哲学5-1 古代ギリシャの全体像


本日の講義の内容を先に問として出します。

問1 現在の日本は江戸時代(100年前)より善い?悪い? 理由も
問2 日本語はどのくらい昔に出来た言葉?
問3 古代ギリシャについて知っていること
問4 民族を保つために何が必要? 必要なものに○をつけてください。
   項目:土地、ことば、文字、宗教、道徳、正義、物語(神話)、純血、異性愛、
男らしさ女らしさ、軍隊、歴史、王、食文化、法律(憲法)

高木の回答 学生の皆さんにも発表してもらう。
問1 両方 医療の発展、平均寿命の長さ と循環型社会や安定社会と高い文化
問2 約1万年前
問3 オリンピック、星座占い、都市国家、哲学者
問4 ことば、宗教、物語 (道徳も)

―問1 現在の日本は江戸時代(100年前)より善い?悪い? 理由も
 両方あります。善い面と悪い面と両方を見てもらうのが大切なので、両方としました。江戸時代にあるお坊さんが日本全国を旅行した日記があります。色々な家に泊めてもらったり、野宿をしたりしているのですが、1度も窃盗や強盗にあっていません。時代劇を見ると盗賊や山賊が出てきますが、本当は出てくる場所が限られていたのかもしれません。あるいは、お坊さんを襲ってはいけない、という高い倫理があったのかもしれません。
 他方、平均寿命が30歳強の江戸時代は、幼児の死亡率が高かったからです。また、五臓六腑という言い方がありますが、人間の内臓はもっと沢山あります。しかし、人間の死体を、肉体を解剖することがなかったので、『解体新書』まで、医療に限界がありました。ですから、医術は仁術という言葉がありました。つまり、医者は親が子供を思うように患者を見ることである、という気持ちが大切という意味の言葉です。現在でも「病は気から」と言います。もちろん気からなのですが、重度の病気は治せなかったのです。もっとも西欧もパスツールまで殺菌という概念がなく手術の死亡率は極めて高かったのですが。
 以上のように両方あるということです。

―問2 日本語はどのくらい昔に出来た言葉?

 日本語の言葉はどのくらい昔に出来たか、です。
言葉ではなく、文字を見てみましょう。文字の漢字は支那から来ました。漢字の「漢」は支那の王朝の名前です。支那では王朝が変わると漢字も一部変え、読み方も若干変わります。漢の時代に来たから漢の文字で漢字です。ただ、読み方は、ずっと後の時代の唐の時代の読み方などが主流です。同じ漢字でも読み方が若干違うのは王朝が変わることで漢字の読み方が変わる、という支那の歴史のためです。東京オリンピックが決まりましたが、その前は北京オリンピックでした。「北京」を「ペキン」と発音する時代に来て、日本では「ペキン」と発音しますが、現在の発音は王朝が変わり「ベイジン」という発音になっています。もちろん漢字が伝わった時代は「ホッキョウ」という読み方でした。前回述べたように漢字は、作られた時期が比較的近いので(西暦紀元前2000年程度)なので、文字の発明が独自に起こった、という点には学術的に疑問符が付けられています。

では、ことば、つまり音の部分は何時出来たのでしょうか。『世界言語の中の日本語』によると日本語は約1万年以上前に作られていたことになります。
:松本克己著『世界言語のなかの日本語 日本語系統論の新たな地平』 日本語の系統論の革新をもたらしたと言われる本です。

ヨーロッパの何倍も広いアジアで最古の素焼きの皿が出てきたのは日本で1万4千年前です。ですから、当時から音としての日本語を話していたとしても不思議ではありません。ただし考古学は発掘によって何度も学説が置き換わっていますから、此処で書いている内容も置き換わる可能性は大きいです。また、日本列島に人類が住み着いたのがそれより1万年程度前です。ちなみに、ユーラシア大陸の言葉、支那やウラルアルタイ語族などは1万年より比較的近いと言われています。日本では日本語は支那や南方から伝来して合成された言葉である、という学説がありましたが、以上のような事実からして、どうもそうではないようです。また、日本語は孤立語であり、近隣に似ている言葉のない言語体系を持っています。ですから、支那やウラルアルタイ語族などが後からやってきて数々の言葉が滅ぼされていったのではないか、とさえ推測可能です。
近代に入っても日本語の言葉と漢字とのずれは残っていました。例えば名前ですが、坂本竜馬という幕末期に活躍した浪人は、「坂元」や「阪本」など色々な文字で表現しています。大切なのは日本語の言葉、つまり「さかもと」という音なのです。このように日本語の言葉を大切にする、という風習は明治時代になって漢字を整えるまで続きました。ここから判るのは、日本語では言葉=「音」に意味があり、大切である、という側面があることです。私達が日本の来歴、あるいは日本の真・善・美を汲(く)み取ろうとする時、日本語の言葉に注目する、という点を忘れてはならないのです。

雑談:
① 寒さ対策のために粉末しょうがをラーメンや汁に入れる、ひと冬500円。
② インフルエンザ注射は統計上、害の方が多いという医療の専門家の本が出ている。リスクのない生き方はない、がリスクを比べならが考える生き方はできる、という話。
③ 腰痛になったら良い椅子を買おう。引っ越して部屋に余裕が出たので中古3万円(定価12万円)の椅子を買ったら腰痛が良くなった。

大学の図書館に「日本について」の特設コーナーがあった。その中に日本語が何時出来たか、の最新の学説が載っている本がなかった。他方、日本が何時出来たのか? 誰が創ったのか?というのを大学生のみならず大学院生も殆ど知らない、と書いてある本があった。
:竹田恒泰著『日本人はなぜ、日本のことを知らないのか』 講義の内容を深める本。勉強になりました。

 竹田氏は慶應大学で教えているので、慶應大学生も知らないということになる。また、本では考古学と神話を比較してあり、日本のことが良く分かるので読んで欲しい。ニコニコ動画で配信していると教えてもらったので、見てみると確かに配信していた。そちらも良ければどうぞ。
 私は高校卒業式の後、友人がアメリカに1年間留学していたので10日間ほど遊びにいった。普通はアメリカかぶれかアメリカ嫌いになるが、私は「日本のことを知らないなぁ」と感じた。そこで全都道府県を回ることを決める。もう1つ決めたことがあった。それは1年間に本を100冊読むことだった。嫌いだった父が「100万円の車に乗ってもたいしたことないが、100万円分本を読めば凄いぞ」と言った。聞いた時は「うるせい!」と返事もしなかったが、独り暮らしで考える時間があり、後に「なるほど」と思い直した。夏休みに2冊くらいしか読まなかった。秋休みから冬休みに古本屋に行って、なるべく薄い本、なるべく安い本を買った。詩集や字の大きい本は時間が掛からずパラパラと読めた。早稲田や神田にいって1冊10円、100円の本を買ってきた。当時は100円ショップがなく、秋葉原の駅ビルの中にあった100円ショップの走りで中華スープ4人前を100円で売っていた。わかめと卵を入れて鍋一杯に中華スープを作ってごはん3合に掛けて食べた。1日1回の料理だった。秋葉原の帰りに神田や早稲田の古本屋に寄った。50冊かって3000円くらいで、1回の飲みを我慢すれば50冊のぼろぼろの本が手に入り、自分の決めた目標をこなした。パラパラとめくっても全然頭に入らなかったが、2年目になると1,2冊は「お、面白いぞ」という本が出てきた。3年目は5冊くらいしっかり読んだ。記憶に残っているのは、渡部昇一氏、山本七平氏、西尾幹二氏などであった。渡部昇一著『腐敗の時代』は今でもよく覚えている。私は2年留年しているので結局大学時代600冊以上の本を読み(繰り返しも入れて)、それが私の基本となっている。高校時代は星新一以外に殆ど本を読んでいない。学生の皆さんの多くは1年生で、大学生活は後3年半ある。目標を決めてこなしていく、というのに取り組んで欲しい。先に目標を決めると厳しいが、私も1日8冊読んで頭がくらくらするぐらい疲れたが、後々役にたってくる。読むのが嫌ではなくなってくる。
 
―問3 オリンピック、星座占い、都市国家、哲学者
 
 オリンピックですが、陸上競技は左回りに走ります。どうしてか、というと諸説ありますが、オリンピックは神に捧げる祭りでした。戦争中でもオリンピックになると戦争を中断してお祭りをした、という話も残っています。その神様の住む世界が天空の世界でした。天空の世界は北極星を中心として左回りです。ですから、神様に捧げる祭りなので、神様と同じ動きをするのです。第1回の近代オリンピックでは右回りでしたが、左回りになりました。しかし、神様に捧げることが善い、と考えるならば、陸上競技は左回りでなければならないのです。現在は全て左回りになっています。この善い悪いの問題は思想の問題です。
これに対して、右足が強いのでタイムが伸びる、あるいは心臓が左にあるから、などの捉え方は即物的な物質の問題です。問題の捉え方は、即物だけでなく思想の問題という段階もあるのです。
星座占いは、現在では全く科学的根拠がないことが判っています。即物、つまり物質の問題としてはありえません。そもそも古代ギリシャ人が考えていたように天空は地上から等距離にないのです。しかし、神様が私達の生活を支配している、誰が結婚するか、誰と恋に落ちるか、などをコントロールしている、という思想の問題は残っているのです。血液型占いも自然科学的な根拠は一切なく100年以上前に否定されています。思考や感情の元となる脳内に血液は流れていないのです。しかも、南米にはB型が98%の国があります。しかし、全員の正確は違うのです。これは社会的なコミュニケーションの道具として血液型が日本で有効であるから使われているのです。思想とは違う問題の捉え方です。
都市国家は日本には馴染みのない感覚です。静岡市、浜松市は中心に城はありますが、その城の中に生活するのは、大名くらいなものです。みな、城下町に住んでいました。しかし、支那でもギリシャでも大きな壁の中に全員が住んでいたのです。これは異民族からの戦争が日常的にあったからです。特に、チンギス・ハーンが中東から攻城兵器を学ぶまでは、大きな壁は騎馬民族に対して有効な防御兵器でした。騎馬民族からの戦争を常に仕掛けられていなかった日本には都市国家は発達しなかったのです。ちなみに、騎馬民族は20世紀に入っても戦闘の有効な兵器でした。日露戦争でもコサック騎兵は日本の皇軍を苦しめました。
哲学者については、今後述べていきましょう。哲学者としてソクラテス、プラトン、アリストテレスの名前は覚えて下さい。

―問4 民族を保つために何が必要? 必要なものに○をつけてください。
  項目:土地、ことば、文字、宗教、道徳、正義、物語(神話)、純血、異性愛、
男らしさ女らしさ、軍隊、歴史、王、食文化、法律(憲法)

日本は最も古い国であり、かつ技術水準が世界最高レベルであり、人口も1億人を超えるという異例の国です。また、日本では情報がある程度歪(ゆが)められていますから、日本に対する自己イメージや、自分自身に対する自己イメージ、親に対するイメージなどもゆがみが生じています。そこで古代ギリシャを比較すると日本が相対化して見えるのです。 
日本では土地は確固たる固定資産と考えられていますが、古代ギリシャ人はこの後述べるように、土地への執着を捨てて生き延びてきました。あるいは、同性愛が異性愛よりも純度の高い愛である、と考えられていたのです。さらに、古代ギリシャ人の血を守り、現地人との結婚を否定するような生き方もとりませんでした。軍隊も傭兵が主な軍隊であった都市国家もありました。先ほど少し述べた本によると、ことばは5万年以上前に誕生し、文字は数千年前に過ぎません。文字の前に民族があり、保たれてきたこと日本人でも古代ギリシャ人でも同じです。その場合、語り部、と言われる物語でことばを伝えてきたのです。古代ギリシャではホメ―ロスの叙事詩『オデュッセイア』が有名です。トロイの木馬やナウシカ姫が出てきます。古代アテネには民主制国家もありました。以上のことを考慮すると、ことば、宗教、物語 (道徳も)としました。この問題は特に、意見の分かれる所ですから、よくよく考えてみてください。

―人類の歴史、ことばの歴史、文字の歴史

 ここからは、古代ギリシャの前の歴史として人類の歴史、ことばの歴史、文字の歴史を簡単に述べていきます。

―人類の歴史
 人類はアフリカから約4万年前後で世界中に散らばりました。アメリカ大陸にはもっと遅く、最も遅いのはオーストラリア大陸と南アメリカです。ユーラシア大陸には馬があり、アメリカ大陸やオーストラリア大陸には馬がありませんでした。馬によって広いユーラシア大陸の数々の技術や商品は交流を重ね進歩のスピードが速くなりました。対してオーストラリア大陸やアメリカ大陸では技術のスピードがそのままだったのです。ですから、ヨーロッパ人はアメリカ大陸やオーストラリア大陸を技術で支配できたのです。ジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄』という本にさらに詳しく書いてあります。
:ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

 また、この本によると技術として、銃や病原菌(病気への耐性として)や鉄が主に挙げられています。ここで重要なのは馬という動物の存在です。ユーラシア大陸の中央部は草原が多く騎馬民族が強い力を持ちました。その騎馬民族が、東は支那やベトナムへ、インドを始めヨーロッパへと数千年間、何度も何度も侵攻しました。そしてその侵攻の仕方は、平和的服従を許される場合もありましたが、多くの場合はその土地に住む人々の全滅となりました。現在イングランドに住んでいるアングロ・サクソン人は、元はアングロ人とサクソン人でした。ポーランド北部に住んでいたと言われますが、騎馬民族の侵攻によって遠くグレートブリテン島に民族全体で避難したのです。そしてアングロ人とサクソン人は現地に住んでいた民族を滅ぼして土地を手に入れたのです。もちろんその滅ぼされた人々も前に住んでいた人々を全滅させたのです。馬によってユーラシア大陸の中央部から常に騎馬民族が押し出していく、というのが16世紀までの世界史です。もちろん、支那でも同様です。周王室は異民族の秦(しん)によって滅ぼされ、その後、庶民の出である劉邦が漢という国を作りましたが、漢も騎馬民族に平和的従属によって約300年続きました。その後、騎馬民族は何度何度も支那を支配し、蹂躙(じゅうりん)続けました。現在の中華民国、中華人民共和国の主な支配民族である漢人は、宋などの国以外は、ずーっと騎馬民族に支配され続けてきました。日清戦争の相手である清国は満州人の国で、1636年から約300年間、20世紀に入っても支配し続けたのです。つまり、江戸時代は全て満州人に漢人は支配されていたのです。ヨーロッパもオスマン帝国(トルコ人)が地中海を支配されるなど、圧迫を受け続けました。ヨーロッパ人が地中海ではなく危険なアフリカの西回りの航路に出て行ったのも騎馬民族であるオスマン帝国に圧迫されたからである、という考え方さえあるほどです。オスマン帝国は清と同じく20世紀まで続きました。騎馬民族の強勢は、自動車によって機械化部隊が出てくるまで続きました。
 古代ギリシャも同じように、ギリシャの北部から押し出されて、アテナイやスパルタの方に移り住みました。当時は北側にスキタイ人という騎馬民族がいました。そして古代ギリシャ人は、アテナイやスパルタから船で現在のトルコ(イオニア地方)や南イタリアとシラクサ(マグナ・グレキア)に移っていったのです。日本では満州帝国に植民をしましたが、東京大学や京都大学など日本のトップエリートや首脳などの中心機能が移ることはありませんでした。しかし、古代ギリシャ人は、アテナイやスパルタよりも、船で渡ったイオニア地方やマグナ・グレキアの方が文化や学問が進んでいたのです。自分たちの土地があるのにも関わらず船で渡った場所へと移りすむ、という土地に執着しなかったのです。日本がハワイやブラジルへ植民した時も、日本文化が進む、ということはありませんでした。ただ、現在のブラジルでは明治時代の日本人の心が脈々と受け継がれているという話は聞いたことがあります。それは倫理の話であり、学問や文化ではありません。古代ギリシャ人は土地に執着しなかったのです。馬と、それが生み出す騎馬民族が周辺地域へ圧迫する、という流れをきちんと押さえておいて欲しいです。

―ことばの歴史

 ことばの歴史ですが、ことば自体は5万年以上前に生まれた、とされています。それ以上のことは確定できないようです。人類は、私達ホモ・サピエンス以外にも10種類以上のヒト属がいました。ジャワ原人や北京原人、ネアンデルタール人などです。彼らは同じヒト属でありながら、喉の声帯が異なり、ことばを正確に話すことが出来ませんでした。彼らの多くは、ことばによる知識の蓄積が出来ず、道具の活用も高度化せずに、私達ホモ・サピエンスによって滅ぼされてしまったと考えられています。ホモ・フローレシエンシスは10万年前から1万2千年前まで現存していました。彼らと私達を分けたのはことばでした。
 例えば、私が何かの実を食べようとした時、ことばがあれば「それは毒だよ」と「あなたは嫌いだよ」を聴き分けられます。しかし、ことばがチンパンジーのように使えないとキー!!と叫んだ時、「それは毒だよ」と「あなたは嫌いだよ」の区別がつきません。毒入りの果実を食べてしまって私が死亡した場合、私の人生の中で蓄えてきた知恵がなくなってしまうことを意味します。つまり、ことばが使えないと、「何が食べれるか」「何が危険か」がほぼリセットされてしまうのです。しかし、ことばが使えればその知恵は次世代に受け継いでいけるのです。私達は電気がどのようにすれば使用できるのか?という知恵をしりません。電気とはプラスとマイナスである、という原理は知っていますが、どのようにすれば生み出せて使えるのか?というのを知っていて道具を作り出すことは出来ません(大学は理系なのでいるかもしれませんが)。しかし、私達は電気を使わない日がないほどです。チンパンジーは誕生してから電気を発見し原理を見つけ、使用方法を発見するまでに1代では到達しえないのです。ですから、チンパンジーは電気を生み出せないのです。この私達とチンパンジーの差が、私達ホモ・サピエンスと他の人類に起こったのです。ことばとは知恵を伝える道具であり、生存競争に勝ち残るための道具として使われてきた歴史があるのです。

―文字の歴史

 文字の歴史は、日本の教科書と少々異なります。文字を発見した、と認められるのは、2つだけです。中央アジア(西アジア)のシュメール文字と南米の文字だけです。日本の教科書では漢字が文字の発明として扱われていますが、シュメール文字が1千年前後古いとされ、「文字があるよ」というアイディアの模倣であったのかどうか疑問符が付けられています。同じくエジプトの文字もシュメール文字と近く時代が新しいため疑問符が付けられています。現在文字は世界中の数百を超えて存在し、それらは「アイディアの模倣」や「形態の模倣」などによって産まれてきたと考えられています。日本には文字である漢字は西暦の紀元後に入りましたが、平仮名や片仮名が生み出され、しかも独自の使用方法に変わるなど面白い発展を遂げました。これもまた世界の言語の中では特異なことです。「君が代」で述べたように千年前のことばが読める、というのは世界の言語の中でも極めて珍しいことです。漢字という文字が変わらないのです。支那では漢字そのものが変わったり、発音が変わったりするのです。ヨーロッパではアルファベットが変わらなくとも、各言語によって発音が変わります。「Julius Caesar」は古典ラテン語で ユーリウス・カエサル、英語でジュリアス・シーザーと発音が変わるのです。イタリア語は「ジュリオ・チェーザレ」だとか。文字そのものは変わらなくとも発音が変わるのがヨーロッパの言語です。その他多くの説明や補足が必要ですが、簡略化するために終わります。興味のある人は是非とも調べてみてください。前に紹介した『世界言語の中の日本語』をどうぞ。

―古代ギリシャの哲学者が出た社会

 古代ギリシャ人の哲学者が出た社会について述べていきます。西暦の紀元前500年前後になります。先ほど述べたように古代ギリシャでは、現在のトルコやイタリア南部やシチリア島などが文化や学問の進んだ地域でした。この地方から知識人達が、古代アテナイ(アテネ)に帰ってきて知識や学問を伝えていたのです。この人々をソフィストと言います。これらの人々が国家を動かすことに反発したのがソクラテスです。また、ソクラテスの時代は第2次ペルシャ戦争が終わる時代です。インド北部からエジプトまでを支配していたペルシャとの戦争で勝利してアテナイが傲慢になっていく時代です。当時の状況は後に述べるとして、アテナイは、この後、スパルタなどに驕った態度をとり、スパルタとの全面戦争(ペロポネソス戦争:約30年)に入っていきます。

―3人の哲学者

 古代ギリシャの社会では戦争続きでした。同じ文化を持ち、同じ言葉を話す(訛りあり)ギリシャ人が主導権争いで戦争を続けていました。民主制にして強力な国家となったアテナイはその傲慢さが出てきます。ソクラテスは、どうしてこのようになったのか?と考えたでしょう。3人を分かりやすく色分けしてい見ます。

○ソクラテス:狂人:嫌味ばっかりいうおじさん  :破壊者

○プラトン:夢想家:善いか悪いかだけで判断するヒト :創造者

○アリストテレス:真面目な人 :現実が見えている人 :調停者

 哲学は以上の3人で作られ、そして完結します。この後、キリスト教に利用され神様が入ってきて複雑化しますが、根本はこの3人です。もう少し説明します。

ソクラテスは誰にでも嫌味を言い続ける人でした。小泉氏が総理なら「小泉はだめだ!」と言います。鳩山氏に替われば「あいつは知ったかぶりで空っぽだ!」と言い、安倍氏に替われば「安倍は根性がひんまがっている!」と言います。街の大通りなど人目に着く場所で言うのですから、嫌味おじさんです。全員の批判、否定を言うのです。そして誰も指示しませんでした。というのも、ソフィスト(知識人)たちが知ったかぶりをするので、「俺は自分が知らないことを知っている。けれどもお前たち(ソフィスト)は自分が未熟なのさえ知らないじゃないか」という嫌味も言うのです。それでは、とソクラテスに聞くと「俺は知らない。知識がないからね」というのです。「無知の知」と言います。つまり、ソクラテスは「相手にばっかり答えさせて矛盾をついて、相手に嫌味をいう。けれども、自分は知らないよ~」と答えない人なのです。嫌味以外何者でもありません。
 しかしながら、ユーリウス・カエサルの言葉「人は、ほっとすることを喜んで信じる」の通り、人を否定ばかりしていては内心ほっと出来ないものです。ソクラテスは強硬症(カタレプシー)の発作を起こしていました。長い時は24時間、ずーっと体が固まった姿勢でいるのです。キルケゴールという哲学者「否定し続けるのは辛いから、そうやって休んでいた」と解釈しました。破壊者は、こういう苦しみを引き受ける必要があるのでしょうか。

 プラトンは、善か悪かで人をズバッと切ってしまう人です。そしてどこかに理想の世界はないのか?と夢想する人です。現代で言えば中二病が酷い人です。「現在の世界はダメな世界だから自分が王様になってこの世を変えてやる!」という意気込みですから、後期2673年(西暦2013年)の日本の少し前のアニメには多かったタイプの主人公と一緒です。プラトンは哲学者(つまり自分のように立派な人)が支配者になれば、アテナイは善くなる!と考えました。アテナイは居づらくなったので、シラクサに行って2回政治改革を行いますが、2回とも大失敗します。人間を善か悪かだけで切り分けるのですから、成功するはずがありません。人間にはそもそも善も悪も両方あるのです。

 アリストテレスは、実証的な学問の祖とも言われています。クジラが赤ちゃんを胎内で育てることなどを実際に身に行きました。ですから、プラトンの過激な、夢想的な主張を現実に合うように置き換えました。このアリストテレスの考え方とプラトンの考え方が哲学の大きな2つの流れになります。アリストテレスは2人に比べると事実を見ようとする真面目さがありますが、他方、大胆な動きがないのが特徴と言えば特徴です。

 以上が3人の哲学者をズバッと簡略化しました。もちろん、補足は今後していきますが、現在の日本には3人の内、誰が必要でしょうか? こうした哲学の講義を聴いて、「へーそうなんだ。ソクラテスは嫌味おじさんか」で終わらないで欲しいのです。現在の日本は民主主義の国であり、選挙を行う民主制を持っています。しかし、現在の日本が世界の中から期待されながらも、実力を発揮できないばかりか、自己イメージも善くなく、いまだに自衛隊を国民軍に置き換えられない国です。民主主義が歪な形となっており、日本はさらに改善していく必要があります。つまり、日本をどうしたら良いのか?というヒントを、是非とも講義から受け取ってほしいのです。その答えは言うまでもなく全員違うヒントであることが望ましいです。さらには、では、私はどう生きようか?という問いにまで結び付けば最高です。ソクラテスやプラトンは一種の変人でしたが、変人になった理由は、「祖国アテナイをどうしたら良くなるのか?」や「自分はどう生きるべきか?」を考えたからです。祖国日本や自分自身の人生のヒントとして哲学の講義を聴いてほしいと願っています。次回講義はソクラテスをもう少し深めていきます。

―多民族地域での、3つの生き残り方

 では、「祖国日本をどうしていけば良いのか?」の答えを歴史から3つ選び出してみましょう。古代ギリシャ、漢人(一般的な民族)、古代日本の3つのタイプに分けられます。

① 古代ギリシャ人の生き残り方 :多民族の現状をそのまま受け入れる
 :専門に特化する生き残り方

 古代ギリシャ人は、多民族の現状をそのまま受け入れました。常に北から騎馬民族、東からアジア系の帝国が押し寄せてくるという現状もありました。ですから、その中で自ら帝国を作ろうとせず、ギリシャ人の得意な弁論術や教育などに特化して民族の生き残りを果たしました。都市国家アテナイとスパルタの戦争の後、ギリシャはローマによって支配されます。するとギリシャ人はローマ人の教育者や商売人として生き残っていく道を選んだのです。古代ローマではラテン語と共にギリシャ語が共通語となり、特にギリシャより東のエジプトやエルサレム(現在のイスラエル)などではギリシャ語が主となりました。
 
―正統なローマ帝国と正統なキリスト教から見放された西欧

 ローマ帝国はコンスタンティヌス帝(西暦306年―337年)によってコンスタンティノポリス(現在のイスタンブール)に首都を移しました。正統なローマ帝国は東に移ったのです。キリスト教を公認化した(2代に渡りますが)皇帝でした。その後、都市ローマは西ローマ皇帝の居住地になりますが、蛮族に滅ぼされてしまいました。つまり、西欧の中心であるローマは帝国として消滅し、正統なローマ帝国は東に移ってしまったのです。皇帝の順位も東ローマ帝国の皇帝が1位、西ローマ帝国の皇帝が2位、東ローマ帝国の副帝が3位という順番だったのです。日本では西欧から世界史を学んでいますから、正統なローマ帝国を東ローマ帝国やビザンティン帝国と呼びますが、法理学上正統なローマ帝国です。1453年まで続きますが、ローマ帝国から西欧の地域は蛮族の侵入する地域、あるいは蛮族の支配する地域として見捨てられることが多かったのです。そして西欧諸国も結局、ローマ帝国を超える帝国を持つことが、現在までも出来ませんでした。さらに、都市ローマを築いた古代ローマ人は日本と同じ多神教の国家でした。多神教の人々が建てた建物を上回る建物を1500年以上建てることが出来なかったのですし、多神教の建物を現在も利用しているのです。多神教を認めず、唯一の神の存在しか認めないキリスト教の教義と、この歴史は矛盾したものです。それだけ古代ローマの建築技術が優れていたとも言えるでしょう。
 さらには、正統なキリスト教は「オーソドックス(正統)」と言います。この正統なキリスト教からローマ・カトリックは「キリスト教ではない」と破門されてしまうのです。つまり、異端のキリスト教がローマ・カトリックなのです。西欧の世界史から学ぶので「正統なキリスト教」は「ギリシャ正教」という名前で日本では呼ばれています。しかし、破門されるのは神学上の根拠があります。まず、神様は唯一である、としているのに、イエスも神様である、というのです。さらに、どこからか「精霊も神様である」ということを言いだしました。これは「ペルソナ(三位一体)」と呼ばれますが、こうしたことは神学上無理がある、と解釈されました。さらに、モーセの十戒では「偶像を崇めてはならない」とあります。しかし、ローマ・カトリックでは「キリストの十字架に張り付けられた像」を教会に飾っています。中世西欧の教会建築であるゴチック建築には、植物などの偶像も掲げられています。これはキリスト教の教理として許されないと、正統なキリスト教は解釈したのです。ですから、ローマ・カトリックは神学上も見捨てられてしまったのです。
 もちろん、ローマ・カトリックの事情もあります。蛮族であるフランク人(フランス人の祖)やゲルマン人(ドイツ人の祖)は、なかなか日本人と同じ自然信仰を捨てません。自然信仰を取り込まなければローマ・カトリックが滅んでしまうのです。背に腹は代えられないと異端である偶像崇拝や精霊などを取り入れたのです。自然信仰で拝んでいるのは実はキリスト教にあるんだよ、と上手い嘘をついて、キリスト教にしていくのです。もう1点キリスト教に入れば、「戦争を起こす大義が手に入る」という利点がありました。「キリスト教でない人々は殺してもよい」という大義をローマ・カトリックは、沢山の地域の王様に宣伝しました。十字軍は「キリスト教でない人々を殺してよい」という戦争です。現在のイスラエルへの十字軍は5回以上で、北欧を侵略してもよい、という北方十字軍などもありました。イングランドとデンマークの旗の由来になったのがこの十字軍であったのは前に触れました。古代や中世では名目なく戦争を起こせば、部下や民の反乱を招くので大義がなく戦争が、なかなか出来ませんでした。戦争で国外に出て国を息子や他人に乗っ取られることもあったのです。その点大義があれば、息子や他人を犯罪人として処罰できます。この名目をローマ・カトリックは与えたのです。こうした政治的な理由を元にしてローマ・カトリックは西欧地域に浸透していきました。
 ローマ帝国は2千年以上続いた大国で、日本に次ぐほどの国家です。西欧は国家や宗教において見捨てられた地域だったのです。
 ギリシャ人に戻ります。やっと戻ります。そのローマ帝国、特にコンスタンティノポリスに移ってからのローマ帝国では支配層に入り込んだのがギリシャ人でした。ギリシャ語が主に話されていたのです。商業活動でもギリシャ人は2大商人集団の1つであり続けました。他はユダヤ人やヴェネチア人などです。自らの民族の特徴に特化して、土地や純血や軍隊などに拘らずに生き残ってきたのです。そしてそれは他民族地域をそのまま受け入れたからこそ出来たことでもあったのです。

② 漢人(一般の民族):上下の支配層を作る
:文化を中心として国家に拘らない

 古代ギリシャ人は特殊な生き残り方をしてきました。似た民族としてはユダヤ人があります。他方、多くの民族は、上下の支配層を作ることで多民族地域で生き残ってきました。その最たる例が支那です。支那とは北は満州から西はチベットや東トルキスタン共和国(現在は中華人民共和国が支配)、南は長江からベトナムまでを指します。この地域には周辺から騎馬民族を中心として、民族の流入が続きました。そこで漢人が創りだしたのが、上下の支配層の確立です。自分たちが強ければ国家を樹立させますが、騎馬民族が流入してくれば直ぐに降伏して上下の支配層の下に入ります。そして文化を中心として民族の生き残りをかけるのです。下手に王様を中心として民族が団結すれば、その民族ごと全滅させられてしまうからです。漢字や食文化などの数々の文化や技術を中心として生き残りました。実際に、支那では帝国の入れ替わりが激しいのですが、技術史で観ると西暦の15世紀付近までは2千年近く世界最高峰の技術を保持した地域でありつづけました。火薬や紙などの発明も支那で行われたのです。
 漢人のように優れた技術や文化でなくとも、支配層を作り出し、相手を上に乗せることで民族の生き残りを掛けた民族は沢山あります。

③ 古代日本:多民族の解消を目指す
:皇室が権力放棄をして一体化した

 古代日本も特殊な事例と言えるでしょう。そもそも王族が権力を放棄することで永続してきた歴史を持つ国は他にないのです。古代日本は『日本書記』が示すように他民族地域でした。鉄の文化を持つ地域や色々な食文化を持つ集団、渡来人と言われる支那などから流入する集団がありました。前に述べたように日本では王族(皇室)が権力を放棄して権威と分離することで、日本国全体が一体化していきました。その実例が、皇室による仏教への帰依であり、藤原氏の摂関政治です。海を隔てている、という地理的条件と、聖徳太子を始めとする国際政治を読む目を持つ指導者の輩出により日本国は一体となっていきました。視点をさかさまにしてみると、皇室が権力を放棄したからこそ日本が生き残ることが出来たのです。
 皇室の血統で支配者を出すと、たまたま、支那から戦争を仕掛けられそうになった時、支配者が有能でないことが起こりえます。そうすると日本という国は戦争を受けざるを得なくなり、滅ぼされていた確立が高いのです。皇室が初めての摂政として聖徳太子を置いたのは、当時支那に世界最強の帝国、隋(ずい)があったからです。各方面に戦争を仕掛けていた隋から世界で初めて独立を確保した聖徳太子は、隋が対外戦争で敗れるなどの好機を見逃しませんでした。「日出所(ひいずるところ)の天子・・・」という一文に隋の皇帝は激怒しましたが、日本に戦争を仕掛けられないタイミングを見計らったのです。その後、支那で帝国が入れ替わり立ち替わりしますが、日本では時の権力者がよくよく関係を見計らっていきました。皇室の下に日本人が一体化して民族の生き残りを図ってきたのが日本の歴史なのです。「君が代」に込められた日本の来歴とぴったりと一致します。

―3つの生き残り方とそれぞれの「善」

○善=正義
 以上の地政学の基づく歴史を見てきました。この歴史が来歴となって、それぞれの「善」が生じることになります。古代ギリシャ人は、土地や純血などに拘らず特化することで生き残りました。その際に民族の基準となったものは、端的に言うと「正義」でした。論理において妥当であるか否か、という二元論的な区分は、論理を成り立たせるために必須の概念になります。現在も数学の論理において、真か偽かという判断基準が成り立っています。論理や教育に特化したギリシャ人においては、論理の持つ普遍性を軸にして、正義を捉えるという考え方が大切になるのです。この点は説明不足ですが、今後、「自然(フュシス)」について述べる際に詳解します。

○善=力(暴力のみならず宣伝なども含む)
 古代支那では正統性は周王室が滅ぼされることで途切れてしまいました。そして生き残るために階層化によって自らを位置づけることとなります。その際に重要なのが多民族との力の関係です。この関係を見誤れば、民族の全滅の憂き目にあうのですから、力は重要となります。前に北京オリンピックの際に金持ちや権力者が列の横入りされても文句を言わない、という話をしましたが、これも力関係を正確に見抜いているからでしょう。現在の中国共産党支配下にあっても、正義を押し逃走とする人々は、罪がなくとも刑務所に放り込まれたり、精神病院に監禁されたりしています。「医学的な根拠に基づく」という正義が基準ではなく、相手の力が強い場合は放り込まれるのです。

-尖閣諸島問題における力の考え方
尖閣諸島で日中がぶつかっていますが、日本国民は「これまで実効支配してきており、国際法上も日本の領土である」から、中国が悪い、あるいはおかしい、と考えます。しかし、この判断基準に力が入っていません。先ほど述べたように、力を基準とすれば、「中国共産党の支配する中国は、GDPでも日本を抜き、軍事力も増強していて「力が上」なのだから、日本は言うことを聴け!」と考えるのです。この論理で漢人は2000年以上の歴史と来歴を重ねてきているのです。ですから、日本人の基準で相手を非難する、というのは国際社会では通用しないのです。日本は自衛隊をきちんと国民軍にして、日本以外の国と同じようにすれば良いのです。現在の兵力であっても自衛隊は人民解放軍など数日で撃破できる「力」持っています。そうしないから、現在の「力」では人民解放軍の方が上なのです。尖閣諸島問題は、日本も日本の基準を相手に押し付け、中国も中国の基準を押し付けているだけなのです。相手を引っ込ませるためには「力」の基準で相手に示さなければなりません。日本では殆ど報道されていませんが、パラオという軍事力が極めて小さい国家が、中国の漁船(漁政)を沈めました。けれども、何も反撃を受けませんでした。

○善=正統性

 では日本の基準とは何でしょうか。正統性、という言葉が当てはまります。正統性とは単純に言うと現状維持です。国と国の境界があれば現状を維持することが望ましい、という考え方です。尖閣諸島でも「これまで日本の領土であるから現状維持が望ましい」という正統性に基づく判断を下しています。しかし、領土の現状維持は世界史を観れば判るように、過去にその事例が殆どありません。日本は皇室の下に一体化して、国が神話の時代から2673年も続いている国家です。ですから、現状維持を続ければ日本人が生き残れる、のです。そういう中で日本人は現状維持を善、とするようになりました。
 私が講義で学生に発言や疑問を聴いても、多くの学生は答えません。それは先生が一方的に話す、という現状維持を壊すことを好まないからです。「空気を読め」という言葉も、現状維持として解釈できます。先生が話している時に喋ると「空気を読め」となりますが、先生と学生がワイワイと楽しく話している時に発言をしても「空気を読め」にはなりません。現状が既に騒がしいからです。日本の大学では発言や質問をしない人が英会話教室や留学先で積極的に発言するのも、別に人が変わったのではなく、そういう現状に合わせているからにすぎません。古代ギリシャ人の「正義」からすると学費を払っていて、しかも私が判らないことがある場合、教員は教える義務があります。ですから、質問するのは「正義」である、となり講義中に質問するのに何ら問題はありません。問題があるとしたら長い質問となり他の学生の権利を侵害する場合です。この際も問われるのは他の学生の権利を侵害するか否かという「正義」の問題です。
「空気」を場で説明する立場もありますが、高木は正統性から説明する方がよりよくできると考えています。「郷に入れば郷に従え」という言葉も、郷という現状があるのだから、それに従うのが善いという思想である、と解釈もできます。私がある銀行員から聞いた話では、静岡市内の同じ銀行の幾つかの支店で窓口業務などの方法が違うそうです。ですから、支店が変わるとその支店の方法を最初から覚える必要があるそうです。財務省にはきちんと窓口業務のマニュアルがあるのですが、それ通りではないのです。窓口業務マニュアル通りではないから駄目である、というのは古代ギリシャの善=正義という考え方につながります。支店の現状を壊すのが善くない、と考えると正統性の問題になるのです。この正統性が生み出す現状維持に固執する癖は、大東亜戦争でも敗戦の大きな原因となりましたし、福島原子力事故災害を生み出す原因にもなりえました。日本人の未来を考える時、高木はこの正統性の問題は大きなヒントになるのではないか、と考えています。
 以上が3つの生き残り方とそれぞれの「善」でした。

 最後に、善の実例として、同性愛の価値判断について古代ギリシャと江戸時代までの日本とキリスト教の実例の話をしました。また、母胎では3か月目まで全員女性である話もしました。他に「日本人は何故ブスが多いのか」を民族全滅戦争の絡みでしました。これらの話の内容は省略します。

 今回の講義では、古代ギリシャの全体像を現代日本と比較して観られるように話をしました。
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