親子三代を結びつける本

 「富士論語を楽しむ会」の同人誌に投稿した原稿です。


「親子三代を結びつける本」 道雪(高木 健治郎)

 「おい、健治郎、読んでみろ」
と父は突然本を薦めてくる。何十冊も薦められてきた中で、唯一読んだ本がある。

 『中国聖賢のことば』 五十沢二郎著

 一文を抜き出してみる。

「 いい細工をしようとするとき、職人はまず念入りに道具を砥(と)ぐ 」

 ことばが優しい。ことばが頭にするりと入るので、毎回感想を幾つか付ける。

○足りなすぎる道具(基礎が)
✓今も道具(基礎)は充分ではない

 ○は三十五歳の時の感想、
 ✓は三十七歳の時の感想。
意味は「私の勉強不足で学問的基礎(道具)が足りないことへの反省」である。

 最初の感想は大学生の時、暇で暇でしょうがなく「本でも読むか」と手に取った時だった。それから二十年以上、何度も読み返している。何度も読み返すのでボロボロになってしまい、現在三冊目。予備が二冊あるので死ぬまで読み返しても何とかなるだろう、と想っている。

父は、自分の体には小さすぎる服などを、突然、私に与える。その度に私は辟易(へきえき)した。
「またか」
と。保育園時代から父は大嫌いだった。高校時代は口もきかなかった。大学に入り、距離が出来てますます、遠くなった。振り返ってみれば、『中国聖賢のことば』だけが父とのつながりとなっていた。
 父は外面が良く口八丁手八丁に私には思われたが、先人達への敬意を持っていた。私がこの本を通して古代の先人達への敬意を育むと、自然と父の背中が見えてきた。この本の中で『論語』から引用している一文を抜き出してみる。

 「 自分で自分を知ることのうちに、悦(よろこ)びがある。また、ひとが自分を知ってくれて、はるかに心を寄せてくれるということも、悦びである。
が、誰が知ってくれることもなくとも不足におもわない人間は、いちばん大きな悦びを知る人間である。 」

○少し近づけたか
✓本当に良い

 この一文を読んで諭(さと)された。父に反発している私は、父が私を知り、私を認めて欲しいと願っていたのである。
続けて原文と解説が載っている。原文を抜き出してみる。

「学びて時に之(これ)を習う、亦(また)説(よろこ)ばしからず乎(や)」

とある。字が違う。
訳文「悦(よろこ)ばしい」
 ↓
原文「説(よろこ)ばしい」

 面白いので調べてみた。元々は「説」、後に心の喜びの意味をだけ指す「悦」が出来た、とあった。私はこの一文が気に入り、この「説」の字を息子に付けた。孔子という先人の智慧が、父と私と息子を結びつけてくれた。『中国聖賢のことば』という本に感謝したい。


ーーーー
追記:校正 平成26年5月11日 最後から2行目「智慧が、が父と私と息子を」→「智慧が、父と私と息子を」
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これらの人々は、現実に徹する人々とはかなり違います。神仏を信じているとは言えない

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