講義録10 「福島原発事故での希望 公平な捉え方と見えてくる事実 サラリーマンと覚悟のある人の違い 最大の希望」

(文意不明、文末の言い回しミス、誤字脱字は沢山あると思います。ご了承下さいませ。また、講義内容に大分加筆しています。)

 今日は、福島原発事故の3回目です。

 今回は、「福島原発事故で見えてきた希望」を幾つか述べていきたいです。
それは、福島原発事故以降、原発否定、原発停止一色になり、さらにニュースが暗くなったからです。

 「人を呪わば穴二つ:人を呪う人は自分も墓場に行く覚悟をする必要がある」

 という諺の通り、「悪口や悪いニュースを聞くとどんどん気分が悪くなる」ものです。これは前回述べた「言霊(ことだま)」という言葉で日本人は捉えてきました。こうした捉え方は、現在多くの国々で見られるような気がします。
 もう1つ取り上げる理由は、原発推進から原発停止へと180度変化するのが危険であり、工学的安全を捉えられないからです。日本を代表される河合隼雄さんは、『こころの処方箋』の中で以下のような言葉を発しています。


「人間が変化する場に立ち続けていてまず思うことは、『一番生じやすいのは180度の変化』。」

 その後、「例えば、アルコール依存症の人が、ある日からピタリと酒を止める。皆が感心していると、ある時にまた逆転してしまう。」と続けます。今回の福島原発事故で国民や新聞では一気に180度の変化が生じました。しかし、これでは問題の本質に迫っていけません。また、全てを総括して原発推進、原発停止、という議論では安全対策が出来ません。
 その第一歩として、私は、原発推進、原発停止という事実が積み重なっている現状において、また講義において希望を見つけ出したいと思いました。「推進と停止の両面から観ることが公平さにつながる」という立場を講義で示していきたいと考えています。昨年までは原発推進が日本国全体でしたから、原発停止を訴える内容が多かったです(2回後に行います)。
 講義で希望を述べていく理由は以上の2点からです。

 さてさて、また前置きが長くなりました。チャートに行きましょう。

 「福島原発事故での希望」
   ↓
 「公平な捉え方と見えてくる事実」
   ↓
 「サラリーマンと覚悟のある人の違い」
   ↓
 「最大の希望」
 
 配ったプリント4枚表裏(B4): 2枚それぞれ表裏
A)新聞の切り抜き(10-1に内容を具体的に)
B)宿題の回答実例(教員)
 前回このブログを紹介して以下の「講義で使用する動画」にある4本の動画を見てくるように指示
 http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-26.html
 曖昧な指示であったが、ほぼ90%前後の学生がやって来てくれた。また内容に関して教員の回答実例をほぼ変わらない学生も1割前後あった。1週間の期限で問い合わせも行えない(大学に出講するのは週に1回のみ)中でこれだけの成果があった。意識の高い、意欲の高い学生に恵まれたことに感謝したい。以下教員の解答実例。「講義録10 動画メモ」としても掲載 http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-31.html

 長いので終了後10-1へ



①民放TV 初の福島原発内部の動画、初の福島原発所長インタビュー、現在の作業現場の映像
http://ceron.jp/url/www.youtube.com/watch?v=dEUh7_1i_dg

A)免震重要棟内部の映像
(Weblio辞書 新語時事用辞典より) 読み方:めんしんじゅうようとう
東京電力が原発などに設置した、発電所施設において震災などの災害が発生した際に対策本部を設置する目的で建設された建物。
免震重要棟は鉄筋コンクリート造で免震構造になっており、会議室、通信設備、電源設備、空調設備などがそなわっている。震度7の地震が来ても、震災後の初動対応に支障を来たすことがないようになっている。
免震重要棟は新潟県中越沖地震の教訓として建設された。新潟県中越沖地震では、緊急時対策室として使用された建物入室扉が開かなくなり、初動対応に支障を来たしたという。2011年3月に発生した福島第一原子力発電所の原発事故対応では、現場職員が待機する作業拠点として免震重要棟が使用されている。
B)津波でトラックが地面に突き刺さる
C)青山繁晴原子力委員会専門委員が撮影
D)青山委員は防災マスク着用
E)免震重要棟の出入り口に出入管理所あり。係員の開閉。外側と内側の扉が同時に開かないように厳しいチェック。マスクや手袋などを外す。
F)福島第一原発所長は吉田昌郎氏
G)免震重要棟の2階が緊急時対策本部。24時間体制。6台のテレビ、大型スクリーン3台。最悪時、600名。夜240~250人
H)作業員の就寝場所は福島第2原発。
I)原子炉建屋近辺に緑多し。
J)2号機は上部吹き飛ばず、3号機は吹き飛ぶ。コンクリートポンプ車による注水。
K)3号機は放射線量が高く外出できず
L)4号機の搬入口は津波でがれきが散乱。
M)飛散防止材が近隣にまかれている。
N)フェンスが津波で全てなぎ倒されている。
O)内部が全て津波でむしり取られがれきが散乱している。
P)高線量の汚染水ホースが鉛で遮蔽(しゃへい)されている。
Q)2号機と3号機で水蒸気が出ている。
R)吉田所長がTVの前で初めてコメント
S)2号機の高い汚染水を集中ラド(集中廃棄物処理施設)に送る作業が開始された。
T)津波が発電施設の中まで入ってきた。
U)来年の1月までに冷温停止が工程表に盛り込まれている
V)発電所が海から近い。
W)格納容器は津波でずれていない。
X)作業員が20代から60歳過ぎまで。
Y)吉田所長は防潮堤の必要性を強く主張して、造る段階に至っている。

②民放TV 原子力委員などの専門家 3月19日の解説と今後に向けて
1. 日本の原子力発電所は地震で倒れてもよい設計である。=新潟の地震と福島の地震
2. 浜岡原発は東海地震の震央地に作られた。
3. 2007年新潟の柏崎刈谷原発で炉の中で何かが倒れて放射線が漏れた
4. 原子炉とは関係ない建物で火事
5. 「原子炉から放射性物質は漏れない」→「漏れたけれど害はない」と説明を変えた。
6. 地震で漏れたことを反省し、対策を取らなかった。
7. 原子力推進は原子力委員会、原子力の規制は原子力安全委員会。経済産業省に原子力安全・保安院が後から出来る。日常的なチェックをする。当時はこの構造が殆ど知られていなかった。
8. 設計ミスが分かった場合に原子力安全・保安院は訂正を認めなかった。
9. 放射性物質が漏れても原子力安全・保安院は謝罪しない。
10. 最終的な管理責任は原子力安全・保安院にある。
11. 地震学者は予想外でした、と述べた。
12. 地震学者を元にした建設会社には責任ない。
13. 建設会社を元にした運転会社(東京電力)に責任ない。
14. 地震対策や津波対策を総合的に考える部署がない。
15. 放射性物質はガスやミスト(霧)だから風向きで広がる
16. 朝のNHKで原子力発電所側の風向きを測っていない、と言っている。
17. 風向きの計算のことを国民に公開していない。
18. 付近住民にオートバイとヨウ素剤配布の提言を認めなかった。
19. 「原発は安全」と考えて「事故対策」を行わない。
20. フクオカ(福島?)第一発電所の所長に武田邦彦先生は逢ったことない。
結論は以下
(巨大技術の所長は覚悟がある人ではないと出来ない。それは「万機公論に決すべし」のような人が必要である。)
「万機公論に決すべし」:「五箇条の御誓文」(明治天皇宣布1868年)第一条にある言葉。天下の政治は世論に従って決定すべきである。
問 サラリーマンと覚悟がある人の違いは?



③NHK 原発導入の歴史 
昭和27年(1952年、日本国の主権回復。GHQ廃止)
(ア) アメリカは1940年代後半から50年代放射能の影響を調べる人体実験が行われていた。「プルトニュウムの人体への注射」、「ベータ線に対する皮膚の反応」
(イ) 1954年3月1日水素爆弾ブラボーの実験で第5福竜丸の乗組員が被曝した。3回目の被曝事件。
(ウ) 第5福竜丸事件で反米感情が強まった。放射能パニックが起こった。
(エ) 原子力導入に第5福竜丸事件が関わっている。
(オ) 柴田秀利日本テレビの重役は、日米の政財界と交流し、反核感情に染まる日本に原発を導入するシナリオが作り上げられた。
(カ) 1953年8月12日ソビエトが実用的な水爆実験、初めてアメリカに先んじる。
(キ) 原子力の情報を機密からオープンにするようにアイゼンハワーが国際原子力機関(IAEA)を提言。天然ウランや濃縮ウランの核物質をそっくり預けて平和利用する。
(ク) 核の平和利用と核兵器配備は同時に意図された。
(ケ) 1950年台、核の脅威を米ソが宣伝していた。
(コ) アメリカの核の平和利用を新聞やTVを通じて宣伝機関USIS。
(サ) 日本は如何なる核の使用にも反対していた。
(シ) アメリカは秘密裏にビキニ環礁での水爆ブラボーを計画していたが、第5福竜丸によって知れ渡った。
(ス) ビキニ近海のマグロから放射能が検出。雨からも微量検出、野菜や牛乳へもパニックが広がった。
(セ) 日本人の原爆アレルギーが共産党の巧みな政治運動と化した。
(ソ) 柴田は読売新聞社主正力松太郎の懐刀になった。
(タ) 柴田は日本人に心理作戦略を行い政府高官と情報交換するD.S・ワトソンと交渉した。
(チ) ワトソンは、パキスタン、香港、ベトナム(いずれも共産主義とアメリカの紛争地)に赴任した。
(ツ) 柴田は首相官邸の要望を受けて、TV局の重役とは異なる提案をした。
(テ) 核の平和利用計画が第5福竜丸事件の過剰な反応ぶりで支障がきたす可能性がある。日本に対する心理作戦計画を練り直す。(成功しましたか?)
(ト) 日本では大きな新聞を押えることが大切。1日に最低3紙に目を通して自分の意見を組み立てる。(今は?)
(ナ) 正力松太郎は元内務省警察官僚。読売新聞を5万部から部数を伸ばし日本有数に。日本初の民間テレビ局日本テレビを創設。
(ニ) 原発を導入するのは日本国内にエネルギー源がない(日本が大東亜戦争に突入した理由)。
(ヌ) 正力松太郎は、「(貧困による)共産化を防ぎたいから原発を導入する」と語った。
(ネ) ホワイトハウスの文書「漁民の病気の原因は放射能ではなくサンゴ礁の化学作用であるとする」(今の中国の毒餃子事件の方針と同じ)
(ノ) 第5福竜丸の対応策失敗で左翼が日本を乗っ取る危険性が生まれた。
(ハ) 民間使節を迎えて原子力の平和利用を日本の資金、企画で行われた。
(ヒ) 原子力潜水艦ノーチラスがジェネラル・ダイナミクス社で1954年に作られた。
(フ) ジェネラル・ダイナミクス社社長ホプキンスを原子力平和使節としてやってくる。
(ヘ) 読売新聞と日本テレビが原子力平和使節受け入れの大キャンペーンを展開し、政府も協力。
(ホ) ソビエトが原子力発電所を作り諸外国に協力すると表明。
(マ) それを受けてアメリカが国際管理案を棚上げし、2国間協力に切り替える。
(ミ) 濃縮ウランを外交カードにしてアメリカの支配下にすることを目指した。
(ム) 「第五福竜丸事件のせいで日本人が神経過敏になっている」とジョン・ポール(悪いと思っていない)。
(メ) ウラン入手のめどがつかないのに2億円3500万円超予算が付く(国家予算1兆407億円。現在の90分の1。なので現在の212億相当)
(モ) 濃縮ウランの打診が日本国政府にあったが公開しなかった。3ヶ月後にスクープ。
(ヤ) 3日後ソ連が共産主義5カ国に援助を発表。核のブロックを作ろうとした。
(ユ) 受け入れ反対の科学者は反米主義で自主開発を主張した。
(ヨ) アメリカと英国では軍事と平和利用の区別がない。
(ラ) 学術会議では思想傾向が調べられた。過半数を超えない。
(リ) 正力松太郎は富山2区から衆議院議員に当選。公約は「保守合同による政局の安定と原子力の平和利用」
(ル) 正力松太郎は原子力平和利用懇談会発足(1955年4月28日)、代表世話人になる。
(レ) 原子力平和利用懇談会発足、経団連や重工業や学会から大勢が参加。
(ロ) 1955年水力発電の発電量は限界に達していた。
(ワ) 火力発電所もコストが高く新たなエネルギー源を探していた。
(ヲ) 正力松太郎はアメリカからのデータで原発は経済的、「死の灰も活用できる」と説明。
(ン) アメリカ国家安全保障会議の方針「向こう10年間は経済的には期待できない。しかし、ソ連にリーダーシップが奪われないように日本をターゲットにする」。
1-ア) 使節団にはホプキンスやノーベル賞受賞の物理学者ローレンスが含まれ鳩山首相などと会談を重ねる。
1-イ) 使節団の大講演会は人気を博し、街頭テレビが置かれた。
1-ウ) この当時はまだ原子力発電は発電に至っていなかった(夢物語でしかなかった)。
1-エ) 平和利用で反核=共産主義の流れが消えた。
1-オ) 第5福竜丸事件から1年3ヶ月後日米原子力協定締結(仮)が締結し、濃縮ウランが提供される。
1-カ) 正力松太郎は第3次鳩山内閣で原子力担当大臣、初代原子力委員長になる。
1-キ) 正力松太郎「米ソ冷戦時の崇高な使命=原子力発電導入」とアイゼンハワー大統領に手紙を書く。
1-ク) 茨城県東海村の原子炉が動くが、発電は昭和41年から。
1-ケ) アメリカは39カ国と原子力協定を結び、ソビエトに対抗。軍事利用を禁止して核ブロックに取り込む。
1-コ) 核実験の反対運動は核の平和利用によって打ち消されていった。
1-サ) その後、IAEAが発足、大国の核保有を認め、核の軍事利用を禁止するのを目的とする。
1-シ) 日本は高速増殖炉を導入しようと動き出す。
1-ス) アメリカは1979年のスリーマイルの事故以来、新たな原発の発注をしていない(オバマ大統領は新規発注計画を発表)
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