講義録9-2 「原発のトレード・オフとリスクトレード・オフ」

 さて、チャートも最後になりました。

 「原発をトレード・オフとリスクトレード・オフから捉える」

 講義時間は20分くらいで行いました。説明10分、筆記が10分でした。

 トレード・オフとリスクトレードオフ、は前に少し講義で説明した用語である。
今回は前の講義の説明を省いたが「解らない」という質問が多かったので、もう1度前の講義の説明から書いていく。

 硬く言うと「同時に達成できない要因があるとき、それらの「釣り合い」を計ることを「トレードオフ」という。トレードオフは、利益とリスク(または費用)」を比較し、リスクトレードオフは、ある行為を行った場合の「リスク(または費用)とリスク(または費用)」を比較することである。

 具体的に柔らかく書くと、

 飛行機を設計する場合、胴体の横についている主翼がトレードオフされる。

主翼を大きく⇒航続距離が伸ばせる、燃料費削減
主翼を小さく⇒速度が増す

であり、主翼を大きく、と主翼を小さくがそれぞれ特徴がある。ここで現在よりも主翼を大きくすることをとトレードオフで考えると、

主翼を大きくする⇒航続距離が伸ばせる、燃料費削減 =利益
主翼を大きくしない⇒速度が低下          =リスク(費用)

 これは工学的な設計上、両方の要因を同時に達成できないことが多いからである。また、この捉え方は経済や日常生活、あるいはゲームなどに見られる。例えば、服装に気を使う、で考えてみたい。自分に似合う服を着るのは中々難しい。ファッション誌を購入する費用、読む時間、服の購入時間と経費などなどリスク(費用)がかかる。けれども、若い年代にとって重要な異性との関係が良好化するという利益がある(確定ではなく確率ではあるが)。また、異性だけではなく普段の日常生活でも服装だけで周りの人の見方が大分変ってくる。

 (以下補足)
 私は若い年代に髪の毛を赤、赤いTシャツ、赤いチノパン、赤いビーチサンダルで意図的に歩きまわっていたことがあった。大学やバイト先、静岡に帰省して実感した。また、成人式は紫色の髪の毛に普通のスーツで出た。中学や高校時代の友人に驚かれたことは言うまでもない。世間体とか世間様とかが如何に曖昧で表面的なことしか見ていないのを実感した個人的エピソードである。
 ここから世間体を気にした結果、自分が正しいことをしているという満足感や道徳的に善、あるいは規律を守れるようになるのは大切であるが、逆に世間体を気にした結果、不快になったり悪ということで傷ついたり、規律など必要ない、とすねてしまうのは、あまり意味がない、と考えるようになった。簡単に言うと道徳は、自分を高めるためにある楽しいもの、と考えるようになったのだ。だから、今回紹介した『ツレがうつになりまして』のように、「世間ではうつになった私のことを役立たず」と考えたり、「世間様に申し訳ない」というのは大変悲しい、と思われるのだ。専門的な言葉を使うと、道徳の功利主義的解釈、と言う。功利主義とは「役に立つか役に立たないか」で判断する考え方である。「真理も人間にとって結果的に役に立つもの」という考え方である。「逆に言えば、役に立たないものは真理ではない」という考え方にもなる。「工学は役に立つからいいんだ」は感覚的に判りやすいが、「真理」や「政治体制」や「民主主義」などにも広がっていく。
 もう1回私に戻ると、「役に立たないものは切り捨ててよい」と考えるようになった。だから、世間体や学歴や多すぎるお金などを求めるために、今の自分を過度に押さえつけなくなった。少し肩の荷が下りた気がした。バイトも必要な分を稼ぐだけに減らしていった。学生の皆さんも、就職する理由や結婚する理由やバイトをする理由を1度、こんな風に考えてみてはどうだろうか。
 (以上補足である)

 それでは戻りましょう。また長くなっています。

問3 原発はトレードオフできますか?(なるべく昨日と今日の事実を使いながら)

答え方 原発の利益は~である。
    原発のリスク(費用)は~である。
    原発の利益はリスク(費用)より、大きい・小さい。  (・はどちらか、の意味)
    だから、原発は利益が大きいので、トレードオフできる。
    だから 原発はリスク(費用)が大きいので、トレードオフできない。

 こうして書き直してみると少々焦点がずれていたような気がする。ただ、原発を行うことの利益とリスク(費用)を比較して検討してみる、というのは大切である。

 具体的な例1 お金の計算と計算を比較してみます。

    原発の利益は50年間に及ぶ火力発電所より少ない発電コストである。
    原発の費用は火力発電所ではありえない福島原発事故の汚染水処理費20兆円やこれからの処理費である。
    原発の利益は費用より、小さい。
    だから 原発は費用が大きいので、トレードオフできない。

 具体的な例2 公衆の福利を比較してみます。

    原発の利益はアメリカのエネルギー政策の支配下で得られる安定供給である。
    原発の費用は作業員の被爆による死亡や発ガン、原発近辺に帰れなくなることである。
    原発の利益は費用より小さい。
    だから 原発は利益が大きいので、トレードオフできる。


問4 原発はリスクトレードオフできますか?(なるべく昨日と今日の事実を使いながら)

答え方 原発があることのリスク(費用)は~である。
    原発がないことのリスク(費用)は~である。
    原発があるとないよりも利益・リスクが大きい。  (・はどちらか、の意味)
    だから、原発はある方がリスクが大きいので、リスクトレードオフできる。
    だから 原発はない方がリスクが大きいので、リスクトレードオフできない。

具体的な例① お金とお金で計算しましょう

    原発があることのリスク事故対策費や原発関連予算は3000億円は~である。
事故後の関連予算です。一番下です。http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/kettei101109-2.pdf
アメリカは100基稼動、日本は半分ですが、予算は日本の方が多いです⇒http://www.nuketext.org/mondaiten_yosan.html

    原発がないことのリスクは燃料費が1日5億円増して年間1500億円かかることである。
    原発があるとないよりもリスクが大きい。 
    だから 原発はない方がリスクが大きいので、リスクトレードオフできない。

具体的な例② 公衆の福利で計算しましょう

    原発があることのリスク(費用)は通常運転時の死亡と事故が起こった時の被害の甚大さである。
    これは火力発電所ではない。
    原発がないことのリスクはエネルギーの安定供給と米国との良好な外交関係である。
    しかし、原子力発電は他の発電方法と代替可能(冗長性を持てる)であり、現在の日米関係で原発は大きな要因ではない。
    原発があるとないよりもリスクが大きい。
    だから 原発はない方がリスクが大きいので、リスクトレードオフできない。

 以上のようになります。
 トレード・オフとリスクとレート・オフを分けて一緒に考えてみると、問題が多角的に捉えられます。それによって自分の信念や感情から離れ(最初は感情が必要ですが)、客観的な立場に近づけます。現在でも原発関係で言われることは、「原発を止めたら全家庭で毎月1000円あがる」や「原発は人が死ぬから絶対に止めなければならない」という一方的な立場が多いのです。
 しかし、「原発を止めたら原発関連予算や、地域振興対策費などがなくなります」し「人が死ぬのは自動車も同じ」になるのです。両方を比較して検討するのは、「公平さ」を保つ上で大切だと考えています。原発もこのように考えていきたいです。

 最後に1つ書き足すことがあります。
 結果は「トレードオフできない」や「リスクトレードオフできない」が3つになりました。つまり、原子力発電はトレードオフやリスクトレードオフから考えると、今後支持するのは極めて難しくなりました(と私は考えます)。しかし、この結果によってこれまでの原発が全て駄目であった、と切り捨ててはいけないとも考えます。なぜならば、これまでの原発の、「リスク(費用)」は、「確率的存在」であったからです。福島原発事故を受けて「確定」されたのです。しかし、原発の利益は「発電量」や「火力発電より経済的」という「確定」であった訳です。そこには、「確率的存在」と「確定」を比較する、という難しさがありました。今回の福島原発事故の被害が「確定」した時に、必ずこれまでの50年間の利益という「確定」と比較されるでしょう。そこを客観的に導き出して冷静に判断することが原発を今後考えていく上で最も大切なことの1つだと私は考えています。自動車は、「死亡者数」と「国内の物流の90%以上の担う」という「確定」と「確定」によって比較されて来たのです。ですから、

 今回の福島原発事故は、原発のリスク(費用)が「確率的存在」から「確定」に変った

 という意味で原発の歴史上大きな事故になりました。
チェルノブイリは一部(一人)の作業員のミス、東海村JCO臨界事故も作業員のミスでしたが、福島原発事故は自然災害によるものだったからです。
 世界が福島原発事故に注目する理由は、

①被害が大きいから、
②世界最高の技術立国日本だから、に
③自然災害による原発のリスク(費用)が「確率的存在」から「確定」に変ったからなのです。

 以上です。
 書き出すと止まらないですね。
 私も書きながら考えがまとまってきて、勉強になります。有り難い事です。
 お読み下さって誠に有り難う御座います。
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