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エッセイ「【學問】『論語』の人々の住む場所とは ―はたして日本は人の住む場所なのか― 」

  「富士論語を楽しむ会」の同人誌に投稿した校正前原稿です。
 読みにくい箇所・誤字脱字あると思いますが、目を通して下されば幸いです。
  以下本文です。


「人の住む場所はどこか?」
 と
「人が快適に住める場所はどこか?」
は、案外と同じではない。どんな所に住みたいかを時代と地域を超えて比べてみたい。

日本人の住む場所とは
 数十年前、ビルが林のように建ち並んでいく東京の街に「コンクリートジャングル」という名前が付けられた。日本人は、緑がない場所を人が快適に住める場所とは考えないらしい。同じく緑のない場所を探してみよう。富士山の五合目より上には緑が乏しい。現代のコンクリート工法を用いれば、岩場ばかりの富士山の五合目でも十分に住めるはずだが、「緑の無い場所に家がない」のである。他の山に目を向けてみよう。富士山の五合目よりも高い。例えば日本アルプスに人が家を建てて住んでいる。そして周りに豊かな森が広がっている。日本人はどうも、「緑のある場所が人の住む場所である」と感じているようである。
 とするならば、東京の人々が緑を求めて、軽井沢や高尾山などに遊びにいくのも納得である。その数は膨大である。全世界で登山を楽しむ人は年間累計約七百万人、その内の二百六十万人が高尾山に遊びにいく。全世界の約四割と膨大な数である。東京のようなビルの乱立する都市が世界に十や二十はあるけれど、緑を求める人々が極端に多いのが東京の特徴なのである。知名度ではチョモランマ(エベレスト)や富士山に遠く及ばない高尾山は、東京から電車で約一時間という気軽さで人気を博している。わずか五百九十九mの高尾山は、千種類以上の植物が織りなす緑豊かな森に囲まれた山なのである。
 日本国は先進国の中で最も緑にあふれた国土を持っているが、日本人の「緑ある場所が人の住む場所である」という世界観の御陰かもしれない。

西欧人の住む場所とは
 逆に、西欧人は森を人が住む快適な場所とは思っていないようである。日本人と逆で「緑豊かな森は人の住む場所ではない」と思っているようである。以下、吉川幸次郎著『東洋におけるヒューマニズム』を参考にしながら述べていく。
 英語の「森」には小さい規模の「森(wood)」と大きな規模の「森(forest)」がある。「森(forest)には、「野蛮、人外、人の住まない、恐ろしい物が住む」という意味がある。その源流は、二千年以上前の古代ローマにある。彼らは緑深い森を「森(silva:シルワ)」と呼び、恐れを込めた。「森(silva:シルワ)
の恐れは、現代の英語「savage:サベーッジ」に引き継がれ、「残酷な、未開の、不法者、(動物が)噛み付く」の意味がある。
 大きな規模の「森(forest)」が「残酷な、未開の、不法者、噛み付く」の「savage」の意味を併せ持つのには、ローマ人の歴史が関わっている。ローマ人はイタリア半島から円状に広がっていく。それを最も邪魔しつづけたのは、北方の大きな森を通してやってくる異民族達であった。彼らはガリア人、ゲルマン人、フランク人たちで膨大な人口で、未熟な技術しかなく、直ぐに暴力に訴える残虐さが特徴であった。古代ローマ帝国の膨張を最も邪魔し、ついに西ローマ帝国を滅ぼしたのが彼らなのである。森から最大の不幸がやってきたのがローマ人の歴史である。
 そしてローマ人は、自分たちの出身地である都市ローマを捨て、東のコンスタンティノプール(現在のイスタンブール)に首都を移転してしまう。その後の西欧はガリア人、ゲルマン人、フランク人達に副首都ローマを落とされ、領地を奪われ蹂躙(じゅうりん)され続けた。西欧はローマの文化を少しだけ吸収した野蛮なゲルマン人(ドイツ人)やフランク人(フランス人)、アングロ人やサクソン人(英国人)などに侵略されつづける。その長きこと千年を超える。城壁で囲まれた都市の外は、遠くから略奪しに来た野蛮人に荒らされ放題になってしまったのである。これで西欧の農業生産は格段に落ち、技術発展が止まってしまう。西欧では「都市の中だけが人間が快適に住める場所」という風に感じるようになった。それは深い森を通して異民族が千年以上、襲ってくる歴史に出発している。
 もう一点の源流が、キリスト教である。キリスト教によって森に住む人々は悪魔という側面を与えられた。日本では深い森には神様がいる、と感じるが、西欧では深い森には悪魔がいる、と感じるようになった。少し寄り道になるかもしれないが、述べてみたい。
 キリスト教には神様がいる。『聖書(旧約聖書)』に神が書かれているから神様がいる。同時に、神様を裏切った悪魔もまた存在する。西欧の都市の中心には教会がある。その中心の教会に、つまり都市の中に神様がいる。対して悪魔は神の及ばない場所、つまり都市の外、暗い恐ろしい野蛮人の住む森に存在する。
 注意しなければならないのは、西欧以外のキリスト教や同じ聖典を基にするイスラム教では、明確な人格を持った悪魔は存在しない。悪い運や自然災害などの悪は存在するが、人間を常に誘惑し、悪さをしかけてくる悪魔は西欧にしか存在しないのである。悪魔は西欧の人々が侵略され続け、恐怖し続けた結果として人格を持ったのかもしれない。
 西欧の歴史によって、悪魔はさらなる特徴を持つことになる。ゲルマン人やフランク人が西欧に定住して安定して後からくる異民族を排除できる力を持つと、「異民族が悪魔」から、「異端者が悪魔」へと変化する。異端者とは同じ集団内の少数派で、宗教、人種、民族、文化などに基づく。異端者は魔女と呼ばれ、魔女狩りが始まっていく。有名なのはルターの宗教改革であり、西暦十四世紀から十九世紀まで約五百年間続く。宗教の異端者排除で新大陸に渡った人々がアメリカを征服した。そのアメリカでも魔女狩りが受け継がれた。こうした魔女の居場所はどこであろう。ご存じの通り「緑豊かな森」なのである。
 西欧では千年以上に渡り、「緑豊かな場所は人の住む場所ではない」という歴史を持っている。「都市の中が人の住む場所である」と思ってきた。「森(forest)という単語のみならず、ハリウッドの映画に悪魔が常に登場し続けている。善と悪の対立が常にテーマである。映画の中に登場する悪魔の棲(す)む場所は「人の住む場所ではない」という風に描かれている。西欧人の潜在意識の中にローマ以来の歴史観が脈々と受け継がれている。日本で最大の興行成績と入場者数を誇る「千と千尋の神隠し」に悪魔は出てこない。

『論語』の人々の住む場所とは
 やっと、本題に辿(たど)り着きました。
 では、『論語』の人々は、どのような場所に人が住むと考えていたのでしょうか。引用から入ります。
 『仮名論語』 顔回第十二 第五章
(百六十五頁 二行目から五行目)

 「君子は敬(つつし)みて失うこと無く、人と與(まじわ)るに恭(うやうや)しくして禮(れい)有らば、四海の内、皆兄弟なり。君子何(なん)ぞ兄弟無きを患(うれ)えんや。」

 大意は、司馬牛(しばぎゅう)という人が「私だけが兄弟がいない」と嘆(なげ)くと、子夏(しか)は「逢う人を大切にして礼儀を尽くせば、世界中の人はみんな、兄弟ですよ。」と答えた。

 『論語』では出生や生い立ちではなく、心と態度が大切である、と述べています。何時の時代、どの場所でも兄弟や両親の有無、階級や財産など生まれながらの差異があります。それに目を奪われず、心を閉じ込められず、世界全体から自分を眺める『論語』の素晴らしさが、この一文にあります。
 さて、ここでは視点を換えます。この素晴らしい言葉の裏に『論語』の人々が住む場所が見えてきます。「四海の内、皆兄弟なり」は「世界中の人はみんな、兄弟ですよ」と『仮名論語』で訳してあります。つまり、

 「四海の内」
    が
 「世界中の人々の住む場所」

 と読み取れます。『論語』の人々は「四海の内が人間の住む場所である」と考えていたのです。先月の「ふじの友 第十六号」に
【資料】『孟子』公孫丑章句上第六章 四端
がありました。その最後から二行目です。

 「以(もっ)て四海を保(やす)んずるに足るも、苟(いやし)くも之を充(みた)さざれば、以て父母に事(つか)ふるに足らず、と。」

 大意は以下の通りです。
 「手足のように人間には四つの心(四端)が備わっている。四つの心を伸ばしていけば、仁、義、禮、智になる。四つの心だけでは「四海」=人間世界を十分に平和にできないけれども、四つの心がなければ両親と仲良くすることさえ出来ないだろう。」
 『論語』の後に出た『孟子』でも、「四海の内」=人間の住む世界となっています。

四海とは
 では、『論語』の人々が言う「四海」
とは何を指すのでしょうか。探してみます。
 『論語』を始め、儒教の重要な五つの経典を「五経(ごきょう)」と言います。この「五経」を正しく読むため、読み、意味、用法などを解説した書物があり『爾雅(じが)』と言います。周公旦(たん)、孔子、孔子の弟子の作とも言います。いずれにせよ儒教の正統な解釈を教えてくれるのが『爾雅』です。この中に、

 「九夷(い)八狄(てき)七戎(じゅう)六蛮(ばん)は、これを四海という」

 とあります。「九夷」は東方にあると想像した九つの野蛮な国です。「八狄」は北方の野蛮な八の国、「七戎」は北西の七つ、「六蛮」は南の六つの国を指します。全て蔑称(べっしょう)です。
 つまり、人間の統治する土地の外を「四海」と言います。対して人間の住む場所は中心の国という意味で「中国」と言います。中心地から遠くなり人の住まないような場所が「四海」の意味する所です。東西南北の海を指して「四海」というのではありません。あくまで海は人の居ない所、という意味なのです。
 日本では田舎と言えば山奥や離島を指し、海岸線は比較的都会風で明るいイメージがあります。例えば、湘南や三浦半島など。対して、現代中国では海岸線は田舎なイメージがあるそうです。

四海のイメージの変化
 もう少し、四海のイメージの変化に追ってみましょう。これはシナ(支那)の歴史観に大いに関係があり、同時に『論語』に大きく影響を受けています。
 秦の始皇帝(西暦紀元前二百五十九年から二百十年)が徐福(じょふく)に永遠に生きられる仙薬を求めさせて海に入っていったという話しが残っています。富士山に来たという伝説があります。約百年後の漢の武帝(西暦紀元前百五十九年から八十七年)も海の果てに誘惑されました。古代シナには神話があり、その一つとして「海上には三つの神山がある」と『史記』や『漢書』などに書いてあります。神話が残っている時代、「海は人の住まない世界だけれども、神秘を含んだ魅力ある場所」だったのです。
 けれども、時代を経て、神話がかき消されていくと、海のイメージは変化します。前半の「海は人の住まない世界」は変わりませんが、「で、人の見るべきもののない世界、哀れむべき何もない世界、人間以下のものしかない世界」という蔑(さげす)むべき世界へと変化していきます。
 仙人の住む黄金の宮殿のある三つの島々というロマンティックなイメージから、一転して人間が関わらない方が良い、捨てられてしまった土地というイメージに落ちてしまったのです。
 西欧の森とは悪魔が住む場所であり、魔法や魔女など異質な者たちが人間を誘惑し、甘美な罠で騙そうとする場所だったのです。恐ろしいけれど魔法など魅力ある場所だったのです。四海のイメージは誘惑や甘美さのすっかり捨てられてしまった場所になってしまいました。人の住まない場所に魅力を感じる西欧と、住まない場所には魅力がないと感じるシナと分れました。
 何故、人の居ない場所に魅力を感じなくなったのでしょうか。『論語』とシナの歴史観に大いに関係しています。西欧では神が生活の中心であり、世界の中心です。例えばアメリカの大統領選挙でも地方議員の選挙でも、その応援演説の最初を神父や牧師が行います。「この人は神様に愛されていますから応援して下さい」と。対して、シナでは神を生活の中心から外していきました。どこまでも人間中心に置き換えていったのです。西欧の歴史観は神の天地創造から出発し、神の叡智を広めることが目的です。シナの歴史観ではすっかり神は居なくなりました。人間の世界は人間が解決しようという態度になりました。ここには『論語』の影響が色濃く出ています。

『仮名論語』 述而第七 第二十章
(八十八頁 五行目)

「子、怪、力、亂(らん)、神を語らず」

 意味は「孔子は、弟子達に、妖怪変化とか、腕力沙汰(ざた)とか、乱倫なこととか、神秘なことは語らなかった」です。儒教がシナに浸透するに従って、神話などの神秘的なことが外されていき、人の心や倫理が中心になっていったのです。歴史とは人の作るものという意識になっていきました。対して西欧では歴史とは神の意思によるものという意識があります。
 このような歴史観の変化によって神が居なくなってしまいました。神が居なくなれば悪魔もいなくなります。四海も人間中心で考えれば、人間の世界から遠い場所という位置づけになってしまったのです。以上のことから、シナの人々は、

 「人の住める場所は、人間中心の基準がはっきりしている場所」

 となったのです。
『論語』の影響の大きさ
 四海が人間世界から遠い場所になってしまったのは述べて来た通りです。それが『論語』の影響の大きさを物語っています。漢の李巡(りじゅん)は「四海とは、人間世界から遠く、人間化できないから四海という」と述べています(以下、引用は『東洋におけるヒューマニズム』からです)。李巡は「四海」の海(かい)が、大晦日(おおみそか)の「晦(かい)」に関係すると考えています。「晦(かい)」を見てみましょう。月が出ず暗いことを「晦冥(かいめい)」といい月末の月が出ない日を指して「晦日(みそか)」と言います。よく分からないことを「晦渋(かいじゅう)」、隠すことを「韜晦(とうかい)」と言います。何れも「人から遠きもの、判らないもの」を指しています。この「晦(かい)」と「海」とが元々同じ意味で使われていたと言うのです。
 時代を下ると、魏の孫炎(そんえん)は、「海は晦であり、禮の道に暗いからである」とはっきり述べています。
 つまり、四海が人間世界から遠いというのは、孔子の言う禮楽の道に遠いからである、というのです。魏の国と言えば、孔子の儒教を国教として採用して二百年以上続いた漢の後に出来た国です。人間世界の中心に孔子の『論語』が据(す)えられた時代の後の解釈です。『論語』の浸透によってロマンティックなイメージを持っていた海が、禮楽から遠い世界というイメージに置き換わりました。
 同様の例として漢代の学者が編集したと言われる『春秋左氏伝』の「鯨鯢(げいげい)」があります。鯨とは雄のくじらで、鯢とは雌のくじらのこと。悪魔のように恐ろしい生物の鯨鯢が、魏の後の西晋の杜預(どよ)の注では「不義の人」と人間に置き換えられています。鯨が小魚を飲み込むように大国が小国を飲み込む比喩と言うのです。先ほど述べたように、神話的な歴史観がすっかりと人間中心の歴史観に置き換わっています。
 以上のことから、人間中心の歴史観に置き換わるのは『論語』の影響であるというには言葉が足りないけれども、『論語』の人々の住む場所が、「四海の内」であると述べられたと思います。
 『論語』の時代は、四海がロマンティックな響きと同時に、人間の基準から遠い世界という響きも併せ持っていた時代であったのです。
 時代を一気に現代に戻してみましょう
 日本は先進国で緑豊かな森を持ち、森を人の手で大切にしている国です。
 西欧は神や悪魔を信じている国々であり、都市の中心には教会があり、その都市が人の住む
場所だと考えています。
 シナ(中国)は人間中心で人間が全てを決めてよいと考えている国です。ですから人を基準として森や河川を変えることを厭(いと)わないのです。 現代の各国の違いの根本には「人の住む場所はどこか?」という意識があると思われます。
 「人の住む場所はどこか?」は、思いがけず時代を地域を超えて広がっていきました。御参考になれば幸いです。

 高木 健治郎

参考書 吉川幸次郎著 『東洋におけるヒューマニズム』
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