哲学3-1「日本とは何か」

 皆さん、こんにちは。今日も始めていきましょう。

 最初にコメント返信(自己PRの書き方と自分の見ているものを疑う、について)をしました。
詳しくは、「哲学2-2 学生コメント集」
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-333.html


 前回、「私とは」をやりました。今回は「日本とは」の話をします。「日本とは」は、「社会とは」や「世界とは」でも良いのです。「世界とは」だと少し哲学っぽい感じがしますが、なぜするかと言えば、「日本とは」を捉えて、「私とは」を見るためです。初回で「お墓参り」や「お正月」など具体的な社会の真や善を観て、それが自分の中にある、という例を挙げました。同じように、「日本とは」をもう少し意識化して、「自分とは」を考えてもらいたいのです。また、善とされているものを、自分の中にそのまま取り入れてもいいですし、反対に取り入れてもいいですし、半分でも取り入れる、ということです。では、問いに答えてもらいましょう。

問1 日本は何時できた国?
問2 日本は誰が創った国?
問3 日本は何を目指している国?
問4 日本の民主主義は何時始まった?
問5 日本の善い所3つ、悪い所3つ
問6 日本だけの特徴は?
問7 世界最大のお墓はどこの国にありますか?

 問1は知っていますね? 前も言いましたけれど、日本は戦争に負けたから、日本を弱くしておきたいからですね、アメリカに「日本は何時出来たか教えてはいけない」と禁止されたんです。それ以降も、ずーっと続けているのです。現在では疑問にも思わない人が増えて来ました。皆さん自分の誕生日を知っているでしょう。自分の親を知っているでしょう。同じことですね。アメリカはジョージ・ワシントンが、約300年前に連名で独立宣言にサインをしました。英国は約900年前にイングランドを征服して作りました。では、公式記録で日本は誰が創った国でしょう。教えてはいけないのを続けています。高木も義務教育の中できちんと教えてもらいませんでした。きちっと決まっているのです。
 問3ですけれども、国歌にあるように女王陛下万歳!!女王陛下が世界を支配しますように、というのを目指している国なのです。アメリカは神から与えられた使命を果たすための国なのです。ですから、アメリカ西海岸からだまし討ちをしてスペインなどに戦争を仕掛け、アメリカ東海岸に到達しました。その後、フィリピンやハワイを植民地化して、邪魔な日本をやっつけるように計画し、支那を支配し、ついにエルサレム(イスラエル)に到達するのを国家の目的としています。ブッシュ米国大統領がイラクに戦争を仕掛ける時、「神のために」と言って宣戦布告なしで戦闘行為を始めました。神の支配を広めるのが国家の目的なのです。きちっと国家の目的があるのです。
 問5ですが、沢山あると思いますが、自分の考えで良いです。ちなみに、午前中にインドネシア人などに聞くと「倫理が高いところ」と言われました。
(200人強の内、問1、問2共に正解者は1名のみ、惜しい人、問2のみの人が数人いました。コメントを書く途中、「皆書けないですね~」や「敗戦の影響がありますね~」と声を掛けました。私も大学時代は同じでした。)

-学生の皆さんにのコメント

問5「ひらがなとカタカナと漢字があるところ」、とは素晴らしいですね。まさにその通りです。言語学上も極めて優れた特徴です。同じく問5「わびさび」ですが、これもその通りですが、「わびさび」がどうして出てきたか、という根本原因があります。というのもわびさびが完成したのが約500年前ですから、その前に下地があったことになります。ただし、現在は文化的な特徴です。「平和主義」はですね、アメリカに押し付けられたんですね。日本を弱体化するために軍隊を持たせないようにして、だから「平和主義だ」というのです。現在でも「自衛隊は軍隊ではない」などということが問題になっていますね。本当に可笑しいことです。軍隊ではないからしてはいけない、という風にしてきた結果、尖閣諸島の侵略行為が起こってしまいました。パラオという小さな島しかない国が同じ侵略行為をされて、中国船を撃沈しました。その後、大きなトラブルはありません。しかし、日本はパラオの軍隊の何十倍も、いや何千倍も強い軍隊を持ちながら、同じことが出来ないようになっているのです。
 悪い所として「借金が多い」とありました。日本は借金も多いんですよ、でも貯金も多い、世界で2番目。言わなかったでしたっけ? 日本は1000兆円借金があるけれども、個人で1600兆円の貯金(証券、財形等を含む)があるんです。皆さん1人1人で考えて見ましょう。皆さん1000万円借金があります。でも、1600万円貯金があります。企業は300兆円内部留保がありますから、さらに外に300万円分のお金があるんです。だから、借金の約倍のお金があるんです。でも、借金だけが悪い、と言われます(質問があったので次の学生コメント集で詳しく書きます)。さらに、日本は債権国です。世界に対してお金を一番貸している国です。借りているんではなく貸しているんです。その利子で毎年10兆円の利益、黒字が出ていました。これは、トヨタやスズキやソニーなどが世界に製造物を売って稼いでくる10兆円と同じです。この数字は東日本大震災などで最近、乱高下する前のデータです。毎年お金が増えているんです。為替の失敗がありましたけれども。
 「フリーターが多い」ですが、日本よりもフリーターの多い国沢山ありますね。でも、思っていることを書いてくれれば良いです。
 「春夏秋冬がある」ですが、その通りですね。後で触れようと思っていたのですが、日本は季語を大切にします。だから食べ物には旬があります。全ての食べ物に旬があるのは日本だけ。ですから、日本は素材へのこだわりの点で世界三大料理の1つです。後は、中国料理、これは下準備や手間暇などの準備が世界一です。スープの種類などを見ても明らかです。もう1つはトルコ料理、食材や香辛料の豊富さで世界一です。これだとヨーロッパ人は悔しいのでしょう、トルコ料理をフランス料理にしようとしますが、食材の量では足元に及びません。
 
-問1の答え 2673年前 
―問2の答え 神武天皇

 日本というのは何時かできた国なんです。2673年前です。日本のオリジナルのカレンダーは「皇紀(こうき)」と言います。多くの社会科の教科書に書いていませんが、きちっと決まっています。日本国の正式な文章として神武天皇が橿原(かしはら:奈良県南部)に建都をしたと記されています。時代制定は下ること1000年以上を経ますが、『日本書紀』初代神武天皇によって日本国が建国されました。敗戦前は学校で教えていたので、皆知っていたのですが、戦争によって禁止されて、それ以降教えられていません。私も大学卒業前に知りませんでした。
 だから皆さん知らなくても良いのです。しかし、「日本とは何か?」を考えていく時にはどうしても日本の本質、日本の真・善・美を観ていかなければなりません。現在の色々な歪みからさらに深くもぐっていかなければなりません。きちっと観ないと「私とは何か」を見ることが出来ません。宮崎の昔の国名が「日向(ひゅうが)」と言い、日が向かう、つまり天照大御神の子孫である神武天皇が出発した場所を意味します。そして大坂に行き、敵に出会ったので反対側の伊勢の辺りから大和(奈良県)に入り、周りを平定しました。そこで、橿原で国家を作りました、と宣言しました。民衆のことを「大宝(おおたから)」と言いました。
 敗戦後、それまでも使っていましたが強く西暦を使いなさい、と言われました。西暦はキリスト教の教祖であるイエスの誕生を基準にしているカレンダーです。しかし、皆さんの内、キリスト教徒の人、90%以上いますかね? でも、使いなさいと強要されてしまいました。キリストの生まれる660年前に日本が出来ました。丁度、講義で扱う古代ギリシャや孔子と同じ時代です。西暦の2013年+660年、として覚えると覚えやすいと思います。私もそうして覚えました。
 平成は、現在の天皇陛下の在位が25年目ですね、ですから、平成は25年。では初代の神武天皇から現在の今上(きんじょう)陛下まで、この「神武」は死後に付ける名前ですから(お隠れあそばされた後の御名)、現在の陛下は「今の上と書いて「きんじょう」」陛下と言います。ここまで何代目でしょうか? 挙手して教えてくれた学生がおりました。

―日本という国の長さ

日本という国が2673年前に出来ました。古代ギリシャと同じ頃に出来ました。古代ギリシャはどうなっていますか、500年経たないうちに、ローマという国、あるいはアラビアの国によって滅ぼされてしまいました。隣の支那大陸では周王室がありました。秦(しん)の始皇帝の秦によって、つまり異民族によって滅ぼされてしまいました。その後、庶民の出である劉邦によって漢という国が出来き、300年間支配しました。その後はまた異民族によって支配されるようになりました。宋の時代にやっと漢人が大きな国を作りましたが、また異民族によって何度も支配されました。現在の、中華民国、中華人民共和国の前の清という国も異民族の支配する国なのです。やっと、約60年前に中華民国と中華人民共和国という自分達の支配する国を作ったのです。アジアの国々は殆ど60年くらいです。
では次に古い国はどこの国かしっていますか? サンマリノ、というイタリア半島に小さな国が約1700年(バチカン公国は除く)。しかし、人口3万の、ちょっと国といえるかどうかの国ではあります。近代国家で言うと国とはいえない単位です。人口を大きく取るとデンマークが約1300年、1400年です。つまり、2番目に古い国の倍以上古い国なんです。世界の中の奇跡的な国なんです。日本は世界最古の国として、載せてもらう必要もないかもしれませんがギネスブックに載っています。次は、900年くらいの英国です。デンマークも英国も王家と民衆との血は違います。英国はドイツ系で、英国の庶民はアングロ人、サクソン人、後は他国のウェールズ人、スコットランド人などです。こういう人々とは結婚することがありませんでした。だからダイアナはそれを超える存在として愛されたのです。けれども、日本では美智子皇后陛下のように皇室に入ることが出来ます。皇室と民が一体であるから結婚できるのです。

―問3の答え 民の安寧(あんねい)

神武天皇が「大宝(おおたから)」と民のことを呼び、鎮めることを宣言しました。その理由があるのですが、先にイザナキとイザナミの話をしておきましょう。『古事記』の最初にただ1柱(神様は柱で数えます)の神が出てきて、その後2人組みで出てきます。その後、地上を作るためにイザナキとイザナミという男性を象徴する神と女性を象徴する神が出てきます。ちなみに、「イ」とは見えないけれど大切なものを表すとの説があります。イノチ、イキ、イネ、などに「イ」がついています。「ザ」とは「サ」の強調形。「さわさわ」が「ざわざわ」になると強くなります。「すりすり」が「ずりずり」。「こんこん」が「ごんごん」などです。「サ」とはそこに留まる、触れるの意味。さする、さわる、さらす、などがあります。そして「ナキ」とは「凪」のこと。動かないを意味します。「ナミ」とは「波」のこと、動くことを意味します。この動く原理と動かない原理が合わさって物が出来る、と考えるのです。「イザナキ」とは大切なものが留まって動かない状態、「イザナミ」とは大切なものが留まって動いている状態を意味します。
そこで、天のぬぼこという棒の前で、イザナキとイザナミが出会います。そこで女性から最初に声を掛けました。「あら、格好いい男ね」と。次に男性が声を掛け「あ、可愛い女だなぁ」と声を掛けました。そして成り合わさって(生殖行為)赤子が産まれますが、蛭子(ひるこ)というちゃんとした子が産まれませんでした。そこで智慧の神様に聞きにいくと、「男から声を掛けなさい」と助言されました。そこで仕切りなおし。男性から声を掛けました。「ああ、可愛い女だね」、次に「あら、格好いい男だね」と。するとちゃんとした子が生まれ、日本列島を始め色々な植物などが出来ていきました。

-日本の男女関係

ここから、男性は外では上、女性は下、ということと男性が動かない、女性が動く、ということです。神社で神主さんが必ず左足から進みます。拍手を打つ時、左が上の状態にして手をたたきます。ご飯を食べる時、同じ箸を使う支那では食器も箸も動かしながら食べます。朝鮮では食器を置いて食べます。日本では左手で食器を持って動かさず、右手で箸を動かして食べます。和弓では必ず左手が動かず、右手を動かして矢を射ます。右利きも左利きも関係ありません。モンゴルなど騎馬民族は両方の手で弓が射れるようにしますが、日本では形が決まっています。色々なことで左手を止め、右手が動く、というのがあるのです。他にも沢山あることでしょう。
男が上で女が下ですが、対等なのは留意して下さい。キリスト教では、特にヨーロッパでは男から作られたから女が下と固定されています。アメリカの思想、フェミニズムが日本に入って来ましたが、その人たちは誤解しました。日本では男が上で女が下、をキリスト教的男尊女卑だ、と誤解したのです。
しかし、日本では役割が違う、というだけで対等なのです。神の前で音を鳴らすから神様に通じることが出来ます。その音を鳴らす拍手は男だけ、左手だけでは鳴らせません。女性が居て初めて鳴らせるのです。男女で1組なのです。現在の日常生活でもそうです。外では男が上の役目をしますが、内では女が上の役目をします。
サラリーマンの70%が稼いできた給料を全てかみさん(妻)に渡すそうです。月給35万円を全てかみさんが使えるようにします。その上で、お小遣いをもらうのです。平均3万5千円。なんと稼いできた10分の1しか自由に使えないのです。東アジアの多くの国の留学生に話すと「日本人の女性と結婚したくない」と言います。「なぜって、普通は35万もあれば、生活費に10万円くらい出して、25万は自分で自由に使うのが当然でしょう」というのです。男女平等だから、男女の財産権は平等だから生活費は半分半分、あるいは稼いでいる方が出して後は全部自分のもの、という考えなのです。確かに東アジアの、あるいは欧米の考え方は判ります。他方、日本では実態として、つまり日常生活として、内では女が上なのです。さらに、へそくりの調査をしたある生命保険会社があります。なんと女性は140万円の平均だったのに、男性は40万円だったのです。よく言われるのは男女の収入の格差が言われます。しかし、自由に使えるお金は女性の方が多いのが私達の実際の生活なのです。皆さんも駅前のホテルの高級なランチに行ってみて下さい。食べなくても良いのです、誰が入るか見てみてください。男性と女性のどっちが多いでしょうか? 日本では圧倒的におばさんが多いのではないでしょうか。バスツアーやパックツアーなどの申し込みは、おじさんとおばさんとどっちが多いでしょうか? おばさんの方が圧倒的に多いでしょう。暇もお金もある、のは実際には女性なのです。「かかあ殿下の方が上手くいく」などという諺もありますが、実際の生活です。これは日本の戦国時代に来たイエズス会の資料に同じようなことが書いてあり、驚いています。つまり「日本では女性に財産権もあるし、離婚の権利も与えられているし、人間として扱われている」と書いているのです。日本では男女は対等であり、役割が違う、と考えてきたのです。
皆さんの家はどうでしょうか? 私の両親はおかーちゃんが給料を渡しているのです。男女が対等であれば給料を全部渡す必要がないのです。男性が上であれば稼いでいるへそくりが多いのではないでしょうか? 美味しい物を食べるのも旅行するのもおじさんなのではないでしょうか?



○その時にもこの地を鎮めるようにと民のことを気に掛けら



それでは戻りましょう。なぜ民の安寧なのか。まず、天照大御神が高天原を治められ、孫のニニギノ尊が天孫降臨で降りて来られました。さらに孫である神武天皇は「大宝」と呼んだのです。つまり、日本建国の詔(みことのり)で「民の安寧」を目標とする、と宣言しているのです。日本の民主主義はこの時に始まった、と言えるかもしれません。詳しくはこの後に言います。先に答えを書いておきましょう。ちなみに天照大御神を祭っているのが、神宮です。伊勢の神宮の正式名称は「神宮」です。

―問4 2673年前に日本の民主主義は始まった
―問5 日本の善い所悪い所は沢山です。先ほど述べました
―問6 皇室です。今まで述べてきた通りです。また、来週も話をします。
―問7 日本です。仁徳天皇のお墓です。敗戦後に名前が変わりましたが。



以上のことだけで終わると宗教の話になってしまいます。宗教の話なら、物語の話なら日本の民主主義は2673年前に始まることになります。こっからが大事です。

物語:人間とは何か?の智慧、『古事記』、『聖書』、『コーラーン』など

行動:その時の苦悩、試練、努力など
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来歴:真の内在化

 この真の内在化が「哲学」、あるいは思想の重要な点なのです。具体的に説明します。物語とは浦島太郎のような現実にはなかった話でも良いのです。他人の語る智慧です。何がしかのアイディアになったり、あるいは社会の基準としての役目などがあります。それを実際の行動で自己(あるいは社会)の日常生活に結びつかなることが哲学では大切です。宗教では物語を信じる、で終わりです。行動は物語によって規制されます。

―来歴としての日本の民主主義

 では日本の民主主義はいつ行動と結びついて日本に内在化したのでしょうか。アメリカから教わったのが嘘であるのは直ぐに判るでしょう。イラクにアメリカが民主主義を伝えましたが、イラクは民主主義の国ですか? 民主主義で治まっています?(選挙を持つ民主制度ではあるけれど) 治まっていないでしょ。パキスタンだってそうでしょう。元々そこにないもの(物語)を押し付けたって、そこの人々が苦悩や試練や努力を重ねてきていないものを押し付けても定着しないんです。元々、日本にないものを押し付けたって直ぐに民主主義になれないんです。だから、敗戦後にアメリカに教えてもらって民主主義になった訳ではないんです。ヨーロッパが世界に出て行って、同時にヨーロッパの技術や民主主義の思想が広がっていった時に、アフリカ、アメリカ、アジアと広がっていった時に、民主主義(制度)にパッと変わった唯一の国は日本です。朝鮮半島の李氏朝鮮や支那の清は民主主義、あるいは民主制度を取り入れませんでした。当時の日本人にとっては「どうして出来ないんだ。西欧から国を守れないじゃないか」と怒りましたが、そもそもその国の人々の物語になく、経験として苦悩や、試練や、努力をしていないものを押し付けても身につかないのです。私は福沢はそこが甘いと思いますし、福沢は合理主義者だ、という考え方、皇室を認めない考え方もまた、見落としていると考えています。
 どうして日本が民主主義国家になれたか、というと古代ギリシャの民主主義と違う民主主義をずーっと保ち続けてきたからです。だから変えられたのです。では、その行動のとしての民主主義の経験を見ていきましょう。「民のかまど」という話を知っていますか? 挙手してもらい、学生の皆さんは2,3名知っていました。良かった。全員知っていたら話さなかったですけれども、良かったです。

前期の「科学技術者の倫理」の講義録15-3を以下に引用します。
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-323.html

 「民のかまど」

 「かまど」とは火で食べ物を煮る装置です。昔は薪(まき)に火をつけてご飯やおかずを作りました。今はガスコンロで、パチンとひねれば料理できます。昔は料理をする時に薪を燃やしますから、当然、煙が出ます。ある時、当時の天皇陛下である仁徳天皇は(昭和天皇の「昭和」は亡くなられた後につく言葉なので、現在の天皇陛下は「今上(きんじょう)陛下」と呼びますが、これは近代以降の習慣です。補足しておきます)、民の家をみていました。夕飯の時間になっても、家から煙が出てきません。不思議に思った天皇陛下は

 「民が貧しいから食べるものが無いからだ」

と気がつかれました。

 「都でそうなのだから全国はもっと貧しいに違いない」

と3年間の税金を取らないことにしました。気候も順調で3年後に「民のかまど」から煙が出るようになりました。そこで、天皇陛下は、

 「私は豊かになった」

 と仰られました。皇后陛下は

 「住んでいる皇居の壁は崩れ、雨漏りもしている。着物もボロボロですし、食事のおかずも3品から1品に減りました。どうして豊かになったのですか?」

 と問われました。天皇陛下は、

 「民が豊かになったのだから、私が豊かになったのだ。」

 とお答えになりました。そこで3年間で豊かになった民が

 「皇居の修理などに税金を取って下さい」

 と申し出ましたが、天皇陛下は「まだです」と仰られ、さらに3年間、合わせて6年間の無税としました。そしてやっと税を戻されたのです。また、民は誰に命令された訳でもないのに皇居の壁の修理や、雨漏りの修理などを行いました。

 以上が「民のかまど」という物語です。

 さらに、仁徳天皇は16代目の天皇陛下ですが、初代の神武天皇から、民のことを「おおみたから」と呼んできたそうです(出典は下に)。ですから、民が宝である、民が豊かになれば嬉しい、という考え方が日本の出発からあったのです。そして現在まで続いてきています。ここに日本人の倫理の出発点があります。

 「民のかまど」は『古事記』に乗っています。『古事記』は平成24年で編纂(へんさん)されて1300年が経ちました。編纂される前は、ギリシャ神話の『ホメロス』などと同じように口伝えで伝えられてきましたから、1000年、2000年くらい前からあったかもしれません。時代は特定できませんが、ずーっと伝えられてきた物語が「民のかまど」なのです。もちろん、他にも「いなばの黒うさぎ」や「山幸彦海幸彦(やまさちひことうみさちひこ)」や「ヤマタノオロチ」や「日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征」などがあります。ちなみに、静岡市近くにある「焼津」や「草薙(くさなぎ)」などは、『古事記』の神話から名づけられました。

 さて、「民のかまど」にみられる考え方を学生の皆さんに聞いてみました。中々答えが出ませんでした。まず、基本的な考え方を抜き出してみましょう。

 王様(おおきみ=天皇陛下)よりも民を大切にする、という考え方です。

 「民を、主人公として大切にする考え方」です。

 「民」を「主」人公として大切にする「考え方(=主義)」です。

 「民」「主」「主義」です。

 つまり、

 民主主義です。

 技術者倫理に引き寄せてみましょう。

 「私心」<「公共心」 =「公衆の福利」:社会全体の幸福、安全、安心、経済性を大切にする

 というのがはっきり判ります。つまり、

○「公衆の福利」=国民全員の幸福や経済性を大切にする=日本の民主主義の出発点=「民のかまど」

 ということが分かります。

 仁徳天皇の御在位は約1600年弱前ですから、1600年の民主主義の伝統が日本にはあることになります。神武天皇の時からの民の呼び名や『古事記』の中に出てくる他の民の扱い方を見ると、時々そうでない時もありますが、日本の民主主義は2672年の伝統があることになります。日本の暦では、平成24年ですが、通算は皇紀2672年です。キリスト教の通算の暦で2012年、次に使われているムスリムのヒジュラ暦で1433年です。ヒジュラ暦は太陰暦なので多少ずれます。この皇紀は、「神武天皇即位紀元」と言われていましたが、敗戦後に使わなくなりました。現在は、「紀元前」といえば、BC=Before Christ=キリスト誕生以前になりました。通算の暦をキリスト教を使いながら、平成という今上陛下の暦を併用しています。これも敗戦の影響でしょう。ただ、それであっても日本人の倫理の出発点はずっと私たちの中に残っているのです。東日本大震災の希望の1面です。それでは、日本人の民主主義とは違う民主主義を見ていきましょう。ヨーロッパには大きく2つの民主主義の源流があり1つがキリスト教、もう1つが古代ギリシャの民主主義です。(以下略)

以上が講義録15-3の引用です。前期に「科学技術者の倫理」を受講してくれた学生で、後期に1年生向けの講義を聴いてくれる学生さんも何名かいます。同じ話となりましたが、ある学生は「何度聞いても感動する」とコメントをしてくれました。有り難う御座います。

さて、同じ話ですが、技術者倫理から哲学へと視点を戻しましょう。

民のかまどの経験によって民主主義は日本の来歴になりました。つまり、「民を大切にする」という物語を、重税や生産性の向上などの試練に果敢に立ち向かい、苦悩しつつ努力した結果、日本の来歴となったのです。仁徳天皇は、日本史上初めて大規模土木工事を行われたのです。水害を防ぐために開削と堤防をつくられ、灌漑を整備され、広大な田地を開拓されたのです。他にも国や郡の境界を分け、郷土の産物を記録するなど日本の生産性の向上に作られました。日本国のため、引いては民のために政策を実行されたのです。こうして日本国はより強く安定した国家となり平和の基礎を作られたのです。
現代でも同じく、日本国のため、引いては民のために政策を実行され、日本国がより強く安定したコカとなり平和の基礎を作られたことがあります。明治天皇です。イスラム教は20億人いて毎年1回メッカ(マッカ)に参拝しますが、1億人強の日本人は1日に参拝する人数として明治神宮の300万人が同じか多いのです。この明治神宮は明治天皇が崩御された時、皆の、いまどきの言い方ではボランティアで、本当は奉仕活動によって作られました。日本全国から樹木などが寄付され、造営に参加したのです。国家が全ての金を出して造ったのではないのです。皆が明治天皇陛下有り難う御座います、と考えたからです。その根本は仁徳天皇陵と同じものが流れているのです。平和のためには強い国力と民間の豊かが必要である、という来歴を日本人は持っているのです。対して、権力者が独占していれば平和になる、あるいは強大な軍隊が必要である、あるいは敗戦後の日本という特殊な事例として「軍隊がなければ平和になる」という考え方もあります。重要なことはこれらが物語であるか、来歴であるか、という点でしょう。

東日本大震災の時、今上天皇陛下は、被災者に御用邸を開放されました。エジプトのムバラク大統領、あるいはシリアの元カダフィ大佐は、国民が被災した時に自らの別荘を開放したでしょうか。那須御用邸(栃木県那須郡)は、
宮内庁HP 那須御用邸案内図
http://www.kunaicho.go.jp/about/shisetsu/kokyo/goyotei-map01.html

震災の3月に浴場を提供され、皇居内の宮内庁病院に患者を受け入れると発表しました。また、鶏卵や肉類、芋や卵や野菜なども提供したのです。これは天皇陛下御自身からの発案です。
詳しくは朝日新聞DIGITAL 「那須御用邸の浴場、避難者に開放へ 宮内庁発表」
2011年3月24日19時27分

 東日本大震災による電力危機でも皇居は計画停電の対象ではなかったが、電気の使用をほぼすべて控えました。計画停電の実施の有無に関係ありませんでした。さらに園遊会の中止やクーラーの使用を控えるなど夏場の節電を続けられたのです。一部とはいえ民が苦しんでいるから、天皇陛下が率先してその苦しみを分かち合おうとされたのです。民のかまどの来歴が現在の日本にも生きているのです。
 他に、現在の猪瀬東京都知事は、働く場所は都会で週末は郊外にレジャーという形を先導したのが皇室である、という本を出しています。『ミカドの肖像』や『土地の神話』をどうぞ。

 では、隣の支那ではどうだったのでしょうか。世界で最も大きいお墓に近い秦の始皇帝の墓は、エジプトのピラミッドと同じくして素晴らしい技術が使用されています。仁徳天皇稜は、殆どがただ土を盛っただけです。兵馬俑(へいばよう)はギリシャ彫刻に匹敵する美しさがあります。その秦の始皇帝の墓は、すさまじい作られ方をしました。講義口調に戻ります。

 秦の始皇帝のお墓の作り方はですね。例えば、3日後に浜松に墓を作るからきなさい、と命令が来るわけです。今、このクラスは何人かな、(出席リーダーを見る)、108名ですね。欠席が7名います。1名でも欠席がいるとですね、みなさん全員死刑です。そして僕も死刑です。つまり、連れていく役人も死刑です。だから、従わない奴は全員ぶっ殺すぞ!というのです。そうやって作ったお墓です。万里の長城も含めて何十年もやっているから、みんな逃げだして反乱してしまうのです。そうして反乱を起こされて、最後は劉邦という庶民に秦の国は滅ぼされてしまいます。人間の社会では「従わないと殺すぞー!」というのを長くすると早く終わってしまいます。ものすごい技術があったとしても。けれども、当時支那の人口の10分の1、100分の1以下だった日本の方が大きなお墓が出来たのです。お墓を見てください。ただ土をもっただけです。その土に気持ちがこもっているのです。こういう話は、皇室で沢山あるのですが、昭和天皇の話をしましょう。

―大東亜戦争を始めた民主主義

 日米開戦には、軍部も昭和天皇陛下も開戦には反対でした。学校では軍部や天皇陛下が戦争を始めたかのように教えられていますが、昭和天皇は明確に反対でした。しかし、朝日新聞を始めとして戦争しなければいけないんだ!と国民を煽(あお)り、国民が日米開戦を選択したのです。日本は軍国主義ではなく民主主義によって戦争を選択したのです。(現在ではソ連のスパイが大量に入っていたことが裏付けられ、判ってきました。) 国民が選択したからと昭和天皇陛下は従われていました。そして負けた後、マッカーサーが日本に来ました。天皇陛下と逢うその時、「あ、なんだ。日本の天皇きたか、と。命を助けてほしいと命請(いのちご)いにきたか、と。」、ソファーに腰掛けてパイプを吹かしながら、迎えにも行かずに待っていました。裏では5万人以上の軍隊を控えさせていましたが、天皇陛下は通訳1人だけを連れられて部屋に入りました。その時、天皇陛下はそのまま、

私の身はどうなってもかまいません。絞首刑はもちろん、首つりされて殺されてもかまいません。いかなる極刑も受けます。しかし、罪なき、いいですか、国民が戦争を選択したんですよ、それから支那事変といって支那に軍部が侵略するのも陛下は反対であったのに、罪なき8000万人の民を労(いた)わりたい。住む家なく、着る衣なく、食べる食べ物ない点をどうかご配慮ください。私は殺されてもかまいません。

と言ったのです。するとマッカーサーは立ちあがって天皇陛下をソファーに座らせて、「ああ、天皇とはこういう存在であったか。判りました、配慮します」と直立して言って、今度は玄関まで送って行ったのです。だから、これを見て、天皇というのは自分のことを考えていないんだ、民のことを考えているんだ、この国が出来て2673年、ずーっとそういう物語をもってきた、ということが判ります。ずーっとつながっている。だからですね、この後、天皇陛下は日本全国を巡られます。天皇巡幸、天皇行幸と言います。民を労わるために全国を、沖縄は返還されなかったのでいきませんでしたが、数年数万キロ数10万人と逢ったのです。静岡にも3回以上来ています。大東亜戦争は天皇の名前(御名)で開始されました。戦争に負けた責任者です。だから、アメリカはマッカーサーを始めアメリカの指導部は「ああ、これで天皇は殺されるだろう。日本統治がしやすくなる。しめしめ」と考えました。エジプトのムバラク大統領が失権した後、民衆の間を歩いてごらんなさい。イラクのフセイン大統領は民衆(少年兵)に無残にも殺されました。
 当時の日本人、つまり、朝鮮人、支那人、満州人、蒙古人、日本人(内地人)は全員が「天皇陛下万歳!!」と迎えられた。天皇陛下には一切傷つけられなかった。それは「民を大切にして生きている」ということをみんな知っていたから、です。アメリカはこれでは困る、と思った。これでは日本がまた強くなってしまうから、と日本を、天皇を馬鹿にするような教育をしなければならない、と考えた。日本というのは何時できたか、というのも教えていけませんとGHQは考えた。沖縄はいけませんでしたが、当時の皇太子、現在の天皇陛下が7回も沖縄にいっています。前回言った時も、2万弱の人々が天皇陛下万歳!とやったのですが、全国紙では殆ど報道しませんでした。インターネット、ニコニコ動画やYoutubeでは放送していました。私はそれを見ました。だから、そういうのがインターネットではマスコミの嘘がはがれつつあります。
 東日本大震災でも、天皇陛下は直ぐに被災地に向かいたい、と言われました。が、「警備上無理です」と言われました。被災者が体育館などで段ボール生活をしている避難所に天皇陛下、皇后陛下が行かれた時、プライベートもなく財産もない人の前に行って(両膝をつく姿を黒板の前でして)、手を握られて「大変でしたね」などの言葉を掛けられて、涙ぐまれたこともあった。こんな風に民に接する王様は世界中にいませんよ。私たち国民が選んだ管直人総理が避難所に行った時、どうしたか。(立って歩きながら手を挙げるパフォーマンスをしながら)「みなさん大変でしたねー」と走るように、あの笑顔でニコニコしながら過ぎ去って行った。選挙運動と変わりなかった。その後、周りから非難されて膝をつくようになったけれど、避難所にはあんまり行かなくなりました。こういうことがずーっと続いてきている国です。すごいなぁ、と思います。だから、日本は何を目指しているか、民の安寧です。
 でも僕らはこんなこと出来ないよね。出来る人がいたらすごいなぁと思うけれど、僕はなかなか出来ないですけれど、こういう人を中心にしてやっていこう、というのが日本の来歴です。こういう話はまだまだ話をしたいんですが、後の講義で、やっていきましょう。

―物語と来歴

 こうした日本が積み重ねてきた行動は、物語と結び付いて来歴になります。

物語:真・善・美を定めたもの。目標や定義など。神話や説話など。『古事記』、『聖書』

行動:その時の試練や苦悩、努力や結果など
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来歴:内在化した自己認識 自分とは何かの1つの答えとなりうるもの

 来歴とは「私とは何か?」を考える上で大切なもの。その際に大切なのは、
① 愛情を持って受け止めていくこと
②   

―愛情を持って受け止めていくこと
 例えば、私とは父や母とのつながりを愛情を持って受け止めていくということ。ただし、その受け止め方は、父や母が素晴らしいから愛情を持つ、のではない、ということ。素晴らしいを基準にすると正義が出てきます。正義が出てくるとどうなるか。例えば日本の国は2673年と世界で最も古い国、アジアの国々は皆60年くらい。日本は素晴らしい、ということになる。だから、俺らすげーなー、お前ら言うこと聞けよ!になってはいけませんよ、ということです。この危険は外との話をするときに気をつけなければならないことです。自分の心の中、あるいは家族の中で「私は父母につながってよかった」と自分に誇りを持つ、つまり、外が関係ない場合は良いのです。むしろ、持たなければ大人にはなれません。俺の家はお金持ってんだぞー!偉いんだぞ!というのはどらえもんのスネ夫みたいですね。家は数百年続く名家だからお前らとは違うんだぞ、というのも嫌味になりますね。
 これは、福沢諭吉が「偏頗心(へんぱしん へんばしん)」として指摘しています。
(『文明論之概略』にあります。福沢諭吉の最高傑作とも言われます。)」

―2chと偏頗心

 2チャンネル(2ch)などに「韓国はだめだー! 中国はひどいー!」ってありますね。「日本はすごいー!すごい技術だー!」って言っていますが、この偏頗心の塊みたいですね。あれを持って外と交流する時はいけませんよ、ということです。大人になる前の自分に誇りを持つ段階では必要です。物語と来歴は
 『象徴天皇制度と日本の来歴』 坂本 多加雄著
をどうぞ。この本はすごく良い本で、僕ももう1冊欲しいな、と思うんですけれども、今1万2千円くらいするんですよ、高いなぁ、と。

 自分は特別ではない、という前提で他と交流しなければならない、という点は、古代ギリシャのアテナ、アテナイの失敗と共通しています。アテナイは特別な都市だから他の都市に従え、とやってしまった。そして反乱を起こされたのです。

 講義冒頭で自己PRも同じです。自分は特別な存在です、ですから雇ってください、では失敗しやすりです。そうではなく、自分の目指している目標(物語)とこれまでの行動を合わせて書いていく(来歴)。それが他と比較して特別かどうか、が問題ではないのです。むしろ、特別過ぎる人は、取り換えがきかないので、サラリーマンには向いていません。御自身で起業する方が向いているのです。ですから、自己PRに書く必要はないのです。

―死後の世界と来歴

 これだけだと抽象的なので、もう少し具体的な話をします。僕は、大学のある駅に着いたら、雨が降っていなかったので、大学まで歩いてみるかなぁ、と思ったんです。そういう時、僕は必ず、ゴミを拾うようにしています。今日はペットボトル2本拾いました。それは、もう6年前になるかな、介護士になる学生たちに教えた時ですね、ある学生が卒業した後、亡くなってしまいました。その時どうしようかなぁ、と悲しみくれていました。僕は死後の世界はないと考えています。それは物質が動かないのだから私達が認識するような世界がないことははっきりと判っているからです。あるかないかもあんまり考えていない。
 しかし、死後の世界がある、という物語があるんですね。日本では年に4回も死者が還ってくる行事をやっています。そういう物語があるんだから、信じていなくても、こうやってゴミを拾うことで彼に関わっていけるのなら(陰徳は死者のためになる)、関わりがもてるのだとしたら、いいな~と行動も含めてやりました。死後の世界は所詮物語です。しかし、行動としてみる。これは周りの人には殆ど言っていません。かみさんぐらいですかね。外に出たり、公園に行ったりしてゴミを拾ったりしているんですけど、息子が3歳ですから、僕と外に出ると、「とーちゃん、ごみ!」と僕に拾って渡す訳です。たばことか、僕は吸わないんで苦手なんですけれど、ポケットに入れるんです。いつの間にか子供に(来歴が、あるいは善)いっていたんです。(前に、親子で受け渡しが出来るのは肉体や精神ではなく魂(善など)だけ、という話をしました。その1つの典型例でしょうか。『バガボンド』の最新刊で井上雄彦氏が表紙の裏で同じような事を書いていました)

 物語を何かしらの行動と結び付ける。

―物語と親

 この物語とは、今日の講義でやった「日本とは何か」でも良いですが、「親がみなさんに語ったこと」も物語です。「あなたは産まれた時、こんな風でしたよ」、「あなたの名前にこんな意味を込めたんですよ」、「あなたにはこんな思いを持って接してきましたよ」などの親が語った物語を受け止めて、何かしらの行動をすると来歴になるのです。「親がこう言ってくれたから大学に努力して入った」、「親を安心させたいからこの企業に入るためにこうやって頑張った」とするのが来歴なのです。この来歴は「私とは何か」を考える時の答えの1つになるかもしれません。
また、物語の受け止め方はみなさんの自由です。反発しても良いんです。「うちの親はとんでもない親だ。だから、そうならないように努力しよう」でも良いんです。物語が「血だ」という人もいます。こういう家に産まれた、だから、こんな風に努力しよう、というのでも良いのです。
日本の来歴の話をしましたが、これは皆さんにとっては物語です。「日本てすげーなー」だけで終わってしまったら、それは物語に過ぎません。この話を聞いて、皆さんが何かしら努力してみる。困難にチャレンジしてみる、というのが重要なのです。東日本大震災があった時、日本人は試練を共に乗り越えようとした人が多かったです。来歴を持っている人が多いのではないでしょうか。こういうことを1つ1つ積み重ねていくのが大切であり、外に向けないことが大切であると述べてきました。では実際の国際関係はどうなっているのでしょうか?

―実際の国際関係と偏頗心

実際の現実世界では、偏頗心、つまり偏ったナショナリズムばかりです。フランス革命を起こし「自由・平等・博愛」を正義として、ナポレオン戦争を引き起こしました。つまり「自由・平等・博愛」は正義だから、素晴らしいから、広めてやるよ、と戦争になったのです(もちろんそれだけではありませんが)。自分の国は素晴らしいから、周りもそうなればいい、と戦争に突入したのです。
アメリカは、西進主義は神からの命令である、としました。アメリカ大陸の東海岸からずーっと西に進みました。スペインなどに嘘をついて戦争をしかけました。ハワイも日本にとられないように無理やり併合しました。フィリピンもとりました。日本にも陰謀をめぐらせて戦争を仕掛けました。どうしてか、というと神様の命令だからです。神様の自由を広げるために西に進むのが義務だからです。最終目的地はエルサレムです(アブラハムへの預言に出発しますが、後に詳解します) ブッシュ大統領がイラクに宣戦布告なしで戦争を仕掛ける時に「神の自由を広めるために」とはっきりと述べています。ヨーロッパは東から進んでください、という訳です。
ソ連の共産主義は、「お金持ちがいるから悪いんだ。知識があるやつが悪いんだ。だからぶっころせ。ぶっころしたら、みんな平等になるんだ」という考え方です。中国共産党は教師や金持ちをそうやって数十万とも数千万人とも殺しました。日本では学生運動というのがあり、たった40年、50年前ですが、彼らは、こうやって講義をしていると、「講義中止!!」と入って来るわけです。どうしてか、というと「大学で講義を受けると知識を持つ人が出てきてしまうから。皆同じ財産にならないから」というわけです。現在でも中核派とか革マル派とかが残っています。皆が勉強するとお金持ちになると困るから講義を中止しなさい、とやっていたのです。ソ連とか中国とかの影響で、日本には共産主義があるのです。現在でも残っています。ちなみに、市や県などの地方では第2党が共産党です。ドイツでは確か共産党は結党禁止だったと思います。
 つまり、現実世界では、偏頗心によるナショナリズムや正義の押し付け合いなのです。

 それでは最後に問いです。

 問8 日本は民主主義の来歴だけで、今後の国際関係を渡って行けるのでしょうか?(自衛隊費は増加して軍備は増大するとして、理念として十分か?という問いであると補足しました)

問9 感想

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