲いています。真っ赤な細い花弁を何重にも持ち、艶(あで)やかさと危うさ、あるいは寂しささえ漂(ただよ)わせるのが彼岸花です。特徴として、葉っぱがない、種を作らない、特定の時期だけ地表に姿を見せるなどがあります。
 英語では「スパイダーフラワー」と言いますが、花が蜘蛛(くも)の張る巣のようだからだそうです。花の形と蜘蛛の巣の形の共通点だけを見て付けた名前であり、思想がこめられていない名前なのが判ります。
 日本語では「彼岸」花、です。「彼岸」とは死者の国という意味で、形を意味していません。仏教では私達が生きている世界を「此岸(しがん=こっちの川岸)」と言い、三途の河を渡ると「彼岸(ひがん=あっちの川岸)」と言います。三途の川を渡ると、というのは古くから文化に定着しています。最近では映画「千と千尋の神隠し」でも川を越えてあの世(神の世界、死者の世界)に行きます。
 お彼岸に死者、つまりご先祖様が帰ってくる、その花である、というのです。ここで先ほどの彼岸花の特徴を思い出してください。お彼岸の頃に、人があまりいない場所にスーッと出てきて、赤い花を咲かせた後、しわしわで紫色になってしぼみ、いつの間にか消えていく、という花をみて、「ああ、あれは死者がこの世に戻ってきて、死者の国に帰ると枯れるのだなぁ」と想ったのでしょう。葉っぱがないのは他の植物に比べて不自然ですし、種を残さないのも(実際は根っこで増えますが)、死者だからと考えたのでしょう。さらに、産まれたては赤く元気で、死ぬ間際に紫色になってしわしわになる、というのは人間そのもののです。私達人間は赤子として産まれ、歳を重ねてしわしわになり、死ぬ間際には紫色になります。
 まとめますと、同じ彼岸花、形だけを見る英語圏の人々がありました。他方、「人は先祖から生まれる」や「先祖はこの世に帰ってくる」という考えを持つ日本人は、思想を見たのです。このような例は他にも沢山あることでしょう。探してみるのが面白いのではないでしょうか。私も常に探しています。


―問6の解説

 問6は「働くことは、なぜ大切?」でした。端的に述べると以下になります。

日本の思想:働くことはお役目、周りに認められること、お金が第一ではない
世界の思想:働くことは与えられた罰、罰は速く、早く開放されたい。お金の額が大切

 「映画「千と千尋の神隠し」はなぜ大ヒットしたか?」という論文を2本書きました。その中のメインテーマの1つです。要点は現存する最後の書物『古事記』と映画「千と千尋の神隠し」は共通している。『古事記』の世界を求めるのは、死や穢れなどを近代の技術が非日常に追いやってしまったから、です。論文はブログの右側の欄で探してみて下さい。

 日本の神様は天照大御神を始めお役目があります。しかし、世界の思想の神様はお役目がなく働きもしません。「千と千尋の神隠し」では神様のような魔法が使える湯婆婆(ぜにーば)は、自らの手を動かし愚痴りながらも働いていました。瓜二つの姉の銭婆婆(ぜにーば)も、千尋に髪留めを作るとき「魔法じゃ何もならないからね」と言っていました。このシーンをみて私達日本人は何も違和感を持ちませんでした。「手を動かす労働に価値がある」という価値判断(善)を持っているからです。つまり日本では「働かないことはお役目がないことであり、周りから認められないこと」を意味するのです。
 「働く」は日本でできた漢字です。「八(は)方(た)楽(ら)く」が語源にあると言われます。講義は一生懸命やってもやらなくても給料は変わりません。そこそこのレベルを維持すれば継続されます。お金のことだけを、効率だけを考えれば講義内容はそこそこで良いことになります。しかし、手目前味噌ながら講義のために20冊近く本に目を通しました(全て読んだわけではありません)。講義の構成を考え、ノートを作成しています。なぜなら、そうやって一生懸命やると「私(本人)が楽しくなる」からです。これで「一方楽く」になります。
 そしてその講義を聴いて、もしかしたら皆さんが「ああ、いい講義だ」と楽しくなるかもしれません。そうなれば「二方楽く」になります。そして皆さんが友人や親に「いい講義があったよ」といえば「そう、良かったね。大学行ってよかったね」となるかもしれません。

「三方楽く」になるのです。「八」は「多くの」の意味があります。まとめると、「八方楽く」とは「自分が一生懸命お役目を果たすことで周りを楽しくさせる」ということなのです。私はまだまだ不十分な講義をしていますが、気持ちだけはあります。
 ですから、「働く」とは「働くことはお役目、周りに認められること、お金が第一ではない」という意味なのです。
 日本では働かない無気力な青年を「ニート」という悪い意味合いで使いますが、元々はイギリスで人種差別や教育レベルが低い結果で、「働きたいけれど働けない階層の人々」をさす言葉でした。ロンドンオリンピックの時、彼らの住む地域には厳戒態勢がしかれました。また、ロンドン周辺には監視カメラが世界一ありますが、彼らはその監視カメラの下の路上で堂々と麻薬販売をしています。数があまりにも多いために取り締まることが出来ない現状があります。フランスではイスラム系の名前を持った少年は、高校に入学もできず、バイトにつくことも出来ず、就職は絶望的です。ですから、3年に1回程度、大規模な暴動が起こりますが、その平均年齢が14歳前後なのです。車に火をつけ、店を破壊するなどを繰り返しています。これらの意味をさす言葉が日本に来て「働かない無気力な青年」を指すことばに変化したのは、上記のような「働く=お役目で周りの人から認めてもらう」という価値観が日本にあるからでしょう。欧米では、あるいは私が訪れた南の島である「ミクロネシア連邦(日本とオーストラリアの間)」では「無気力に働かないことは単純に悪いこと」ではありませんでした。給料のいい仕事が見つかるまでちょっと休憩、やバナナや魚は直ぐに取れるから働くことに善を見出さないという社会もあるのです。

 世界の思想:働くことは与えられた罰、罰は速く、早く開放されたい。お金の額が大切、とは聖書にその源泉があります。聖書では神が世界を創造した、と書いてあります。男を作り、男のあばら骨から女を作った、とあります。ちなみに、日本の聖書には無い例が多いのですが、同時に「男と女は同時に作られた」との話も同時に載っています。西欧のキリスト教は前者を思想として採用したようです。男の名前はアダム、女の名前はエバ(イブ)と言います。
 神様はなぜか「りんごを食べてはいけない」として目の前においておきます。私は意地悪な神様だなぁ、と想いますしおいて置いた神様の責任もあると考えるのですが、そのりんごを蛇が食べてしまいます。蛇は女を誘い食べさせ、女は男を誘い食べさせます。そして神様にばれてしまうのです。その罰として蛇は、舌の先が分かれ「嘘つき」と周りに示すことになり、手足をとられ、常にみんなに土下座をして「ごめんなさい」と言い続けることになります。

 女の罰は、出産の苦しみです。月のもの(生理)を始め死亡率の高かった出産のリスクなどを負うことになります。
 男の罰は、天国の食べ放題飲み放題から追放され、働いて食料を得なければならないこと、女を支配することが与えられました。

 女を支配することが罰、というのは女性のヒステリックな面、感情に流される面などが蛇に誘われた原因と考えるからでしょう。これは現代科学でも「女性は男性よりもホルモンに人生を通して左右される」証明されています。他方、支配する、には守るの意味もあり、命がけで女性を守らなければならない、という義務の側面もあります。
 
 以上のように古典(物語)によって「働く」は、善と罰(悪)という正反対の価値観に分けられています。歴史や文化や技術発展を経て、それぞれの「働く」の意味づけが変わったり、多様化したりしています。

 具体例で見てみましょう。私はバスケットが好きですが、小学校高学年と中学校は野球部でしたので野球にも関心があります。楽天の田中選手が世界記録を成し遂げられるかどうか、にワクワクしましたし、達成できた時、心から祝福しました。さて、野球を見ていると「具体例だなぁ」と感じたことがありました。
アメリカなどの選手は「高い年俸の方に行くのが当然である」と考えています。選手だけでなく球団全体やファンもそのような判断をします。「今年はグッズなどが売れたからお金があっていい選手が取れた」とか「地方都市は収入が少ないから若手の選手を育てるんだ」などと考えています。バスケットではNBAのオクラホマシティーなどが後者の代表でしょう。
 日本でもほんの10年、20年前までは球団に入れば最後までその球団で終わる、というのは珍しくありませんでした。これは野球に限らず日本では「終身雇用制」が実態でありました。他方、アメリカでは「同じ仕事を続けるのは才能がないからである」という考え方があります。転職しないのはむしろマイナスなのです。ヨーロッパは約200年の宗教戦争でキリスト教の考えをそのまま日常生活に適応すると、悲惨なことになる、というのを経験していますが、アメリカは宗教心の強い人々が建国した国で、まだ150年(アメリカ連合国併合)の国ですから、キリスト教の宗教心がまだまだ残っている国なのです。
 以上から「働く」という日常生活の基本の部分でも古典(物語)が規定する真・善が関わっているのを知ってもらえたと思います。

―古典(物語)が規定する真・善を知る前提として
 今回は日本に住む私達の日常生活の中の真・善について知ってもらいました。主にキリスト教との対比でしたが、今後は古代ギリシャを中心にして3つの視点から述べていくつもりです。調べていて私は大変楽しかったので皆さんにも知ってもらえれば嬉しいです。
 さて、現在の日本では古典を知る前に気をつけなければならない点があります。それは日本の敗戦です。敗戦によってアメリカは日本に思想統制、言論統制を掛けて来ました。これよって古典を知る際に「日本はとても悪いことをした」とか「日本だけが悪い」とか「アメリカは凄い国」などの事実に反する偏ったイメージが植えつけられてしまっています。
 具体例は国旗「日の丸」や国歌「君が代」は世界で最も平和を大切にしているものの1つであるのに、なんとなく悪いイメージがあります。私も中学、高校の時にそうしたイメージを持っていました。これらは、アメリカが「二度とアメリカに逆らわないように」という意図を持って、同時にアメリカ人のソ連のスパイが「日本を弱らせてソ連の属国にしよう」という意図を持って行われた結果なのです。以下のことが行われました。

・「本を7000冊以上禁止した。」アメリカの都合の悪いことは隠す
・「民主主義を教えたという嘘を吹き込んだ。」日本には日本の民主主義がありました
・「アメリカの言うことを聞く軍隊にした」:自衛隊を作ったのはアメリカです
・「国際法を無視し嘘で裁判をした(極東軍事裁判)」:その後誤りだったとしました
・「反米を止めさせるためにTV局を作り、ディズニーを使い、原発を導入した」
・「朝鮮人と日本人を憎しみ合わせるように民族対立させた」

 まだまだありますが、この辺とします。60年以上過ぎた現在でも続くこれらの事実に基づかない偏ったイメージが残っています。それを疑いもしない、という人々が溢れるようになりました。確認しますが、だから、私はアメリカなんて嫌いだ!とか出て行け!と言いたいわけではないのです。哲学で真・善・美を考え、日常生活を見ていく時に、こうした偏ったイメージが誤解を生むかもしれないので、述べているのです。この点は留意して下さい。
 さて、以上は具体例で述べてみましょう。
大東亜戦争(太平洋戦争)で「日本はアメリカに宣戦布告なしに真珠湾攻撃をしたから悪い」と学校で教わりませんでしたか? 私は教わりました。しかし、その後これが全くの誤りであったことは判ったのです。以下に事実を挙げます。

・アメリカはテロ攻撃を繰り返していた中国軍(中華民国軍:現在の台湾)に戦闘機を500機販売した。これは当時の戦争行為ですので、日本(大日本帝国)がアメリカに奇襲攻撃をしても国際法上認められる程の重大行為です。
・アメリカは支那(中国)大陸で日本軍(皇軍)に宣戦布告なしで戦闘行為を行った。先に仕掛けたのはアメリカです。
・アメリカは他国と共に「ハルノート」で貿易禁止や領土放棄などを突きつけた。これだけでも戦争を起こすことが認められる行為です。

 以上の3点からアメリカは日本の真珠湾攻撃の前に、戦争行為を3度も行っているのです。しかし、これらは現在では中々教えられていません。もちろん探せば見つかる情報です。さらに付け加えましょう。時代や国際法や先ほどの事実を全く無視して、アメリカが「宣戦布告をせずに戦争を行った」というのが正しい、としましょう。
 では、アメリカはサダムフセインのイラクに宣戦布告を行ったでしょうか? ベトナム戦争で宣戦布告を行ったでしょうか? 答えは「NO」です。
 アメリカは日本で思想統制、言論統制するためだけに「宣戦布告をしていないから悪かった」、あるいは「戦争は悪い」という偏ったイメージを植えつけたのです。こうした考えは日本でしか通じません。こうしたことを知るのも実は、この講義のテーマである「智慧」に関わるので知っておいて欲しい内容です。今後、この点も別の角度から検討していくつもりです。
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