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エッセイ「【學問】『墨子』を知ろう 」

  「富士論語を楽しむ会」の同人誌に投稿した原稿です。
  以下本文です。

 墨子(ぼくし)をご存知でしょうか。
 多くの方には馴染みがない本です。高校の教科書に出てきますが「兼愛」の一部だけがちょこっと出てくるだけです。内容も「非攻兼愛」という難しい言葉で終わってしまいます。
 私は、著者の墨子(墨翟:ぼくてき)が大好きです。
 実は孔子よりも好きなくらいです。そして今後の日本を考えていく時に、最も必要な思想家の一人とさえ考えています。第三子が男であれば『墨子』から「祠説(しえつ)」と名付けるつもりでした。その魅力をご紹介できれば幸いです。

『墨子』のことば
 何よりもまず、本(『墨子』和田武司訳)を開いてみましょう。一部読みやすくしてあります。

○「人の幸不幸は努力次第なのだ。貧乏だからみじめなのではない。貧乏からぬけだそうとしないからみじめなのだ。
 もし、人もしくは国の現在があるがままの姿が宿命だとしたら、誰もまじめに働き、国を憂える者はいなくなるだろう。いまさら努力しても、はじまらないからである。しかし、「天」は、みずから扶(たす)くる者を、扶く。」一七七頁

 補足:前向きな楽天主義が墨子の思想を支えている、と解説が付いています。

○「弟子の二人がたずねた。
 『義(墨子が最も大切にしたのが義)を行う際、一番大切なことは何ですか』
 『土木工事と同じだ。石積みの得意な者が石を積み、土運びが得意な者が土を運び、監督の得意な者が監督をすれば、工事は完成する。
 義を行うのも同じことだ。弁舌の立つ者が弁舌をふるい、学問に通じた者が学問を教え、実行が得意な者が実行すれば、義の世界は実現するのだ』」

 補足:適材適所の考え方は、春秋時代には中々見られない考え方でした。日本では江戸時代末期に福沢諭吉が『学問のススメ』でその考え方を広く表しました。もう一点、墨子の例えは具体的で多くの人が理解しやすいです。

○「弟子が諸国を遊説中に山のように本を積んでいるのを見て、墨子に尋ねた。
 『いつでしたか、先生は他の弟子に「お前は本を読むよりも、何が正しいかを考えよ」と言われました。それなのに先生は、どうしてそんなに本を積んでいくのですか』
 『昔、周公は、毎日百篇の書物を読み、七十人の客に接するという努力を重ね、ついに天子の良き補佐役となった。私は君主に使える身でもないし、畑仕事に追われる身でもない。このわたしが、学問を棄て去ってよいはずがない。
 本来天下の道理はひとつなのだが、これを述べるとなると、とにかく不正確なことばで伝えられる。また聴く相手側も均質ではない。そこで書物が多くなったのだ。先ほどの弟子はすでに物事を見極める力を備えている。わたしが書物を通じて教えようとしなかったのは、そのためなのだ』

 補足:適材適所と共に当人の能力を正しく伸ばしていく姿勢も見受けられます。また、天下の道はひとつでありながら、沢山の本が存在することを肯定し、対機説法の大切さも伝えています。明快かつ具体的な説明です。

○「魯の人で、息子を墨子の下で学ばせている親がいた。その後息子は、戦地に赴(おもむ)いて死んだ。親が墨子を責めると、墨子は、
 『あなたは、息子さんに学問をさせたいと願った。その目的は達成された。学問を通じて学び取った信念にしたがい、敵と戦って死んだのです。それなのにあなたは、息子を死なせたといって私を非難なさる。まるで、商人がうまく商売が出来たのに、腹を立てるようなものです。矛盾していませんか』

 補足:大東亜戦争で世界平和のためにと信念を持って死んだ英霊の方々を私達は「かわいそう」や「どうして死んだの」などと言っていないでしょうか。帝国陸軍の軍部が悪かった、と非難してないでしょうか。はっとさせられる一文でした。

○「弟子が遊説に旅立つに当たって、たずねた。
 『今後、行く国々で君子に会うことになりますが、何を第一に説いたら良いでしょうか。』
 墨子は答えた。
 『その国がどんな問題に直面しているかを見ぬいてから説くことだ。
 国の秩序が乱れているなら、『尚賢(道理を説くこと)』を説け。
 国の経済が乱れているなら、『節用(節約を奨めること)』を説け。
 君主が音楽に耽(ふけ)っているなら、『非楽(贅沢な音楽を止めること)』を説け。
 信仰心がなく礼儀正しくない国では『尊天(天を大事にすること)』を説け。
 国が戦争ばかりしているなら、『兼愛(対等な愛情)』や『非攻(戦争をしないこと)』を説け。』

 補足:墨子の思想がはっきり判る一文でした。墨子は具体的で実際的です。心の中の道徳の向上を目標とせず、人口を増やし、豊かな暮らし、秩序ある生活を義としました。二千年を超えた世界中の国々が自国の経済発展を願っています。この点で墨子の思想は現代でも通じるのです。

墨子の魅力―福沢諭吉との共通点
 墨子のことばに触れると色々な刺激が生まれます。福沢諭吉も国力の増強を目指し、民衆の底上げを願いました。『学問のススメ』が有名ですが、その真髄は墨子と重なる部分があります。墨子と福沢の共通点は、「明快、具体、人間への信頼(愛)」です。
 「どうせ勉強しない人間もいる。教えても一定数の学生は無駄だよ」という先生もあります。実際に学生と長く接すると必ず、このような経験をするのです。どんなに熱意を掛けて学生と接しても、熱に感化しない学生が必ずいるのです。福沢の時代はさらに多かったでしょうし、墨子の時代はさらに多かったでしょう。しかし、墨子も福沢も「努力を重ねれば人は変わる」と信じていました。
 対して、人の正体は悪である、と考え罰を適用しないと人間をコントロールできない、とした荀子とは対照的です。また、『聖書』の神も「ダメな人間たちは殺す」として神の忠告を聞かない人間の殆どを殺しました。有名なノアの方舟(はこぶね)です。
 福沢の学問は「実学(じつがく)」と言います。日常生活のみならず学問の世界で人文科学から自然科学を含めて実証的に考えていくという意味です。墨子の思想もまた、日常生活に汲々(きゅうきゅう:あくせくする)とするのではなく、世界平和、人類繁栄のために技術を向上させることを「義」として目標にしました。そのために、戦争反対なのです。明快な論理と具体の点で福沢と墨子は共通しています。

日本の目指すべき道
 墨子に強く惹(ひ)かれるのは、経済主導による世界平和の構築、という大きな目標の点です。これに対して思想主導による世界平和の構築は、アメリカによる「自由と人権、テロとの戦い」や、旧ソ連による「共産化による人類平等」などがあります。これらは「人権や平等」などの思想が根拠として世界平和に結びついていきます。人々は主に思想で動くのか、主に経済で動くのか、大きな問題です。
 これに対して墨子は、人々は主に経済で動くと考えました。もちろん、各人の思想を否定しません。矛盾はつきますが・・・。技術の進歩によって経済発展をすることが大切で、そのため経済発展を阻害し人口を減らす戦争に反対するのです。思想による「戦争は悪いから戦争反対」ではないのです。私はこの点で、日本国の、日本人全体が未来を考える際にこの点を軸にしていくのが良いのではないか、と考えています。
 また、墨子は各国の文化や宗教の違いを肯定します。現在のアメリカや中国のように中心国の下に各国が階層化していくことで平和になる、という考え方ではありません。
 現在も大東亜宣言でも、それ以前も日本は世界の平和を願い行動してきました。では、その具体案は検討されているでしょうか。
 アメリカや中国のように各国が日本を中心として階層化していく中で平和を構築するのが理想でしょうか。それとも、墨子や大東亜宣言のように各国が日本と基本的対等の中で平和を構築していくのが理想でしょうか。
 現在はこの点に踏み込んだ議論がなされているとは思えない状況ですが、きっと具体的に議論すべき時が来るでしょう。日本の未来を描く時、必ずや手本とする思想家が注目されます。『墨子』はますます輝きを増すのではないでしょうか。

参考書:和田武司訳 『墨子』 徳間書店 二
    千八年第三刷
   :柿村峻 薮内清訳 『韓非子 墨子』 
    平凡社 昭和四十三年初版

追記:墨子と孔子については後に書きたいと思っております。
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