哲学13-2 学生コメント集

 学生が書いた感想などと高木の返信をまとめたものです。

 学生の書いた本文はそのまま、とします。高木が補足する場合は()を付けます。○は学生のコメント、★:は高木のコメントです。考察をつける場合もあります。

 -考察-

・数学と哲学の驚き:理系こそ哲学が必要
・ケプラーやガリレイの実績を再認識した
・プラトン主義とデカルトの繋がりが判った
・よく解らないが10名前後、判りやすいが20名前後
・マックの驚き

 の意見が多かったです。


○WIN-WINという考え方がありますが高木先生はどう考えますか?

★ご質問有り難う御座います。考えてみます。まず、WIN-WINという考え方、は日本の伝統的な考え方ではありません。「物事、勝負が勝か負けしかない」という切り分け方です。○○くんの人生は勝組みですか? 負け組ですか? 実態を見れば勝ちでもないし負けでもありません。唯一のものです。そこに、理想を持ってきて理想に近ければ勝、遠ければ負け、という考え方です。つまり、プラトン主義=哲学の考え方がWINーWINの考え方です。
 では、WIN-WINの考え方が悪いか、というとそうではありません。悪い面もありますが良い面もあります。それはこの講義でプラトン主義で説明してきた通りです。理想=WINを設定して努力し、「なりゆき任せ」を排除していこうとするのは良い面です。数年前に発覚した静岡県の公務員全体での裏金作りなどは「なりゆき任せ」にした結果です。何事もなく仕事はほどほどで良い、と考える人が増えればこのような問題はどこでも発生します。公務員は全体の奉仕者ですが、それを忘れて汚職に手を染めた、というLOSE-LOSEの関係になってしまったのです。何とか、「公務員は全体の奉仕者」という理想へと近づこうとするのは良い面です。
 まとめます。WIN-WINの関係はプラトン主義です。良い面も悪い面もあります。全ての考え方(主義)と同じく、その考え方の限界を知って上手に利用するのが善いと考えます。

○方法的懐疑で疑わしい物を全否定して自分の存在すらも疑って否定しながら生活していると、精神が破綻というか崩壊しないのかと気になるが、全て疑っている自己を形成した精神を否定しているのに、何かを疑っている自己の存在を確実といえるのか気になった。

★デカルトの考えから説明します。「疑っている行為」はその主体(明晰判明な意識)がなければ出来ません、という点に注目しています。寝ぼけた頭では何も疑えない、と言い換えてもいいでしょう。ですから、「疑ってみた」→「意識があった」という主張なのです。講義中にも説明したように、この点を使ってデカルトは神の存在証明をするのです。『反哲学史』では、神の存在証明をするのが目的で方法的懐疑を行った、とさえ書いています。この点は、是非ともデカルトの本を読んでみて自分なりの考え方をまとめてみて下さい。○○くんのように疑問を持つことが、どうして可能なのか?という深い問題ですから。

○「人と関わること」「想(相)手の為になること」の絶対的な答えとは、哲学に存在するのかきになりました。また数学的に「好き」という理論は見つかっていないのですが、哲学では解があるのか?

★楽しい質問ですね。哲学を古代ギリシャのアリストテレスに取ってみましょう。すると「好き」とは自らの可能性を広げて現実化する動因となります。「好き」とは生殖行為ので新しい命を作る可能性を広げる動因、新しい技術、製造物を作り出す動因などになります。他にも本を読む、勉強する、スポーツするなども自らの可能性を広げる動因に「好き」があるのです。このように解釈できます。哲学用語ですと、自らの可能態を現実態へと変化させる動因と言い換えられます。
 また、イスラムなどには、伴侶(結婚相手)とは、もともと1つであった人、と解釈します。つまり、もともと1つであったのが男女で別れた。その唯一の自分の相手を探す、あるいは求める、あるいは元に戻ることが結婚なのだ、と考えるのです。これはもともと1つという理想の設定に、プラトン主義のイデアが見られます。これも「好き」の哲学的解答の1つにでしょう。日本では「御縁で」と「なりゆき任せ」が「好き」を説明する1つになるでしょう。他にも沢山の説明方法があると思います。第15回辺りで取り入れる予定です。楽しい質問有り難う御座いました。

○神に認めてもらうには数学をがんばるしかないということなのですか?

★深い理解に基づいた質問ですね。少し考えてみます。正統なキリスト教から述べますと、神はあなたを完全に認めています。その神をあなたが信じられればあなたは救われます。次に、その信じ方が問題になります。ローマ・カトリックに行きます。数学とは神の業(わざ)の1つであり、数学を理解することは神の業を理解するのに近づきます。数学の理解を通して神と神が創造した世界を理解することが、信仰そのものである(字義主義:リテラリズム)と考えます。この世界の物理法則を理解することは信仰なのです。物理学者が物理法則を解明するのは、ローマ・カトリックではお祈りと同じ行為になるのです。繰り返しますが、神はあなたを完全に認めています。あくまでも人間側が神を理解する、近づく行為が物理法則を解明することです。高木の考えとは違います、念のため補足します。

○今回の哲学では数字で表現されないと存在しないものをあげましたが、逆に数字で表せないものとは、この世界の存在しないものとは表現されないということです。先生が(教室を?)周っている時に空は違うと言っていましたが、1つあるので数字で表現できるのではないかと思いました。

★素晴らしい意見を有り難う御座います。空の問題ですが、空、そのものの全体は1つ、と現せます。しかし、私が質問で述べたのは、数字がなければ存在しないもの、を聴きました。それは「そのものの全体は1つ」ではなく、「そのものの成立要因」を聴いたのです。私は1つと数えられます。ただ、私は遺伝子(DNA) がないと存在しえない。この場合、1つと「そのもの全体は1つ」と数えられるか、を聴いたのではなく「そのものの成立要因である遺伝子」を聴きました。
 次に、この遺伝子に当たるものが数字で表現されないとならないもの、とは何か?を聴いたのです。この質問が出てきたのは、○○くんが問題を深く考えてくれたからであり、高木の説明が不十分であったからです。今後気を付けます。また質問して下さい。

○日本人の良い所は数字化できないものを大切にするところだけど、だからこそ大変なんだよなと思いました。数字化できないから後に残すのが大変。

★その通りですね。そしてそれを伝えて来てくれた無名の無数の日本人に感謝したいと思います。

○問3について、言われてみればなぜ数字が使われているだけで信頼性が増すのだろう?と思いました。

★とても良い疑問ですね。理系に限らずとうじて私たちは数字に基づく実験をするのか?ですね。それは「原理は数学で現れる」という前提を現代の人間が受け入れているからなのです。それは18世紀以降の流れであって、人類4万年(あるいは1万年)の歴史の中での200年、つまり、2%しかないのです。時代に囚われた感覚でもあります。これが感覚の方の答えです。原理の方の答えは、再現性:時代、実験者を超えて繰り返し確認されうる性質、が数学に基づく実験で担保されるから、です。

○もう少し近代・現代の哲学についても知りたいです。

★意欲が出て来てくれて嬉しいです。私も是非ともそうしたいのですが、講義時間が限られていて残念でした。今後は是非とも本を読んで言ってください。講義はアイディアを得る機会でしかないものです。参考書である『反哲学史』をもう1度読み返してみて下さい。講義で説明できなかった箇所、近代・現代の哲学について詳しく述べられています。もちろん、質問、意見があれば高木までどうぞ。一緒に考えましょう。

○アニメの話をしてほしい。(哲学に関連づけて)

★有り難う御座います。そうですね~ガンダムとエウレカセブンの違いやエバンゲリオンとあの日見た花の名前を僕たちは知らない、の共通点などが出来るでしょうか。ただ残念なことに時間が足りませんでした。アニメを哲学的に、あるいは社会学的に説明している先生がいると思いますので、それらを探して本を読んでみて下さい。大きな本屋さんなら何冊かあると思いますよ。

○数字を使用するとこの世界の様々な現象を表すことが出来るが、いずれこの世界の全ての物事を現せる様になるのだろうか

★深い理解からの素晴らしい洞察です。授業では説明を口頭でしただけですが、○○くんの考え方を「機械論」と言います。昔の哲学者と同じ考え方を持ったのですね。20世紀になると言葉を正確に使えば世界の全ての物事を現せると考える「分析哲学」などが出てきます。現在では否定されています。パソコンで3Dのゲームが現実世界に近くなったりして、ますますその傾向が強くなっていくと思います。数百年前の哲学がこうして現代の方向性を教えてくれるのですから、本当に面白いですね。

○哲学を習っていると、世界と日本の文化や思想の違いはとても大きいものだと思う。

★客観視、とても嬉しいです。その通りですね。同じように、他人と自分の考え方の違いもとても大きい、ことに気が付いて行ってくれると嬉しいです。その上でどう、仲良く、あるいは上手にやっていくか、を考えて下さい。日本の思想について分り易く書かれている本をお奨めします。

占部賢志 『語り継ぎたい 美しい日本人の物語』

○数学として現象を出す事を疑い、なぜ神を出すのか?というのは日本人に対しては分りにくいのだろうか?

★分りにくいです。日本の伝統的な考え方にはないものだからです。日本では西欧と同時期に導関数を発見していましたが、クイズや技術の側面でしか利用せずに神を出すことをしませんでした。その神も創造神や理性神ではなかったのです。

○現象と数学はそれぞれ実在する、しないものだけど現象が数学を生み出したのか、数学が現象を生み出したのか、よくわからなかった。

★私もよくわかりません。そしてそれは現在も学説が1つになっていません。数学基礎論という立場です。興味があれば本を読んでみて下さい。なかなか深くて面白いですよ。

○哲学者の考え方は、人それぞれで否定されたりして、何を信じるべきなのかなと思ったりします。

★深いですね。何も信じるべきではない、が哲学の答えかもしれません。つまり、他の哲学者(人)の考えは参考になるけれども、自分自身の生き方を決めるものではない、と。時代や文化や社会背景が違うからです。ただ、講義でプラトンの哲学全てを、あるいはデカルトの考え方を全て理解した、と考えないでほしいです。誰でも良いので、1つの哲学者の考えをじっくり原典で読んで考えてみて下さい。講義は食堂のメニュー表みたいなものです。料理は食べてみないとその美味しさは解らないものです。その料理を気に入るかどうかは食べる人次第。この点も哲学者の理解と同じです。

○数字がない世界はどういう風になっていたのか、と思いました。

★素晴らしい発想ですね。どうなっていたのでしょうか。数字を認識できないアメーバはどんなふうに世界を見ているのでしょうね。体験してみたいですね。

○たしか二年前くらいにも書いたけど、日本のマックはそんな●(物?)入っていないのでこうぎ中にていせいしてください。

★事実確認ですね。私は映画「スーパーサイズミー」と映画「いのちの食べ方」とそれぞれのパンフレット、『図解「儲け」のカラクリ』などの本を出典としてこの話をしています。○○くんの「日本のマックにはそんな●(物?)入っていない」の事実確認が出来る本などを教えて下さい。事実確認がとれれば訂正します。新しい知識が得られるので楽しみです。

○最後、マック批判になっていた

★私は「マックが悪いと言いたいわけではない」と何度か述べました。批判したいのは「何も考えないで食べる民衆」です。それはプラトンが民主政治が「なりゆき任せ」の衆愚政治になっている、と批判したのと共通するからです。プラトンからマックへの繋がりを、伝えるのが不十分でした。以下の文章をもう1度読んでみて下さい。

講義余談「マクドナルドについて」:http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-132.html

○マックの話が面白かった

★何か1つでも面白いことがあって良かったです。ただし、マックの話は私達普通の人々が、何も考えずに「なりゆき任せ」=安い、良いイメージなどで行動している、という点を批判しているのを忘れないでください。大学卒業後の進路も、「なりゆき任せ」=みんなが就職するから就職する、というのをよくよく考えられるようになって欲しいです。

○毎回哲学の授業は感覚的に思っていた事や、考えてもいなかったことを考えさせられて非常に面白いです。図書室に行って哲学の本を借りてみようと思います。

★嬉しいです。講義はアイディアを知る場所であり、本当の面白さ、深さは本の中にあります。1人でもその面白さ深さを知ってもらいたいと思っています。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

    名前:高木健治郎

書いたもの(平成29年度)
哲学(平成28年度)
科学技術者の倫理(平成28年度)
書いたもの(平成28年)
科学技術者の倫理(平成27年度)
哲学(平成27年度)
書いたもの(平成27年)
哲学(平成26年度)
「科学技術者の倫理(平成26年度)
講義録「哲学」
書いたもの(平成26年)
書いたもの(平成25年)
論文(高木健治郎の)
講義録「科学技術者の倫理」(平成25年度)
高木ゼミ『銃・病原菌・鉄』
高木ゼミ全6回『ぼくらの祖国』
教養講座6回分(平成24年度)   講義録21~
講義録「科学技術者の倫理」(平成24年度)     講義録1~15
最新記事
講義録「科学技術者の倫理」(平成23年度)
石上国語教室で行われた講演のレジュメです。哲学が足りなかったのが、福島原発事故の原因の1つではないか、と考えています。

「哲学のススメ2」レジュメ

最新コメント
カテゴリ