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講義録15-1 事実を見ていくと出てくる闇 理系の社会的リスク

 これまでのプリントを机の上に日ごとに置いておき、学生の皆さんに取って行ってもらいましたが、終わった人から以下の問いを書いていってもらいました。

問1 理系の社会的リスクは?
問2 なぜ、日本企業はサムソンやLGにシェアを奪われたのか?
問3 世界で一番大きなお墓はどの国にある?
問4 日本の民主主義はいつから始まる?
問5 国旗の意味は? 例えばフランスの国旗は「青は自由、白は平等、赤は博愛(友愛)」の意味である。

 --訂正--
講義中、「フランスの国旗は「青は自由、白は平等、赤は博愛(友愛)」の意味である」としましたが、これは誤りでした。訂正します。菅原真先生が以下の研究ノートで詳細な事実確認のもと「こうした理解は誤りであると結論付ける」とあります。「この複数の色(青・白・赤の三色)が一体にものとしてのフランス共和政(体)ないし共和主義を表彰するものと理解される」とあります。引用致しました。有り難う御座います。
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=4&ved=0CEQQFjAD&url=https%3A%2F%2Fncu.repo.nii.ac.jp%2F%3Faction%3Drepository_uri%26item_id%3D325%26file_id%3D25%26file_no%3D1&ei=csjwUZCXFcfjkgXinYGADA&usg=AFQjCNFRWKeeR2Jf5gX92eMDQY2dZUqSww&sig2=At2icd2AotKlcvJzYOG1jA&bvm=bv.49784469,d.dGI

 ただし、国旗の色や形にそれぞれ意味がある、という根本の主張では誤りがない点も付け加えておきます。


問6 国家の意味は?

 以上の問が、今日の講義の流れです。先に答えを書いておきます。
 

問1 理系の社会的リスクは?
  A:大卒でマイナス5000万円の生涯賃金。社長になれる割合1/2に減少。官僚は文系の30分の1。ビジネスの上で真っ当に評価されない。

問2 なぜ、日本企業はサムソンやLGにシェアを奪われたのか?
  A:技術者を真っ当に評価しなかったから。日本企業でやる気を無くした技術者が、官民一体となって資金が使える大韓民国に流れたから。

問3 世界で一番大きなお墓はどの国にある?
  A:日本 仁徳天皇陵 (多くの学生はピラミッド、あるいは支那の秦の始皇帝の墓とする)

問4 日本の民主主義はいつから始まる?
  A:思想としては2673年前の建国から。行動としては約1600年前の仁徳天皇の「民のかまど」から始まる
   例えばアメリカに置ける民主主義は思想としてはリンカーンの150年前の奴隷解放宣言から、行動としては1964年の公民権法(Civil Rights Act)による。

問5 国旗の意味は? 例えばフランスの国旗は「青は自由、白は平等、赤は博愛(友愛)」の意味である。
  A:太陽を指し示す。白は清き心、赤は明(あか)き心、丸は角を立てない、和の心の意味

問6 国家の意味は?
  A:皇室のもとに、皆が対等となり男女、職業、文化、能力などの違いを超えて一体となり、新しい未来を目指そう、の意味

 それでは問1からです。

『理系白書 : この国を静かに支える人たち』 毎日新聞科学環境部著 講談社 大学所蔵なので「402.1 Ma31」の第1章に「大学卒業の理系の生涯賃金は3億5000万円、文系は4億円」とあります。日本国は、尖閣諸島近辺に石油があり現在世界が原子力の次のエネルギー源と考えているメタンハイドレートを掘り出さないので、ほぼ全ての原材料とエネルギーを輸入して(もちろん、原発も)、技術で加工して輸出して現在の繁栄を築いています。ですから、日本の現在の繁栄は軍事技術、民生技術などを含めて理系の、特に技術者が支えていると言えるのです。その技術者が生涯賃金で文系よりも低いのです。
 例えば、東京電力の歴代社長は、東京大学の法学部が独占してきました。
全ての電力会社の一覧があるHPを発見しました。
http://www.toyokeizai.net/business/strategy/detail/AC/ac381c784b920832b6c7629ae61887bd/page/2/#yakuin

 他の電力会社は工学部出身が半分近くいるようですが、電力という純粋に工学系の会社で理系出身者が社長になれないのは逆に驚きではないでしょうか。JR東海もJR東日本も民営化して4代全て法学部で2代は東京大学法学部で、全て文系です。高木は大学時代にこれを聞き、ショックを受けたのを覚えています。つまり、理系の大学に進学しただけで、社長になれない、のです。こういう日本社会の閉塞(へいそく)感に嫌悪を持ったのを覚えています。
歴代社長辞典 JR東日本 【陸運業】 :http://rekidai.keieimaster.com/company/1874.html

 『理系白書』によると日本国の全社長の20%が理系だそうです。欧米では50~60%が理系だそうです。機械系で日本企業以上の技術が欧米にある訳ではないのに、社長の割合が低いのです。この問題は、実は女性の取締役が極めて低い点と共通しているかもしれませんが、話が脱線するので何時か勉強して書いてみたいです。

 学生の皆さんの個人的意見では、「理系の方が就職がいい」や「やりたい職業が理系だった」などがありました。また、高木と同じ「文転(理系から文系に変わること)は出来るのに理転(こういう言葉も聞いたことがありませんが)が出来ないから、自分の可能性を潰したくないので、取り合えず理系」という人もいました。

 そのようにして進んできた理系が、生涯賃金が平均で5000万円も低く、社長になれるのも難しい、という事実が見えてきます。

 さらに、技術者は低い評価を受け、多くは報われることがありません。
先ほど挙げた昨年度の講義録15-3 「日本の倫理 「法治主義」と「人治主義」の中間」で取り上げた青色LEDの中村修二先生の裁判を引っ張り出してみます。修正や加筆してあります。


  青色LEDの中村修二氏の問題を取り挙げましょう。

 青色LED裁判は、実は色々と複雑な問題があります。実際に使われた技術ではない、他の若い研究者が発明したものも寄与している、実は別に発明していた学者がいたなどなどです。昨年まではこれらの問題に触れながら考えてもらいましたが、今回は「法治主義」と「人治主義」に関わる点でのみ切り出しました。

 まず、第1審で600億円の対価が認められましたが請求額が200億円なので(請求するのにお金を預けなければならない制度なのです、日本の司法制度は)200億円となりました。

    第2審では6億円強の対価となりましたが、これは和解勧告によるものでした。

 また、第2審について中村氏は「日本の司法制度は腐っている」と発言しています。これは日本の「人治主義」を批判したものと解されます。日本の裁判の判決文には「社会を騒がせた罪は重い」という文章が載ります。しかしこれは明らかに可笑しいと私は考えます。何故なら「法律は法と証拠によって刑罰が決まる」からです。それなのに「社会を、つまり多くの人の心を騒がせたから罪が重い」というのです。人の心、あるいは人を沢山騒がせると罪が重くなる。これは「人治主義」の側面なのです。この極めつけの例がありました。尖閣諸島中国人漁船衝突事件です。「国際社会の状況を考えて」という「法と証拠」に一切基づかない行為を行いました。その後この事件は国民の判断で「強制起訴」(7月26日:最終講義日)になりました。この例は極端な例ですが、日本の司法では「反省しているようだ(悔悛の情)」という点も考慮されます(仮釈放の時の「改悛の状」とは異なり)。あるいは「社会通念に照らして(常識的に考えれば、世間で言えば)」という事もあります。
 中村氏の裁判は私も多少関心がありましたが、第1審が出た時に、大企業幹部、官僚、政治家が「高すぎる」と社会的圧力を欠けていたのを良く覚えています。その中に「技術者にこんなに対価を払わなければならなくなると日本企業はつぶれる」というコメントもありました。私はそれでつくづく「日本の技術者は偉いな」と感じました。というのは

 「技術者は好きなことをやっているから正当な対価はもらわなくてもいいだろう」

 という意味だからです。実際に『理系白書』では、大卒文系の生涯賃金4億円に対して理系は3億5000万円と5000万円も低いというデータがあります(この本が現在の技術者の問題が述べられている素晴らしい本です。最近3がでました)。日本は資源もなく、銀行や金融でお金を儲けるのではなく技術立国であり現在の繁栄を手にしました。しかし、その技術者には金銭としては報われないのです。また、理系離れが顕著に義務教育でも一般社会でも現れています。中村氏の所属していた日亜化学は世界のLED部門(中村氏の技術が必要?)で60%を超えていました(2008年)。
 中村氏(1999年まで勤務)の主張によれば、会社からの対価は2万円だったそうです。
 日亜化学の主張は「出世した分があるので7000万円弱」だそうです。

 ノーベル賞級とも一時は言われた発明です。この発明は中村氏の、あるいは中村氏の中心とするチームの発明であり白色LEDに貢献して数百億円~数千億円の売り上げに今も貢献しています。この点を考えると「出世」という間接的な対価で数千万円というのは極めて低いと判断されると私は考えます。
 中村氏はこの後、アメリカの大学で教えましたが、ある大学の先生は「日本企業で引きとめたかった」と発言しています。私は東京大学や京都大学などの国公立大学で引きとめるべきではなかったか、と考えています。中村氏は「日本企業からは、待ったのだけれど1社もオファーがなかった」と語っています。内部告発にも捉えられる中村氏の行動は、「技術者は対価を求めるな」と「育ててもらった会社を裏切った人物は信用できない」という「人治主義」的側面を感じさせる事件となりました。これも実態としての日本社会の倫理の1つではないか、と捉えます。その後、中村氏は世界初となる半導体レーザーを発明したそうです。
 1つ付け加えたいのは、現在の技術の現状についてです。これまでは大企業中心で、東芝やパナソニック、ソニーなどが競争しながら技術を蓄積してきました。しかし、現在は宇宙開発などのように国家間、あるいは国家単位で資本を注入する技術開発に移りつつあります。例えば、液晶の次の技術と言われている有機ELという技術は、日本が世界最先端でしたが、中国や韓国に追いつかれつつあります。これまで日本は300億円の資金を投入してきましたが、そろそろ製品化するので資金を中止します、という態度に変えました。これに対して中国や韓国は税法上の優遇も含めて1兆円以上の資金を投入し、さらに投資する姿勢を見せています。同じ「法治主義」を持つドイツは「技術は国家単位になりつつあるという現状を踏まえて国家で資金援助をしつづけています。
 こうした現状にあって求められる技術者が変わってきました。

 「非常に優秀な技術者を極めて高い対価を払って優遇すること」

 が最先端技術では大切になってきているのです。これまでは

 「優秀な技術者を平均的な対価を払って優遇すること」

 でした。韓国メーカーや中国メーカーの発展の陰に日本の技術者を「非常に優秀な技術者を極めて高い対価を払って優遇すること」があったのは言うまでもありません。日本の大企業が、このシフトを移行していかなければ、最先端技術で優位を取る分野は少なくなっていくでしょう。日本の技術者は優秀ですから無くなる訳ではないと希望的観測を持っています。ただ、開発機器を持っている普通の技術者と、開発機器を持っていない優秀な技術者では前者が勝つのです。その開発機器が数十億から数百億と高額になってきているのは事実です。
 この技術の現状を踏まえると、青色LED裁判が与えた影響は、日本の技術者にとってマイナスであったと私は考えます。「頑張って技術開発しても正当な対価は日本では報われないのではないか」という疑念を、多くの技術者に与えたからです。もちろん、福島原発事故後に見た日本人の美しい心があるので、一概に技術開発力の低下につながるとは言い切れませんが、心理的にマイナスであったと考えます。これを勘案すると、「技術者にこんなに対価を払わなければならなくなると日本企業はつぶれる」というコメントは、目先の利益しか見ていない、日本の技術者の心を思っていない発言に聞こえました。完全に私見です。また、中村氏を受け入れたいという海外のメーカーはあったのに日本のメーカーに無かったという点も残念に思われました。「人治主義」の欠点だと思われます。


 以上が昨年度の講義です。講義の目的は日本社会の倫理的態度、法治主義と人治主義の中間の態度を書きだすことでした。本年度は以上の文章から、「理系が報われていない」という点を引き出します。
 このように、技術者の環境を客観的に観ていくと闇と嫌悪が出てきます。

 次は、さらに理系の報われなさ、とその課題克服に向けて、にいきます。
続けて、理系の報われなさ、と克服に向けて、を述べていきます。

 克服では「はやぶさ」の大成功は、研究費配分の大成功でもあった点を挙げます。


 では、もう1度中村氏の要点を述べます。

①理系の技術者は会社に貢献しても殆ど報われない
②会社から訴えられても会社を出ると日本社会では受け入れられない (企業も大学も)
③技術立国でも技術者は正当な評価を受けにくい

 さて、残りについて触れた後、日本社会全体で技術者の報われなさを見ていき、さらにその克服に目を向けていきましょう。

 中村氏は、発見の報奨金が2万円でした。
会社側は間接的に7000万円の報いていると主張します。会社の主張が正しいとして量産技術に結び付けるなど他の若手の研究者が数十億円の報いを受けた、というのを聞いたことがありません。つまり、理系、特に技術系は本業の研究で大きな成果を挙げても報われないのです。
 そういえば、自然科学系のノーベル賞受賞をする日本人は、最近アメリカで研究している人が多いのではないでしょうか。『理系白書』に島津製作所でノーベル賞を受賞した田中耕一氏も素晴らしい文章を書いています。ちなみに、国会事故調でも田中先生は委員として活躍されました。

 社会全体にも目を向けてみましょう。

 国公立大学は、独立行政法人となりました。独立行政法人とは「自分たちで大学の利益を確保しなさい」という意味です。これは理系、特に基礎研究を全く理解していない制度です。何故なら、基礎研究は利益が出ないのです。例えば最近発見されて一大ニュースになった「ビックス粒子発見」という基礎研究は、「ビックス粒子」を発見したから、物が売れる、とか、製品ができる、というものではありません。
 さらに、自然科学でも技術でも、失敗から成功が出てくる、というのは理系の歴史では当たり前すぎるほど当たり前なのです。この講義でも「ファイストスの円盤」という1000年以上最先端の技術が捨てられた事例、自動車や蒸気機関などが当初の目的とは違う形、あるいは社会的要請で発展した事例を説明しました。自然科学や技術を発展させようと考えたら、

 「失敗も含めて幅を広げておくことが重要」

 という事例があふれています。しかし、「利益を目的」とするとその失敗ができなくなります。失敗しなようになります。これは理系から考えると、自然科学や技術を発展させないようにしている、と解釈できなくもないのです。

 さらに、民間部門に目を向けてみましょう。ソニー新社長兼CEO平井氏は、不採算事業の売却・撤退と重点施策4点を挙げました。他の日本の製造企業も東日本大震災の影響もあり巨大赤字となり、これに続くかもしれません。
 韓国もメーカーが大成功した理由の1つは、量産技術を持った日本の技術者を日本よりも高額で待遇し、既に生産し始めている製品を人件費や税制上の優遇、ウォン安に誘導して日本製品よりも安く提供しました。ソニー新社長の考えを当てはめれば、最先端の開発技術者は、利益が出る、利益が出そうだから優遇するが、量産化して韓国や中国に追いつかれて採算が取れなくなってきている事業は、売却しよう、というのです。そこには当然、大勢の日本人の技術者がいるのです。高木には実は、最終的に首を絞めている、と考えられてならないのです。技術はそもそも失敗やアクシデントや偶然によって進歩したり、大きな成功に通じます。
 技術者の環境に引きもどしてみると、大学の研究機関、日本の技術を育ててきた大企業が、揃いも揃って技術者に厳しい環境を提出しています。

 さらに、ある京都大学の自然科学系の先生がブログで述べていましたが、研究費獲得のために霞ヶ関の官僚のもとに行かなければならないそうです。「私は京都だから1日で新幹線で帰ってこれるが、九州などの先生は丸2日も掛けて、書類に書いてあることをわざわざ説明しにいかなければならない。バカバカしいが、九州などの遠隔地の先生は大変だ」(意訳)と書いてありました。
 このブログは許可を取っていないので与太話ですが、霞ヶ関の官僚が理系の研究費を実質的に決定しているのは事実です。この事実は2つの点で問題です。

A)理系が分かってない人が研究費の配分を決めること

B)成功しそうな研究しか出来ないこと

 A)について
 先ほどの基礎科学でも述べましたが、「最先端の、特に理系の分野では数日の争いの中で研究が行われている」という現状があります。その際に大切なのは、研究費の配分が即決に近い形で、しかも重点配分が必要です。しかし、それは最先端の分野が分かっていない人、あるいはその研究構造が分かっていない人には中々認識できません。研究計画書を出して数カ月、あるいは1年もかかるようでは時間のロスが大きいのです。また、これまで講義で述べてきたように、日本の国家予算は単年度ですから、「今年もらえたけど来年はどうなるか分からない」などということでは研究が続けられません。理系は、分野によりますが機材や機器が1台数千万から数億円というのも当たり前にあるのです。その機材や機器がなければ、正確なデータが取れず研究できないことがあります。
 
A)-① 研究費配分までの時間ロスがあること
A)-② 研究費配分が単年度で継続性がないこと
A)-③ 研究費がないと研究できないこと

 がA)理系が分かってない人が研究費の配分を決めること、から出てくることです。

 B)について
 先ほどの基礎科学でも述べたように、経済的利益と研究が結び付かない分野が沢山あります。さらに、「失敗から成功が生まれること」も沢山あります。そして独創的な着想に基づいた「失敗するかもしれないけれど研究する価値がある」という研究があります。理系の研究者ならば、1度は夢見る研究スタイルではないでしょうか。この研究は、「失敗しても自然科学的価値がある研究」なのです。しかし同時に「失敗したら経済的価値がない研究」でもあります。ここで重要な視点は先ほど述べたように、

 「失敗も1つの技術のすそ野を広げる」

という視点です。すそ野を広げる価値が自然科学では認められています。しかし、霞ヶ関の官僚の多くの人はそうではありません。学生の皆さんには、大学の常勤向けの情報ボードを紹介しました。そこには研究費獲得のための情報がA4の紙に沢山書いてあります。よくよく注意してみると「目的が決められている研究」が殆どです。
 例えば「地球温暖化を防止するために意欲的な研究募集」、「交通事故を防ぐための機械工学からの研究募集」、「たばこの害を防ぐための創造的な研究募集」などです。
 全て「目的が決められている研究」なのです。この財団や官僚が予算配分を決める現在の研究費配分では、「二酸化炭素による地球温暖化などない」という目的で研究することは難しいのです。専門家が、例えば原発関係の専門家が電力会社や経済産業省などから研究費を受け取っていた、というニュースが後を絶ちませんが、このような研究費配分の構造になっているからなのです。もし、「原発は危険だ」という研究をしたい、と言っても予算配分をもらえない組織構造になっているのです。金の掛かる理系の研究者、特に自然科学の研究者は、予算配分と良心や独創的なアイディアと板挟みになっているのが現状なのです。まとめます。

B)-① 独創的な着想に基づいた「失敗するかもしれないけれど研究する価値がある」という研究が出来ないこと
B)-② 失敗も1つの技術のすそ野を広げるのが理解されないこと
B)-③ 研究費配分で構造的に癒着(ゆちゃく)が生まれやすいこと

 もちろん、全ての官僚が、A)-①~B)-③の弊害をもたらしている訳ではありません。その実例が、「はやぶさ」です。川口氏の本の中で再三繰り返されるように、「加点方式を理解してもらって飛ばせた」という箇所があります。さらに、高木が言い直していますが、川口氏は、独創的な着想に基づいた「失敗するかもしれないけれど研究する価値がある」という研究として「はやぶさ」を指摘しています。

 「はやぶさ」の大成功は、日本の研究費配分が独創性を摘みやすい欠陥を克服した大成功としても捉えられるのです。

 さて、ノーベル賞が毎年のように出るアメリカの研究費配分は、研究者集団が決めています。これが決定的な要因である、と高木は考えています。

 
A)-① 研究費配分までの時間ロスがあること
A)-② 研究費配分が単年度で継続性がないこと
A)-③ 研究費がないと研究できないこと
B)-① 独創的な着想に基づいた「失敗するかもしれないけれど研究する価値がある」という研究が出来ないこと
B)-② 失敗も1つの技術のすそ野を広げるのが理解されないこと
B)-③ 研究費配分で構造的に癒着(ゆちゃく)が生まれやすいこと

 の全てが克服されやすいのです。
 研究者ですから最先端の、理系の現状が分かっており、予算が200%Upよりも1カ月速い方が嬉しいことが分かっています。私たち一般人ならば、今月20万と来月40万円、今月22万と来月20万円なら前者の合計60万円の方が嬉しいでしょう。しかし、最先端の研究者は1カ月速い2万円の方が嬉しい場合が多いのです。
 自然科学でも技術でも継続性が大事です。予算が少なければ研究データが少なくなりますが、機材や機器の管理などにもお金が掛かります。ましてや多くの研究者と一緒にチームで研究しますから、予算がなくなれば研究者がいなくなり研究チームが維持できなくなります。せっかく、あと一歩で・・・という無意味さを理解しています。
 機材がないと研究できませんが、上で述べた様に研究チームや場所の確保でも研究費がいります。
 独創性に価値を見出す風土がアメリカにはありますが、それも含めて「失敗しても価値がある」ことは技術者や自然科学者が合意している点です。これは経済優先とは、長期的視点を入れないと相いれません。
 また、研究者自身が興味がある研究に予算を配分する訳ですから、目的が縛られにくく、研究上の興味関心で配分されやすくなります。そこには、一定の癒着が生まれにくくなります。

 こうしたアメリカ独自の研究費配分が出来たのは、核兵器開発が成功したからです。

 マンハッタン計画は、ドイツや日本との開発競争に勝ち、広島と長崎で40万人を殺し、後遺症を含めて100万人以上を苦しめたという意味で大成功でした。もちろん、アメリカの戦争犯罪で現在も謝罪せず許されざる行為です。

 この核兵器開発によってアメリカは研究開発を自然科学者に任せる、という組織が出来上がりました。そして自然科学者の自律性、自治性を認めるようになりました。アメリカの科学哲学者トマス・クーンは、この成功をアメリカの中で位置付けることに成功し、アメリカの拡大と共に大分売れました。有名な言葉は「パラダイムシフト」です。「研究者は通常、決められた枠組みの中で研究し、その枠組みが危機になった時に、次の枠組み(パラダイム)に変わる(シフト)」という意味です。これは自然科学の本質を述べていないのは明らかなのに、自然科学を扱った名著であると現在でも考えられています。

 「自然科学者「集団」の動き」と「自然科学の「本質」」とは異なるのです。

 しかもクーンは、「どういう時が危機か?」、「どういう時が通常科学か?」に答えていません。さらにクーンは自身の著書の内容を、核兵器開発を成功させたある学者の影響で差し替えました。ある学者と息子を死ぬまで尊敬し続けました。これもアメリカの大成功した「自然科学者「集団」の動き」を書きあげた点で評価を受けたのです。もちろん、日本の科学哲学者の中には、クーンの思想が自然科学の本質を捉えている=最高の科学哲学者である、と考える人もいます。評価の分かれる所です。

 アメリカがノーベル賞を連発するのは、敗戦前までの、あるいは敗戦後にも残っていた「黄色人種にはノーベル賞が与えられにくい」ではなく、研究費配分の素晴らしい特徴があるのです。

 今後は、日本でも官僚や財団から資金を集めて、配分を研究者集団に決めさせる制度を作っていくことが出来るのです。

 原子力発電を始めとして原子力政策の研究費配分も、研究者集団に配分を決定させる方法を取れば、福島原子力災害の対策における技術開発も、促進され、独創的なアイディアが出てきやすくなるのではないでしょうか。

 メタンハイドレートや地熱発電などに研究費配分が殆ど行われていませんが、これらも、官僚や財団が決めるのではなく、科学者集団が研究費配分をすることで、克服に向かうと考えます。

 「はやぶさ」の研究費配分は、理系に理解ある素晴らしい官僚がいたからです。しかし、民主党の事業仕訳で関連費が削られました。特定の個人や特定の政権に左右されない、研究費配分の制度を構築していくこと、それが今後目指せることは、福島原発事故災害の教訓であり、社会レベルでの再発防止策である、と考えます。

 ただし、日本の技術は、このような研究費配分の不効率を乗り越えた点で支えられてきました。というのも、世界レベルの技術を、町の小さな工場(こうば)が持っているという事例が多いのです。有名なのは携帯電話の充電電池や緩まないネジなどです。それは根本的に、「この製品で世の中を良くしたい」という日本人の倫理が根本にあるからではないでしょうか。研究費配分の体制は不十分な点がまだまだありますが、それに寄らない日本人の心、日本人の倫理が、日本の技術を支えてきたのでしょう。良く言われることですし、高木も少ない海外の体験で感じるのは「低賃金労働者の高いモラル、高いサービス」です。これは根本に日本人の労働観があると思いますし、日本人の倫理があると思います。
・日本人の労働観については、「講義録10-4 『聖書』と『古事記』に見る労働観」に述べています。
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-153.html

 そういう訳で次は、日本人の倫理の復活に向けて、です。

補足:平成25年7月25日21時34分

 7月21日投票の参議院議員選挙で、自民党公明党が過半数を獲得しました。長期安定政権の誕生と共に中期的な目標を日本が持てる、という利点が出てきました。また、アベノミクスの成功が続くという期待も加速するかもしれません。
 他方、「事実を見ていくと出てくる闇」からも観ることができます。肯定側と否定側から見ていくということです。
 
 尖閣諸島沖の石油と天然ガスを掘らなかったのは自民党です。親中派の人々が日本国の安全保障上の自縛を作ったのもの自民党です。原発が国際標準の5層の防御から、過酷事故対策と住民の安全確保の2層を抜いたまま見過ごしたのが自民党です。利権政治で日本全体の国益を捨ててきたのも自民党です。そしてこうした人々の多くが現在、自民党の中に残っています。あるいは政治家を支える団体などに残っています。
 つまり、敗戦後の既得権益を継続させようという動きが加速する、という要素が大きくなった、という見方が出来ます。さらに、野党がぼろぼろである現在の状態が、それをさらに大きくするのではないでしょうか。この点をきちんと、見ていかなければならないと考えています。
 
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