講義録15-4 ポーランドと日本の親交の物語 国歌

 ここでは、日本人の倫理の具体例を上げていきます。

 具体例は、占部賢志著『歴史の「いのち」』の「「ショパンの国ポーランドと大正日本 ●名もなき日本人たちによる孤児救出の物語」 158-169頁を引用します。占部先生の名文を是非ともお読み下さい。拙い本講義録では伝えきれない感動があります。
 ここでのポイントは、「公共心>私心」です。大正時代の日本人が、まさにその具体例となれた高潔さを知って欲しいのです。私達の身の回りにいる普通の日本人が、普段はぐちゃぐちゃしているのにも関わらず、公共心を発揮したことに驚きを覚えると共に、誇りを感じます。そして、これは東日本大震災でも起こりました。私達の身の回りンいいる普通の日本人が高潔な行動を起こしたのです。
 技術者倫理の目的である初期事故予防と再発防止に届くためには、組織的要因や技術的要因を勘案しながら、同時に日本人の伝統的な心を知ることが大切である、と高木は考えています。

 「ショパンの国ポーランドと大正日本 ●名もなき日本人たちによる孤児救出の物語」を要約します。

 阪神・淡路大震災で傷ついた子供達をポーランドの方々は招いてくれました。東日本大震災の時も招いてくれました。それは75年(90年)前の思い出を忘れなかったからです。

 75年前の思い出とは、ポーランドが国土を失い独立運動を続けた人々がシベリアに流刑されていた時に起こりました。ヴェルサイユ条約で独立を回復した後、シベリアの人々はソ連との戦争で母国に帰国出来ませんでした。シベリアからシベリア鉄道を使用して戻れず、食料なく手助け無くバタバタと死んでいく中、国家として独立してないポーランド人を助ける国、人々はありませんでした。なぜなら、国家間の援助ではなく、またポーランド人が弱く手助けをしても見返りが求められないからです。つまり、ポーランド人を助けることは、当時の国益に沿わない行動だったのです。
 しかし、大正日本だけがポーランド人の孤児たちを救います。救済決定から2週間で56名を東京に届け、3年間で計765名を救いました。当時新設されたばかりの看護施設を開放するなど、孤児達に手を差し伸べます。腸チフスは当時も死病で、現在でも年間20万~60万人が亡くなっています。その腸チフスで衰弱した子供の看護に当たった看護婦がついに感染し殉職しています。
 その看護婦は、「今日は労働時間分、働いたから疲れたから帰る」と考えませんでした。目の前で苦しんでいる、見ず知らずの子供に憐れみを感じ、就業時間後、その死病に取りつかれた子供を抱きかかえて一緒にベッドの上で寝たのです。そうやって全身全霊を掛けて苦しむ子供をいつくしみました。朝から晩まで子供のことを考えたのです。

 「給料分働いたから」、「辛く大変な仕事」、「苦しい」という思いは誰にでもあります。しかし、この名もなき看護婦は、「憐れみ」から一切を投げ捨てたのです。「公共心(みなと共にある心)>私心(わたくしごころ)」を示したのです。

 これは1人の行為だけではありませんでした。国益に反する行為であっても高潔な行動をした日本赤十字社と帝国陸軍、他の一般の臣民(国民)が沢山慰問に訪れました。無料で理髪、歯科治療、音楽会、寄贈金申し出などなどです。さらに、子供達は自分の身につけている最も大切なものを孤児達に分け与えたのです。これらは1人2人ではなかった、と書きしるしてあります。

 さらに、日本を代表して皇后陛下(貞名(ていめい)皇后)が日本赤十字社に行啓(ぎょうけい)され、奉迎(ほうげい)する児童と親しく接見し、お言葉をたまわり、いくども頭を愛撫されました。

 天皇皇后両陛下は日本人の正統性を司る御存在ですから、日本人全員の気持ちを代表されています。そしてこの行為は、殉職した看護婦と同様の行為でした。つまり、腸チフスなど死病に掛かる可能性を考慮されずに、孤児の頭をなでられたのです。それは「私の肉体の安全や安心だけを考えていては決してできない行為」なのです。ですから、技術者倫理の高潔さを体現されており、そしてそれは日本人全員の気持ちである、という意味があるのです。

 孤児達は、父となり母となった大正日本と離れがたく祖国への船に乗るのを嫌がったそうです。見送る日本人に孤児達は、国家「君が代」を斉唱しました。君が代の意味を真に理解してくれたのでしょう。君が代の意味に行く前に皇室について書いておきます。

 日本国は、皇室の治(し)らす国です。

治(し)らす:権力者ではなく正統性を現すこと=摂関政治、鎌倉幕府、江戸幕府、明治政府が権力者、その権力機構に正統性を与える存在を意味する。また、知らす=民のことを知る=想いやるの意味もあります。

 ですから、君が代の「君が代は」は、この皇室を戴いている日本の時代は、の意味になります。誤解の非常に多い語句です。皇后陛下がポーランドの孤児達を想いやられ、日本人を体現して慈愛の心を現されたこと、そのものです。

「千代に八千代に」は末永く、

「さざれ石の巌(いわお)となりて」は、1つ1つバラバラの石が石灰分で1つになった石をさざれ石と言いますから、1人1人、あるいは集団によって違うけれども、その違うままで一緒になって=和、堅く一体となり=巌、という意味です。
つまり、女も男も違うのは当たり前、あなたも私も違うのは当たり前、けれども一緒に仲良くしましょう、という意味です。

「苔のむすまで」は、新しい生命がでてくるまで。つまり、バラバラの人々が仲良くすると新しいものが出てくるよ。

 この歌は、1000年以上前の古今和歌集の歌で、誰が詠んだか判らない歌です。明治まで結婚式などお祝いの時に民が歌ってきたので、国歌としたのです。歌詞をもう1回見てみてください。

 結婚して男女は違うけれど仲良くして新しい命を授かりましょう。という意味が込められているのが解るでしょう。

 今日は新しい出発である。前を向いて歩いて行こう!というお祝いの歌だったのです。もちろん、残念ながら敗戦後には学者を始めとして歪曲してしまいました。60年以上続いています。政治的な意図は社会に置いておいて学問としてはきちんとした事実を伝えていく必要があると思います。

 この歌をポーランドの孤児達が、祖国へ出発する船の中で歌ってくれたのです。

 彼らの新しい出発に相応しい歌です。
 75年を経ても高尚なポーランド人は、大正日本人を忘れずに阪神・淡路大震災の時、東日本大震災の時に傷ついた子供達を招いてくれたのです。私達日本人も、このポーランド人の高尚な想いを忘れないようにしたいものです。
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