哲学6-1 「哲学とは」


 皆様、こんにちは。哲学のお話も、第6回になりました。今回から、哲学そのものについてお話していきます。哲学そのもの、とは、古代ギリシャで生まれた特殊な考え方です。特殊ではない考え方は、思想と言います。やっと踏み込むようになった訳は、日本人が西欧人ではいないからです。現在の西欧人が無意識に持っている前提が日本人になく、古代ギリシャの特殊性に引っかかるからです。もちろん、頭のいい人は、その特殊性をスーッと流して聴くことが出来ます。「ああ、そういうことね」と。しかし、それでは哲学が生まれた本当の意味、そして価値を学ぶことが出来ません。
 哲学とは、あくまで「現在に生きているこの私がどう生きるか、どう考えるか」を問題にする学問だからです。ですから、いきなり「ソクラテスは、こう言いました」と聞いた場合、テストや暗記で覚えている、というのは哲学ではないのです。「ソクラテスは、こう言った。けれども、現在の日本は状況が違う。だからどうしようかな」と考えて、そして実行するのが哲学なのです。儒教や仏教などでは、実行と知識が結びついている傾向がありますが、哲学は私の知る範囲では、実行と知識が結びついていません。ある大学の哲学の先生は、講義で教えている内容と学生指導の内容が、全く正反対でした。古代ギリシャのプラトンを教えている先生が、徳(授業の徳とは違いますが)を基準に学生指導をしていませんでした。学生に対する言葉遣いや人使いが荒かったのです。そしてそういうことを哲学の世界では問題にされていないように思いました。
私がある学会で発表をすると、私の発表の途中で入ってきて、質問だけをして、満足な答えが得られなかったのでしょう、すぐに出ていくある教授がいました。その後、全体のディスカッションのパネリストとして登場して、「人間の力が必要である」や「感性を大事しなければならない」という風な発表をしていました。皆さん、ふんふん、と感心して聞いておられました。
ソクラテスやプラトンが、考えたのは、まさに私たちの生き方と知識を結び付けて、よりよくしていくにはどうしたらいいのか?ということです。後代になって、哲学は神学と結びつき、生き方と知識が離れていきました。しかし、私の講義では、生き方と知識を結び付けたい、と考えています。ですので、最初の4回は、私達の生き方をまず、考えました。それは現在の日本の真・善・美です。古代ギリシャの真・善・美を知識に留めないために、私達の生き方を振り返りました。今回から、哲学に入ります。

-講義内容-

本日の問題

問1 哲学のレポートは何を考えたいか
問2 「哲学」という単語は何時できた? 
問3 「宗教」という単語は何時できた?
問4 江戸時代の識字率 A)江戸 B)パリ C) ロンドン D) 北京
問5 なぜあなたは大学にきましたか?
問6 「哲学者」を漢字一字で書くと?

解答例(高木)
問1 人に個性はあるのか?
問2 明治初年
問3 明治初期
問4 A)70% B)10% C)20% D)5%
問5 自分の進路を狭めたくなかったから(大学生の時)
問6 天

 以上です。詳しくは講義内容でお話します。

―「哲学」の用語

 まず、哲学の言葉のでき方について説明しました。
「哲学」は明治初年、西周助(後の西周(あまね))が使いました。ちなみに学は「學」という字でした。それ以前に、ソフィスト(知識人)を「賢哲(けんてつ)」、ソクラテスを「賢哲を愛する人」と訳していました。「賢哲」は宋代の儒家周敦頤(とんい)が『通書』の中で「士希賢」とありました。そのため「賢」は儒家の用語として避け、「賢」とほぼ同じ「哲」を使いました。そこで「知を愛する」=「賢(哲)さを希(のぞ)む」」=「希哲」としました。その後、何故か『百学連環』で「哲学」となりました。
 この流れを観ますと、「哲学」は「ソフィスト」の「賢哲=哲」の意味になってしまいます。ソクラテスの「賢哲を愛する人=希哲」ではなくなってしまいます。ソクラテスはソフィストを否定しようとしたのですから、何とも皮肉な結果です。そして現在の日本の哲学のみならず、西欧の哲学が神学になり知識だけの学問になってしまった現状ともすっぽりと重なるかのようです。このように誤訳が判っていながら訂正されていない単語は、色々あると思いますが、「アメリカ合衆国」もその代表例です。USAは「United States of America」で「State」は州や国、政府の意味です。本来の訳語としては「アメリカ合州国」が正しいのです。

-「宗教」の用語

 同じく幕末、明治初期に出来た言葉で、哲学のような単語としては「宗教」があります。先ほど述べたように哲学は誤解の含まれた単語ですし、また難解なイメージがあります。「宗教」も同じく難解なイメージがあり、誤解の含まれた単語です。さらには両方とも西欧の特殊性が含まれた単語でもあります。
 「宗教」は幕末に出来ました。英語で「Religion(レリジョン)」で、ラテン語の「Religio(レリジオ)」から来ました。「Re」は再び、「ligio」は結びつくことです。つまり、「再び結びつくこと」の意味です。何と再び結びつくか、という点に西欧の特殊性があります。それはこの世界を作った唯一神との結びつきです。
「アダムとエバが天国から追放され、神との結びつきが失われてしまったのが現在の人間である」
という前提があるのです。この前提があるから「再び結びつく」という言葉が出てきます。キリスト教の規律で生活を営む修道会も「Religio」と呼ばれます。この言葉の訳語として「宗教」という単語が使われました。当初は、「西欧の特殊性を含む単語」だったのです。しかし、現在は誤訳され、宗門や宗旨、聖道(倫理)を含む一般の単語として使われています。日本人はアダムとエバによる原罪神話や楽園追放などを正確に理解している人は少なく、しかもキリスト教ではありません。「宗教」は誤解の含まれた単語なのです。それゆえ「宗教」を毛嫌いする人が多いのかもしれません。単語だけ嫌いながらお正月に家族で集まり、お盆にお墓参りに行くという宗教行為をするのです。「人は神によって作られた」という西欧の特殊性が、「人は先祖から産まれる」という日本の思想と合わないのです。この真・善・美の違いと私達の生活のサイクルを大切にするなら、「宗教」よりも「宗門」の方が適切な語になるでしょう。こうした単語を1つ1つ大切にするのは、大きく考えを広げる際に重要です。
「宗」、「教」の意味にいきましょう。
「宗」とは「祖先を祭る場所、一族の本家、氏族の中心、主な考え方」
 「教」とは「先生と弟子のやり取り、神や仏の教え、導くこと」
 です。「神との再結合」の意味はなく日本伝統の「ご先祖様を大切にするのを教えること」の意味です。
 「宗教」が明治期に作られたのですが、それまでは「宗門」、「宗旨」、「聖道」、「教門」などと言っていました。宗門の「門」で判るように宗教とは「家全体」で入るものでした。お葬式の形式はどうするか、などの意味合いが強かったのです。聖道は道徳や倫理の意味合いが強い単語もありました。現在の日本と同じく、家全体でどうするか、という視点で宗教が語られていたように思います。現在でも「私は神を信仰していないけれども、葬式は仏教でやってくれ、お墓にも入る」という人が多いのではないでしょうか。これは「宗教」というよりも「宗門」に近い考え方です。
 また、このように哲学と宗教は言葉の意味を深めていくと「人は先祖から生まれる」という点で一緒になるのです。この点は面白いですね。

―「哲学(Philosophy)」の特殊な使われ方

 それでは、「哲学」が最初に特殊な使われ方をしていたので説明していきます。哲学=「Philosophia(フィロソフィア)」は、ソクラテスが特殊な意味を込めて使い出した言葉です。約2500年前の造語が現在まで残っているのですから、驚きます。

ギリシャ語で「Philosophia(フィロソフィア)」は
英語で「Philosophy(フィロソフィー)」、フランス語「Philosophie」、ドイツ語「Philosophie(eの上に(’)コンマ)」でほぼ同じです。

「Philo」=「Philein(フィレイン)」=愛する、欲する、希む
「Sophia」           =知識、智恵

の意味です。本来の意味では「愛知」になります。愛知県の愛知ではありません。後で述べます。名詞である「Philosophia」はソクラテスが使い出しました。また、お金を愛する、として「Philarguros(フィラルギュロス)」や、名誉欲の強い(軍の意味)、として「Philotimos(フィロテイモス)」がありました。また、「ho(ほ)」を付けると「人」の意味になるので、「Ho philarguros(ホ フィラルギュロス)」=お金に貪欲な人、「Ho philotimos(ホ フィロテイモス)」=名誉に貪欲な人=軍人の意味でした。ヘロトドスという歴史家はソクラテスより11歳若いのですが(紀元前485年頃-420年)、「Philosophein」と動詞で使っています。ソクラテスはこうした言語の使われ方の中で「Philosophia(フィロソフィア)」という言葉を使いだしました。
 動詞の名詞化の使用による特殊な使い方は、現在の日本でもあります。「いやし」です。「いやし」という名詞は元々、「いやす」という動詞でした。上田紀行氏が集団から孤立している人を迎え入れる儀式によって集団に戻る行為を「いやし」と呼びました。現代日本で言えば、ニートや貧困層で孤立している人々を盆踊りや廃品回収などの町内行事に参加してもらい、町内の人から声を掛けてもらって、再び社会に戻っていくことになるのでしょう。
しかし、現在では、自分1人で体をほぐす、心をリラックスさせるなどの行為にも「いやし」と使われています。人数を見れば全く反対の意味で使われています。ソクラテスの「希哲学」がキリスト教によって神学になり、「哲学」になってしまったのと全く同じ道を進んでいます。

―「愛知県」の「愛知」の由来
 ちょっと寄り道になりそうですが、「愛知県」の「愛知」の由来を述べておきましょう。愛知県の愛知の語源は「あゆち」と言われています。「あゆち」は「吾湯市」、「年魚市」と書きます。前にも述べたように日本語(大和言葉)は、音に意味があります。ですから、「あゆち」はどちらの漢字でも音を表現してくれれば良かったのでしょう。
「あ」とは、あふれでる、の意味です。「あ」を発音する時に一番口が大きくなることからも、何かが湧き出す、という意味です。
「ゆ」とは、水やお湯などの意味です。
ですから、「あゆ」とは、水やお湯のあふれ出る、の意味で「ち」とは「土地」の意味です。つまり、「あゆち」とは水が豊富にあふれ出る土地の意味です。そういえば、愛知は沢山の川の流れこむ水の豊かな土地です。「あゆち」は古代からの郡名に見られました。
 もう1説あります。「あゆ」=「あしをゆわえる」=「足を結ぶ」という意味で、東国(遠国)へ向かう土地という説です。こちらは有力とは見なされていないようです。

-講義冒頭の内容

担当する2クラスで違う内容があるので、ブログを見ておくように(基本内容は同じです)

前回の学生の皆さんのコメントを読んで
・ローマとギリシャを混同していた
・ジュリアス・シーザーとユリウス・カエサルは同じスペルで違う発音。

を前回のレポートを読んでのコメントを講義冒頭に伝えました。講義内容に戻ります。

-各国の識字率についての解答

 日本の識字率が江戸時代高かった、というのは幾つかの説の内の1つです。これを支えるものとして、江戸での本の出版点数が全ヨーロッパを優に上回っていたことなどが挙げられます。ヨーロッパには沢山の国や言語がありましたが、出版点数、つまり本の出版数が日本の方が多かったのです。『東海道五十三次』や『好色一代男』など有名な本から浮世絵の画集まで多く出版されました。また、明治期に入り福沢諭吉の『学問のススメ』は最終的に300万部売れ、人口3000万人の10人に1人が購入したことになりました。国家が製造販売したのではありません。これらは識字率の高さ、と文字が読める人々の層の厚さを物語っています。さらに現代では新聞の発行部数は、世界の中で断トツですし、出版点数も世界No.1です。インターネットの世界では日本語で書かれた文字が40%に及ぶ、という説さえあります。日本では江戸期から、文字が読める人々が多く、しかも、幅広くあったことが判ります。
江戸時代、寺子屋が識字率を上げたのです。町人や百姓に関係なく文字が読めたのです。ヨーロッパでもイスラムでもインドでも支那でもこのようなことはありませんでした。

―識字率70%の意味

 70%は驚異的な数字である同時に、ある大きな意味を含んでいます。人間の半分は女性だからです。50%を超える、ということは女子教育が行われていた、のを意味します。つまり寺子屋では女子も男子と区別なく教育が行われていたのです。江戸では文字が読めない女性は結婚に不利、などがありました。しかし、ヨーロッパでもその他の地域でも女子の教育は日本より後になります。むしろ文字が読める女性は、生意気、従順でないなどの理由で結婚に不利なる場合があったようです。
 日本では紫式部が世界初の長編小説『源氏物語』を書き、しかも評価され続けて残っているように、女性が文字を書けること、読めること、に抵抗はありません。他国では女性が書いた長編小説は18世紀や19世紀になって初めて出てくる、という歴史的事実があります。
 太田道灌(おおたどうかん)という室町時代(西暦1432~1486)の関東の武将は、江戸城の基礎を作った人です。太田道灌に山吹のお話があります。鷹狩をしていてにわか雨に合い、道灌は農家にいって蓑(みの:カッパのような雨よけ)を借りようとします。すると少女が出てきて山吹の花を一輪出したのです。道灌は山吹の花ではなく蓑を借りたいのだ、と帰ってしまいます。道灌がこの話をすると近臣(部下)は『御拾遺集』の歌を紹介しました。

「七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき」

 蓑(みの)ひとつなき、貧しさを山吹に例えたのではないか、というのです。つまり、

「山吹の花一輪」⇒『御拾遺集』⇒「貧しくて蓑がありません」

という変換がある。というのです。「ありません」というのは相手に申し訳ない、恥ずかしい、から直接言葉にしなかったのです。このような奥床しさは、日本の心です。現在では東京オリンピックで「お・も・て・な・し」という言葉が流行っていますが、その根本になる日本の心です。この変換に触れて、道灌は己の不明を恥じて歌道に精進した、というのです。
 素晴らしいお話ですが、識字率に引き寄せて考えてみましょう。このお話では、関東の現在の東京近辺の農家の娘が、文字が読めた、ということなのです。しかも、農家の娘は本をきちんと読み、意味を正確に理解し、武士という支配階級と知識を共有していたのです。当時、文化の中心は京都、権力も室町という京都でした。その中心から歩いて何日も掛る関東、支配層ではない農民、男性ではない女性が、これだけ立派な文字を読むことが出来たのです。識字率が如何に高かったか、ということが判るでしょう。高木はヨーロッパ史やアジア史などに詳しくないですが、中世に当時の支配層の持つ知識水準を首都から数日離れた場所の、街ではない、被支配層の女性が持っていて自在に使いこなしていた、という話を聞いたことがありません。さらに、もしこの山吹の話が物語であり事実に基づかないとしたら、日本人の真・善・美を表すことになりますから、さらに女性が文字を読めることを認めている物語だということになります。
 これまでも「君が代」の載っている『古今和歌集』や『万葉集』などでも男女関係なく歌が掲載されていることを紹介してきました。この点からも芸術の前では男女が関係なかったことが判ると同時に、女性が文字が読めること、使えることに社会的抵抗がなかったのが判明します。
 明治時代になりヨーロッパ人が多数日本にやってきますが、その内の1人は「日本の強さ、素晴らしさは母親の強さ、素晴らしさだ」といった人がいます。女性が賢く、家庭教育をきちんとするので、日本は立派な国になっている、と言っているのです。現代の私達が聴くべき点が多いように思っています。

―ヨーロッパの義務教育の始まり

 ヨーロッパでは義務教育が始まりました。それは識字率が低く国家のための有能な人間が少なかったから、という理由があります。もう1つの理由として、親が子供を虐待、搾取、使役するからでした。特にイギリスでは大人でも大変な炭鉱労働を親が子供にさせて死亡させるなどが相次ぎました。ヨーロッパの支配層は近代化により文字や教養が求められるようになりましたが、多くのヨーロッパ人の知識レベルは低く、教育に熱心ではありませんでした。そこで、ヨーロッパでは親の虐待、搾取、使役から子供を守るために義務教育としたのです。イギリスでは19世紀末になってやっと子供の工場労働が禁止になり、義務教育が始まりました。ただし、親が貧困のために就学させないことを認めていたので、貧困層の救済にはなりませんでした。子供を労働力としなくなったのは、先進国でも第2次世界大戦以後なのです。それらによってヨーロッパの識字率は向上していきました。
つまり、義務教育は親の使役から解放するために行われ、しかも、社会状況が子供の労働を必要としなくなるまで十分ではなかったのです。ですから、日本の民間の寺子屋に熱心に通って識字率が高い、というのは特殊な事例です。
この識字率が高い、というのは、古代ギリシャのアテナイの自由民やスパルタの自由民(7歳から30歳までの義務教育)と共に、日本における共通点です。哲学を考える前提である社会条件が一致している点です。この点は後々重要になります。

-なぜあなたは大学にきましたか?の解答

 高木は理系に替われないが、文系には替われる、と聞いて理系に進みました。自分の可能性を狭めたくなかったからです。学生の皆さんは色々な解答を板書してくれ、大変参考になりました。しっかりしている学生がいるものです。
 「遊びにきた」という解答も良いかもしれません。というのも、日本では「何かをすることを、遊び」と言い、「何かをしないことも、遊び」というのです。「大学で講義しているなんてすごいですね」と言われたとしましょう。「なに、学生と遊んでいるだけですよ」と答えることが出来ます。「休日に何をしていますか?」と聞かれて、「適当に遊んでいますよ」と返事をすることもできます。「何かをしないことも、何かをすることも遊び」と言えるのです。
 漫画『水古風(ミズコフ)』(1)~(3) はしもとみつお画 グレゴリー作 
があります。この遊びについてさらに楽しく深い内容が描いてあります。高木は漫画が大好きです沢山持っていますが、どうして手放せない漫画の1つです。人生の答えも文字だけではなく、イメージや間も含んであるのかもしれない、と想ってしまう程の作品です。皆さん、それぞれの答えを見つけてください。

―「哲学者」を漢字一字で書くと?の解答

 哲学者は、「真・善・美を求めている人」という意味でした。人から見ていきましょう。漢字では「人」に関係する文字が多くあります。
「人が立っている姿」⇒「人」
「同じく大きく手を広げている姿」⇒「大」
「大きく広げていても余っているものがある」⇒「太」
「人が2人いて仲が良い姿」⇒「仁」
です。同じく天は

「人が頭を上げて空を見上げている姿」⇒「天」

となっています。つまり、天空を見上げて何かを求めている、考えている姿が「天」なのです。「大」の上に一本の棒「一」がついて「天」です。一本の棒「一」があたまを指しています。あたまは、天、つまり真・善・美という現実世界だけを見ていないで、変わらない天を探しているという意味に解されます。私達は現実世界で人の目を気にして、それだけで人生が終わってしまうのではなく、現実世界で人の目を気にしないで生きていける人になれるのかもしれません。それを指してわざわざ「人」と「天」を違う文字にし、真・善・美を強調するために一本の棒「一」を付けたのでしょう。この点で「哲学」=「真・善・美」=「天」となります。
 日本語から観てみます。「天」は「テン」と「あま」と読み、日本語では「あま」と読みます。「あ」とは広がることを指すのは「愛知県の愛知」でやりました。「ま」とは時間や空間のことを指します。つまり、「あま」とは時間空間が、ぷわーーーっという広がりをさします。『古事記』の冒頭に「あまのみなかぬしのかみ」が最初の神として出てきます。つまり、最初は時間空間が、ぷわーっと広がったんだよ、という意味です。次に生成の神である「たかみむすびのかみ」と「かみむすびのかみ」が出てきます。これは後に説明します。他に「アメ(雨)」は「あまからうごくもの(メ)」、「アイ(愛)」は「イノチがぷわーっと広がっていくもの」の意味でしょう。愛するもの、愛する人によって自分が、あるいは自分の感情が大きく広がっていく感覚をさしたものでしょう。講義は「アキ(秋)」に行っています。「キ(気)」は「水分や湿気や見えない力」などを指し、夏はそのキ(気)が充満していました。日本の夏の暑さは湿気や水分が充満した暑さです。この暑さ、つまり暑気(ショキ)が払われて広がっていく=「アキ」なのです。暑気払い、という言葉は「アキ(秋)」と全く同じ意味なのです。確かに秋になると空気から水分が消えて、穏やかになってきて広がりを感じさせてくれます。もちろん、この感覚は、フィリピンやインドやアフリカなどでは感じられない日本特有の感覚です。
 学生の皆さんの解答は素晴らしいものがいくつかありました。やはり、学生の皆さんと共に講義が出来て良かったです。
 
-ソクラテスの愛知

 ソクラテスは、知識を愛する=欲求の愛としました。後にキリスト教の愛=神の愛とは別に使いました。つまり、愛知は「この世の対象」なのです。お酒を愛する、や異性を愛する、と同じ意味でソクラテスは知識を愛する、としました。ちなみにプラトンでは「あの世の対象」となりました。現在、二次元(アニメのキャラや漫画の登場人物)への愛がありますが、これはどちらになるのでしょうか? 面白い問題です。仮想世界への愛はどちらかという問題です。
 ソフィストが知識人を指し、ソクラテスが「無知の知」で対抗しました。古代ギリシャでは高い舞台の上で2人が交互に話して、周りの人々が聴く、というスタイルでした。ソクラテスは相手に「はい」か「いいえ」で答えられるように聴きます。ソクラテスは相手に聞かれると「無知の知」で「私は無知ですから答えられません」と言い、相手にだけ話させて、最後には矛盾を突く、ということをやりました。これがソクラテスの愛知(哲学)だったのです。だから、嫌われていました。嫌味おじさん、と前回言った通りです。現在でも周りにいたら友達になりたくないタイプの人です。この立場を「アイロネイヤー(Irony:アイロニー 皮肉)」と言います。
 私達が持つ哲学のイメージと大分違うのではないでしょうか? 私の大学の時のイメージは「一人で難しいことを、うーん、うーん、と考えている人」でした。そもそも哲学は2人で行うスタイルでした。最初の哲学の本は殆どが会話(「対話編」)です。講義も本来は、1人でするのではなく2人で話しながら進めていくのです。私も何とかそうしたい、と考えて、学生の皆さんから質問を受け付けてブログで返信する方法をとっています。
 さて、以上の説明から他に何が判るか、を書き出してみます。

対象:ソフィスト
対象:聴いている人
目的:知ったかぶりを攻撃
方法:対話
(真の対象:世界観:後の講義で説明します)

 現在でいうと安倍総理を攻撃するために、「フィロソフィア」という言葉を作った、ということです。この言葉が2500年経っても使われているのです。
 対象に「聴いている人」が入っていますが、ソクラテスは聴いている人、つまり聴衆をも攻撃対象としたのです。攻撃対象というのは少し強い言い方かもしれませんが、聴衆に気が付いてほしいからこそ、嫌味を言ったのです。「良薬は口に苦し」の諺通り、「真実をついてためになる助言、というのは耳に痛い言葉」であり、「嫌われる言葉」であるのです。
 ソクラテスは、ソフィスト(知識人)が高度な知識を使って「こうすればアテナイは得をしますよ(周りは損をする)」や「こうやれば簡単になって便利ですよ(周りに迷惑をかける)」と言うのも攻撃しましたが、もう1つ、民主制の中で聴衆がそれを支持して実行するのも攻撃したのです。民衆が日常生活で自分が得をすることしか考えていない、というのは、いつの時代でも同じです。そうした人々がソフィストの政治を支えていたのです。何も自分で調べようともせず、ソフィストの宣伝に乗ってしまうのです。

―民主主義の欠点と「無知の知」

 つまり、民主主義は、宣伝によって、あるいはカリスマ性のある人物によって民衆がひっぱられてしまい、悪いことをしてしまう、という欠点があるのです。そして民衆は失敗しても反省せずに、誰かに責任を押し付けて、次もまた自分たちのことだけしか考えないのです。民主党が失敗したら、民主党が悪いんだ、鳩山元総理が悪いんだ、菅直人は最悪の首相だ、野田総理は売国奴だ、と批判して相手に責任を押し付けてお終いとします。しかし、民主党は民主主義によって私達国民が選んだ政党なのです。選んだ私達の責任はどこかに行ってしまったのでしょうか? ある講演で講演者が「民主党の3年間はひどかった」という話をしました。しかし、私達国民が悪かった、とか、講演者自身が反省して行動を改めなければならない、とか、講演者自身が何となしなくては、と民主党時代に新しい行動をした、という話は聞きませんでした。皆さんの周りの人にもいるのではないでしょうか。つまり、自らを省みないで他人ばかり批判する人々です。全て悪いのは政治家だ、政治家は汚い、犯罪があれば犯罪実行者が全て悪い、という人々です。さらに現在はインターネットでマスコミの嘘が判りますから、ちょっと調べない私達は古代ギリシャの民衆よりも悪いのかもしれません。
民衆は、平和が良い、と口で言いながら常に刺激を求めます。ソフィスト達の口車に乗せられて戦争へと向かったのです。そういう態度をソクラテスが攻撃しようとしたのです。
 第2次ペルシャ戦争が引き分けに終わったのに、アテナイの利益だけを考えた行動をして、同じ都市国家のスパルタとの戦争へと導く民主政治をしてしまったのです。
ソクラテスが以上の主張だけであれば単なる政治家の域を出ません。ソクラテスは民主主義に潜む、あるいは人間に潜む世界観までも攻撃したのです。この点でソクラテスが哲学者と呼ばれる理由ですが、この点は後の講義で説明します。今回はソクラテスが何を対象とし、「無知の知」はどういう風に使われていたかの説明をしました。

―哲学の対象と現在の日本

 そういう訳で哲学は民主主義を対象としています。ソフィストと言われる宣伝する人、それに従いながら反省しない民衆という組み合わせです。もし、対象が民衆ではなく個人であれば、どうなるか、と言えば、

言うことを聴かない。ルールを守らない。暴力をふるう個人 ⇒暴力で対抗。殺害

しかし、集団ではそういう訳には行きません。被害が大きいからです。

言うことを聴かない。ルールを守らない。暴力をふるう「社会集団」⇒考え方を変える。政治を変える。

 皆さんの身の回りに、言うことを聴かない、ルールを守らない、暴力をふるう個人はいないでしょうか? 私は大学院時代に丁度インターネットのチャットルームが大流行していました。私もチャットに入り日本全国に友達が出来ました。現在では数少ない人だけがつながっていますが。そのチャットルームでは、当時は個人が特定できないという幻想があり、好き放題する人が出てきました。また、日常生活では表に出てこない面が出る人、日常生活で他人と交流するのが苦手ない人もいました。するとチャットルームは、そういう混乱させる人を軸にして、懲(こ)らしめようとする人、何とかしようとする人、などを中心に一致団結します。解決するとダラダラっとなっていまいました。第2次ペルシャ戦争の後のアテナイに似ているなぁ、と想っていました。そんな風に民主主義、つまり全ての人が平等な発言権と自由な発言が出来る場になると混乱し、先導する人に多くの人がついていくというのは変わらないのが実感できました。しかし、その混乱させる人が実は、真・善・美というもので全員の考え方が悪い、このままでは駄目だ、と言ったらどうでしょうか。その言葉が真実をついているのだとしたら、嫌味をいうおじさんとして嫌われるでしょう。それがソクラテスです。民主主義であるからこそ、真・善・美が通らない、という結果が良くあることなのです。政治学の用語では「多数者の専制」と言います。

-哲学者と民衆の違い

 では民衆とソクラテスはどこが違うのでしょうか? 

民衆 :自分のことを反省しない 日常生活のことだけ考えている 
哲学者:自分のことを反省している=「無知の知」 真・善・美(普遍)を見ている 

 私の講義中に喋る人がいます。そういう時に「なんだ、俺の講義を聴かないで、あんな奴らは退席処分、あるいは成績を不可にすればいい」という自分のことを反省しない態度があります。他方、「そうか、喋るのは私の伝え方が、講義の方法が不十分だからじゃないのか?」という反省する態度もあります。私達は生きていく中でどちらの態度を大切にすべきでしょうか? 
 もう1点は、日常生活のことだけを考えているか、それともいつの時代でも変わらない普遍を考えているか、です。日常生活は欲や感情が中心です。あの人に良く想われたい、お金が欲しい、いい家に住みたい、人を私の考えるように動かしたい、と。しかし、それらは時代が、社会が変われば変化するものです。感情も常に揺れ動くものです。好きという感情は4年も経てば弱くなるものです。民衆が感情にまかせて政治をすることを何とかしたい、と考えて、ソクラテスは時代や社会に関係のない、真・善・美を求めました。
その意味ではソクラテスはあくまで目の前の、つまりこの世にあるアテナイを何とかしたい、と欲したのです。哲学を特殊な使い方をした、と前に説明しましたが、この点を強調したかったからでしょう。そして深めていきました。哲学者と民衆の違いは、自省と普遍です。私達は自分の成績や職の良し悪しだけを考えていないでしょうか?

-真・善・美とは

 古代ギリシャで真・善・美とは当然、神のことです。神がいる世界が天空の世界です。天空までは一定の距離にあると考えられていましたから、あとは角度が判れば天空の世界の動きが判る、と考えられていました。古代ギリシャではsinθ cosθ tanθなどの考え方が出てきました。これは地上から天空まで一定の距離なので後は角度が大切である、という考え方です。他にも角速度などもあります。
 他には四季の移り変わり、太陽が昇り沈むなどもそうです。考えてみれば「毎日日が昇る」、「途中で停止しないで沈む」というのは不思議なことです。現在は中学校の理科できちんと天体の動きを習いますが、そうでなければ、あるいはそうであっても「太陽の運行」や「四季の移り変わり」は不思議なものです。そしてそれに合わせて花や木々、動物までもが活動できるのですから、不思議です。そういうものを決めている存在者があるに違いない、それが神様だ、というのです。キリスト教の神様とは全く異なる神です。古代ギリシャの星占いが人間の運命を決めている、というのも、神様が私達の世界の動きを決めているからだ、と考えられていたからです。神が世界全体、宇宙全体をコントロールしているのは何時までも変わらない、つまり普遍(どの場所、いつの時代でも同じ)性を持っていると考えたのです。
 人間の日常生活という変化するものに依存しない、普遍性を持った神様を意識したのです。そうやって、民主主義で悪くなったアテナイを立て直したかったのです。その意味で、真・善・美はこの世を何とかいい方向に導こうという関心に基づいたものでした。少し難しくいうと実践的関心です。この実践的関心はプラトンに引き継がれますが、プラトンの弟子たちは、抽象的関心へと移っていきます。晩年のプラトンはプラトン自身のイデアの考え方から、実践的関心を切り離して、抽象的関心へと向かうのを批判しています。そしてこの抽象的関心が、後年、キリスト教の神と結びつく一因になるのです。
 日本でも皇室の神様、日本人の皇祖皇宗(こうそこうそう)は天照大御神(アマテラスオオミカミ)です。先ほど述べたように最初に登場される神の名前は「アマノミナカヌシノカミ」です。両柱(神様は柱で数えます)とも「アマ」が入っているのです。アマとは時間空間の広がりを指します。つまり、世界全体、宇宙全体を指すのです。古代ギリシャの世界全体、宇宙全体を統べる神様達ととても似ています。そして「問「哲学者」を漢字一字で書くと?」の解答ともつながります。つまり、世界全体、宇宙全体を統べる存在者=神であり、四季の移り変わりや太陽の運行という普遍性を持つものを真・善・美と呼び大切にするのです。そしてそれによって人間世界を、日々の生活を何とか善くしよう、と考えるのです。それが哲学であり、日本の神道ということです。この点ではぴたりと一致します。一致しない点は今後述べていきます。

 真・善・美に触れている人=哲学者
 真・美・美に触れられる人=天子
 真・善・美に触れられる人=天皇

 真・善・美に触れていない人=民

 例えば小説家で、「登場人物が勝手に動いて話を作っていく」ということを言う人がいます。何やら天の方からアイディア(プラトンのイデア)が降りてきたという感覚だったのでしょう。私も少しだけ小説を書いていたのですが、突然書くようになりました。同じような感覚がありました。
 他の例として、講義中に眠たくなったとしましょう。その時、「先生が真・善・美の話をしていないから知識だけで退屈だなぁ」というとその学生さんは哲学者です。対して「私はさぼりたいなぁ」という自分の欲だけで判断しているのは民、になります。自分のことや周りの世界しか考えていない人が民です。ソクラテスの考え方は現在の日本でも通じているのです。

-哲学と別の見方

 少し時間が余ったので少しつけたしました。哲学が出てきた時代にはなかった視点です。
日本猿はボスが手下に発する音が「お」であり、手下がボスに発する音が「あ」である。「お、○○くんこんにちは」、「あ!○○先生、こんにちは」と言いませんか? これを利用すると相手が無意識に自分についてどう考えているか、が判るかもしれません。動物行動学という学問の考え方です。手に取りやすい本としては以下の本がお奨めです。

 日高敏隆著『人間はどこまで動物か』 新潮文庫 420円
 アラン ピーズ (著), バーバラ ピーズ (著)『話を聞かない男、地図が読めない女』 主婦の友社 700円

他にも日本猿の研究関係の本や、リチャード・ドーキンス著『利己的な遺伝子』(私は大筋に批判的です。「遺伝子」がDNAではなく社会的な意味で使っているので)などがお奨めです。

同じく動物行動学では、女性がおしゃべりな理由、女性が服や化粧に金を書ける理由が二本足で歩いているからである、などがあります。また、全ての人間が母の胎内で3か月目まで女性であることから、色々な人間の行動に影響を与えていると説明します。講義での内容は割愛しますが、古代ギリシャにはなかった考え方があります。次の講義録「哲学6-2 学生コメント集」の終わりに少し説明があります。

それでは最後に感想です。

問7 感想

「つまらなかった」、「面白かった」の感想がありますが、「どこが」を書いてください。そうしないと工夫しようがないですから。

以上で講義内容は終わります。
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