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講義録5-3 学生コメント集

 学生が書いた感想などと高木の返信をまとめたものです。

 学生の書いた本文はそのまま、とします。高木が補足する場合は()を付けます。○は学生の感想、☆返信:は高木の返信で、別記したい場合は考察をつける場合もあります。また、プリントだけに返信する場合もあります。

○最後の幸福についての話ですがなるほどと思いながら聞いていました。私はあまり性格が良い方ではありません。なおかつパソコンもよくつかうのでよく他人の不幸はみつ(蜜)の味という気持ちがあります。人が失敗したから嬉しい、という感情は幸福であると言えると思いますか?

☆返信:難しい深い、だからこそとても良い問いですね。パッと聞くと「幸福ではない」というのが思い浮かびます。というのも幸福とは究極的には、「自らがあるだけで感謝」だからです。「生きていてよかったなぁ~」というのが幸福の状態です。つまり、究極的には幸福に他人は関係ないのです。他人に依存する幸福は浅い幸福でしかないのです。さらに、これを多くの人に感じとってもらいたい、と思った人々が宗教家になります。それを利用してお金儲けする人が必ず出てくるのでややこしくなりますが。他方、「幸福でもある」という思いも浮かびます。現在の日本で使う言葉がかなり乱れていますが、一般的な使用での「幸福」というと「充足感」で当てはめがちです。これは気分が満たされればよい=幸福、という考え方で、温泉に入って「あー気持ちいい」が幸福という使用をされています。そうすると他人の不幸は蜜の味も、温泉に入って「あー気持ちいい」と同じだと考えられます。もちろん倫理的な善悪はあるとしても。書いてみて、両面がある、と思いました。参考になれば幸いです。

○先生の学生時代の弁当の話は私としてはベンサムにも当てはまるのではないかと考える。それは、幸福の中に便利が含まれていることに関係しており、日常食べ慣れた物は便利で外国の食事の場合、なれないつまり不便ということになるからである。ということは弁当は快や欲である。

☆返信:鋭く素晴らしい意見です。嬉しいです。功利主義の主張そのものである、と思います。さらに考えを沢山の知識で深めていってください。

○公衆の福利、という言葉には多面性があるのだと考えさせられた。不利益の中に幸福がある、という考え方が個人的には好きです。国によって、この考え方は違うのでしょうか。色々な場面で考えされると思いますが、疑問に感じました。

☆返信:大変違います。国でも宗教でも違います。ひろさちや著『どの宗教が役に立つか』は私にこの辺りを教えてくれた本です。より知識を増やせると思います。

○質問に対して「だから」と答えるのは相手に対して失礼だと感じた。

☆返信:この場合は相手を想定していないのでOKだと思います。が、何故でしょうか? 是非とも理由を聞いてみたいです。

○会社への礼状等をかくときに、季節を表す一文を最初にいれることは、知っていますが、立夏、立春等を基準に季節が変わり、それに応じた文章を書くという日本の伝統文化に難しさを感じたとともに、伝統文化を大切にする日本に感動した。

☆返信:知れば知るほど、ご先祖様の遺徳が見えてきますよ。私も感動しっぱなしです。○○くんの気持ちにも感動しました。有り難う。

○自分の母親のご飯にこれからはしっかり「いただきます」と「ごちそうさま」を言うようにしようと思った。季節といえば、うちの祖母が田植えの準備をしていました。毎年手伝っているのですが、その光景をみても「あぁ、また夏が来るんだな」と思い幸せになれる気がします。

☆返信:いや~素晴らしい感想を有り難う。私も幸せになりました。素敵なおじいちゃんがいて、それをきちんと受け止めている○○くんがいる。嬉しいです。

○幸福は人それぞれ違うが、思いやりや真心に人間らしさで(が)あり、私たちが大切にしていかなければならないものだと考える。これらを忘れた人は不幸な人間である。

☆返信:感服致しました。日本の希望を見ることが出来ました。

○季節のととらえ方の違いはおもしろいなと思います。日本人同士でも違うのにどうして日本だとそれが正式になっているのかがよく分りませんでした。

☆返信:いい所に気がつきましたね。ぜひ調べてみてください。私なりの考え方がありますが、よければ質問してください。キーワードは、稲と台風です。

○自分中心ではなく、ある程度の人の幸福・不幸が自分の幸福感、不幸感におよぼす影響はあると思う。人間は自分の好きなことだけをしていても幸福せ(幸福)ではないのだろうか?という点については疑問が残る。

☆返信:私の個人的な体験は「人の不幸も幸福も私に全く関係ない」と考えと通せる、という結論を出しています。他方、他人を幸福にすると私の幸福感がさらに増す、という風にも感じています。幸福には幾つもの段階がある、という風に考えて問題を○○さんなりに整理してみてはどうでしょうか。


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